元スレ魔王「お前、実は弱いだろ?」勇者「……」
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251 = 1 :
勇者「じゃあ、僧侶とはあまり似てないんだね」
僧侶「どうして?」
勇者「だって、僧侶は花より団子って感じじゃないか」
僧侶「う……」
僧侶(悔しいけど、言い返せない……)
勇者「僧侶の父さんはどんな人だったの?」
僧侶「それが、何も知らないの」
勇者「顔も名前も?」
僧侶「うん……神父様も知らないって言ってた。
お母さんは誰にもそのことを話さなかったみたいなの」
勇者「そっかあ。でもこれで、僧侶の父さんがどんな人だったのか、少しだけわかったよ」
僧侶「え? 何、何?」
勇者「きっと、僧侶の父さんは食いしん坊で、ちょっと怒りっぽい人だったんじゃないかな!」
僧侶「ちょっと! どういうことよ!」
勇者「ほら、これこれ!」
僧侶「う……」
勇者「はは。いやだなあ、冗談だって!」
僧侶「もう! わかってるわよ! さ、行きましょ」
僧侶は形だけぷりぷりしながら、先を歩いて行った。
252 = 1 :
#
僧侶「あ、勇者! スライムよ!」
勇者「よし、任せて。僧侶は危ないから僕の後ろにいて」
僧侶「うん。わかったわ」
…………
スライム「おい! お前が大人しく俺に食われるって言うなら、後ろにいる女は見逃してやっても良いぜ」
勇者「そんなことより、さっき向こうに王国の騎士がいたぞ! お前の仲間は大丈夫か?」
スライム「な、なんだって!」
勇者「早く戻って――」
勇者が終いまで言ってしまう前に、スライムは既にその場からいなくなっていた。
僧侶はきょりきょろと周りを見ている。
勇者「魔王を倒せば、魔物も人を襲わなくなるのかなあ」
僧侶「ねえ、騎士なんてどこにもいないわよ?」
253 = 1 :
勇者「ははは、そりゃそうだ。さっきのは出まかせだもの」
僧侶「まあ! そんないい加減なことしてたら、怪我しちゃうわよ」
勇者「それはないよ。
あのスライムは確かに人間を良く思ってはいないけど、仲間思いな奴なんだ」
僧侶「え? どうして?」
勇者「うーん、魔物同士でも家族や仲間との絆とかってやっぱり強いんじゃないのかな」
僧侶「そうじゃなくて、どうしてあのスライムが仲間思いだとかって知ってたの?」
勇者「それは……その……ほら、あれだよ。スライムってのは一般的に仲間思いな魔物なんだ。
修行してた時によく戦ったからわかるんだよ」
僧侶「ふーん、まあ、良いけどね。それに、守ってくれてありがとう。
でも、魔物って人間と似てるところもあるのね。
意外だなあ」
勇者「はは。人間が勝手に『魔物』って呼んでるだけで、実はそこにそれほど違いはないのかもしれないよ」
僧侶「変わったこと言うのね。でも人間を襲うのも事実よ」
勇者「まあ、そうなんだけどさ」
勇者(おかしいな。ここを通るのは前回よりも一日早いはずなのに……。
あのスライムは前回会ったスライムと同じとみて間違いないだろう。
やっぱり、同じことを繰り返してしまうのか?
