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    元スレランカ「解ってる…どうせあたしの歌はヘタだって」

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    201 = 181 :




    ……懐かしい夢を見た気がした。きっと子供の頃の夢。
    だけど目が覚めた時にはもう何も思い出せなくて、涙のあとだけが残った。



    テレビではもう、朝からずっと『歌姫ランカ・リー 決死の脱出!』そればっかりだ。
    バジュラから解放された、その安堵からか誰もかれもが笑い、騒ぎ、街には紙吹雪が舞い、脱出記念として今日を『アイモ記念日』という祝日にすること、そしてそれを祝うパレードが華々しく繰り広げられていた。

    パレードのメインは、大統領さんとあたしの凱旋だ。

    ……でも、車には大統領さんの姿しかない。

    人々は困惑し、ランカちゃんを出せー、と息巻いている。
    あたしはそれを、路地裏からこっそり眺めていた。

    202 = 181 :

    「ゴメンなさい、大統領さん!」

    そのまましゅっと路地裏に駆け込む。
    「アイくーん?アイ君ー!」
    国家イベントクラスの大事なパレードをサボっちゃったのは悪いけど、あたしにはすることがあった。
    アイ君……あのいつもあたしを慰めてくれたやさしい緑の子が、この間から行方不明で。
    お世話をまかせっきりにしていたナナちゃんも知らないって言うし、ブレラさんが手伝ってくれるって言うから、パレードをサボって探すことにしたのだ。


    「…………っ!!」
    ゴミ箱から飛び出したネコに取りつかれて、ブレラさんは顔を硬直させている。
    ……普段クールな分、ギャップがひどい。思わず笑ってしまった。
    ブレラさんはぶすっとしている。

    「……何がおかしい」
    「ぶっ……くくく、ゴメンね、だって、ブレラさ……っくくくく!」
    「………………。」

    203 = 181 :


    どこを探してもアイ君は見つからない。
    街ではそこかしこから、あたしが最初にフォルモで歌った、シェリルさんのカバー曲が流れている
    。いつの間にかあれも、正式にCDとして売りに出されたらしい。グレイスさんが言ってた。

    (……そういえば今、シェリルさんて何してるんだろ?全然見かけないけど)

    ちらりと頭をかすめた考えは、ブレラさんが時折かます真顔のボケのせいですぐに掻き消えた。



    「はい、これ。ありがとう」
    ベンチに座っているブレラさんに、ソフトクリームを差し出す。
    ブレラさんは一瞬なんだこれ、と言うような顔をして、でも口を開いたらまたボケたことを口走ってあたしに笑われると踏んだのか、黙ってそれを受け取った。あたしもソフトクリームを片手に、隣に座る。

    「ありがと、ブレラさん。あたしのワガママに付き合ってくれて」
    「……言ったはずだ。俺はお前を守ると。その言葉を、違えるつもりはない」

    (そんなにマジメに言い切られると、ちょっとドキドキしちゃうよ……)

    「ん、どうした?」
    「……なんでもない!ほら、行こ!」
    あたしはブレラさんの手を取って、そのまま走り出した。

    204 = 181 :

    アイ君は結局見つからなかった。グリフィスパークの丘から街を見下ろして、ため息をつく。

    「やっぱり……いないのかな」
    「その辺りで道草を食っているんだ。……案ずるな、きっと帰ってくる」

    その声と共に、ぽん、と頭に手が乗った。
    思わず見上げると、ブレラさんは自分でもびっくりしたように手をはねのけて、まじまじと手のひらをみつめていた。

    「っ……あ、すまん。痛かったか」
    「ううん。……でも、やっぱり思った通りだね。
     ブレラさんてなんか……お兄ちゃんみたい。妹とか、いたりするの?」
    「さあ……」
    そう呟くと、ブレラさんはどこか遠い目をして街をながめた。
    「俺は過去の記憶がない。肉親の有無もわからない」
    「えっ……なら、……あたしと同じだね」
    ブレラさんが息を飲む気配がした。

    「あたしも昔の事……覚えてないんだ」
    「……そんなお前が、どうして歌うことを……歌手になろうとしたんだ?」
    「それは、」

    205 = 181 :



    (あたしはここにいるよって、みんなに知らせたいの!)
    (みんなに伝えたいの、あたしの歌を!)



    「……うたがすき、……だから」

    真っ直ぐにこのひとの目を見られなくて、目をそむけた。
    歌が、好き。確かに最初はそうだったと思う。
    どんなに下手くそでも、すぐに喉が痛くなっても、何があっても……どんなに嬉しい日も辛い日も、いつもここで歌っていた。ひとりぼっちで。
    でもそれじゃ、イヤだって思ったんだっけ。
    アルト君たちと三人で閉じ込められて、このまま死んじゃうんだって思って……そしたら、あたしがここにいるってことを、もっと沢山の人に解ってもらいたくなった。

    それで……歌手になった。

    でも、今あたしがしてることはなんだろう。
    人類の希望になること?バジュラを寄せ付けるための餌になること?
    人やバジュラがどんどん死んでいく戦場で、ただ歌っていればいいってこと?

    (……わかんないや、よく)

    もう、きっとあたしのことを知らない人はこの船にいない。
    目的は果たされてしまった。だったらあたしは、……なんで、歌ってるのかな。

    206 = 181 :

    「最近のお前は、歌っていても楽しそうじゃない」
    「……!」
    「お前は何のため、誰のために歌っている」

    あの紙飛行機を思い出した。ぶっきらぼうに、好きにしろよとあたしの歌を聴いてくれた人。
    何のために、……誰のために歌うのか、なんて。
    (あたし、みんなに伝えたいって……伝えなきゃって、思い込んでた)
    でも。……本当は――。


    ――長い紺色の髪、たなびく赤い紐、
    ――困ったように笑った顔、いつもの紙飛行機。


    なんだろう。胸の奥がぐうっとあったかくなった。不思議なくらい、力が満ちてくる。
    あたしは誰のために歌うのか。それを――確かめなくっちゃ!!

