元スレランカ「解ってる…どうせあたしの歌はヘタだって」
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51 = 1 :
ワンフレーズ歌っただけで、ひとが皆あたしに注目するのがわかった。
シェリルの歌だ、あれシェリルの曲だよね、シェリルのだ、ざわめきが聞こえてくる。
いつもあたしを励ましてくれた、シェリル・ノームの歌。シェリルさん、あたしに力を貸して!
途中でギターが入ってきたのがわかった。その次にドラムが聞こえてきた。
そこからは、もう無我夢中だった。(――届いて、あたしの歌!)
ねえ、あたしはここにいるよ。
誰か……誰でもいい、誰か……あたし、ここだよ。ここにいるんだよ。
歌い続けていると、お腹の奥があったかくなってくる。手拍子が聞こえる。
あたしがここにいることを、誰かが知っていてくれる。……つながっている。そう思った。
52 = 1 :
「凄かった……正直、驚いたよ」
あのミシェル君が、びっくりしてる。あたしを、認めてくれてる!飛び上がりたいくらい嬉しい。あの紙飛行機を思い出した。
「アルト君のおかげなの!」
「は?ふうん……噂をすれば」
ミシェル君が視線をなげかける先には、アルト君と……シェリルさんがいた。
「シェリル……さん?」
夕日に照らされ、噴水越しに見える二人は一枚の絵のように様になっていた。どんなやりとりをしているかは解らない。でも、じっと見つめてしまう。
そして――
シェリルさんが、アルト君の頬にキスをした。
「……っ!!」
ヒュウ、とミシェル君が口笛を鳴らす。思わず立ち上がってしまった。だって、そんな、どうして?アルト君、どうしてシェリルさんと一緒に……。
「おーーい!きみーー!!」
けれどその時、叫びながら駆け寄ってくる人があたしの手を取って言った言葉が、今日の全てを吹き飛ばした。
「君こそはワタシが探し求めた本当の歌姫ッ!!どうか、ワタシのところでデビューしてみませんか!?」
「…………、え、えええええっ!!!」
53 = 1 :
「妹さんを、ワタシに下さいッ!!」
あの時あたしをスカウトした、エルモさんが土下座している。
お兄ちゃんはこめかみに青筋を立てながら、がっつりと腕を組んでそれを見下ろしている。
あたしはエルモさんの少し後ろで座り込んでいた。頭を下げればよかったのかもしれなけど、それだけはしたくなかった。
だってあたし、やっぱり間違ってなかった!
今ここで歌える?って言われて、ちゃんと歌えた。
そしたらいっぱい人が来てくれて、スカウトまでやってきた。
やっぱりあたしは間違ったことしてない!石頭のお兄ちゃんが、あたしをコドモ扱いするから、いけないんだ。
あたしだってもうすぐ成人する。
「歌は文化、文化は愛!つまり、歌は愛なんです!
そして、ランカさんにはその愛を伝える力がある……ですからどうか、お兄さま……」
――自分のことくらい、自分で決める!
54 = 1 :
「「「おめでとう、ランカちゃん!!」」」
トン、とコップをテーブルに叩きつける。乾杯のマークがあたしのコップに集まってくるのを見て、ああ、あたし本当にデビューできるんだ、ってやっと思った。
「ありがとう!みんなのお陰だよ!」
和気藹々と皆があたしのことを祝ってくれる。それがたまらなく嬉しかった。アルト君はこんな事務所名、聞いたことがないぞ、とぼやいていたけれど、他のみんなが総ツッコミしてて、ちょっと面白かった。
「なんてったって、あのオズマ隊長が認めてくれたんですから!」
「あはは、でも認める時の顔と声が怖すぎて、エルモさんびっくりしてたけどね」
あーありそう、と全員きれいにハモる。ナナちゃんは、私全力で応援します!と腕を掲げた。
「目指せ、銀河の歌姫!打倒シェリルです!」
(打倒……シェリル……さん)
この前みたキスシーンが脳裏をよぎった。……あの二人、つきあってるのかな。なんでだろう、なんか凄く、モヤモヤした気持ちになる……。
「俺も応援するよ、ランカちゃん」
「ミシェル君……」
「あんな素敵な歌を聞かされちゃあね……つまり、ファン一号ってコトで」
「一号は私です!」
「あ、じゃあ僕、三号になります!」
そして全員の視線が――アルト君に集まる。うへぇ、とヘンなため息をもらすと、アルト君は仕方なさそうにわかったよ、応援してやるさ、と言った。
投げ遣りな感じの言葉なのに、どうしてかな、あたしは他の誰から言われた言葉よりも嬉しく感じた。
「ではここに、ランカ・リーファンクラブの結成を宣言します!」
「「おー!!」」
……どうしよう。もうファンクラブが出来ちゃった。えへへ、照れくさいけど、嬉しいな……。
55 = 1 :
ナナちゃんたちが、あたしの衣装を考えてくれている。
それなのに、あたしはどこか上の空だった。アルト君は横で紙飛行機を折っている。
「ごめんね、アルト君」
「ん?」
「ホントは……一番に知らせようと思ったの。だけど……」
夕日の差し込む中、美しいグラデーションを描く空を背景に。
噴水の光が西日を乱反射して、ダイアモンドのようにきらめいていた。
あたしにとってのお姫様と女神さま……まるでこの世のものじゃないくらいキレイな二人。
映画のワンシーンのような、一瞬のキス。
56 = 1 :
「……あの、邪魔しちゃったらとか、うるさくしたらダメかなーって」
(言えないよ、こんな気持ち……)
こつん、と額に紙飛行機を当てられた。アルト君は何今更遠慮してんだよ、とふてている。
「それに、実はあの時俺も、ゼントラのモールにいたんだ」
「……、…………そ、そおなんだ……えっと、買い物とか?」
「まあ……そんなとこだ」
「ひ、一人で?」
「ああ」
(……!)
