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    元スレランカ「解ってる…どうせあたしの歌はヘタだって」

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    101 = 77 :

    その瞬間。何かが、あたしたちの間に割って入った。
    目もくらむような速さでヒュドラを殴り飛ばす。
    噛み付かれたのだろう、腕からは血がしたたり落ち、中のコードだかチューブだかが丸見えになっていた。
    後ろ姿しか見えないけど、見間違えるはずがない。
    金色の髪、群青の服――あの時の、ハーモニカの男の子だ……。

    (い……いや……)

    フラッシュバックする。頭がぐるぐるする。
    どうして傷つくの?なんでこんなことになってるの?だってあたし、あたし何もしてない……。
    約束をやぶるような真似、なんにもしてないよ……。

    (死んじゃ……お兄ちゃん……いや……!)

    102 = 77 :

    懐かしい夢を見ていた気がする。


    歌っているあたしと、傍にはやわらかくてあたたかくていいにおいの人がいる。
    それから、お兄ちゃんも……。きれいな歌だね……これは、何の歌だったの、おかあさん……。


    「……ん」
    目が覚めると、あたしはアルト君におぶわれていた。
    「目が覚めたか?」
    「あたし……、あっ!いきなり、ヒュドラに……どうして」
    「覚えていないのか?」
    「もしかして……アルト君が……」
    「あ、いや俺は、」
    「っ……ありがとう……いつも……助けて、くれるんだね……」

    なんでかな。涙が止まらないよ……。
    さっきみた夢のせいかな。どんな夢だったか、全然思い出せないのに。
    ただあったかくてやさしくて、それでいてひどく寂しかったことしか、わからないのに……。

    103 = 77 :

    「あぁっ!来ましたよ!」
    森を抜けると、ルカ君の声が飛び込んできた。それからエルモさんも。
    「ランカちゃん!ニュースですよ!ウルトラスーパービッグニュースです!!」

    「あたしが、マオ!?」
    「しかも、ランカちゃんが歌っていた曲をメインテーマとして使いたいって!!」
    「ええっ!」
    あんまり唐突な話で、現実感がついてこない。
    ぽん、とアルト君が頭に手を乗せて、良かったな、と笑いかけてくれた。
    が、何故かその顔が急速に凍りつく。
    「待て……お前がマオ役ってことは…………俺とお前が……!?」
    「?」


    「き、キス……することに……」
    「へ、キスって…………………………ぅえぇえええッ!?」

    104 = 77 :

    夕暮れ時の砂浜に、ぽつんと座っている。
    橙の光を乱反射する波が、とてもキレイだ……。
    背後からさく、と足音が聞こえたかと思うと、ボビーさんが苦笑する気配があった。

    「どうしてすぐ引き受けないの?アルトちゃんとキスするの、イヤ?」
    「…………、」
    「怖いんです……あたしに出来るのかな、って……キスのことも、お芝居の事も」

    ボビーさんは何も言わずにあたしの話を聞いてくれている。
    ホントはわかってた。ここは二つ返事でとびつくべきチャンスなんだ、って。
    あたしのつまんない葛藤のせいで、監督さんも現場のみなさんも待たせっぱなしで、撮影日がどんどん過ぎていくなんて、シェリルさんクラスの人ならともかく、駆け出しのあたしじゃあそんなことあってはならないんだってことも。

    105 = 77 :

    (でも……あたし……)

    「あたし、マオのこと、よくわからなくって……
     お姉さんが、サラが好きになった男の人のことを好きになって……それで自分から、キスまでしちゃうなんて……」
    「まだ本気で恋をしたことがないのね、ランカちゃんは」
    「……、本気の、恋……」

    お子様なあたしにはまだ、解らないのかな……。
    ぼんやりボビーさんの方を振り返ると、向こうのバンガローで、アルト君とシェリルさんが二人でいるのが見えた。

    (いつも一緒だな、あの二人……)