    207 = 181 :

    記念ライブは美星学園がステージだった。
    あたしはいつもと違う力に満ちたまま、音楽に合わせて踊り続ける。
    いつも通りマイクの電源は入っていないけど、もし今日マイクの電源が入っていたって、あたしは完璧なパフォーマンスが出来ると思った。
    だって――アルト君が、飛んでいる。

    キラキラとした光を振りまきながら、アルト君が飛んでいく。
    RANKAの文字と、大きなハートをEXギアが描いていく。その真中を、……アルト君が矢になって、通り過ぎて行った。

    「……!」
    (アルト君……そっか、やっぱり、あたし……!!)
    胸の奥から強い気持ちが湧いてくる。もう何も怖いものなんてない。あたし、あたしは――、


    「みんな!抱きしめて!銀河の、果てまで!!」


    次の曲は、……たった一人のために歌おう。
    例えマイクがなくても、声が枯れても、あたしの大好きな、たった一人のためだけに。

    アルト君、あなたが好き。大好きよ。どうかあたしの、歌を聴いて。

    208 = 181 :

    ライブが終わって、あたしはその昂揚感のままに階段を駆け上がっていた。
    航空パフォーマーは屋上にいるって聞いた。きっとアルト君もそこだろう。

    (アルト君……アルト君、アルト君、アルト君……!)

    きっと言うんだ。伝えなきゃ、この気持ち……!
    どんなスポットライトよりも、幾万の観客よりも、熱狂よりも……ステージに巣食うそれらはひどく魅力的で、抗いがたいものだったけれど。それよりも、あなたが聴いてくれること、それが全てだって。





    辿り着いたそこには――、
    抱き締めあう、アルト君とシェリルさんの姿があった。






    あたしに気付いた二人は慌てたように身を離す。
    「うそ……」
    からっぽの言葉がこぼれおちた。

    209 = 181 :

    「あ、あの、……あたし…………ゴメンナサイ!!」

    反射的に踵を返す。呼びとめようとするアルト君の声がしたけれど、止まることはできなかった。
    階段を駆け下りようとして、派手に踊り場へ転び落ちてしまう。
    ……ずきずきする。肋骨の真ん中の辺りが、死にそうなほど痛い。
    擦りむいた膝や頬よりも、ずっとずっと痛い。

    「ヤダ、もう……死んじゃいたい……」

    ……あたし、何を舞いあがっていたんだろう。
    アルト君が好きって、……やっと、やっと揺らぐことなく自信を持って言えるようになったと思ったのに……今更、こんななんて。
    恥ずかしい。みっともない。あたしがそんな所でうろうろ考えてる内に、アルト君とシェリルさんはとっくの昔にそういう風になってたんだ。
    あたし、……なんて、間抜けなんだろう。

    210 = 181 :

    遠く、叫び声が聞こえた。それから銃声も。
    バジュラが……誰もいなくなったステージに、むらがっている。
    それがなんだかとても、滑稽な光景に見えた。
    歌がへったくそで踊りもダメで口パクで歌う、嘘ばっかりの希望の歌姫。
    エフェクターとボーカル入りバックオケがないと、アイドルにもなれない存在。
    ステージがなければあたしは何者にもなれない。みんな、あたしに騙されているだけ……。

    超時空シンデレラの本質は、あたしじゃなくて、ステージにあったんだ。
    その空っぽのステージに、バジュラがむらがっている。
    ……ねえ、バジュラ。あたしの歌声がバジュラに効くって聞いたけど、あなたたちも……あたしじゃなくて、『超時空シンデレラ』が良かったの?


    「ランカ!!」


    アルト君が怒鳴るのが遠くに聞こえた。
    足音が近づいてきて、座り込んでいるあたしの傍に、アルト君がしゃがみこむ。やさしく、手を差し伸べて……。

    「歌ってくれ、ランカ。お前の歌で、あいつらを大人しくさせるんだ」
    「でも……」
    「この街を守るためだ!……みんなのために、頼む……!」
    「……!」


    (皆の……ために……)

    212 = 181 :

    アルト君……そんなのって……ひどいよ……。
    あたしは、超時空シンデレラなんかじゃない。希望の歌姫なんかじゃない。
    空っぽのステージに踊らされてるだけの間抜けなアイドルもどきだ。
    あたしは、あたしは皆に歌を届けたいんじゃなくて……ただ、アルト君だけに、歌を届けられたら、それだけで……それだけでよかったのに……。
    下手くそでも、高音スカスカでも、喉が痛くなってもいいから、アルト君のためだけに歌いたかったのに……。

    ぱたぱたっ、と音を立てて涙が落ちる。
    「やだ……歌え……ないよぅ……」
    「ランカ……」
    「こんなんじゃ歌えないよ!!あたし、あたし……」

    すごくみじめだ。最初は皆に向かって歌いたいって思ってたのに、それも結局偽物で……アルト君のためだけに歌いたいって気付いた途端、失恋だなんて……。
    銃声がうるさい。
    最後に残ったのは、対バジュラ兵器としてのあたし。それだけだ。
    きっと今もたくさんの人が犠牲になってるんだ、と空っぽの頭で考えるけど、ちっとも現実としておりてこない。そんなことよりもアルト君の方がずっと、ずっと……。


    「もう、やだ!こんなの……!あたしはバジュラと戦うための道具じゃない!!こんなのもう……イヤだよぉ!!!」

    213 = 181 :

