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    元スレ男「余命1年?」女「……」

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    201 = 1 :

    (待てよ……ちょっと待てよ)

    (自分の書いた本が、本屋に並ぶんだぞ?)

    (人気が出れば、テレビで特集されるかもしれないんだぞ?)

    (死ぬ間際に、それ以上に叶えたい夢なんて……あるわけねえだろ!?)


    編集長『男は、小説の応募経験があるんだったな』

    編集長『それなら……彼女の感情が、お前に理解できないのも仕方のないことだ』


    (ああ……分かんねえよ)

    (アンタの言ってることも……彼女の言ってることも)


    『この本は、あなたに……男さんに読んでもらうために書いたんです』

    『つまり……あの原稿は、売りに出したくないって……そういうこと?』

    『……はい』


    (何もかも……全部が全部!)

    「私の……死ぬ間際まで一緒にいたい……大切な人というのは……」


    「……わっかんねえよっ!」

    202 = 1 :

    「っ……!」

    (怒号のような……公園中に響くような)

    (頭の中を……胸の中を、グルグル渦巻いている、この感情)

    (嫉妬……憎しみ……諦め……絶望……)

    (色んな感情が、混ざりに混ざり合って)

    (無意識に……口から出てしまう)

    「君の言っていることは、俺にはさっぱり分からない!」

    「俺は……俺はなっ!」

    「夢を諦めて、この仕事やってんだよ!」

    「男……さん?」

    (女さん……肩が震えてる)

    (寒くなんてない……俺が、怖がらせてしまっているんだ)

    (でも……駄目なんだ)

    (奥底から溢れてくる、ドス黒い感情が……止まってくれないんだ)

    203 = 1 :

    「俺はっ……俺はな!」

    「昔から、ガキの頃から、ずっと作家目指してがむしゃらに書きまくってたんだ」

    「部活動も、勉強も、友達付き合いも、何もかも犠牲にして」

    「ただひたすら……大好きな小説をよんで、こんな本が書きたいって、ずっと願って!」

    「ずっとずっと、夢見てたんだよ! いつか、自分の本が出版される夢を! ずっと追いかけてきたんだよ!」


    (こんなことが、言いたかったわけじゃない)


    「家族全員に反対されて! 友達全員に白い目で見られて!」

    「挙句、教師には鼻で笑われて! 現実を見ろだなんて罵られた!」

    「それでも、ただひたすら俺は夢を追っていた! 諦めなければ絶対に叶うって!」


    (こんなの、俺の身勝手でしかない。女さんは関係ない)


    「でも、いつまでたっても俺の夢は叶わない! 最終選考にすら届かない!」

    「一つ残らず……全部、全部! 俺の生きてきた理由を、全て否定されたんだ!」

    「その気持ちが……君にわかるか?」

    204 = 1 :

    「いいよな、君は……才能があって」

    「俺には……これっぽっちも才能なんて無かったんだ!」

    「分かってる……ただがむしゃらに書いていたって、何もいい作品は生まれやしないんだ」

    「でも……悔しいじゃないか!」

    「君みたいな新人が……軽々と俺の作品を超えてしまうんだから!」

    「そんな才能を持った君が……自分の作品に、まるで興味が無いようなそぶりを見せるんだからっ!」

    「…………なさい……」

    「……ごめん……なさい……」

    「はぁ……はぁ……」

    「ごめんなさい……男さん」

    (女さんの瞳が……あっという間に潤んで)

    (涙が……溢れ出すように……)

    「ごめんなさい……」

    「あ……女さん……」

    (走って……行ってしまった)

    (両手で口を抑えて、嗚咽を堪えるかのように)

    (彼女にあんな顔をさせたのは……間違いなく俺だ)

    205 = 1 :

    「……ふっ」

    「……どこまで最低なんだよ、俺は」

    「正真正銘の……ゴミ野郎だな……」


    (……なんだ? 頬に……違和感が……)

    (……水?)