どうして?なんで黙ってるの?言えばいいじゃない、シェリルさんと一緒だった、って……。
それとも何か、言えないわけでもあるの……?
「良かったじゃないか、盛り上がって。……そだ、コレやるよ」
かさ、と差し出されたのは、シェリルさんのサヨナラライブのチケットだった。それもS席の……。
(これ、シェリルさんから直接、もらったのかな……)
「別に誘ってるわけじゃないからな?そう、祝いだ、スカウトの」
「…………、ありがとう……」
どうしよう。なんて顔したらいいんだろう。
どうして、大好きなシェリルのライブチケットなのに、こんなに、素直に喜べないんだろう……。
57 = 1 :
ブザーが鳴って、街頭テレビが全部大統領声明に切り替わった。
『今日は、皆さんに重大なお知らせがあります。ご覧ください』
パッ、と切り替わった画面には――赤い化け物。
ひっ、と喉が音をたてた。
バジュラ、と呼ばれるらしいその化け物の映像が流れ続ける。あたしは目を背けてしまった。
震えが止まらない。アルト君にしがみついたまま、離れられない。
『現時点を――――非常事態宣言を――』
頭がばらばらになりそうだ。大事なお知らせだから聞かなきゃいけないのに、声がちっとも耳に入ってこない。
血まみれになったお兄ちゃんの映像が脳裏にフラッシュバックした。ずっと、思い出せなった映像なのに……なんでこんな時に……。
「……カ、おいランカ、大丈夫か!?」
「ランカさん!?どうしたんですか!」
いやだ……いやだよ……どうして来るの……あたし、ちゃんと、約束を……。
58 = 1 :
夜。テレビではまだ、大統領声明が流れ続けている。
「…………だから、だったんだ……戦いが、はじまるかもしれないから……」
だからあたしを、歌手に。……お兄ちゃん……。
せっかくのシェリルのチケットが、くしゃくしゃになって投げ出されてる。
なんでかな、今はちっとも、このチケットが魅力的に見えないよ……。
この前のライブのチケットは、大事に封筒に入れてても、いつもキラキラして見えたのに……。
色んなことがいっぺんに起こりすぎて、頭がパンクしそうだった。
あたしが歌手になる。シェリルさんがアルト君にキスをした。戦いが……起こるかもしれない。
(電話……しなきゃ……お兄ちゃんがしんじゃうかもしれないなら……電話を……)
どうしよう。うまく、考えられないよ……せっかくのデビューだったのに……。
『安心しろランカ、何があっても俺は絶対死んだりしない、アルトたちも絶対死なせはしない!
それにお前ももう16、来年には成人だ。いつまでも過保護じゃいかんだろ……。
あぁ、だからって何してもいいわけじゃないぞ!何かあったら、歌手なんてすぐやめさせるからな!』
普段なら猛反発してるところなのに……何故か言葉が出てこなかった。
「うん……わかってるよ、お兄ちゃん……」
ずっとコドモ扱いしてたくせに……こんな時だけ、オトナだなんて。
59 = 1 :
『私はギャラクシー、私の故郷が無事だと信じます。そして、このフロンティアが、彼らを助けるために行動を起こしてくれることに、感謝を申し上げます』
言葉が耳に入ってこない。いつもテレビで見てるシェリルなのに、そこにいるのはもう、あたしの知っている『シェリルさん』だった。
ポッキーをだらしなくくわえて、パジャマ姿でずっと、お兄ちゃんと電話したときから、……ずっとこうしてる。
『それどころか、いたずらに手を出せば、あの化け物、バジュラの注意を引くだけとの見方もあるようですが……』
『つまりこう仰りたいんですか?ベッドに潜って息を殺して、バジュラが見逃してくれるのを待つべきじゃないのか……ギャラクシーなんて見殺しにして』
『そ、そうは言っていませんが……』
『そうですよね。この艦ももう、バジュラに襲われてるんですから』
シェリルさん……どうしてこんな時でも、笑顔でいられるんだろう……気丈でいられるんだろう。シェリル・ノームだから?……あたしには、ムリだよ……。
『と、ともかく、こういう事態です、今夜のライブは中止だと思いますが、ファンに向けて……』
『中止!?誰がそんなことを決めたの!?』
『で、ですが……』
『ライブはやるわ。そして私は……ギャラクシーに帰る!』
シェリルさん……。どうしてそんなに、強くいられるのかな……。
あたしなんか今はもう、なんにも感じないよ……。あたし、ひどい人間なのかな……。
「シェリルさん……」
気付けばあたしは走っていた。天空門への道を、一目散に。
ライブはもう、きっと始まってる。それでもくしゃくしゃになったチケットを握りしめて、何度も転びそうになりながら、ただひたすら走り続けた。
きっと今シェリルさんに会いにいかなかったら、あたし一生後悔する。だってあたしは、シェリル・ノームのファンだから……!