    アルト君がいたから。アルト君が、いいって言ってくれたから。
    だからあたし歌えたのに。
    バジュラを殺すことになっても、戦場に出ることになっても、……道具に、なっても。
    それでも、アルト君がそれでいいって言ってくれるんなら、あたし、歌ったのに。なのに……。
    (アルト君は、もう……シェリルさんの……)


    かつかつと高い足音が聞こえた。途端――ばちん、と物凄い音がした。


    頬を張られたのだと気づいたのは、抱きしめられた後だった。
    あたしをぎゅっと抱きしめたシェリルさんは、ものすごく優しい声でそっと、落ち着いて、と言った。

    「歌うのに気持ちがいるのは、良くわかる……でも、貴女はプロなのよ。出来ることをなさい。
     貴女の歌声には力があるの……私がどんなに望んでも、得られない力が……」
    「頼む、ランカ……!」

    (ずるいよ、二人とも……)

    あたしだってこんな力、欲しくなかった。
    今からでも出来るんならシェリルさんにこの力をあげて、代わりにアルト君をちょうだいって言いたかった。
    でも、できないんだ。だからどうしようもない。あたしが……歌うしかない。

    「…………うん……」

    呆然と頷くと、アルト君が優しくあたしを助け起こしてくれた。
    なのにもう、……何も感じなかった。

    214 = 181 :

    屋上に立つ。あちこちで煙が見える。
    そこらじゅうが火事になって、ここから見えるだけでもあちらこちらに血痕があった。
    バジュラと人とが、もみあって争っている。
    何も考えられないまま、ただあたしは歌った。……それしか、残されていなかったから。

    (胸が……痛いよ……)

    どんなに歌っても、気持ちが晴れることはない。

    「……!!うそ、……どうして?」
    バジュラの大群が空を埋め尽くす。攻撃は更に勢いを増し、歌う前よりも戦況は悪化していた。
    あたしに残されたのはもう、対バジュラ兵器としてのあたしだけなのに……それすらもう、役に立たないって……あたしはもういらないって、言うの?

    215 = 181 :

    「ミシェル!ルカ!無事か!」
    「先輩!!」
    「くそっ……どうしてこんなにバジュラが……」
    「アイランド内で繁殖してたのかもしれません……」

    皆と合流したアルト君たちは、SMSの基地に行くことを考えているようだった。
    まだ小型のバジュラには銃が通じる。それをなんとかかいくぐって、武装を取りに行くのだということらしい。
    だけどあたしはそのやりとりを、ほぼ上の空で聞き流していた。震える肩をナナちゃんが抱いていてくれる。

    「大丈夫です、ちょっと調子が悪かっただけですよ……ランカさんの歌は、みんなの希望なんです……。ランカさんは、私の星なんですから……」
    「うん……」
    ルカ君が、ただ出力が足りないだけかもしれません、と言った。
    「数が数ですから……SMSに行けば、フォールドウェーブアンプもあります。あれを使えばきっと……」
    「よし!じゃあ行くぞ!」

    216 = 181 :

    そうして爆音と共に飛び出した、と思った。
    なのに後が続かない。振り返ると、遠くでシェリルさんがナナちゃんを抱きかかえていた。
    ナナちゃんはぐったりして、目を閉じている。……身体中が、赤い色に染まっている……。

    「……ナナ、ちゃん……?」

    あたまが、……ぐるぐるする……。
    なんでこんなことになったんだろう……。

    「待ってろシェリル、今そっちに……」
    「行って!私たちは大丈夫!早く行ってこの騒ぎを止めなさい!」
    「だが……!」
    「……私を誰だと思ってるの?」

    その時、炎に照らされて気丈にも微笑むシェリルさんは確かに、とても美しく見えた。
    アルト君が舌打ちして、必ず助けに行く、と叫んだ。

    「行くぞ……何呆けてる、ランカ!!」
    強く手を引かれて、あたしはよろめいて……そのまま、炎の中を走り出した。

    217 = 181 :




    ぐるぐる、ぐるぐるする……。
    アルト君の手が、すごく熱い……。こんな風な手の温度を、昔どこかで……。
    前にも、誰かに手を引かれて……その時も手が、すごく熱くて……。
    (黙ってろって、言われたんだ)
    だからあたし、誰にも……なのに、どうしてこんなことに……?

    218 = 181 :

    SMS基地内で、ミシェル君が何かを抱き起している。
    なんでだよ、と言う慟哭が聞こえた。
    アルト君があたしの肩を抱いてくれるけれど、あたしは目の前のそれから目を逸らすことができない。

    「戦うのも死ぬのも、兵隊だけで充分だろ!?なんでだよ……!」

    血に塗れた遺体を抱きしめたまま叫ぶミシェル君に、クランさんが落ち着け馬鹿者が、と怒鳴った。
    ごと、と音を立てて遺体がまた床に落ちる。

    「こういう時こそ落ち着け。……いいな」
    「クラン……」
    「ルカ!使用可能な武器は!」

    クランさんは冷静に状況を分析していく。
    この中の誰よりも冷静なちいさなひとは、大丈夫と言わんばかりの強気の笑顔を向けて見せた。

    219 = 181 :

    EXギア姿のアルト君とミシェル君が場を持たせている間に、クランさんが服を脱いでいる。
    「クラン!準備は!?」
    クランさんはブラジャーを外しながら、静かに言った。
    「なあミシェル……さっきの答え、教えてくれないか」
    「……はあ?」
    胸元をおさえてくるりと振り向くと、きっとミシェル君を見上げたまま、クランさんは怒鳴るように言った。


