私的良スレ書庫
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元スレ咲「人にやさしく」
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────浴槽内
白望「サキ。湯加減はどう?」
サキ「ちょーどいーです」
白望「そっか。良かった」
サキ「……」
白望「拗ねてる?」
サキ「べつに……」
白望「拗ねてる」
サキ「す、すねてないです」
白望「……ごめん」
サキ「……」
白望「……」
サキ「……あの、」
白望「何?」
サキ「どうしてみんな……」
白望「優しいのかって?」
サキ「!」
白望「そうだなぁ……多分、みんなサキのことが好きだから。じゃないかな」
サキ「わたし……なにも」
白望「例えば今日の朝食。サキは食べきれずに残しちゃったけど、考えてみれば知らない年上の人達に囲まれてたら緊張してご飯が喉を通る訳ないよね」
サキ「……」
白望「それなのにサキは言い訳せずにご飯を粗末にすることを悪いことだと理解してて、謝れた。これは素敵なことだと私は思う」
サキ「わたし、そんなつもりじゃ……」
白望「昼食前、困ってる人がいたら率先して助けてあげようとしたよね。サキは優しい子だ」
サキ「あ、あう」
白望「久が髪留めをプレゼントした時、すごい良い笑顔だった。こんな顔もできるんだって驚いた」
サキ「は、はずかしいです……」
白望「サキと出逢ってまだ1日だけど、その1日でサキの良い所は沢山見つかったよ。サキはすごく魅力的で、だからすごく好きになった」
サキ「ひゃあ……」
白望「……照れてる?」
サキ「て、てれてないです」
白望「……照れてる」
サキ「うう……」
白望「ふう……喋り過ぎて疲れた。……ダルい」
サキ「……シロ、さんは」
白望「゛シロ゛で良いよ。あと敬語じゃない方が嬉しい」
サキ「ケーゴ?」
白望「ですとか。ますとか」
サキ「……シロは」
白望「なに?」
サキ「シロは、おもしろいね」
白望「……ありがと」
サキ「……! シロ、てれてる?」
白望「照れてない」
サキ「シロてれてる!」
白望「照れてない。物分かりの悪いサキはこう」
サキ「きゃ、やめ……きゃー! きゃーっ!! あははっ」
久「なんか楽しそうな乙女の悲鳴が聴こえるんだけど交ざりにいって良いかしら」
智葉「止めておけ、通報するぞ」
白望「そうだ。私からもサキに聞かなきゃいけない」
サキ「?」
白望「サキが一番したいこと」
サキ「あ……」
白望「私達は、どうサキのチカラになってあげれば良いんだろう」
サキ「……えっと」
白望「迷惑とか面倒とか考えなくていいよ。だから、教えて」
サキ「……わかんない」
白望「分からない?」
サキ「はい」
白望「……そっか」
サキ「ごめんなさい……」
白望「いいよ。これからゆっくり考えていこう」
サキ「……ごめんなさい」
白望「……サキは良い子」
サキ「……いいこ、じゃないよ」
白望「サキは良い子だよ」
サキ「……」
白望「これから、よろしくね」
サキ「……はい」
白望とサキが風呂から出てきた。
なんだかすごく距離が縮まったみたいで、サキの表情が明らかに柔らかくなっている。
白望「お先」
久「サキ、もう1回お風呂に入る気ない?」
サキ「えっ」
智葉「お前はサキを逆上せさせる気か」
久「ちぇーっ」
そのことに少々の嫉妬を覚えつつも、入れ替わるように今度は私が風呂へと向かった。
白望「……智葉が行けば良かったんじゃ」
智葉「馬鹿言うな、絶え間なく二度も風呂に入る奴が何処にいる」
白望「……」
智葉「なんだ、急に黙って」
白望「危ないことはほどほどにね」
智葉「……相変わらず変な所で鋭いな。白望は」
白望「それが自慢」
サキ「……?」
沐浴を済ませ、寝室へ。
普段より2倍ははしゃいだからか、ベッドで横になるとすぐさま眠気が襲ってきた。
久「(明日からどうしようかしら……あまりバイトも休めないし、サキからも目を離したくないし)」