60 = 1 :
(どうしよう……アルト君、待たせちゃったかな……)
えーと、Mの5と6……と呟きながら、出来るだけ頭を下げて客席を探す。
――あった。空席が……ふたつ。
(アルト君……?)
「短い間だったけど、フロンティアの人たちと一緒にいられてホントに良かったわ。
いろいろあって、みんなに心配かけちゃったみたいね」
「シェリルさん……」
「でももう大丈夫!今夜もいつも通り、マクロスピードで突っ走るよ!だから……」
「あたしの歌を聴けぇえ!!」
その瞬間――、あたしは、戦争になるかもしれないことも、隣にアルト君がいないことも、お兄ちゃんの死なないという約束も、何もかもを忘れて、ただの『シェリル・ノームのファン』になっていた。
61 = 1 :
ただ、魅了される。
どこまでも伸びていく凛とした歌声、めまぐるしく変化する衣装、時により形を変えるステージ。光と音と、それだけが全てになる。
会場を埋め尽くすシェリルコール。ここにいる全員が、シェリル・ノームを待っている。
(どうして来ないんだろう、アルト君……こんなに素敵なステージなのに)
その時、肩に乗せていたオオサンショウウオさんの目が光った。アラーム式の留守番メッセージだ。
名前は……お兄ちゃん?イヤフォンをひっぱって耳に当てる。
『俺だ。本当は直接言うべきことなんだろうが、ちょっと言いにくくてな。……仕事だ。今日は帰れない』
(お仕事……?)
――赤い化け物。
――燃えていく街。
――傷付いたお兄ちゃん。
(そんな……)
『だが約束は必ず守る。心配しないで、待ってろ』
ピー……、という終了音がいつまでも耳に残った。
「!!じゃあアルト君も!?」
思わず大声が出てしまう。周りからじろりと睨まれ、慌てて頭を下げた。
(アルト君……お兄ちゃん……!)
62 = 1 :
「いよいよ最後のナンバーね。皆ともこれでお別れ……あっという間だったけど、すごくいい思い出になったわ!
広い銀河の中、また会える日が来るかわからないけど……、っ……あれ……うそ……」
語尾が震えている。
どんな時でも凛々しく強く美しい、シェリル・ノーム。あたしの憧れ。
だけど、今の彼女は、あたしの知っている『シェリルさん』に見えた。
高まっていくシェリルコール。泣かないでー!と叫ぶファンたち。あたしも、気付けば叫んでいた。
泣かないで、と。(だって、アルト君たちが戦ってる……きっと、シェリルさんの故郷は守られる……!)
だからお願い、ステージの上では、どうかシェリル・ノームのままでいて、と。
シェリルさんは目元をぐいっと拭うと、
「泣くわけないでしょ、この私が!!……わたしが…………」
言葉に詰まってしまった。
(どうしてだろう、すごく、悲しい……)
あたし、みんなに届けたいの。あたしはここにいるよって……。
シェリルさんにも、届けたいの……あたしはここに、シェリルさんのすぐ傍にいるんだよ、って。
おなかが熱い。ぐっと、感情が流れ出てくる。
63 = 1 :
「シェリルさぁん!!!!」
届くはずがないと思ってた。だってステージのシェリル・ノームは、あたしからこんなに遠かったから。物理的にも、精神的にも、なにもかもが。だけどその時、あたしがあらん限りの声で名前を呼んだとき、シェリルさんは確かにこっちを見た。
(シェリルさん……シェリルさん……!あたしはここだよ、ここにいるよ……アルト君はいないけど、でもシェリルさんのために戦っていて……、あたしは、ここにいるんだよ!!)
ふっと、ステージの彼女が、微笑んだ。
「ねえ皆……ちょっと我が儘言わせてもらってもいいかな。この最後の曲だけは……ある人のために……ううん、ある人達のために歌いたいの。今遠いところで、いのちをかけている人達のために……」
「!!」
(シェリルさん、知ってる……知ってるんだ……)
アルト君たちが出撃してること、知ってて、それでも、ステージで……。
世界中でシェリルさんとあたし、二人きりになったような気がした。
お腹の奥が熱い。あんなに遠くにいる筈なのに、シェリルさんの表情まで読み取れる。
「そしてあなたにも……あなたにも一緒に、歌って欲しいの……」
ささやくような、だけどお腹の底にひびくような、シェリルさんの声。
あたしは、絶対見えてないとわかっているのに、ただ静かにうなずいた。
一緒に歌おう、シェリルさん。あたしは……ここにいるよ。
「ありがとう皆!愛してる!」
一緒に歌う。声が重なって、大きな層になっていく。
シェリルさん、シェリルさん……。
今この天空門にいる人も、全銀河にいる人もみんな、シェリルさんの傍にいるよ……。