    (いや、違う。瞳から流れる液体を、水とは言わない)


    「なんで……なんでだよ」

    「どうして……俺が泣いてんだよ」

    「俺なんかが、泣いて言いわけ……ねーだろうが……!」

    「……うっ……うぅ……」

    「ちく……しょう……」

    206 = 1 :

    今日はここまで
    なんだか鬱っぽくなってしまって申し訳ない

    207 :

    男の優先順位1位の小説は今後女に変わるのだろうか

    208 :

    女さん心開くのはやい

    209 :

    (結局俺は、自分の夢を、女さんに重ねていただけだったんだ)

    (女さんの気持ちを……都合のいいように利用して)

    (期待させて……悲しませた)

    (もう、俺なんか……女さんに会う資格なんて、ない)

    俺は、女さんと別れてから、公園のベンチから一歩も動けず、俯いたまま、ただ座っていた。

    女さんを一方的に傷つけてしまった、自分への報いだろうか。彼女への償いのつもりだろうか。

    自虐的になったところで、女さんを傷つけてしまった事実は何一つ変わらない。

    そんなことは分かってる。でも、動く気にはなれなかった。

    210 = 1 :


    どれくらいの時間、そうしていただろうか。

    ふと、右腕を見る。

    時計の秒針は0時を通り過ぎ、無機質に時を刻んでいた。

    「……帰ろう」

    誰に言うでもなく、ただそう呟いた。



    立ち上がった時初めて、目の前に誰かが経っていることに気が付いた。

    「……女さん?」

    言ってから、それはあり得ないと気が付いた。

    女さんが、こんな時間に、あんな別れ方をした俺に会いに来るわけがないというのも勿論だが。

    何より……その影は、明らかに女さんではなかった。

    少し広い肩幅や、俺よりも高い背丈。

    女さんの華奢な身体とは、似ても似つかない。

    ならばなぜ、俺は彼の事を女さんだと思ったのだろう。

    多分……雰囲気が、女さんのそれに似ていたからだ。

    211 = 1 :


    「女……というのは、私の娘のことでしょうか?」


    「……は?」

    (こいつは、何を言っている?)

    (娘……と言ったか?)

    (こいつ……誰だ?)


    「……やはり、そうでしたか」

    「私は、女の……父親です」


    「……ちち……おや?」

    「ええ、初めまして」

    「以前……病院でお会いしましたよね」

    「病院……」

    (わからない……話した記憶もない。見覚えすらない)

    「……ああ、それもそうですよね」

    「娘の病室の前で、すれ違っただけですから」

    「はあ……」

    (この男は、女さんの父親……それは理解した)

    (なら、どうして俺なんかの顔を覚えている?)

    (記憶力がいいだけで、こんな暗い公園でベンチに座っている男を、その人だと判断できるだろうか?)

    212 = 1 :

    「貴方が、娘の小説を担当している編集の方……で、間違いありませんよね」

    「ええ……そうですが」

    「一度、お話してみたいと思っていたのです」

    「こんな時間に立ち話もなんですから……今日は、ウチに泊まっていきませんか?」

    「……いえ、結構です」

    「明日も仕事ですから」


    (嘘ではないけれど……それだけじゃない)

    (今更、女さんと顔を合わせるなんて……できるわけがない)


    「……そうですか」

    「では、少しだけお話させてください」

    「あの……どうして、俺が女さんの編集をしていることを知っているんですか?」

    「娘から聞いています」

    「担当の編集さんに、とてもよくしてもらっていると」

    「この公園で、いつも打ち合わせをしているとも聞きました」

    「ああ……なるほど」

    「……娘は、元気そうですか?」

    「ええ、元気ですよ」


    (昨日までの話だけれど)

    213 = 1 :

    「以前、娘と旅行に行ったそうですね」


    (そんなことまで知ってんのか……!)


