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    元スレ咲「人にやさしく」

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    みんなの評価 : ★★
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    151 = 1 :


    トシ「姓は宮永、名は咲。齢は6。両親は共に健在、上に1人姉がいる」

     流石に仕事が早い。
     これなら今日明日中にもサキは親許に帰れるのではないか……とは、青醒めたサキの表情を横目で見てしまっては思うことができなかった。

    智葉「……それで?」

     それでも情報は得ておくことに越したことはないので、私は更に追求する。

    トシ「一応、姉妹に失踪届は出されている。妹はお嬢ちゃんのことだが、姉は行方が掴めない。……とまあ、これくらいかね」

    智葉「……そうか」

     今にも卒倒してしまいそうなサキの背中をさすり、抱き寄せる。

     基本事項として住所を言わないのは家庭に何かしらの問題がある……ということだ。
     姉が見つかるまでは少なくともサキ一人で家に帰す事はできないと思わせる程の。

     それをこの場で更に尋ねるのは、酷だろう。

    智葉「大体分かった。後は……頼んでおいた物だが」

    トシ「これだね。持って行きな」

     トシさんはテーブルの上に小さな包みを置き、私はそれを丁重に受け取る。

     依頼したのは昨日の今頃の筈だったのだが、まさかもう準備してくれるとは。

    智葉「正直、頭が上がらない想いで一杯だ。いつも面倒ばかりかけて本当に済まない」

    トシ「何言ってんだか、これも子どもを見守る大人の役目って奴さ。智葉が気にすることじゃないよ」

    智葉「ああ、そうだな。ありがとうトシさん」

    152 = 1 :


     それから通算五杯目のラーメンを平らげたところでトシさんは満足そうに去っていった。
     その様子をずっと眺めていた私達は何も食べていないのにも拘わらず、既に食傷を起こしたような錯覚に陥っている。

     このままラーメンを食べずに出て行っても良いんじゃないかとも思ったが、それではサキが可哀想だろうと先程から人の会話を盗み聞きしている心当たりのある人物の名を呼んでみた。

    智葉「メグ」

    ダヴァン「!」

     正体を当てられた其奴は申し訳なさそうな笑みを浮かべて、そそくさと姿を現した。

    智葉「聴いての通りだ。サキの面影がある、私と同じ位の年齢の女を『連絡網』を利用して捜してみて欲しい」

     連絡網というのは日本語学校に通うメグの友人、更にその知り合いを含めた良き協力者達の名だ。
     大袈裟な呼称であるが、しかしそう呼んで差し支えない程の圧倒的人数を誇る。

    ダヴァン「サトハには適いませんネ。やってみましょう」

    智葉「頼んだ。ところで……それ、麺が伸びきっているんじゃないか?」

    ダヴァン「Oh....申し訳ナイ。すぐ代わりの持って来マス」

    153 = 1 :


    今日はここまで

    次回は早めに更新できそうです

    154 :

    乙です 照はいずこへ…

    155 :


    いつも楽しみにしてます

    156 :

    やっぱり面白いな
    元ネタの雰囲気を残しつつ咲の設定や小ネタを使いこなしてる感じが匠だね
    サキちゃんに友達も出来て三人が嫉妬する展開に期待して乙

    157 :

    投下します

    158 = 1 :


     数分足らずしてラーメンが運ばれてくる。
     案の定というか、やはりサキは手を付けない。箸を持つことすらしようとしない。

     姉が行方不明というのは相当にショックだったのだろう。
     しかしこれでは断腸の想いでサキを私に任せた久と白望に申し訳が立たないな、と顔色の優れないサキを眺めながら考える。

    智葉「サキ」

    サキ「……」

     サキの反応は薄い。
     幼いなりの逡巡や葛藤があるのだろう。
     自分一人で思い詰め、悩み果てている顔だ。
     こういう時はやりたい事を存分にやらせてやるのが一番と決まっている。

    智葉「サキ、姉を捜してみるか」

    サキ「!」

    智葉「午後の講義が終わってから晩御飯までの二、三時間で良ければ付き合うが……どうだ?」

    サキ「は、はいっ! おねがいします!」

    智葉「……っ」

     花が咲いたようなサキの満面の笑顔に、胸がときめかせる自分がいた。
     成る程。私は久が傾倒し過ぎているんじゃないかと危惧していたが、これは仕方ない。

     この笑顔を守る為なら何でも出来てしまいそうな……私もどっぷりサキに嵌ってしまいそうだ。

    159 = 1 :


