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    元スレ志希「フレちゃんがうつになりまして。」

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    101 :

    生存報告は一応作者の義務な部分もあるからなぁ。でも3か月経って落ちなかったってことは、最終更新から何らかの形で書き込みはあったってことだよねアレ?

    まあ長期放置なら一回HTML依頼出して、また全部コピペで書き直すってのもアリだと思うけどね
    あんな荒れたまま書くのは作者も嫌だろ

    103 = 95 :


    「おぉ志希さんもランニングですかっ!? 青春ですねー! 頑張ってください! でも前に廊下は走るなって怒られたんで気を付けてくださいねーっ!」

     茜ちゃんの熱いエールを背に、走る速度をあげる。

    「にゃはっ、は、応援さんきゅー♪ 始末書書くのは慣れてるからだいじょぶー」

     んーあたしには「頑張れ」はちゃんと効いてる効いてる。
     ドーパミンにエンドルフィンどばどば出ちゃってる。
     ようやく事態を把握しつつある寝坊助な思考をフル回転させる。

    「ふっ、ふっ」

     突き当りのエレベーターの前につく。使ったか使ったか。確率は半分。
     多分、これは使ってない。
     こういうときにじっと待つ、という選択はふつーしない。じゃあ、階段だ。
     上か下か。確率は半分。
     1階まで下がって、外に出たんだったらまだいい。猶予はまだあるし、もしかしたらだれか止めてくれてるかもしれない。
     でも今のフレちゃんが人目につくエントランスを通り抜けることを果たして選ぶだろーか。

     階段を駆け上った。

     ふと、まっさきに最悪な状況を想定してしまった。
     あぁもうこの病気のその結末は15%から25%にもなるっていうけど。
     日本でその結末を迎える人の6割はこの病気だったっていうけど。
     それにしてもちょっと突然すぎやしないかな。まだ早いよフレちゃん。まだもうちょっとその確率の輪に入らないようにしようよ。
     てゆーかあたしが勝手に入らせなくしちゃうけど。
     このあたしの予想は、あたしの杞憂で終わってほしい。

     3階。最上階。
     いくつも部屋がある。この中にフレちゃんがいる確率は……。
     んや、もしかしたら。あそこかもしれない。あそこだったらかなり危機的状況かも。
     間違ってるかな。でももしそこに居たとして、あたしの予想をここで外してしまったら取り返しのつかないことになるかもしれない。
     
     もうその場限りの推測をいくつも重ねてしまったから、いる確率は低いかも……。
     違う。そこにフレちゃんがいるか、いないかで、確率は半分だ。

    「ふっ……ふっ……」

     乳酸菌が溜まりきった筋肉を酷使して、もうひとつ階段を昇った。
     ダンスレッスンもしばらくやってなかったから、しんどいねー。

     鉄の扉を押しあけると、風が吹き抜けた。
     屋上。

     そこには。ぽつんと。
     帽子からかすかにはみ出た、天然モノのキレイな金髪が揺れていた。

    104 = 94 :

    茜、後で事情知った時に
    自分が背中押してしまったってトラウマになりかねないな......

    105 = 93 :

    ここからどうなるか
    持ち直すにしても最悪の結果になるにしても、どっちも楽しみだ
    あと乳酸菌じゃなくて乳酸ね

    106 :

    >>104
    その場合『未央「茜ちんがうつになりまして。」』ってタイトルの続編が来る可能性

    107 :

    でも実際は乳酸のせいで足が痛くなるわけじゃない
    むしろ必要な要素だとか

    108 :

    乳酸菌が貯まりきってるのは○○こやな

    109 = 95 :

     フレちゃんは手すりに体を押しつけて、何もない空間を見上げている。
     背を向けているから表情はわからない。

    「フレちゃんっ」

     強い風に声が掻き消される。
     だめか。それじゃあたしの次の一手は。
     最短距離で、ぽきりと折れそうなほどか細い背中めがけて走る。

     もう考えてる暇はない。フレちゃんの背中は目前まで迫っているから。
     状況的に、最善なのは。
     あたしは行動を選択した。

     手を腰に回して。
     背後から物理的に拘束っ。

     うっ、と小さなうめき声をあげてフレちゃんの体があたしに固定される。
     帽子がひらりと舞って、風に乗せられて飛んでいった。

    「ふー、ふー、にゃ、にゃははっ。 捕まえっ、たー」

     よーするになんてことはない。ただのハグだ。
     しんぷるいずべすと。
     肩で呼吸して、鼓動を鎮める。どっくん、どっくんと、血液が体中を循環しているのを感じる。
     くらくらする。はーあたま全然回らない。思考にもやもやと霧がかかる。

