元スレ女「また混浴に来たんですか!!」
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101 = 89 :
女「…………あの」
男「どうした?」
女「場違いな発言をしてもいいですか?」
男「どうぞ」
女「トイレに行きたいです」
男「わははは!!」
女「わ、笑わないでくださいよ」
男「何を言うかとおもったら。これだけお前とは正反対の人生の話をしていて。虐待への同情やら、暴力への抵抗やら、何か言ってくるのかと思ったら、トイレか。ふふふ」
女「だから言ったじゃないですか!」
男「そこですればいいだろう。見ないでやるから」
女「何言ってるんですか!ここはトイレじゃありません!!それこそ場違いです!!」
男「俺も今日はもうのぼせた。こんなに長く浸かっていたのは親父さんと入っていた時以来だ。あがろう」ザバァ
女「私も上がります。今日は酔ってませんか?」ザバァ
男「少しな。だが耐えてる。耐えるのは得意なんだ」
女「……私も尿意くらい耐えられればよかったのですが。また明日も話してくれますか?」
男「それくらいかまわん。耐えるのは身体によくないぞ。たとえ温泉に浸かっててもな」
女「あまり無理しないでくださいね。それではまた、早朝」
男「また早朝」
102 :
男も心開いてきてるのな
103 :
いいね
104 :
女「おっはー」
男「おっはー」
女「おや、今日はノリましたね」
男「疲れているからな」
女「お仕事ですか?」
男「そんなところだ」
女「疲れているからノリノリなんて変ですね」
男「空元気というやつだ」
女「元気な時よりも元気じゃない時の方が元気に見えるなんて」
男「思いっきり元気なふりをして自分を慰めたいのかもしれん」
女「今日はゆっくり寝ますか?」
男「寝たまま溺れてしまう可能性もある」
女「私が助けてあげますよ。あなたよりのぼせるの遅いですから」
男「そうだといいんだがな」
女「私も寝たらどうしましょう」
男「その時は仲良く三途の川を渡ろう」
女「三途の川でも寝てしまったら?」
男「どうなるんだろうな」
女「そうならないために、あなたが少しでも寝るそぶりを見せたら叩き起こします」
男「それは頼もしい」
105 = 104 :
男「昨日の話の続きをしてやろう」
女「ありがたいです。ありがたいですが、燃え尽きる前のろうそくみたいで心配です」
男「そこまで疲れてない。タバコの先端についている火に近い。まだまだ大丈夫だ」
女「喫煙者ですか?」
男「違うが」
女「嬉しいです。そうだと思ってたので」
男「喫煙者が苦手なのか?」
女「あなたの寿命が延びたからです」
男「吸おうが吸うまいが変わらんと思うがな」
女「ちゃんと統計データがあるんですよ」
男「人生は何が起こるかわからんからな」
女「はいはい。ところで昨日の話の続きはまだですか?あなたのぼせるの早いんですから。さぁーはやくはやく」
男「はぁ…、こちらの空元気も空になるような元気さだ……」
女「あっ、また幸せが1つ去りました」
男「追いうちをかけるな」
106 :
面白いな。
続きに期待大
107 :
女「さあのぼせないうちに」
男「そうだな。お前がトイレに駆け込まないうちにな」
女「と、トイレは生理現象だからしょうがないです」
男「のぼせるのだって生理現象だ」
女「そういえば!!」
男「どうした」
女「私、生まれてから、一度ものぼせたことがないです!!」
男「それがどうした」
女「すごくないですか?のぼせるということは誰もが経験していて、朝風呂も誰もが経験してるのに、朝にのぼせた人って滅多にいないんじゃないでしょうか」
男「女の朝風呂は朝シャンとかいうやつだろう。夜に張った湯は朝には冷えている」
女「ああ、そうですね。そもそも、朝にゆっくり湯船に浸かる時間はないですし」
男「今はあるじゃないか。新幹線で通学するほどの生活をしていながら朝に湯に浸かるゆとりがある」
女「それでも時間は少し意識してますけどね。ああ、どうして朝ってこんなに慌ただしいんでしょうね。夜の1時間と、朝の1時間を比較してみて下さい」
女「夜の五分なんて潮干狩りみたいにそこらじゅうにごろごろころがってるじゃないですか。20時に暇になったとして、テレビを見たり、SNSで友達と絡んだりして、ごろごろのんびりして21時になります」
女「それに比べて朝の五分はスーパーでのつかみ取りタイムです。次々に奪われていきます。目覚ましがジリジリ鳴って、ぐずぐずしてるうちに意識のないまま15分や30分過ぎてます。お母さんが怒ってきてベッドから飛び起きて、急いで朝ごはんを食べて、着替えて、化粧して電車までダッシュしてあっという間に1時間なんて吹き飛んでしまいます」
男「トイレを外すなよ。スーパーの掴み取りを例に出すなら家族と奪い合いになるくだりは必要だろ」
女「乙女の恥じらいです。それにうちにはトイレ複数ありますから」
男「それにしてもフェアな比較ではないだろう。休日の朝の1時間はそれなりにゆったりしているはずだ。まぁ、休日ならそもそも朝は寝ているがな」
男「朝は何時までに寝なければならないという期限があるのに対して、夜は何時までに寝なければならないという期限がないからな。それで無限に思えた夜の時間も、無駄なことをしているうちにあっという間に過ぎてはしまうが」
女「夜の自由時間も確かにあっという間ですけど、朝に比べたら何ともないですよ。夜が砂漠だとしたら、朝は砂場です。どちらも音速で駆け抜けてしまうので短く感じてしまいますが」
108 = 107 :
男「それなら時間がなくて電車の中で化粧をする女も仕方ない気がするな」
女「それは別ですよ。それを認めたら男性が電車の中で髭をそっていても私達文句言えなくなっちゃいます」
男「ひげは剃れば落ちるが化粧は塗るだけだろう」
