元スレにこ「きっと青春が聞こえる」
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601 = 1 :
いつの間に? という疑問を抱かなかったわけじゃない。
むしろ、ほんの数分前のやり取りがなければ、彼女自身にそう尋ねていたはず。
けれど、今は。
この世界の真実に触れた今は、「ああ、そういうものなんだな」って納得してる私がいた。
ノゾミ
希望を叶える存在を願ったから。
ノゾミ
希が現れた、ってことなのかしら。
にこ「……笑えない冗談よね」
希「ん?」
にこ「なんでもないわ、独り言」
602 = 1 :
にこ「それより、一体全体私になんの用? 練習、もうとっくに始まってるでしょ?」
顎で時計を指し示す。希はその先に視線をやることもなく、ただ、私だけをまっすぐに見つめていた。
吸い込まれそうな瞳だった。
いつもはきれいだと感じるその緑色は、だけど、今はその奥に得体のしれないものを感じさせる。
それは、この世界にきてからうっすらとこびりついていた――疑い。
この希が、「Snow halation」ができる前の希なのだというのなら。
この希は、あの「友達」を口にした希とは、違う。
603 = 1 :
希「ん、……にこっちに、謝らなおもって」
にこ「謝る?」
希「うん。うちが余計なこと言ったから、にこっちが……」
にこ「ああ……」
そこまで言われてようやく話にピントが合う。
たしかにあの状況を振り返ってみると、希が突っ込んだ話をしてきたからあの流れになった――と、言えなくもない。
だけど、正直な話。
にこ「別に、あんたのせいだなんて思ってないわ」
にこ「あんたが話を切り出さなくたって……きっと、たいして展開は変わらなかったし」
希「そんなこと、」
にこ「あるわよ」
希「…………」
604 = 1 :
突き放すような言葉を、あえて突きつける。
悪いけど、どうでもいいのよ。
だって、だって。
だって――今ここにいる希は、あの希とは別人なんだから。
ううん、それだけじゃなくて。
私があそこで切り離した面々だって、夢の世界の住人なんでしょ?
だったら別に、いいじゃない。
別に――
605 = 1 :
希「にこっち」
にこ「――――」
どきりとした。
たった一言、名前を呼ばれただけなのに。
全てを、見透かされているような錯覚に陥った。
希「にこっちは、何を抱えているの?」
にこ「抱えるって……私は別になにも抱えちゃいないわ」
にこ「自分の思った通りに部が運ばなかったから、ちょっと落ち込んでるだけよ」
言い訳がましく言葉がうわすべりしているのを自覚しながら、それでも言葉を止められなかった。
だけど、さ。
大して賢くない私ですらわかってるんだから。
目の前の聡いこの子が、わからないはずないのよね。
希「――にこっち」
606 = 1 :
にこ「……やめてよ!」
耐えられなかった。
別人であるはずなのに。
ただの夢の中のキャラクターのはずなのに。
希に、優しく呼ばれるだけで。
にこ「もう、やめて……」
私のよく知る希が、胸を満たしていった。
私の、私たちの「友達」の、希が。
607 = 1 :
にこ「私は、帰りたいの……」
だからそれは、弱音じゃなくて、本音。
にこ「元の世界に……現実のμ'sに……」
希「現実?」
にこ「……ええ」
信じてもらえるかどうかなんて、もうどうでもよかった。
ただ、重たい荷物を半分持ってもらいたかった。
重さを、わかちあってほしかった。
希の優しさに、甘えたかった。
608 = 1 :
希「――――」
荒唐無稽な私の話を、希は最後まで黙って聞いていた。
にこ「信じ、られないわよね。こんな話……」
希「うーん、そうやねぇ……」
にこ「ううん、いいのよ別に。最初から信じてもらえるだなんて、」
希「すとっぷ」
ずい、と。
希の手のひらが私の言葉を遮る。
希「信じるとか信じないとか、いったん置いとかん?」
希「たぶんそれって、今あんまり重要じゃないと思うんよ」
にこ「……なんで?」
希「んー、だってさ」
いたってまじめな顔して、希は。
希「にこっちが真剣に話してるんだから、うちも真剣に話せばいいだけやん?」
にこ「――――」
奥底まで透き通った緑色の瞳で、そう言った。
609 = 1 :
希「それにしても、ここがにこっちの夢の中……なんともスピリチュアルな話やね」
にこ「まあ……私自身、まだ信じ切れてるわけでもないけど」
希「ほっぺたつねってみる?」
にこ「……のーせんきゅー」
希「…………」ワシワシ
にこ「その手つきはほっぺたつねろうとしてするもんじゃないでしょ!?」
希「……ちっ」
にこ「ついさっきの「真剣に話す」ってのはどこいっちゃったのよ!」
610 = 1 :
希「だけどにこっちとしては大変な問題だよね」
希「夢の世界から出られませーんって、じゃあ現実世界のにこっちはどうなってるん? って話やし」
にこ「それは……そういえばどうなのかしら」
え、現実の私、眠りっぱなしなの? 何か月も?
