元スレ魔王「お前、実は弱いだろ?」勇者「……」
SS+覧 / PC版 /みんなの評価 : ★
151 = 1 :
# 学園都市
僧侶「ふう! 久しぶりに人の活気というものを感じるわ!」
勇者「そうだね。地震は大丈夫だったのかなあ」
数学者「見たところ、これと言った被害はないようですね。
勇者君、これからどうしますか? 流石に船の手配となると少し時間が掛かりますね……」
勇者「僕の方で、頼めそうなつてがあるんです! ちょっと連絡を取ってみることにします」
数学者「では、しばらくは自由行動ということにしましょう。私は大学の傍にある宿舎におりますので」
勇者「わかりました!」
魔猿「シューシュー」
152 = 1 :
# 宿屋
勇者「こんな感じで良いかな? 思えば、手紙なんて書くのこれが初めてだよ。
僧侶はある?」
僧侶「え? て、手紙?
私のことは良いから、ちょっと見せてみなさいよ!」
僧侶は机の上にあった便箋を取り上げた。
そこにはボスに宛てて、最果ての島へ船を出してくれるよう依頼する文章が書かれていた。
僧侶「ふふふ! 勇者って案外綺麗な字を書くのね」
勇者「はは、書は人なり、なんてね。
そう言えば、僧侶の字って見たことないかも」
僧侶「じゃあ、機会があったら、ね……」
勇者「そんなにもったい付けるようなことかなあ」
僧侶「良いの! さ、書いたなら出しに行きましょ!」
153 = 1 :
# 商店街
僧侶「早く返事が来ると良いけどなあ」
勇者「三日は掛かるだろうね。それまでに僕たちもできるだけ準備しておかなくちゃ」
僧侶「準備?」
勇者「このあいだ洞窟で地震に遭った時に思ったんだけどね、最果ての島ではどんな危険な目に遭うかわからない。
だから、数学者さんにも何か護身用の武器とかが必要なんじゃないかなあ?」
僧侶「勇者は?」
勇者「ぼ、僕は……正直な話、剣や拳を振るった反動ですら死んでしまうような気がするんだ……」
僧侶「もう! わかってるなら、そんな情けない顔しないの!
勇者にはそれが必要だって女神様が考えたんだよ? もっと、胸張って!」
勇者「う、うん」
僧侶「あ、あれなんか数学者さんにどうかしら? 皮のケースも一緒にプレゼントしましょうよ!」
勇者「確かに、ちょうど良いかもしれないね」
154 = 1 :
# 数日後
僧侶「……えい!」
僧侶が宿屋の床に向けて手をかざすと、そこには人が一人やっと入れるくらいの模様が浮かび上がった。
勇者「すごいじゃないか! どんどん安定してきてるよ!」
僧侶「うん。でも、やっぱりすごく魔力を使うみたい。最果ての島に着くまでにもっと練習しなくちゃ」
魔猿「ウキキ! ウキ!」
僧侶「魔猿ちゃんはこっちに来ちゃ駄目よ」
魔猿「フシューフシュー……」
僧侶「……」
僧侶「えい!」
再び僧侶が床に手をかざすと、結界の模様はたちまち消え失せた。
僧侶「やっぱり、結界に反応しちゃうみたいね……どうしたら良いのかしら」
勇者「魔猿は魔物なんだから、結界で守られてなくても平気なんじゃないか?」
僧侶「そんな。独りぼっちなんてかわいそうじゃない!」
僧侶があまりにも鬼気迫る調子で訴えたので、勇者は思わずたじろいだ。
勇者「う、うん。ごめん」
僧侶「……うん。私も、急にごめんね」
勇者「……」
僧侶「……」
宿屋「勇者さん宛てにお手紙が届いてますよ!」
勇者「は、はい! ありがとうございます」
僧侶「……見てましょ」
勇者「うん」
手紙は酷く素っ気ないもので、勇者の依頼を了解した旨と船をよこす日付が書かれているだけであった。
勇者「なんというか……」
僧侶「きっと、急いで書いたのよ。感謝しなくちゃ」
勇者「うん、そうだよね」
155 = 1 :
# 更に数日後
僧侶「……えい!」
僧侶が床に手をかざすと、人二人分ほどの模様が浮かび上がった。
勇者「見違えたなあ! 賢者に筋が良いって言われるだけあるよ!」
僧侶「えへへ! でも、やっぱり続けて何回もはできそうにないかな」
勇者「さあ、今日は港へ行くんだから、体力は温存しておいてね」
僧侶「え? 馬車で行くんじゃないの?」
勇者「最果ての島では馬の面倒まで見られないかもしれないし、歩いて行くよ!」
僧侶「ぶーぶー」
魔猿「ショロロロ!」
156 :
# 学園都市の前
数学者「船乗りの友人がいるなんて、勇者君も顔が広いですよね」
