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    元スレ咲「人にやさしく」

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    201 = 1 :


     心許ない灯りが僅かに照らすだけの仄暗い室内を、ネリーの案内を頼りに進む。
     私には馴染んだ空間だが、他の者にとっては薄気味悪く、居心地の悪い事だろう。
     久とサキは落ち着かない様子で私にぴったりと張り付いて離れない。
     だが白望、お前は真っ直ぐ立つのが面倒なだけだろう。暗がりが苦手な性分ではない筈だ。

     不満を無言で押し殺し、負ぶさる白望を引きずりながら歩くと如何にもといった雰囲気の一室に辿り着いた。
     ネリーは一番奥にある椅子に座り、水晶玉の置いてある机に肘を掛ける。

    ネリー「好きなところに座ってね?」

     ネリーの言葉に従い、散乱している椅子の一つを拾って向かい合うように腰掛けると、右隣に久が座り腕に絡み付く。
     同じように左に寄りかかる白望、行き場を失ったサキが私の膝を椅子にした。

    「なんか胡散臭いけど……本当に大丈夫なの?」

     久はこっそりと私に耳打ちをする。
     ふむ、確かに占い師としてのネリーを知らないのなら訝しまれるのは仕方ないか。
     此処は一つ、先ずはネリーの実力の程を見てもらう事としよう。

    智葉「そうだな。ネリー、手始めに私の知りたい事を教えてくれ」

    202 = 1 :


     私の言葉にネリーは頷き、瞼を閉じて、深呼吸を一つ。
     ゆっくりと眼を見開くと、目の前の水晶玉を横に退かした。

    ネリー「これ邪魔」

    サキ「!?」

    「えー、使わないんだ」

     ああ、懐かしい。
     占い師の本質は人生相談がその主。
     相談者が緊張していて折角の会話の内容が頭に入らないのは勿体無いと、それを解く方法を尋ねられた時に教えた手段。まだ使っていたのか。

     緊張が解ければ心に隙が生まれる。
     だとすれば、ネリーの本領はここからだ。

    ネリー「サトハ、御守りの中身の行方ならヒサおねーさんが知ってるよ」

    「!!」

    智葉「ほう」

    白望「ダル……」

     周囲の視線が一斉に久へと揃い、久の肩が大きく揺れる。
     因みに御守りの中身というのは例の百万円を三分割した余りの事だ。

    「ちょっと待って。落ち着いて。取り敢えずは私の話を聞いて、ね?」

     慌てて弁明を始める久。
     話に依るとサキが車に轢かれかけた次の朝、御守りの紐が切れて床に落ちていたとの事。
     それを今日発見した久が、サキが無事だったのは御守りのお陰だと、中身の一万円を神社に奉納したらしい。
     中身は自腹で入れ直して戻すつもりだったと当の本人は言うが……。

    203 = 1 :


     特に嘘を吐いている様子も見受けられなかったので私達は久の言を信じる事にした。
     元々戻す気だったのならばそこまで責め立てる話ではないし、何よりネリーの下を訪れた本命の理由は他に有るのでこれ以上引き伸ばす気にはなれない。

    白望「智葉の知りたい事ってサキのお姉さんの居場所とかじゃないんだ。ちょっと意外」

    ネリー「それはね、サトハは自分の力で探し出そうとしてるからだよ。だから私が教えてあげる必要なんてないの」

     白望の口走った疑問に、ネリーは正鵠を射るように答える。
     占術師でいる間のネリーは神秘的で、普段の幼さなど微塵も感じられない。
     先ず間違った事は言わないし、突飛な事を言っても間違っていると思わせない不思議な雰囲気がネリーにはある。

    白望「……なるほど」

     案の定、白望もネリーの佇まいに圧倒されて首を縦に振った。

    智葉「さて、そろそろ本題に移っても良いか?」

     久と白望は多少の不満や疑惑は心に残しつつも、ネリーの能力に対しては得心がいったようだ。
     私はネリー視線に送ると、ネリーはそれに笑顔で応える。

    智葉「サキが知りたい事を、ずばり教えてやって欲しい」

    204 = 1 :


    ネリー「そうだね……」

     ネリーはサキを己の透き通った瞳の中に収める。
     その眼差しはサキ自体を見ている訳ではなく、サキの心やサキが歩んできた決して長くは無い人生、その背景を見通しているようにも感じた。