ひとりじゃないよ……。
「ありがとう……!みんな、ありがとう……!!」
64 = 1 :
「ええっ!?もう退院しちゃったの?ルカ君も?」
『俺は検査入院みたいなもんだし、ルカも別の病院に行ってるけど……明後日には帰れるらしい』
「そうなんだ……ゴメンね、お見舞い行けなくて」
言った途端、受話器の向こうでアルト君が苦笑した。誰も来てくれなんて頼んでないって。
……お見舞い、行きたかったのにな。
戦いに出たアルト君が入院したって聞いて、あたしはもう何を置いても真っ先にお見舞いに行きたかった。
でも、できなかった。お仕事があったし……それに、シェリルさんとのことがどうしても、気になってたから。
だけどこんなに後悔するなら、やっぱり行けばよかったよ。
差し入れ持って行って、リンゴとか剥いてあげたりして、アルト君を気遣って……そういうこと、してみたかったな。
気付いたらあっと言う間。もう、退院しちゃっただなんて……。
『駆け出しの癖に仕事で忙しいなんて、生意気だけどな、はは』
「う、うん……」
65 = 1 :
「たとえ世界がつらくても~夢があるでしょイロイロと~♪」
ニンジンの着ぐるみが重い。バランスも悪い。ふらふらしそうになる。
ゼントラモールフォルモ、そこのニンジン売場で、あたしは一人歌っていた。
「き~みにビタミン七色~ニンジンloves you yeah!」
ゼントラーディの子供たちがこっちを見てる。今だ!と思って踊りながらすかさずニンジンの試食を取り出した。
でも、子供たちは見向きもしない。……ニンジンって、ちいさい子、キライなこと多いもんね……。
(ううう、喉が、ノドが痛いよぅ……)
こんなに長い事ずっと歌ってるなんてしたことなかった。
それに踊りもしなきゃならないから、なんかもうフラフラだ。舌がもつれて時々歌詞が飛ぶ。音程がふらふらする。
(シンドいよう……こんな仕事、アルト君に言えないよ……)
「ニンジンloves you yeah~っ!!!」
早く、早くシェリルさんみたいになりたい。
シェリルさんみたいになって、堂々とアルト君の隣に立ちたいよ。
こんなじゃなくて、ちゃんとアルト君に言えるようなお仕事ができるくらいになりたい。
66 :
ランカちゃんヤックスゥィーツ(笑)
67 = 1 :
「……ぷはぁっ!」
ニンジンの被り物を脱いで、ちょっと休憩する。
「こんな仕事じゃ……アルト君に言えないよ」
「そうですか?私はなかなか、楽しいですが」
「徳川さん……」
ミシェル君とここに来たとき、あたしが完全スルーしてた、いつもここで演歌を歌ってる人だ。
徳川さんはニンジンを一本手に取ると、何事も下積みが大事です、と言った。
「それにランカさん、テレビのお仕事も決まったんでしょう?」
「……はいっ!!ちっちゃなバラエティのゲストですけど……でもお仕事貰えるだけ幸せですもんね!がんばります!」
まだまだシェリルさんには遠く及ばないけど、それでもテレビの仕事なら……アルト君にも、見てって言えるかもしれない。
……収録の、出来次第だけど。
「ランカちゃ~~~ん!!ニュースニュース、大ニュースですよ!!」
「あ、エルモさん!」
「例の件!合格ですよ!」
「!!ホントですか!?」
(やった……!)
ニンジンの着ぐるみが重いことも、衣装がかわいくないことも、ステージがないことも全部、もうどうでも良くなっちゃうくらい、あたしは飛び上がって喜んだ。
だって明日から……アルト君と同じ学校に行けるんだ!!!
68 = 1 :
「芸能コース一年に転校してきました、ランカ・リーですっ!えへへ……」
座席についているアルト君に向かって手を振る。ふふふ、アルト君ったら、すっごくびっくりしてるよ。
よろしくお願いしますっ!とあたしは上機嫌に自己紹介を終えた。
「お仕事はじめたせいで前の学校にいられなくなっちゃったし……だから転入試験受けてみたの。
でもドキドキだったよー、実技試験とかあってキビしいの有名だったし!」
休み時間。みんなで階段に座りながら、おしゃべりする。すごく楽しかった。
……だってその間、ずっとアルト君も一緒にいてくれるんだから。
「ランカさんの実力なら当然ですよ!これから毎日会えるなんて、私うれしくってもう……」
「ナナちゃん!」
思わずナナちゃんの手を取る。ルカ君が、楽しくなりそうですねアルト先輩、と話を振った。
「アルト君も、よろしくね!」
「あーまぁな……」
投げ遣りな言葉。いつものことだから、気にしない。
それに今日はあたしにとって特別な日になったんだから、ちょっとやそっとのことじゃへこたれないんだから!