風呂上がりにリビングを通った時、ダンボールが壁際に積まれていた。
デパートで買ったものが届いたのだろう。サキも智葉達が適当に片付けた個室の1つで、早速パジャマとベッドの使い心地を試しているに違いない。
久「(問題の1つはこれで解決か。……それでもまだまだやることは山積みね……)」
段々と頭の中の靄が濃くなり、思考が働かなくなる。
完全に眠りに堕ちる寸前で、誰かが階段を登ってくる足音が私の意識を繋ぎ止めた。
「……おきてますか?」
ノックの音、私を呼ぶ声。
そのどちらも窓の外で戦ぐ風にさえ掻き消されてしまいそうで。
体を起こし、暗闇の中、扉の向こうに視線を送る。
久「……サキ?」
立ち上がり、ドアを開けて迎え入れようとすると、そこには枕を抱き締めたサキがいる。
サキ「あの、……きょうもいっしょにねたいです」
あまりの愛くるしさに、ハンマーで叩かれたように微睡みが吹っ飛んだ。
すみません、スランプ気味で次の投下までもう少しかかりそうです
せめて今週中には区切りの良いところまで書き溜めます
せめて今週中には区切りの良いところまで書き溜めます
サキの体は羽根か花びらのように軽い、そんなことを昨夜も思った。
お姫様のように抱えるのは容易く、風に乗せればひらひらと舞い上がってしまいそう。
そんな彼女をベットに寝かせ、私は隣に寄り添う。
毛布を被されば既に鼻先が触れ合いそうな距離だった。
そういえば寝具一式を買った時、サキが何か言いたそうにしていたが、もしかしたらそれはこういうことだったのかもしれない。
寂しかったのか、もしくは1人じゃ眠れない質なのかは分からないけど、サキに頼って貰えるのは素直に嬉しく思う。
サキ「……」
サキの瞳の中にくっきり映る私の顔。
サキもきっと私の瞳に映る自分の顔を見てる。
次第に私の顔がぼやけてきて何事かと思ったら、サキの目が潤んでいた。
それでも私達はお互いにお互いを視線で捉えて離さない。
サキ「ごめんなさい。わたし、こんな……」
漸く小さな口が開いたと思ったら、出てきたのは懺悔の言葉で。
久「サキが悪いことなんて何もないわ」
それが堪らなく悔しくて、悲しくて、切なくなって。
久「だから謝らないで。お願いよ」
ひと思いにサキを強く抱き締めた。
心の声が少しでも聴こえるようにと、心臓がくっつくくらい密着する。
久「ごめんなさい。驚かせちゃった?」
腕の力を少しだけ緩めるとサキは「だいじょうぶです」と答えた。
サキの頭が肩に乗っかっている為その表情は見えないが、リラックスできているのを彼女の心音が教えてくれる。
サキ「あの」
体の隙間を縫って、両腕を回すサキ。
か弱い握力でも、しっかりとしがみつこうとしているのが堪らなく愛らしい。
久「何?」
サキ「ひささんは、なんでそんなにわたしにやさしくしてくれるんですか?」
久「……え?」
そう言われると、何故だろう。
改めて尋ねられると、はっきり言葉にするのは難しい。
久「そうね……」
サキの頭を繊細に撫で回しながら、自分が納得できる理由を模索する。
久「人が人に優しくするのは当然じゃない?」
取り敢えずと適当な言葉でお茶を濁してみる。
でも、サキが欲しい答えはそんなのじゃない筈だ。
久「うん。家族っていうのにね……憧れてるのよ、私。サキと一緒にいれば本当の家族ってものが解る気がするの」
そう、私はサキに友愛や恋愛とはまた異なる、今までにない不思議な感情が芽生えていた。
久「サキ……どうしてそんなことを訊くの?」
サキ「だって、やっぱりみんなのめいわくなら、でていかなきゃって、おもったんです」
サキは平坦な口調で言い放つ。
それは私が吐くような狡い嘘がこれっぽっちも混じっていない本気の言葉だった。
久「サキ……」
何故、私がサキを放って置けないのかがやっと分かった気がする。
誰かに頼りたいのに、他人に深入りすることを恐れている。
誰も傷付かない距離を、いつも気付かない内に測っている。
誰よりも傷を負うのを恐れているのに、不器用さ故に自分から傷を負いにいく矛盾。
こんなに幼いのに痛々しく歪んでいて、見ている私が泣きそうになる。