    「お前の恋はどこにある!!」


    ひときわ大きな爆音が聞こえた。
    「……、……行方不明で現在捜索中さ。そんなモンあったかどうか……俺自身、忘れちまったけどね!」

    銃を乱射しながら答えるミシェル君に、クランさんはわなわなと肩をふるわせる。
    「なるほど……確かにお前は、……臆病者だ!!」
    キレイにみぞおちにグーを入れたクランさんは、バランスを崩したミシェル君の肩を受け止めると、……そっと背伸びをして、キスをした。

    220 = 181 :

    「……私は、お前が好きだミシェル」
    「おまっ……こんな時に、なにを」
    「こんな時だからだ!!いいかミシェル!よく覚えておけ!アルト、貴様もだ!」
    びし、と指さされる。
    「ミシェル……」
    「クラン……」
    二人はしばし見つめ合ったかと思うと、クランさんはくるりと踵を返し、

    「死ぬのが怖くて……恋が出来るかぁあああ!!!」

    そう叫びながら走って行った。

    「……すごい……」

    思わず口に出してしまった言葉は本心からのもので。
    あたしも、死ぬのを恐れず恋が出来ると言ってみたかった。
    口パクの歌姫でも、兵器になっても、例え戦場で死ぬかも知れなくても、あなたのためなら歌えると、……言ってみたかった。
    (もう、きっとかなわない恋だけれど……)

    「アルト、クランの援護を!」
    「ああ!」

    221 = 181 :

    銃弾が飛び交う中をアルト君のEXギアにつかまりながら、徐々に後退していく。
    途中でルカ君と一緒にフォールドアンプを確認しに、アルト君とわかれた。
    フォールドウェーブアンプは無事だったようだ。いったん戻ってこい、とアルト君が叫ぶ。
    ガラス越しに、クランさんの傍へバジュラがなだれ込むのが見える。
    ゼントラ化したクランさんはやっと、ゆっくりと目を開いたところだった。
    ミシェル君がクランさんを守ろうと、必死で飛びながら銃を射つ。そして、



    ……なにかよく、わからないものを、みた。



    緑色のバジュラとミシェル君が、ひとつになったように……みえる。
    赤いものがぼとぼとと滴り落ちる。そしてそれらはまた二つになり、……赤い血が、もう取り返しがつかないほどに流れ出て、クランさんの叫び声が聞こえて……。



    轟音がして外壁が爆破した。
    空気が、吸い出されていく。クランさんがミシェル君を呼ぶ。
    「ごめんな……クラン……今まで……言えなくて……」
    静かな瞳だった。死を前にした人はみんな、あんなきれいな目をするのだろうか。


    「俺も……俺も……お前の事……愛してる……」


    クランさんの絶叫が聞こえる。
    アルト君が必死に手を伸ばす。
    閉じられてゆく穴。
    もう二度と手の届かないところへ、吸い出されていくミシェル君……。
    全てが終わった後、かつん、と静かに、……ミシェル君の眼鏡が落ちていた。

    222 = 181 :

    「……アイランド3に行けば、なんとかなるんだな」
    「はい」
    アルト君とルカ君が話してる。……きっとあたしにはわからない、難しい話だ。
    あたしが聞きたいのはもっと別のこと。……どうして?ただそれだけだ。

    どうして、目の前は炎で満ちていて、辺りはガレキだらけになっているんだろう……。
    あたし、ちゃんと約束を守っていたはずなのに、どうして、こんなことになってしまったんだろう……。
    頭がずっと、ぐらぐらして、とまらない。あのひとに引かれた手が熱い。
    言いつけを守ったんだから、褒めてくれてもいいのに。どうしてずっとあのひとに会えないの。

    物凄い爆音が聞こえた。……きっとクランさんだ。
    アルト君があたしを抱きかかえて、どこかへ行こうとする。
    どこへ行くんだろう。……もうどこへ行って何をしても、……どうにも、ならないのに。

    223 = 181 :

    アイランド3の研究所には、名前こそリトル・ガールと可愛らしいものの、威力は半径50キロメートルの空間を切り取るというフォールド爆弾があった。
    「50って……船団ごと飲み込んじまうじゃないか!」
    「だから……バジュラをどこか一か所に集めて、爆発させる」
    そう言うとルカ君は静かにあたしを見た。
    ……あたしに、バジュラを集めるための餌になれって、そういうこと……?
    アルト君は激昂してルカ君に掴みかかった。反射的にやめて、と叫ぶ。
    今ここで争ったって、……返らないものは二度と返らない。ルカ君が冷静な声で言った。

    「僕は決めたんです……絶対に守る、って」
    「だからって、ランカを囮にしようなんて……!」
    「死んだんですよ!!ミシェル先輩が!!!」

    ――死んだ、という表現は、少し遅れて……イヤになるくらいの実感をつれてきた。

    「船だってボロボロ……生態系だって無茶苦茶だ……これ以上被害を受けたら、フロンティアはお仕舞いなんです!これはもう、生存をかけた戦いなんですよ!僕等か、バジュラか!」

    224 = 181 :

    まざまざと突きつけられた現実に、あたしも、アルト君も、ルカ君も……言葉が出なかった。
    あたしはさっきからもうずっと頭がぐるぐるしっぱなしで、どうしてこんなことになったんだろうって、そればかり考えている。
    だって本当なら、こんなこと起こるはずがなかったのに……。あたしちゃんと、言いつけを守って黙ってたのに……。

    ああ、もう、イヤだな……。
    なんにも、なくなっちゃった。
    皆に歌を聴いてほしかったあたしも、アルト君のためだけに歌いたかったあたしも……。
    希望の歌姫も、偽物のアイドルも……全部なくなっちゃった。もう残ってるのは、ひとつだけ……。