女「ちっともわかってないですねぇ。化粧は女性の本能なんですよ。避難所にいる女性が欲しい物についてテレビで取り上げられていたんですが、食べ物など必要な物が確保された後では化粧が女性の最大の要求になっていたんです」
男「朝につけて夜に落とすのにな」
女「仕方なくマスクを着けるんです。すっぴんを見られたくないから」
男「でもお前もここに来るまで化粧してないんだろう」
女「これだけ髪が長いんですもの。それにあなたとしか会いませんし」
男「ああーそうかよ」
女「おや、ちょっと怒りました?怒ってくれました?」
男「化粧が女性の本能なのはわかった」
女「無視ですか」
男「けれど睡眠も人間の本能で、電車の中で寝ることは許されてるじゃないか」
女「いいじゃないですか。朝はただでさえ眠いのに、座って揺られてると眠くなっちゃいますよ」
男「……何の話をしていたんだったか」
女「電車の中で髭を剃るのと化粧をするのは同じだって話です」
女「化粧は塗りたくる行為でもなければ、仮面をつける行為でもありません。汚い自分を削ぎ落として本来の自分を取り戻す行為です。化粧をして自然と話している女性が偽物で、すっぴんで不自然に俯いている女性が本物だって言われたら違和感あるでしょう?」
女「化粧をすることはお風呂で垢を落とす行為と一緒なんです。旦那さんと夜の営みをする時に灯りをつけるのには応じるのに、お風呂に一緒に入るのは恥ずかしくてできないという女性がいたら、その人は決して電車の中でお化粧をする人ではないでしょう。はぁ、立派な女性とはお風呂プレイができないという男性のジレンマが生じますね」
男「混浴では人前で垢を落としているがそれは」
女「マナーの問題ですよ!当たり前じゃないですか!」
男「お前の主張についていくのは掴み取りに参加するくらいに大変だ……」
109 = 107 :
男「マナーの問題ですよ!!」
親父「だから言ってるだろ。垢を落とすのと何が違うってんだ」
男「全然違いますって!」
湯船に浸かりながら、俺は珍しく親父さんと長々口論をしていた。
親父さんは、身体を洗っている時に小便をしょっちゅうしていた。
俺はそれがたまらなく嫌だった。
親父さんは温泉という場所を、神聖な空間だとよく言っていた。
激しい刺青を入れているにも関わらず、刺青禁止の銭湯に堂々と入るし、騒いでいる学生がいたら脅して退出させていた。一滴も見ずを浴びないまま追い出された者もいる(たいがいそういう連中が腹いせに通報する)。
筋を通すなら、出来る限りのマナーは守って貰いたかった。
社会に対して不平不満を言いながらその社会の癌になっているような義父と重なった。
従順であることを愛情表現にしていた俺が、珍しく反発する時であった。
男「マナーを守れない人間は、どうしてその場にいちゃいけないのか考えたことがあるか」
男「周りの人に迷惑をかけるからでしょう」
親父「周りの人に迷惑をかけてきた人間が、その場にいてもいいと思うか?」
男「すいません、どういう意味ですか」
親父「温泉でも、遊園地でも、映画館でもどこでもいい。普段は大人しいガキのくせに、そういうところに行って舞い上がってはしゃいだり道端にゴミを捨てたりするような人間と、普段は物凄い悪さをしているのにそういう場所に行くときはマナーを守る人間」
親父「どっちがそこにいるにふさわしいと思う?」
男「その場所でマナーを守る人間でしょう。その場所で正しいかどうかだけですよ。親父さんは、裏でも悪さをしているし、マナーも守れていません」
言い過ぎたと思った。
"お前も裏では悪さをしているのに温泉に入っているのだから、お互い様だろう"
こういう話に持っていきたかったに違いない。
長く湯に浸かってのぼせすぎていた。俺は正反対の主張をしてしまった。
自分を悪い人間だと思っている人が、自慢げに自分の悪さを自慢をしていたとして。
格下の人間がその人を悪い人間だと言ってはいけない。
お代官様と越後屋のように、上下関係の区別がはっきりついていて、お互いが同じことをしているような、絶妙なバランスが取れていない限り。
自分を馬鹿だと笑いながら言ってる人への、自分をブスだと笑いながら言ってる人への、タブーの言葉が馬鹿とブスであるように。
悪人に対して、悪人だと言ってはいけなかったのだ。
親父「……居場所をつくってくれた恩人に、悪者だってか」
周囲に他の客がいてもがいても同じことをされていただろう。
頭を掴まれ水の中に突っ込まされた。
息を吸う間もなかった。
ごぼごぼとあぶくがたつ水中からでさえ、頭上で親が怒鳴っているのが伝わってきた。
110 = 107 :
一緒に過ごす時間が経つにつれ、段々と自分に接する時の態度が厳しくなってきた。
それは社会で生きていく上では、裏の人間も、表の人間も同じらしい。
温泉でさえ長く浸かっていると身体を熱して追い出そうとしてくるのだから。
いつまでも役に立たずにぬるま湯に浸かっている人間は、社会が追い打ちをかけてくる。
ただ、うわさで聞くには。
家族という存在だけは、最初こそ厳しいものの、時が経つにつれてやさしい部分だけを見せてくれるようになるらしい。
俺は一度も味わったことはないのだが。
水中から引き上げられた。
親父はまだ鬼のような剣幕で怒っていた。
俺は憎しみに駆られていた。
本気を出せば、こいつを溺死させることもできるかもしれないと想像した。
俺は怒りを堪えた。
そのまま湯からあがり、無言で身体を拭き、店を出る前だった
親父さんが黙ってコーヒー牛乳を奢ってくれた。
親父「さっきは悪かったな」
親父さんは謝るのが早かった。
俺は、馬鹿らしいことに、罪悪感を感じた。
この人を傷つけてしまったな、と。
見ず知らずの他人である俺をあの家から救い出して、しばらく寝場所もタダ飯も与えてくれたこの人に、怒りの感情をわき上がらせてしまったなと。