    智葉「まあ、だから……なんだ。お腹が減ってると姉が近くにいても見過ごしてしまうかもしれないからな。しっかり食べた方が良い」

    サキ「!!」

     私がそう告げると、サキは慌てるように麺を啜り始めた。

    智葉「まだ時間はあるから落ち着いて食べろ、しっかり噛まないと消化も悪い」

    サキ「あつ、あつっ。はふ、はひゅ……んー、んーっ」

     煮えたぎるようなスープに浸かった麺を口に含んだサキは、その熱さに呑み込むことすらできず、涙目で舌の上を転がしていた。

    智葉「言わんこっちゃない」

     私はすぐさまグラス一杯の水を手渡す。
     サキはそれをぐびぐびと呷り、胃へと流し込んだ。

    サキ「ふはぁ」

    智葉「サキ、口の中を見せろ。舌を出せ……よし、火傷はしてないな」

    サキ「うう……ごめんなさい」

    智葉「許す。急かした私も悪い」

     とは言ってもサキは未だ逸る気持ちを抑えられないようで、箸を持ち直し再び食べ始めようとする。

    智葉「……サキ、箸を貸せ」

    サキ「えっ」

     今度こそ火傷されても困るので、私が食べさせるとしよう。

    160 = 1 :


     箸で麺を少量摘み、呼気を数度吹きかけて熱を取り除く。
     絡んだスープが垂れてもいいようにレンゲを真下に潜らせ、そのままサキの口元へと運んだ。

    智葉「サキ、口を開けろ」

    サキ「は、はい」

     サキは私の言葉の意図を察したのか、唇を差し出し、瞼を閉じてじっと待つ。
     そして湯気の熱量を感じ取ると、ぱくりと食い付いた。

    智葉「……美味いか?」

    サキ「はいっ、おいしいです!……えへへ」

     サキは頬を淡く染めてはにかんでいる。喜んでくれているようで私も嬉しい。
     しかし、何だろう。繰り返し食べさせていると何時の間にか雛鳥に餌を運ぶ親鳥の気分に浸っていた。

     ラーメンを頬張る度に楽しそうに笑顔の彩りを濃く豊かにしていくサキ。
     これは、病み付きになりそうだ。

     そんな折りに───からん、と。
     私の不意を突くように、手拭いを乗せた盆が落ちる音。

    ダヴァン「サトハ……」

     随分と無防備な姿を見られていたようだ。

    智葉「メグ、これはだな。その……、なんというか」

     私は顔から発火する想いで弁を紡ぐ。
     疚しいことはしていないのだが、普段と掛け離れた姿を目の当たりにされるのはこうも恥ずかしいものだということを思い知らされた。

    161 = 1 :


     メグは全身をわなわなと微震させ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
     そしてサキの両肩を勢い良く掴むと一変して無邪気に両目を輝かせた。

    ダヴァン「リトルプリンセス! いえサキ! 貴女は素晴らシイ!! こうもワタシ達の知らないサトハの表情を引き出すトハ! その調子でもっとサトハの色んな一面を暴いちゃっテくだサイ!!!」

    サキ「……は、はい」

    智葉「お前は何を言っているんだ……」

     何か大切な物を失った気がするが、引き換えにメグとの蟠りが解けたので良しとしよう。
     取りあえずメグ、丸……と。

    智葉「よし、サキ、戻るぞ」

    ダヴァン「ええーっ!? もう帰っテしまわれるんですカ!?」

    サキ「え、あ、……えと、さとはさん」

    智葉「なんだ」

    サキ「わたしまだ、たべおわってないです……」

    ダヴァン「そウそウ! 残すのは作った親方に対して失礼ですヨ!」

     冀(こいねが)うような円らな瞳が四つ並んでいる。

    智葉「くっ、好きにしろ。待っててやる」

    サキ「えっ……はい、わかりました……」

     折角承諾したというのに、サキは気落ちした調子で返事をした。
     分かった……分かったから、そんな悲しそうな顔をするんじゃない。


    智葉「ほらサキ、あーんしろ」

    サキ「……えへへ、はいっ!」

    ダヴァン「サトハ Go to heaven!! yeah!!」

    智葉「頼むから黙っててくれ……」

    162 :

    サトハカワイイ!

