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元スレ提督「艦娘脅威論?」
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正直なところ、全員に退役を望んで欲しいというのが本音だ。
提督は、彼女たちが傷ついて泣く姿をもう見たくはなかった。今でこそ艦娘たちは落ち着いているものの、レイテ沖決戦後の様子は酷いものだった。海に出れば、嫌でも仲間が沈んでいった光景を思い出すだろう。
だから艦娘たちの返答は、提督も望むものではあったが、中将の話を聞いた後ではそれも素直に喜べない。
提督(何か隠している……とは思う)
話を聞いていく中で、分かったことがあった。
それは、彼女たちが迷っているということだ。軍に留まるか、否かではなく――何やら腹に抱えた問題を、自分に打ち明けるか、否かで迷っている。
艦娘たちとの付き合いは長い。提督といえど、そのぐらいの機微は見抜けるつもりだ。
そして気がついたこともあった。
雷、大井、川内は、退役するかもしれないとは口にしたものの、解体を希望するとは一言も言わなかったのだ。それが何を意味するのかは、具体的には思いつかないが……
提督(……艦娘脅威論とはまた違う気がする。そもそも、あいつらが人類に敵対する意思があるなら、こんなあやふやな返答はしないだろう。
軍に留まるか、退役するか。たとえ嘘でも、どちらかに明言しておけば、こんな風に腹を探られずに済んだはずなんだ)
もし自分が艦娘ならば、曖昧な発言は極力避ける。そして深海棲艦を斃すまでは従順な姿勢を見せ、そこから人類に反旗を翻すのが順当だと考える。わざわざ疑われるような行動はしないはずだ。
とはいっても、艦娘脅威論の可能性は捨てきれない。提督が察したのは、彼女たちが何かを隠しているということだ。
そこでふと、思い出した。
提督(そういえば……前に加賀が戦後のことを訊いてきたことがあったな。それで私が逆に訊ねて……あの時、あいつは何を言うつもりだったんだ……?)
恐らくは、その時から彼女たちは何かを抱えていたのかもしれない。
だが結局、今日まで打ち明けることは無かった。それがなんなのかを考えるには材料が足りず、提督は一息つくために執務室を抜け出した。
と。
北上「おーこれお祭りの時の新聞じゃん。こんなの掲示板に貼ってあったんだ」
大井「え? これお祭りの翌日には貼ってありましたから、結構長くありますよ?」
北上「普段掲示板なんて見ないからさー。あ、長門っちがお神輿担いでる写真が載ってる。大井っちもいるよ、ほらここ」
大井「北上さんの写ってない写真に価値なんてありません。まったく……撮影者の技量が知れるというものです」
北上「えーいい写真だよ。お神輿綺麗に写ってるし、みんな楽しそう」
廊下にある掲示板を見ながら、北上と大井が談笑をしている姿が目に入った。
彼女たちはこちらに気が付いていない。提督は話しかけようと歩み寄ったが。
北上「あ、希望解体者募集中の張り紙もあるんだ。ほうほう良い内容ですな。どう大井っち? 今ならお買い得みたいだよ、安くしとくよ?」
大井「要りません。そもそも、こんなの志願する艦娘なんているのかしら?」
北上「いやぁ、いないっしょー。なんかやたら良い条件だけどさ。これが戦争が苛烈だったときならちょっと靡いちゃうかもしれないけど、流石に今となってはねぇ」
大井「お金と保障があったところで……って感じですもんね」
北上「そもそも解体とかないしなー」
会話の内容が聞こえて、提督は慌てて廊下の曲がり角に身を隠した。