数瞬先にも泡のように消えてしまいそうな儚さがサキにはあった。
久「サキ、貴女……何をどうしたら良いのか分からないのね?」
私の背中を掴むサキの手に、ぎゅっと力が篭もる。
久「約束する、私は絶対にサキを離さない。だから……出ていくなんて言わないで、お願い」
そんな残酷で優しい嘘はサキにどう届いたのだろう。
サキ「……はいっ」
熱い雫の珠が、私の首筋にぽつりと落ちた。
サキは家族と再会したら、両親達の元へ戻るだろう。
それが一番の幸せの筈だし、サキもそう望んでいる筈だ。
だからサキを手放さないなんてのは土台無理な話と決まっている。……決まっていることを理解しているのに、平然とサキに約束を取り付けてしまう私は卑怯者に違いない。
久「サキ」
サキ「……」
久「……サキ?」
サキ「……すぅ、……すぅ」
サキの寝息が耳朶を擽る。
久「寝ちゃったか、……サキは今日も頑張ったものね」
体を痛めないようにとサキの頭をそっと枕に下ろして、私自身が眠るまでの間、彼女の寝顔を眺め続けた。
久「明日は今日よりもっと楽しい1日にするから、期待してて」
サキ「ぁい……おやしゅみ……ゃしゃい」
久「ふふっ、おやすみ。サキ」
今日も普段通りに目覚ましのアラームで朝を迎える。
腕の中にはサキがいて、まだすやすやと眠っていた。
久「(うーん、もう下に降りてかなきゃいけないんだけど無理に起こすのも可哀想ね)」
とは言え、サキは昨夜から私の背中を強く掴んだままなので起こさず抜けるのは難しそうだ。
久「(それに夜、離さないって約束したばかりだし、サキが起きた時に私がいなかったら不安にさせちゃうかも……)」
よし、サキが目覚めるまで待っていよう。なんて決意したのも束の間、誰かが階段を上ってくる足音が鼓膜に届いた。
智葉「久、起きてるか? もう朝だ……ぞ……」
ノックも無しに、寝室の扉が開かれる。
私達を見ると口元を掌で覆い、ふるふると笑いを堪えて震える智葉。
智葉「ぷっ、くく……良い絵面じゃないか。随分と懐かれたみたいだな?」
久「羨ましいでしょ? この才能を活かして保母か幼稚園の先生にでもなろうかしら」
智葉「良いかもな、目標もなく喫茶店でバイトしてるよりはずっとマシだ」
……冗談だっての。
サキ「……ん、んぅ……」
サキは身じろいで、ゆっくりとまばたきを繰り返す。
久「あーあ、智葉がうるさいからサキが起きちゃった。……おはようサキ」
私はサキを抱え上げれば自らも上体を起こし、膝へと座らせた。
サキ「ふぁ。……ひさしゃんおはようごじゃいまふ」
サキは寝ぼけ眼でふにゃりと微笑むと、私に体重を預けてじゃれつくみたいに頭をぐりぐりと擦り付けてくる。
どうやら寝起きは理性が働いていないようだ。
久「何これ可愛い。ねえサキ、食べちゃって良い?」
智葉「落ち着け。サキ、おはよう」
サキ「え……ひ、あ、うあっ、おはようございますっ」
智葉「……」
小さな悲鳴とともに本格的に覚醒したサキは、パッと私から離れ、甘えているところを見られた恥ずかしさから毛布にくるまってしまう。
そうとは知らない智葉は怯えさせたと勘違いし、なんとも渋い顔になっていた。
智葉「……先に降りてるぞ」
久「え、ええ。すぐ行くわ」
すぐさま澄ました表情を被り直したように見えた智葉は、扉の外で深く息を吐いていた。
久「サキ」
サキ「はい」
久「あとで智葉に謝りましょうか」
サキ「……はい」
私服に着替え、リビングに降りる。
どうやら私達が最後らしい。
ソファに座る智葉、その足元で頭のたんこぶから湯気を発している白望。
文字通り智葉に叩き起こされたのだろう。やはり昨日の早起きは奇跡だったか。
白望「サキ。おはよ」
サキ「しろ、おはよー」
久「!?」
智葉「ほう」
サキが白望を呼び捨てにしたことに衝撃を受ける。
私があれだけ苦労してサキと仲良くなったのに、白望は容易くその上を行ったというのか。
久「シロ、昨日お風呂でサキに何をしたのか詳しく話して」
白望「……内緒。羨ましい?」
勝ち誇られた。