    106 = 77 :

    いつかのゼントラモールの時みたいに、夕暮れ時の光につつまれて。
    アルト君とシェリルさんのいる風景は、相変わらず、これこそ映画のワンシーンみたいに美しかった。そして。



    ――シェリルさんが、アルト君に――今度はちゃんと唇に、そっとキスをした。



    (……!!)
    ゆっくりと、離れていく。
    閉じたまぶたがゆっくりと開かれて……シェリルさんは、どんなメディアでも見たことがないような、ただの『女の子』の顔をした。
    アルト君と二言三言なにか話して……そしてそのまま、笑いながら、追いかけっこみたいに二人してどこかへ行ってしまった。
    そんなところまで……まるで、良く出来た絵画のようだと、胸がずきずき痛むのに、本当にキレイだと、思ってしまった。

    107 :

    この量で1000いくならHP立ててやっても良いレベル
    内容は知らんけど

    108 = 77 :

    届かない。アルト君にも、シェリルさんにも。
    まだ本気で恋をしたことがないのねって、ボビーさんは言う。
    そうかもしれない。だってあたし、いまだに頭のなかぐちゃぐちゃで、良く解らない。
    アルト君のことだって、表面的なこと以外は全然知らない。でも。――でも!

    桟橋にいる監督さんの方へ歩み寄る。
    思い切って、がばっと頭を下げた。


    「監督、やらせてください……あたしに、マオを!!」

    109 = 77 :

    ボートから海中へダイブする。
    海の水は塩っ辛くて、それから何か良くわからない、ミネラルみたいな味もして、まるで涙みたいだと思った。
    先に海中にいたアルト君があたしを見つめている。
    髪を結いあげて、いつものアルト君とまるで違う雰囲気の、それでもきりりとした目差しはいつも通りの、アルト君が。

    「ホントに、いいのか……?」
    「今なら、わかる気がするの……マオの気持ちが」

    どんなにあがいても届かない、そんなキスシーン。
    アルト君のことを何も知らなかったあたし。

    それでも、――それでも。

    110 = 77 :


    「シーン47、カット11、アクション!!」

    今ならあたし、マオの気持ちがわかるよ。
    二人して海中に沈む。手を繋いで、一緒に潜っていく。
    アルト君が苦しそうにもがいて、岩にぶつかる。アルト君――シンのゴーグルを、そっと持ち上げる。

    (シン……お姉ちゃんのことが、好きなの?)

    シンの目が驚いたように見開かれる。その中に、ゆらゆら揺れながら、あたしの姿が映っている。

    (あたしを見て……あたしだって、あなたのことを……)

    どんなに届かなくても、むくわれなくても。
    抑えられない、心がある。
    シン、それが今の、あたしの気持ちだよ……。

    海が揺れる。海藻が、魚が、大地が、ゆらゆらと揺らいでいる。
    今だけでいい、あたしを見て……。例え、かなわなくてもいいから……。


    あたしはそっと、シンにキスをした。涙のような海の中で。

    111 = 77 :

    あたしはそのキスシーンを、赤面してふるえながら眺めていた。
    先行試写会。自分がこんな風にスクリーンに映るなんて初めてで、何もかもが恥ずかしい。
    隣の席のナナちゃんは食い入るように画面を見つめている。

    (どうして、あんなことが出来たんだろう……!)