    「……歌うよ、あたし」


    二人が一斉にあたしを見た。
    感情のこもらない声で、それでも震えないよう、必死に言った。

    「みんなの……ためだもんね……」

    たった一つ残ったものは、対バジュラ兵器としてのあたしだけ。
    だったら、それをする以外にもう、道なんてどこにもないんだ……。

    225 = 181 :

    『ランカさんが歌いはじめたら、バジュラが全ての船から集まってくるはずです。
     移動が確認された時点でアイランド3を切り離し、安全圏まで離れたところで、これを爆発させます』
    「……そのギリギリの瞬間まで、あたしはここで歌い続ければいいんだね……」
    「それまで絶対にバジュラには近寄らせない……脱出も成功させる……!だから……」

    そこまで言うとアルト君は、歌ってくれ、とは言わずにただ、
    「だから安心して歌え」
    そうとだけ、静かに言った。

    「うん……今度は、ちゃんと出来ると思う」
    だってあたしにはもう、それしか残ってないから。
    祈るように、頼む……と呟いたアルト君はそのままバルキリーで飛び立った。




    ……ひとりになる。
    燃え盛る炎と遠くにはガレキの山、煙は立ちのぼり、観客はバジュラだけ……。
    (ここが、あたしの……対バジュラ兵器としての、あたしのステージ)


    「歌いたくないなら、歌わなくていいんだぞ、ランカ」


    背後からやさしい声がして、あたしはその声の主が誰なのか解りながらも振り向いた。
    赤い静かな眼差しが、穏やかにあたしを見つめている。

    226 = 181 :

    「……、ひどいよ、ブレラさん……どうして、そんなこと言うの……!」

    あたしにはもうこれしか残っていないのに。
    最初は歌が好きだった。ただそれだけだったのに。
    今はもう、歌とは関係ない、ただの兵器としての能力だけしか期待されていない……。

    ブレラさんがあたしを抱きしめた。それがあんまりやさしくて、……涙が出た。

    「歌はお前の心だ。それは、お前だけのものだから……」
    「っ……でも……、っ、う、ぅえぇえええん……!!」

    子供みたいにしゃくりあげて、あたしは泣いた。
    あたしの歌はもう、……あたしだけのものじゃない。
    それなのに今更、やさしいこと言うから。うっかり、期待しそうになる。

    227 = 181 :

    そもそも歌が下手だったんだ、あたし。
    声も長く続かないし。歌詞だって、すぐ飛ぶし。ダンスにもキレがないし。
    こんな奇跡みたいな力がなきゃ、絶対に歌手になんかなれなかった。
    たくさんの大人たちが無理矢理あたしっていう『超時空シンデレラ』を支えて、それでようやっと成り立っていただけのことなんだ。

    最初に路上で歌った時、人が集まってきた理由が今ならわかる。
    『シェリル・ノームの歌』だったからだ。
    知名度のばつぐんに高い、全銀河を支配していると言っても過言ではないほどの、銀河の妖精の歌だったから。
    だから足を止めてくれた。それだけのことだったんだ。

    ……だってほら、ねこ日記の時は全然人、集まらなかったし。
    そもそものブレイクのきっかけが映画じゃあ、歌手とは全然、……違うよね。
    テーマソングを歌ったと言っても、たまたま覚えていた、きっと誰かから聞かされた借り物の歌を、歌っていただけで。


    (純粋にあたしの歌に集まってくれるのは、バジュラだけ……)


    「……ありがとう、ブレラさん。でもいいの」

    伝えたかった、たった一人のひと。……そのひとには届かなかった歌だけど。
    これが、そのたった一人の望みだから。例えバジュラでも、あたしの歌を聴いてくれるなら。

    228 = 181 :



    スポットライトがあたしを照らし出す。大きく、息を吸った。


    (おいで、バジュラ。あたしは、ここだよ……)


    アイモを歌う。たった一つの、だけどきっと、借り物の歌。
    バジュラが群れを成してこちらへ飛んでくる。爆風が頬を叩く。
    地面が揺れて、バジュラの残骸がはらはらと落ちていく。



    いつかした約束が脳裏をよぎる。
    あたし、ずっとそのことを忘れていて……でもずっと守っていたのに。
    どうして、こうなっちゃうのかな……お兄ちゃん……。



    (痛い……痛いよ、)

    お腹の奥の方が、ひどく痛む。
    燃え尽きていく。バジュラの群れが、人の憎しみを一身に受けて、炎に包まれ、落ちていく。
    涙が止まらない。むらがるバジュラたちは、あたしを見守るように一定の距離を保っている。
    「ランカ、もういい、脱出だ……!」



    アルト君の声を聞いたとき、あたしはただ、ああ、やっと終わる、それしか考えられなかった。

    229 = 181 :

    空間が飲み込まれて消えていく。
    お腹がすごく、……凄く痛い。アルト君の後席に座ったまま、うずくまる。

    (きっと今ので物凄い数のバジュラが、死んでいったんだ……)

    「……ごめんね」
    「お前は良くやったさ。……ありがとう、ランカ」
    「…………、」
    違うの。アルト君に言ったんじゃないの。そう言いたかったのに、もう声が出てこない。



    もう、歌も歌えない……。

    230 = 181 :

    三島さんが、演説をしている。

    とても痛ましい戦いだったと、そして失われたものは二度と戻らない、と。
    あたしたちを取り囲むマスコミの人たちも皆、黒服に身を包んでいる。
    数々のマイクと照明に取り囲まれながら、なんであたしはまだこんなところにいるんだろう、と考えた。

    ただ歌が好きだった、グリフィスパークの丘で一人歌っていたランカ・リーはいなくなった。
    みんなに歌を聴いてほしかった超時空シンデレラ、ランカ・リーはもうどこにもいない。
    アルト君が大好きで、彼のためだけに歌いたかったランカ・リーも、もういない。
    残ったのはただ、バジュラを呼ぶための、ただの兵器のランカ・リー。