幸い気づかれてはいないようだ。辺りを見回すも、誰もいない。北上と大井が話を続けたため、そのまま聞き耳を立てることにした。
北上「まあでも……どうせやるならさ、ぱーっと楽しく派手にやりたいよね」
大井「そうですね。私は前の話し合いの時に川内さんが言っていた、みんなで他の鎮守府を攻め落としていくって案は面白いなと思いましたよ?」
北上「大井っちも? だよねぇ。あれはみんな内心面白そうだなって顔してたよ。他の鎮守府も同じようなこと考えてそうだけどね」
大井「まあやったところで、この鎮守府に北上さんと私が残っている時点で、私たちの勝利は確定なんですが」
北上「そうだね~。それにこの写真のお神輿みたいにさ……提督を担いで協力して貰ったら、もっと楽しいだろうね。負ける気がしないよ」
大井「それだと逆につまらないです」
北上「えー、どうして? あたしは提督の艦隊指揮で戦いたいけどなあ」
大井「だって、あの人の戦い方って基本いやらしいじゃないですか。奇襲強襲大好きで、いかに相手の本領を発揮させずに沈めていくかーぐへへって戦い方です。
深海棲艦相手ならそれでいいですけど、相手が艦娘なら真正面から行きたくないですか?」
北上「ああーなるほどね、そりゃそうだ」
大井「それに、ただでさえ北上さんと私で最強なのに、そこに提督が入ったらつまらないというか、台無しです。わんさいどげーむってやつですね」
北上「……大井っちさー」
大井「なんです北上さん?」
北上「それ提督のこと褒めてるんだよね?」
大井「そうですよ?」
北上「前々から思ってたけど、大井っちの提督への愛情表現は変化球過ぎて分りにくいんだよねぇ。あたしには直球しか投げないのにさ」
大井「あの人は率直に褒めても、いやもっとやりようはあった~云々って素直に受け取らないから、罵倒するぐらいで丁度いいんです。いえむしろ扱き下ろしたほうがいいです。推奨です」
北上「ほーん……」
大井「どうしました?」
北上「いや、愛情表現は否定しなかったなーって」
大井「……」
北上「……」
大井「あっ、ちっ違いますっ! これは腕は認めているって話ですっ! 愛情とかではなく、指揮官として信頼を置いているということです!」
北上「そっかそっかー」
大井「そうです。まさかここまで来て、今更提督の手腕を疑う人はいないでしょう? ですから勘違いしないで欲しいのですが……今も昔も、私は北上さん一筋ですからね? それだけは何があろうと変わりません」
北上「ふふふ、後で大井っちが大ちゅきーて言ってたって提督に教えてあげよーっと」
大井「ひぃ!? なんですそれは! やめてください!!」
じゃれ合いながら、北上と大井は掲示板を離れて去っていった。
とりあえず、大井の信頼はありがたく受け取るものとしても……
提督(他の鎮守府に攻め入る……?)
聞き捨てならない台詞だった。
一体なぜそんなことをする必要があるのか。
意味があるとも思えない。他の鎮守府を攻めたところで、何があるというのだろうか?
資材や燃料、弾薬や装備は得られるかもしれない。だがそのリスクを冒すには、見返りが余りにも釣り合わない。それなら遠征に出たほうがマシだ。
そもそも艦娘同士で敵対する意味も、理由もないはずだ。ただでさえ全盛期に比べ艦娘の総数は減っている。彼女たちが人類に敵対するつもりならば、むしろ他の鎮守府の艦娘とは協力するのが自然な流れだろう。
考えてみても、何故そんな発想に至るのか分からない。まして北上は、それを提督に協力して欲しいとも言っていた。
提督(なんだ……一体あいつらは何を考えているんだ……?)
艦娘たちの意図が分からず、提督は立ち尽くした。
チーム(鎮守府)対抗戦してみたいってことやない?