    ああ、恥ずかしい!あの時はどうかしていたとしか思えない。
    なんであんなに当たり前のように、アルト君にキス……なんてできたんだろう……。

    バルキリーが落ちていく。
    シンが優しげに、そっと呟く。聴こえるよ、きみの歌が、と。
    マオはいつまでも歌っている。何かを見送るように。そして何もかもが光に包まれて、消えてゆく――。

    112 = 77 :

    キャストが流れて、会場が暗くなった。拍手の嵐が聞こえる。
    「それでは、出演者の方にご挨拶願いましょう!まずは主役の、ミス・ミランダ・メリン!」
    割れるような拍手の中、ミランダさんは艶やかな微笑みを浮かべ、頭を下げる。
    「そして、マオ役を射止め、フレッシュな歌声で我々を魅了してくれた……」


    「ミス・ランカ・リー!!」


    カッ、とスポットライトがあたしの周りを包む。
    こんなの聞いてなかった。あたしはただ、関係者席でぼんやりと映画を見ていただけなのに……。
    現実感のないまばゆいライトに、目がくらみそうになる。
    拍手は続く。立ち上がる人もいる。辺りを見回して、驚きでうまく反応できない。

    113 = 77 :


    「応えてあげなさい。みんな貴女を呼んでいるのよ?」

    目の前に――どんなに頑張っても届かなかった、シェリル・ノームがいた。監督から手を差し伸べられる。

    「昨日までの君は何者でもなかった。伝説は今、ここから始まる……!」

    そっと手を取る。割れるような拍手の音が、更に大きくなる。
    ステージへ連れられて、ゆっくりとのぼっていく。
    把握しきれないほどの観客たち……この人たちがみんな今、あたしを見てるんだ……。
    あたしは高揚して、頬が上気するのをおさえられなかった。

    114 = 77 :

    「皆さん、ありがとうございましたっ!!」
    娘娘の制服を着て、カメラの前で頬笑む。CM撮りはつつがなく終了した。
    エルモさんが、次は雑誌のインタビューですよー、とあたしを急かす。
    移動中の車から見える街頭広告たちは、ほとんどがランカ・リーで埋め尽くされている。
    たまにシェリル・ノームも見かけるけど、今はほぼすべての広告があたしの姿で埋まっていると言ってもいい。

    『アルト君へ。
    あの映画が公開されてから、なんだか夢みたいな毎日が続いています。
     目が回りそうって言うの、きっとこう言うことなんだね。
     あたしは社長の言うとおり、目の前のことを次々こなしていくので精一杯です。』

    メールを打ちながら移動していると、エルモさんがあそこですよ、と外を指さした。天空門だ。
    ……夢みたいだ、シェリルさんと同じところで、あたしのファーストライブが出来るなんて。

    『あ、そうだ。アルト君、来週誕生日なんだって?ナナちゃんから聞きました。
     パーティとかするのかな?その時は、お休みをもらって必ず行きます!もちろん、プレゼントを持って!』

    ランカちゃん、行きますよ、とエルモさんに急かされる。あたしは慌てて未送信ボックスにメールを突っ込むと、車から飛び出した。

    115 = 77 :

    「はぁーいランカちゃん!頼まれてたアリーナのチケット!」
    「ありがとうございます、エルモさん!」
    「それにしてもどうして?ご家族やお友達には、ワタシの方から手配を……」

    「直接手渡したい相手がいるのよね?」

    耳に飛び込んできた凛とした声に振り向くと、そこにはシェリルさんが立っていた。

    116 = 77 :

    「はい、期待の新星に」

    カップを受け取る。シェリルさんは軽くそれを掲げた。

    「ありがとうございます……これもみんなシェリルさんと、」
    「……アルトのおかげ?」

    思わず顔を上げると、シェリルさんはいたずらっぽく笑っている。
    あたしの手に握られたアリーナチケットを見て、バースデープレゼントでしょそれ、と一発で見抜いた。

    「あ……これだけだとちょっとアレかなーと思うんで……他にもちょっと」
    「そ。アイツ喜ぶわよーきっと」
    アイツ、って呼ぶんだ……。
    マヤン島での撮影でも思ったけど……シェリルさんとアルト君って、どういう関係なんだろう……。

    117 = 77 :

    「あ、あの、シェリルさん……!」

    意を決して問おうとした瞬間、ばしゃ、と音を立ててシェリルさんのカップが落ちた。
    キレイな髪がゆらりとゆれて、目眩を起こしたみたいにシェリルさんが手すりにすがりつく。

