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    元スレ吹雪「新しい司令官? はぁそうですか・・・」

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    151 = 1 :



    しばらく経てば、私たちはいつもの軽口を叩けるくらいにはなりました。

    そうです、私たちはいくつもの困難を経験してきました。今更これぐらいではへこたれません。

    だからギクシャクしている司令官との関係もすぐに元に戻るはずだと、この時は思っていたのです。……けど、そうはなりませんでした。

    司令官が私たちを露骨に避けるようになったのです。避ける……というのは少し違うかもしれませんが。一番印象なのは、私たちの目を見て話さなくなりました。

    そして以前のように積極的に世間話をしてくることも、相談してくることも無くなったのです。

    そんな日がひと月も続いて……


    摩耶「まあ……前に戻っただけさ」


    とは摩耶さん。

    けれどその瞳には何か物足りなさのようなものがありました。


    「あたしはむしろ清々したわ。馴れ馴れしく話しかけてこないし、気楽なもんよ」

    山城「そういえば、昔はこんなもんでしたよね……提督が来る前なんてもっと悪かったわ。たまに話しかけられたと思ったら無理難題ふっかけてきたし……」

    五十鈴「その点今の提督は無茶振りしてこないからいいわね。指揮に影響はないみたいだし……ま、いいんじゃないかしら……」


    なんて、みんな言うけれど……

    その顔はすっきりしたものではなく、それが本心ではないのは私にもわかりました。

    152 = 1 :



    摩耶「提督、護衛任務は無事終わったぞ」

    提督「……わかった、帰投しろ」

    摩耶「了解」


    タンカー護衛任務を終え、摩耶さんがその旨を司令官に伝えます。

    彼は言葉少なく通信を切りました。以前は労いの言葉も、その後から続く軽口の応酬もあったのですが今はありません。

    曙ちゃんはやれやれとかぶりを振るいました。


    「遠征遠征遠征。ほんとコキ使ってくれるわね、あのクソ提督は」

    五十鈴「仕方ないわよ。あれだけの大損失だっただもの。誰だって取り返さないとやってられないわ」

    山城「けどようやく元の装備も戻ってきて、これでとんとんってところかしら……?」

    153 = 1 :



    あの作戦の損失を取り戻すように、私たちは精力的に働きました。

    私たちも行き場のない憤りをぶつけるものが欲しかったのです。


    吹雪「……」

    摩耶「どうしたんだ吹雪? 浮かない顔して」

    吹雪「いえ、秘書艦……」

    摩耶「ん?」

    吹雪「秘書艦の話……無くなっちゃったなって……」

    摩耶「ああ……」


    摩耶さんが曖昧に頷きます。

    司令官が私たちと距離を取り、その話を切り出す機会がなくなってしまったのです。

    彼はただ事務的に機械的に仕事を回し、私たちはそれに応えていきました。

    だから2か月も経てば損失は十分取り戻し……代わりに私たちの溝はますます深まっていったのです。

    154 = 1 :



    ある日の夜。

    私は曙ちゃんのお部屋にお邪魔していました。


    吹雪「なんか私、いやだな……」

    「何が?」


    私の貸したお菓子作りの本を見ながら、曙ちゃんが尋ねてきます。


    吹雪「今のこの状況……すごくもやもやするの」

    「は? なんでよ。装備も戻ったし、今度近代化改修できるようになるんでしょ? 順調でいいことじゃない」

    吹雪「……司令官とお話ししたい」

    「ふーん」

    吹雪「曙ちゃんは?」

    「私は別に……。話がしたいなら声かければいいじゃない」

    吹雪「でも、話しかけにくくて……。なんか司令官、壁作ってる。目も合わせてくれないし……」

    155 = 1 :



    最後に世間話をしたのは、一緒に食事を取ったのはいつのことだろう?

    数か月前のことだけれど、ずっと昔の事のように思えました。

    今はもう朝走る時に司令官を見かけることも、昼に掃除をする姿をみかけることもありません。


    吹雪「なんでだろう……曙ちゃんは何か心当たりない?」

    「知らないわよ、あんな奴……」


    むすっとした表情で言います。司令官のことを持ちかけると、曙ちゃんは決まってこんな顔をします。

    摩耶さんも五十鈴さんも山城さんも……みんな現状に納得してないはずです。

    だから私は立ち上がることにしました。

    156 = 1 :