勇者「そんなことないですよ。この旅に出るまではほとんど故郷の町から出たことがありませんでしたから」
僧侶「私もそうだなあ」
魔猿「ショロロ?」
勇者「あ、そうだ! 数学者さん。
最果ての島では何が起こるかわかりませんから、念の為、これを持っていてください」
数学者「これは……ナイフですか。
学者としては『ペンと紙が武器なんです』なんて言いたいところですが、ありがたく受け取っておきます。
私がこれを使うようなことがなければ良いのですがね」
勇者「銀でできていますから、それで魔物をひるませることもできるかもしれないと思いまして」
僧侶「皮のケースも買ったんですよ! これで腰に付けておけば、いつでもぱぱっと使えますね!」
数学者「ええ、どうもありがとうございます。
私には腕力も魔力もありませんから、あるいはうってつけの武器かもしれませんね!」
僧侶「それじゃあ、港へ行きましょう!」
157 = 1 :
# 港
数学者「海が荒れていますね……」
空を覆う灰色の雲は尋常ならざる速さで次々と流れていく。
僧侶「潮風に乗って、少しだけど、魔力を感じるわ」
勇者「魔王が力を増しているっていうのは本当なんだね……」
魔猿「フシュー、フシュー」
僧侶「とりあえず、ボスさんを探さなくちゃ」
勇者「そうだね」
…………
…………
僧侶「あ、桟橋にいるの、ボスさんじゃない?」
勇者「本当だ」
勇者「ボスさーん! 勇者です!」
船乗りと話していたボスは勇者の声にはっと振り向いた。
ボス「お、おう……お前たちか」
勇者「お久しぶりです。船を出してくださって、どうもありがとうございます!」
ボス「良いんだよ……。
急いでるんだろ? 早速出帆だ」
勇者「はい! お世話になります」
ボス「…………」
僧侶(ねえ、勇者。ボスさん、なんだか元気ないみたいだよ?)
勇者(疲れてるのかな? 僕たちが急に呼び出したから)
僧侶(それにしても……)
数学者「勇者君、僧侶さん、急ぎましょう」
勇者「はい……」
158 = 1 :
今日はここまでです。ありがとうございました!
159 :
乙
なんとも中途半端なところで切りなさる
160 :
乙
いけずだなww
161 :
乙乙
162 :
# 船
勇者「ボスさん、これが正しい航路へと導いてくれる魔法の羅針盤です。
手紙にも書きましたが、遅くても精々二十日で着くだろうとのことです」
ボス「わかった。
揺れると危ないから、お前たちはあまり部屋から出ない方が良い」
勇者「わかりました。
もうすぐ……もうすぐ、約束を果たして見せますからね!」
ボス「へ、約束か……。
世界の為に、まあ、頑張ってくれや」
勇者「……」
勇者は、ボスの語り口から何か諦観のようなものを感じ取った。
163 :
# 船室
僧侶「ボスさんはどうだった?」
勇者「部屋からは危ないからあまり出るなってさ」
僧侶「それだけ?」
勇者「頑張ってくれとは言ってくれたけど、やっぱり何か様子がおかしいと思うんだ」
数学者「以前はどういう方だったんですか?」
勇者「もっと快活というか、豪放磊落な感じだったんですけど、今はなんだか素っ気ないような……」
僧侶「うーん。でも、こうして協力してくれているわけだし……よくわからないわね」
魔猿「ショロロ、ショーショロロ」
165 :
# 数時間後
ボスのところへ行ってきた勇者が部屋へ戻ってきた。
勇者「食事も用意するから部屋の中でするようにって言われました」
僧侶「ちょっと! これじゃまるっきり隔離されてるみたいじゃない!」
数学者「勇者君、ボスという人は信頼するに足る人物なんですよね?」
勇者「はい、それは間違いありません。今は少し様子がおかしいですが……。
それに、賢者の話が本当なら、ボスさんも世界平和を正しいと信じていることになるでしょうし」
数学者「では、単純なことですよ。勇者君。
私たちが彼を信じるのであれば、ここであれこれ邪推してはなりません。
誰にでも、うちに秘めたままにしておきたいことの二三はあるものですから」
僧侶「そうよね……」
勇者「数学者さんの言う通りですね……。僕は少し傲慢になっていたのかもしれません」
166 = 1 :
# 翌日
僧侶「こうもずっと狭い部屋にいたんじゃ体がなまってきそうね!」
勇者「僧侶はもっと狭い馬車の中でもずっと気持ちよさそうに寝てたじゃないか」
僧侶「ふふ。それはまた別の問題よ!