     漸くネリーの口が開き、我々はサキも含め四者四様に息を呑む。



    ネリー「大丈夫だよ、サキ。貴女のおねーさんは貴女を嫌いになってなんかない」



     サキの瞳が見開いた。

    サキ「……っ、……くっ、うえっ」

     あまり負の感情を露わにしないサキが、火が点いたように泣き喚き、堰を切ったように大粒の涙が溢れ零れた。
     暫くの間、声にならないサキの嗚咽だけが響き渡る。

     サキが泣き疲れて眠るまで、私は胸を貸して抱き締めていた。
     久はサキの手を撮り、耳元で何度も慰めの言葉を囁き、白望は終始サキの頭を優しく撫でていた。

     サキは私達が想像してた以上に辛い気持ちに蓋をしていたのだろう。
     普段、明るく振る舞っていたのは暗い心に負けない為か、私達を心配させない為か、或いはその両方か。

     これで一つ、心の枷は外れただろうか。
     せめて良い夢をと、私は眠るサキの瞼にそっと口付けを落とした。

    205 = 1 :


     冬の星空の下、寝静まったサキを背負いながら四人での帰り道。
     サキの規則正しい寝息が耳朶を擽る。

    白望「……久、今夜の晩御飯は?」

    「カツ丼」

    智葉「またそれか、もっとレパートリーを増やせ」

    「仕方ないでしょ。それしか作れないんだから」

    白望「カツ丼作れるなら何でも作れそうな気がするけどなぁ」

     サキがあれほど迄に不安や寂しさを溜め込んでいるのを見抜けなかった事に、それぞれ落ち込んで、会話も途切れ途切れ。
     事有る毎に溜め息が漏れ出ていた。

    白望「それにしても……なんでサキが私達に魅力的に映るのか、分かった気がする」

     3ぴーすを目前にして、白望はそんな事を口にする。

    白望「私達も家庭で色々遭って……それで腐って、一応は立ち直ったけど、サキにはそんなのが全くないから」

    「真っ直ぐ過ぎて、それはそれで危うく見えるけどね」

    智葉「ああ、だからこそ。精一杯支えて、守ってやらないとな」

     眠っているサキは、悩みとは無縁と思えるように安らかで、背に負うサキの頬を白望が撫でると、もぞもぞと身じろいだ。

    白望「まあ、また明日から頑張ろっか」

    「ええ、また明日ね」

    智葉「そうだな、また明日からだ」

     玄関を開けて、中に入り、3ぴーすに明かりが灯る。
     暫く話し声や笑い声が途切れず続き、そしておやすみの言葉の後で再び明かりが落ちた。

    206 = 1 :


     夜が明け、本日も日本語学校へと向かう私の傍らにサキはいる。
     余程ネリーに告げられたことが今まで気懸かりだったのか、今日のサキは笑顔が絶えない。

    智葉「それじゃあサキ、授業が終わるまで大人しくしててくれ」

    サキ「はいっ!」

     良い傾向だ。
     昨日、ネリーの所へ訪れたのは無駄ではなかった。

     生徒達が登校する時間になると、メグ達がやってきたのでサキを囲み談笑を交わす。
     いつもと違うのは、真っ先に歩み寄って来る筈のネリーがいなかった事だ。

     時計の針が進み、講義を始める時間になり、出欠を取る。

    智葉「────ネリー・ヴィルサラーゼ────」

    ネリー「はーい」

     ネリーの様子に不自然な部分は見受けられない。
     どうやら私の違和感は杞憂だったようだ。
     それにしても仕事とプライベートでは同一人物と思えない程の雰囲気の差を感じる。
     占術師の時の顔は、あくまで仕事用の仮面なのだろう。

     講義を半分程度消化した頃、サキが顔を赤くして小刻みに震え始めた。
     どうかしたのかと尋ねると、小用を我慢している事を恥ずかしそうに告げられる。

     さて、講師の私が場を離れる訳にはいかないのでどうしたものか。
     腕を組み悩んでいると、側にいたネリーが申し出た。

    ネリー「何ならネリーがサキをトイレに連れてってあげるよ?」

    207 = 1 :


