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    元スレ魔王「お前、実は弱いだろ?」勇者「……」

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    201 = 1 :

    今日はここまでです。どうもありがとうございました。

    202 :



    それにしてもこの僧侶、最後の最後にウザインになりそうで不安だ

    204 :


    ゾンビ?にはピンときたぜ!
    もしかしたらブラフかもしれないけど

    205 :

    ちょっとキリの良いところまで書いてしまいたいので、四日ほど(長くても一週間)掛かりそうです。
    よろしくお願いします。

    206 :

    舞ってる

    208 :

    遅くなりました。投稿を再開します。
    結局キリの良いところまでは書ききれなかったので一気には投下できないのですがよろしくお願いします。

    209 = 1 :




    「魔王様は手を出さないよう仰っていましたが、

        この程度の者にわざわざその御手を煩わせるまでもありませんね」

    勇者「だ、誰だ!」

     勇者と僧侶は振り向いた。

    闇魔道師「ふははは。これから死んでいく者に何を言っても無駄でしょう」

    勇者「お前は魔王の手先か!」

    闇魔道師「何とでも言えば良いでしょう」

     僧侶は結界を張ったが、魔猿は耐えきれずにそこから飛び出してしまった。

    闇魔道師「おや? 魔猿の子供を従えるとは、人間の分際で出過ぎた真似を。

        あまつさえ、何やら物騒なものまで持っているようですね」

     闇魔道師の手から黒い霧状のものが放たれ、瞬時に魔猿を包み込んだ。

    僧侶「魔猿ちゃん!」

     魔猿の全身の毛は逆立ち、その目は怪しく光っている。

    勇者「お前、何をした!」

    闇魔道師「魔性をだいぶ失っていたようですからね。本来あるべき姿に戻してあげただけですよ」

    魔猿「フシューフシュー」

     闇魔道師は魔猿に何かの合図を送った。

    210 :

    まさるちゃんが…

    211 = 1 :


    魔猿「フシュ」

     魔猿は軽い身のこなしで勇者から聖杯を奪い取り、奥の方へと駆けていった。

    僧侶「魔猿ちゃん、行っちゃ駄目!」

    勇者「魔猿!」

    闇魔道師「魔猿の子供の心配なんぞしていて良いのですか。

        こんな結界を破るなんて、赤子の手をひねる様なものです」

    勇者「ま、待て!」

    闇魔道師「何を待つ必要がありましょう。ここであなたたちは死ぬのです!」

     闇魔道師は僧侶の方へ手を伸ばすと、その手に魔力を溜めた。

    勇者「やめろお!」

    闇魔道師「恨むなら、その無力な自分を――」

     その時、何者かが闇魔道師に後ろから斬りかかった。

    闇魔道師「お前は、確か、死んだはずでは……」

     そんな言葉など一顧だにせずに追撃は続く。

     闇魔道師も負けじと魔法でこれに応戦する。

    僧侶「あれは、地下にいたミイラ……」

     その剣さばきを見ていた勇者の口から自然とある単語がこぼれた。

    勇者「…………父さん」

    僧侶「え?」

    勇者「僧侶、急ごう! 足止めしてくれてるうちに魔王の元まで行くんだ!」

    僧侶「うん!」

    闇魔道師「く……この男を殺し終わるまで、精々怯えながら待っているが良いでしょう!」

     勇者は最後に振り向いた時、ミイラの顔にあるぽっかりと空いた二つの穴と目が合ったような気がした。

    212 = 1 :




     勇者と僧侶は通路の突き当り、巨大な赤い扉の前まで必死で走った。

    僧侶「魔猿ちゃん……どこへ行ったの」

    勇者「僧侶……」

    僧侶「ごめんね、勇者。私……もう泣かないから」

    勇者「良いんだ。無理しないで」

    僧侶「ううん。私ばっかりくよくよしてられないよ。

        私、この先にどんなことがあったとしても全部受け入れるから……」

    勇者「僧侶、辛い思いをさせてごめん」

     勇者は僧侶の肩を抱き寄せた。

    僧侶「ありがとう……」

    勇者「魔王はやっぱりこの中かな」

    僧侶「ええ、この扉の奥にいるはずだわ」

    勇者「遂に魔王と戦うんだな」

    僧侶「太陽の雫、奪われちゃったね」

    勇者「僧侶、結界はまだ使えるかい」

    僧侶「うん。今までずっと練習してきたんだもの。

        消費する魔力の量もだいぶ抑えられるようになったわ」

    勇者「それなら、きっと大丈夫さ」

    勇者(父さん、僕はやるよ)