俺は、俗に言う、ちょろい人間だったのだ。
111 = 107 :
女「私には全然ガードが硬いですけどね」
男「何のことだ」
女「人は何故温泉に行くのでしょうね。憑き物でも落とすのでしょうか」
男「本屋でトイレに行きたくなるし、お風呂でおしっこしたくなるだろ?人生、垂れ流しだ」
女「それ心理学の授業で聞きました。青木まりこ現象でしょう?」
男「なんだそれは」
女「書店に足を運んだ際に便意に襲われる現象を示す用語です。青木まりこというペンネームで、とある雑誌に質問を投稿した女性がいたそうです。内容は、書店を訪れると便意に襲われるということについて」
女「紙がトイレットペーパーを彷彿とさせるとか、いろんな説があるそうですが、これが原因だと断定できる理由はまだないそうです」
女「パブロフの犬という言葉もあわせて聞きました。これは経験による学習が引き起こす条件反射を示す用語です。梅干しを食べたことがない人が梅干しを見てもなんともならないけれど、梅干しを食べたことがある人が梅干しを見ると、ヨダレが出てくるというあれです」
女「その親父さんが温泉に行った時に尿意に襲われるのは、家庭でお風呂にはいっているときに排尿をしていたからではないでしょうか」
男「風呂とトイレを一緒にするなんて言語道断だな。トイレで水浴びをしているのと何ら変わらん」
女「あら、意外とそこら辺は厳しいんですね」
男「だから俺は浴室で伴侶を求めるようなことはしないだろう」
女「さぁ、どうだか」
男「のぼせた。あがる」ザバァ
女「私はもうちょっと浸かってます。朝にも関わらず時間に余裕がある女なので」
男「好きにしろ」
女「それではまた早朝」
男「また早朝」
112 = 107 :
男「おはよう」
女「おはようございます」
男「今日は厚いな」
女「真夏ですもの」
男「温泉に入っても汗がでてくるだけだぞ」
女「出てもいいじゃないですか」
男「そうだな」
女「夏の温泉は好きですか?」
男「親父さんにも聞かれたな」
女「なんて答えました?」
男「のぼせやすいんで、ちょっと熱いとは思います」
女「ぐふふ。それでも好きなんじゃろ」
男「喋り方が似ていない」
女「すぐにのぼせちゃいますよね」
男「ああ。だが、親父さんはなかなかあがらないだろう?だから耐えるのに大変だった」
女「今すぐあがるのはその反動が来たんですかね」
男「さぁな」
女「でも、やっぱり冬に入る温泉にはかないませんよね」
女「夏のクーラー。冬のコタツ。夏のプール。冬の温泉。夏のアイス。冬のおでん」
女「人はないものねだりの生き物だって証ですね」
男「隣の芝生は青く見える。他人の飯は白い。隣の花は赤い」
女「隣のブツはでかく見える。他人の汁は白い」
男「慎め」
女「つい女子大のノリが」
113 = 107 :
女「無いものねだりの人間であるはずの私たちは、夏に温泉に来ていますね」
男「冬にプールに来ているようなものかもな。こういううだるような暑さの日には温泉好きは困ってしまうな」
女「本物の温泉好きなら天候に左右されませんよ。無いものねだりの人が欲しがる理由は、それを持っていないからです。本当に好きだという人は、それを持っていても欲しがり続けます」
女「夏に温泉に入るというのは、結婚した伴侶を大切にし続けるのと一緒です。釣った魚に餌をやり続ける立派な人格者の証です。私たちはこうして夏に温泉に来ることで、人格者になっているんですよ」
男「のぼせたんならあがっていいぞ」
女「シラフです」
男「シラフという表現が適切なのか」
女「風呂上がりの冷たい牛乳は最高ですけどね」
男「ここには置いてないな」
女「そこもまたいいですよね」
男「お嬢さんのくせにほしがらないやつだ」
女「与えられすぎていたのかもしれません」
男「見に余っているわけか」
女「ただ、私自身だって不安に思いますよ。与えられなくなったら、私は私自身を支えられないだろうって」
女「今私を支えているのは親の経済力と愛情だけです」
男「充分に見えるんだが」
女「私もそう思います」
男「めでたしめでたしだな」
114 = 107 :
女「冬の温泉までまだ半年後ありますね」
男「その頃には街中の銭湯の修理も終わっているだろう」
女「それはもうすぐ……」
男「ん?」
女「そうですね」
男「そうだな」
女「…………」
男「…………」
女「夏のアイス、夏のスイカ、夏のクーラー」
男「それが?」
女「やっぱり好きです」
女「私の仲の良い友達にもいるんですよ」
女「こんない暑い日は熱々のラーメンを食うに限る!!とか、寒い日にあえてアイスを買ったりするのが」
男「冬をコンセプトにしてる氷菓子があるくらいだからな」
女「暑いから熱々の物を食べるっていうのを聞き流すじゃないですか。そして、帰宅して、夕飯食べてテレビ見て、お布団にはいってるときに疑問がわくんですよ」
女「暑いからこそ熱々って意味わかんなくない!!!??」
男「わっ、驚かすな」
女「いいじゃないですか無いものねだりでも!!」
女「だから私はあなたの話に興味があるんです!!医者の息子の鼻もちならない話なんか聞きたくないんです!!」
男「わかったから落ち着け」
女「これが!!これが落ち着いていられます……」シュン…
男「わっ、急に落ち着くな」
115 = 107 :
女「さぁのぼせないうちに前の話の続きを。あなたがのぼせて気絶して、私もねこまないうちに」
男「三途の川をわたらんうちにか」
女「真夏に入る三途の川は気持ちいのかもしれないですね」
男「意外と熱いのかもしれん」
女「浸かったことあります?」
男「冷たかった記憶がある」
女「夏に入る水辺より、冬に入る温泉のほうが好きです」
男「ここではないどこかを求める旅好きのお前なら、きっと気に入る場所があるぞ」
女「どこでしょう」