    163 = 1 :


     あれからサキに一口ずつ食べさせるのに多大な時間を労した。
     メグが隣で一人盛り上がり騒いでいて他の客や店員が覗きにきたりしたが、それでも恥を忍んで私は食べさせ続けた。

     麺も残り半量を過ぎると水分を吸って不味くなっていただろうに、それでもサキは笑顔を損なわずにこにこと咀嚼し続けていたから、酷い目に遭った。と思うことはどうしても出来なかった。

     そして逃げるようにラーメン屋を後にし、午後の勤務をこなして、今に至る。

    智葉「待たせたなサキ、行こうか」

    サキ「はいっ!」

     散策……否、探索を始めよう。
     とは言え、ただ闇雲に動き回るのも上手くないだろうと、サキに情報収集に重点を置くことを提案すると、彼女は是を快諾した。

    サキ「でも、どこにいくんですか?」

    智葉「そうだな。まずはハオの所へ行くか」

     サキに尋ねられて真っ先に思い浮かべたのは久と白望の顔だったが、彼奴等とサキを逢わせると時間を食うのは容易に想起できた。
     故に却下。それよりも味方を増やすべきだと、メグと同じく幅広い伝手を持つ三人の所を巡ることにした。

    智葉「(それに、サキと彼奴等には仲良くなって欲しいしな)」

    164 = 1 :


    「っ……イイぞ、ハオ。そう、そこだ……もっと深く……っ」

    「分かってますよサトハ。ここですね?」

    「くっ、ン……分かってる、じゃないか……あっ」

    「……」

    「……サキもしてもらうか?」

    「で、でも……こわいです」

    「大丈夫、すぐ慣れる。何事も経験……んンっ、はぁ……ハオ。急に強くするのは狡いんじゃないか」

    「ふふっ、すみません。加減を間違えました」

    「絶対わざとだろ。まあ良い……ほら、サキ……おいで」

    「は、はい……やさしく、おねがいします」

     以上、ハオの働いている店での会話。
     鍼灸とか整体とかを手広く扱っていて、疲れが溜まっている時に彼女の手で揉んでもらうと錘が外れたように体が軽くなる。

     因みに今は足壺マッサージの途中だ。

     怖がるサキをあやして膝に乗せると、大小二組の素足が四つ並ぶ。
     ここ数日だけでも沢山歩いたであろうサキの足は胼胝(たこ)一つ無く、指を這わしたくなるほど綺麗だった。

    智葉「サキ、私がぎゅーっとしてるからな。怖くないだろ」

    サキ「はいっ、こわくないです」

    ハオ「……桃源郷はここにあったのですね」

     ハオは満面の笑顔で感涙していた。まあ、丸で良いか。

    165 = 1 :


     大凡十分後、蕩けた表情で私に寄りかかるサキ。
     ハオはどうにもいつもより気合いが入っていたようで、彼女は絶技の限りを尽くしてサキの足裏を指圧していた。

     その結果、サキは軟体動物の如くぐったりと脱力している。
     感想は……訊くまでもないか。そのまま暫く余韻に浸らせておくとしよう。いやはや、ハオ恐るべし。

    智葉「それで本題だが、私は今この子の姉を探している。が、なかなか難しそうでな。助力を願いたい」

    ハオ「……サトハの頼みなら断る理由がないですね。承りました。しかし、その方の人相が分からないことには何とも」

    智葉「確かに、な。しかし写真を得るのも困難な状況だ。何か案はあるか?」

     トシさんからサキの姉の写真は渡されなかった。
     つまり、彼女でも入手できなかったということだろう。

     ……いや、捜索願は提出されていると言っていたな。
     それは矛盾じゃないのか。

    智葉「……」

     疑うにしては根拠が弱すぎるか、早合点は火種の元だ。考えるのは止そう。

     サキが傍に居た手前、深く突っ込まなかった事が悔やまれる。

    サキ「……?」

     空気の変化を感じ取ったサキが私の顔を見上げる。
     私は笑顔で取り繕い、大丈夫だと自分に言い聞かせるようにサキの頭を撫でた。

    166 = 1 :