ねえ、勇者。魔猿ちゃんを抱っこしててくれない?」
勇者「うん、良いけど」
魔猿「ウキキ!」
勇者はあぐらをかいたまま、腿の上に魔猿を乗せた。
僧侶「最果ての島に着くまでに少しでも腕を上げなくっちゃね!」
僧侶「……えい!」
床には三人分ほどの模様が浮かび上がった。
僧侶「ふう……大きさはもう少しかな」
数学者「僧侶さん、これは……! 今どんな魔法を使ったんですか!」
僧侶「え? 結界の魔法ですよ。ええっと、確かアペイロンっていう、無限をどうこうするとかって術が基本になってまして。
なんというか、木の枝が延々と伸びてくようなイメージをしながら唱えるんですよ!」
数学者「これは、コッホ雪片ですよ……」
数学者は雪の結晶のような結界の模様を見て恍惚としている。
僧侶「コッホセッペン?」
数学者「まさか、完全なフラクタルがこの世界に……」
僧侶「あ、あのー、数学者さん?」
数学者「いや、しかしこんなことは……」
僧侶「もしもーし!」
数学者「むむ。そうすると、あるいはあの公理系は……」
僧侶「…………」
僧侶「勇者! 何とかしてよお!」
勇者「ははは、これはしばらく話ができそうにないね。この模様の何がそんなにすごいんだろう?」
僧侶「そんなの私が知りたいくらいだよお、勇者!」
魔猿「ウーシャ?」
167 = 1 :
途中、間が空いてしまいすみませんでした。今夜はここまでです。
>>166に出てきたコッホ雪片についての補足です。
コッホ雪片はこんな形をしています。無限にぎざぎざしています。
http://imgur.com/gPk5ykz
このレスのここより下の部分は、やや踏み込んだ内容になるので、読み飛ばしていただいても問題ありません。
コッホ雪片とはなんぞや? と興味を持った方がいましたら是非。
コッホ雪片とは、コッホ曲線(http://imgur.com/P2einfS )を三つつなげて環状にした図形のことを言います。
(コッホ曲線を△の各辺に1個ずつ載せてみると、ちょうどコッホ雪片になりますね!)
コッホ雪片は、面積は有限なのに周の長さ無限であるという不思議な性質を持つ図形です。
コッホ曲線は、自身の1/4の部分を3倍すると、それ自身と等しくなるというフラクタル図形の一つです。
(「_/\_」の「_」の部分を3倍すると、それが「_/\_」と完全に等しくなります。
画像がわかりにくいかもしれませんがこちらを参考に。
http://imgur.com/u5u51w4 http://imgur.com/Ywb5gk0 )
コッホ曲線とコッホ雪片の(ハウスドルフ)次元は共に log(4)/log(3) ≒ 1.262 となります。
このことは、次のように言い換えても良いかもしれません。
コッホ曲線とコッホ雪片は共に、1次元(線)よりは広がりがあるが、2次元(面)よりは薄いものである、と。
他のフラクタル図形の例としては、次元が log20/log3 ≒ 2.727 であるメンガーのスポンジというものがあります。
すると、こちらは、2次元(面)と3次元(立体)の間の図形とも言えそうです。
168 :
おつおつ
169 :
いいね
170 :
魔猿は非常食だな食べ物ないときは頭頂部をパッカーンして脳みそチュパチュパ食べよう。
目がグルグル動いて面白いんだよなぁ
171 = 1 :
# 数日後
勇者(あれ以来、数学者さんはずっと何かに憑かれたように計算をしているし、
僧侶は結界の練習か寝るか食べるかしかしていない。
ボスさんは相変わらず僕たちと距離を取りたがっているようだし……。
魔王の力が強まってきているというのに、呑気なものだな。
十年前に魔王の封印が解かれて、ただでさえ魔物が凶暴化してきているというのに、
これ以上魔王の力が強くなったら、この世界は一体どうなってしまうんだろう。
僕は……何としても、世界を再び平和にしなくちゃいけないんだ。
父さんもじいちゃんも成し遂げられなかったことを……。
…………ああ、どうして女神様は僕の体力を奪ってしまったんだろうか!