    「シェリルさん!?」
    「……ご、ゴメン……ちょっと立ちくらみしちゃった」
    「大丈夫ですか?」
    「もちろん。体調管理はこの仕事の初歩だもの。……でしょ?」

    だけどシェリルさんの頬が赤い。チークとかそういうんじゃなくて、のぼせたような、熱っぽいような……。
    でも、あたしの大先輩であるシェリルさんが大丈夫って言うんなら、あたしはもう何も言えなかった。

    118 = 77 :

    「レシピありがとう、ナナちゃん!今夜はうちに帰れそうだから、さっそく試してみるね!」

    短い待ち時間の間、楽屋で電話をするのが数少ない楽しみだ。
    もちろんお仕事が楽しくないわけじゃないし、とっても充実してるけど、やっぱり緊張もしちゃうわけで……こうしてリラックスしていられる時間というのはとても貴重だった。

    『それよりランカさん……早乙女君と、連絡取りました?』
    「まだ、だけど……」
    『私の気にしすぎかもしれないんですけど……最近、早乙女君とシェリルさん、何というか、すごく、仲がいいと言うか……』

    119 = 77 :



    ――夕日のさす海辺で、映画のワンシーンのように完璧なキスを思い出した。


    「二人……付き合ってるのかな、やっぱり」
    『それはありません!いえ、まだそれはないはずです。
     でもランカさん、このままぼやぼやしてると、取られちゃいますよ?それでいいんですか?』
    「い、いいも何も……だってアルト君は……」

    ドンドン、とノックの音がする。時間だ。社長の急かす声が聞こえる。
    「あ、はい!――じゃ、お仕事始まっちゃうから、またね?ナナちゃん」
    そのまま通話を切った。ぼんやりと鏡を見つめる。あたしの姿が映っていた。
    あの海中で、アルト君の瞳に映っていたのと同じ、あたしの姿が……。

    (ナナちゃん、いきなりすぎだよ……あたし……アルト君のこと……)

    あの時キスした唇に、そっと触れてみる。もう感触も思い出せない、遠いキス。
    『アイツ喜ぶわよ?きっと』
    自信ありげなシェリルさんの笑みが思い出される。

    (あたし……あたしは……)

    120 = 77 :

    ドンドンドン、とノックの音がした。
    「ランカちゃーん!まだでかなー!!皆待ってますよー!!」
    「!あっ、はい!!あの、ちょっと待ってください!一分だけ……!」

    握りっぱなしだったオオサンショウウオさんをいじって、電話をかける。
    「あ、あの、アルト君?」
    『アルトだ。電話に出られない。用事のある奴は言え』
    「はあー……あ、ランカです。最近、あんまり会えなくてゴメンね。
     って、何で謝ってんだろ……会えなくて残念かどうかって、アルト君が決めるコトだよね……
     あは、バカだなあたし……そ、それでね、誕生日のこと聞いたの。
     それで、良かったらなんだけど……プレゼント、貰って欲しいの。
     誕生日の日、あの丘で……グリフィスパークの丘で、待っててくれる?必ず行くから……だから…………」

    121 = 77 :

    『仕方ありませんねえ……二時間だけですよ?』
    そのエルモさんの言葉をありがたく受け取って、あたしはグリフィスパークの丘めがけて走っていた。
    そういえば、こんな風に走ったのなんて久しぶりだ。最近はずっと、移動は車で……仕事から仕事へ、渡り歩いていたから……。

    (アルト君……)

    何時に抜けられるかわからなかったから、留守電にはいつ待ってて欲しいとか、そういう言葉を入れられなかった。
    アルト君だってあたしが忙しいのわかってる。だからもしかしたら、待っててくれるかもしれない、そんな願望を抱いていた。
    「はあっ、はあっ、……」
    階段を駆け上る。デビュー前のあたしの、ひとりぼっちのステージ。そこへ辿り着く。
    柱の陰から、人影があらわれるのが見えた。