男「北海道にある屈斜路湖露天風呂という場所だ」
女「くっしゃろころてんぶろ?」
男「通称古丹温泉だ」
女「こたんおんせん?」
男「奇跡なんだ、ここは」
男「岩に囲まれたスペースに小さな温泉がある。その眼前には湖の光景が広がっていて」
男「一面は朝日に照らされて輝いていてな。湖の上には数多の白鳥が見える」
男「白鳥は人間を畏れておらず、近くで鳴いている。白鳥独特の、あの高い鳴き声で」
男「異空間を思わせるようなその場所は、まるで」
116 = 107 :
親父「天国のようだった」
親父さんは、うっとりとした表情を浮かべていた。
親父「何もかもを失っていた時だった。俺は疲れ果てていた。馴染みもない冬国に命からがらたどり着き、手を差し伸べてくれる人もいるわけもなく」
親父「手持ちの金に余裕はあったが、借金は遥かに上回っていた。追い詰められた頭では、このお金で贅沢をしつくして、このままこの寒さの中死んでしまおうかと考えていた」
親父「目的地もないのにバスに乗っている間に、色々なことが頭をよぎった。俺はどうしてこんな目に遭っているんだろうと」
親父「父親が犯罪者だったせいなのか。母親が身体を売っていたせいなのか。そもそも、俺が生まれたこと自体が間違いだったのか」
親父「俺は俺なりに知恵を絞って生きてきた。一時期はうまくいっていた。俺を慕ってくれるようなやつらも現れた」
親父「それが、金を失った今ではこのざまだと」
親父「冬の広い寂れた光景をいつまでも眺め続けていた。これからどこに行くのだとしても、俺という人間は変わらない。だったら行き着く先は、全て絶望なのだろうと」
117 = 107 :
親父「小さな民宿に泊まった。広さは四畳で、畳は全てかびていた。俺以外に宿泊者は誰もいなかった」
親父「俺はそこで数日間過ごした。好きな時間に起きて、酒を買って飲んで、寝て。ひたすらそれの繰り返しだった」
親父「所持金にも余裕がなくなってきた。俺は支払いもせずに黙って民宿を出た。どこまでも世界に嫌われてやろうと思った」
親父「今が朝方なのか、夕方なのか、どちらかわからなかった。日が登ろうとしているのか沈もうとしているのかの区別がつかない」
親父「外は誰も歩いていなしし、寒さは変わらないし。腕時計なんてものも持っていない。そもそも、時間を気にする必要がなかった」
親父「ずっと歩いていた。多分、自殺しようとしていたんだろう」
親父「足のつま先の感覚も、寒さが痛さに変わり、やがて麻痺して気にもならなくなって」
親父「死ぬことだけを考えている頭で、ふと、お湯がほしいと思った」
親父「お湯。お湯。数か月前まで夜の街で贅沢三昧金をばらまいていた俺が、死の間際に求めていたものはそれだけだったんだ」
118 = 107 :
親父「そしてたどり着いた」
親父「こんなところに温泉があるのかと、目を疑ったよ。幻覚でも見てるんじゃないかって」
親父「もしも浸かって冷水だったら、俺はそのまま死んでしまおうと思った。そこで力尽きてしまうしかないと思った」
親父「無人の自然の中を、俺は裸になって、身体もながさずに水の中に入り込んだ」
親父「蘇ったよ。この時間だけをいつまでも抱きしめていたいと思った。俺は、皮肉にも、このまま死んでしまいたいとさえ思った。この最高の瞬間を最後にしたいとな」
親父「人間から忌み嫌われた俺の周りには白鳥がいた。遠慮もせずに甲高い声で泣いていた。白鳥でも冬の寒さを感じることがあるんだろうかと気になった。こいつらもここで湯の恩恵を受けに来ているのかと思うと、俺はふとおかしくなって、笑いだしてしまった」
親父「久しぶりに笑った。大声でな。白鳥が何羽かバタバタと飛んでいった。構わず俺は大声で笑い続けた」
親父「その時だったよ」
119 = 107 :
「そんなにおかしい景色ですか」
親父「俺は笑うのをやめて、凍りついた表情のまま振り返った」
親父「陽の光を浴びた女が、一糸まとわず立っていた」
親父「こんなに美しい女がいるのかと驚いた。幻想的な光景に、思わず見惚れてしまった」
親父「正気を取り戻して、俺を慌てた。女は静かに言った。ここは女湯ですよと」
親父「大きな岩で風呂は仕切られていた。そんなのを気にする余裕もなかった俺は間違えてはいってしまったらしい」
親父「柄にもなく謝ったあと飛び出ていったよ。空気の寒さに震えながら、股間をぶらぶらさせながら、滑稽に男湯だと思わしきところに入りにいった
親父「さきほどの美しさを整理する時間が欲しかった。湯に浸かりながら、白鳥の騒々しい鳴き声を聴きながら、俺は人間の心を取り戻した気がしていた」
親父「話しかけてみたいと思った。だが、なんと声をかけていいかわからなかった」
親父「しばらく身体を温めているうちに、俺は待ち伏せようと思いついて、脱衣場に向かった。服は脱ぎ散らかしたままだった。バスタオルなんかないから、上着で身体を拭いた」
親父「髪の毛は濡れたまま。かける言葉も思い浮かばないまま、女が出てくるのを、そのまま待ち続けた」
親父「しかし、いくら待てども女は出てこなかった。相当な長湯なのか、それとものぼせやすくてすぐに上がってしまったのか」
親父「寒さに耐えきれずに俺はその場所を離れた。有名な観光地らしく、バスに乗った人が降りてくるのが見えた。俺は宿を探しはじめた」
親父「もう一度あの女に会いたいと思った」
120 = 107 :
親父「次の日、俺は痛い目に遭った」
親父「再びあの温泉に、同じ時間帯に来ていた。俺が訪れていたのは、早朝5時過ぎだった」
親父「俺は湯に浸かり続けた。誰か人の気配がするのを待った。まだバスが来るような時間帯じゃない。女が地元民ならば、観光客のこないこの時間帯に来ているんじゃないかと思った」
親父「隣の湯に人が来る気配がしたら、今日こそは声をかけようと思った。あの幻想的な天女の、落ち着いた声をもう一度聴きたいと願った」