いや、でも微妙に違うことも起きているし……。
そうだ。手紙には、僧侶は神託のあった日に加護を受けたと書いてあったけど、
今の僧侶はどこまで知っているのだろう。
僕の経験を話して信じてもらえるだろうか。
信じてもらえたとしても、それは僧侶を悲しませるだけなのではないか。
…………まだ、時間はある。焦らずに行こう)
僧侶「また、考え事?」
勇者「あ、ごめんごめん。
そうだ、僧侶に頼みたいことがあるんだけど」
僧侶「なあに?」
勇者「町に着いたらさ――」
254 = 1 :
# 二番目の町
町長「旅のお方か。来て早々に申し訳ないが、どうか我々の頼みを聞いてくださらぬか」
僧侶「どうしたんですか?」
町長「夜毎に魔物が現れて、この町の畑を荒らしていくのだ。町の者はみな飢えに苦しんでおる」
勇者「そうですか…………」
町長「川上の方から来るということはわかっているのだが、確認に行こうにもあの辺りは魔物が多くてな」
僧侶「それなら私たちが懲らしめてきますよ! ね?」
勇者「う、うん……」
町長「なんと! 引き受けてくださるか。ありがたや、ありがたや」
255 = 1 :
# 二番目の町――宿屋
僧侶「ねえ、勇者。どうして町の人には『勇者』であることを黙っててだなんて言ったの?」
勇者「この町の人には、僕たちはただの旅人だって思ってもらってた方が良いと思うんだ」
僧侶「どうして?」
勇者「例えば、この町に出るっていう魔物を退治したとして、
そのことで却って町の人たちが不幸になるんだとしたら、僧侶はどうすれば良いと思う?」
僧侶「ええ? よくわかんないよ。どういうこと?」
勇者「うーん……嫌な夢を見たんだ」
僧侶「夢?」
勇者「そう。僕たちがこの町に出る魔物と話し合って、遠くの森に住むように説得したんだ。
だけど、しばらくしてから町の人たちがその魔物を怒らせちゃって、結局町は滅んでしまったんだよ」
僧侶「おかしな夢ね」
勇者「うん……自分でも本当、そう思うよ」
僧侶「でも、簡単なことじゃない!
私たちの話を聞いてくれたのなら、その魔物は本当に悪い魔物ではないと思うの。
それなら、あらかじめ町の人たちにも悪い魔物じゃないんだよって言ってあげればいいのよ。
それに、どうあったとしても町の人にとって勇者は正義のヒーローよ!」
勇者「なあ、僧侶。
ある人の為を思って精一杯やれることをやったのに、
逆にその人にすごく辛い思いをさせたり、その人から恨まれたりしたとしても、
それって正義って言えるのかなあ」
僧侶「どうしたの、急に?
そんなこと言ってたら、未来のことが完璧にわかる人しか正義じゃないってことになっちゃうんじゃない?」
勇者「確かに、それもそうだね。
ごめんね。あまりにも鮮明な夢だったから、ちょっと動転してたのかもしれない」
僧侶「うふふ。きっと慣れない旅で疲れてるのよ! 今日はもう寝ましょう?」
勇者「はは。その通りかもしれないな。
じゃあ、おやすみ」
僧侶「おやすみなさい」
256 = 1 :
今日はここまでです。おやすみなさい。
257 :
乙乙
259 :
# 翌朝
僧侶「勇者! 朝ですよー」
勇者「うーん……」
僧侶「ほら! しっかりして!」
勇者「僧侶はホント、朝からいつも元気だよなあ」
僧侶「勇者が朝に弱過ぎるだけじゃない?」
勇者「人類の祖先は元々夜行性だったんだよ」
僧侶「はいはい。今日は魔物のところへ行くんでしょ!」
勇者「そうだったね……」
260 = 1 :
# 町の外
僧侶「魔物は川上の方から来るって話だったわよね」
勇者「うん。気を付けて行こうね」
…………
…………
僧侶「勇者。あんなところに祠があるわよ」
勇者「ああ、ゴブリンはきっとあの中だよ」
僧侶「え? ゴブリン?」
勇者「あ……ええっと、ゴブリンってのは川沿いに住む習性があるから、もしかしたらそうかもなって」
僧侶「そうなの?」
勇者「う、うん。だから気を引き締めて行かないとね。
僧侶は僕の後ろから付いてきて」
僧侶「うん」
261 = 1 :
# 川上の祠
ゴブリン「人間が自ずからここへ来るとは、気でも狂ったか!」
勇者「ゴブリンよ。単刀直入に言おう。
僕たちと一緒に、町へ来てくれ!」
僧侶「え?」
ゴブリン「何の真似だ!」
勇者「僕は知っているんだ。
お前は本当は人間なんか襲いたくない。だけど、食べ物には困っている。
だから仕方なく町の畑を荒らしているんだって」
ゴブリン「……」
僧侶「勇者、どういうこと……?」
ゴブリン「もしそうだとして、お前はどうすると言うんだ」
勇者「町の人たちと話し合ってもらう。
友好的にはなれなかったとしても、共に生きることはできるはずだ!」
ゴブリン「それは無理だ」
勇者「なぜ?」
ゴブリン「人間は魔物が来たと見れば黙ってはいまい。
元々相容れない存在だ」
勇者「僕たちが一緒なら――」
ゴブリン「それに、お前たちを信じる義理もない」
勇者「このままだと、飢えで町は滅んでしまうぞ!