    勇者「行こう!」

    213 = 1 :


    # 魔王城――魔王の間

     重い扉を押し開けると、薄暗い部屋の一点に、更に深い闇をまとった何かが鎮座していた。

    勇者「お前が魔王か」

    僧侶「息が、苦しい」

    魔王「人間がここまで来るとは。その心意気だけは誉めてやろう。

        しかし、人間なぞ所詮は消えゆくもの。我の前では皆等しく無力なのだ」

     魔王は、他とは比にならないほどの魔力を横溢させている。

     僧侶はすかさず結界を張った。それはいまや戦うに十分なほどの広さを備えている。

    魔王「小賢しい真似を。だが、この雫すらないお前たちに何ができよう」

     魔王が床に置かれた聖杯に手をかざすと、太陽の雫はみるみる蒸発していく。

     その傍らには魔猿がいた。

    僧侶「魔猿ちゃん!」

     僧侶の声に反応して、魔猿の目が一瞬だけ元に戻った。

     魔猿は聖杯を勇者の元へ投げてよこしたが、その動きはすぐに魔王によって封じられた。

    魔王「遅かったのう。これほどにわずかな量では用をなさぬわ」

     勇者は聖杯を片手に、賢者の言葉を思い出していた。
     
     『魔王は実体を持たぬ存在じゃ。その真の姿を捕らえるには太陽の雫が必要だと言われておる』

    僧侶「勇者! 聖杯をこっちに!」

     勇者は素早く背後にいた僧侶に聖杯を手渡した。

     僧侶は聖杯の底にわずかに残った太陽の雫に向かって魔法を放った。

    僧侶(お願い! 数学者さん!)

    214 = 1 :


    # 回想――最果ての島へ向かう船

    数学者「僧侶さん、先日結界も見てから考えていたのですが、

        物体を分割して合同変換を施すだけでその体積を任意の値に変えるということが、

        僧侶さんならひょっとしたらできるかもしれません」

    僧侶「え? どういうことですか?」

    数学者「端的に言えば、これはバナッハ=タルスキーの定理というんですが、

        何かの量を好きなだけ増やしたり減らしたりできるということです!」

    僧侶「まさか! そんなことできるわけないですよ!」

    数学者「ええ。ですがちょっと試してみる価値はあると思うんですよ」

    …………

    …………

    数学者「駄目でしたか……。私の思い過ごしでしたかね」

    僧侶「だって、そんなことが本当にできたら、どんなお金持ちにだってすぐになれちゃいますよ!」

    数学者「はは! そうなんですよね。

        しかし、魔法で無限を扱うことができるということは、

        対象が強い魔力を持つものならば、あるいはうまくいくかもしれません」

    215 = 1 :


    # 魔王城――魔王の間

    魔王「お前、何をした」

     聖杯は太陽の雫で溢れていた。

    僧侶「人間は確かに弱いかもしれないけど、

        人間の絆はとても強いのよ!」

     僧侶は太陽の雫を魔力で包み込むと、魔王に向けて放った。

     部屋が一挙に明るくなる。

    魔王「ええい、こんなもの」

     魔王は腕で振り払おうとするが、その腕に太陽の雫は絡みつき、やがてその全身を覆った。

    勇者「僧侶! 大丈夫か!」

    僧侶「うん。でも、もう魔力をほとんど使いきっちゃったみたい」

    勇者「気にすることないよ。後は僕に任せれば良い。

        あ、魔王が……」

     魔王は肉の焼けるような音を立てながら、徐々に小さくなっていく。

    僧侶「倒したのかしら……」

    勇者「いや、まだだ。油断しないで」

     それは豆粒ほどに小さくなると、途端に四散し、部屋を闇で覆った。

     更に魔王のいた場所は、真の闇に覆われている。

    勇者「くそ。お前は一体……」

    魔王≪我はあらゆる絶望を渇し世界の破滅を欲するもの。

        我は実体を持たぬ故に不滅なるもの≫

     真の闇――魔王の思念は直接頭に響く。

    勇者「僕は……世界を救う者だ!」

    魔王≪ならば倒してみよ≫

    216 = 1 :