    「ここで、ふっ。ふっ、なにしてたのかにゃ?」

    「アタシやっぱりぜんぜん、だめだなぁって思っちゃって、こんなんじゃシキちゃんも飽きさせちゃうし、みんな、にも迷、惑ばっかかけちゃってて」

    「ふーっ、ふーっ」

     どっくん、どっくん。

    「こんなつまんないアタ、シもう、消えちゃった、ほうが……」

     いま、言葉の選択を失敗するわけにはいかない。
     あたしは鈍いあたまで、慎重に言葉を選んで、言った。

    「ふー、フ、レちゃんには、居場所ちゃんとあるよー」

    「えっ」

     どっく、どっく。

    「フレちゃんは、友達いっぱいだねー。久しぶりにみんなの顔見て、どう思った?」

     あたしらしくないなぁって思う。
     今日のみんなに悪意がこれっぽっちも混じってないことを勝手に期待している。
     あたしにあるかわからない、不確定要素をみんなに求めている。
     しかたない。書物に書かれている知識なんて、いざというときには役に立たないものなのだ。
     シキ、きみは黒板一枚とチョーク一本で世界の理をすべて解き明かせるんじゃないかってセリフはプレイボーイなカレが言った、あぁきみちょっと出しゃばりすぎだよ、しーゆーねくすとあげいん。もうないとおもうけど。
     あたしにもわからないこと、いっぱいあるってば。一瞬、ダッドの後ろ姿が脳をかすめた。

    「みんなは、きっと久々にフレちゃん見てね、喜んでたよー、」

     あたしが土壇場で試したのは、解明できない善意なんてのが、きっと人の心に届く。なんて楽観的な観測だ。
     真心なんて非化学的な成分がフレちゃんの心で反応を起こすことに賭けてみたのだ。
     他にあたしが今できることはハグをすることによってβエンドルフィンが多幸感を与えてくれるのを実証してみるだけ。

    「フレちゃんは、久々にみんなの顔見てどう思った?」

    「……」

     とっくん。

     とっくん。

     とっくん。

    110 = 95 :


     風がめいっぱい通り抜ける。
     もう帽子の行方はわからない。
     いっぱいいっぱい時間を溶かしてから。

     ようやくフレちゃんは、ぽつりと呟いた。

    「……嬉しかっ、た。みんな、やさしいなって。また会い、たいなって」

     とくん。
     その穏やかな声を聞いて、あたしの鼓動がようやくおさまる。

    「そっかー、それじゃあたしのラボにまた明日も来てくれるかにゃ? てゆーかフレちゃんの部屋だけどねー」

    「……うん、アタシ頑張って、この病気、治すね」

    「フレちゃんー別に頑張らなくていいんだよー。なにせレイジー・レイジーだしー。まーゆるーく地に足つけてやっていこーよ」

    「ちにあし?」

    「にゃはは、なんでもない」

     ほっ。
     あたしの予想は杞憂で無事に終わってくれた。

     もしかしたら、適度、というには激しすぎる運動と日光が効いたのかもしれない。バナナはないけど。
     それともただ単に、振り子がたまたま好調の方向に揺れてただけかもしれない。

     とにもかくにも。
     あたしのフレちゃん観察記はまだもうちょっとだけ続きそうだ。

    111 = 95 :

    >>103
    修正
    乳酸菌が溜まりきった筋肉

    乳酸が溜まりきった筋肉

    アホすぎますね
    ごめんなさい

    112 :

    最近他のSSでも同じ間違いを見たな
    ドンマイ!気にするなって!誰だって間違いくらいあるって、次から気を付ければいいんだよ!

