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    元スレ志希「それじゃあ、アタシがギフテッドじゃなくなった話でもしよっか」

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    101 = 96 :


    彼が運転席で眠りに落ちてしまってからも、アタシは助手席で自分の体を抱きしめながら、ずっと窓の外を眺めていた。

    ちらちらと降る雪に見とれたアタシは、消えかかった意識の中で、どうしようもないことを考えていた。

    アタシを、アタシたらしめるものはなんだろう。才能? はたまたこの顔? プロポーション、声、エトセトラ。

    アタシはこの世に生まれ落ちたとき、神さまからたくさんのものを貰った。それはアタシをみんなよりも先へ先へと押しやってくれた。だからアタシも面白がって、前に前に進んでいったんだ。

    でも、それでもね。アタシは神さまからいちばん大切なものは貰えなかったんだと思う。それはたぶん代償だったんだよ。アタシがこの世界で生きていくために与えられた枷だったんだよ。

    102 :

    おぉいここで切るのか!

    103 :

    気になって夜も眠れないだろ…昼にしか寝れなくなる

    104 :


    きっと、頭の奥底では理解していたんだと思う。それも、ずーっと前からさ。

    ほら。ちょうど物質同士が触れ合って、新たな物質を生み出そうとするときにね。それらが結びつこうともせずに、そのまま離れていってしまうケースだってあるでしょ。そーいうのは、つまりは“不安定”だから、そうなってしまうんだよね。

    アタシ達も、たぶん、それに該当したんだろうね。せっかく出会う運命をもらったのに、それなのに、不安定にならないように手を放さざるを得なかったんだ。

    ――要するに。あの物語の女の子と男の子がそうであったように、アタシ達だって同じだったんだと思うの。

    だって、アタシはギフテッドとして、生まれてきてしまったから。なのに彼は、そんなアタシとは違って、ずっと普通の人だったから。

    べつに彼と分かり合いたいなんて思わないし、すこしも近づきたいなんて思わないけど。

    それなのに。そのはずなのに。それに気づいたアタシの胸は、苦しくて苦しくて仕方なかったんだ。

    105 = 104 :


    「……もう、やめよう。ぜんぶ」黒いなにかが口から零れて、地面に吸い込まれていった。

    アタシはカバンをひっくり返した。中からは、化粧品や手鏡、香水、いろんなものが落ちてきた。それで、アタシはそのうちの一つを手に取った。持ち上げられたそれは、からんからんと乾いた音を鳴らしていた。

    ピルケースの蓋は固く閉じられていた。アタシは人差し指をかけて、それを乱雑にあけると、中身を手のひらの上に出した。

    白い錠剤がごろごろと飛び出してきて、アタシはそれをじっと眺めていた。


    ギフテッドだったころ、たぶん、アタシって人間はこんなにも悩みを抱えてはいなかったと思う。

    だったら、もしも、これでほんとーに元のアタシに戻ることが出来たのなら――もうアタシは生きることに悩む必要はなくなるんだろう。

    それで、あのころみたいに、呑気にラボで実験をして、プロデューサーとも何の諍いもなく会話して、みんなから天才アイドルってもてはやされるんだろう。

    106 = 104 :


    アタシは、なにもかもを終わらせようとしていたの。

    苦しいことも、辛いことも、ぜんぶを投げ捨てて、ギフテッドのじぶんに戻ろうとしたの。

    だって、それが一番いいって思ったから。そうすれば、きっと、オーディションにだって、合格できるって思ったから。


    ――そんなアタシの目に、一冊の実験ノートが飛び込んできたのは、ちょうどそのときだったんだ。


    107 :


    べつにノートを読む必要なんて一切なかったのに、気が付くと、アタシはそれに手を伸ばしていた。
    どういうわけだかアタシは、最後にそれを読んでしまおうと、つまり、そういうことを考えていたの。

    ずいぶんと薄茶けた表紙には“一ノ瀬志希について”とだけ書かれていたね。

    パラパラとページを捲ると、アタシには到底読むことができない言語が連なっていて、おもわず眉を顰めた。

    それでも、見渡せばちらほらと走り書きがあって、かろうじて読むことの出来るそれは、アタシ自身の呟きのようにもおもえた。

    108 = 107 :