敵と戦うことだってできないじゃないか。
なんでなんだ? なぜ、わざわざ『勇者』を弱くするんだ!
初めて僕が加護を認識した時、まるで自分の存在の全てが否定されてしまったような気がした。
僕に誇れることと言ったら、剣術の腕くらいしかなかったのに、女神様は僕からそれを奪ったんだ!
…………体力を失って、僕は何か変わったか?
確かに口先で魔物を籠絡するくらいなら慣れたものだけど、
魔王がそんな小手先の技術でどうにかなるわけないじゃないか。
やっぱり、僕にはわからないよ。僕は本当に『勇者』――勇気ある者なんだろうか
僕はこれから――)
魔猿「キャキャ! ウキキ!」
勇者「どうした? 魔猿」
魔猿の一声により、勇者はどろどろとした思考の沼から抜け出すことができた。
魔猿を抱きかかえて頭を撫でてやる。
魔猿「ウーシャ、ウーシャ! キキ!」
勇者「今日はいつもより元気が良いみたいだな。ははは」
いつからか癖になっていた勇者の乾いた笑いが、一瞬で凍りついてしまった。
魔猿「ウ……ウユー! ウユ、ユー……ユーシャ、シュキ」
172 = 1 :
すみません。トリップを付け忘れました。
173 = 1 :
勇者「え……魔猿! おい、今――」
魔猿「ウキキ?」
魔猿は歯茎をむき出しにして笑ってみせた。
勇者(いや、たまたま人間の言葉っぽく聞こえただけかもしれないし……二人には黙っていよう)
# 更に数日後
数学者「僧侶さん、先日結界も見てから考えていたのですが――」
…………
数学者「――ということが、僧侶さんならひょっとしたらできるかもしれません」
僧侶「え? どういうことですか?」
数学者「端的に言えば、――――ということです!」
僧侶「まさか! そんなことできるわけないですよ!」
数学者「ええ。ですがちょっと試してみる価値はあると思うんですよ」
僧侶「うーん、わかりました。それで、どうすれば良いんですか?」
数学者「では、ここにあるリンゴを私の指示通りに分割してみてください」
僧侶「はい……」
…………
数学者「駄目でしたか……。私の思い過ごしでしたかね」
僧侶「だって、そんなことが本当にできたら、どんなお金持ちにだってすぐになれちゃいますよ!」
数学者「はは! そうなんですね。
しかし、魔法で無限を扱うことができるということは、
対象が強い魔力を持つものならば、あるいはうまくいくかもしれません」
僧侶「魔力の強いものですかあ。機会があったら試してみます!」
数学者「ええ。是非とも結果を楽しみにしてますよ。これができたら歴史に残る大事件になりますね!」
僧侶「でも、失敗したのにこれってすごく魔力を使うみたいです」
数学者「そこまでしていただいて、どうもすみません」
僧侶「いえいえ。良いんですよ! それに、まだ火の魔法を使うくらいの魔力なら残ってるんです!」
僧侶「えい!」
部屋の対角から悲鳴が上がった。
勇者「うわ! 髪が焦げてる!」
僧侶「ふふふ」
174 = 1 :
勇者「僧侶、あんまりじゃないか。もう少しで髪の毛が全部ちりちりになっちゃうところだったよ」
僧侶「ふふ、それはそれで似合うかもよ?」
勇者「あのなあ……」
数学者「僧侶さん。火の魔法はそんなに消費する魔力が少ないんですか?」
僧侶「火と魔法って元々相性が良いんですよ。たぶん、照明魔法の次に少ない魔力で扱えるんじゃないかしら」
勇者「おーい」
数学者「なるほど。照明や火の魔法が誰でも使えるようになれば、社会に変革が訪れるかもしれませんね!」
勇者「無視しないでってば!」
僧侶と数学者は顔を見合わせて笑った。
175 = 1 :
# 最果ての島
数学者「ここが、魔王のいる島……」
魔猿「フーフー……」
僧侶「魔猿ちゃん、大丈夫? あのお城からすごく強い魔力を感じる……」
勇者「あれが魔王城か。
いよいよだね」
小さな島ではあるが、高台にそびえる城は圧倒的な存在感を放っている。
空には分厚い雲が暗澹と渦を巻き、時折雷鳴が轟く。
勇者「ボスさん、本当にありがとうございました」
ボス「おう……。
俺らはここで待ってるから、その、世界を……頼んだ」
勇者「約束は、果たしてみせます」
ボス「ああ。じゃあな……」
176 :
少ないですが今日はここまでです。ありがとうございました。
179 :
#
勇者「ボスさんは最後まであの調子だったなあ」
僧侶「勇者、信じるって決めたんでしょう?」
勇者「あ、うん。そうだったね……」
魔猿「フー、フー……」
僧侶(魔猿ちゃん、大丈夫かしら……)
勇者「とりあえず、あの高台を目指そう」
180 = 1 :
#
僧侶「どこも岩ばっかりね」
勇者「魔王の魔力のせいで植物は育たないんじゃないかな」
数学者「私のような人間ですら、肌にちりちりと感じるくらいですからね」
魔猿「シューシュー……」
魔猿は凍えているかのように小刻みに震えている。
僧侶「魔猿ちゃん……」
勇者「そうだ! 何もわざわざ魔猿を連れていく理由なんてないじゃないか!