    ……兵器は、ステージには立たないよ。

    「今はただ祈りましょう……失われた命の為に……!」
    三島さんがそう言って目を閉じる。
    黒い袋に包まれた遺体たち。見ていられなくて、あたしも目を伏せる。

    「ミス・ランカ。貴女のお兄さん……オズマ・リー少佐も行方不明です……。
     お辛いとは思いますが、歌ってくださいますね……」

    231 = 181 :

    お兄ちゃんが、……行方不明。
    そんなの、なんか、ウソみたいだ。
    だってお兄ちゃんは絶対いなくならないと思ってた。
    ずっとあたしの傍にいるんだって、バカみたいに信じてた。
    だから好きなだけワガママも言ったし、ヒドイこともしたし、ケンカもいっぱいした。なのに。

    「追悼と、明日への希望の歌を。我々がバジュラとの戦いに勝利し、生き残るために」
    三島さんがマイクを手渡してくる。

    ……マイクなんかいらない。
    そんなものなくてもあたしの歌は、バジュラに届くんでしょう?
    だったら、唯一残った兵器としてのあたしには、それは必要ないものだ。


    ……ああ。お兄ちゃんがいなくなるなんて、そんなこと知ってたら。
    もっと孝行すれば良かった。いい子にしていればよかった。
    パインケーキがマズいとか、お兄ちゃんの石頭とか、そんなこと……言わなきゃよかった。

    (……会いたいよ、お兄ちゃん)

    232 = 181 :

    音を立ててスポットライトがあたしに向けられた。
    凄い数のフラッシュが焚かれる。マイクとカメラがいくつもいくつも、……あたしを見ている。


    (なんで……どうして?)


    もう、必要ないでしょう?
    あたしはそもそも、希望の歌姫なんかじゃないでしょ?

    ステージに立って口パクで踊るだけの……それだけの歌姫だった。
    今もバックでは音源が準備されている。流れ出したら最後、あたしはまた、歌うフリをしなきゃならない。

    フロンティア市民に希望を与える歌姫は、ただのハリボテの偽物だ。
    あたしはただの、バジュラ掃討作戦のための兵器でしかないのに。

    「ごめん……なさい」

    騙していてごめんなさい。あたし本当は、希望の歌姫なんかじゃなかったの。

    「ごめんなさい……」

    ただの兵器にしか、なれないの。ステージで歌う資格なんか、端っからなかったの。
    だから、もう。



    「もう……歌えません……」

    233 = 181 :

    逃げるようにその場を後にして、森の中をやみくもに突っ走る。
    息が切れて、脚がもつれて、ひとつの樹にすがりついた。涙が出そうだ。

    「もう……いやだよ……。なんで、あたしなの?」

    どうしてあたしだったの?他の誰でもよかったじゃない、それなのに、なんであたし?
    ろくに歌えもしない、ただの虚飾として祭り上げられていくだけの、そんな役割に……なんであたしが選ばれたの?
    それともあたしの歌がもっとまともだったら、こんなこと考えずに誇りを持ってステージに立てていた?

    「なんで、あたしの歌……バジュラに、」

    もうそれしか残っていない。
    なのにそれさえも、……ミシェル君も、お兄ちゃんも、助けられなくて。

    234 :

    >>171
    ランカちゃん好きなんで楽しみにしてます!!

    235 = 181 :

    崩れ落ちそうになった時、後ろでちいさな鳴き声が聞こえた。

    「アイ君……?」

    どんなに探してもいなかったアイ君は、キイ、と短く鳴くと草かげから飛び出してきた。

    「わあっ!」

    押し倒される。アイ君はちょっと見ないうちに姿が変わったのか、随分と大きくなっていた。

    「今まで、どこにいたの?こんなに大きくなって……ずっと、心配してたんだから」

    ……またあたしが一人の時に、あらわれるんだね。そうしてまた、慰めてくれるの?やさしいね、アイ君は。
    両手で大分重たくなったアイ君を持ち上げる。途端、アイ君の瞳が赤く光り始めた。
    「な……に?」


    まばゆい光と共に背中が割れて、……脱皮するように中から何かが出てくる。
    それは。



    「………………アイ君……」

    236 = 181 :

    >>234
    好きキャラは逆境に立たせて這い上がってくるドラマが見たいタイプなので
    途中でランカちゃんがかわいそうになったらほんとすみません
    ありがとうございます

    237 = 181 :

    真夜中、午前三時。グリフィスパークの丘。
    あたしはつめたい地面に座りながら、ただ、たった一人の人を待ち続けていた。
    色々準備をしていたら、こんな時間になってしまった。遠い足音が近づいてくる。


    「……アルト君」
    「ランカ、お前どうして歌を……」
    「お願いがあるの!」

    その問いには答えられない。
    今までアルト君が見てきたステージのあたしが全部偽物だったなんて、……知られなくなかった。
    虫のいいワガママだって解ってる。でも、どうせ行くなら……何も知らせず、たださよならだけを言葉にしていなくなろうって、思ったんだ。
    だけど、いざアルト君を目の前のすると……何て言ったらいいか、わからないよ。

    「……、あっそうだ、いつもアルト君が折ってた紙飛行機。折り方、教えてくれる?」
    「?ああ……」

    238 = 181 :