     トイレへ向かうだけなら何も起こらないだろうとサキをネリーに頼み、私はそのまま講義を続けた。
     ネリーはサキの手を引き、講義室の外へと出て行く。

     結果を言えば、早計だった。

     暫くして戻ってきたネリーの傍らに、サキの姿がない。
     全身から血の気が引き、私はネリーに駆け寄って問い詰める。

    智葉「ネリー……サキはどうした」

    ネリー「ああ、あの子なら学校の外に出てったんだよ?」

     ネリーは冷淡な口調で私にそう告げた。

    智葉「なんで……」

     言葉すら上手く紡げなくなる私に、ネリーは嬉々として追い討ちをかける。

    ネリー「それはね、ネリーが『今からトーキョー駅に行けばおねーさんに会える』って教えたからだよ。ただし『行けば大事なモノを失う』とも言ったんだけど、あの子、迷いもせず走って行っちゃった」

    智葉「大事なモノ……?」

     その不吉な言葉が更に胸騒ぎを掻き立てた。
     心の臓が破裂しそうな程に速く、強く、拍動している。

    ネリー「さあてね、なんだろう。例えばイノチとかだったら、どうしようね?」

    智葉「っ、クソ!!」

     ネリーの残酷な笑顔に、頭が真っ白になった。
     私はネリーも講義も放り投げて、ただサキの無事を願い、力の限り駆け出した。

    208 :


     サキの足ならまだそれほど遠くには行っていないだろうと、辺りを見回しながらサキを探す。
     更に久と白望にすぐ駆け付けるよう連絡し、私はトーキョー駅へと足を運ぶ。

    メグ「サトハ、サトハ! 一体どうしたのでスカ!」

     後ろから追い付いて来たのはメグ、ハオ、明華の三人組。ネリーの姿は……無い。
     私は足を動かしながら訳を話し、協力を促すと三人は快く請け負ってくれた。

     手分けをしてサキを探し始めるも、中々すぐには見付かってくれない。
     焦れ始めた頃に、久と白望が合流した。

    「智葉、何してんのよ。サキに何か遭ったらどうするつもりなの!?」

     久は顔を合わすと同時に私の胸ぐらを掴み、鬼気迫る表情で私を責め立てる。

    智葉「済まない、後で幾らでも謝るから今は早くサキを探さないと……」

    「貴女、謝って済む問題だと……っ」

     今にも殴りかかってきそうな久を白望が抑えつける。

    白望「久、落ち着いて。智葉、トシさんには?」

    智葉「ああ、それが何度発信しても中々出てくれないから諦めた」

    白望「分かった。兎に角、サキを見付けないとね。それはそうと智葉、一発殴るよ」

    智葉「は……ぶっ!?」

     完全に油断していた頬に、白望の拳がめり込んだ。
     受け身も取れず尻餅を着き、視界が明滅する。

    白望「これで手打ち、久もそれで良い?」

    「は、はい」

     口の中で滲んだ鉄錆の味に、冷静さを取り戻す。
     ひりひりと焼け付く頬を片方の手で押さえながら、差し伸べられた白望の手を掴み、立ち上がった。

    209 = 1 :

    今日はここまで

    210 :

    ここで次回へとは焦らしプレイすぎんよ~乙

    212 :

    続き気になるー
    乙です

    213 :

    投下します

    214 = 1 :


     絶え間なく人が流れ、変わり続ける街並みは海のようだ。
     その中でサキを見付けるのは、特定の雫の一粒を掬い上げるのにも等しい。
     だから、視野を狭めるだけの度の入っていない眼鏡など、必要ない。

    智葉「サキ、何処だ。何処にいるんだ……」

     眼鏡を投げ捨て、改めて辺りを見回すもサキの姿は一向にこの双眸には映らなかった。

    智葉「っ」

     冷たい風が痣になった頬を焼く。
     じくりと痛みが走る度、焦燥に囚われている心が我に帰る。

    智葉「考えろ」

     子供の足とはいっても実際の処、どの程度の速度で移動しているかは分からない。
     それどころかサキはどう歩けばトーキョー駅に辿り着くかも知らない筈だ。
     だから皆には日本語学校周辺から輪を広げるように、虱潰しに捜して貰っている訳だが───それで本当にサキが見付かるのか?