69 = 1 :
ミシェル君が、学校内を案内してくれる、って言った。……何だか照れくさいな。
こんな風に、学校で誰かに話しかけてもらったり、特別扱いしてもらったりするのなんて、全然なかったし。
「遠慮なんかナシナシ!今日は、ランカちゃんが主役なんだから」
「主役……?ちょ、ちょっとうれしいかも!」
今日のあたしは、みんなの主役なんだ……特別、なんだ。……うれしいな……。
急に門の辺りがざわめいたと思うと、車の音がした。
乱暴に突入(という言葉がぴったりだ)してくる車は、あたしたちの前に滑り出してくる。
ばたん、とドアが開いたと思うと、自信満々にあらわれたのは……
「な、なんでお前が……」
「シェリルさん……!?」
70 = 1 :
「地元学生との交流だぁ?」
「そーよ。ちゃんと学校側の許可も取ってあるわ。それにしても……」
美しい色合いの髪がたなびいて、澄んだ瞳があたしのことを見つめる。
「奇遇よね、貴女もこの学校に転入したばっかりだなんて」
「あ……ハイ……」
なんだろう。なんで、なんだろう。
いつの間にか、この場所の主役はとっくに、シェリルさんになっていた。
シェリルさんはいつもそうだ、どこにあらわれても、ただそこにいるだけで、全てを圧倒して……自分がスポットライトの中心になってゆく。
(今日は、あたしが主役のはずだったのに……)
「見学中なんでしょ?一緒にこのドレイ君に案内してもらいましょ?」
「ど、奴隷!?」
「そうよ。アルトは私の、ド・レ・イ」
71 = 1 :
「……、」
大好きなシェリルと同じ学校、その筈なのに。
(なんでかな、嬉しいって気持ちが、ちょっとしか湧いてこないよ……)
気付けば校舎の窓はどこも開かれて、多勢の人が窓に詰め寄せていた。シェリルコールが聞こえる。
ここは……ステージじゃないのに……。奴隷にしてくださいとか、女王様とか、アルト姫とシェリル様だなんて、とか、いろいろ。
「姫……?」
「「「はーい、このひとでーす」」」
全員がキレイにアルト君を指し示した。シェリルさんはぽかん、とした顔で姫……と呟いている。
ぎしぎししていたアルト君が急にがばっ!と動き出すと、
「来い!!!」
怒鳴るようにしてシェリルさんの手を握って……どこかへ行ってしまった。
「あ、アルト君……」
やっぱりシェリルさんは、シェリル・ノームだ……一瞬で、何もかもを持っていく。
人影が小さくなって、見えなくなるまで、あたしはただ立ち尽くしていることしかできなかった。
72 = 1 :
皆の提案で、なぜかこっそり後をつけることになってしまった……。
アルト君とシェリルさんは、何やら口論らしきものをしている。
なんだろう、アルト君と話してる時とのシェリルさんは、シェリル・ノームじゃなくって、ただの女の子に見える。
アルト君も、シェリルさんと喋ってる時は、いつもの不愛想だったり投げ遣りだったりするアルト君じゃなくて、ただの普通の男の子みたいに見えた。
「あの二人、どういう関係なんでしょう……」
ナナちゃんが呟く。ルカ君にもわからないらしい。……あたしにだって、わからないよ。
ミシェル君が、苦笑するようにランカちゃんも気になる?と聞いてきた。絶対、わかって聞いてるよ、ミシェル君。
「そ、それは気になるけど……でも、気になると言ってもそんな意味じゃなくって、でも……あの…………、……?」
がさがさ、と草むらがうごめいた。何か、影が見えた気がする。
「どうしたの?」
「え、あ……今、そこに……」
でももう一度見てみると、そこには何もいなかった。
73 = 1 :
シェリルさんの提案で、EXギアを試してみることになった。
とは言ってもあたしは後ろで見てる群衆なだけで、主役はシェリルさんなんだけど……。
EXギアの操作はとっても難しいらしくって、シェリルさんは生卵を掴み切れずにいくつもいくつも砕いてしまった。
(天然モノだから、貴重なはずなんだけどな……)とばっちりで白身が顔に飛んでくる。
でもシェリルさんは負けず嫌いなのか、全然諦めようとしなくって、結局卵がなくなるまでずっとそうしていた。
74 = 1 :
汚れてしまったあたしとシェリルさんとナナちゃんは、シャワーを浴びることにした。
制服は幸い無事だから、髪や顔を洗えばいいだけだし。
隣のブースで、シェリルさんがシャワーを浴びている。
そんな無防備な姿すら絵になるな、とごく自然にそう思ってしまって、……なんだかひどくみじめなような、悔しいような気持ちになった。
(そりゃ、そうだよね……どっちが主役の器かって言ったら、あたしなんかより断然、シェリルさんの方だよ)
あたしなんかちんちくりんで、シェリルさんみたいに胸もお尻もないし、髪だって長くないし、歌は下手くそだし、それに、それに……。
「仕事の方はどう?ランカちゃん」
「あ、えっと……ぼ、ぼちぼち、です……」
「そう。グレイスに任せてあるから、局も枠もわからないんだけど、今度ね、あたしの特番があるのよ。
……あなた一人くらいなら、すぐねじ込めるわ?」
「……、」
75 = 1 :
一瞬で、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
格の違いを見せつけられたみたいだった。
そんなの今日一日で、イヤって言うくらい解ってるのに。
でも、シェリルの特番に出る、って言うことは、物凄く大きな仕事になって、大きい所と、顔が繋がる機会になるってことで……。
出たい、と思う心を、あたしは抑え切れなかった。でも。
「馬鹿にしないでください!!」
「ナナちゃん……?」
「ランカさんは、あなたの力なんか借りなくても大丈夫です!大体なんですかあなたは!