    「え……ええ、でも……何も無いですよ? ただの取材でしたから」

    「……どうやら、色々とお世話になっているようですね」

    「娘も、貴方には随分心を開いているらしい」

    「心を……ですか?」

    「ええ。娘は、貴方の事を話す時……いつも楽しそうにしているのです」

    「それに娘は、家族以外と旅行に行くのは、貴方が初めてですから」

    (……マジか)

    「でも、修学旅行とかは? 流石に、一度くらいは……」

    「無いですよ、本当に」

    「娘の人生は、病院での日々が半分を占めています」

    「そんな……」

    「いいのです。今の娘は、本当に楽しそうですから」


    (俺はさっき、女さんに酷い事を……)


    「昔がどうであろうと、今幸せでいるのなら、それで……」


    「申し訳……ありません」

    「俺は彼女に……とんでもない事をしてしまった……!」

    214 = 1 :

    今日はここまで

    215 = 1 :


    (俺が話している間、ひょっとしたら殴られるかとも思ったけど)

    (お父さん、何も言わずに聞いてくれた)


    「そう……でしたか」

    「本当に……申し訳ありません」

    「いえ、謝らないでください」

    「編集者としては、確かに貴方は認められない事をしたのかもしれない」

    「ですが……男女としては、よくある事でしょう」

    「私も、同じでしたから」

    「同じ……とは?」

    「私の、妻の話です」

    「妻は、もうこの世にいないのですが」

    「ええ……女さんから聞いています」

    「私も、妻とは喧嘩が絶えなかった」

    「妻の身体が弱いのは、出会ってすぐに知りました」

    「知っていながら、私は彼女と何度も喧嘩をしました」

    「今考えれば、本当に他愛無いものです」


    (喧嘩……俺が女さんにしたことは、喧嘩と言っていいのだろうか)


    「ですから、私は貴方を責めません」

    216 = 1 :

    「……ですが」

    「……?」

    「……今でも私は、後悔しているのです」

    「妻と会えなくなる前に、もっと優しくすることはできなかったのかと」

    「今でも……自分を責め続けている」

    「……そうですか」

    「自分を責める気持ちは、俺もよくわかります」

    「ですから……貴方には、後悔してほしくない」

    「そう……思っています」

    「……なら、女さんと……もっと話してあげてください」

    「娘と……ですか?」

    「女さん、以前言っていました」

    「貴方が、自分の事をどうでもいいと思っているのだと」

    「娘が……そんなことを」

    「それって……余計なお世話かもしれませんけど」

    「貴方が、女さんに対して、不誠実だからではありませんか?」

    「……かも、しれません」

    「いや、実際そうでしょう」

    「私は、妻がいなくなってから、ずっと仕事に明け暮れていた」

    「仕事が忙しかったのは、妻が生きていた時もそうでしたが」

    「今思えば、喧嘩が絶えなかったのも……それが原因かもしれない」

    217 = 1 :

    「女さんは……そんな貴方を見て?」

    「……娘は、妻の生まれ変わりです」

    「妻は、娘を生んですぐに力尽きました」

    「そんな……ことって……」

    「元々、身体が弱かった。出産も、医師に反対されました」

    「それでも妻は……娘を、生みたいと言った」

    「私は、娘に……妻の生まれ変わりに、どう接してやればいいのか……今でも分かりません」


    (普通に、話してあげればいいんですよ……と言いたいけど)

    (俺はこの人に、何を言う資格もない)


    「……私が娘にしてあげられることなど、金に不自由しないよう、ひたすら働くことしかない」

    「だから……こんな時間まで?」

    「ええ……そういう事です」

    「……もっと、彼女の事を見てあげてください」

    「俺は……人のことを言えないかもしれませんが」

    「少なくとも、女さんは……お金なんかよりも、もっと欲しいものがあるはずです」

    「……そうでしょうか」

    「そうですよ、絶対」

    「……今日は、もう帰ります」

    「娘は、とっくに寝ているとは思いますが」

    「眠っている娘の姿を、一目見てやりたい」

    「……ええ、そうしてあげてください」


    彼は立ち上がると、俺に軽く頭を下げて公園を去っていった。

    218 = 1 :

    書いたから上げた

    220 :

    続きが気になる

    221 :

    おつ

    222 :

    「……はぁ」

    (あれから、一週間が過ぎた)

    (女さんから……一度も連絡は来ていない)

    「どうしたもんかな……」


    編集長「おい、男」

    「あっ、はい!」

    編集長「お前当てに、外部からだ。繋げるぞ」

    「はい、承ります」

    「……はい、SS文庫編集部です」


    『……冴内、男さんですか?』


    「はい、冴内ですが」

    (俺の名前をフルネームで? この人、一体誰なんだ?)