    二人して紙飛行機を折る。アルト君の手をまねて、見様見真似で。
    「……ね。聞いても、いい?」
    「ん?」
    「アルト君は、どうして空を飛ぼうと思ったの?」
    「それは……」
    アルト君は、ちょっとびっくりしたような顔をすると、そうだな、と話し始めた。
    「俺のお袋は身体が弱くて。いつも、空ばかり見てる人だった。俺も一緒に見てて、そんな時……お袋が言ったんだ」
    アルト君はどこかすごく、すごく遠くを見るような目をして、言った。
    「本物の空が見たい、って」
    「ほんもの……」
    「ああ……青く、果てしなく続く、水平線と白い雲。そんな本物の、……自由な空」
    おとぎ話だと思ったよ、とアルト君は言った。フロンティアで育ったあたしたちには、そのどこまでも続くと言う空のことがわからない。
    「なんだか……素敵だね」

    あたし今まで、何も知らなかった。
    たった一人、この人のためだけに歌いたいと思ったのに。
    その人の事を何にも知らなかった。
    歌舞伎のおうちの出身だったことも、お母さんの身体が弱かったことも、このひとがこんなにも空に固執する理由も、……なんにも。

    239 = 181 :


    「……ありがとな、ランカ」

    そんなあたしの心中なんか知らずに、アルト君は……物凄くやさしく、微笑んだ。
    慌ててしまって、無理矢理紙飛行機に集中する。ぱたぱたと折っては広げ。

    「でーきた!」
    「ん、ちょっと貸して……」

    アルト君は本当に嬉しそうに、紙飛行機をいじっている。
    ……このひとは本当に、空が好きなんだ。あたし、そんなことも知らなかったな……。

    「よし、これでバッチリだ」
    「えへへ……ねえ、飛ばしていい?」
    「好きにしろよ」

    相変わらずの、ぶっきらぼうな物言い。そこがとても、好きだった。
    あたしは彼のことを全然知らなくて、わかってあげられなくて。
    でも、彼があたしにくれる励ましや優しさや寛容さ、そういうものがとても、好きだったよ。


    (……さよなら、アルト君)
    「えいっ!」


    紙飛行機は風を掴まえて、遠くへと飛んで行った。もう、どこへ行ったのかさえ見えない。

    240 = 181 :

    「みんな自由に……自由に、生きたいんだよね、きっと」
    「……そうだな」
    「アルト君……お願い、あたしと一緒に――」


    きっともう無理なのはわかっている。
    なにもかももう、手遅れなのも。
    ただ、あたしは最後に――、


    「!バジュラ!?」
    「えっ……あ、アイ君!?」
    唐突に、背後からアイ君があらわれた。アルト君が銃をかまえるのを見て、反射的に割って入る。
    「やめて!!」
    「どうして!コイツはバジュラなんだぞ!?ミシェルを殺した!」
    「……っ!」
    確かに、アイ君はバジュラだ。でも、あたしをいつも慰めてくれた。
    かなしい時に限って、それがわかるかのように傍にいてくれた。
    バジュラだからって、……バジュラだけが、あたしの本当の歌を聴いてくれた。

    「この子はまだ脱皮したばかりで何も悪いことしてない!なのに殺すの!?」
    「バジュラが生きている限り、空は戦場になる……殺すしかないんだ!!」
    「!!」

    241 = 181 :

    アルト君が、心から願った空。
    バジュラがいるから、そこは戦場になる。
    きっとただ自由に飛びたかっただけなのに。アルト君も、バジュラも。



    「っぐあっ……!!」
    アルト君が、吹っ飛んだ。壁に叩きつけられてうめき声がもれる。
    あたしの目の前に風のような速さであらわれた人影は、ブレラさんだった。

    「ぶ、ブレラさん!?なんてこと……」
    「ランカ。望みを言え」
    「え……」
    ブレラさんは、アルト君に刃物をつきつけたまま、静かに言い切った。
    「お前の望みを、……俺が叶えてやる」
    「ランカ、お前……!」

    アルト君があたしを睨みあげる。……ごめんね、こんなことになって。
    本当ならアイ君のことを知らせずに、ただ最後に玉砕だけして、行こうと思ったのに。

    「あたし……あたしね、少しずつだけど、昔の事、思い出してるんだ……」


    あたたかい温度、
    きれいな歌、
    手を引いてくれた人、
    そして何もかもが壊れる風景。


    「怖いけど……でもきっとあたしは知らなくちゃいけないんだって、そんな気がして」

    242 = 181 :

    こんなことなら、アルト君にも手紙を残せばよかった。
    ナナちゃんやお兄ちゃんにだけじゃなくって。

    過去を思い出せそうなんだってこと。そのフラッシュバックにバジュラが見えること。
    もしかしたら、今の戦争、あたしの記憶が何か手がかりになるかもしれない、ってことも。
    それから、……偽物の歌姫で、ごめんね、って。

    ああ、アルト君。
    言いたいことは山ほどあるのに。何一つ出てこない。
    せめて謝罪の言葉だけでも言えたらいいのに、喉が痛くて、声がふるえて。

    「だ、だからあたし、……行くね」
    「行くって……ランカ!」
    「せめてアイ君だけでも、仲間のところに、……返してあげたいの」

    バジュラがいる限り、空は戦場になる。
    だったら、たった一匹でもいいから、……それをどこかに連れて帰るよ。
    「ランカ……!」
    「わかった」
    ブレラさんの静かな声と共に、赤いバルキリーが姿を見せる。
    ブレラさんは颯爽とそれに飛び乗ると、バルキリーの手の上にそっとあたしを乗せた。

    243 = 181 :

    「っランカ!!」
    「アルト君……」
    「バカ!行くなランカ!!」

    アルト君が風に吹かれて懸命にあたしを見上げている。
    きっともうフロンティアには二度と戻ってこれない。
    もしかしたら、アイ君を送り届ける途中で命尽きるかもしれない。
    だからこれは、最後のワガママだ。

    「ホントはね……アルト君と生きたかった……」
    「ランカ……」
    「ずっと一緒に居たかったよ!!」

    呆然と、アルト君があたしを見ている。とてもきれいなひと。
    戦乱の中にあっても、美しさを見失わない、あたしのたった一人の、大好きな人。
    きっともう、こうして姿を見ることも、二度と出来ない。