    ⬆これ全部鬱の人に言っちゃいけないらしいな

    113 = 95 :

    また明日
    残り4割くらい

    114 = 95 :

    >>103
    修正
    使ったか使ったか

    使ったか使ってないか

    もうちょい投稿前に推敲します…

    115 = 94 :

    とりあえず良かった......
    今回の件でどれくらいの娘が気付くんだろうか

    116 :

    >>112
    他人を元気づけるってのは難しいもんだしね。
    鬱病ってレベルまでいってなくても、そういう事言われると却って落ち込むって人は割と多かろうさ。
    松岡修造のノリを受け入れるには、まず最低ラインの精神的余裕が必要なのである。

    しかし、志希にゃんは一人で抱え込んでたのか。一番やっちゃダメなパターンだろうに、それ。

    117 :

    まぁ本当のうつ病患者はめっちゃ知り合いに知られることを恐れるからしゃーない
    えっお前そうだったん?って人が病気かかってたりするし
    あと事務所の一部の人は知ってるそうだから一人ってわけじゃないんじゃないか

    118 :

    武田鉄矢とかレディー・ガガとかユースケとかも発表できなかったけど長年うつ病だったらしいね
    知らないとえっまじでってなる

    119 :

    そろそろ志希にゃんが心配 鬱の人って支える人もも本人と同じくらいキツいって言うし……

    120 :

    一時期うつ病だったけど突然死にたくなったりマジでこんな感じだった

    121 :

    俺にもこんなにも支えてくれる志希にゃんが欲しかった

    122 = 119 :

    >>121
    さりげなく図々しい!

    123 :

    共依存になる可能性もあるし、1人で看護はそろそろ限界かね

    124 :

    負けない事・投げ出さない事・逃げ出さない 事・信じ抜く事
    全部ダメ

    125 :

     その日をきっかけに、フレちゃんの世界がほんのちょっとだけ広がった。

    「んしょ、シキちゃんこれ、捨てていいのー?」

    「ん、あーいいよ、いいよー。それただの劇薬指定物だから。にゃはは、じょーだんじょーだんっ。ただの無水カフェインの空箱~」

     ま、フレちゃんが万が一飲まないようにもう服用してないけどー。
     フレちゃんのピンキーでキュートな部屋の比率が大分メディカルチックでサイテンティフィックなものに傾いてたころ。
     フレちゃんは掃除も洗濯もするようになった。とてもゆっくりな動作だったけれど、フレちゃんの手によって部屋の比率が変わっていく。
     物事に興味を持てるようになってきたのだ。ちょっとずつちょっとずつ。
     つたなかった呂律も回るようになってきた。

     おかげであたしの即席ラボの研究時間も増えたし、お昼寝もそれなりに自由にできるようになった。
     ベランダでは純白の白衣がからりとした日照りのなか揺れている。ゆーらゆらー。ゆーららー。

    「シキちゃん、これはー?」

    「んっ?」

     暇つぶしに揺れる白衣に万有引力をかこつけてたら、フレちゃんの声がして意識を空想から引き戻す。
     フレちゃんは、ぼろぼろになった立方体を握っていた。ところどころ色褪せて、欠け落ちたカラフルな立方体。
     それはールービックキューブだね?

     あたしが手当たり次第にテキトーにキャリーバッグに放り込んだ私物のなかに、フラスコとか顕微鏡とかメスシリンダーとかそんなものに、たまたま紛れ込んでただけの玩具。
     別に、ただそれだけの物だった。

    「こんなにぼろぼろに、なるまで持ってて、大切なものなんだねー」 

     ふむ。そう言われて考える。
     あたしはその遊戯にとっくに飽きていた。パターンは全部解析を終えている。
     今なら物理的な制限がなければ1秒足らずで完成させられる。
     構造がわかったものは、あたしにとってもう玩具の役割をなさないのだ。
     じゃあなんでわざわざ持ってたんだろーね。