    『……女の、父です』


    「……お父さん、ですか」

    『貴方に、どうしても伝えなければならないことが……ありまして』

    「ええ、どうぞ。ただその……勤務中ですので」

    「勿論、手短にします」







    『……娘が、再び入院しました』


    「……は?」

    223 = 1 :

    「はっ……はっ……はっ」

    (5階……507……507……)

    仕事を早々に切り上げ、急いで病院へ向かい、ようやく女さんの病室に到着した頃には、面会終了まで30分を切っていた。

    「……女さんっ!」


    一人用の病室で、女さんは横になっていた。

    どうやら今は眠っているらしく、ベッドの上で、静かに横になっている。


    傍の丸椅子に腰を掛けているのは、先日公園で顔を合わせた瘦せ型の男。

    女さんのお父さんだった。


    「……きて、くださったんですね」

    「はぁ……はぁ……」

    「……一体、何があったんです?」


    「……それよりも、仕事の方は問題ありませんでしたか?」

    「仕事……ですか? ええ、特に問題はありませんが……」

    「突然電話をかけてしまって、ご迷惑でしたでしょうか?」

    (……ああ、そっくりだ)

    (やっぱり……親子なんだなあ)

    「……ええ、特に支障はありませんでしたよ」

    「そうでしたか……本当に、申し訳ございませんでした」


    「貴方には……伝えるべきだと……思いましたので」


    「伝える……というのは、一体……」

    「それは……」

    224 = 1 :

    「……えっと、その……」

    (なんて声をかければいいんだ……)


    「……男さん」


    「うっ……うん」

    「どうぞ……近くの丸椅子に」

    「ああ……失礼するよ」


    「今日は、来てくださって……ありがとうございます」

    「ううん。いいんだ、このくらい何でもないよ」

    「……男さん」

    「うん、なに?」


    「今日は……男さんに、ご報告があります」


    「ほう……こく?」


    「あの……私……私……」


    その時、女さんは……笑顔を作った。

    幾粒もの涙を流しながら。






    「私……寿命が、半分になりました」

    225 = 1 :

    「なんだって……?」


    「昨日の夜、発作が起きたんです」

    「たまたまお父さんが早く帰っていて……すぐに救急車でここに運ばれました」

    「それで……お医者さんが言ってたんです」

    「予想以上に悪化していて、あと半年もつかどうか分からない……って」


    「……治らないの?」

    「私の心臓は、もうダメみたいで……方法は移植しかないんです」

    「でも、ドナーが見つからない」

    「例え運よく見つかっても……私自身の身体が、手術に耐えられないかもしれないって」


    「そんな……」

    (そんなのって……ありかよ)

    (何の罪もない女の子の命を縮めておいて……まだ足りないっていうのか)

    (そんなの、酷すぎる)


    (いくらなんでも、不条理を背負い過ぎだ)

    226 = 1 :

    「……男さん」

    「……ん? なんだい?」

    「これは……ワガママかも、しれないんですが」



    「私……死にたくないんです……!」



    目尻から頬を伝って、涙が溢れ出る。



    「私……私……もっと生きたい!」

    「このまま、消えてしまいたくない」

    「もっと……男さんと、一緒にいたい」

    「あなたと、一緒に過ごしたい」

    「それ以上のことは何もいりません……必要ないんです」

    「あなたと、ごく普通に時を過ごしたい、一緒に生きたい」



    「そう願ってしまうのは……私の欲張りなんでしょうか?」



    「私には……普通の幸せを願う資格なんて、ないのでしょうか?」

    227 = 1 :