本当に一番強いのは誰かさ
本当に一番強いのは誰かさ
軍艦だから艦と戦うこと以外でアイデンテティーを保てないのかはたまた選択を求められるのは人類なのか
深夜の食堂。
全ての艦娘がこの場に集まっていた。もうすぐ日付も変わる時間のため、皆寝間着姿だ。机の上にはそれぞれお気に入りのマグカップが置いてある。
加賀は自分のマグカップをコツコツと指で叩きながら、ラジオでも聞くようにぼんやりと話を聞いていた。
川内「やっぱり最強鎮守府決定戦を開くべきだと思うね!」
ばんっと川内が勢いよく机を叩いてそう言った。
頬杖をついたまま、北上が同調する。
北上「やっぱり、それが一番手っ取り早く楽しそうだよねえ」
長門「この前他の鎮守府に出向したとき、そのことを訊いてみたんだが……そこでも似たような意見があがっていたぞ」
瑞鶴「私も別の鎮守府で訊いてみたんだけど、みんな面白そうだって言ってたわ。どこも考えることは同じよねー」
榛名「もしそれが実現するのなら、提督にも加わって欲しいですね」
雷「いいわね。それなら絶対に負けないわ!」
盛り上がっているところに、大井が唸るように反論した。
大井「でーすーかーらー……それだとつまらなくなるって、前から言ってるじゃないですか!」
川内「でも反対してるの大井だけじゃん? わたし達はみんな提督の艦隊指揮に入りたいで一致したし」
大井「北上さん!?」
悲鳴じみた声をあげる大井に、北上は悪びれる様子もなく言った。
北上「いやぁ、だって考えたら提督がいたほうが全力出せるじゃん? やっぱり気持ちよく勝って終わりたいし。ごめんね、大井っち」
大井「くうぅぅ……北上さんに土壇場で裏切られるこの悲しみたるや……! 提督をねじり切ってやりたいわ……」
大井は怨嗟の声を滲ませつつも、切り替えて口にする。
大井「でも! こんなこともあろうかと、私は代案を用意してきました」
川内「代案?」
大井「そうです。その最強鎮守府決定戦とやらは、勝ち抜き戦みたいなものでしょう? そうではなくて、私は生き残り戦を提案します」
長門「ほう……」
長門が興味深そうな様子を見せ、大井は続けて説明をした。
大井「鎮守府同士の戦いではなく、個人の戦いにするんです。ただし組むのはありです。孤高に戦うも、徒党を組むのも自由。最後に生き残ったものが勝利です。とっても単純じゃないですか?」
長門「ふむ、なるほど。悪くはないが……」
大井「そして最後に私と北上さんだけが残って……ああ北上さん、やっぱり私達は組めば最強、誰にも負けません。でも、勝つのはただ一人……私に貴女を撃てというの? そんなことできません……!」
なにやら想像をしているのか、大井は自分を抱いてうっとりと独り言を言っている。
それを無視して、瑞鶴が不満気に口にした。
瑞鶴「面白そうだけど、それって面倒くさい駆け引きとかついてくるんでしょ? 裏切ったり裏切られたりさ。最後の最後で疑心暗鬼にかられて沈むのはやだなー」
雷「うーん、そうよね。裏切ったりするのはよくないことだわ!」
北上「加賀っちはどっちがいい?」
訊かれて、これまでぼんやりと話の成り行きを見守っていた加賀は口を開いた。
加賀「そうね……どちらかと言われれば、川内さんの案に賛成ね」
それから多数決が行われて、大井の生き残り戦案は却下された。
大井はふくれっ面で抗議するも、北上がなだめて収まったようだ。そんなことをしながら話は進んでいく。
加賀は吐息交じりに思った。
加賀(確か今回で20回目だったかしらね……この会議は)
食堂に集まったとき、川内がこれから第20回艦娘会議を始めまーす! と音頭を取っていたのを思い出す。
会議といっても司会も書記もいない、ただの井戸端会議みたいなものだが。半年以上前から、月に何度か全員が鎮守府に揃った時に開いている。
議題は戦後について。
こんな時間帯にやっているのは、当然聞かれたくない人がいるからだ。
幾つか案を持ち寄って、皆でそれを検討してわいわいと騒ぐ。こんなことをもう何度と繰り返しているが、結局はいつも同じところに落ち着く。
長門「問題はどう提督に打ち明けるかだな」
艦娘たちは慣れた様子でため息をついて、そこだよねぇと口々に漏らした。
どんな案を出そうとも、ここで躓いて先に進んだことはない。
瑞鶴がひそひそ話をするように小声で言った。
瑞鶴「みんな……訊かれた?」