親父「湯の中で待ち続けた。昨日は愛おしいと思った白鳥の声が、今日は耳障りだと感じた。あの女の気配を頼むから消さないでくれよとな」
親父「昨日と同じくらい、かなり長い時間が過ぎた頃。のぼせかけていた俺の耳に、女の笑い声が聞こえてきた」
親父「違うとは思っていたが、それでも少し期待してしまった。緊張しながら待ち続けていると、女の二人組が入ってきた。タオルをまいたまま、俺のいる湯にな」
親父「女たちは小さく悲鳴をあげた。俺は女たちが間違えてはいってきたんだと思った。そしたら、そいつらがなんて言ったと思う?」
親父「ここは女湯ですよ、だ」
親父「俺は今度は謝りもせずに、しかし急いで出た。じいさんが近くにいたので尋ねた。男湯はどっち側なんだと」
親父「昨日現れた天女が、俺に嘘のいたづらをしかけたことがわかった。じいさんは、こんな小さいスペースに岩が一枚あるだけだから、どっちも似たようなもんだろうと慰めてくれたけどな」
親父「それから、俺は雪国を出てこっちに戻ってきた。頭ではあの女に取り憑かれているのに、こっちで死ぬほど金を稼ぐことに力を注いだんだ」
親父「いいか、小僧。ひとつだけ教えてやろう」
親父「美しい女っていうのはな――」
121 = 107 :
男「それから人の不幸で金を儲けて、俺と出会ったってわけだ」
女「……凄い人生ですね」
男「だろう?」
女「でもあなたの話じゃなかったですね」
男「俺はその温泉には行ったこともない」
女「伝聞ですか」
女「それでもなんだかとても印象に残るお話でしたね」
男「俺はのぼせて死にかけていたけどな。親父さんは湯の中でしか語ろうとしないんだ」
女「ふふっ、大変でしたね。ところで、その女性とは再会できたんでしょうか」
男「……それはできていないな」
女「そうですよね。お金で解決するのも難しそうですもんね」
女「それではそろそろあがりますね。今日はたくさん話してくださってありがとうございました」
男「こちらこそどうも。だが、もうちょっと浸かってからあがることにする」
女「ええ!?大丈夫ですか!?」
男「少し耐性がついたのかもしれないな」
女「無理しないでくださいね。寝ないでくださいね」
男「子供のように扱うな」
女「それでは、ご無事でしたらまた早朝」
男「無事だ。また早朝」
122 = 107 :
男「…………」
男「白鳥のように騒々しい女がいなくなったか」
男「親父さんの言う嘘つきの天女はまだどこかにいるんだろうか」
男「親父さんの見た女は幻覚ではなかったのか」
男「本当にそんな女がいるなら、見てみたいものだな」
「いいか小僧、一つだけ教えてやろう」
「美しい女っていうのはな」
「胸が、小さいんだ」
男「目のやり場に困るような胸部を持つあいつには到底言えなかったな」
男「親父さん。それでも、俺が早朝5時に出会った女の後ろ姿は、健康的で美しいものでしたよ」
男「顔は前髪に隠れて中々みえませんが、美しい雰囲気です。俺が人の目が苦手だから、あまり見てはいないんですが」
男「あんたにも、あの女にも、到底言えませんよ」
男「俺が、なにかしらの奇跡を求めて、無意識のうちにあんたの真似をしてしまっているんだと最近気づいだことなんて」
123 = 107 :
プリップリの食感。
外はサクサク、中はジューシー。
舌の上で蕩けるような味わい。
食べ物に関しては表現の定型とも言えるセリフがたくさんあるにもかかわらず。
温泉に関しては、感想のレパートリーがあまりない。
"ああ~"
"生き返る~"
"良い湯だ"
それらを言って終わり。
温泉のレポーターがコメントに困り、景色について感想を述べる場面は多い。
それは仕方のないことだ。
温泉は、生きている。
裸で訪れる人間がそうであるように、恥ずかしいという感情があり、いろんなものを隠している。
温泉の湯の感触はやわらかいかもしれない。
味はしょっぱいのではなく、酸っぱいのかもしれない。
底は硬いのかもしれないし、ヌルヌルしているのかもしれない。
湯の花は独特の味がするのかもしれない。
私は私なりの方法で、あなたに隠されたものを見てみたい。
そうすれば、もしかしたら。
私がさらけ出したいと思っているものを、あなたが見つけてくれるかもしれないと願って。
次回「風呂上がりの冬の脱衣場さえ、ちょっと楽しみになる魔法」
恋は、泡沫(うたかた)の様ね。
124 = 107 :
読んでくれてありがとうございます。
今日はここまでです。
参考文献
絶景混浴秘境温泉2017(MSムック) 大黒敬太 著
125 :
地元が紹介されて俺歓喜
126 = 107 :
訂正
女「私、生まれてから、一度ものぼせたことがないです!!」
↓
女「私、生まれてから、一度も朝風呂でのぼせたことがないです!!」
127 = 107 :
女「あら、おはようございます」
男「おはよう。今日は早いな」
女「今日もお仕事でしたか?」ザバァ
男「どうした、もうあがるのか」
女「定位置ですってば。はい、あなたは奥に行って」ザバァ
男「どこでも変わらんだろう」
女「どこでも変わらないならどこに行ってもいいじゃないですか」
男「哲学者みたいなことを言うんだな」
女「どこが哲学なんですか」
男「昔、生きていることと死んでいることは一緒だと主張していた哲学者がいたらしい」
男「そのことでからかおうとした市民が言った。生きているのと死んでいるのが同じだと言うのなら、今すぐ死んでみろとな」
男「哲学者は断った」
男「何故なら、それらは同じことだからと」
女「屁理屈ですか。意味がわからないんですけど」
男「同じことならする意味がない。だから同じことはしないというわけだ。たとえ同じだとしてもな」
女「余計わからなくなりました」