いきなり学校に乗り込んできて、女王様気取りで早乙女君を小突きまわして……」
とたんに、シェリルさんが意味ありげに微笑んだ。
「……貴女。アルトの事が好きなの?」
「!?そ、そうなのナナちゃん!!」
「ち、違います私は……、」
「そういえば、貴女もなかなか美人よね……プロポーションもいいし」
「イヤらしい目で見ないでください!!」
「あー……ナナちゃん、シェリルさん……」
76 = 1 :
洗濯機の前で首をかしげているシェリルさんの前に、歩み寄る。
「あの……シェリルさん」
「ん?」
「ありがとうございます、お仕事の話……でも、でもあたし……、」
ホントは揺れていた。目の前に見えたのはあんまりにも甘い餌だった。
それでも、ナナちゃんが言ってくれた言葉が、あたしの背中を押してくれた。
(だってこのままじゃ、みじめなだけで終わっちゃう……)
「あたし、自分の力で頑張ってみたいんです。今日もこれから収録あるし……だから、」
「……そう言うんじゃないかって思ってた。自分の信じるとおり頑張ってみるといいわ」
「……はい!」
シェリルさん、買いかぶりすぎだよ。あたしはそんな、出来た子じゃない。
でも、シェリルさんがそう言ってくれるならあたし、なんとか自分で頑張るよ。
よし、と決意を決めた時、また、がさがさ、と音がした。シェリルさんのカゴからだ。
洗濯前の衣類を入れたカゴ、そこに詰め込まれた布類が、ひょこひょこ揺れている。
「?……わあっ!!」
77 :
なにかが飛び出した。
緑色の、尾の長い何かが、ピンク色の布をまとわりつけた状態で跳ねている。
誰かが入ってくるのと入れ違いに、そのままぴょこぴょこと、ドアの外へ出て行ってしまった。
(今の布は………………下着!?)
「な、な、な」
「いゃぁあああああッ!!!あたしの下着ィイイイ!!!」
シェリルさんが身も蓋もなく絶叫した。
ドアの外で待機していたらしい、大量のシェリルファンたちがいっせいにどよめく。
そこからはもう、大騒ぎだった。
シェリルの脱ぎたてだー!と言う声を皮切りに、上へ下への大騒動が始まる。
キッとまなじりを上げたシェリルさんは、がばりとワンピースをかぶるとあたしに行きなさい、と言った。
78 = 77 :
「あ、え、でも……ぱんつ、」
「私を誰だと思ってるの……駆け出しは自分の事だけ心配してなさい!!」
(いや、でもその下、はいてないですよね……)
だけどあんまりにも自信たっぷりにシェリルさんが言うから、不思議と力が湧いてくる。
この人が言うと、本当に何もかもが大丈夫に思えるから不思議だ。
「……はい!行ってきます!」
あたしは踵を返して、学校を後にした。
79 = 77 :
「はっ、はっ、はっ……」
坂を駆けおりる。空が青い。息がはずむ。
「人生は、ワン、ツー、デカルチャー!頑張れあたし!!」
下着騒動で出遅れたあたしは、全力で仕事場へと向かっていた。
息がへろへろになって、電柱にしがみついて、でもまた走り出す。
懐でオオサンショウウオさんが鳴った。
「はい、すみません社長!あと少しで……!」
『いやいやいやいやもう、参っちゃったよ~!それがさ、
シェリルの特番が入るって言うんで、、番組自体が飛んじゃって……』
「!!」
『プロデューサ―はね、ランカちゃんの事たか~~く買ってくれてるの!だから次!次こそはね!』
80 = 77 :
足が止まる。息が、うまくできない。
路面電車が通り過ぎていく。その向こう側には、壁いっぱいのシェリルの広告。
……電話を切って、空を見上げた。
どこもかしこも、……シェリルであふれていた。
あたしが主役だったはずの日。
特別な一日になるはずだった日。
でも今は、……ただの一日だ。(……帰ろう)
81 = 77 :
グリフィスパークの丘。
帰ろうと思ったのに、自然と足が向いてしまっていた。
デビューする前は、いつもここで歌っていたっけ……。だれもあたしを見ないから。
(でもそんなのはもう、イヤだって、思ったんだ)
だから歌手になろうって決めた。それなのに。
まだ誰も、あたしがここにいるって、知らないよ……。
スポットライトの中心はいつも同じ人。あたしの女神さま、シェリル・ノーム。
……かないっこない、あたしなんか。
82 = 77 :
その時、かさかさ、と音がした。
音の方を見ると、緑の尾が長い、つぶらな瞳が可愛らしい生き物が、こちらを見ていた。
「あなた、もしかしてさっきの……?」
シェリルさんの下着を持ってっちゃった子に、良く似ている。
「……そんなわけないか。おいで?あたしも今、一人だから」
緑の子は、するするとベンチの端っこを伝ってこちらに寄ってくる。言葉が通じてるみたいだ。
「あんまり見かけない子だね。あなた、どこの星から連れてこられたの?」
そっと頭をなでてやると、キイ、と小さい声が鳴いた。
「ふふ。……かわいい」
素直でいい子だ。あたしが今とっても寂しかったのをわかってて、側に居てくれるみたいだった。
「誰もあたしを見ないけど……知らないけど。あなたは聴いてくれる?あたしの歌……」
キイ、と可愛い声が答えた。
83 = 77 :
「アーイモアーイモ ネーィテ ルーシェ……
ノイナ ミーリア エーンテル プローォテアー……フォトミ……」
街はシェリルであふれている。ライトを浴びるのはいつだって彼女だ。
あたしはまだ駆け出しで、だれもあたしのことを知らない。
いつかみんなに、誰でもいいから皆に知って欲しいけど、今聴いてくれるのはこのちいさなみどりの子だけ……。
「ルーレイ ルレイア……」
ハーモニカの音がした。同じメロディをかなでている。
それどころか、その続きも。(あたしの曲を、……知ってる?)