    『匂いという知覚を分解することはむずかしい。色や味覚と異なり、良いと悪いでしか評価できない。そして、それらの名前はあまりにも少ない。これを細分化するためには、何が必要だろう』

    『記憶に何らかの障害を持ったとき、人は一部の機能を失う可能性がある。意図的に脳にダメージを負わせたとすれば、記憶障害を誘発させることはできるか。またそれを元に戻すにはどうすればいいだろう』

    『脳とはどんな仕組みで動いているか。才能と脳は密接な関係にあるのは間違いない。しかし、どんな作用を与えれば“才能を消失させられるだろう”』

    そのメモの下には複雑な化学式が無数に連なっていた。それを見て「やっぱり」とアタシはおもった。

    ステージでの失敗に始まって、ファンがアタシの元から去っていって、たくさんの恥ずかしい思いをしてきた。……それで、プロデューサーとの関係もずいぶんと悪くなってしまった。才能を奪われてからのアタシは、ろくなことがなかったんだ。

    一ノ瀬志希は自分自身から“才能”を奪うために、この研究を行っていた。その結果生まれたのが、アタシだったんだ。

    「……でも、どうして?」アタシはページを捲る手を止めなかった。

    さて。頭のいい人にはもうわかっちゃったかもしれないけどさ。
    最後のページにはね、アタシでさえもビックリしてしまうようなことが書かれていたんだよ。

    109 = 107 :




    『――幸せって、いったいなんだろう?』



    110 = 107 :


    『もしも、アタシがふつーになれたなら。
    休日は映画を観て、一緒にショッピングをしてさ。帰ってきたらエプロンを腰に巻いて、彼のために料理を作るの。

    それで、すこし失敗した料理を笑って食べてくれた彼が、思い出したようにあのシーン、すごくよかったねって言うのをうんうん分かるよなんて頷いてさ。

    部屋の明かりを消して、アロマキャンドルを一本立てて。何も言わずに彼の顔を眺めて、ぎゅっと手を繋いで二人して笑いあうんだ。

    もしかしたらさ、そういうのが、幸せっていうのかな』


    『苦しいって、どんな気持ちなんだろう。辛いって、どんな気持ちなんだろう。

    アタシにはそんなこと、これっぽっちも分からないけど、でも、もしもアタシがふつーになれたらさ。そしたら、そんな気持ちも分かるようになるのかな。

    彼の痛みも、手を握って、いっしょに分かち合えるようになるのかな』


    『もしも、アタシがふつーになれたなら。頑張るってことも、できるようになるのかな。

    みんなと同じように、汗をかいて、涙を流して。神さまからもらったものじゃなくって、自分の手で何かを掴めるようになれるのかな。

    それで、ステージから戻ったら、彼によくがんばったねって褒めてもらえるのかな。

    努力の意味を、知ることができるのかな』


    『もしも、アタシがふつーになれたなら。

    ……そしたらキミに、好きだよっていえますか』

    111 = 107 :


    それを見た時、よーやくアタシは、これまでずっと探し続けてきた“答え”を知ることができたんだ。

    つまりね。アタシが今までこんなにも辛い思いをしてきたのは、ぜーんぶプロデューサーのためだったんだよ。

    プロデューサーのために、これまで積み上げてきたものも、神さまからもらった才能も捨てて、それで、彼のことを深く知ろうとしたんだ。

    それっていうのも、どうしようもなく彼が好きで、だけど、それが伝えられなくってさ。だから、ふつーになって、彼と同じ場所に立とうとしたんだ。

    そうすれば、きっと、アタシは彼とほんとうの意味で理解し合えるって、そう信じてたんだから。

    清浄なる世界で、ふたりで笑いあえるって。

    112 = 107 :


    「……あはは、そう、だったんだ」アタシはそう呟くと、助手席の背もたれに体を預けた。

    薬の副作用で、いちばん大事な記憶が頭から抜け落ちてしまったことは、もちろん不幸なことだったと思う。そのせいでアタシは、ずいぶんと遠回りをしてしまったのだから。

    ――そう。結局ね、彼のためにやったことは、ぜんぶ裏目になってしまったんだよ。

    アタシは彼のことを知ろうとした。それなのに、才能を失ったアタシは彼を嫌いになって、それで、彼を傷つけてしまったんだ。誰よりも好きだった彼のことをさ。

    このノートを書いたとき、アタシはどれくらい希望に満ちていただろう。どれくらいの期待で胸を膨らませていたんだろう。

    そんなことも、もう、分かりっこないけれど。でも、その気持ちはちゃんとアタシに伝わって来た。

    今までバカなことをしてきたと思う。アタシって奴はさ、ほんとーに、どうしようもないくらいに、救えない人間だったんだよ。

    113 = 107 :