    122 = 77 :

    「……アルト君……!」
    ――やっぱり、待っててくれたんだ!駆け寄って、アルト君!!と大声で呼ぶ。


    「……あ、ランカちゃん……ゴメン、アルトじゃなくて」


    そこにあらわれたのは、……ミシェル君だった。
    「あいつに頼まれて来たんだ。アルトの奴、今頃……」

    アルト君は、ガリア4に向かう、と聞いた。……シェリルさんと、一緒に。
    ミシェル君は朝からずーっと、あたしを待っててくれたらしい。
    じゃあね、と帰って行ったミシェル君を見送って、あたしは戻る気にもなれず、ただぼんやりと日が暮れていくのを眺めていた。
    と、キイ、と聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。振り向くと、長い尾をもつ緑の子があたしの方へぴょこぴょこ飛んでくる。

    123 :

    しえん

    124 = 77 :

    「あなた……」
    キ?と首をかしげるその子は、とても可愛らしかった。そっと抱き上げる。
    「アルト君、行っちゃったんだって……シェリルさんと」
    キイ!と声を上げ、その子はあたしの鼻をつついた。
    「ふふ、慰めてくれるの?優しいね。……食べる?初めてだから、あんまり上手に出来なかったんだけど……」
    袋の中から、バルキリー型のクッキーを取り出してその子に与える。さくさくと軽快な音を立てながら緑の子はクッキーにかじりついた。
    もう一つ取り出して、……空にかかげる。


    「アルト君……ハッピーバースディ……」


    一人ぼっちの、ハッピーバースディ。
    さく、とそれをかじると……ぼそぼそして、苦くて、その癖中は中途半端な味で……なんだかあたしの心の中みたいだった。
    「苦っ……」
    あたしの小さなぼやきは、誰もいない夕暮れに消えていった。

    125 = 123 :

    126 = 77 :

    「あれ?もうお弁当終わり?最近元気ないね、ナナセ」
    「ううん?そんなことないけど……ちょっと寂しいかなって……シェリルさんも早乙女君も、ずっとお休みだし」
    「でも、ランカさんには明後日会えるじゃないですか!それに、会えない時間が長いほど、再開は嬉しいって言うし!」
    「そうだよね……ありがとう、ルカ君」


    「じゃああたし、休んだ方が良かったかな?」


    「「ランカさん!?」」
    階段の上、皆の背後からいたずらっぽく声をかける。
    「ランカさあああん!!」
    ナナちゃんが飛びついてくる。ぎゅうぎゅう抱きしめられて、少し苦しい。
    と、制服の下からもぞもぞと、……出てきちゃう気配がした。
    「あっ、コラ!」
    ちょこん、と出てきたのはいつもあたしを慰めてくれた緑の子だ。
    ナナちゃんは、頭にハテナマークを浮かべながらその子の事を見ている。
    思わず大声を上げそうになるのを、あわてて手でふさいで、お願い、と頼み込んだ。

    127 = 123 :

    128 = 123 :

    129 = 77 :

    「見つかったら、生態系保護法違反で強制ボランティアですよ?」
    屋上で、ナナちゃんはやれやれと言う風に腰に手を当てた。
    「でも、懐かれちゃって……それにこの子、あたしを慰めてくれたの……。
     アルト君にプレゼントを渡しに行って……一人ぼっちだったときに」
    「ランカさん……。ふぅ。じゃ、私も共犯です!罰を受ける時は、一緒ですよ?」
    「!!わぁ、ありがとうナナちゃん!」
    思わずナナちゃんの手を握りしめてしまった。
    でも、と思う。ナナちゃんはいつも優しい、あたしの親友だ。
    けど、どうしていつもあたしにこんなに良くしてくれるんだろう……?
    「ねえナナちゃん」
    「どうしたんですか、ランカさん」
    「生態系保護法違反って……前科がついちゃうよね」
    「そう……ですね」
    「なのにどうして、あたしに協力してくれるの?あたしいつもナナちゃんに頼ってばかりで……どうしてナナちゃんは、いつもあたしに良くしてくれるの?」