ほら、僕に他意は無い!」
勇者は両手を上げてそれを示そうとした。
ゴブリン「だが、そっちの女は違うようだな」
僧侶「う……」
僧侶はゴブリンの動きを見ていつでも魔法が使えるように構えていた。
勇者「僧侶、昨日自分で言ったことを忘れたのかい」
僧侶「うん……」
僧侶の方から徐々に力が抜けていく。
勇者「さあ、どうする?
僕を信じてくれとまでは言わない。
だが、僕たちについてきたところで失うものはないはずだ。
ならばそうした方が合理的だろう?」
ゴブリン「……お前たちは町へ戻れ」
勇者「な、なぜだ」
ゴブリン「先に戻れ。後から付いて行く」
勇者「……ありがとう」
勇者はほっと胸を撫でおろした。
262 = 1 :
#
勇者「ははは。やっぱり僧侶の言う通りだったね! 話してみるものだなあ。
町の人は喜んでくれるかなあ?」
僧侶「ねえ、勇者……どうして、ゴブリンのこと知ってたの? それに、それだけじゃないわ。
私に何か隠してるでしょ」
勇者(いつまでも、隠していることではないのかな)
勇者「わかった。この件が済んだら、きちんと話すよ」
僧侶「ふふ。何もそんな怖い顔することないじゃない!」
勇者「とりあえず、町に着いたら町長さんにゴブリンのことを話しておかなくちゃね」
# 二番目の町――町長の家
町長「これはこれは。もう魔物を退治してくださったのか」
勇者「いえ、そうではありません。ただその魔物と話をしてきました」
町長「どういうことことかのう」
勇者「魔物にとっても、この町の人を困らせることは本意ではなかったんです。
ですから、これを機に互いに意思の疎通を図ることができればと思いまして」
町長「これはまずいことになった……」
勇者「え? どういうことですか?」
その時、家の外から町の人の悲鳴や怒号が聞こえてきた。
勇者と僧侶は急いで戸外に飛び出した。
263 :
元気と魔法を除くとポンコツな部分しか残らないのが僧侶の致命的な所
264 = 1 :
#
「きゃあ! 魔物よ!」
「くそ! 昼間から来るようになったか!」
「みんなで町を守るんだ!」
「殺せ、殺せ!」
勇者「みなさん! 落ち着いてください!」
「旅の人か! 危ないから隠れてろ!」
勇者「そうじゃないんです! あの魔物は町を襲いに来たわけじゃありません!」
「いんや、おらは見たことがある。畑を食い荒らしてたのはあいつだ!」
ゴブリン「…………」
僧侶「でも、今は違うんですよ! 私たちの話を聞いてください!」
「なんだ、お前たち。あの魔物の肩を持つってのか!」
「こいつらも魔物の仲間かもしんねえぞ!」
僧侶「きゃ! 違いますって。だから、話を聞いて!」
「出てけ! 出てけ!」
「もう二度と来んな!」
「次来たら命はねえぞ!」
僧侶「……」
勇者「僧侶。行こう」
勇者は僧侶の手を取り、町を離れた。
265 = 1 :
#
勇者「すまなかった。安易だったよ……」
ゴブリン「だから言っただろ。
人間と魔物は元々相容れない存在なのだと」
僧侶「勇者……」
勇者「どうすれば良かったんだ……」
ゴブリン「ただ、お前は悪くない。
これで良かっただろ」
僧侶「え?」
ゴブリン「もう、あの町には近付かない。
これで全て解決するだろ?」
勇者「それじゃあ、あまりにも……」
ゴブリン「気にするな。こちらにとっても有益なことがなかったわけでもない」
勇者「そうか、ありがとう」
ゴブリン「礼は不要。合理的に考えただけだ」
勇者「はは。救われるよ。
川を越えて一日も歩けば森がある。そこならお前もゆっくり暮らせるはずだ」
ゴブリン「そうか」
勇者「ただ、人間と森で出くわせば怯えさせてしまうかもしれないから、気を付けてほしいんだ」
ゴブリン「約束はできない」
勇者「ああ、わかってる。
それじゃあ、面倒を掛けて悪かったな。僕たちはもう行くよ」
勇者と僧侶はその場から立ち去ろうとした。
ゴブリン「おい。お前、名は何と言う」
勇者「勇者だ」
ゴブリン「そうか。あばよ、勇者」
266 = 1 :
#
勇者「このまま川を下ると丘の上に小さな村があるんだ。