    「それさー、フレちゃんにあげるよ。あたしもうそれに飽きちゃってるしー」

    「えっ、いい、の?」

    「ホントホント。ウソのにおいはしない、ホントの話~」

     ふと、まっさらな白衣にピンク色が混じっていることに気づく。
     よく目をこらすと、花びらが付着していた。桜の花だった。

     そっかー、もうそんな季節かー。

    「フレちゃーんお散歩でもしよっかー」

    「……うん」

     フレちゃんの世界はちょっとずつ、ちょっとずつ広がっている。

    126 = 125 :

     無造作に落下していく桜の花びらを眺めて、うすぐいすの鳴き声を遠くに聴く。
     よきかなよきかな。ふーりゅーってやつだね。
     2人して誰もいない公園のベンチに座って、だらだらと時間を溶かす。
     んーアイドルやってる時はこんなに休まるときってあんまなかったからこれはフレちゃんからのプレゼントかなー。
     人は花を視覚野で認識すると自然と落ち着くっていうし効能があるといいなー。

     ちらりと隣をみやるとフレちゃんはルービックキューブをかちゃかちゃといじっていた。
     たまに視線が宙に浮いてわぁと呟いたら、それは鳥や桜の花を追っている合図。
     にゃるほど。フレちゃんの処理能力はだんだん正常に戻りつつある。
     ひどかったときは、躓いてベーキングパウダーを床に撒き散らしちゃったときに、あたしが帰ってくるまでひたすら指で無数の粉末を拾っていたくらいだ。
     目の前ひとつだけのことしか認識できなくなった能力が、また開花していってる。

    「しき」

     ぽつりと、あたしは呟いた。

    「日本人ってねー四季と共に生きてるんだってー。志希ちゃんじゃないよー」

     安らぐここちよいにおいを嗅ぎながらつづける。

    「春になったら桜が散るでしょ、それから紫陽花が咲いてー向日葵が伸びてー紅葉を踏んでーそんで冬になればぜーんぶ枯れちゃって」

     ひらひらと花びらが舞う。

    「だからね、そんな四季の変化を常に意識して生きてるから日本人はとっても繊細にできてるんだってー。半分おフランスなフレちゃんもちゃーんと和風だったんだねー」

    「ん、えと、シキちゃんそれなんていうだっけ。わようせっちゅう?」

    「あーそうそう言いなればそんな感じ! 和風スパゲッティ! 日本式カレー! ジャパニーズスシ!」

      あたしの言葉にかるく頷いてから、フレちゃんはルービックキューブを同じ箇所でかちゃかちゃと回転させる。

    「シキちゃん、シキちゃんこれ難し、いね」

    「んっとそこのね、緑色を右に動かすといいよ」

     フレちゃんは、指先をじっと見つめたあとに見当違いの方向に回転させた。むむ。

    「にゃはは、そこじゃないよー。それじゃその青色を上に向けよっか」

     フレちゃんはひたすら迷ってからまた別のピースを回転させる。
     ……そっか。

     そっかそっか。わかった。

     フレちゃんは青と緑の区別がつかなくなってるのだ。
     色覚異常。

     それじゃフレちゃんの瞳には、いま景色がどんな風に映ってるんだろう。

    「春は眠くなる。猫は鼠を捕る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分の魂の居所さえ忘れて正体なくなる、かぁ」

    「えっ、シキちゃん、今なんていったの?」

    「んーん、何でもない。吾輩は猫である、にゃはは」

     フレちゃん。音を拒んで、味を忘れて、色を失って、外を恐れて、そんなきみは果たして本当にフレちゃんなのかな。
     フレちゃんのはずなのにね。どうしてこうなっちゃったんだろーね。この病気を抜けた先になにが残るんだろーね。

     なんて考えてしまうあたしは、大分春のセンチメンタルにやられてしまったみたいだ。

    127 :

    志希大丈夫か……?