音楽が止まり、その人があらわれた。
群青の服を着た、金色の髪と赤い瞳の、男のひと……。
「……あなた……だれ……?」
84 = 77 :
「ランカ・リーです!この度わたし、デビューします!よろしくお願いしまーす!」
街頭に立って、水着姿でディスクを手渡す。メイクはボビーさんがしてくれた。
バックにはあたしのデビュー曲の『ねこ日記』が流れていた。
ぽつぽつだけど、受け取ってくれる人もいる。
その場で聴いてもらえて、さらに手元にも残る形なら覚えてらえる可能性が高いって言った社長の作戦はとてもいいと思う。
ネットでもPVを流せたら良かったんだけど、サイトを立ち上げたり動画を流そうとすると、どうしても会社のパソコンがハッキングされたりしてうまくいかないんだって。
85 = 77 :
水着はちょっと、恥ずかしいけど……でも、着ぐるみの仕事よりずっといい。
(それにこれならバックで歌を流してるだけだし、喉も痛くならないからね)
「お願いしまーす!お願いしますー!…………あっ、」
この前の、ハーモニカの人が、柱にもたれて立っていた。
「あのっ……!」
見間違えるはずがないと思ったのに、……声を掛けた時にはもうそのひとは消えていた。
(誰なんだろう、あの人……どうして、あたしの歌を……)
86 = 77 :
『魅力的なサラを期待しています……今年度ミスマクロスのミランダ・メリンさんでした』
娘娘の休憩室のテレビでは、あのコンテストの時に出会った女性が、主演女優を演じる映画の番宣をしている。
大昔の伝記を元にした映画なんだって。
「なんか悔しいですね……こっちは手渡しのプロモーションしか出来ない、って言うのに」
「でもねナナちゃん、エルモさんが言ってたの。歌って元々、人から人へ口伝えで伝わるものなんだって。何か素敵じゃない?」
「そ、……そうですよね!あのディスクを見て、ランカさんの事好きになってくれる人が!!」
「うん!」
どたどたどた、と物凄く騒がしい足音がした、と思うと、息を切らしたエルモさんが飛び込んできた。
「ランカちゃん、ニュースですよ、ニュースですっ!!」
「……え?」
その話を聞いた時、あたしは最初、本気でウソなんじゃないかって疑ったくらいだった。
87 = 77 :
× 「そ、……そうですよね!あのディスクを見て、ランカさんの事好きになってくれる人が!!」
○ 「そ、……そうですよね!きっといますよ!あのディスクを見て、ランカさんの事好きになってくれる人が!!」
88 = 77 :
『映画?おまえが?』
「そうなのアルト君!監督さんがね、あたしのディスクを見て、気に入ってくれたんだって!!」
『へえ……良かったじゃないか!』
「でもあたし今までお芝居なんてしたことないし、うまくできるか心配で心配で……」
『まあ……ムリだろうな』
「あー……やっぱり意地悪だよ、アルト君……こういう時は、ウソでもいいからできるって言おうよ?」
『思わざれば華なり、思えば華ならざりき……』
「えっ?」
『頭で演じようとすれば、必ずどこかに嘘が残る。要するに、考えずにただひたすら感じて、役になりきれって事さ』
89 = 77 :
「すごいやアルト君!お芝居のこともわかるんだ!」
『うぁ……まあな……どっちにしろ、台詞もない端役なんだろ?』
「っ……そうだけど……」
アルトー、いつまで電話してんのー!という覚えのある声がかすかに聞こえた。
(一緒にいるんだ……シェリルさんと)
『悪い、軍から広報の仕事が入って……じゃな』
「あ、うん……」
何も言えなかった。電話が切れたあと、あたしはぼんやり窓の外を見つめた。
広告はやっぱり、どこもかしこもシェリル・ノームばかりだった。
90 = 77 :
映画撮影当日。
あたしたちは船で、撮影場所となるマヤン島までたどり着いた。
あちこちで大道具の人たちが働いている。
「すごーい!!島がまるごとセットになってるなんて!」
「ようこそマヤン島へ、ランカちゃん!」
「えっ?……ミシェル君、ルカ君!どうして……」
桟橋の上に立つのは間違いなく彼らだ。
ボビーさんが、SMSが撮影に協力してるの、と事情を説明してくれた。
バルキリーがいっぱい出てくるから、そこらへんを担当してるらしい。
「じゃあアルト君も……!」
「や、あいつは別の仕事。色々やばくってね」
「……そうなの」
「さあさ、ランカちゃん。メイクの続きしましょ?」
ボビーさんが優しく肩に手を掛ける。
慰められてるのがわかって、逆にちょっとしょんぼりした。
91 = 77 :
バリバリと音をたててヘリが降りてくる。主演女優態の登場だ、という声。
その中からは、ミランダさんがあらわれた。
……あの時同じ舞台に立っていたのに、今はこんなにも遠い。
着替えて浜を歩いてると、あら貴女、と声をかけられた。ミランダさんだ。
「ミスマクロスの時の子ね」
「あ、はい、こんにちは……」
「出るの。役は?」
「マヤンの娘Aです!」
「まあ素敵。私の映画を台無しにしないよう、せいぜい頑張ってちょうだい?」
「……、」
やっぱり、殺気立ってるな……あの時といっしょで、やな感じ。
92 = 77 :
「聞き捨てならないわね。妥協で私の歌が使われるの?」
「?今の、シェリルさんの声……」
見ると、テントの方に見覚えのあるストロベリーブロンドが輝いている。
その隣にいるのは、……アルト君だった。(別のお仕事って……こういうこと?)