今日はそこまで行こう」
僧侶「うん」
勇者(前回とは微妙に違うけど、これじゃ駄目だよ。
これが正義だなんて言えないよ)
…………
…………
僧侶「全然魔物が出てこないわね。つまんなーい」
勇者「おいおい、あのなあ……」
僧侶「ふふ、わかってるわよ。冗談よ」
勇者「もう日が暮れそうだね。そろそろ村に着くはずなんだけど……」
僧侶「ねえねえ、ほら! あそこ」
丘の上から柔らかい光が漏れてきているのを二人は認めた。
勇者「よし、急ごう」
僧侶「ちょっと、速いよお!」
267 :
# 丘の上の村
村人「おや、お二人さん、忘れ物かい?」
僧侶「え? なんですか?」
勇者「あはは、実はそうなんですよ」
村人「まあ、大したものはねえ村だが、ゆっくりしていってくれや」
僧侶「あの……人違いか何かじゃ――」
村人「ふははは、ホント愉快な人たちだ。おら、まだ仕事があっから、またな」
勇者「あ、ちょっと待ってください!」
村人「どうしたんだい?」
勇者「ええっと……僕たちがさっき村を出てからどれくらい経ちましたっけ?」
村人「ふははは、まだ一時間も経ってねえでねえか」
勇者(よし!)
勇者「ははは、そうでしたね!
あ、あと、僕たちの他にも、同じようなことをしようっていう人はいますか?」
村人「龍の涙を捕まえようなんてお前さんがたぐらいのもんだな。
あんまり捕まえ過ぎんでねえぞ?」
勇者(やっぱり湖に向かったのか)
僧侶「龍の涙……?」
勇者「はい! どうもありがとうございました!」
僧侶「え? 何なのよ、もう!」
勇者「ごめん。ちゃんと後で説明するから」
僧侶「約束よ!」
勇者「うん、だから急ごう! 僕たちも見に行くんだ!」
268 = 1 :
# 村の外
日が暮れて、闇が一層深まる。
僧侶「はあ……はあ……。勇者、もう疲れたよ」
勇者「うん。でももう少しだよ!」
僧侶「あ……茂みの向こう」
淡い桃色の光が目の前の茂みから漏れていた。
勇者「ああ、あれが龍の涙だね」
茂みをかき分けると、遠く、前にいる男女の姿が目に入った。
勇者(あれが…………じいちゃん)
時を超えた邂逅に勇者は固唾を呑んだ。
そして、それは僧侶も同じであった。
僧侶「お母さん……?」
勇者「え?」
二人は目を見合わせた。
一陣の風が吹く。
再び視線を戻した時、そこに男女の姿はなかった。
269 = 1 :
# 村外れの湖
勇者「おかしいなあ。この辺りにいたはずなのに、どこへ行ったんだ……」
僧侶「まるで風に吹かれて消えてしまったみたい……」
勇者(そうか。じいちゃんの加護の力は確か……)
僧侶「でも、こんなところで龍の涙が見られるなんて思わなかったわ。
綺麗。本当に、優しい色」
勇者「ああ。僕も好きなんだ」
僧侶「えへへ。勇者も知ってたんだ。私も大好きなんだ! 見るのは初めてだけど。
お母さんが大好きだったんだって」
勇者「そっかあ……」
僧侶「ねえ、知ってる? 龍の涙には、悲しい言い伝えがあるんだよ」
勇者「どんな話だったっけ」
僧侶「こほん。では教えてしんぜよう」
勇者「ふむ、聞いてしんぜよう」
270 :
悲しいなあ
271 = 1 :
昔々、龍と人間が戦争をしていたと言うずっと昔のこと。
若い龍が人間との戦いに傷付いて、湖の畔に倒れていました。
そこへ水を汲みに人間の娘がやってきたのです。
娘は大層驚きましたが、話に聞いていた龍とは違ってその龍からはなんと優しさが溢れていました。
そこで、娘は龍の鱗から汚れを落とし、湖の水を飲ませてあげました。
それから娘は毎日龍の看病を続けました。
言葉こそ通じないものの、龍と娘は次第に惹かれ合っていきました。
けれどもある日、村の人に龍のことがばれてしまいました。
中には龍との戦で家族を亡くした人もいたので、村人は総出で龍を襲い、
また、龍をかくまっていた娘は、その場で殺されてしまいました。
それを見た龍は、怒り狂って村人たちをなぎ払い、娘の亡骸を抱きしめました。
龍は魔法の言葉を呟いてから、娘に口付けをしました。