……いや、夢の中の時間の進み方と現実のそれが同じとは限らないし。
うん、そういうことにしておこう。
希「どうする? 目覚めてみたらカラッカラのミイラになってましたー、とか」
にこ「いや、そんな状態だったら夢見てる余裕ないでしょ」
死んでるって、それ。
希「そう、この世界は夢なのでした。にこっちがついた、長い眠りの――」
にこ「人のこと勝手に殺さないでよ! ――あーもう、しょーもない!」
ああ、だめだ。
ほんとくだらない、軽口の応酬なのに。
にこ「ほんと……しょーもない、わ……」
どうしてこんなに懐かしくて。
どうしてこんなに切なくて。
どうしてこんなに、温かいのか。
611 = 1 :
希「ね、にこっち」
優しさのかたまりみたいな言葉が、私をふんわりと包む。
希「にこっちがこんな夢の世界を作ってまでしたかったことって、なあに?」
にこ「――――」
アイドル活動をしたかった。
その答えが、100点満点中50点くらいの答えだってことは、もうわかってる。
じゃあ。
にこ「μ'sを――作り直したかった」
あの一年間を、やり直したかった。
これが、答え?
希「――――」
目の前の少女は、答えない。
まるで――それが不正解であると、知っているかのように。
612 = 1 :
「私」の言葉が、不意に頭の中をよぎる。
『その奥に眠ってる想いを、言葉を、語ろうとせず蓋をしたままでいるのは――うそつきと同じじゃない?』
『ここにある匣。その蓋を開けなさい』
意味がわからないって、思った。
ううん。思おうとした。わからないって、自分に言い聞かせた。
だって、胸の中に開けちゃいけない匣があることも。
その中にどんな汚いものが詰まっているのかも。
私は――最初から全部、知っていたから。
だから、知らないふりをしなきゃいけなかった。
だけどそんなの、そんなちっぽけな嘘、「私」に通じるはずなんてなかった。
自分をだませるほど――私は、器用じゃなかった。
613 = 1 :
希「――にこっちは強いね」
にこ「は?」
希「だってこの世界に来て、にこっちはまたμ'sを作ろうとしたんでしょう?」
希「絶望的な状況で、それでも自分の居場所をまた作ろうって思えるのは、立派な強さだよ」
希「私には――それがなかった」
にこ「あ――」
それは希が胸の内に秘めていた過去。
住む場所を転々とし、人間関係を保てず、そのたびに居場所がリセットされた少女。
希「私は音ノ木坂にくるまでは、もう諦めてた。「そういうものなんだ」、って」
希「そうすれば痛くなかったから」
希「作れば壊される。壊されれば痛い」
希「なら、最初から作らなければいい――私は、そう思うことにした」
希「それは、私の弱さだった」
にこ「違う……」
違う。違うの。
希が弱いというのなら、私の方がよっぽど弱い。
だって、だって――
614 = 1 :
希「なにが違うの?」
にこ「だって、私は……」
あ、と思っても手遅れで。
匣の蓋が、ほんの少しずつだけど、ずれ始めて。
にこ「μ'sがないとダメだったから。私にとって、μ'sは、すべてだったから」
その隙間から、どんどん言葉が漏れだす。
厄災が、あふれだす。
にこ「だから、作らなきゃいけなかった。μ'sがなきゃ、ダメだから……」
希「なんで?」
もうそれは、きっと会話にすらなっていない。
希はただ、問いかけるだけで。
私は、ただ――吐き出すだけ。
にこ「だって、だってμ'sは――アイドルじゃ、なかったから!」
615 = 1 :
にこ「アイドルっていうのは孤独なの。狭い枠をたくさんの子たちで奪い合う競争社会」
にこ「それはたとえ同じグループであってもよ。総選挙なんてやって順番付けてるのがいい例でしょ」
にこ「おもてっつらでは仲良しを演じながら、でも腹の奥では蹴落とし合う。それがアイドルなの」
にこ「そうあるべきだって思ってた。だから、だから……」
これは、そう。
ただの、いいわけ。
にこ「私がひとりぼっちになってるのだって、当たり前だって思ってた!」
616 = 1 :
にこ「私のやりかたについてこれなくなって、ひとりまたひとりと部からいなくなって」
にこ「寂しかったはずなのに、悔しかったはずなのに、でも私は必死に笑顔を取り繕ってた!」
にこ「ああ、私の方が本気なんだ!」
にこ「私の方がアイドルに向いてるんだ!」
にこ「そう思わなきゃ――耐えられなかったのよ!」
にこ「だから穂乃果たちが現れた時は、何が何でも認められなかった」