     私があれこれと考察している隙に、ハオは紙や色ペン等の画材一式を揃えていた。

    ハオ「写真が無ければ私達の手で作れば良いですよ。サキから特徴を訊いて絵にしましょう」

     成る程、良い考えだ。
     そうと決まれば私達は早速作業へと移る。
     絵を描くというのはあまり得意ではないが、サキの為に尽力してみよう。

    智葉「よし、サキ。やるぞ!」

    サキ「はいっ!」

    ────────

     そして完成に至った訳だが、何やらサキを泣かせてしまった。

    智葉「どうしてこうなった……」

    サキ「おねーちゃんのおかお、そんなこわくないです……」

     サキの言う通り、人を嬉々として殺しそうな顔になってしまった。
     目が吊り上がり殺気発っている癖に、口元が笑っている所為でやけに怖い。

    ハオ「は、はは……サトハは絵を描かせても一味違いますね」

     ハオも流石にフォローしきれず閉口していた。

    ハオ「ほ、ほらサキ。こちらは怖くないでしょう?」

    サキ「……」

     言い出しっぺなだけあってハオの絵は非常に良い出来だった。
     しかしサキは私に上手く描いて欲しかったらしく、私の絵を睨み付けて離さない。

    167 = 1 :


     そんな、機嫌を損ねたサキに対して私が出来ることは一つしかない。

    智葉「サキ……その、済まなかった。許して欲しい」

    ハオ「サキ。サトハも悪く思っていますし、ここは一つ穏便に」

     サキは柔らかそうな頬を膨らませ、そっぽを向いている。
     眉も怒りで吊り上がったままだ。

    智葉「サキ。許してくれないのなら、もう一度サキの姉の絵を描く機会を与えてくれないか。次こそはサキが納得する絵を描いてみせるから……」

    サキ「てる」

    智葉「……それは、サキの姉の名前か?」

    サキ「はい。てるおねーちゃんは、もっとやさしいえがおだったから……」

    智葉「ああ、約束する」

     そう告げて、私はサキと小指を絡め合わせる。

    サキ「ぜったいですよ……?」

    智葉「任せておけ」

     サキに笑顔が戻るのを見届け、ほっと息を吐き胸を撫で下ろした。

    智葉「ハオ。それはそれとして幾ら練習してもお前より上手く描ける自信はないから、その絵を持って行きたい」

    ハオ「もちろんどうぞ。いや、無駄にならなくて良かったです」

     ハオが描いた物をテル探索用とすることにした。

    智葉「それじゃあ私達はそろそろお暇するよ、邪魔したな」

    ハオ「はい、またサキと一緒に来るのを待ってますよ」

    168 = 1 :

    今日はここまで

    170 :

    乙乙

    171 = 170 :

    乙 ガイトさん可愛い

    172 :

    いつも面白いなぁ

    173 :

    短めですが投下します

    174 = 1 :


    ───────

    智葉「邪魔する」

    「はーい。いらっしゃいま……キャー! キャー!! サキ! サキ! サキだ!! サキがいる! サキがいるわ!! やったね智葉!!!」

    智葉「落ち着け」

    「うるさいそこ!! しっかり働く!!」

    サキ「もがっ、もごご……」

     次に訪れたのは久が勤めている喫茶店だった。

     これといって変哲のない店舗であり特徴と呼べる程の特徴は無いが、強いて挙げるならば店員が皆、洋風の給仕服に身を包んでいる事と、その店員が綺麗処で揃っている事くらいか。

    「んーっ、もう離さないからねーサキー」

    サキ「むぐぐ……っ、むぐぅ」

    智葉「いや、絞まってるから離してやれ」

    「はっ!?」

     ……前言を撤回しよう。
     いくら私がサキに傾倒しようがここまで中毒にはならないだろうと。

    「ゴメンねサキ、大丈夫?」

    サキ「はい。……えへへ、だいじょうぶです」

     しかし久と接しているサキは随分と自然体に見えた。
     ちくりと、不快な感覚が胸に宿る。

    智葉「ほら店員、さっさと席に案内しろ」

    「ふぅん……はーい。二名様ご案内でーす!」

     久は何やら笑みを含んで、渋る様子もなくあっさりとサキを床に降ろした。
     私が嫉妬……? まさかな。

    175 = 1 :


     ピーク時は人で満たされる店内も、この夕暮れの時間帯は客足が乏しいようだ。
     席の埋まり具合は疎らで、客が残っている席も既に帰り際、半時もすれば私達だけになるだろう。