僕らが戻ってくるまで船で待っていてもらおう!」
僧侶「確かに、そうね」
勇者「それに、数学者さんも……この先は今までと違っていつ命の危険に見舞われるともわかりませんし」
数学者「勇者君、こんな老い先の短い人間の心配をする必要などありませんよ。
私にだってお役に立てることがあるかもしれません。
それに、正義とは何か、もう少しで掴めそうな気がしているんです。
もしもですよ。もしも、魔王というものが悪そのものというような形而上学的存在であった場合、
私たちには真の正義が問われるということになるかもしれませんから。
手前勝手であることは承知しています。
しかし、私自身の為にも、私は魔王と対峙したいんです」
勇者「真の正義を問われたとしても、今の僕にはどうすれば良いかわかりません……」
僧侶「…………」
魔猿「シューシュー」
勇者「それでは、魔猿はおいていきましょう」
全員で今来た道を振り返り、海岸線に目を走らせる。
僧侶「あれ? 船……どこかしら?」
勇者「ボスさんはさっきの場所で待っててくれてるって言ってたけど……」
数学者「もう少し登ってみましょう。これだけ小さければ、島全体が見渡せるはずです」
勇者「はい」
181 = 1 :
#
勇者「船が……ない」
霧が立ち込めてはいたが、島のどこにも船がないということは一目瞭然だった。
僧侶「きっと……きっと、何か急な用事があって、それでまたすぐに戻ってきてくれるのよ」
勇者「急な用事って何さ? こんな通信手段もないところでそんなこと――」
数学者がいつにない大声で遮った。
数学者「勇者君」
勇者「は、はい」
数学者「私たちは進むしかないんです。魔猿のことはありますが、今ここに船があるかどうかは些末な問題でしょう?
今は魔王を打つことだけを考えましょう」
勇者「はい……」
僧侶「魔猿ちゃんをこんなところに置いてくわけにもいかないし、
私が責任を持って抱っこしてるから大丈夫よ!」
勇者「うん……」
僧侶「賢者の言葉が気がかりなのね?」
勇者「うん。魔力によって精神が干渉されるかもしれないとも言ってたしさ」
僧侶「大丈夫よね! 魔猿ちゃん?」
魔猿「ショーロ?」
182 = 1 :
# 魔王城
勇者「くそ、てんで歯が立たない……」
僧侶「駄目ね。かなり強い魔力で守られてるわ」
魔王城の門は固く閉ざされていた。
数学者「他に入れそうな場所がないか探すしかありませんね。
城壁を伝って移動してみましょう。」
魔猿「スースー」
183 = 1 :
#
僧侶「ねえ、ここだけ土の色が違わない?」
数学者「本当ですね。まるで掘り返された跡のような……」
勇者「ちょっと掘ってみましょう」
土を掘ってみると、ほどなくして鉄の板が現れた。
勇者「何だ、これは?」
数学者は鉄板をコンコンと軽く叩いてみる。
数学者「中は空洞のようですね。もう少し周りも掘ってみましょう」
次第に鉄の板が全容を現す。
数学者「蝶番が付いていますね。勇者君はそちら側の端を持ってください。一緒に開けてみましょう」
勇者「はい」
鈍い音を立てて鉄の板は開いた。
僧侶「どこへ通じてるのかしら」
勇者「城の内部に通じていることは確かじゃないかな?」
数学者「私たちも、遂に魔王城へ足を踏み入れるわけですね……
私から先に行ってみます」
そう言って数学者は梯子を下りていった。
僧侶はそこに照明魔法を放った。
184 :
勇者「なあ、僧侶」
僧侶「どうしたの?」
勇者「この旅が無事終わったらさ」
僧侶「…………」
勇者「僕と一緒に暮らさないか?」
僧侶の肩がわずかに震えたかと思うと、見る見るうちに顔が怒りで赤くなった。
僧侶「どうして? どうして今そういうことを言うの!