    「……どうしたんだ」誰かの声が耳に届いた。それは運転席からの声だった。

    「泣いてるのか?」目を覚ました彼はアタシの方を見ていた。

    アタシは首を横に振った。彼の言う通り涙がこぼれそうになっていたけれど、必死になってそれをぐっとこらえた。

    彼に何を言えばいいのかなんて、分かりもしなかったの。けど、溢れそうな雫が凍り付いてしまう前に、アタシは何かを言わないといけなかったんだ。

    目の前にいたのは、かつて、アタシが大好きだった人で。それで、今は大嫌いな人だった。

    笑えるのなら笑ってしまいたかったよ。でもさ、そんなこと出来るはずもなかったんだよ。

    114 = 107 :


    「……プロデューサー」とアタシは言った。

    たぶん、アタシ達はもう取り返しのつかなくなる、その一歩手前まで来てしまっていたんだと思う。寄り集まった紐みたいに、こじれて、ほどけなくなくなって。そんなひどい有様だったんだろうね。

    どんな言葉で取り繕えばいいんだろうって、頭では考えていたの。

    けどさ、アタシ達が仲直りするためには、たくさんの言葉なんてものは、必要なかったんだよ。


    「今まで、ごめんね」気づけばアタシは、彼の前で初めて涙を流していたんだ。


    泣いても泣いても、それは止まらなくて。彼は何かを察したかのように、そんなアタシの右手を握ってさ、「俺も、悪かった」って言ったんだ。

    たったそれだけのことだったのにさ。その瞬間に、アタシたちは、お互いの言いたいことが十分に理解できたんだよ。不思議なことにね。

    115 = 107 :


    ――それでさ。気づいたらいつの間にか、アタシ達は車の中で、これまでの出来事を話していたの。

    才能を失ったことを言ったとき、彼はずいぶんと目を丸くしてたと思う。もちろん理由は言わなかったけど、そもそも信じてくれないと思っていたものだから、彼の反応にアタシもまたびっくりしていたね。

    朝ごはんにはサンドイッチを食べるようにしてる、なんていう些細なことでさえも彼は喜んでいた。他の誰かが聞いたら何が面白いのかもわからないことでも、アタシ達はふたりして凄い時間をかけて話しあったんだ。

    車内は相変わらずさむかったし、体も凍えてしまいそうなくらい冷たくなっていたけどさ。アタシの右手だけは、そのときは、ずっと温かかったんだ。

    フロントガラスからは、見惚れるような夜空が覗いていてね。話疲れたアタシ達は、辺り一面雪景色の中で、星の数を数えたりしたの。

    何ていうかさ。これまでのアタシはそーいうことを楽しむ余裕もなかったんだと思う。ううん、これまでだけじゃない。ギフテッドだったときを遡ってみても、アタシはこんなにも星が綺麗だって思えなかったんじゃないかな。

    どう言えばいいのかは分からないけど。こんなことを経験してみて理解したことがあるんだ。つまりね、人って生き物は、本当にきれいなものを見るために、時として絶望だとか不幸みたいなものに身を落とさなければいけないってことなんだとおもう。

    たぶん、過去のアタシはずーっとそれを求めていたんだよ。そういう景色を、彼と一緒にみることをさ。

    116 = 107 :


    いつしか眠りに落ちてしまったアタシが目を覚ましたときには、もう朝が訪れていたの。

    運転席にいた彼はとっくの昔に目を覚ましていてね。そんな顔を見て、アタシはゆっくりと体を起こしたんだ。

    「おはよう、志希」

    いつもの彼の優しい声が耳に届いて、アタシはちょっぴりおかしくなって、笑った。

    「ねえ、プロデューサー」

    「どうした?」

    大嫌いだったはずの彼にアタシがこうして話しかけようとしてる、それがたまらなく面白かった。だってさ。もう絶対に治らないって思っていた関係が、一夜のうちに元に戻っていたんだよ。それって、どれくらいすごいことなんだろうね。