男「誤って女湯にはいってしまったら言ってみる価値があるかもな。男湯も女湯も同じだと」
女「そういう屁理屈を言う変態のために混浴が生まれたのかもしれません」
男「起源は混浴が先だろう。水に男と女の区別などなかったはずだ」
女「私たちは原点回帰しているんですかね」
男「源泉かけ流しの原点回帰か」
128 = 107 :
男「それにしても今日も暑いな」
女「気温ですか?水温ですか?」
男「どっちもだ」
女「寒いのは苦手ですか?」
男「むしろ得意だ」
女「どんなに寒くても半袖半ズボンを貫いた小学生時代でしたか?」
男「普通に長袖を着ていた。あいつらも別に寒さに強いわけではなかったと思う」
女「国は調査をするべきですね。小学生時代に真冬に半袖半ズボンを貫いた少年は、大人になったらどんな人物になっているか。きっと、なにかしら有意な結果が出るはずです」
男「追跡調査で厚めのコートを冬に着ていたら少し悲しい気持ちになるな」
女「寒いことに耐えなくてもいいんですからね」
男「俺もあついことには耐えないようにしてるからな」
女「北風と太陽なら、あなたに対しては太陽が有利ですね」
男「太陽がでていたら熱くて汗をかくから温泉に行って脱ぐ。北風が吹いていたら寒くて温まりたくなるから温泉に行って脱ぐ」
女「結局脱ぐんじゃないですか」
男「半袖半ズボンで気温に耐えた経験がないから、体温調整が苦手なんだろうな」
女「追跡調査の結果が出ました。半袖半ズボンで小学生時代を耐え抜いた少年は、暖房とクーラーを一般人より使わない傾向が見られました」
男「エコなやつらだな」
女「見習って下さい」
男「俺もどっちも使わんからな」
女「ええー」
129 = 107 :
女「北風が吹くのも太陽が照らすのも、哲学者が生きるのも死ぬのも結局は一緒なんですね」
男「違うだろ。混浴に女と入るのと、男が女湯に入るのと同じくらいに違う」
女「同じくらいに違いますか」
男「女が男湯に入るのは許されるけどな」
女「同じだけど違いますか」
男「男は女にとって許されざる存在になりやすいからな。混浴の数が減少しているのもこの前のワニみたいなやつらのせいだ」
女「この流れで聞きますけど、透明人間になったらどこに行きたいですか?」
男「女湯」
女「定番ですね。なんだかんだ言ってそこですか。でも、いいじゃないですか、混浴に麗しい女性とはいってるんですから」
男「女湯と混同を混浴するな」
女「混乱しないでください」
男「女はどうなんだ。透明人間になったらどうする?」
女「戻れるのか心配になります」
男「そんなこと心配している場合か」
女「女湯に行っている場合ですか」
男「男の夢をわかっていない。性欲を満たしにいくわけじゃないんだよ」
女「じゃあ……」
男「男は性欲を満たすためにアダルトな動画を見るか、アダルトな店に行くだろう」
女「知りません」
男「混浴という企画物も存在するが、それで性欲を発散させようというものは少ない。泡立つ湯に浸かる大人の店もあるが、やはり大多数の大人が行っているというわけではない」
女「知りません」
男「普通の性交動画で興奮している男たちも、透明人間になったときだけは、何かの使命に目覚めたように女湯に向かうんだ。普通の風俗店に行って普通の交尾を眺める奴などほとんどいないと言っていいだろう」
女「まだ時間余り経ってないですけど、のぼせましたか?」
男「小学生時代の少年が想像する好きな女の子が裸になる場所というのは、お風呂以外には存在しなかったんだ。だから、ベッドの上では少年の夢はかなわないんだ」
男「原点回帰だよ。湯気立ちのぼる温泉に浸り、都会の喧騒から避難しているとこう思わないか。透明人間になってから温泉に行くのではない。温泉に来たから透明人間になれるのだと!!」
女「きゃっ!」
男「はぁ……はぁ……もうあがる」ザバァ
女「やはりのぼせてましたか。昨日は長く入っていられたのに」
男「あのあと湯あたりした。まだ少し尾を引いている」
女「それではまた早朝……お大事に……」
男「うぅむ……」
130 :
男「…………」
女「…………」
男「お、おはよう」
女「おはようございます」
男「昨日はすまなかった……」
女「何がでしょう」
男「透明人間がどうのこうの」
女「別に気にしてません」
男「そうか……」
女「…………」
女「…………」
女「ぷぷっ……」
女「(あんなの女子大ならシモネタのうちに入らないんだけどな)」
女「(刺青入れた紳士だからなぁ。大人の店がどうのこうの言っていたのを反省してるんだろうなぁ)」
男「…………」
女「(俯いててよくわかんないけど、今どんな表情をしているのかな)」
女「(ちょっと覗き込んでみよ)」グィ
男「……わっ!」
男「な、なんだ」
女「そんなに驚かなくても」
男「俺を見るな!」
女「そ、そんな言い方しなくても……」
男「いや、その……」
女「…………」
男「…………」
女「ソープランド行ってるくせに」ボソ
男「行ってない!!!」
男「というか何故そんな言葉を!!」
女「あなたよりよっぽどマセガキですよ。知識面だけですが」
131 = 130 :
女「昔話の時もおっしゃってましたね。目を見られるのが苦手だって」
男「ああ。原因はわかってる」
女「お母様の教育?」
男「そうだ。物心付く前から、頭を両手で押さえつけて、俺の目を見ながら、"私は正しい"と言葉を植え付けていたらしいからな」
女「洗脳みたいですね」
男「青年に反抗期というものが存在していてよかった。親の呪縛から解き放たれる貴重な機会だからな」
男「それでも、未だに人の目を見るのが怖い。だからこうして前髪を伸ばしている」
男「さすがに女性のあんたのほうが長いけどな」
女「……それは女性という理由だけではないかもしれませんよ」ボソ
男「ん?」
女「お母様は今でもトラウマですか」
男「そうだな」
女「時々恋しくなったりしませんか?」