    128 :

    え、えげつねえ

    129 :

    うぉぉ...どうなるんだこれ

    130 :

    フレちゃんを支える志希にゃんを支えてあげたいだけの人生だった……

    131 :

    >>130
    そこは多少見栄張っても両方支えとこうぜ

    132 :

    これ読んでると看病って大変なんだなーって思う
    色々とためになるSSだ

    133 :

    下手すると自分も引っ張られるよな

    134 :


    すごい引き込まれる内容だ

    135 :

    心中エンドやられたら一日立ち直れない自信あるわ
    続きが楽しみ

    136 :

    >>135

    心中ではないけど、俺妹のSSでそういうのがあったな。あれは医者と母に責任があったけど

    137 :

     ナルコレプシー。フレちゃんは最近電源が落ちたように突然眠りにつくことがある。
     不眠症でいつも目のしたにクマを滲ませてたころから一転。一度眠ったらお日様が隠れるか出てくるかまで眠り続ける。

    「くしっ」

     そうそう。こんな感じで花粉で鼻水が出るように防衛反応が働いているのだ。フレちゃんのなかで。フレちゃんはいま、フレちゃん自身と必死に闘っている。
     フレちゃんの振り子は確実に幅がちいさくなっている。あたしのラボもそろそろ閉業の準備をしなきゃいけないようだ。
     さて、フレちゃんの眠る時間が多くなって、あたしが部屋に入り浸る必要がその分減った。
     だからあたしの自由時間はぐっと増えたわけだけど、いざ暇を出されるとそれはそれで持て余す。
     
     適当に外をぶらぶらして蝶々を追っかけてみることにした。
     なにか刺激的なことを探したい。なんでもいいのだ。あたしの興味が数分でも満たせれば。
     蝶々を追っかけてたらいつのまにか事務所の近くまでたどり着く。うーん、美嘉ちゃんのにおいでも嗅ぎにいこうかな? ハスハス。

     ふと、目の前の車から見知った顔が現れた。ありゃ。藪から棒だね。棚から牡丹餅だね。

    「一ノ瀬くん、か……」

     なんて、そんなおだやかなもので済まされなさそうだけど。

     ライブでお会いしたレイジー・レイジーのプロモーターさんだった。今回は体裁を取り繕うつもりもないらしい。
     恵比寿さまはどこかでお昼寝。いきなりあたしをこわい鬼のお顔で睨みつけてくる。

    「あの日は私の面子に泥を塗ってくれてどうもありがとう。おかげで君たちに見切りをつけられたよ」

    「……その節はご迷惑を」

    「君たちにふさわしいステージを今までわざわざ用意してやったのにな」

     べつに、彼を責めるつもりなんてこれっぽっちもない。
     だってあの日フレちゃんを無理してステージにあげてしまったのはあたしも同じだから。
     ただ認識していてくれれば、それでもうよかった。あの時どうなっていたかを認識さえしてくれればそれで十分だったのだ。

    「宮本くんは、うつ病だったそうだな」

    「……はい」

    「そうか、うつ病か」

    「……」

    「ふざけるのも大概にしてほしいものだ。このままだと私のほうが病気になりそうだよ」

    「……」

    「まったく迷惑千万だ。そもそも最初から宮本くんのウソだったんじゃないか。病気だか何だかいってただ怠けたいだけだろう」

    「……」

    「まぁそれはいい。しかしだ。本当だとしたら宮本くんはもう使い物にならんな」

    「……」

    「精神を病んだ不良品のアイドルなんて、一体どこのだれが使いたがるんだ」

    「……」

    138 = 137 :

    「それでは失礼。せいぜい頑張ってくれたまえ」

    「……」

     そう言って、背を向けてあたしの元から去ろうとする。
     別に病気の見解について意見を述べるつもりなんて毛頭なかったし。
     レイジー・レイジーが私的な理由であの日に穴を開けたのは事実だ。なんてマジメちゃんな思考回路は元々してないけど。
     彼の言い分はごもっともだし、ある程度予想もしてた。だからどんなこと言われてもまーしょーがないっかーで済まそうとは思ってた。それでよかった。
     それでよかった、はずなのになぁ。

    「あのさ」

     あたしの声に気付いて、なにかね、と振り向く。

    「ひとつだけ、聞いておきたいんだけどー」

    「なんだその口の効き方は!」

     苦手な、においがした。

    「お子さんさ、いるでしょ。別のプロダクションでアイドルやってる。あたしも喋ったことあるんだけどねん」

    「……それがどうした」

    「もしさ、その子がさ」

    「……」

    「ある日とつぜん、性格が180度変わっちゃってさ、元気いっぱいだったのにいきなり、しにたいって言い出してさ、ご飯も食べられなくなっちゃって、好きだったものも嫌いになっちゃって」