偶に見せる白望の小綺麗な微笑みが、これほど憎たらしく感じられるとは。
久「サキ、ちょいカモン」
サキ「は、はい?……わわっ」
久「んーふふ、良い抱き心地だわ。サキ、今日も一緒に寝る?」
少し、いやかなり悔しいので此方も昨日1日で積み上げたサキとの親密度を見せ付ける事にした。
理想通りの効果があったようで白望は珍しく自力で立ち上がり、私達に肉迫する。
白望「久、独り占めは狡い」
そう告げるや否や白望はサキを目掛けてダイブし、私も巻き込んで智葉の座るソファに3人で倒れ込んだ。
久「ちょっとシロ重い重い重い」
白望「サキ。今日は私と寝よう」
私が必死に訴えているのを聴こえない振りをしてサキを誘惑する白望。
久「智葉、一旦シロを引き離してくれない?」
智葉「……」
久「……智葉?」
智葉は私の助けを求める声に全く反応せず、熱い眼差しでサキを見詰めながら思案しているようだった。
智葉「サキ」
智葉の張り詰めた声。
サキ「は、はいっ」
名前を呼ばれたサキは緊張感をもって返事をする。
智葉「私も交ざっていいか」
サキ「え、えと……どうぞ」
智葉「失礼」
サキの了承を得た智葉は、私サキ白望と積み重なっている所へ更に乗り込んだ。
久「……いやだから重いから退きなさいよ!!」
白望「嫌」
智葉「断る」
サキ「あの……みなさん」
久「……どうしたの?」
サキの真剣な面持ちに、賑やかだった空間がピタッと静まり返る。
サキは1回ずつ1人1人と目を合わせ、それから深呼吸で心を落ち着かせていた。
そして、ゆっくりと話し始めた。
サキ「わたし、いえにかえりたいです」
智葉「そう、だろうな」
サキ「でも、かえりかたも、じゅーしょもわからなくて」
白望「……そっか」
サキ「それと、わたし。おねーちゃんと『いえで』してきたんですけど、おねーちゃんともはぐれちゃって……」
久「……お姉さんの年は?」
サキ「あ、おねーちゃんはみなさんとおなじくらいだとおもいます」
久「じゃあ1人でも取り敢えずは大丈夫なのかしら」
サキ「わたし、おねーちゃんとあいたい。あって、またおとーさんとおかーさんとなかなおりしてまたみんなでくらそうって……でもわたしひとりじゃむりだとおもいます」
だから、とサキは一区切りを置いて再び息を吐き、吸い、そして精一杯叫ぶ。
サキ「わたしのいえをみつけるのとおねーちゃんをさがすのをてつだってください! おねがいします!!」
サキの瞳には迷いや揺らぎがない。
意志を固めたことによって燃え上がるようだった。
ならば、私達に断る理由は何一つない。
久「よく言えたわね。偉いぞサキ」
私がサキの頭を撫でると、サキはくすぐったそうにしながら身を寄せる。
白望「任せて」
智葉「大丈夫、どちらもすぐ見つかるさ」
サキ「……ふふふ、えへへへへ」
表情筋の弛みきったサキの顔
その様子を私達は無言で眺めながら全く同じ感想を獲得したに違いない。
久白智「「「……」」」
私はアイコンタクトを発し、それを受けた2人は頷く。
白望「サキは可愛いなぁ……」
久「そうね。だから私達は悪くないわ」
智葉「ああ、不可抗力という奴だ」
サキ「?」
あどけなく小首を傾げるサキ。
私達は心の枷を外して3人でサキに覆い被さり、ちゅーの雨を両頬とおでこに降らせた。
サキ「きゃあ!? あは、くすぐったいです。あはは、やだ、あはははは。……わたし、またかぞくとくらせるときまでここにいてもいいですか?」
久「当然!」
白望「勿論」
智葉「愚問だな」
問題は山積みだけれど、やっとスタートラインに立つことが出来た。
さあ、これ以上ないくらい楽しい毎日にしていこう。
私達と別れる時も、サキが笑顔でいられるように。
白望「サキ」
サキ「はい」
智葉「サキ」
サキ「はいっ」
久「サーキっ」
サキ「……はいっ!」
「「「3ぴーすへようこそ!!!」」」
今日はここまで、一話というか出会い編終わりです
次から智葉視点に変わります
次から智葉視点に変わります
読んでいただいている方に質問したいのですが、智葉は眼鏡有りor無しどちらで想像してますか?