    魔猿「フシュー」

     魔猿は目を強く光らせるや否や、結界を超えて勇者に飛び掛かった。

    僧侶「危ない! 勇者!」

     僧侶は咄嗟に魔猿に向かって火の魔法を放つ。

     耳を裂くような咆哮と共に、魔猿はプスプスと音を立てて炭化し、動かなくなった。

    勇者「魔猿! 魔猿!」

    僧侶「魔猿ちゃん、ごめんね。ごめんね……」

     僧侶は唇をきつく噛みしめて目から溢れ出ようとするものを必死に堪えている。

    魔王≪さあ、絶望に打ちひしがれるが良い≫

    勇者「お前……! お前だけは許さない!」

    魔王≪勇者よ。お前には無理だ≫

    勇者「でたらめなことを言うな!」

     魔王の哄笑が勇者たちの頭に響く。

    217 = 1 :


    魔王≪お前、実は弱いだろ≫

    勇者「……」

    魔王≪知っているぞ。お前がここまで一切魔物を手に掛けなかったことを。お前は何者も倒せまい≫

    勇者「……」

    僧侶「そ、そんなことない! 勇者は、今までだっていろんな人を助けてきたのよ!」

    魔王≪ならば、なぜ戦わぬ。死が恐いのだろ。

        お前の行動なぞ全て欺瞞に過ぎぬ。口先だけで何ができよう≫

    勇者「……違う。違う! 僕は正義を貫いてきたんだ!」

    魔王≪片腹痛いわ! ならば、お前の正義を述べてみよ≫

    僧侶「……」

    勇者「弱い者を助けて……悪を滅ぼすことだ!」

    魔王≪ならば弱い魔猿を救えなかったお前は正義であろうはずがない≫

    勇者「それは違う」

    魔王≪地下で死んだお前の仲間もそうだろう。

        お前がこの二者を殺したも同然なのだ≫

    勇者「そんな……」

    僧侶「勇者、しっかりして! 惑わされちゃ駄目よ!」

    魔王≪正義とは、力ある者の利となることに他ならぬ。

        時代が正義を選ぶのだ。

        そして我は選ばれた。

        その証左こそ、この力よ!≫

     部屋が大きく揺れる。石壁が崩れる。

    勇者「正義はそんなものじゃ……」

    魔王≪ならば、自分の目で見てくるが良い≫

     途端に勇者の意識は遠のいた。

    218 = 1 :




    勇者(あれ? ここは、どこだ? 僧侶も、魔王もいない)

     周囲には半壊した家や、荒れ放題の畑が見えた。

    勇者(魔王の仕業か? くそ、気をしっかり持たなくちゃ!)

    勇者(でも、この風景、どこかで見たような……)

    「誰かいるの?」

    勇者(魔王の手先か!)

     崩れた家の跡から子供が二人現れた。一人は、声を掛けた子供の背中に隠れるようにしている。

    子供「あ! お兄ちゃん、魔物を追い払ってくれた人だ!」

    勇者(そうか、この町は!)

    勇者「そうだよ。これは一体どうしたんだ?」

    子供「お兄ちゃんが来てくれてから魔物が町に来なくなったんだけど、

        その後、たまたま森でその魔物を見たって人がいて……」

     子供の声が上ずった調子になった。

    勇者「落ち着いて、話してごらん」

    子供「町の男の人みんなで、その魔物を倒しに行ったんだ」

    勇者「な、何だって! あのゴブリンはもう人を襲わないはずだ!」

    子供「わかんないけど、それからすぐにその魔物が町に来て……。

        僕らは古井戸に隠れるようにって言われたから……。でも他の人たちは……」

    勇者(なんてことだ……)

     先刻から黙っていた小さな女の子は、勇者をじっと睨んでいる。

    の子「出てけ! お前のせいだ!」

    勇者「……」

    勇者(もう頭がどうかなってしまいそうだ!

        僕がいけないのか? 僕の何がいけなかったんだ? 何が!

        ええい! それよりも今は早く魔王城に戻らないと、僧侶が!)

     そこでまた、勇者の意識は揺らいでいった。

    219 :




    勇者(うーん……またか……)

    勇者(ここは、確かボスのアジト。魔王は転送魔法でも使っているのか?)