そんなこと良いから少しでも強くなってよ! ねえ!
私は自信を無くしてうじうじしてる勇者なんて見たくなかったよ。
魔王を倒せなかったらそれで終わりなんだよ?
この世界から消えちゃうかもしれないんだよ?
それがわかってるの?」
僧侶の声はもはや悲鳴に近かった。
勇者「き、きっと大丈夫だよ。今までみたいに上手くいくさ。
本当に危なくなったら、逃げることだってできないとも限らないわけだし……。
だから、ほら、泣かないで。
それに、神託だって――」
勇者は僧侶の肩に手を置こうとした。
僧侶「いや! さわらないで!
そんなんじゃ駄目だよ。駄目だよ……」
僧侶は固く口を閉ざしてしまった。
勇者「……」
185 = 1 :
…………
…………
数学者「おーい! お二人共まだですか?
ここはだいぶ広いみたいですよ!」
勇者「……は、はい。今から行くところです」
僧侶「……」
186 = 1 :
# 魔王城――地下
数学者「僧侶さん、顔色があまり良くないようですが大丈夫ですか?」
僧侶「はい。たぶんこのカビのせいだと思います……」
数学者「確かに地下とはいえ、ひどい空気ですなあ。
ここはどうやら、牢屋のようですね。
……しかし、不思議ですね」
勇者「何がですか?」
数学者「魔王の居城といえば、もっと魔物がうろうろしているものだと思っていたんですが、
ここは私たち以外の気配を全く感じません」
勇者「ええ、それもそうですね」
数学者「私たちを避けているというよりも、元から魔物などいないかのような…………おや?」
勇者「どうかしましたか?」
数学者「あそこの檻に何かありますね」
…………
僧侶「きゃ!」
壁からぶら下がっている手錠には、ミイラ化した人間が繋がれていた。
その足元には錆び付いた剣が落ちている。
数学者「かわいそうに……ひどい拷問を受けたのでしょう。
勇者君、せめて遺体を床に下してあげましょう」
勇者「そうですね……」
手錠はかなり腐食しており、それほど苦労せずに壊すことができた。
数学者「この剣の朽ち具合からすると、幽閉されて数十年は経っていそうですね。
……どうかこれからは安らかに眠りたまえ」
数学者の祈りに反応するかのように、ミイラは突然目を見開き、上体を起こした。
僧侶「きゃあ!」
187 = 1 :
ミイラは足元の剣を手に取り、立ち上がった。そのまま勇者に近付いていく。
勇者「お、おい、待て! 止まれ! 僕の話を聞け!」
ミイラは勇者の言葉を全く意に介さずに、歩みを進める。
傍らで僧侶は、いつでも魔法を放てる準備をして、その一挙一動をじっと見つめていた。
しかし、ミイラは勇者の前を通り過ぎ、そのままどこぞかへと行ってしまった。
数学者「敵では……ないのでしょうか」
勇者「わかりません……」
勇者は賢者の言葉を思い出した。
『知性ある者はいついかなる時であろうとお前の話を聞くというのがエレンコスじゃ』
勇者「だけど、僕の話が通じなかったということは、あのミイラにはもう知性がないのかも……」
僧侶「かわいそう……」
魔猿「アーアー」
数学者「私たちも先を急ぎましょう」
188 = 1 :
# 魔王城――地下通路
数学者(二人の様子が先刻からおかしい……。
やはり、若い二人には魔王を前にいろいろと思うところも多いのだろう。
ここは私が率先して行かなければ)
数学者「僧侶さん、大まかにでも魔王のいる位置はわからないものでしょうか」
僧侶「魔力は上の方からずっと感じてるから、魔王もきっと城の上の方にいるんだと思います……」
数学者「そうですか。では、階段なり梯子なり見付けなくてはいけませんね」
僧侶「城壁は立派だったのに、ここは壁も床も石がぼろぼろですね」
数学者「ええ、長い間何者も立ち入ることがなかったのかもしれません。
気を付けてください! この辺りにはいくつも穴が開いていますよ」