     だというのに、久は奥に進み、店からも客からも死角になるようなテーブル席を選んだ。

    「さて、それではお客様。御注文は何に為さいますか?」

    智葉「おい」

     そして当然の如く私とサキの向かいに腰を降ろした。
     こいつ、サボる気だ。

    サキ「ひささん、これはなんですか?」

    「それはね、お店の人に用事があ『チーン!』る時に鳴ら……す、の……よ?」

     サキがベルを鳴らすと、音の余韻が消え去る前に他の店員がやって来た。

     久の顔から血の気が引く。
     背丈の低いこの女性はチーフだったか、確か白望の昔馴染みでもあったな。

    「貴女はすぐそう怠けて! まだお客様がいるんだから! ほらさっさとこっちに来る!」

    「あーれー」

     頭に青筋を立てたその人は久の首根っこを掴んで引き摺っていく。
     あっという間に消える久の姿。

    智葉「……サキ。ベルの使い方、本当に知らなかったのか?」

    サキ「は、はいっ」

    智葉「そうか……よくやった」

    サキ「えっ」

    176 = 1 :


    「おやぁ? 何やら聴き覚えのある声がすると思ったら」

     久と交換で遣って来た人物こそ私の本来の目的である明華その人だった。

    明華「サトハ、私に逢いに来てくれたんですか?」

    智葉「ああ、そんなとこだ」

    明華「まあ……!」

     私の言葉に、明華は目を丸くして驚いている。なんだ、冗句だったのか?

    明華「そ、それで……?」

     落ち着かない様子で明華は手の平を摺りもじもじと合わせる。
     その眼差しは、何やら期待を秘めていた。

    智葉「何、サキの為に協力者を集めていてな。明華にも手伝って欲しい」

    明華「……ああ、そういう」

     私が応えると一転して失意の溜め息が零れる。
     ……どうしろと。私は困惑気味に視線を泳がせる。

    「うわぁ……智葉、うわぁ……」

    智葉「……」

    明華「……」

    サキ「……」

    「ほら、サボらない!」

    「あーれー」

    三人「「「……」」」

     よくあれでクビが飛ばないな。逆に感心する。

    明華「ま、まあ理由はともあれ私を頼って来てくれたのは嬉しいです」

    智葉「ああ、有り難う。毎度済まない」

    177 = 1 :


     私は明華にサキとの出逢いから今日までの経緯を詳細に話した。

    「───なるほどね。それでこれが件のDVD8巻(仮)と……大好きなお姉ちゃんがこんな強面にされたらそりゃサキもショックでしょ、ねぇ明華?」

    智葉「……」

    明華「……」

    サキ「……」

    「そこ! いい加減にする!」

    「ちょっと待って! なんで私は駄目で明華は良いの!?」

    「あの子は貴女と違って普段しっかりしてるから良いの!」

    「そんなー!?」

    智葉「懲りない奴だ……」

     売られた仔牛のように引き摺られていく久を、手を翻しながら見送った。

    明華「で、でも表情以外は綺麗に描けてると思いますよ?」

    智葉「無理に擁護しなくて良い。余計に凹む」

     寧ろそれが余計にサキの怒りを買った一因を担っていると言っても過言ではない。

     まあ、過ぎた事をあれこれ話しても仕方ないだろう。
     というか、これ以上惨めな気分に浸るのも嫌なので話題を次に進める事にする。

    智葉「それで明華にも姉捜しを協力して欲しいんだが、頼めるか?」

    明華「サトハの頼みを断れる訳が無いです。ただ、その代わり、今度はカウンター席で私の珈琲……振る舞わせてくれますか?」

     私は言葉の意味を知りながら、素知らぬ顔で頷いた。

    智葉「分かった。約束しよう」

     それでも明華は嬉しそうな顔をするから、私は自分を嫌悪する。

    178 = 1 :


     明華との話が一段落した折を見計らい、私服に着替えた久が満面の笑みで遣って来る。
     その手にはチーフの物と思われる小さな給仕服を携えていて、私はそれを何に使おうとしているのかを瞬時に理解した。

    智葉「……久、あんまり遣り過ぎて嫌われないようにな」

    「大丈夫よ。サーキー! このメイド服、可愛いでしょ? 着てみたくない? 着てみたいわよね? よし、着よう!」

    サキ「え? えっ、えー……」

     サキの助けを求める視線が私に刺さる。
     当然か、確かに可愛らしいがサキの性質を考えれば好き好んで着ようとは思わないだろう。

    智葉「久、流石に無理強いは良くないんじゃないか?」

    サキ「はい、きたいです。けど、はずかしいから、さとはさんといっしょがいいなって」

    智葉「!?」

     ……なんだと。
     それこそ冗談だろう。

    智葉「いや、私はそういうのは似合わないだろ」

    サキ「さとはさん、おねがいしますっ!」

    明華「私もサトハのメイド姿を見てみたいですね」

    「智葉、答えは決まったようね」

     久の手が私の肩を叩く。
     最早逃げる素振りすら許されない、どうやら売られた仔牛は私だったようだ。

    179 = 1 :