    智葉「……考えろ」

     もし私が見ず知らずの街で地図も無しに目当ての駅を探すのなら。
     単純、且つ正確な方法は────


    智葉「線路沿いか」

     スマートフォンを掴み、しかし思い直して、手を放す。
     私は一人で最寄りの駅へ向かい、そこからトーキョー駅まで走る事にした。

    215 = 1 :


    智葉「──はぁ、……はぁ」

     一つの駅に辿り着き、呼吸で肩を上下させながら、眼球はサキを探してこれでもかといった具合に動き回る。

    智葉「はぁっ……次!」

     二つ目。
     サキの姿は見当たらない。

    智葉「くそ、次だ!」

     三つ目。
     当てが外れたか、と不安の色が強く、濃く、心を覆っていく。

    智葉「サキ、どこにいるんだ……」

     四つ目の駅。
     サキはいない。
     空を仰いで一瞬だけ肺を休め、直ぐに顔を前に向ける。
     五つ目の駅へと足を動かす。

    智葉「……っ、サキ!!!」

     そして、捉えた。
     私は立ち止まっている彼女に向かって偏に駆け抜ける。
     声に反応して振り返る、涙に濡れたサキの顔。

     そんな事お構いなしに、サキを発見した喜びで胸が一杯になって、私はサキに有無言わせず力の限り抱き締めた。

    智葉「サキ、無事で良かった……」

    サキ「……さとはさん?」

     お互いの心臓が重なり、サキの音が私の中に沁み渡る。

    智葉「良かった。……本当に、良かった」

     情けなく声が震え、膝が嗤い、地面に崩れ落ちた。

    智葉「サキ、一人で出歩くな。怖いんだ、サキがいないのがすごく怖かった。だからせめて私に一言告げろ。絶対だ。良いな?」

    サキ「……はい。っ……ごめんなさい……っ」

     サキの声も震えていた。
     熱い涙の雫が私の肩を濡らす。

    智葉「こんな遠くまでよく一人で来れたものだ。……サキ、頑張ったな」

    サキ「……さとはさんっ、ごめ、なさ……っ」

     私の背を精一杯掴むサキの腕。
     その健気な姿が、やけに愛おしかった。

    216 = 1 :


     体をゆっくりと離し、頬を伝う涙を人差し指で掬い取る。  サキの表情は未だ翳りの見られる、浮かない表情だった。

     理由はすぐに分かった。
     本来左右で結っていた、花飾りの付いた髪留めが外れ、アシンメトリーになっている。

    サキ「さとはさん、どうしよう……ぜったいだいじにしようっておもってたのに。ひささんからもらったプレゼント……なくしちゃった……」

     サキは私の腕に、縋るようにしがみつき、懇願の眼差しを向けてくる。
     どうにかしてやりたいと思う。
     しかし、探し物のどちらも、時間が経てば経つほど見付かる可能性は削がれてしまう。

    智葉「……ネリーに言われた筈だ。姉に会いに行けば、大切な物をなくすと」

    サキ「……はい」

    智葉「サキは……久から貰った髪留めと、姉。どっちが大事なんだ?」

    サキ「え……」

     息が詰まったように、サキは口を閉ざした。
     頭を抱え蹲り、必死に考え、本気で迷い、悶えるように悩み、そして答えは決まったようだ。

    サキ「えらべない、えらべないです。どっちも……なくしたくないです……」

    智葉「そうだ。どちらも諦める必要などない」

    217 = 1 :


    サキ「……え?」

     予想外であろう私の言葉に、サキは呆気に取られた声を漏らす。

    智葉「サキ、どの辺りで髪留めを落としたのか分かるか?」

    サキ「え、あ、えと、その」

     更に意表を突かれ、あたふたと混乱した様子で不審な挙動を見せている。
     けれどもサキは私の言葉に従って記憶を遡り、不確かながらも覚えている事を懸命に言葉にしていた。

    サキ「……ふたつめとみっつめのえきのあいだで、たくさんのひとのなかにいたときに……だとおもいます」

    智葉「分かった」

     私はスマートフォンを取り出し、白望へと電波を繋げた。

    智葉「……私だ」

    白望『おまえだったのか』

    智葉「巫山蹴てる場合か。サキが見つかったぞ」

    白望『……本当?』

    智葉「ああ、だが問題は何も片付いていない。私はこれからサキをトーキョー駅に連れて行く。白望は皆を率いてサキの髪留めを探して欲しい。場所は恐らくエビス、メグロ区間だ。……頼んだぞ」