男「なるよ」
女「会いに行ったりには?」
男「三途の川を渡ってか?」
女「えっ」
男「死んだんだ」
女「…………」
男「なぁ」
男「母から頭を押さえつけられて、近くでじっと見つめられている時に、俺は幼いながらあることに気づいたんだ」
男「人の目は、同時に相手の両目を見れないということに」
男「右目を見ればいいのか、左目を見ればいいのか。眉間を見ればいいのか。どれが正解なのかわからなかったんだよ」
男「俺は、確かに正しいことについて教えてもらったんだ。日常の細かいところにまで口出しをされていた」
女「世間にとっての正しさではなく、お母様にとっての正しさでしょう?」
男「そうだな。教わらなくてもいいようなことをたくさん教わった。母が怒っている時のふるまいかた、悲しんでいる時の慰め方。俺は何一つ合格点を取れなかったんだがな」
男「目のやり場の位置でさえ、どこを見るのが母にとっての合格なのか考えさせられた」
男「正しさの押しつけは、人を自然な道から外す」
男「例えるなら、正しい呼吸法について教わったようなものだな。何秒間、どのくらい息を吸い込み、どのようなペースで吐くのが理想的なのか」
男「普通のやつらはそんなこと教えて貰っていないから、自然に呼吸をしている。俺は、教えられたとおりにやろうと、不自然に呼吸をしてしまっている」
男「そして人に目を見られると、焦燥感がとまらなくなってしまった」
132 = 130 :
女「そうでしたか」
男「だから俺の目を見るのはやめてくれ」
女「わかりました」
男「……別に、あんたに対してだけじゃないからな」
女「わかってますよ」
男「あんたの瞳は、なんというか」
女「はい」
男「綺麗だった。一瞬見ただけだけどな」
女「…………」
男「久々に人の瞳を見た気がする。こんな綺麗なものだったかと驚いた」
女「……どちらですか」
男「どちら?」
女「私のどちらの瞳ですか?」
男「あまり意識は……」
女「なんだ、もう自然に呼吸ができているじゃないですか。もうあがります」ザバァ
男「どうしたんだ急に」
女「それではまた今度」
男「左目」
女「…………」
男「右目は前髪に隠れててあまり見えなかった」
男「左目だ」
女「……正解です」
女「それではまた早朝」
133 = 130 :
女「昨日は」
男「すまなかった」
女「すいませんでした」
男「おはよう」
女「おはようございます。じゃなくて」
男「やっぱり正解不正解があったんだな。どちらの瞳を見るのが正しいのか」
女「いいですよ。どっちでも」
女「うんざりして飽きてしまっていても、いつまで経っても慣れない人の反応っていうのが私にはあるんです」
女「男さん。よろしければなんですけど。のぼせたらすぐあがってもいいので。私の」
男「お前の昔話を聞かせてくれ」
女「……はい」
男「俺の長話に付き合ってくれたしな。話してて、意外とすっきりしたよ」
女「よかったです」
男「ちゃんと聞いてやる」
女「そんなに力を入れなくてもいいですよ」
男「それじゃあ湯の花をつまみにでもしながら」
女「どんな味がするんですかね。小麦粉みたいですけど」
男「食べてみるか?」
女「たべられません」
男「身体にいいらしいぞ」
女「浸かるとですよ」
男「話はまだか?」
女「私の嫌なところでうつってきましたね……」
男「水中感染だな」
134 :
義眼かな?
135 :
男の子イケメン金髪王子様の須賀京太郎様女の子口調がオカシイ弘世菫様二名で実家で混浴してると妄想した運営終了は犯罪です
136 :
なーんか親父さんを嫌いきれないと思ってたらこの人どこか人間くさいんだなあ
エゴのかたまりなのに
137 :
エゴの塊じゃない人間なんていないだろう。エゴの塊じゃないようにすることもエゴなんだから。
138 :
エゴのない人間なんて人間である必要ないしな
139 :
目を閉じた時に見える虹色のチカチカはどこから来るのだろう。
幼い時の私は、世界で自分にしか見えないものだと信じていた。
初めはパチパチとしたまだら模様の虹を映していても、目蓋の上から眼球を指圧するとその光景は変わる。
虹から宇宙へ。
宇宙から大地へ。
大地からマグマへ。
マグマから地獄へ。
地獄から星空へ。
困った私はそれを「まぶたのうらのはなび」と子供の感性で命名した。
140 = 139 :
父親は外科医で、母親は高校時代の同級生だった。
父親はプライドの高い変人で、母親はおしとやかだけれどたまに怒ると怖い人で。
父親は私を持ち上げるのが大好きで。
母親は私を抱き締めるのが大好きで。
2人とも愛情が深かった。
私は小学生の頃から授業は真面目に聞いていたし、快活な子達と上手く人間関係を築けていた。
親の期待通りに良い子に育った。
141 = 139 :
いや、こんな言い方は傲慢だ。
子供は親に似る。
素敵な親を見て育ち、素敵な親を模倣して似ていっただけだ。
「良い子を演じ続けた反動で不良に…」
テレビ番組でそんなエピソードを見ては少し違和感を覚えていた。
142 = 139 :
私はこうではないかと考える。
子供の反抗には、親の期待に対する反発と、親が期待しないことに対する反発、この一見正反対な2種類があると。
「親や教師に敷かれたレールの上なんか歩きたくない!」
親が敷くまでもなく、レールは既に敷かれている。
それは、親が歩いてきたレールだ。
それぞれのレールを歩いてきた男と女が出会い、結婚を機にレールは一つに結合される。
出産はその過程にあり、子供は生まれた瞬間から、親と一緒のレールを歩みはじめている。
その時に親が「あなたはあそこのレールを渡りなさい」と遥か上空にある綺麗なレールを指差していると、期待に応えられないストレスでグレてしまうのだろう。
一方で、親と歩いてきたぼろぼろのレールに嫌気がさして、「私はあそこのレールを渡りたい!」と反抗してしまうか。