にこ「仲良しアイドル? ふざけないでよ! そんなの成立するわけないでしょ!?」
にこ「そんな中途半端なもの、アイドルだなんて認められるはずがない!」
にこ「……でもね、違ったの。あれは、私が「アイドル」と定義してるものじゃなかった」
希「――じゃあ、なあに?」
にこ「……決まってるじゃない」
そう。最初からわかってるはずだった。
私たちがやってるのはアイドルなんかじゃない。
蹴落とし合う必要も、見下し合う必要もない。
一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に高め合って。
正々堂々自分たちの力で輝いて競い合う、純粋に眩しい存在。
にこ「――スクールアイドルよ」
617 = 1 :
にこ「μ'sに加わってからは、信じられない毎日の連続だったわ」
にこ「毎日心の底から笑い合える仲間がいて」
にこ「毎日心の底から競い合える仲間がいて」
にこ「毎日心の底から信じ合える、仲間がいた」
にこ「それは私の中の「アイドル」には決してなかった光景で」
にこ「とっても――幸せだった」
希「そう……」
うん、そう。
とても幸せだった。
醜い想いに蓋をして、見えないふりをしながら過ごす毎日は。
618 = 1 :
にこ「でもね」
希「え?」
にこ「でもね、そんな毎日を過ごせば過ごすほど、匣の中身は増えていったわ」
希「……中身?」
にこ「ええ」
その匣が、今、ゆっくりと蓋を開こうとしていた。
にこ「それは決して考えちゃいけないこと。気づいちゃいけないこと」
にこ「気づいてしまえば、認めてしまえば、それは裏切ることになるから」
希「裏切るって……誰を?」
にこ「私自身を、よ」
もっと正確にいうならば。
今までの、私。
619 = 1 :
にこ「スクールアイドルは楽しい。幸せ」
にこ「あったかいぬるま湯みたいに、心がほわぁってするの」
にこ「そう、それはね」
にこ「アイドルを目指していたときには――決して味わえなかったものなのよ」
希「――――」
にこ「μ'sで幸せを感じれば感じるほど、匣の中身は私に問いかけてきたわ」
にこ「ねえ」
にこ「あの2年間は――なんだったの? って」
620 = 1 :
にこ「ひとりぼっちで涙を飲んでた2年間は、なんだったの?」
にこ「必死にアイドルを目指して、たどり着いたあの2年間は、誰が取り戻してくれるの?」
にこ「私に聞かないでよ。私が知るわけないでしょ。私は今が楽しいの。μ'sがすべてなの」
にこ「耳をふさいで、目を閉じて。匣の存在すらも、忘れようとした」
にこ「――ま、残念ながら「私」がそれを許しちゃくれないみたいだけどさ」
希「にこっち、あの、」
にこ「μ'sが終わったら」
希「っ」
にこ「μ'sが終わったら。スクールアイドルが終わったら」
にこ「私はまた、アイドルを目指す」
にこ「自分が上り詰めるために、他人を蹴落として」
にこ「きったない中身を隠すために、きれいな服で着飾って」
にこ「そんな「アイドル」に、なるの」
621 = 1 :
にこ「ねえ」
さあ、もうおしまいにしましょうか。
にこ「私はいつか、きっとまた思うわ」
長いおしゃべりは、もうおしまい。
にこ「部員が私一人だけになった、あの日のように」
匣の蓋を――開けましょう。
622 = 1 :
にこ「アイドルなんて目指すんじゃなかった――って」
623 = 1 :
ここまで
全然5月中に終わらなかったごめんなさい
続きはなるべく早く
625 :
乙乙
626 :
希「――そっか」
にこ「ん?」
希「にこっちはアイドルの楽しさ以上に、セーシュンの楽しさを知っちゃったんやね」
にこ「青春?」
希「うん」
にこ「ふふ、なによそれ――青臭い」
だけど、そっか。希の言葉でひとつ腑に落ちる。
私がスクールアイドルに求めている楽しさは、きっと、青春っていうんだ。
627 = 1 :
希「じゃあ、にこっちは」
希「やめるの? ――アイドル、目指すの」
にこ「…………」
希「スクールアイドルが楽しくて」
希「夢の中でやり直すのを望んでしまうくらい楽しくて」
希「だから、つらい現実からは目を背けて」
希「アイドルを、諦めるの?」
希「この世界で、夢を、あこがれを、追い続けるの?」
にこ「…………」
628 = 1 :
『今度はもっと、理想的なμ'sが作れるかもね』
彼女の、『私』の言葉が、頭の中で再び鳴り響く。
それも可能なのかもしれない。
私がそれを望むのなら。
この夢の中で。
ずっと、ずっと――
にこ「――――」