    勇者(早く戻らないと僧侶が心配だ。だけど、どうすれば良いんだ)

     部屋の机の上に、古びた手帳が開かれたままの状態で置かれていた。

    勇者(何だろう)

    220 = 1 :


    # とある手記

        X月九日

     あいつとの約束だ。明日から奴隷を解放しに行く。
     ああ こんな晴れやかな気持ちになるなんて!
     もっと早くあいつと知り合ってれば良かったぜ。

        X月十四日

     一緒に解放に行った仲間が何人か逮捕された。
     だがこれも仕方ないのかもしれない。
     俺たちはそれだけ今まで好き勝手やってきたんだ。
     これからは頑張って 俺たちの誠意を示していきたい。

        X月十五日

     昨日捕まった仲間が全員処刑された。
     確かに悪いのは俺たちだが……だからってこれからだっていう人間を殺すことねえじゃねえか!
     俺たちは結局明るい世界には出られないんだろうか。
     それでも俺はあいつを信じている。

        X月二十一日

     また仲間が殺された。奴隷の家族にリンチにされたらしい。
     奴隷の解放をやめようとしない俺に反発する仲間も出始めた。
     夜中にこそこそ集まっているみたいだ。
     俺は奴隷の解放が正しいことだと信じている。
     だがこれ以上仲間が殺されることはあってはいけない。
     反発する気持ちもわかる。
     俺はどうしたら良いんだ? 何を信じれば良い?
     どうしたら良いんだ!

        X月二十四日

     あいつから手紙が届いた。
     遂に魔王のところまで行くと言う。立派になったもんだ。
     船が必要だというから 俺の船に乗せてやることにした。
     何かと反抗的だった連中もすんなり了解してくれたのは意外だった。
     やっぱりみんな良い奴らなんだ。

        X月二十七日

     近頃体調があまり良くない。船出までにはなんとかしないと。

        X月二十九日

     いよいよ明日出発だ。だが足元がふらついて良くねえ。
     体調は悪くなっていく一方だ。
     心当たりは……いや やめておこう。
     悪いことってのはいやな考えから起こるもんだ。
     俺はみんなのことを信じている。
     そして俺が正しいと信じていることをみんなにも正しいと信じてもらえると信じている。
     俺にできるのはそれだけだ。

     (手記はここで終わっている)

    221 = 1 :




    勇者(ボスさん……)

    「ひえええ!」

    勇者「あ、あなたは確かボスさんの――」

    「ど、どうしてあんたがここに!」

    勇者「え? どうしてって」

    「お、俺たちはあんたらを置いてそのまま帰ってきちまったってのに……」

    勇者「そんな! ボスさんは待ってるって言ってたじゃないか」

    「ど、どういう事情でここにいるか知らねえが、あんたは何も知らなくて良い」

    勇者「何でですか! きちんと説明してくださいよ!」

    「俺は、ボスもあんたらも好きだった。でも世の中にはどうしても上手くいかないことってのもあるんだよ」

    勇者「待ってください。何のことだか全然……」

    「…………。あんたもそこにある手帳読んだだろ? ボスのやり方が気に入らねえって奴らがボスの飯に毒を入れてたんだ」

    勇者「……え?」

    「けどよ、ボスは最期まで奴隷を解放するって意志は曲げなかった」

    勇者「……」

    「だから、殺されたんだよ」

    勇者「そんな……」

    「あの島に着いた後、弱ってたところを一発さ。誰も悪くねえんだ……あんたも、ボスも、連中も」

    勇者「ボスさんはそんなこと一言だって言わなかったのに……」

    「ボスは最期まであんたを信じてたからな。でも、ここにはあんたらのことを良く思わない連中もたくさんいる。

        早く出て行った方が良い」

    勇者「…………」

     そして、また勇者の意識は遠のいていく。

    222 = 1 :




    僧侶「……しゃ! ……うしゃ! 勇者!」

    勇者「あれ、ここは……?」

    僧侶「勇者! 何言ってるのよ!」

    勇者「は! 僕は、今まで一体……」

    魔王≪真実を知った気分はどうだ≫

    勇者「やはりお前の仕業か! あんなの、全部嘘に決まってる!」

    魔王≪それをお前は示せるのか≫

    勇者「それは……でもあれが真実だという証明だってできないだろ!」

    僧侶「ねえ、勇者! 何のことを言ってるの? 落ち着かないと駄目だって!」

    魔王≪人間とはかくも愚かで弱きものかな。

        お前の見たものが真実かどうかなぞ枝葉末節に過ぎぬ。

        それを偽なるものと信ずる心がわずかでも揺らぐのであれば、それだけでお前の欺瞞は示されよう≫

    勇者「僕は……僕は……」

    魔王≪再び問おう。

        人の子よ、なぜ戦う≫

    勇者「…………」

    僧侶「勇者、魔王を倒して世界を平和にするって言ったじゃない!」

    勇者(僕にはただ人を不幸にすることしかできないのか? そうなのか)