川内「希望解体のことだよね……ついに来たかーって思ったよ」
大井「どうやら提督はみんなに訊いて回ったようですね」
北上「そりゃー告知を出して半年以上も経てば訊いてくるよね。むしろ今まで話題にさえ上げなかった事が驚きだよ……普通絶対気になるって」
榛名「私たちを気をつかって、提督は今まで話に出さなかったんでしょうね……」
加賀もため息をついて口にした。
加賀「普段はずけずけと物を言うのに、こういう問題になると必ず一歩引くのが憎たらしいわ」
瑞鶴「あはは、わかるわかる。提督さんがさ……本当に何も考えずにものを言うような人なら、私たちだってもうちょっとは気が楽だったのにね」
それから口々に提督への愚痴のようなものを言いあって、榛名が話題をもどした。
榛名「……提督は、私たちの決断を受け入れてくれるでしょうか?」
雷「むずかしいと思うわ……とっても」
長門「十中八九揉めるだろうな」
川内「でもさー……もしかしたら簡単に話が通って、とんとん拍子でことが進むかもよ?」
大井「本気で言ってます、それ?」
川内「いや全然」
北上「簡単にいく話なら、こうして益体の無い会議を何度も開いてないしねえ」
北上の言う通りで――正直に言ってしまえば、この会議自体、大して意味などない。
直視すべき問題から目をそらし、皮算用をして遊んでいるだけに過ぎない。だがそれは皆承知の上だろう。
長門が重い口調で切り出した。
長門「だが、そろそろ腹を決めないとな。深海棲艦ももうじきいなくなり、我々の役目も終わろうとしている。いつまでも提督に甘えてぬるま湯に浸かっているわけにはいくまい……」
瑞鶴「問題はどう切り出すか……よね」
雷「……率直に言うしかないと思うわ。司令官は理解してくれないかもしれないけど、思ってることを全部伝えなきゃって思うの」
長門「では誰が提督に言う?」
その問いかけに、皆が沈黙した。
誰にでもその機会はあった。それでも誰も打ち明けなかったのは、やはり長門の言う通り彼に甘えていたからなのかもしれない。
加賀はしぶしぶとそのことを認めた。
長門「……わかった。では私が――」
加賀「いえ。私が言うわ」
長門の言葉をさえぎって、口にする。
皆の視線が集まってくる。そのまま加賀は続けた。
加賀「私は秘書艦だし、一番打ち明ける機会が多いもの」
長門「……いいのか?」
加賀「流石にこれ以上先延ばしには出来ないでしょう? 近いうちに話してみるわ。誰かほかに代わりたい人がいるのなら、譲るけれど」
皆を見回しながら提案するが……
誰も手を上げなかった。当然かと思う。加賀とて気が重い。
提督に打ち明けるということは、それはこれまで築き上げてきた関係を壊すことを意味する。今のこの心地良い関係を終わらせるということだ。
そして恐らくは、二度と元には戻らないだろう。だからこそ、自分たちは問題を先送りにしてきた。
けど、誰かが言わないといけないのだ。
長門が神妙に口を開いた。
長門「では加賀……すまないが、頼む」
加賀「……ええ」
だがきっと、提督は自分たち以上の重荷を背負うことになるのだろう。
そう思えば、加賀は頷かないわけにはいかなかった。
執務室で、自分は一体なにをしているのだろうと、提督は自問した。
自分に命を預け、ともに戦場を駆けた仲間を疑い、探りを入れて回っている。
そしてその内容を事細かに書き上げた報告書を定例報告の封筒に紛れさせ、今その疑っている相手に提出させようと声を掛けようとしている。
いっそこう言ってみてはどうだろうか?
提督「加賀。この定例報告の封筒に、お前たちの不審な言動をまとめた報告書をこっそり入れておいた。決して開けずに軍に提出してくれ。頼むぞ」
この秘書艦は一体どんな反応をするだろうか?
いつもの涼しい表情が驚愕に代わるのか、それとも顔色を変えないのか……
どちらでもいいと思った。正直に言って、提督は自分の行いに嫌気がさした。
提督(確かに……彼女たちは何かを隠している。それは間違いないだろう)
他の鎮守を攻めるなどと、物騒なことも言っていた。
中将の不安も分かる。彼の言う通り、人類は艦娘に対し常に誠意ある態度を取り続けてきたとは言い難い。提督も無茶ともいえる命令を下したことがある。
だがそれでも、彼女たちは危険な任務に身を投じてくれた。自分を信頼して、命を預けてくれたのだ。ならば、今度は自分の番ではないだろうか?