    「アタシ、がんばろうって思うんだ。オーディションも、これからのことも。ぜんぶ」

    そうか、なんて運転席でハンドルを握る彼は嬉しそうに笑っていた。

    そう。アタシはこのとき決めたんだよ。才能なんてものに頼らないで自分だけの力で、この世界を生き抜いてやろうってさ。

    難しいことかもしれないけど、でも、不思議と諦めるって気持ちはなかったね。それよりもむしろ、こんなふうに思っていたんだ。

    ――やっと、新しい自分に向き合うことができたんだってね。

    117 = 107 :


    さてさて。それじゃあ、ここからは“それから”のことを話そっか。

    そうだね。まずはノートに貼られていた手紙について、先に話しちゃおうか。

    実をいうと、ちょっとおかしいとは思ってたんだよね。だってさ、あのノートには、元に戻るための薬について、何一つ詳しいことが書いてなかったんだもん。

    だから家に帰ってからその手紙の存在に気づいた時は、すぐに中身を確認したね。そしたらさ、そこにはこんなことが書かれていたんだよ。



    『――親愛なる一ノ瀬志希ちゃんへ。

    にゃはは、親愛なる、だって。自分自身に向けて手紙を書くっていうのはなんだかちょっと照れくさいねー。

    ええっと、これを読んでいるってことは、もしかすると、今のキミはギフテッドに戻りたいと考えているのかな。

    だとしたら、ラボに置いておいたお薬を飲んでください。それを飲めば、キミはたちまちのうちに今のアタシに元通り! ……になるはず。うまくいってれば。なんてね、うそうそ。アタシを信じてー。

    でもね。その前に、アタシがここまでした意味を、よーく考えてみて欲しい。それで、どうしてもキミが戻りたいっていうのなら、アタシは止めないし、何も言わないよー。

    さーて、アタシはこれから仕事があるから、伝えたいことはこれでおしまい。それじゃ、ばいばーい』



    それはなんとも無責任な文面だったけど、書いた人間がすぐにアタシだって分かって、ちょっとおかしかったね。

    でも“ここまでした意味”を十分わかっていたアタシは、もうなにも迷わずに薬をゴミ箱に捨てちゃったんだ。

    もちろん、それを手元に残していても良かったんだけどさ。過去の自分に未練を残さないようにって、そういう風に思ったわけ。

    それがあれば、どんな苦しい困難にだって立ち向かえるのにさ。笑っちゃうよね。

    だけど、このときはすごく気持ちがよかったね。まるで背負っていた荷物を、どこかに置き去ったみたいな気分だったよ。

    今だったら、あの時見た蝶のようにアタシも羽ばたけるのかもしれないって、そう思ったね。

    118 = 107 :


    そんなことがあってから、いくらかの日が経って。アタシはオーディションにのぞんだんだ。
    結果はおもしろいくらいに散々だったね。結構自分なりに頑張ったつもりだったんだけど、まあ、それも仕方ないことなのかもしれないね。

    でもさ。そんなオーディションで、審査員の人たちは口々に不満を言ってきたんだけどね。そんな中で、監督だけはアタシに向かって「手を抜いているのかい」と言ったんだよ。

    でさ、アタシが「そんなことはありません」ってこたえたら、監督は「なるほど」と笑っていたね。

    「なにがおかしいの?」とアタシが尋ねると、彼は「ああ、それを答える前に」と言って、他の審査員たちをみんな外に追いやったんだ。

    それで、その場に立ち尽くしていたアタシの目の前で、監督は一人で腕を組んでいたんだ。

    「さて。さっき見せてもらったダンスと歌、それはどっちも、とても褒められたものではなかった」彼は厳しい目つきで審査シートを眺めていた。

    「にゃはは、そうだねー。アタシもそう思う」

    「……ただ、演技は、びっくりするくらい心がこもっていたよ。まるでそれを経験したことがあるんじゃないかって思ったね」

    どきりと胸が飛び上がりそうになった。

    「審査の結果は、残念ながら、不合格だ――だけどね、おそらく君はその結果を糧にこの先もやっていけるはずだ」

    「うーん、そうだといいけど」アタシは頭をかいた。

    「いや、断言しよう。君はここがスタート地点なんだ」

    「スタート地点?」アタシは彼の言葉を繰り返した。

    「そうさ。今日が、生まれ変わった君にとっての、始まりの日なんだよ」

    彼は嬉しそうにそう言った。その発言に、おもわずアタシは目を丸くした。

    119 = 107 :