    勇者「僕には、できないよ……」

    僧侶「……」

    魔王≪ふははははは。もう何も言えぬか! この時を待っておったぞ。そのまま絶望のうちに死ぬが良い≫

     魔王は崩れた壁の欠片に魔力を込め、勇者めがけて放った。

    勇者「…………」

     勇者は目をつぶり、来たる運命に身を委ねた。

     耳をつんざくような爆音が鳴り響く。

     しかし勇者は無傷だった。

     そして目を開ける。

    223 :

    そこには「ドッキリ大成功」と書かれた看板をかがげる僧侶と魔王がいた

    224 = 1 :


    勇者「そ、僧侶! どうして、僕なんかの為に、こんな……」

     瀕死になった僧侶が勇者の目の前にいた。

    僧侶「勇者には……まだ、時間が、あるわ」

    勇者「僧侶までいなくなったらそんなの意味がないよ!」

    僧侶「私のことは、ねえ、もう、忘れて……勇者が、世界を、救うの」

     息も絶え絶えの僧侶を抱えながらも、勇者の頭脳は必死に可能性を探っていた。

     そして、ある言葉に行きつく。

    勇者(そうだ。これに賭けるしかない)

    勇者「僧侶、賢者は『知性ある者はいついかなる時であろうと話を聞く』というのが僕の加護の力だと言っていた。

        だから、僕がこうやって話している間は僧侶は絶対に死なないはずだ!

        だから……だから、このまま、こうやって話し続けて、それで、僧侶の怪我が治るまで話し続ければ――」

    魔王≪心配せずとも二人そろって葬り去ってやるわ!≫

     魔王の両手にこれまでにないほど強大な魔力が溜まっていく。

    勇者「僧侶、今は逃げよう。ね? 僕がいる限り僧侶は死なないんだ。そうだ。だから心配しないで」

    僧侶「もう泣かないって、言ったのに、ごめんね」

     涙が静かに僧侶の頬を伝った。

    僧侶「もう、良いの」

    勇者「そんなこと言わないで!

        怪我が治ったらまた来れば――」

    僧侶「勇者、もう は な さ ないで」

     僧侶の唇が、勇者の唇を塞いだ。

     勇者の視界は白い光に包まれていき、やがて何も見えなくなった。

     次第に、魔王の嗤いも壁の崩れる音も聞こえなくなった。

     そして激しいめまいと共に、体が浮遊していくような感覚を覚えた。

     最後に、僧侶の声だけが、耳元で確かに聞こえた。

    225 = 1 :







               ――私も『勇者』なんだ――





    226 = 1 :

    今夜はここまでです。どうもありがとうございました!
    >>214での数学者の発言の補足は後日行いたいと思います。

    229 :

    乙乙

    230 :

    勇者の話術と数学者の知識によって道を切り開く物語かと思ったらこの有様

    231 :


     #

    「勇者や。いつまで寝てるんだい」

    勇者「うーん……」

    「明日出発なんだから、しゃんとおし」

    勇者「この声は……母さん?」

     勇者はベッドから起き上がった。

    「あら、どうしたの? 悪い夢でも見てたのかい」

    勇者(これも、魔王の仕業……?)

    「お昼ご飯は用意してあるから、ちゃんと食べるのよ。

        お母さんはこれから夕飯の買い物に行ってくるからね」

    勇者「う、うん……」

     勇者がベッドから降りようとした時、何か堅いものが床に落ちる音がした。

    勇者(これは……)

     そこには月桂樹を模した銀の髪飾りと、橙色の抽象画が描かれた絵葉書があった。

     絵葉書には何か書かれている。芯の通った綺麗な字だ。

    232 = 1 :




        勇者へ

     あなたがこの手紙を読んでるということは、
     きっとうまくいかないことがあって、今の私とはさよならをした後のことなんだと思います。
     突然こんなことになって怒ってるかな。
     許してとは言えないけど、せめて最後にあやまらせてください。