    「……」

    「なにもかも別人になっちゃって。もしそうなったらさ。さっきと一緒のことが言える? それだけ聞ければ満足なんだけどさー」

     プロモーターはあたしをしばらく見つめたあとに。
     ふん、と鼻を鳴らして言った。

    「うちの娘はそんな弱い人間に育てた覚えはない。心配はいらんよ」

     それだけ言って、去っていった。

     あたしがたまたま掴んだこの手の業界人にはひとつやふたつはある黒い噂。
     あの子さ。言ってたよ。
     パパが浮気ばかりして、とても悲しいって。

     ……。

    139 = 137 :

     薄闇のなか、手元だけをライトで照らす。
     うーんあの日はほんとに突然だったなぁー。ピンクの棚からおそろいの試験管をふたつ取り出す。
     書斎の重みで家がぎしぎし言い始めたころだっけ。専門誌に載った論文の数が肩を並べたときだっけ。
     スプーンに銀色のアルミ箔をくるくると包む。次はこれを読みなさい。きっともっと知恵に明るくなるよ。
     そういって分厚い本を渡されることもあれば、あたしが自分からねだることもあったんだけど。
     本を一冊読み終えたら、また次の本を渡される。それを繰り返した。何度もなんども繰り返した。
     マッチに火をつけるとぽうっと淡い灯りがともる。

     学者というのはみんな変わり者なんだろーか。
     それとも一ノ瀬のDNAが特別そうさせるんだろーか。

     アルミ箔を巻いたスプーンに薬品を乗せる。ちりちりと火で炙る。
     固形物はどろりと形状を変えて液体へ。

     前触れもなく、ある日突然言われた。 

     私がお前に教える知識はもうなにもない。
     教えることがなにもない父親はそれはもう父親じゃない。
     だから当分会うこともないだろうし、これから会うこともないだろう。

     試験管に熱したどろどろの液体を流し込む。もう片方の試験管には別の冷えた液体を。

     志希。親とはぐれて暮らすのに寂しい気持ちはよくわかる。なにせこないだオリバーツイストを読んだからね。
     そう言い残して大きなバッグひとつを抱えてふらりと消えたダッド。

     試験管を傾ける。ふたつの液体が今にも触れようとする。

     あたしはあなたの名づけた“希望を志す”という期待の通りに、あなたの志したあらゆる希望にもお応えしました。

     それなのに。

     どうしてそんな目で見るの?



     ぱりん。試験管が割れた。



    「あちゃー実験失敗かー」

     こぼれた液体をクッキングペーパーでふき取る。
     ごめんねークッキングじゃないけど活用させてねー。

    「シキちゃん……」

     声がして振り返ると、フレちゃんが暗闇のなか立っていた。
     今の音で起こしちゃったかにゃ?

    「シキちゃん、血! 血出てる!」

     えっ? あぁよく見れば割れたガラスが指に突き刺さっていた。
     遅れて、じくじくとした鈍い痛みがやってくる。
     まー大した怪我じゃないからだいじょぶだいじょぶー。止血すればヘモグロビンが頑張ってすぐなおる~。

    「ねーフレちゃん。人ってさー不思議だよねー」

    「えっ?」

    「だってほんの数種類しかない血液をさー他人にまるまる入れ替えちゃっても人は平気なんだよ。血液だけじゃないよー臓器とか最近では脳移植とかもあるしさー。部品だけなら人はいくらでも人の代わりになれるんだよ」

     ぽたぽたと滴る血液を眺めながら、つづける。

    「なのにさーなんで他人の心だけは簡単に分からないように、こんなに複雑に設計したんだろーね。志希ちゃんそれがとっても不思議~」

     ましてや半分も同じ血が流れてる人でも、ねー。

    140 = 137 :





     それからフレちゃんの容体は順調に回復していった。


    141 = 137 :

    あと数回の更新で終わると思います
    また次回

    142 :

    志希、静かに罅が入っていってるな......
    誰かに支えてもらわないとフレちゃんの二の舞いになるかも

    143 :