ここぞで眼鏡はずすのはまこ先輩で
逆につけるのがガイトさんのような気がする
因みに俺の中ではガイトさん眼鏡かけっぱなし
逆につけるのがガイトさんのような気がする
因みに俺の中ではガイトさん眼鏡かけっぱなし
なかなか意見がばらけているようで悩みましたが>>77にあるように久白が思い浮かべる普段の智葉は眼鏡有りなので基本はそちらでお願いします
またなるほどと頷ける意見が幾つかあったので、参考にさせていただきます
たくさんのレスポンスありがとうございました
それでは投下します
着信音<アレモホシー コレモホシー モットホシ- モットモットホシイー♪>
智葉「講義中は音を鳴らないように。それが極まりだ」
ダヴァン「Sorry.」
智葉「分かれば良い。次から気をつけてくれ」
午前十時、サキと共に私が勤めている日本語学校に訪れる。
前日、我々三人が急遽休みを入れた為シフトが変動し本日は皆働く羽目となったので、それなら私の所で面倒を見るのが適切だろうと今日一日サキと過ごすことと相成った。
別れ際、久は泣きついてサキから離れようとせず白望は死にそうな顔をしていたが、何、二人とも昨日の内に随分と絆を深めた様子だったので次にサキと接する機会を得るのが私なのは当然の権利だろう。
智葉「サキ、分からない箇所はあるか?」
サキには今、小学生低学年用のドリルを解いて貰っている。
最寄りの小学校に転入した際、他の子達より授業が遅れていると色々不都合があるだろうと現時点でのサキの学力を知る為の小テストのようなものだ。
サキ「だ、だいじょうぶです」
サキはやや緊張した、ぎこちない笑顔を私に向ける。
……さて、久や白望と比べて無愛想で包容力のない私はどうすればサキの屈託のない笑顔を見ることができるだろうか。
智葉「──以上だ。本日分は此処まで、次回はこの頁から八頁先まで進めるので各自予習しておくように」
日本で生活する外国人の為の日本語学校。
午前、午後、夜間と三種類の部が有り、私は前半の二つを受け持っている。
講義が終わると受講生の大半は帰宅するが、居残って勉学に励む者も多い。
ネリー「サ・ト・ハー!!」
また、講師の中でも年の近い私に絡んでくる物好きもいる。
それがネリー、メグ、明華、ハオの四人組であり、私がサキの解いたドリルの採点をしていると、その中でも幼い容貌をしているネリーが抱き付いてきた。
ネリー「サトハ、轢き逃げ犯捕まったよ? サトハが捕まえてくれたんだよね?」
智葉「そんな訳あるか。……これで犯人側の保険から医療費が下りるだろう。良かったな」
ネリー「これで私とオサラバしなくて済むんだよ? もっと嬉しそうな顔してよ!」
智葉「ああ、嬉しいさ」
ネリー「……ウン」
サキの笑顔を引き出す練習として自分なりに嬉しさを顔で表現してみると、ネリーは上気して俯いてしまう。
違う。私が欲しい反応はそれじゃない。
ネリー「ところでサトハ……コノコダレ?」
ネリーは殺気を放ち、サキはびくりと肩を跳ね上げた。
敵愾心を剥き出しにしてネリーはサキを威嚇し、サキは涙目で萎縮する。
そんな様子を見兼ねたのか、傍観していた残りの三人が助け舟を出しに来てくれた。
ダヴァン「私も知りたいデス。このキュートなプリンセスと智葉の関係ハ?」
ハオ「サトハに妹がいるという話は聞きませんですしね」
明華「実は嫁なんじゃないですか? 私達は所詮側室だったんですよ」
私の勘違いだった。
どうやら此奴等はただ好き勝手に興味の赴くまま囃し立てているだけのようだ。
智葉「とある事情で預かってるだけだ。……というかよくそんなくだらない想像できるな」
四人「くだらなくない(です/デス)!!」
智葉「お、おう」
勢いにのされ生返事をしてしまう。一体この気迫は何なんだ。
それにしたって嫁はないだろうに。そしてお前らを愛人にした覚えもない。