ミランダさんは興味を失ったかのようにすいっとあたしの前を去って行くと、シェリルさんの方へ駆けて行った。
つい、あたしも後を追いかける。
シェリルさん、とミランダさんが感極まったような声で話しかける。
私主演の……、と続けようとしたが、それを綺麗に無視してシェリルさんはあたしの方へ歩み寄ってきた。
93 = 77 :
「ちゃんと登ってきてるみたいね」
「はいっ!」
……ふふーん、何だか気分がいい。
あのシェリルさんが、ミスマクロスのヒトよりあたしを気にかけてくれている!
キッとこちらを睨むミランダさんの視線は相変わらず怖かったけど、あたしは全然気にならなかった。
「アルト!あんたも何か言ってあげなさい!」
「……よ、よお」
「あの……どうして?アルト君」
「命令さ……例のコイツのドキュメンタリーとかもSMSが全面協力とかで……」
めんどくさそうにぼやいていると、急に後ろの監督さんとスタッフさんがガッ!とアルト君に食ってかかった。
「失礼ですがあなた、早乙女アルトさんですか!映画に出ていただけませんか!?」
(アルト君……知り合い?)
「見ましたよぉあなたの舞台!!桜姫東文章の桜姫!!」
「さくら……ひめ?」
(なに、それ……)
94 = 77 :
「驚いた……アルト君が、歌舞伎のおうちの跡取りだったなんて」
「そお?私は知ってたけど。触れられたくないから突っ込むのをやめてたけど、有名人よ?嵐蔵早乙女は」
「ルカ君も?」
「一応……先輩、家を継ぐのがイヤで、大ゲンカしてパイロットになったらしくて……」
「そう、なんだ……」
「ランカさん?」
「あ、ちょっと、ね!」
95 = 77 :
そのまま駆け出してしまった。行く当てなんてない。
ただ、何だか良く解らないけど、胸が苦しくて……切なくて、打ちひしがれたようだった。
(皆知ってるのに、あたしだけ、知らなかったんだ……アルト君のこと、なんにも)
知ってて、アルト君を思って何も言わなかったシェリルさん。
無神経にも電話でお芝居のことを聞いてしまった自分。……みっともなくて、涙が出そうになる。
あたし、アルト君のこと何にも知らない。
どこで生まれて、どんな風に育って、何が好きで、何が嫌いで……そういうの何も知らない。
あたしはただ浮かれて、キレイでカッコイイパイロットの子に憧れただけ……。
96 = 77 :
あちこち歩いて……というか、よじ登ったり降りたりを繰り返している内に、高台の崖まで来てしまった。
辺り一面を一望できる。青くてきらきらした海が広がっていて、浜に近づくにつれてグリーンへのグラデーションが描かれて、とてもきれいだ。
「うわあ……」
思わずそこへ座り込んだ。広くて大きくて、青くて……とてもあたたかい。やさしい場所だな、と思った。
「アーイモアーイモ ネーィテ ルーシェ……
ノイナ ミーリア エーンテル プローォテアー……フォトミ……」
97 = 77 :
あんまりにもキレイで、だから何もかも忘れさせてくれるような気がした。
あの時は一緒だったはずのミランダさんが、もう全然追いつけそうにない距離にあること。
シェリルさんがあんまりにも自然にアルト君を思いやっていて、すごく大人だと思ったこと。
アルト君のことを、上っ面のことしかなんにも知らなかった自分。
そういうみっともない何もかもを、忘れさせてくれるんじゃないかって思った。
(アルト君……あたし、大人になりたいよ……)
98 = 77 :
暫く歌っていると、やっぱり喉が痛くなってきて。もう頃合いかな、と思って立ち上がった。
(早く戻ろう。あたしの役まではまだ時間があるけど、何があるかわからないし)
そうして振り返ると、そこには――ヒュドラがいた。
目が赤い。ひゅうひゅうと呼吸音がする。開かれた口からは、鋭い牙が見えた。
完全に、こちらを捕食対象として見ている――!
(逃げ、なきゃ)
99 = 77 :
走って走って、ヒュドラから逃げた。普段は大人しいはずのヒュドラが、なぜあんな風になってしまったのか解らない。
でも初めて見た野生まるだしのヒュドラは恐ろしくてたまらなくて、脚がもつれてころびそうになりながら、それでも逃げた。
「はっ、はっ、はっ……っ、あぁっ!」
目の前には崖。行き止まりだ。振り返ると、野性を剥きだしにしたヒュドラがこちらを見つめている。
(やだ……誰か……!)
どこかへ逃げなきゃ、と一歩後ろへ足を引くと、がく、と踵が落ちそうになった。もう崖っぷち。
本当に、後がないのだ。
ヒュドラが地を蹴って飛ぶ。あたしへ向かって。
100 = 77 :
「い、いやぁああああ!!」
「ランカぁあ!!」
何発か銃声が聞こえた。もんどり打って、誰かがこちらへ転がってくる。
慌てて駆け寄るとそれは……アルト君だった。
(助けに来てくれたんだ……)
アルト君はあたしをかばうように立ち、ヒュドラと対峙した。だが。
人間のか弱い身体じゃ、強いケモノとやり合えるわけがない。
あたしとアルト君はまとめて吹っ飛ばされて、あたしはまた崖っぷちギリギリまで逆戻りした。
ヒュドラが口を開いてあたしを見つめている。
(もう、ダメだ――)
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