    白望『……そう、何となく分かった……そっちもしっかり』

    智葉「任せろ」

     通話を切り、サキの手を引いて早速トーキョー駅へと向かい始める。
     サキは不思議そうに私の顔を見上げ、状況を把握出来ないでいた。
     だから、私は澄ました態度でこう告げる。

    智葉「サキはどっちも大事にしたいんだろ?」

    サキ「……はい、はい!」


     遂に笑った。
     光を浴びた花のような、私が一番好きな、サキの笑顔。

    218 = 1 :


     いざ手を繋ぎ、サキの姉の元へ参らんと前に出した足が同時に止まる。

     「良かったね? 愛しのサキが見つかって」

     この騒動を引き起こした張本人。
     メグ達が駆け付けた折には姿を見せなかったネリー・ヴィルサラーゼがそこにいた。

    智葉「ああ、なんとかな」

     その言葉に、きっと本心ではないだろうことを感じ取り、私は適当な相槌を打つ。

    ネリー「でも残念だね。もう間に合わない。ネリーには見えるよ……あなたのおねーさんがトーキョー駅に降りて……でもまたどこかに行っちゃうんだ。一時間もしない内に、あなたを置いて、遠いとこにね」

    サキ「……っ」

     ネリーが投げかける無慈悲で辛辣な言葉に脅え、サキは私の陰に隠れ、体を震わせる。
     だが、私に言わせれば絶望には程遠い。
     先程から耳に届く馴染み深いエンジンの音、この車の持ち主を、私は知っている。
     だから、サキの腕を掴み、ネリーの前へ引っ張り出して、正々堂々と宣言してやった。

    智葉「ありがとうネリー、今のヒントでなんとかなりそうだ。サキは必ず姉に逢わせてやる」

    ネリー「……ふーん」

     つまらなそうにそっぽを向くネリー。
     そして、私達の傍らに、赤いセダンの車が停止した。

    219 = 1 :


     その車の運転席から現れたのはレッドラインの店主、赤土晴絵だった。

    晴絵「智葉、それにサキとネリー。こんな場所で何してるんだよ」

     晴絵は場の雰囲気を知ってか知らずか、軽快に声をかけてきて張り詰めた空気を中和する。

    智葉「それはこっちの台詞だ。偶然ばったり……って訳でもないんだろ?」

    晴絵「まあね。お前らがなんか面白そうなことやってるって塞から聞いたから観戦してやろーって思ってね」

     それでここに合流出来るのだから大したモノだ。
     あまりのヒーローっぷりに溢れた笑いを堪えきれない。

    智葉「晴絵、特に用事がないならちょっと私達を運んでくれないか?」

    晴絵「構わないよ。乗りな」

     尋ねると、晴絵は快諾してくれた。
     私はサキを抱え、迅速に車に乗り込む。
     そしてドアを閉める際、ネリーと視線が重なった。
     怒っているような、泣いているような、そんなネリーの顔を眺め、私は手を招いた。

    智葉「ネリー、一緒に来い」

    ネリー「ううん、ネリーはいい。行かない……」

     あっさりと断るネリーは寂しそうに笑う。

    智葉「……そうか」

    ネリー「頑張ってね、サトハ」

    智葉「っ、ありがとう、ネリー」

     私はドアを閉め、発進してもらうよう晴絵に頼んだ。

    220 = 1 :


     走行中の車内。
     窓の外の景色を眺めながらネリーの言葉を思い返す。

     遠い所へ行ってしまう……つまり、電車ではなく新幹線。関東圏より外と考えるべきだろう。そこまで絞り込めれば何とかなる筈だ。

     問題は、一時間以内という点か。
     現時点では順調に進んでいるが、トーキョー駅に到着して、果たしてどの程度の余裕が有るだろうか。
     実際の処、ネリーと邂逅したタイミングでピッタリ一時間前という事はない。
     五十分か、四十分か、それ位を想定するべきだろう。

     願わくば渋滞に巻き込まれず、このまま無事に到着して欲しい。

     視線を落とすと、横に座るサキがそわそわした様子で髪の毛を弄っている。
     どうやら髪留めが無いのが落ち着かない模様。

    智葉「サキ、私ので良ければ使ってくれ」

     見るに見兼ねた私は後頭部で一つ纏めにしていた髪ゴムを外し、サキに手渡した。

    サキ「あ、ありがとうございます」

     嬉しそうに頬を染め、サキは髪を結う。
     その姿に胸の棘が外れそうになる。

    晴絵「智葉、ネリーはあれで良かったのか?」

    智葉「……ああ」

     良い訳がない。
     今の曇天のように心が晴れないまま、車は引き続き進んでいく。

    221 = 1 :