    130 = 123 :

    131 = 77 :

    そう問うと、ナナちゃんは一瞬びっくりしたような顔をして、それから少し俯いた。
    「話しにくいことなので……もうちょっと陰の方、行ってもいいですか?」
    「あ、うん」
    柱の陰にかくれると、ナナちゃんは俯いたまま、ぽつぽつと話し始めた。
    「私ね、……その、嫌味に聞こえるかもしれないけど……胸とか、大きいでしょう?」
    「……うん、そうだね」
    「それで昔っから、そういう目で見られたり、からかわれたすることが多くて……それが凄く、イヤだったんです」
    胸元を隠すように自らの身体を抱くナナちゃんは、それでね、と顔を上げた。

    132 = 123 :

    133 = 77 :

    134 = 123 :

    135 = 123 :

    136 = 77 :

    「ランカさんはなんていうか……中性的じゃないですか。女の子すぎることも、
     男の子すぎることもない、自然体の、あるがままの姿……最初はそこに、憧れたんです」
    もちろん今はそれだけじゃありませんけど!とナナちゃんは力説する。
    「ランカさんはね、私の星なんです。
     どんなに遠いところにあっても輝きを失わない、私を導いてくれる……そんな星なんだ、って」
    「ナナちゃん……」
    「あ、あはは、ちょっと話しすぎちゃいましたね!……忘れてください」
    照れたように笑うと、それにしても、とナナちゃんは緑の子を突っついた。
    「でも、あんまり見かけない子ですね……」
    「うん、生態マップも見てみたけど、全然見かけないんだ」


    「ミシェル先輩!!」


    ルカ君の切羽詰った叫び声に、あたしとナナちゃんは一気に現実に引き戻された。

    137 = 123 :

    138 = 123 :

    139 :

    ちょっくら外出してきます
    書き溜めはしてるので帰ったらすぐ投下できそうです
    支援本当にありがとうございます

    140 :

    面白いねー
    これってアニメ版をランカちゃん視点でそのまま書き起したの?

    141 = 77 :

    >>140
    ありがとうございます
    TV版をランカちゃん視点で&ランカちゃんが凡人だったら という設定でやっていく予定です

    最強フォールド波でバジュラクイーンのランカちゃんも、
    超時空シンデレラなランカちゃんも、
    一番最初に惚れたのが恋に恋して空回っちゃうごくごく普通の子なランカちゃんだったので

    142 = 77 :

    画面の中では、タラップを降りようとして崩れ落ちるシェリルさんと、暴動を起こすゼントラーディの人達。
    ミシェル君がカリカリしている。

    「シェリルが病気で歌えないから暴動って……どうせ口実だろ!」
    「アルト君……」

    アルト君は、シェリルさんと一緒にいるはずだ。だったらこの暴動にも、巻き込まれている……。
    思わずとがめるようにミシェル君を見た。

    「ねえ、助けに行かないの!?アルト君、大変なんでしょ!?」
    「ムリなんだよ……ここからじゃ、絶対間に合わない」
    「そんな……」
    (あたし、アルト君にプレゼントも渡せてない……何も言えてないのに……!)
    アルト君、アルト君……。
    失敗作のクッキーのことも、病気のシェリルさんのことも全部頭から吹っ飛んで、あたしはアルト君のことしか考えられなくなっていた。
    だってあたし、まだ何も、なんにもしてない……。


    「一つだけ、方法があるかもしれません!」


    きっぱりと言い切ったのは、ルカ君だった。

    143 = 77 :