すると、なんと言うことでしょう。娘は暖かな光に包み込まれたかと思うと、息を吹き返したのです。
そして龍は最期の力を振り絞って、娘を光ごと、平和の国へと送ってしまいました。
一方、全ての力を使い果たした龍は、その場で古木に成り代わってしまいました。
しかし、五十年に一度だけ、それもほんの一夜だけ、龍の姿に戻り、湖の畔で一人涙を流し続けているのだそうです。
優しさ溢れる、淡い桃色の涙を。
272 = 1 :
僧侶「うふふ。悲しいけど、素敵なお話よね」
勇者(あれ? なんか少し記憶と違うような)
僧侶「ねえ、勇者。この女の人は幸せになれたのかなあ?」
勇者「幸せになるに決まってるさ。
その娘もきっと、龍がどれだけ辛い気持ちで送り届けたか知ってるはずだから」
勇者はそういうと唇に手を当て、目を伏せた。
僧侶「勇者…………泣いてるの?」
勇者「ち、違うよ! あくびをしてただけだよ!」
僧侶「そう。私もなんだか眠くなってきちゃったな」
勇者「もう少しだけ、こうしていようよ」
僧侶「うん。
あ、そうだ! 後でちゃんと説明してもらうからね」
勇者「ああ」
二人は湖の畔に腰を下ろし、肩を並べて、淡い桃色に満ちた湖を見つめていた。
273 = 1 :
今夜はここまでです。ありがとうございました!
274 :
続き楽しみにしてるよ
おつ
276 :
いのちはだいじに
277 :
# 丘の上の村――宿屋
勇者「なあ、僧侶。さっき、湖に着いた時に『お母さん』って言ってたよな?」
僧侶「うん……。
一瞬しか見てないからひょっとしたら見間違いかもしれないんだけど、
あの女の人、私が写真で見た若い頃のお母さんにそっくりだったの」
勇者「じゃあ、村の人は僧侶のことを僧侶の母さんだと思っていたのかもね」
僧侶「そんなわけないわ。だってお母さんは私を生んですぐに……。
それに勇者まで誰かと間違われてたんだから、きっと村の人にからかわれてたのよ。
それよりも私に話さなくちゃいけないことがあるんじゃない?」
勇者「うん。そうだったね……。何から話せば良いかな」
僧侶「じゃあ、どうして今まであんなに急いでたのか教えて?」
勇者「そうだね。
湖にいたあの二人に会う為さ。
僕には彼らが今日湖に来ることがわかっていたんだ」
勇者(できれば僧侶の加護の力を使ったことは伏せておきたかったんだけどな……)
僧侶「え……? どうして?」
勇者「僕は時間を繰り返しているんだ。
僧侶とこうやってこの村に来るのも、僕にとっては二回目……」
278 = 1 :
僧侶「ふふふ。真面目な顔して何を言うのかと思えば。そんなことあるわけないじゃない!」
勇者「ほ、本気で言ってるの?」
僧侶「当然よ?」
勇者「……僧侶は女神の加護って知ってる?」
僧侶「あ、うん」
勇者「その力で、僕は過去に戻ってきたんだよ」
僧侶「へえ。勇者の加護の力ってすごいんだね!」
勇者「なんだって!」
僧侶「え? どうしたの?」
勇者「いや……なんでもないよ。
まあ、それで僕には先々のことが大体わかるんだ」
僧侶「ねえねえ、じゃあ戻ってくる前のこと教えてよ」
勇者「それは……。
魔王の前まで行ったんだけど、駄目だったんだ」
僧侶「あ……ごめんね」
勇者「いや、良いんだ」
僧侶「でもこれでわかった気がするわ」
勇者「え、何が?」
僧侶「出発してからどうして勇者が変わったのか」
勇者「それ、この前も言ってたけどいまいちぴんとこないんだよなあ」
僧侶「そうかしら? 勇者以外はみんな気付いてたと思うわよ。
だってこれまでは勇者、すごく悲しそうな目をすることがあったから」
勇者「そっか……。
確かに僕は自分の加護を知ってから、すっかり自信をなくしていたのかもしれない」
僧侶「そうなのね……」
勇者「でも今は違う。
今まで本当にいろんなものを見てきたよ。
今回で僕は絶対に魔王を倒す。僧侶の為にも」
僧侶「ふふふ。私なんかの為よりも世界の為に魔王を倒すのよ!」
勇者「はは、そうかもね」
279 = 1 :
# 翌朝
勇者(珍しく僧侶より早く起きたぞ。今日こそは僕が叩き起こしてやろうかな!)