    ついさっき1レス目を読んだと思ったら一気にここまで読んじまってた…続きに期待。
    志希の一つの事を話しながら話題が二転三転する感じ、公式でもだけど天才感出てて好き

    144 :

    知ってる?血って色のついた涙なんだぜ…

    145 :

     「シキちゃん、今まで本当にありがとね」

     ぺこりとお辞儀をひとつ。桜がすっかり散ったあと、フレちゃんの投薬治療はひとまず終わった。
     あとは精神的な不安をとりのぞくことがなによりの治療、だそうだ。
     フレちゃんは喜怒哀楽の“喜”がすっぽりと抜け落ちてる点を除けば、ぱっ見では発病前とそれほど変わらないようにも見える。
     
    「ねぇシキちゃん、あたしね。この病気になって考えたことがあるんだ」

     そう言って、フレちゃんは頑張ってあたしと目を合わせようとする。
     それもまたなんだか妙だけどとにかくフレちゃんは日常生活に戻るのにささやかなことにも、ささやかな努力が必要なのだ。

    「ずっと前にね、ペンギンは大昔はお空を飛べたって言ったよね」

    「あーうん骨格とかから考えてもそれが定説になってるかなー」

    「それとペンギンもあたしと同じ病気になるって言ったよね」

    「うんうん」

    「それじゃね、ペンギンってお空を飛びたくて、それなのに飛べなくて悲しくてうつ病になっちゃうことってあるのかなぁ?」

     む、むむ。久々に聞いた。宮本フレデリカ理論。
     果たしてそのこころは?
     さてはて、あたしはどういう答えで挑むべきか。すこし考えてから言った。

    「……ペンギンってさー人鳥ともいうらしいよー」

    「じんちょう?」

    「人間みたいに二本足で立ってるから人鳥」

    「あー」

    「鳥なのに二本足で立って重力に逆らって、だけど鳥なのに飛べなくて重力に縛られてる。そんなジレンマを人みたく、もしペンギンが感じてるとしたら有りえるのかもね?」

    「そっかーじゅーりょくかー」

     ふーむ。こんな回答でフレちゃんはご満足いただけたのだろうか。ぼんやりと斜め右方向。窓の向こう側の空を眺めるフレちゃん。
     しばらくしてからフレちゃんは何かの思考が固まったのか、きゅっと拳を握って言った。

    「ねぇアタシね、パパやママやみんなにうつ病だってこと話そうと思うんだ」

    「……いいの?」

     それはフレちゃんがなによりも怖がってたことで。
     人に心配をかけることに慣れていないフレちゃんにとってはどれほどの勇気がいることなんだろーか。
     あたしがもう一度いいの? って聞くとフレちゃんはゆっくりと頷いた。

    「フレちゃんね、もう大丈夫、だよー」

    146 = 145 :

     ……。

     事務所から電話がかかってきたのはそれから間もなく。
     用件があるから一ノ瀬だけ来てくれ、って今さらどんなかしこまった話があるのかにゃ?
     事務所への道を歩きながら考える。

     んー十中八九、アイドル活動の復帰に向けての話だと思うけど。まだまだ課題は多い。
     まずはレイジー・レイジーへのバッシング問題。
     休業理由について今まで沈黙を貫いていたせいで話に尾びれどころか背びれや胸びれまでがついてすいすいとネットの海を泳ぎまわってる状態だ。
     おそらくフレちゃんはこれからファンにも病状を発表するんだろーけど。
     ファンには受け入れられるんだろーか。ファンは、病気になった宮本フレデリカを受け入れてくれるんだろーか。
     そしてなによりかにより、フレちゃんはまだ病気が治ってない。
     突然、とてもとても悲しいにおいを発して体調を崩す。
     そのときフレちゃんに理由を聞いてもなんでもないよーとまた笑顔のようななにかの表情をする。
     なにかあるのだ。だれにも言えないフレちゃんを悲しませている、とりのぞかなきゃならない原因が。