たとえ彼女たちが腹の中に何を隠していようとも――何年も共に戦ってきた戦友を疑うのは、阿呆のすることだ。
提督(申し訳ないが、中将殿は人を見る目が無かったな……)
胸中で詫びを入れて、提督は封筒から報告書を取り出した。
それに折り目を入れて、びりびりと破いていく。
加賀「提督……なにをやっているの……?」
その様子に気が付いた加賀が、目を丸くして訊いてきた。
提督は正方形になった紙を折りたたみながら、淡々と言葉にした。
提督「知らないのか? 紙飛行機というやつだ。飛行機といってもお前の艦載機とは形が違うがな」
加賀「そうじゃなくて……どうしてそんなことをしているのかと訊いているんです」
提督「唐突に作りたくなってな。昔、よく近所の高台から飛ばして遊んでいた……懐かしいな」
加賀「……提督?」
訝し気な加賀に構わず、席を立ち執務室の窓を開け放つ。
そして空に向かって紙飛行機を投げた。
提督「おお見ろ、加賀。風を掴まえたみたいだ。よく飛んでいくぞ」
手を太陽にかざして遠くを仰ぐ。
陸風に煽られて、紙飛行機は海の方角へ飛んでいった。気にしてはいなかったが、結果的に証拠隠滅にはなるだろう。
加賀「……」
加賀は怪訝な表情を浮かべながらも、窓辺に寄って来くる。
紙飛行機が小さく去っていくのを見送って、こちらを振り向いて訊ねてきた。
加賀「上に提出するものだったのでは……?」
提督「いや、もうその必要はなくなった」
告げて、提督は息をついた。
最初からこうしていればよかったと、今更ながら思う。端的に言う。
提督「加賀、話がある」
加賀「……奇遇ね、私も提督に話があります」
同じように加賀も答え、じっと視線を交わし合う。
直感で、提督は苦笑いを浮かべていた。
提督「たぶん、同じことを言おうとしているな」
加賀「……そうね」
加賀は表情を変えなかったが、同様に思っていたらしい。
提督「どうする? 先に言うか?」
加賀「いえ。提督からどうぞ」
促されて、提督は白状した。
提督「さっきの紙だがな、実はあれはお前たちの不審な言動や行動をまとめたものだ」
加賀「……は?」
提督「中将殿から依頼されてな。お前たち艦娘が誰一人として解体を志願しないから、もしかしたら人類に反抗するのかもしれないと不安になったらしい。それで私は内偵の真似事をしていた。
まあ、とても内偵とは呼べないお粗末なものだったがな……」
告げると、加賀はあっけにとられた表情を浮かべた。
彼女のこんな顔を見るのは、はじめてだった。
加賀「……反抗って、なんでそんなことをするの?」
本当に訳が分からないという様子で、加賀。
提督は言葉に詰まったが、少し考えてから説明した。
提督「そうだな、幾つ理由はあるが……一番の理由は、お前たちにはそれをするだけの力があるからだろう。深海棲艦が滅べば、もはやお前たちに対抗できる存在はいなくなる。
わざわざ私たちのルールや法に縛られる理由もない。お前たち艦娘は、何をするも自由だ」
加賀「それで、人類に牙を剥くと……?」
提督「ああ。そういうこともあり得るかもしれないという話だ。……しないのか?」
加賀「しません……そもそも何のために戦ったと思ってるの? 深海棲艦から、人類を守るためでしょう?」
提督「いや……まあそうだな……」
加賀「もしかして、提督も疑っていたの?」
提督「……実を言うと、ちょっぴり可能性はあると思っていた。私はあの決戦で、たくさんの艦娘を沈めてしまった。恨まれているのなら、それも仕方ないと……」
しどろもどろになりつつ、言い訳じみた口調で言う。
加賀は言葉も出ないようだった。ややあって額を抑えて言ってくる。
加賀「……呆れた。まさかそんなことを思っていたなんて。あなたが最近おかしかったのは、その所為?」
提督「ああ」
加賀「……」
提督「……」
加賀「はぁ……」