     あなたは今、旅に出るちょうど前日の自分の家にいることと思います。
     それはすべて私のせいです。
     あなたはいつか、『女神の加護とは、ある日突然自分に授けられたと認識してしまうようなもの』だと言っていましたね。
     実は、神託のあった日、私もそれを経験しました。
     ぐるぐると螺旋を描くようなイメージと共に私が認識したその加護の力とは、
     [荒く塗りつぶして消した跡がある] 人を過去の世界へ送り届ける力でした。
     初めは、ただの思い過ごしなんだって思うようにしていました。
     でも旅の途中で、自分にも『勇者』の血が流れているのかもしれないと思わせることが何度かあって、
     そして賢者さんに二度目に会った時に、全てを知りました。

     ずっと黙っていてごめんなさい。
     私にはこうなることがわかっていたのに、ずっと言えなくてごめんなさい。
     あなたにだけ辛い思いをさせてごめんなさい。
     最後に、これは私のわがままなんですが、せめてそちらにいる私とは今まで通り仲良くしてくれませんか。
     そして、こちらで私と過ごしたことは忘れてください。
     本当に最後まで自分勝手でごめんなさい。

     [インクが滲んでいて判読できない]

    233 = 1 :




     読み終えると勇者は走り出した。


    # 町の教会

    勇者「僧侶、僧侶はいるか!」

    僧侶「きゃ! びっくりした! なんだ、勇者ね」

    勇者「僧侶、何ともないのか? 怪我はしてないか?」

    僧侶「ちょ、ちょっと。何よ、急に。そんなに大きい声で、恥ずかしいじゃない……!」

    勇者「無事なんだね。でも、本当に、何も知らないのか……」

    僧侶「え、何のことかしら?」

    神父「勇者君、そんなに慌ててどうしたのです?」

    勇者「え? あ……いや。

        あ、そうだ! 神託があったんですよね?」

    僧侶「どうして知ってるの?」

    勇者「ええっと…………夢で見たんだよ。それで、僧侶も一緒に旅に出るって言うんだろ?

        今すぐ、行こう!」

    神父「勇者君、落ち着いて。君の見た夢はあるいは女神様がお見せになったものなのかもしれませんね。

        君の言う通り、今朝僧侶さんに神託がありまして、先ほど王様から旅の許可を頂いたところなのです」

    勇者「それなら、行こう! 僧侶」

    僧侶「ゆ、勇者! ちょっと変よ」

    神父「何をそんなに急いでいるのです?」

    勇者「ちょ、ちょっと、確かめたいことがあって……」

    神父「私には君たちを止める理由がありません。

        しかし、いずれにせよ、きちんと王様にご報告してからになさい。

        そして、お世話になった人たちにも挨拶を忘れてはなりませんよ」

    勇者「はい!

        じゃあ、僧侶。僕は用が済んだらここへ来るから、僧侶も急いで準備して!」

    僧侶「え? う、うん」

    234 :

    短くてすみませんが、今日はここまでです。


    >>214に出てきたバナッハ=タルスキーの定理の補足です。
    バナッハ=タルスキーの定理とは、言ってみれば、
    直径 1cm のビー玉1個を何個かに切り分けて、うまく組み合わせると
    直径 1000km の同じ密度のビー玉にできる(1000kmではなくても0.1mmなど、好きな数字でもOK)、
    という質量保存の法則もどこへやらの結構ぶっとんだ定理です。(飽くまで「定理」なので数学的には正しい)

    この定理が成り立つには「選択公理」というものを認めなければなりません。
    「公理」とは、数学におけるルールのようなもので、数学の全ての定理は数少ないいくつかの公理から導かれます。
    数学をトランプの大富豪に例えてみると、選択公理は8キリ、
    バナッハ=タルスキーの定理は8キリを採用した際の戦略とでも言えるでしょうか。
    この選択公理がバナッハ=タルスキーの定理のキモであり、この定理が物理的には成り立たないことの所以でもあります。


    以下、踏み込んだ内容になりますので、興味のある方は読んでみてください。

    バナッハ=タルスキーの定理とは、より詳細に言うと、
    任意の大きさの中身の詰まった球 A, B に対して、球 A を有限個に分割して、
    それらをうまく回転・平行移動するだけで球 B になるというものです。
    この定理はzfcという公理系の元で成り立つのですが、この公理系の公理のうちの一つが選択公理です。