勇者は小さく寝息を立てている僧侶の寝顔を覗き込んだ。
勇者(僧侶の髪ってこんなに長かったんだよなあ……)
僧侶「うーん……あれ、勇者、何してんの?」
勇者「うわ! いや、ちょっと、早く起きたから体操でもしようかと」
僧侶「私の顔を見ながら?」
勇者「それは、その……」
僧侶「ふふ。おはよう。今日はどこに行くの?」
勇者「お、おはよう。
そうそう、今日は川を下った先の港町まで行こう。会いたい人がいるんだ」
僧侶「どんな人なの?」
勇者「僕たちの仲間さ」
280 = 1 :
短くてすみませんが、今日はここまでです。いつもありがとうございます。
283 :
僧侶が割と不安定なもんだから数学者が最後の良心
284 :
#
僧侶「ここまで来ると、川幅もだいぶ広くなってきたわね。きっともうすぐ海よ」
勇者「僧侶、僕の記憶だとこの辺で魔物に出くわすはずなんだ。気を付けて行こうね」
勇者は僧侶の手を握った。
僧侶「こ、子供じゃないんだから、手なんか繋がなくたって……!」
勇者は凛とした顔で言う。
勇者「そうじゃないよ。これから先は色々と物騒なんだ。町に入っても安心はできない」
僧侶「そ、そっか。わかったわ」
勇者「守るって約束したからね。もう誰も傷付けたくないんだよ」
…………
…………
僧侶「うわあ、磯の香りがする!」
勇者「ああ。港までもうすぐだ!」
僧侶「魔物なんて全然出てこなかったわね」
勇者「うん。記憶との違いも日を追う毎に大きくなってきているような気がするなあ。
港町では今人さらいが横行しているから、僧侶は絶対に僕の手を放しちゃいけないよ」
僧侶「ふふ。わかったわ!」
285 = 1 :
# 港町
僧侶「いろんな人種の人がいるわね」
勇者「ここは交通の要だからね。大陸の内外から人がやってくるんだよ」
僧侶「ねえ、勇者。今夜酒場へ行ってみない?」
勇者「それは……」
勇者(あ、でも数学者さんと初めて出会ったのはこの町の酒場だったな)
勇者「じゃあ、約束してくれないかな」
僧侶「なあに?」
勇者「まず、飲み過ぎないこと」
僧侶「ふふ。いやねえ。私がそんな――」
勇者はじっと睨みつけた。
僧侶「わ、わかったわよ! だから、そんな目で見ないで」
勇者「それから、僕から絶対に離れないこと。いいね?」
僧侶「トイレも一緒に入るの?」
勇者「あのなあ……」
僧侶「ふふふ。冗談よ!
わかったわ。私もちゃんと気を付けるから」
286 :
こう言う所があるから要所で勇者が無理をしないといけなくなってしまう
287 = 1 :
# 港町――酒場
マスター「二名様ですか。こちらへどうぞ」
二人はカウンターへ案内された。
勇者「じゃあ、僕はソルティ・ドッグをお願いします」
僧侶「あら、勇者。手慣れたものね」
勇者「や、やだなあ。紳士としての嗜みだよ。ははは。
僧侶はどうする?」
僧侶「そうねえ……。じゃあ私はロングアイランド・アイスティーを」
マスター「承知致しました」
勇者「あ、チェイサーもお願いします!」
288 :
その時、入口の扉が開いた。
勇者「あ、数学者さん……」
思わず勇者の口から漏れた。
数学者「おや、失礼ですがどこかでお会いしましたかな」
勇者「いや……あの、こちらが一方的に知っているというだけなので」
数学者「ということは、数学科の学生さんでいらっしゃいますか?」
僧侶「いえ、私たちは魔王を倒す旅をしているのです!」
勇者「そ、僧侶……」
数学者「なんと! すると、あなたは勇者さんではありませんか?」
勇者「ええ、そうなんですけど……」
数学者「いやはや、これは光栄です。
ところで、勇者さんがなぜ私などのことをご存知なのでしょう」
勇者「それが……なんと言うか、こんなこと、信じてはいただけないと思うのですが……」
数学者「どうぞ仰ってみてください」
その時、勇者の脳裏にいつかの魔王の言葉がよぎった。
『地下で死んだお前の仲間もそうだろう。お前がこの二者を殺したも同然なのだ』
勇者(違う! それは間違ってる!)