     而してサキと給仕服に着替えた訳だが、何やらスカートの丈が異様に短い気がする。
     いや、明華の物と比べても明らかに短いのが分かる。

     少し動くだけでもスカートが揺蕩うので、裾から手を離す事が出来ない。

    智葉「久、明華、そんなに私を虐めて愉しいか?」

     私は羞恥に震えながらも睨め付けた。
     そんな私を見て二人は頬を染めるだけで、どうやら威圧の効果は薄い。
     こんな格好で凄んでも無駄ということか。

    サキ「さとはさんかわいいです!」

     お揃いの給仕服を着たサキがはしゃぐように抱き付いてくる。
     可愛いのはどう見てもサキの方だが、あまりにも私に似つかわしくない言葉に面喰らってしまった。

    智葉「私が、可愛い?」

    サキ「はい、とっても!」

     サキの言葉には嘘や偽りによる汚れが一点も感じられない。

    智葉「……そうか」

     だから、顔が灼けるように熱かった。

    智葉「さ、先に帰るっ」

    サキ「えっ」

     サキと触れ合うことで変わっていく自分に初めて恐怖し、居たたまれなさからその場を逃げようとする。

    「ちょっと! 待ちなさいって!」

     久の声を振り切るように踵を返す。
     途端に柔らかな壁に阻まれ、それは人で、ぶつかり、尻餅をつきそうになる。
     その寸での処で私の腕を掴み、支えたのは誰だったか。
     この温もりを、私は知っている。

    白望「……智葉?」

    180 = 1 :

    今日はここまで

    毎日暑すぎて時間はあるのに筆が進まない
    クーラー完備の部屋が欲しい

    181 :

    ガイトさん可愛いなぁ

    183 :

    ガイトさんその格好で帰ろうとするくらい照れ屋さん可愛い!
    サキちゃんの可愛さが伝染していくようだ

    184 :

    待ってます

    185 :

    まだかい

    186 :

    エアコン使わなくてもいいくらい涼しくなりましたが筆は進みませんか?

    187 :

    大分間が空いてしまいました済みません

    投下します

    188 = 1 :


     私は掴まれている腕を振り払い、構わず横を抜けようとした。
     それを先回りし、私を行かせないように白望。
     通せん坊するのが得意なのは御前ではないだろうに。

    智葉「退け」

    白望「嫌」

     まるで私を非難するような眼差しを白望はする。
     しかし私を見ている訳ではなく、その視線を辿って振り返ってみて漸く気が付いた。

    智葉「あ……」

     サキの不安そうな顔色。
     私が怒ったと思ったのか。
     しくったと察した時にはもう遅い。

    智葉「サキ」

    サキ「っ」

     縋るように手を伸ばすと、サキは怯えながら半歩たじろぐ。
     その様子を見て、今は何をしても逆効果だと、空を虚しく握り締め、腕をそっと下ろした。

    白望「兎に角、着替えておいで。その間にサキを宥めておくから」

    智葉「……ああ、頼んだ」

     大人しく白望の言葉に従い、私は更衣室に向かう。
     久や明華の眼は私への罪悪感に因る自責の念を含んでいた。
     そんな二人の表情が、余計に苛立ちを募らせた。無論、私自身への苛立ちを。
     何も出来ないという歯痒いまでの無力さを噛み締めて、更衣室の扉を閉じ、生まれた静寂に、膝を抱くように崩れ落ちた。

    189 = 1 :


     立ち上がらぬ侭に瞼を落とし、二日前の出来事に思いを馳せる。
     そう。木の葉も霜枯れる陽が地平線に沈みきった頃、吐く息が白く彩られる寒空の下、路傍に佇む花のよう為す術なく孤独に堪えていた少女との邂逅を。