    選択公理とは直観的には以下のような感じです。
    ボールが何個か入った複数の袋から1個ずつ選択して新しい袋に入れることができる。
    (数学の言葉で言うと次のようになります。
    空集合を要素に持たない集合族に対して、それぞれの集合から一つずつ元を選択して、新しい集合を構成できる)
    一見当たり前のような公理ですが、上で言う「複数」とは「無限個」(可算無限とは限らない)も含み、
    無限の袋からボールを選び出せるかというのは必ずしも直観に合うとは言えず、
    選択公理を認めない学者も少なくありません。

    バナッハ=タルスキーの定理では、実際には5個に分割すれば十分ということがわかっています。
    また、そのような分割が存在することが選択公理から示されます。

    このスレでは、数学者が結界の魔法(コッホ曲線)を見て、
    魔法では無限集合族でも選択公理が成り立つのではないかと直観したという(裏)設定です。

    235 :

    振り返って数学の説明を読んできたけど、それを上手く魔法の設定に取り込めていて驚いた
    そしてそれをわかってない僧侶がかわいい
    乙でした

    236 :

    俺は僧侶だった…?

    237 :

    僧侶と作者にバグが発生したようだ

    238 :


    # 数時間後――町の外

    僧侶「あーあ。折角今夜は神父様がはなむけをしてくれるって言ってたのになあ」

    勇者「無理言ってごめんね」

    僧侶「ううん、良いのよ。

        勇者って――いつからかしら――ずっと気が抜けたみたいにしてたから、

        さっきみたいな感じって小さい頃を思い出すわね」

    勇者「え? 僕は昔のまま変わらないと思うけどなあ」

    僧侶「ふふふ。どれだけ一緒にいると思ってるのよ! 勇者のお母さんが知らないことだっていっぱい知ってるわよ。

        例えば――」

    勇者「あーあー! もうわかったから!

        とにかく、急に連れ出すようなことしてごめんな」

    僧侶「だから、良いってば!

        それにね、ホント言うと、ちょっと嬉しかったんだ」

    勇者「え?」

    僧侶「さあ、行きましょう! よくわからないけど急ぐんでしょ?」

    勇者「う、うん!」

    239 = 1 :


    …………

    …………

    僧侶「それにしても、この辺りは魔物が全然いないわね」

    勇者「あの頃は……じゃなくて、最近はずっとこの辺で修行してたからね。当然さ」

    僧侶「ふふ。頼りにしてるわね」

    勇者「そう言えばさ、僧侶が聞いた神託ってどんな内容だったんだ?」

    僧侶「『正義の士は愛を以って悪を滅ぼす』って私は聞いたんだけど、勇者は何のことかわかる?」

    勇者「うーん……」

    勇者(やっぱり、前と同じことを繰り返すのだろうか。

        でも、僕には前の記憶があるし、出発も一日早いのだから、全て同じってことには――)

    僧侶「難しそうな顔して、どうしたの?」

    勇者「え? ああ、神託について考えてたんだ」

    240 :

    乙乙

    241 = 1 :


    # 森の入り口

    僧侶「ねえねえ、今日はどこまで行くの?」

    勇者「もう日が暮れそうだね。今日はこの河原で野営しようか」

    僧侶「じゃあ、私寝るところ準備するね! 勇者は薪になりそうな木を拾ってきて」

    勇者「うん、頼むよ」

    勇者(ああ、すごく昔のことのように感じるなあ)

    …………

    勇者「おーい、これくらいあれば足りるかな?」

    僧侶「ふむ、ご苦労であった。楽にして良いぞ」

    勇者「うん。水も汲んできておいたから食事にしようか」

    僧侶「え……? うん、そうね」

    勇者「どうしたの?」

    僧侶「いや、何と言いますか、肩透かしと言うか……」

    勇者「良いんだよ、僧侶はいつも頑張ってくれてるから。

        さあ、火を点けてくれないか?」

    僧侶「うーん……。やっぱり、おかしい!」

    勇者「え?」

    僧侶「ふふ。おかしいけど、悪い気はしないわ!」

     僧侶は勇者が集めてきた木の枝に向けて火の魔法を放った。

    勇者「うわ、僧侶! 火力強過ぎ!」

    僧侶「あ! ごめんなさい! つい……!」

    242 = 1 :