気の小さいサキは四人の怒鳴ったような声に怯み、とうとう私の陰に隠れてしまう。
智葉「大きな声を出すな。サキが脅えてしまっただろう」
私がサキを庇おうとすると、ネリー達はより恨めしそうに表情を強張らせるのだった。
本来なら此処は何が気に食わないのか尋ねるべきなのだろうが、サキがいる手前下手なことはしないでおこう。
私は四人を半ば無理矢理諭して追い返そうとする。
智葉「不満があるならまた今度訊いてやる。だから今は一旦退け、良いな?」
四人「……はーい」
ネリー達はしょんぼり縮こまった背中を見せながら帰っていく。
どうやら納得はしていないようだ。
智葉「全く困った奴らだよ」
サキ「みんな、さとはさんのことがだいすきだから……」
智葉「ああ、そうだな……有り難いことだ」
サキ「……」
あれだけ怖がっていたネリー達をサキは代弁する。
彼奴等のことを悪く思ってないかハラハラしていたのだが、杞憂だったらしい。
私はサキの優しさに感謝して、彼女の頭を撫でることにした。
サキ「あの、ところでてすとのほうは」
智葉「可も不可もなく、といったところか。ちょっとしたミスが目立つが少し勉強すれば学校の授業にもすぐ追い付けるだろう」
そう告げて、点数の横に『たいへんよくできました』の印を押す。
サキ「……はいっ!」
花丸の笑顔が咲いた。
太陽が真南からややずれた頃、私達は食事を摂る為に街へ繰り出した。
サキは是といった好き嫌いは無いというが、嫌いは兎も角、好きな物はある方が可愛らしいと告げると逆に私の好きな食べ物を尋ねられてしまった。
どうやら本当に自分を主張するのが苦手のようだ。
それならば私用を済ませてしまうかと、足を運んだのはラーメン屋だった。
ダヴァン「ラッシャイマセー!」
智葉「やあメグ、先刻振りだな」
サキ「こ、こんにちは」
ダヴァン「おや、サトハとリトルプリンセスじゃないですカ。二名様ご案内デース!」
智葉「いや、一番奥の座敷があるだろ。其処で良い」
ダヴァン「……サトハ、ご注文ハ?」
智葉「……豚骨ラーメンバリヤワ油ナシ野菜マシニンニクマシマシ」
ダヴァン「失礼しまシタ。此方にどうゾ」
サキ「!?」
この店は豚骨ラーメンを扱っていない。
どうもVIP席を利用する為の暗号らしいのだが、正直趣味が悪いんじゃないだろうか。
しかし何故かサキが興味津々に瞳を輝かせているので、まあ良しとしよう。
ダヴァン「ではごゆるりト」
ダヴァンの手引きで襖の奥へと招待される。
やはりと言うべきか、期待通りにその人はいた。
トシ「やぁ、待っていたよ」
ずるずる、ずるずる、ずずずるっと麺を啜る音が小気味良く響く。
トシ「遅かったじゃないか。お陰様でもう3杯目だよ」
智葉「それは悪いことをした。にしても一杯目のように平然と麺を食しているように見えるが」
トシ「私の胃袋は宇宙だからね」
老年の癖して高血圧の心配はないのか。とは思っても口にはしない。
好きな物を好きなだけ食べるという健康法も何処かにはあるのだろう。
彼女は待っていたとは言ったが、今日この時間にトシさんと会う取り決めはしていない。
彼女は何気なしにここを訪れると必ず会えるという同時間帯に複数存在する妖怪のような人物だ。
トシ「昨日はお手柄だったね」
智葉「さて、何のことかな」
サキ「おまわりさん、こんにちは」
トシ「おや、お嬢ちゃん。こんにちは……表情が柔らかくなった。久達は良くしてくれてるみたいだね」
サキ「はいっ」
取り敢えず醤油ラーメンを二人前頼んで、トシとさん向かい合うように席に着く。
智葉「それで本題だが……」
トシ「お嬢ちゃんのことかい。……まあ、大体のことは調べ終えたさ」
隣に座る、サキの瞳が、大きく揺れた。
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