    「女さん……!」


    俺は、ほとんど無意識に……彼女の身体を抱きしめていた。


    「男……さん?」


    「……俺も同じだよ」

    「君と一緒に、これからを生きたいんだ」

    「死んでほしくなんかない、生きて欲しい」

    「君に生きて欲しい」



    「女さん……好きだよ」


    「好きなんだ……どうしようもなく」


    この25年間で、初めて抱いた感情だった。

    自分以外の誰かを愛おしく思う時など、自分の人生には訪れないのだと諦めさえしていたのだ。


    「男さん……」

    「私もです……私も、男さんが好き」

    「このまま死んじゃうなんて……絶対嫌です」


    彼女の細い腕が、俺の背中に回り、弱々しく抱擁される。

    同時に、胸の奥がギュッと締め付けられた。


    こんなに愛おしくても。

    こんなに必要としても。


    彼女は……もうすぐ死んでしまう。

    その事実は、変わらない。

    228 = 1 :

    今日はここまで
    また更新が遅くなるかもしれません

    229 = 1 :

    二度目の不注意、大変申し訳ありません
    >>223>>224の間に入れ忘れました↓

    230 = 1 :

    「……お父さん」


    「ああ、起こしたか」

    「ううん……大丈夫」

    「あのね、お父さん……お願いがあるの」

    「ああ、なんだい?」


    「……彼と、二人きりで話してもいいかな?」


    「……!」

    「女さん……」

    「……ああ、分かった」

    「じゃあ、今日はこれで帰るよ。また明日来るからね」

    「うん……ありがと、お父さん」

    「……」ペコッ

    「……男さん」

    「はい……?」

    彼は、俺の耳元に口を寄せて囁いた。


    「どうか……気を取り乱さずに、冷静に聞いてやってください」


    「……は?」

    「どうか……よろしくお願いします」

    言い残し、深々と頭を下げると、そのまま病室を去っていった。

    231 :

    ドナーが見つかり手術が成功しますように

    232 :

    乙乙
    待ってる

    233 :

    待ってるぞー

    234 :

    エアコンの駆動音のみが響く病室内で、俺は彼女を、ただ無言で抱き締めた。

    彼女もまた、その抱擁に応えるように、俺の背中に腕を回す。

    「……男さん」

    「なに?」


    「そろそろ……時間です」


    幸せな面会時間は、終わりを告げようとしていた。


    「そうだね。今日はもう、さよならだ」

    「男さん、あの……お願いが、あるんです」

    「お願い……?」


    言うと、女さんは腕をゆっくりと解き、俺の顔を凝視した。


    「男さん。私のこと……好きですか?」

    「ああ、勿論」



    「……好きだ、女さん」



    「ありがとう……私も、大好きです」

    235 = 1 :

    瞬間、細い腕に力が籠り、俺の上半身は女さんに引き寄せられた。

    いや、女さんの身体が、俺に接近したと表現するのが正しいだろう。



    女さんの瞳が、大きく視界に映る。

    まるでマシュマロのような、柔らかな感触。

    彼女が目を瞑ると、まつげの長さが際立って見えた。

    こういう場面では、俺も女さんのように、軽く目を閉じるのが正しいはずだ。

    だが俺は……突然の出来事に、ただただ硬直していた。



    たった一瞬の出来事だった。



    「……ごめんなさい」

    「嫌……でしたか?」


    不安そうに俺の様子を伺う彼女を見て、俺は我に返った。


    「君にはいつも驚かされる」

    「嫌なんかじゃない……嬉しいよ」


    返事を聞いて、女さんは表情をめいっぱい輝かせた。


    「では……今度こそ」

    「うん。またね、女さん」

    「はい……また、来てください」


    必ず来るよ、と返事を返し、俺は名残惜しくも病室を後にした。

    236 = 1 :


    それから、俺と女さんは、毎日のように病室で顔を合わせた。

    彼女のお父さんは、仕事が多忙になってしまったためか、週に2回ほどしか病室を訪れなくなってしまったけれど。

    俺は、可能な限り毎日、女さんの病室を訪れた。


    「男さん」

    「うん、なに?」

    「今日は……男さんから、お願いします」

    「おっ……俺から?」

    「ダメ……ですか?」


    (そんな顔されたら、断れないじゃないか)