    …………

    …………

    僧侶「こうやって、外でキャンプするのってあの時以来よね」

    勇者「ああ、そんなこともあったっけ」

    僧侶「私ははっきりと覚えてるわよ――」

    243 = 237 :

    仮に僧侶から何度もやり直しの機会を与えられても
    どこぞの魔法少女のように過酷過ぎる運命を辿るだけだなこれ

    244 = 1 :


    # 回想――十年前――町の教会

    の子「何してんの?」

    僧侶「え? なんでもないよ」

    の子「嘘だ。今、後ろになんか隠しただろ!」

    僧侶「や、やめて!」

     男の子は僧侶の手から何かを強引に奪い取った。

    の子「なんだ、これ?」

    僧侶「お母さんの写真、返してよお!」

    の子「こんなもの見てたのかよ」

    僧侶「返してってば!」

     微弱ながらも、僧侶の手に自然と魔力が溜まっていく。

    の子「うわ! このバケモノ!」

    僧侶「違うもん……バケモノじゃないもん……」

     その時、教会の入口の方から、勇者が神父を呼ぶ声が聞こえてきた。

    の子「あいつんちもバケモノ一家らしいな。お前とお似合いだ!」

    僧侶「違う……違う!」

     意図せずして、僧侶の手から小さな魔力の塊が放たれた。

    の子「いて! 何すんだよ、お前!」

    僧侶「勇者は違うもん!」

     僧侶は、突然走り出した。

    の子「覚えてろよ、このやろう!」

    勇者「おーい、僧侶! どうかしたの?」

     入口にいた勇者を無視して僧侶は走り去っていった。


     その夜、無我夢中で走ってきた僧侶は道に迷ってしまい、途方に暮れうずくまって泣いていた。

    勇者「そこにいるのは、僧侶? 僧侶か?」

    僧侶「ゆ、勇者!」

    勇者「僧侶! 大丈夫? 怪我はしてない?」

    僧侶「うう、勇者……怖かったよお。でも、絶対助けに来てくれるって信じてたよ」

    勇者「駄目じゃないか! 大人たちが最近じゃ魔物が出るって言ってたよ。

        一人でこんなとこにいたら危ないんだぞ」

    僧侶「うん……」

    勇者「夜は特に危ないんだからな! 火を焚いて、朝になるまでここで待ってなくっちゃ」

    僧侶「うん……」

    勇者「それから、ほら。これ、大事なものなんでしょ?」

     勇者は僧侶に写真を手渡した。

    僧侶「あ、これ……。ありがとう」

    勇者「えへへ、安心しろよ。

        これからは、僕が――」

    245 = 1 :




    勇者「僕が、僧侶を守るから」

    僧侶「え……?」

    勇者「だから、安心して」

    僧侶「……」

    勇者「明日は、二番目の町まで行くから、ご飯を食べたら早めに寝よう!」

    僧侶「……」

    勇者「おーい、どうした?」

    僧侶「ううん、なんでもないの!

        ふふふ!」

     火力の強過ぎる焚火のせいか、僧侶の顔は赤く染まっていた。

    246 = 1 :

    今日はここまでです。ありがとうございました!

    248 :

    女神様のやり方陰湿すぎぃ!

    249 :

    真のラスボスは魔王ではなく女神だった…なんて事になってもおかしくないな

    250 :


    # 翌朝

    僧侶「勇者ー! 起きて! 朝ですよー」

    勇者「うーん、もう少し……」

    僧侶「ほらほら! 昨日、あれだけ急いでたくせに!」

    勇者「そ、そうだった」

    僧侶「ねえ、どうしてそんなに急ぐ必要があるの?」

    勇者「それはその時が来たらわかるからさ」

    僧侶「それじゃあ、全然答えになってないわよ!」

    勇者「そう言えば、僧侶の母さんってどんな人だったんだ?」

    僧侶「話をはぐらかさないでよお」

    勇者「まあまあ。教えてくれよ」

    僧侶「仕方ないわねえ……て言っても、私も全然知らないんだけどね。

        顔も、若かった頃の写真しか見たことがないし……」

    勇者「そうか……」

    僧侶「でも、神父様がよく話して聞かせてくれたわ。

        花や動物が好きで――そうそう、特に蛍が好きだって言ってたわね。

        昔から体が弱かったみたいなんだけど、明るくて優しい人だったって」


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