    ─────



    『……こんな所で何をしている』



    『家は何処だ、親はどうした?』



    『まさか……一人か?』



    『御前、名前は?』



    『……っ』



    『いいか、すぐ戻ってくる。だからそれまで此処を絶対に動くなよ』



    『絶対だぞ!! いいな!?』



    ─────



     思い返せば、あの時、私は逃げたのだ。
     子供が捨てられているという現実を直視できず、眼を背け、対処と決断を久に押し付けた。

     情けない話だ。
     凍える程の冬の夜、サキを一人置き去りにして、肉体的にも精神的にもどれだけ辛かった事か。
     覚悟が必要なのはどっちだ。
     もしサキが律儀に待っていなかったら私はどうするつもりだったんだ。
     醜悪すぎて眼も当てられない。


     着替えの為に立ち上がり、眼鏡を外す。
     ロッカーに備え付けられた鏡に映る自分の顔は、普段の勇ましさが嘘のような女々しさだった。

    190 = 1 :


     体から離れた制服が床に落ち、布擦れの音は大量の水に垂らした一滴の絵の具のように淡く夕闇に融けた。

     着替えが終わればサキと顔を合わせる事になる。
     私はどんな表情をして更衣室を出れば良いのだろうか。
     こんな時、自然体の侭で細部に気を配れる久や白望が純粋に羨ましい。

     制服を丁寧に折り畳み、腕に抱えてドアノブを掴む。
     掌を廻すと普段より重みを強く感じ、意を決して戸を押すと低い位置で何かがぶつかり鈍い音を立てた。

    サキ「あいたっ」

    智葉「サキ……?」

     半端に開いたドアの隙間から顔を覗かせると、額を両手で抑えたサキがうずくまっている。

    智葉「サキ、サキ! 大丈夫か?」

     私は慌ててサキに駆け寄り、頬に手を添えてサキの顔を持ち上げた。

    智葉「……よし」

     痛みの所為で目尻に涙が溜まっているサキの額は見事に赤くなっていたが、痕は残らないだろう。
     私はほっと安堵の息を漏らし、くしゃくしゃとサキの頭を撫でた。

    191 :

    ずっと待ってた
    期待

    192 = 1 :


     くすぐったそうに身を捩るサキ。
     その様子を楽しみながら撫で続け、いざ先程の弁明を始めようと手を離そうとする。

    サキ「あ、あのっ!」

     その手を、サキの小さな両手で包むように掴まれた。
     半ば不意を突かれた形になり、私は面食らって眼を丸くする。

    サキ「あの……ごめんなさい」

     瞬間、息が詰まる。
     私の口から告げるべき言葉を、サキに言わせてしまうなんて。

    智葉「サキ……サキは悪い事など何もしていないだろう? 謝るなら、私の方だ」

     サキは首を横に振るう。
     真摯な眼差しで、しかし穏やかな表情を浮かべて、勇気を振り絞るように言葉を紡いでいく。

    サキ「だって、やっぱりいやなことを、したくないことを、さとはさんにさせちゃったから……だから、ごめんなさい」

     瞠目した。
     光を浴びた花のようにはにかんだ、サキに。

     家族の下から独り残された少女の笑う姿を、奇跡だと思っていた。
     しかし、違った。
     勿論、久や白望の尽力が有ってこその結果ではある。
     それでも、この子は私が想像しているよりもずっとずっと強いのだと。

    サキ「わわっ!?」

     気が付けば、私はサキを強く抱擁していた。

    193 = 1 :


     密着していると見る見るうちにサキの体温が上昇していくのが分かる。

    智葉「ああ、サキは良い子だな」

     そう耳元で囁くと、また一つサキの温度が上がった。
     そんな姿がとても愛らしくて、私もつい腕の力を込めてしまう。
     決して息苦しくならないよう気を遣うのが精一杯だ。

    サキ「あの……さ、さとはさん。はずかしいです……」

    智葉「嫌か?」

     我ながら狡い尋ね方だと思う。
     こんなの、サキのような子が拒絶など出来る筈が無い。
     それでもサキは邪険する事なく二、三と考え込むと、私の胸元に顔を埋めた。

    サキ「……いやじゃないです。ぽかぽかしてきもちいいし、さとはさんいいにおいするから」

     なんて、サキが事も無げに素直な感想を口にするから私の顔にも熱が帯びる。
     私は照れ隠しに喉を一つ鳴らして、言い聞かせるように言葉を摘み取り、サキに投げかけた。