    「ううん、ダメじゃない」



    細い身体を抱き寄せ、優しく唇を合わせた。



    温かい何かが、胸の奥底からこみ上げてくる感覚。

    乾いたスポンジに染み込むかのように、それは俺の心を包み込んだ。

    237 = 1 :


    ――同時に、気がついたことがあった。



    女さんの身体は、日に日に細くなって、弱々しくなっていた。



    一見、昨日と比べて、今日の女さんは何も変わっていないように思える。

    だが、二日前、三日前……遡っていくごとに、その変化は確実に彼女の身に現れていた。



    「女さん」

    「はい」

    「……大丈夫?」


    彼女の表情が、一瞬だけ曇ったように感じた……が、気のせいだっただろうか、いつもの笑顔に戻っていた。


    「はい。身体の具合は、すこぶる好調ですよ」


    この時ほど、人の心が読めたならと考えたことは、今までの人生で一度たりともなかった。


    (自分本位で生きてきたツケが、こんな所で回ってくるなんて……)



    もしかすると、これからもずっと、彼女は死なないのではないだろうか。

    彼女の余命が半分に短くなったなんて、医者の誤診に過ぎないのではないか。

    だって、こんなにも明るい笑顔を見せるんだから。

    ひょっとしたら、これからもずっと、何十年も生きるであろう人々よりも、彼女の方がずっと生命力に溢れているんじゃないだろうか。


    そんな願望が、幾度となく俺の脳内を過ぎるのだ。




    だが……願望は、現実ではない。




    そうであると、分かっていても。


    突き付けられた現実は、俺にとって、余りにも非現実だった。

    238 = 1 :



    「男さん、提案があります」

    「……提案?」





    「一緒に、ここを抜け出しませんか?」



    「……何言ってんの?」

    「私を、どこか遠くへ連れて行ってください」



    「何を……言ってんだよ」

    「そんなことしたら、どうなってもおかしくないよ」


    「いいんです」

    「どうせ、早いか遅いかの違いでしかないんですから」


    「早いか遅いかって……死ぬのが怖いんじゃなかったの?」


    「確かに……死ぬのは怖いですよ」

    「死にたくなんかないですし、あの時男さんに言った言葉は、嘘じゃありません」

    239 = 1 :

    「でも……でもね」




    「男さんと思い出を残せないことの方が……よっぽど怖いんです」



    「……思い出って、今こうしてる時間が、君との思い出そのものじゃないか」


    「確かにそうです。今、こうしてあなたといる時間も、私にとっては大切な思い出です」

    「でも……でもね」


    「この部屋で、最後の瞬間を待つのは、絶対に嫌なんです」


    「最後を待つより、男さんと最高の思い出を作りたい」

    「お願いします……男さん」


    「……そうか。君が、そう言うなら……」




    「一緒に、遠くへ行こう」

    240 = 1 :

    今日はここまで

    これだけ長い文字数を読んでくださっている方、本当に感謝します
    完結まであと僅かです
    最後までよろしくお願いします

    241 :

    女を助けてやってくれ

    242 :

    女さん殺したら絶許

    243 :

    心中か後追い自[ピーーー]るかもしれんな

    244 :

    なんかこういう無料ゲームかなんかでかなり前に遊んだことあるな
    ナルキッソスだったかな

    245 :



    「男さん……遠くに行くんでしたよね?」

    「ああ、遠くだよ」


    「ここ、いつかのゲームセンターじゃないですか」


    「そうだよ。懐かしいでしょ」

    「確かに……懐かしいですけど」

    「わざわざ家に帰って着替えさせられたので……もっと、特別な場所に連れて行ってもらえるものだと思ってました」

    「……特別だよ、間違いない」

    「女さん」

    「はい?」


    「これから……二人でデートしよう」


    「デート……デートって、あのデートですか?」

    「うん、多分そう」

    「恋人同士でする……あの?」

    「そうだよ」

    「そうですか……そっか……」

    「恋人……かあ、えへへ……」

    (はにかんだ表情も、すごく可愛いんだよな)