先頭を歩いていた数学者は手近にあった石を穴に向かって放った。
数学者「……」
僧侶「何も、音がしないわ……」
数学者「まるで世界の底まで通じているみたいですね」
僧侶「怖いこと言わないでくださいよ」
数学者「ははは、失礼しました。実際には音が反響しにくいような形状をしているだけでしょう。
ところで、勇者君。さっきのミイラは人間だと思いますか?」
勇者「わかりません……。
でも、あんな状態になってまで生きていられるんだから、やっぱり魔物じゃないんでしょうか」
数学者「あそこからここまでほぼ一本道だったことを考慮すると、
あのミイラとは再びどこかで会うことになるかもしれませんね」
勇者「僕たちを襲う様子がなかったのが、幸いではありましたけど、何とも不気味でしたね……」
189 = 1 :
…………
…………
僧侶「行き止まり……」
数学者「僧侶さん、天井の当たりをよく照らしてみてくれませんか?」
僧侶「はい」
僧侶は天井へ向けて魔法を放った。
数学者「やはり! 天井から梯子が下りていますよ! この道は正解でしたね」
数学者は梯子の元へと駆けていく。
数学者「では、私が先に――」
突然、数学者の足元の石が崩れ落ち、大穴があいた。
勇者「危ない!」
咄嗟に勇者は手を伸ばす。
かろうじて数学者の袖を掴む。
勇者「今引き上げますから!」
僧侶も勇者を後ろから支えた。
勇者は腕に力を入れる。
その刹那、反動でまたも足元の石が崩れた。
僧侶「うう……」
いまや、数学者を掴んだ勇者のその反対の手を、僧侶が両の手で掴んでいる。
しかし、男二人分の重みに耐えられず、じりじりと手と手が離れていく。
数学者「勇者君! 私のことは良いから、二人で魔王を打つのです!」
勇者「駄目だ! 僕は、絶対、この手を放さない!」
僧侶の手はほとんど限界に達している。
数学者「勇者君。君は勇気ある者ですよね?」
勇者「そうだよ! だから、僕は何があっても――」
数学者「今、本当に恐れるべきことというのは、私が死ぬことではありません。
ここで全員が死に魔王を打つ者がいなくなってしまうことです」
勇者「何を……!」
最期に数学者は、満ち足りた笑顔で勇者を見やった。
数学者「君たちと旅ができて良かった」
数学者は腰に下げた皮のケースから銀のナイフを取り出し、自分の袖を切り落とした。
勇者「数学者さん!」
勇者の悲痛な叫びは、数学者と共に世界の底へと吸い込まれていった。
190 = 1 :
今夜はここまでです。ありがとうございました。
191 :
数学者さん…
192 :
乙乙
193 :
数学者「うわああああぁ」
ぽよヨーン
数学者「」シュタ
勇者、僧侶「」
数学者「地面に巨大なトランポリンがあって戻ってきました」
195 :
訂正です。
○数学者「僧侶さん、天井の辺りをよく照らしてみてくれませんか?」
×数学者「僧侶さん、天井の当たりをよく照らしてみてくれませんか?」
では、>>189の続きから投稿していきます。
196 = 1 :
#
なんとか勇者を引き上げた僧侶は、その場に顔を伏せて座り込んだ。
肩が小さく震えている。
僧侶「数学者さんが……数学者さんが……」
勇者「くそ……くそ」
勇者は立ち尽くしていた。拳は怒りとも後悔とも言えない感情に震えている。
その足を魔猿が掴んだ。
魔猿「ウキキ?」
勇者は魔猿を胸元へ引き寄せ堅く抱いた。
勇者「もう、誰も失ってなるものか。
数学者さんの意志を無駄にはしないよ……。
僧侶、急ごう。ここも足場が崩れるかもしれない。
僕たちで絶対に成し遂げてみせるんだ!」
赤く腫れた目を一度ぬぐうと、僧侶はそれに力強く応えた。
僧侶「う、うん!」
梯子を上る時、勇者は数学者の落ちていった穴を再び振り返り、改めて決意を固くした。
197 = 1 :
# 魔王城――一階
勇者「やっぱり、魔力は頭上から感じるのかい?」