    智葉「そういう事だ。私もそういう事だったんだよ、サキ。だからサキは気にしなくて良いんだ……良いな?」

    サキ「……はいっ!」

     今度こそ揺らぎはしない。
     この笑顔の為に出来ることは何でもしよう、そう心に誓った。

    194 = 1 :


    智葉「それじゃあサキ、そろそろ戻るか」

    サキ「はいっ」

     サキを地面に降ろし、元居た席へと向き直る。

    久白「「……」」

    智葉「……」

     その先に、此方に生暖かい視線を鄭重に送ってくる久と白望がいた。

    智葉「見てた、のか……最初から?」

    サキ「……あう」

     力強く無言で頷く二人。
     全身が気恥ずかしさを表すゲージのように首から頭頂へと赤色が上昇していく。

    智葉「そうか、全部見られていたか……更衣室に忘れ物をした。ちょっと行ってくる」

    「逃がすか。忘れ物なんてしてないでしょ」

    智葉「離せ、離してくれ頼むから……」

    白望「サキ、智葉と仲直りはできた?」

    サキ「はい、ばっちりです」

    白望「そっか、良かったね」

    サキ「えへへ……はいっ!」

     久に羽交い締めされながら、目があったサキと微笑み合った。
     もう同じような擦れ違いは起こらないだろう。

    智葉「そういえば、明華は?」

    「智葉とサキのいちゃこら見てたら鼻血吹いて倒れたからそこで寝かせてるわ」

     ……明華にも見られてたのか。
     メグの時のように後になって茶化されるかもしれないが……まあ良い。兎に角、明華も丸だ。

    195 = 1 :


     落ち着きを取り戻した処で我々は喫茶店を出ることにした。

     店内で色々と騒いでしまった事をチーフらしき背の低い侍女服の子に謝罪すると、これくらいの事は茶飯事だから気にしないでと言ってくれたので重ね重ね感謝の意を告げる。
     ついでにチップを弾もうともしたが、きっぱりさっぱり断られてしまった。

    「そんなの要らないからまたミョンちゃんに会いに来ること!」

     との事だ。
     見た目に反し、いや見た目通りにしっかりした人に、私は快く承諾した。

     店を出て、私の傍をぴったりと張り付くサキの手を握り、歩き始める。

    智葉「今日はもう一箇所寄っていこうと思うんだが、疲れたりしてないか?」

    「私は平気よ」

    白望「疲れた、おんぶして」

    智葉「お前らには訊いてない」

    サキ「あ、わたしはだいじょうぶです」

     空いている方の腕で、力瘤を作る真似事をするサキ。
     その健気な姿に、頼もしい限りだとつい笑みが零れた。

    智葉「サキ、もしかしたら……」

    サキ「はい?」

     半端に言いかけて、思い直し、口を閉ざす。

    智葉「いや、なんでもない」

     期待は有る。
     しかし次の場所で姉の手懸かりが掴めるかもしれないと伝えて、糠喜びさせるだけの結果で終わる事を考えると、迂闊に口走る気にはなれなかった。

    196 = 1 :


     ネリー・ヴィルサラーゼは占い師を営んで生計を立てている。

     『占いヴィルサラーゼ』『サカルトヴェロの奇跡』『運命奏者』等々、様々な二つ名で呼ばれる、知る人ぞ知る占術師。

     ネリーが母国から日本へ稼ぎに出て来たのが一昨年の今頃だったか、右も左も分からず彷徨っていたのを私が拾った。
     住む場所を与え、安全に働ける環境を整え、僅か二年で私の手が必要なくなるまでに成し遂げた。
     それが私にとしても誇らしく、また少しの寂寥が胸を通り過ぎる。

    智葉「ネリー、居るか? 私だ」

     雑居ビルのとある一室。
     ネリーが商いを行う場所。
     ノックを数度、遅れてドタドタと慌ただしい足音が聴こえてくる。

    ネリー「サトハ!」

     勢い良く玄関の戸が開き、ネリーが私の胸に真っ直ぐ飛び込んで来た。
     それを仰け反りながらも受け止め切り、そのまま挨拶を交わす。

    智葉「景気良さそうで何よりだ」

    ネリー「ぼちぼちでんがな」

    智葉「またお前は変な言葉を覚えて……」

    197 = 1 :

    今日はここまで

    以前のペースに戻すようにしますので引き続き応援していただけると嬉しいです

    198 :

    乙 待ってました!

    200 :

    一週間とは早いものですね
    以前のペースに戻すとは何だったのか

    すみません
    投下します


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