    今日はここまで

    222 :


    ネリーちゃんは素直じゃないのかガイトさんが好きなだけなのか…

    226 :

    早く来て

    227 :

    待ってます

    228 :

    まだかなー

    229 :

    もうすぐ2ヶ月
    あかんね

    232 = 1 :


     そして、トーキョー駅に到着した。
     停止した車を手早く降り、駅構内へと急ぐ。

    晴絵「私は……改札前で見張りでもするか?」

     ドアを閉める際の晴絵の提案に、私は首を横に振った。
     何故なら、恐らくサキの姉は既に新幹線に乗り込んでいるだろうから。

     理屈はない。
     あるのはネリーへの信頼と、勘だけだった。

    智葉「心配するな。サキは必ず姉と逢わせる。まあ、……そうだな。『これ』を頼りに探してみてくれ」

     そうして、ハオの下で私が描いたサキの姉の似顔絵を晴絵に手渡した。

    晴絵「これで探せって?」

    智葉「顔は気にするな」

     こんな物では何の手掛かりにもならないが、無いよりはマシだろう。
     物言いたげな晴絵の表情を視線を伏せて黙殺すれば、彼女は呆れながらも絵を受け取る。

    晴絵「……まあ、分かった。やるだけやってみるさ」

    智葉「頼んだ。行くぞサキ」

    サキ「はい、さとはさん!」

    233 :

    待ってたよ

    234 = 1 :


     駅構内に進み、入場券を購入して改札を抜ける。
     ホームへ続く階段をサキの速度に合わせて上がり、昇りきると、彼女の何倍もの高さ、端まで見通せない途方もない長さを誇る金属の乗り物が其処にはあった。

    サキ「わぁ」

     思わず漏れる、感嘆の声。
     そして瞬時に気付き、表情が陰る。
     聡い子だと思った。
     この広さからサキの姉を見つけ出す事は並々ならぬ尽力が必要なのだと。

    智葉「心配するな。大丈夫だ」
     私はサキの手を握って、彼女の不安を払拭するように迷いのない声を放つ。

     すると、地面に俯いていたサキは顔を上げ、しっかりと私に頷いた。

    智葉「そうだ。顔を上げろ。前を見ろ。此処に必ずお前の姉はいる」

    サキ「はいっ!」

     サキの瞳が燃える。
     姉捜しの件がなければ、サキはもっと違うはしゃぎ方をしただろうに。
     ふと考えてしまい、勿体ないなと、不謹慎ながらに悔しさが募る。

    智葉「良い返事だ。さぁ行こう」

     集中しよう。
     これ以上サキの泣き顔を見ないで済むように。
     決意を堅く、新幹線の内部へ突入した。

    235 = 1 :


    智葉「どうだ?」

    サキ「……」

     何度となく繰り返される遣り取り。
     私が尋ねる。サキはかぶりを振る。
     最後尾の車両から探索を始め、遂に半分の行程が終了した。


     本当にサキの姉はこの中にいるのか?


     芽生える迷い。
     駅に到着した際、この新幹線が一番最初に出発するので、私はこれが当たりだろうと予測を立てた。

     何故なら、ネリーが占ったから。
     サキが辿り着ければ姉と邂逅を果たせるとネリーが言ったからだ。
     事の顛末を見透かしているネリーがそう、確かに告げたのだから、そういう巡り合わせなのだろうと。

     ただ一つ引っ掛かるのは、普段とは異なるネリーの様子。

    サキ「さとはさん。つぎ、いこ……?」

     袖を引っ張られ、サキの縋るような声に思考が止まった。

    智葉「ああ、そうだな。呆けてしまって済まなかった」

     弱気になりそうな己の心中に喝を入れる。
     今はただ、虱潰しに探していくしかないのだから、余計な情報は脳から切り離すしかない。

     だが、しかし。
     もし私が何かを見落としていたとして、その所為でサキの姉が見つけられなかったとしたら、それは……。

    236 = 1 :