勇者「僕は……僕は、時間を繰り返しているんです」
数学者「繰り返す……ですか」
勇者「はい。ここで数学者さんとお会いするのも、僕にとっては二回目なんです。
そして、僕たちは共に旅をすることになりました」
数学者「むむ……」
勇者「こんな話、とても信じられませんよね……」
僧侶「でも、勇者は本当のことを言ってるんですよ!」
数学者「私がお供することになった時、何か申し上げてはおりませんでしたか?」
勇者「ええっと……確か教え子さんに会いに行くと仰っていたような気が……」
数学者「他にはありませんか?」
勇者「そうですね……あ、正義について僕たちと一緒に考えてみたいとも仰っていました!」
289 = 1 :
数学者「やはりそうですか。確かにそれは私の本懐ですね。
……信じましょう、勇者さん!」
勇者「本当ですか!」
数学者「それに、物理学の世界では、世界線のループを許容するような宇宙解も存在するようですしね」
勇者「どういうことですか?」
僧侶「私は頭がループしそうです……」
数学者「ははは、失礼。時間を繰り返すような宇宙も物理学的には存在するかもしれないということです。
よろしかったら、明日またお話し致しませんか」
勇者「はい、喜んで!」
僧侶「勇者、良かったね!」
290 = 1 :
遅くてすみません。今夜はここまでです。
293 :
# 港町――宿屋
僧侶「勇者が会いたがってた人って数学者さんのことだったのね!」
勇者「そうだよ」
僧侶「旅の仲間って言ってたから、私はもっと強そうな人をイメージしてたなあ」
勇者「ああ、強い人だったとも!」
僧侶「え? まさか、魔法が使えたりとか……」
勇者「そういうことじゃないよ。数学者さんは本当の意味で勇気のある人だったんだ」
僧侶「勇気?」
勇者「うん。
数学者さんは、どんな時でも本当に恐れるべきものとそうでないものとを見分けられる人こそ
勇気がある人なんだって言ってたよ」
僧侶「どんな時でも、か」
勇者「だけど僕は魔王と対峙した時にそれができなかった。
自分が何をしようとしているのかわからなくなってしまったんだよ」
僧侶「はっきりしてるじゃない。魔王を倒して世界を平和にするのよ!」
勇者「平和の為なら、不幸になる人が出てきてしまっても良いのかなあ」
僧侶「じゃあ、勇者はこのままで良いの?
みんながみんな幸せになる方法なんて確かにないのかもしれない。
それでも、やらなくちゃいけないことってあるでしょ!」
勇者「わかるよ。わかるんだよ、僧侶。
僕だって自分がしていることが間違いだなんて思っちゃいない。
でも魔王はそういう心のわずかな隙間に入り込んできては、人が絶望するよう仕向けるんだ」
僧侶「そうなんだ……ごめんね、ちょっと熱くなっちゃったみたい」
勇者「いや、良いんだよ」
僧侶「でも、これで益々はっきりしたじゃない」
勇者「え、なんだい?」
僧侶「魔王なんかに惑わされない強い意志を持てば良いのよ!」
勇者「ははは! すごく簡単に言うなあ!