     気づけば指定された部屋の前まで辿り着いていた。

    「にゃっふっふ~♪ 呼ばれて飛びてて志希ちゃんだよ~あたしの堪え性的に3分しか居られないからそこんとこよろしく~」

     まぁ座ってくれ、と促される。見ればあたしを呼んだトレーナーちゃんはなんだかとっても神妙なお顔。
     ありゃりゃ。テンション間違っちゃったかにゃ?
     トレーナーちゃんはごほん、と咳をひとつして言った。

    「さて、今回呼んだのは復帰の件なんだが」

     ビンゴっ。ふんふんふん。
     あたしは用意していた回答を頭の引き出しから取り出す。

     まぁまぁもうちょっと様子見だねー。
     自然治癒をまつだけじゃなく、原因を解明して対処法もじっくり考えとくからさー。

     なんて考えていたあたしの脳内台詞はすぐになんの役にも立たなくなる。

    「もし宮本がアイドルとしてまたやっていく意志があるのだとしたらレイジー・レイジーは解散したほうがいいと思う」

     ……。
     にゃ?

    147 = 145 :


     トレーナーちゃんは歯切れの悪そうにつづける。
     あたしは思いのほか冷静にその言葉をひとつひとつ噛みしめるように聞いていた。

    「あのプロモーターの要求の手前、なかなか断れなかったというのもあるんだが」

     ……。

    「宮本にはな、お前とユニットとしてやっていくにはまだレベルが高すぎたんだよ」

     あー……。

    「前々から宮本には言っていたんだが一ノ瀬には黙っていてくれと──」

     あ、あー。

    「──でもまさかこんなことになるなんて──」

     なるほどなーるほど。
     合点がいった。

     なんて滑稽なんだろう。

     あたしだったんだ。

     原因は、なんてことない。あたしだったんだ。

     思えばフレちゃんはライブのときだって、屋上のときだってシキちゃんを飽きさせないようにって。
     こんなんじゃシキちゃんを飽きさせちゃうって。いつもあたしのことばかり気にしていた。

     楽しませることは上手なのに、人を悲しませることは絶望的に下手っぴなフレちゃんは。

     台本でもダンスでも刹那で覚えてしまうあたしを見ていて。あたしを退屈させないでね、なんていつもいっているあたしを見ていて。
     きっとだれにも悟られないように無理をして笑って、それでも際限なくあがっていく要求に、無意識下で少しずつ少しずつ負荷がかかっていって。
     それで、ぱんと空気が限界まで張りつめた風船が弾けるように、フレちゃんはこわれた。
     あたしはあたしできみだったら、なんてきっとどこかで思ってしまっていたのだ。
     あたしをいつも退屈させない、読めないきみだったら、もしかしたら、なんて。なんて。なんて、愚かなんだろう。

     ギフテッド。
     神様があたしに気まぐれに授けた圧倒的な才能は、科学技術をほんの数歩だけ進めたかもしれない。
     だけどあたしが存在するだけでその才能が周りの人間を深く傷つけてしまうんだとしたら。

     もしあたしがギフテッドじゃなかったら、名前を聞けなかったあの子をランチに誘えたんだろーか。
     もしあたしがギフテッドじゃなかったら、ダッドは子供の頃のようにいつまでも褒めてくれたんだろーか。
     もしあたしがギフテッドじゃなかったら、フレちゃんは──。

     なんてね、そんなこと、だれにもいうつもりはないけど。

    ──あんたさえいなければ、あんたさえいなくなれば……。

     あたしは、きっと人に理解なんて求めてはいけないのだ。

    「──というわけでこちらもこんなことが二度とないよう対策を講じているから……どうした、どこに行くんだ。一之瀬?」

    「なんかさー、ぜーんぶ飽きちゃった。なにもかもどーでもよくなっちゃった。ちょっとやることあるから早退するねー。にゃはは」

     飽き性なあたしからすれば途方もなく永く思えたフレちゃん観察記もこれでおわる。

     ごめんね、フレちゃん。

     苦しめてたのは、あたし。

     救われないのは、あたしのほう。

     狂っていたのは、あたしのほうだったんだね。

    148 = 145 :

    次回更新で完結(予定)
    最後まで好き勝手書きます

    149 :

    おつおつ

    150 :

    つらいな
    言葉が見つからない


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