    ――オーディション会場を飛び出した後、アタシは急いで彼のことを探したんだ。なんだか早く彼に会いたいって、そんなことばかり考えていたとおもう。

    そのときはさ、なんだかいつもよりも胸が高鳴っていたような気がしたね。駆けだした足も止まらないくらいにさ。

    それで。息を切らせてしばらく辺りを走り回ったら、彼は固そうなベンチでうつらうつらと頭を揺らしていたの。

    担当アイドルががんばってたって言うのに、キミはなにをやってるんだ~。なんて文句を言ってやろうとも思ったけど、ここのところつきっきりで寝る時間を惜しんで仕事をしてくれていたことは知っていたから、アタシは何も言わずに彼に近づいて、その隣に座ったんだ。

    120 = 107 :


    「あのさ」とアタシは言った。

    「オーディションに落ちちゃったんだ。あんなに頑張ったのにさ。流石のアタシでも、ほんのちょっとだけショックだったよ」

    もちろん、彼からの返事はなかった。だけどアタシは話をつづけた。

    「でもね。アタシ、ぜんぜん後悔してないの。自分でもびっくりするくらいに。まったく、後悔してないんだ。

    監督に言われちゃったよ。今日が、生まれ変わった君にとっての、始まりの日なんだよって。

    アタシもさ、そう思うんだ。今日が一ノ瀬志希の始まりなんだって。

    だからね。ここからキミと一緒に時間を過ごして、少しずつ何かが変わっていくのがね、なんだかすごく楽しみになってるんだよ」

    アタシはひとりで、空を見上げて笑った。

    121 :


    「――あの日。アタシは、たくさんのものを失った。これまではずっとそれを取り返そうと必死に生きてきたんだ。

    それなのに苦労してようやく答えを見つけたときには、“元の自分に戻る道”と“今の自分に納得する道”という選択肢が、アタシの手の上には残ってたんだ。

    ギフテッドじゃなくなってからの世界は、辛いことも、苦しいこともあったし、今のアタシは、帰国子女の18歳で、ルックスも良くて、ダンスも歌も抜群なアイドルだったあの頃と比べたら、いくぶん落ちこぼれになっちゃったかもしれない。

    ……それでもさ。キミと見た星空は、そんな肩書きに負けないくらい、ほんとうのほんとうに素晴らしいものだったんだよ。

    だから、神さまから与えられるだけの人生は、今日でおしまいにしよう。

    この世界をあっと言わせる準備は、もう、整ってるんだ。それならアタシ達ふたりで、最後までやってやろうよ」


    アタシは彼の手をそっと握った。今のアタシには、それだけで十分だった。

    彼が目を覚ますまで、それまでは、このままでいようと思った。

    しらないうちに流れていた涙を拭いて、アタシはもう一度空を眺めた。


    そこには綺麗な青い蝶が飛び去っていく姿があった。

    蝶は大きく羽ばたいて、いつしか空の彼方へと吸い込まれていった。

    どこまでも自由に、どこまでも健気に。


    おわり

    122 :



    素晴らしいSSだった、掛け値なしに
    読ませる感じの文章が凄いね

    123 = 121 :

    ※誤字訂正

    >>4
    新しい自分に「ハロー」と挨拶したのは、着慣れた白衣で過ごすティータイムのときだった。 → 新しい自分に「ハロー」と挨拶したのは、着慣れた白衣で過ごすティータイムの時間だった。

    そのほんの些細な違和感は、徐々に色濃くなり、思わず眉間に皺を寄せる。→そのほんの些細な違和感は、徐々に色濃くなり、思わず眉間に皺を寄せた。

    もういちど、アタシはあれー? と声を漏らす。→ もういちど、アタシはあれー? と声を漏らした。

    パタリと本を閉じて、呆然と宙を眺める。 →パタリと本を閉じて、呆然と宙を眺めた。

    けれど、この短い18年の時間で、そんなことを経験した記憶は一切なかった。そう、まったくなかったのだ。 →けれど、この短い18年の時間で、そんなことを経験した記憶は一切なかった。そう、まったくと言っていいほどにね。