あの時、答えられなかった質問に。
ゆるゆると、首を横に振った。
629 = 1 :
希「――どうして?」
にこ「……寝坊しすぎてミイラになっちゃったら厄介だし?」
希「――――」
にこ「……あーはいはい、答えるわよ」
にこ「って言っても、私自身明確に答えを持ってるわけじゃないんだけどさ」
はっきり言ってしまえば、まだ頭の中はぐちゃぐちゃで。
この甘ったるい夢の中にずぶずぶと沈み込んでいきたい欲望は、ある。
だけど。
にこ「私の望みは、きっと、それだけじゃないから」
630 = 1 :
* * * * *
屋上への扉は、開くといつもびゅう、と一際強い風をもたらした。
いつもは髪が崩れて不機嫌になる要素だったけど、今だけはその荒々しさが少しだけ心地いい。
私の背後にべたりとはりついていた後ろ暗いものを、吹き飛ばしてくれたから。
花陽「あっ――」
レッスンで体を動かしている途中、私の存在に真っ先に気づいたのは、私が求めている人物だった。
その視線に気づいた他の子たちも、次々に私をその目に捉える。
12の瞳が、一度に私を射抜いた。
631 = 1 :
花陽「……なんの用ですか?」
険のある口調は、明らかに私を排除しようとするものだった。
彼女なりの「アイドル活動」を阻害しようとする私を、排除するための。
明確な、強さだった。
にこ「……あんたは、」
なにを話すべきだろう。この段階にきて、自分の考えがまとまっていないことに気づく。
あーあ、なんて間抜け。
だけど、だからこそ、変に飾ることのない、シンプルな言葉が出てきた。
それを彼女にぶつける直前。
そういえば、これはそもそもかつて私に向けられたものだと気づいた。
にこ「あんたは――なんでアイドルになりたいの?」
632 = 1 :
花陽「…………」
突拍子もない質問に面食らった様な花陽。
目を白黒とさせている彼女の目の前で、私はあの時の凛の質問になんと答えただろうかと思いめぐらせる。
その言葉がすんなり思い出せたのは。
あの時の気持ちが、今の気持ちが、本音だから、なのかな。
633 = 1 :
にこ『――やりたいから、よ』
花陽「――やりたいから、です」
634 = 1 :
きっと、見たくないものをたくさん見ることになると思う。
人の醜い部分とか、自分の薄汚い部分とか。
そういうのを全部押し込めて、だけどお客さんの前ではきらきらした笑顔を振りまいて。
自分の笑顔を削ってまで。誰かを笑顔にする。
――そこまでして、やりたいの?
頭をよぎったその問いを。
花陽「――――」
力強い瞳が、否定していた。
635 = 1 :
にこ「――『あんた』のこと、もっと大事にしてあげなきゃいけなかったのにね」
花陽の頭をぽん、と軽くなでる。
花陽「…………?」
私の態度にいい加減違和感を覚えたのか、花陽の瞳から敵意の色が抜ける。
うん、そうよね。わけわかんないわよね。
だけど、『あんた』はそれでいいの。
なんにも難しいことなんて考えずに。
「やりたい」を貫き通せば、それでいいの。
636 = 1 :
ああ、言いたくないな。
あの子たち、こんな言葉を叫んだんだ。すごいな。
息を吸って、言葉にならず、吐き出して。
そんなことを何度か繰り返していると、ついに耐えきれなくなったらしい花陽。
花陽「あの、にこ先輩」
花陽「にこ先輩が求めてる形が何なのか、私にはわかりません」
花陽「だけど、にこ先輩のアイドルに対する情熱は、私、まだ疑いきれません」
花陽「しっかり聞きたいです、にこ先輩が望んでいること」
花陽「それで、できるなら――」
花陽「できるなら、また一緒に、スクールアイドル――やりたいです」
にこ「――――」
637 = 1 :
ほら、もたもたしてるから言われちゃった。
どうすんのよ。こんな魅力的な提案。
やりたくなっちゃうじゃない。続けたくなっちゃうじゃない。
まったく、もう。
にこ「…………ううん」
花陽「え……?」
ごめんね、花陽。
もう、夢から覚める時間なの。
638 = 1 :
にこ「μ'sは、もう――おしまい」
639 = 1 :
ピシリ。
ひびは、その大きさを広げて――
640 = 1 :
ここまで
多分あと2回くらい
次はなるべく近いうち
641 :
乙、そろそろ本当に終わりが近いなぁ
643 :
なるほどな…いよいよクライマックスだな
644 :
* * * * *
まだ、世界は続いていた。
どれだけひびが入っても、殻を破るに至らない。
まだなにか足りない? だとしたらなにが?