    「折角ゲーセンに来たことだし……何する? やったことないゲームの方がいいかな?」

    「レースゲームがしたいです!」

    「ええ……前に散々やったじゃん」

    「それもそうなんですけど……あのゲーム、好きになっちゃいました」

    「そ、そっか。分かったよ」

    246 = 1 :



    「やったあ! 私の勝ちですね、男さん!」

    「……ねえ、前よりも早くなってない?」

    「以前プレイした記憶を思い出しながら、イメージトレーニングしたんです」

    「イメトレって……あれだけで、コースとか覚えちゃったの?」

    「インターネットの動画とかも見たりしましたけど……」

    「男さんとの思い出を、そう簡単に忘れたりなんかしませんよ」

    「それは……嬉しいね」

    (覚えていてくれたのは嬉しいけど……)

    (前回から俺、1回も女さんに勝ってなくね?)

    「男さん! もう一度やりましょう、もう一度!」

    「あ、うん……ホント、よく飽きないね」


    「それはもちろんですよ。だって、男さんと一緒に過ごすことが、楽しくないはずがないですから」


    女さんは、あっけらかんと言い放った。

    「あ……ありがとう」

    すると、自分の放った言葉の意味を理解したのか、彼女の顔が林檎のように真っ赤に染まった。

    「いっ……今のはナシです! 聞かなかったことにしてください!」

    「それはダメだよ。今のを忘れてしまうのは、あまりにも勿体ないからね」

    「もう……男さんったら、酷いです」

    (俺の心をこんなにも揺り動かす君の方が、余程酷いよ)

    247 = 1 :


    「男さん」

    「ん? なんだい?」

    「その……デートということで……行きたい所があるんです」

    「いいよ、言ってごらん」

    「渋谷! 歩いてみたいです!」

    「渋谷……か」

    「……うん、分かった。ここからなら、電車ですぐだからね」

    「やったあ! 楽しみです!」

    248 = 1 :



    (やべえ……電車の中、混み過ぎだろ)

    「あのぅ……男さん、ごめんなさい」

    「いや、いいんだ……大丈夫だよ」

    (さっきから押され過ぎて、俺と女さんの身体が密着している)

    (……めっちゃいい匂い)

    「本当にごめんなさい……変な匂いとかしてませんか?」

    「いや、全然そんなことないよ。俺の方こそ、汗臭くないかい?」

    「いえ、全然! 寧ろ……いや、何でもないです」

    「え、うん……」


    (あと少し……あと少しで、この状況から抜け出せる)

    「……」ギュッ

    「っ……!」

    (女さんが……胸元を掴んできた!)

    (なぜだろう……満員電車なんて、いつもなら不快感しか抱かないんだけど)


    (……もっと、こうしていたい)


    (今だけは……そう思ってしまう)

    249 = 1 :


    「フー! 暑かったですね!」

    「そ、そうだね。大分暑かったね」

    (クーラーガンガン効いてたけどね)

    「男さん、まずはショッピングに行きましょう」

    「もう12時過ぎたけど、ご飯は大丈夫?」

    「ええ、平気です。それより、色んなお店がありますねー」

    「そうだね。流石、若者の街だよ」

    「こういう所、私初めてです」

    「実は俺も……何だか、嬉しいね」

    250 = 1 :

    それから、俺と女さんは、色んな所を歩いて回った。

    いつか南の島に行ったときに、二人でそうしたように。


    「女さん……もう3時になるけど」

    「あ、本当だ。時間が経つのは早いですね」

    (この間は、まるでブラックホールみたいにたくさん食べてたのに……どうしちゃったんだろう)

    「女さん……ひとまず……」




    「……ハァ……ハァ……」



    「……!」


    「女さん、大丈夫!?」

    「はい……大丈夫ですよ」

    「でも、ちょっとだけ……休憩してもいいですか?」

    「ああ、勿論だ」

    「すぐ傍にカフェがある、そこまで歩けるかい?」

    「はい……」


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