     到頭、残すは先頭の車両のみとなった。
     階段と乗客席を隔てるスライド式のドアを開いて、端まで歩く。

    サキ「……」

     悲愴に染まるサキの顔に、どうだ? と訊かなくても分かってしまった。
     サキの姉は此処にはいないのだと。

    智葉「サキ、降りよう」

    サキ「……はい」

     いないのならば、次はどうするべきか。
     この新幹線はもう数分で出発することだろう。
     ぎりぎりまで待ってみるか? それともすぐ別の新幹線を探した方が良いのか、その新幹線は車内全て見回す時間を保有しているだろうか。

     サキの手を引き、ホームに降りて、考えが纏まらないまま足は泥の道を進むように彷徨っている。

     サキに判断は委ねない。
     委ねれば、姉が見つからなかった時の逃げ道になってしまう。
     もし、本当に見つけられなかったなら、その時はサキが自分を責めず、私を恨めるようにしなくては。

    智葉「サキ、別の新幹線を探してみよう」

    サキ「……はい」

     サキは不安も、不満も零さなかった。

    237 = 1 :


     長い階段を降りきり、また別の新幹線へ続く階段に差し掛かった。
     サキが転ばないように歩調を揃え、その第一段を上がろうとして、ふと気が逸れる。

    智葉「……?」

     鳴り響く足音に階段から顔を覗かせると、走る人影は擦れ違うように見切れて消えた。
     足音はけたたましく、階段を昇っていく様子が未だ耳に届く。

     それは、つい先ほど私達が降りてきた階段で。
     何かの歯車が、脳のどこかで嵌った感覚が迸った。

    智葉「……サキ」

    サキ「なんですか?」

    智葉「全力で私の体にしがみつけ」

    サキ「ええ!?」

    智葉「早く!戸惑うな!良いか、絶対振り落とされるなよ!!」

    サキ「は、はいぃっ!」

     サキがコアラのように両手足を回してしがみついたのを確認し、私は渾身を以て先ほどの誰かを追走する。
     腕を大きく振り、どたばたと、その誰かと同じような煩さで階段を駆け上がる。

     確信めいた何かが、私を突き動かしていた。
     そして、階段を踏み終える所、逆光に霞みながらも映し出された後ろ姿、その髪の色に、ハオの店で描いた似顔絵が重なった気がした。

    智葉「サキ、いたぞ! お前の姉だ!」

    238 :

    おっ、更新待ってた

    239 = 1 :


     私の言葉に反応したサキが振り向いたタイミングで、姉と思しき人物の影が消えた。

    サキ「え……あっ……」

     脳髄が白熱した。
     僅かに気が逸れ、私から離れて、階段から真っ逆様に落ちるサキの体。

    智葉「莫迦!」

     ───を寸前で抱き戻すも、よりバランスは崩れ、そのまま転げ落ちた。
     背面を強く打ち、ぷつりと嫌な音が耳に伝う。
     それでもサキの体を守りながら手摺りを掴み、最下層まで戻されるのを防いだのは意地でしかない。

    智葉「大丈夫か、怪我はないか?」

    サキ「……あ、うあ……」

    智葉「何処か痛いのか!?」

    サキ「ちが……さとはさんが、ごめ、なさ……」

     どうやら見た様子怪我は無く、サキはただ私の心配をしてくれているようだ

    智葉「私は良い……それよりも……」

    『────く○○発××行き△△新幹線が────』

     階段の終わりに顔を向けると、無情にも発車を告げるアナウンスが駅構内に届けられた。

    智葉「話は後だ。兎に角急ぐぞ」

     再びサキを抱き上げ、軋む体に鞭を打ち、階段を駆け上がった。

    240 :

    意味が分からないしつまらない
    とにかく早く京太郎出せ
    話はそれからだ

    241 = 1 :


     ホームに出ると、既に危険防止用の柵が締まっており乗車は不可能だった。

    智葉「くそっ」

     間に合わなかった……。
     だが、なら、せめてサキが此処にいるという事を知らせなければ。

    サキ「さとはさん、あそこ!」

     サキが指差した先、乗車口の扉に背を凭れている赤髪の人物を発見した。
     そうか、私同様……否、私より長距離を走ってきたのだとすれば、ドア付近で呼吸を調えているのだろう。