僧侶「ええ」
勇者「じゃあ、まずは階段を見付けないとね」
僧侶「ねえ、勇者。
数学者さんはもう少しで正義とは何か掴めそうだって言ってたけど、それができたのかしら……」
勇者「どうだろう……。でも、あの時はああするのが正しいと信じて、数学者さんは自分の勇気を貫いたんだ」
僧侶「勇者には……掴めそう?」
勇者「今までは、ただ、困っている人を助けたりだとか、正義ってそういうことなのかなって思ってたんだ。
けど、僕は数学者さんを救うことができなかった……。
でもそれが数学者さんにとっての正義だったとするなら、僕は……」
勇者の脳裏に、数学者の最期の様子が浮かぶ。
僧侶「そう……。
でも、勇者にはまだ時間があるから、じっくり考えれば良いのよ」
勇者「え?」
僧侶「今はやれることを精一杯やりましょ。数学者さんの為にも」
勇者「う、うん。そうだね」
198 = 1 :
僧侶「勇者、太陽の雫はちゃんと持ってる?」
勇者「うん」
僧侶「賢者が言ってたことはどうやら本当のようね。
きっと、魔王の魔力を前にした時、私たちは結界の内側にいなくちゃとても耐えられないと思うの」
勇者「魔猿はどうしたら良いだろう?」
僧侶「このまま魔物が出なければ、魔猿ちゃんにはどこかで待っててもらいましょうよ。
ね、魔猿ちゃん?」
魔猿「ソーリョ!」
僧侶「え……?」
僧侶の顔が一気に青ざめる。
僧侶「魔猿ちゃん。今、何て……」
魔猿「ウキ?」
僧侶「ねえ、勇者。今の……」
勇者「大丈夫だよ。きっと僕たちの会話を聞いて真似しただけさ。だから、大丈夫……」
その口調は、もはや自分に言い聞かせるようだった。
勇者「もう、誰も失いたくないんだ」
魔猿「ウキ! ウキ!」
199 = 1 :
…………
…………
僧侶「下の階よりは綺麗だけど……この階にも魔物の気配はしないわね」
勇者「やっぱり、さっきのは普段使われていない場所だったのかな。
あ、僧侶! あそこ」
勇者の視線の先には、どこまでも続くかに見える螺旋階段があった。
200 = 1 :
# 魔王城――最上階
勇者「魔王がいるのはこの階で間違いないかい?」
僧侶「ええ。少なくとも魔力はこの階から来てるわ」
魔猿「フシュー……」
勇者「なあ、僧侶」
勇者は魔猿を見やる。
僧侶「そうね……。
魔猿ちゃん。ここで良い子にして待っててね。
すぐ迎えに来るから……」
僧侶はその頭を撫でてやる。
魔猿「ソーリョ、ユーシャ、スキ!」
僧侶「…………」
勇者「僧侶……」
僧侶「私、魔猿ちゃんを死なせるなんてできないよお……」
僧侶は堰を切ったように泣き出した。
勇者「大丈夫……。すぐに迎えに来れば良いんだよ。ね?」
僧侶「ううう、魔猿ちゃん……」
勇者「ここにいる分には問題ないみたいだしさ、何も全てが賢者の言った通りになるとは限らないよ」
僧侶「うん……」
魔猿を見つめる二人の背後から、声が掛かった。
みんなの評価 : ★
類似してるかもしれないスレッド
- 結衣「ほら。さっさと起きる!」八幡「……」 (565) - [51%] - 2015/6/26 8:45 ★★
- 魔王「俺も勇者やりたい」 勇者「は?」 (1001) - [48%] - 2013/5/3 9:00 ★
- 小町「こまちにっき!」八幡「は?」 (150) - [42%] - 2015/5/25 16:45 ☆
- 魔王「余は何をやっておるのだ……」 (827) - [42%] - 2012/1/15 14:30 ★
- 村娘「勇者様ですよね!」勇者?「……違うが」 (866) - [41%] - 2013/5/2 13:00 ★
- 魔王「勇者よ、ここで終わりだ!」勇者「ちいぃッ……!」 (354) - [41%] - 2012/6/5 21:45 ★
トップメニューへ / →のくす牧場書庫について