夕暮れに沈んでいく廊下を一人歩きながら、考える。
心当たりはあった。
花陽が、私のアイドルになりたいという強い思いを受けて元の世界の彼女と差異が生まれたように。
ガラスのように繊細な弱さをこの世界で見せた、赤髪の少女。
にこ「…………」
たどり着いた音楽室から、音はない。
だけど。
真姫「…………」
開いたドアの先に、彼女は、いた。
645 = 1 :
真姫「……なによ。思い詰めた顔して」
にこ「……あんたこそ」
真姫「――――」
にこ「ねえ、真姫ちゃ、」
真姫「だめよ!」
にこ「っ!」
真姫「だめよ! 認めない!」
真姫「せっかく仲良くなれたじゃない!」
真姫「せっかく楽しくなってきたじゃない!」
真姫「なのに、なのに……」
にこ「真姫……」
646 = 1 :
強い口調と裏腹に、その口から飛び出てくるのはつつけば崩れそうな脆い言葉ばかりだった。
離れたくない。終わらせたくない。一緒に居たい。
そんな――みっともない言葉ばかり。
真姫「なによそれ、ずるいじゃない! 人に期待させといて!」
真姫「どうせひとりぼっちだろうって、そう覚悟を決めてたのに!」
真姫「なのにあなたは現れた!」
真姫「私にとびっきりのプレゼントまで用意して!」
真姫「そうやって人の心のドア開けといて、そんな……いやよ……」
真姫「さよならなんて……いやぁ……」
ぽろぽろと。その瞳からこぼれる雫は。
きっと、彼女の、私の、弱さ。
647 = 1 :
真姫「こんな、こんなことなら……」
真姫「ずっとひとりぼっちのままだって――」
にこ「違う!」
真姫「っ」
にこ「それは――違うわ」
それは、それだけは認めちゃいけない。
あの日、あの時。
アイドル研究部の部室で私を待ち構えていた7人。
私をμ'sに加えてくれた愛すべき後輩たち。
彼女たちが差し伸べてくれたその手は。
間違いなく、私にとって眩しいくらいの光だったんだから。
それは――否定しちゃ、だめ。
648 = 1 :
にこ「――ね、真姫」
うつむきながらぼろぼろと泣きじゃくる少女に向かいながら。
その実、私の言葉は、彼女に向けられたものじゃない。
にこ「楽しい時間はね、いつまでもは続かないの」
にこ「いつか必ず終わっちゃうものなのよ」
にこ「それはきっときらきら光る宝石みたいなもので」
にこ「ずっと、ずぅっと……見つめ続けていたくなるものなんだと思う」
私が過ごした高校最後の一年間。
思い出すだけで目がくらみそうになるくらい、まばゆい日々。
それを、人はきっと、青春っていうんだ。
649 = 1 :
にこ「だけどね、だめなの」
にこ「そればっかり見つめてたって、前には進めないの」
にこ「だから、それはそっと宝石箱にしまっておくのよ」
にこ「大切に、大切に」
にこ「なくさないように」
真姫「――――」
さっきの花陽みたいに、意味がわからず呆け顔の真姫ちゃん。
ごめんね。これ、ただのひとりごとなのよ。
650 = 1 :
にこ「でもね、これから先、きっとつらいこともたくさんある」
にこ「見たくない現実だっていーっぱい出てくる」
にこ「そういうのに負けそうになった時はさ、ちょっとだけ、その宝石箱を開くの」
にこ「いっぺんに開けちゃ駄目よ? まぶしすぎて前が見えなくなっちゃうから」
にこ「そーっと――のぞき込んでみて」
にこ「そしたらね、きっと見えるから。聞こえるから」
真姫「――聞こえる?」
にこ「うん。きっと聞こえるわ」
にこ「きっと、きっと――」
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