    >>16
    顔を抑えて蹲るアタシの元にすぐさまスタッフが駆けつけくれて。→顔を抑えて蹲るアタシの元にすぐさまスタッフが駆けつけてくれて。

    >>30
    「おはよう。今日の寝起きはどうだ?」なんて向こう側からコーヒーを淹れる音が電話越しに届いて、茶化す元気もないアタシはあくびを一つかいて「あんまり」とだけ答えた。 →「おはよう。今日の寝起きはどうだ?」なんてコーヒーを淹れる音が電話越しに届いて、茶化す元気もないアタシはあくびを一つかいて「あんまり」とだけ答えた。

    ときどき「おはよう」だけじゃなくて「朝食は何を食べるんだ?」なんてことをも話してさ。→ときどき「おはよう」だけじゃなくて「朝食は何を食べるんだ?」なんてことも話してさ。

    >>32
    困ったことに、アタシは彼の気遣いみたいな、そういうのぜーんぶがイヤだったんだよね。 →でも困ったことに、ホントは彼の気遣いみたいな、そういうのぜーんぶがイヤだったんだよね。

    >>50
    アタシはあのとき、彼の胸倉をつかんで「やめてよ! アタシに同情なんてしないでよ!」なんて叫べばよかったのかな。→アタシはあのとき、彼のもとへ駆け寄って「やめてよ! アタシに同情なんてしないでよ!」なんて叫べばよかったのかな。

    >>53
    男は、非の打ちどころのない青年だった。→男は平凡ながらも、心優しい青年だった。

    >>42
    「俺もさ、思わず聞いたんだよ。どうして、数ある俳優や女優を差し置いて、うちのアイドルをオーディションに指名したのかって」 →「俺もさ、思わず聞いたんだよ。どうして、数ある役者を差し置いて、うちのアイドルをオーディションに指名したのかって」

    >>55
    考えてもみてよ。幸せに暮らしていたはずの女の子が、なにも言わないで消えてしまったのかってことを。 →考えてもみてよ。幸せに暮らしていたはずの女の子が、どんな理由があれば、なにも言わない消えてしまうのかってことを。

    >>97
    それで、しばらく経ったころだったとおもう。プスンという嫌な音と共に車は止まったのは。→それで、しばらく経ったころだったとおもう。プスンという嫌な音と共に車が止まったのは。

    124 :

    乙乙
    良かったよ

    125 = 121 :

    さいごまで読んでくれた方、ありがとうございました。
    また思いついた時になにか書きたいと思います。

    前回 → まゆ「破ってはいけない3つの約束事について」

    126 :

    おっつん
    才能にリハビリはないのだ

    127 :

    乙乙

    128 :

    おつおつ引き込まれる内容だったから最後までどうなるかわからずハラハラドキドキしながら読ませてもらった
    スレタイでギフテッドじゃなくなったとわかってるはずなのに
    それさえも忘れるくらい引き込まれてどうなるんだ?やっぱ戻っちゃうのかな?
    そう思わされるくらいに素晴らしい内容で楽しめた
    しきにゃんのこういうガチシリアスは面白いな

    129 :


    とても良かった
    少し切ない余韻がなんとも言えないな

    130 :

    まゆのはあなただったんか、あれも好き

    131 :

    おつおつ
    本当に引き込まれるシリアスだったと思う

    132 :


    思わずどんどん読み進めたくなるいいSSでした

    133 :


    すごく良かった

    134 :

    なかなかないほどのss
    おつ

    135 :

    すごく良かった。
    惜しむらくは、Pへの感情の伏線の張り方が巧くいってないように(個人的には)感じたことかな。
    才能と一緒にPへの感情も無くしてしまっていたというのが真相だったようだけど、それにしては才能を失ってすぐの頃に、お互いに苦手意識を持っているようだと決めつけていたのがしっくり来なかった。
    そのせいで、終盤でPを思えばこそ才能を無くしたというのが分かったときにいささか唐突というか裏切られた(やっぱり色恋モノかよ…っていう)ように感じてしまった。
    序盤でのPへの説明はもう少し曖昧にしておいたほうが良かったのではと愚考します。
    いや、それでも尚、めっちゃ良かったんですけどね!乙!

    137 :

    とっくに終わったスレなんだし、どうでもいいじゃん


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