提督「やめてくれ、そんな目で見るな。私だって、おかしいとは思っていたんだ。だからこうして白状しただろう?」
加賀「あなたが何か隠しているのは分かってたけど、まさかこんな突拍子もないことを考えていたなんて……」
提督「うぐ……だが、隠していたのはお互いさまだ。そもそも話の発端は、お前たち艦娘が誰一人として解体を志願しないことからはじまったんだからな」
加賀の冷たい視線を浴びながら、提督は取りなおすように口火を切った。
提督「で……私は洗いざらい喋ったんだから今度はお前の番だ、加賀。戦後、お前たちはどうするつもりなんだ? そろそろ教えてもらおうか」
率直に訊ねる。
加賀は心底呆れた様子を引っ込めた。
しばし躊躇いを見せたものの、観念した様子で口を開いた。
加賀「提督……私たち艦娘は、戦後、誰一人として解体を望んでいないわ」
提督「ああ、そうらしいな。それで?」
促すと、加賀はひと息入れてからこう言った。
加賀「私たちは皆、自沈を望んでいます」
仲間の元へ行きたいという意味なのかあくまで兵器という意識しか無いということなのか
何かを守り、敵と戦う戦船としてしか生きることが出来ない、という事だろうか
もし艦娘と深海棲艦が同じ場所から来たのなら、もし深海棲艦と艦娘の存在が対になっているだけなら、片方の滅びは双方の滅びってことになるのかねぇ……。
c5/7
その言葉を飲み込むには、多大な時間を要したように思えたが。
実際はそれほどかからなかっただろう。提督はうめくように言った。
提督「……自沈だと?」
加賀「はい……自沈と言う言葉は正確ではないかもしれないわ。私たちは皆、海に眠りたいと思ってます」
いつもの涼しい表情を、少しだけ固くして加賀は言い直した。
言葉を飲み込めても訳が分からず、提督は手で制した。
提督「待て……意味が分からない。自沈だと……? 何故そんなことを言う?」
この質問は想定していたのだろう。加賀は落ち着いた様子で、手札を見せるように口にしてきた。
加賀「提督……私たち艦娘は深海棲艦を倒す為に生まれてきました。深海棲艦がいなくなれば、私たちはその役割を終えます。ここに残る理由が、もうないのです」
提督「だから沈みたいと? 役割を終えて不要になれば、もう自分たちは必要ないとでも言うのか?」
加賀「……はい」
静かにうなずいてくる。
提督はかぶりを振って反論した。
提督「加賀、お前の言っていることはめちゃくちゃだ。確かに深海棲艦がいなくなれば、不要になる艦娘も出るだろう。それは仕方のないことだ。
だが、その為の解体だろう? 艦娘の力は無くなるが、私たちと同じになればいい。何故わざわざ沈む必要がある?」
加賀「それは私たちが、艦娘として眠りたいと思っているからです。沈んでいった赤城さんや、皆と同じように……」
提督「……なんだと?」
加賀「提督……解体をすれば、それはもう私ではないの。艦船の魂と私の魂は、同じものなんです。ふたつのものがひとつになって、はじめて艦娘である加賀という存在がある。
確かに解体をすれば艦船の魂は失われ、この力は無くなるでしょう。でもその後に残ったものは、もう私ではありません。別のなにかです」
加賀は胸に手を当てて言い足してきた。
加賀「私は私のまま眠りたい。解体して自分を失うのではなく、艦娘としての誇りを持って、皆の眠る場所に行きたい。そう思っているの」
提督「……」
めまいがした。
今度は提督が言葉を失い、額を押さえる番だった。
加賀は伏目がちに続けてきた。
加賀「突然こんなことを言ってごめんなさい……。あなたが混乱するのは分ってたけど、他に言いようが無くて……」
提督「……」
加賀「でも……どうか分かって下さい。私たちは皆、艦娘のまま眠ることを望んでます」
懇願するような声音に、提督はなんとか言葉を絞り出した。
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