    「さよなら……、……だいすきでした」



    そのままあたしたちは飛び立った。
    もう二度と戻る事のない、青い旅路へ。

    244 = 181 :

    もうどれくらいたったか解らない。
    あたしは何度か眠ったり起きたりして、その度にブレラさんのハーモニカの音を聞いた。
    まるで子守唄のような、やさしくて、穏やかな曲。あたしの思い出の音楽だ。

    何度目かに目覚めた時、目の前がみょうにユラユラしていて、それで初めて自分が泣いているんだって気が付いた。
    もう悔いは残さないようにしてきたつもりだったのに。
    最後の最後で、あたしはやっぱりダメで、間違えてしまった。

    ……会って話すべきじゃなかったんだ。
    いつも傍にいるアイ君があらわれるかもしれないことくらい、ちゃんと頭に入れておけばよかった。
    いくらブレラさんがスタンバイしていてくれるからって、それくらい。

    245 = 181 :

    アルト君は……バジュラを憎んでる。ミシェル君を殺した、バジュラを。
    あたしは……よく、わからない。
    最初は怖いだけだったのに、いつの間にかもう自分の心すら良く解らなくなって、だから罰が当たったんだ。
    こんなふらふらの心のまま、アルト君にお別れを言おうとしたりしたから。

    あなたと一緒に生きていきたかった。
    例えあなたがシェリルさんの事を愛していても、あたしはあなたが好きだった。
    それだけ言えれば満足だったのに。
    こんな、……傷つけるようなことしか、出来ないなんて。

    バジュラはどうして、人を襲うんだろう。
    始めは、怖くて気持ち悪い化け物だと思ってた。
    あたしが作戦に参加するようになってからは、無抵抗なまま殺されて可哀想だって感じた。
    今は……あたしの歌をたったひとつ、聴いてくれる存在だと思ってる。

    246 = 181 :




    「ブレラさん……」
    「どうした、ランカ」
    「……外に、出たいの。行き先を知りたくて」

    気を付けてとの声を受けて、あたしは宇宙に漂う。
    無重力なんて体験したことなかった。
    どこを見ても星がきらきら瞬いていて、天地の感覚すらわからなくて……きれいだけど、どこか怖くなる。

    「宇宙って……凄いね。こんなにキレイで、広くて…………、吸い込まれそう」

    このどこまでも繋がっている宇宙のどこかに、ミシェル君の亡骸があるのだろうか。
    クランさんを守って、この怖いくらいキレイな宇宙に吸い込まれていった、あのひとの。
    ずっと探し続けていれば、いつか見つけられるだろうか。
    アルト君やクランさんの元に、帰してあげることが出来るんだろうか。

    (ミシェル君……。ごめんね)

    アイ君がいぶかしげにあたしを見ている。
    大丈夫だよ、とだけ言って、無理して笑った。

    「嬉しいような切ないような……そんな気持ちに、なっただけだから」

    247 = 181 :

    こんな風にずっと繋がっているのなら、二度と会えなくても、離れているわけじゃない。
    戦乱もなにもない、宇宙と地続きの空で、アルト君が飛ぶことがいつかきっとできるかもしれない。

    「……みんな、ごめんね…」

    ずっと、なだめるようにハーモニカを吹いていてくれたブレラさんの音が止まった。
    「進路は決まったか?」
    「うん。アイ君のふるさと、もうすぐだって」

    それがどんなところかもわからない。
    このバルキリーの空気だって、いつまでももつわけじゃない。
    だからせめて――アイ君を、帰してあげるところまでは。

    「行こう、ブレラさん」

    248 = 181 :





    誰かが言い争う声がする――。

    ケンカは良くないっていつもあたしたちには言うくせに。

    なんだかちょっと怖くなって、となりのひとの手を握ろうとする。

    だけどその人の顔が、思い出せない――。






    「……カ。ランカ!」
    「っ、あ、なに?」
    「そろそろ到着するぞ」

    目の前に見えたのは、青く輝くひとつの星。
    ちらちらと瞬く白い輪をまとった、バジュラの母星だった。

    249 = 181 :

    「……ありがとね、ブレラさん。あたしのワガママに付き合わせて、……こんなところまで来させちゃって」

    アイ君をふるさとに返しに行きたい、と言った時、ブレラさんは二つ返事で了承してくれた。
    いくらボディーガードだとしても、さすがに仕事の範疇外だろう。
    何度も、本当にいいのか尋ねた。それでもブレラさんは、絶対に首を横に振らなかった。

    「……記憶のないサイボーグにとって、命令は絶対。それを遂行することが、存在意義だった」
    ブレラさんは感情を読み取らせない声でそう言う。
    「だが、お前の歌を聞いた時……俺の中に、何かがあふれた。ただのサイボーグの、この俺に」
    「ブレラさん……」

    250 = 181 :

    「だからこれは、その礼だ。気にすることはない」
    そっけないのにどこか、優しい感じがした。なんとなくだけど、安心した。

    「ねえ、もう一度聞いていい?あの曲の事」
    「あれか。あれは……記憶だ」
    「えっ……」
    「空っぽな俺に残されていた、唯一の……」
    「それって、あたしとおなじ――、」

    急にけたたましくアラームが鳴った。バジュラの防衛部隊だ、とブレラさんが言う。
    いくつものデフォールド反応。アイ君が外で鳴いている。
    大丈夫かとブレラさんは尋ねた。あたしはただ、頷いた。

    「……今までだって、やれたんだから。きっと届くと思う」
    (だってもう、あたしの歌を聴いてくれるのは、バジュラだけなんだから)


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