でも、その通りだ。
その為にも数学者さんと話がしたかったんだよね」
294 = 1 :
# 翌日
数学者「私は一旦明日の飛行船で学園都市まで行くつもりなんですが、
お二人はこれからどうなさるんですか?」
勇者「この町で起きている人さらいの犯人の元へと行こうと思っています」
数学者「場所はわかっているんですね」
勇者「はい。時間を繰り返す前にも行きましたからね」
数学者「そうでしたか。
話せる範囲で構いませんので、よろしかったらその以前の記憶についてお聞かせ願えませんか」
そこで勇者は、学園都市で数学者に会ってから最果ての島へ着くまでのことをかいつまんで話した。
勇者「そしてなんとか魔王の元までは行けたんですが……そこで僕は不思議な経験をしたんです」
僧侶「不思議な経験?」
勇者「うん。
幻だったのか現実だったのかわからないんだけど、
僕たちが助けたと思っていた人たちがことごとく不幸になっていく様を見せられたんだ。
この間のゴブリンのいた町や、これから行く犯人が……」
僧侶「そう……」
数学者「それを見てどう思いましたか?」
勇者「それは全て嘘なんだって思おうとしたんですが、
でももし本当だったとしたら僕がしてきたことは一体なんだったんだろうって……。
そしてその隙を魔王に突かれてしまったわけです」
296 :
乙乙
297 :
魔法や奇跡よりも勇気と知恵と行動力が大事と言う戒め
298 :
勇者「それから……これも言っておかなければいけませんね。
数学者さんは女神の加護というものをご存知ですか?」
数学者「はい。確か『勇者』の血を引く者が代々得るものなんだとか」
勇者「その通りです。そして僕はその加護の影響で体力がなくなってしまいました」
僧侶「え、どういうこと?」
勇者「少しでも攻撃を受けたら、今の僕は死んでしまうということだよ」
数学者「それは実際に攻撃を受けてみないとこにはわからなくはありませんか」
勇者「それが、女神の加護というものはそれを受けた瞬間にそれがどのようなものなのか認識できることがあるんです」
数学者「なるほど、そういうことでしたか」
勇者「ですが、その代わりに僕は人を説得する力を得ました。
僕に説き伏せられた人はそれを正しいと信じることになるようなんです」
僧侶「え……?」
数学者「説き伏せるということは、いかなる方法であれ相手を論駁できれば良いんですね」
勇者「そうだと思います」
数学者「むむ……」
僧侶「じゃあどうして魔王の前で戸惑うことになっちゃったの?」
勇者「出会う人全員を説き伏せるなんてできないし、
仮にそれができたところで僕のせいで人が不幸になるということは十分に起こり得るからね……」
数学者「人が幸せなのか不幸なのか、案外第三者にはわからないものですよ」
勇者「そうでしょうか……」
数学者「もしそれがどうしても気になると言うのでしたら、何もしなければ良いのです」
299 = 1 :
勇者「そんな! 奴隷として捕らわれている人たちもいるんです! 放っておくわけには……」
数学者「信じましょう」
勇者「え?」
数学者「人を信じさせることができるなら、人を信じることもできるでしょう?
固く信じて、なすがままに任せ全てを受け止めるのです。何が起きようとも」
勇者「そう言えば、魔王も似たようなことを言っていました。
結果がどうであれ信じる心が揺らいでいるならそれは欺瞞だって」
数学者「尤も至極なことですね」
僧侶「ところで、その人さらいはどこにいるの?」
勇者「アジトが離島にあるんだ」
数学者「それならば私が船の手配を致しましょう! 知り合いが船を所有していますので」
勇者「本当ですか! どうもありがとうございます!」
300 = 1 :
# 翌日
数学者「船は早ければ明日にでも到着するようです」
勇者「わかりました!」
数学者「それでは、私はそろそろ飛行船の時間ですので」
勇者「ではまた学園都市で合流しましょう。
できれば僧侶も飛行船で連れて行ってもらえませんか?」
僧侶「ちょ、ちょっと、どういうこと?」
勇者「だって、どんな危険があるかわからないんだよ」
僧侶「それはこっちの台詞よ? 勇者がピンチの時には私の魔法で守ってあげる!」
数学者「僧侶さんは魔法がお得意なんですね!」
僧侶「ええ、小さい頃から特訓してきましたから!
ね、良いでしょ? 私、勇者の力になりたいの」
勇者「……わかったよ。
でも、僧侶の力なしで済ませてみせるよ」
僧侶「ふふふ。もっと頼ってくれても良いのになあ」
数学者「相手はいやしくも無法者の集まりですから、十分に気を付けてくださいね」
僧侶「はい!」
勇者「数学者さんも道中お気を付けて!」
数学者「そうですね。
では、健闘を祈ります」
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