143 = 139 :
私は素直に、親の歩いてきたレールを歩みたいと思った。
私もこの人達のように、健全で、明るくて、時々くだらない口喧嘩のある、愛情に包まれている生活を送りたいと当たり前に思っていた。
父と、母と、あの事件が起きる日までの中学生の私を見て思う。
素敵な人生だった。
144 = 139 :
席替えをすることになった。
クジ引きで決めるのだが、私は中学生の女子としてはおそらく珍しく、隣の男子が誰になるかはあまり気にしなかった。
前後が自分と仲の良い女友達になりさえすれば、毎日楽しくなるなと思った。
だから、クジを引いて、前に仲の良い友達が来て、嬉しかった。
隣が肥っていてにきびだらけで俯いている男子で、後ろが眼鏡をかけてカバーをつけた本をこれまた俯きながら読んでいる女子でも、気にならなかった。
ちょっとからかってみようとか、見下すような気持ちも全然なかった。
全く、気にもかけないだけだった。
それは、恵まれた思春期を生きている女子学生には自然に芽生える感情で、決して罪深いことではなかっただろう。
145 = 139 :
これは後に知ったことなのだが。
休み時間を地獄だと感じ、早く授業中になって欲しいと願っている生徒がクラスの片隅にはいるらしい。
休み時間になって、嫌な人とコミュニケーションをとることや、
そのコミュニケーションすら取れず、孤独で惨めな思いをする人達だ。
私が見向きもしなかった人達。
孤独で可哀想だなんて思ったことはない。
孤独なんだな、と頭に浮かぶだけ。
私と人生が交わることがないような人達に対して、何ら感情を抱くことはなかった。
ヒエラルキーなんて言葉がまだなかった頃。
「みんな違ってみんないい」
「ナンバーワンよりオンリーワン」
流行りの言葉に素直に頷いていたのは、みんなと違ってみんなより可愛い子や、容姿の良さは1番の子だった。
男子は、デブでも愛されキャラの人もいたし、チビでも面白いキャラの人もよく注目を集めていた(恋愛対象にはならなかったが)。
ただ、会話がまるで面白くない人は、やはり冴えない者同士で群れていた。
一方、女子学生における序列においては、容姿が絶大な力を持っていた。
146 = 139 :
休み時間になる度に手鏡を開く女の子と一緒のグループだった。
綺麗な女の子ほど自分の容姿に厳しい。
アイドルや芸能人がブログで自分の容姿のコンプレックスを告白することがあるが、あれは本心だろう。
テストで46点の答案が返ってきても折り畳んですぐに捨てて忘れてしまうが、98点の答案が返って来たら用紙の間違えた部分をいつまでも悔い続けるだろう。
用紙の間違えた部分、いや、容姿の間違えた部分について、98点の女の子はいつまでも悔い続ける。
私はあごに小さなにきびが出来ていた。
親が外科医でもにきびの出現を抑えることはできない。
これさえなければかなり幸せなのになぁ、と悩んでいたことは、クラスのマドンナの様な存在だった母親の遺伝により獲得した98点の幸せの証だったろう。
いつも手鏡を大切そうにもっているのを揶揄して、根暗な女の子が「ラッコかよ」と言ってるのを聞いた時は、やはり妬みだとも不快だともすら思わず、何の感情も芽生えなかった。
147 :
浴衣の似合う女の子達だった。
ピンクも、黄色も、うぐいすいろも、鮮やかに映えていた。
私は友達が大好きだった。
クラスの男の子は二の次だったけれど。それでも、こんなに綺麗な女の子達だけで歩いているのは、なんだかもったいない気がするなぁと、他人事のように傲慢なことを考えていた。
生まれて、気付いたらここにいた。
13才になって、綺麗な女の子達と歩いている。
26才になった私はどうなっているんだろう。
39才になった私は今のような家庭を築けているんだろうか。
学校の先生をからかうような話題を聞きながら、私は珍しく哲学的なことを頭の片隅で考えていた。
148 = 147 :
食べ物を買おう、ということになった。
私はやきそばを食べたいと思った。
誰かがたこやきを食べたいと言い出した。
私も、私も、と続いた。
私も、と私も言った。
たこやきを買って、食べながら歩く。
確かに、食べ歩きするなら、やきそばよりもたこやきの方が芽生えがいいかもしれない。
食べ終わってしばらく歩くと、わたあめを飼おうということになった。
私はあまり好きではなかったけれど、私も、と再び言った。
無理して協調しているというわけではなかった。
自分で考えず、周りに流されるのに慣れていた。
慣れというのは、好き嫌いを超越した感情であり、自由や束縛よりも高い次元にある行動でもある。
わたあめを舐める姿はたこやきを食べる時よりも浴衣姿に似合っていたと思う。
ちゃんと13才の時間を私達は生きていた。
149 :
女「今日はここでおしまいです」
男「そうか」
女「あなたがのぼせてしまいそうなので」
男「気付いていたか。中々言い出せなかった」
女「私の前では忍耐しないでくださいね」
男「当時のお前は、なんというか」
女「はい」
男「感情の見えないやつだな」
女「そうかもしれないですね。抜け殻みたいで気持ち悪いでしょ」
男「そこまでは言ってない」
女「今はどうですか?」
男「明るさで何かを隠していそうだ」
女「何かを隠したいなら暗いものが1番ですよ。なんせ見えにくいんですから」
150 = 149 :
女「おはようございます」
男「おはよう。昨日の話の続きをしてくれ」
女「せっかちですねぇ」
男「善は急げだ」
女「のぼせるのは善ですか」
男「急いでのぼせてる訳ではない」
女「それじゃああなたがのぼせないうちに、話しましょう」
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