    智葉「サキ、でかした!」

     あの距離なら、もしかしたら声が届くかもしれない。
     余力を振り絞り、彼女の後ろ姿に肉薄する。と同時に新幹線がゆったりと進み始めた。

    智葉「サキ、叫べ!姉はそこだ!」

    サキ「おねーちゃん!おねーちゃん!!おねがいきづいて!!」

    智葉「こっちを向けよ!サキの姉なんだろ!? 気付けよ!おい!!」

     新幹線は加速していき、次第にサキの姉の姿が遠くなっていく。

    サキ「おねーちゃん!! おねーちゃぁぁん!!」

    智葉「気づけえええええ!!!」

     僅かに彼女の体が揺れ、振り返る。
     瞬間、完全にその姿は見切れてしまった。
     足が止まり、酸素を欲する体が膝を着く。

     ……なんとサキに声をかければ良いのだろうか。

     きっと見てしまった。
     姉の体が揺れた刹那、その彼女の奥にいたモノを。
     だから、呟いた。

    サキ「おねーちゃん……わたしのしらないこといっしょだった……」

    242 = 1 :


    智葉「サキ……」

     かけるべき言葉も見つけられぬまま、サキの名を呼んだ。
     サキはたった数センチの距離でさえ消え入るような返事を返し、虚ろな眼差しを私に向ける。

     痛々しくて、見ていられない。
     だけど傷付けたのは姉に逢わせられなかった私で、だから抱き締める事さえ出来やしない。

     謝罪すれば良い?
     違うだろう。それで楽になるのは私だけだ。
     励ます為の言葉も、サキの信用を裏切った今では気休め以下で嘘ほどの重さもない。

    サキ「……あ」

     それを理解した上で私は何も言わず、サキの掌に自分の手をそっと乗せた。

     目を丸くして、きょとんと呆けるサキ。
     漸く双眸の焦点が戻り、更に馬渕を大きく見開く。

     サキは私の耳元に顔を寄せ、 こそばゆいくらいの声でひっそりと囁いた。

    サキ「さとはさん、おっぱいがおおきくなってます」

    智葉「……は?」

     なんとも間抜けな声が漏れた。
     ああ、何やら胸が緩いと思ったらサキが精一杯しがみついたのと、階段から落ちたので晒しがほどけていたのか。

    智葉「……サキ、えっちだな」

    サキ「え、えっちじゃないもん!!」

     からかうと、サキは顔を朱に染め、頬を膨らませる。

     体の力が抜けて、顔の筋肉がほぐれていく。それを受けてサキも口元を綻ばせた。

    243 :

    逃げない勇気って格好良いよね
    待ってたよ

    244 = 1 :


     私は改めてサキと向かい合い、誓いの言葉を立てる

    智葉「サキ、今度こそ約束する。必ず姉を見つけ出す。絶対だ。だが、すぐにという訳はいかないだろう。もう少しだけ……私を信じて待てるか?」

    サキ「はい。いまだって、あとすこしだっただけで、おねーちゃんのかおをみれたのはほんとうだから……わたし、さとはさんのことずっとしんじてますよ」

     サキは頑張って真っ直ぐ私を見つめようとするも、瞳は揺らぎ、潤んでいた。
     明らかに強がっているのが見て取れたから、ちくりとした痛みが胸を刺し、私は眉を顰めた。

    智葉「……そうか」

    サキ「はい、……えへへ」

     サキは俯いてふらりと倒れ込むように私の胸へ飛び込み、顔を押し付ける。
     その瞬間、無理矢理作った笑顔は瓦解して、私はサキの顔隠すように腕で包み込む。

    サキ「えへ、へ……うえ、ひぅ、おねーちゃん……おねーちゃ……!」

     やはり、やせ我慢もきっともう限界で、それから暫く声を押し殺し、肩を震わせ泣いていた。
     そんなサキを抱き締めないほど私は強く振る舞えなくて、結局サキが落ち着くまで、ずっと腕を回し寄り添っていた。

    245 = 1 :

    とりあえず今日はここまでです

    正直もうレスは付けてもらえないだろうと覚悟していたので言葉も有りません、ただただありがとうございます
    完結させるよう頑張ります

    247 :

    そりゃ最近めっきり減った咲ちゃんssで昔懐かしい人にやさしくが原題でしょ
    どれだけでも待つわ、私待つわ乙

    248 = 233 :

    乙 期待してます

    249 :


    待ってた

    250 :

    乙 切ないなぁ


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