    フォールド断層の影響を受けない、新型のフォールド機関がある、とルカ君は言った。
    難しいことはわからないけれど、それを使えば何日もかかるガリア4までの道のりが一瞬ですむことになる、とのことだった。

    (明後日は、あたしのファーストライブ……)

    ミシェル君のバルキリーに乗り込みながら考える。
    スタッフもファンのみんなも、あたしのライブを楽しみに待っている……。でも。
    一人ぼっちのバースディ。失敗作の苦いクッキー。来てくれなかったアルト君……。
    (ライブなんかより、あたしには、アルト君のバースディの方が……!)

    「待てランカ!自分がどれほど無茶をやろうとしているのか、わかってるのか!」

    出発しようとするあたしを、お兄ちゃんが大声をあげて引き留めた。
    「……お兄ちゃん、言ってたよね。後悔するくらいなら、当たって砕け散れ……って。
     あたし、行きたい。行かないと……伝えないと、きっと後悔する。だから……」
    心配してくれてるのは痛いほどわかってる。でも。
    一人ぼっちの誕生日……あんなの絶対、もう二度とゴメンだ。
    伝えたい気持ちがあるから、あたしは歌手になった。ここにいるって、言いたくて。
    だからアルト君にも、ちゃんと伝えたい……!誕生日、おめでとうって、ちゃんと言いたい。

    「ゴメンね、お兄ちゃん」

    それだけ言うとあたしは、振り返らずに後席に身を沈めた。

    144 = 77 :

    『アルト!!お前にバースディプレゼントの配達だ!!』

    ミシェル君がスピーカー越しに呼び掛ける。眼下には、さっきまで銃弾が飛び交っていた暴動の場所。
    アルト君は頭の後ろで手を組んで、抵抗できない状態になっている。
    (あたし、届けたい……届けたいよ、あたしが、ここにいるんだって……アルト君!!)

    バルキリーのハッチが開く。吹き付ける風に髪が頬を打つ。
    あたしはそれでも立ち上がって、震える手でマイクを握りしめて……キッ、と眼下の戦場を見据えた。


    「皆、抱きしめて……!銀河の、果てまで……!!」


    踊りながら、バルキリーに乗って歌う。ライブのために用意された、あたしの新曲。

    145 = 77 :


    あなたが好き、あなたが好き、悲劇だってかまわない……。
    けし粒の命でも、あたしたちは瞬いている……。

    スピーカーとエフェクターに頼った、たよりない歌声。それでも歌った。
    ミシェル君のバルキリーが着地する。あたしは、シェリルさんが歌うはずだったステージに降り立った。

    (あたし、歌うよ、アルト君……!)

    いつの間にか、銃撃戦は止まっていた。みんなが、あたしの歌を聴いている。
    アルト君のバルキリーが、目の前を飛んでいる。ガラス越しに、アルト君があたしを見つめているのが解る。


    心が光の矢を放つ――。


    アルト君に向かって、あたしは歌った。
    もつれあうバルキリーたち。飛び交う光。あたしはアイモを歌う。
    あたしのたったひとつの、思い出の歌。なにかやさしいものが、胸の奥から込み上げてくる。
    みんながあたしを、あたしの歌を聴いている。


    (ねえアルト君……あたし、ここにいるよ……)

    146 = 77 :

    「バカかお前!スーツもつけずに、生身で戦場に出てくるなんて……!」
    「だってホラ、あのくらいしないと、みんな歌を聴いてくれないかな、って……」

    そこまで言うとあたしはへたり込んだ。腰が抜けたのだ。銃弾飛び交う中で歌うなんて、初めての経験だった。
    それどころか、戦場なんてものを見たのも、初めてで。
    (どうしてだろう……すごく怖かったはずなのに、満たされた気持ち……)

    「おい、ランカ!」
    「あれ、なんか……気が抜けたら、あしが……」
    「お前、どうしてここまでして……」

    (どうして?……そんなの、決まってる。スタッフよりもファンよりも、ライブなんかよりもずっとずっと大切だったのは――)

    「だって、伝えたかったんだもん……」
    涙が、出そうになる。それをぐっとこらえて、笑顔を作った。精一杯の笑顔を。


    「ハッピーバースディ、アルト君!!」

    147 = 77 :

    「キレイだね……このまま、どこまでも飛んでいきたい気分……」

    あたしはアルト君のバルキリーの後席に乗って、ガリア4の夕暮れを見つめていた。
    今度はちゃんと、スーツをつけて。

    「ああ、そうだな……」
    帰りは、ミシェル君じゃなくてアルト君が送ってくれることになっていた。
    あたしのライブは明日。来るときに使ったフォールド機関を使えば、きっと間に合う。(……でも、)
    きっともし間に合わなかったとしても、あたしは後悔しなかっただろう。
    だってアルト君に、ハッピーバースディが言えたんだから。

    「その……ランカ、……ありがとな」
    「お、お礼されるようなこと、してないよ!あたしが勝手に来た、だけだし……」
    「でも、お陰で助かったよ。…………最高のプレゼントだった」
    「……!!」

    どうしよう……心臓がどきどきして、止まらない。顔がかあっと熱くなる。
    それを誤魔化すように、あたしは空を見ながら小さく歌を口ずさんだ。

    148 = 77 :

    急にけたたましいアラームが鳴る。アルト君が、操縦がきかない、と焦ったように言う。
    バルキリーはそのまま力を失って、腹を地面にこすりつけるようにして着地した。

    「何なんだ突然……!」
    「……?」

    なにかが。
    フラッシュバックしたような、気がした。

    機体をチェックしているアルト君をよそに、あたしは歩きだす。その先に何かがある、とどこかで確信しながら。
    「!アルト君……あれ……!」
    「どうした!」
    あたしたちの目の前にあらわれたのは――第一世代型マクロスだった。


    ――景色が、フラッシュバックする。
    誰かのやさしいにおい、あたたかな手、笑顔、それから、――何もかもが壊れていく様子。


    「ぁ……あ、……」
    震えが止まらない。何も思い出せない。それなのに、……怖くてたまらない。


    「いやぁあああああッ!!!」

    149 = 77 :

    「……ごめんね、びっくりさせて」
    低空飛行で辺りを探索するバルキリー。その後席で、あたしはぽつりと言った。
    「ちっちゃい頃の記憶がないって話……したよね。
     どんなに頑張っても思い出せない癖に、時々……勝手に出てきて、……今みたいになるの」
    「なら、考えるなよ。思い出さないでいいことだから、忘れてるんだろ?」
    「そう……なのかな」
    「ああ。過去なんかに縛られるのは時間の無駄さ…………、っ、またか!!」
    苛立ったようなアルト君の声。バルキリーががくん、と揺れる。……動かなくなった。


    「……ねえ、もう帰れないの?」
    様子見に外へ出て、深い原生林を見わたす。アルト君はあたしを勇気づけるように、心配するなと言った。
    「航法計が全部ホワイトアウトしてるだけで、壊れたわけじゃない」
    「でも……」
    「恐らく、強力なジャミングを受けて……アイツが原因かもしれないな」
    マクロスの方を望遠鏡で覗きながら、アルト君は、お、水場がある、と言って立ち上がった。

    150 = 77 :

    水場に辿り着いたアルト君は、水のチェックをしたら即座にパイロットスーツを脱ぎ捨てて水浴びをした。
    ほどかれた長い髪は枝毛なんかとは無縁そうで、とてもきれいだ。
    何だか初めて出会った時みたい、と思ってそれを言うと、アルト君に笑われた。
    水をかぶったのはお前の方だ、って。
    (……覚えてて、くれたんだ)


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