    吹雪「よし、決めた」

    「何?」

    吹雪「私、明日司令官とちゃんと話してみる」

    「話すって……何をよ?」

    吹雪「全部。思ってる事全部」

    「ふーん」

    吹雪「曙ちゃんはついてきてくれないよね。いいよ、私一人で行くから」

    「ちょっと……なに勝手に決めてんのよ」

    吹雪「じゃあ一緒に来てくれる?」


    にこっと笑いかけると、曙ちゃんはあんたねぇ……とジト目で睨んできましたが。

    ため息をついて言ってきました。


    「はぁ……いいわよ。あたしもいい加減言ってやりたいことがあるんだから」


    曙ちゃんの返事を聞いて、私はようやく前向きに考えることができました。

    そうです。司令官がここに来た当初、彼は私たちに歩み寄ってきてくれました。なら、今度は私たちの番です。

    けれど……それは叶いませんでした。

    その夜、眠りについた私たちはけたたましい警報に飛び起こされました。これの意味することはひとつ、スクランブル。深海棲艦が攻めてきたのです。

    続いてきた司令官の全体放送で、私たちは司令塔へ集まりました。

    157 = 1 :



    提督「深海棲艦がこの鎮守府に向かっているのを、味方哨戒機が発見した」

    摩耶「なんでこんな場所にまで深海棲艦が? 前線は何をやってたんだ!?」

    提督「見逃したらしいな。すでに他の鎮守府にも知らせが届いて艦隊をこちらに向けてくれているはずだが、会敵はお前たちのほうが早い。
       敵はまだ近海沖にいるはずだが――」


    と、爆音が轟き、司令塔が大きく揺れました。

    私たちはバランスを崩してその場に崩れ落ちました。


    五十鈴「どういうこと!? もうここまで来たの!?」

    提督「……」

    摩耶「提督? おい提督! 大丈夫か?」

    提督「あ、ああ……平気だ。先行隊がいたのか? ともあれお前たちは直ちに出撃しろ。もしかしたら……ここは落ちるかもしれない。
       そうなれば陸より海のほうがお前たちは安全だ」

    吹雪「司令官は……?」

    提督「私は役割を果たす。さあ行け!」

    158 = 1 :



    迷ってる時間はありません。

    私たちは急いで出撃ドックへ向かい、抜錨しました。同時に司令官から通信が入りました。


    提督「無事出撃できたか?」

    摩耶「ああ、装備も問題ない」

    提督「よし……まずは湾内に入り込んでいるだろう敵を掃討する。山城、偵察機は?」

    山城「もう飛ばしたわ」


    再び爆音がして、その方向を振り向きました。

    そこには灯台が攻撃され、崩されるのが見えたのです。


    五十鈴「灯台が……向こうね……!」


    それによって敵の位置が割り出されました。

    被害を広げるわけにはいきません。私たちは早急に敵を殲滅するために向かいましたが、続いてまったくの別方向から爆発音がしたのです。

    あの方向は……食堂でしょうか? ということは……

    159 = 1 :



    摩耶「提督、まずいぞ……!」

    提督「ああ、敵は分散しているな……最低でも2艦隊いる」

    「ちょっと、クソ提督。これ……守りきれないんじゃないのっ!?」


    焦りの口調で曙ちゃんが言います。

    けれど、司令官はすんなりと肯定してきました。


    提督「だろうな……攻めるならまだしも、防衛となると流石に5人ではどうにもならん。
       だが相手の戦力が分からない以上は分散はするな。多少の被害は覚悟する。私たちはここを死守し、増援を待つ」

    摩耶「提督、今回は本当に増援は来るんだろうな!?」

    山城「もしかして、また前みたいに来なかったりしないわよね……?」

    提督「流石に鎮守府が攻められているにもかかわらず、増援を寄越さないほど軍も馬鹿じゃない。安心しろ今連絡が入った。既に高速艦隊がこっちに向かっている」

    摩耶「……わかった。みんないくぞ、敵を殲滅する」

    160 = 1 :




    そして明け方には全ての深海棲艦が殲滅されました。

    もともと哨戒を潜り抜けた敵の数は少なかったようです。対してこちらは多数の友軍が来て、それが到着するや否や瞬く間に鎮圧してしまいました。

    騒動の収まった湾内から海を眺めます。まだ残存勢力がいるかもしれないと、そこには名だたる艦体が燦然と並んでいました。

    朝日の元に佇む彼女たちは強く美しく、それはかつて私たちが夢見た光景で……


    五十鈴「ボロボロね私たち……」


    振り返れば、そこには深海棲艦によって破壊された鎮守府がありました。

    港は半壊し、出撃ドックは潰れて当分は使い物にならないでしょう。せっかく使えるようになった工廠には砲弾の爪痕が残り、食堂の屋根には大きな穴が開いていました。

    傷ついた鎮守府を眺めながら、私たちは呆然としました。ようやく失ったものを取り戻したのに……これを立て直すのに、いったいどれだけの時間がかかるのでしょうか……?

    161 = 1 :



    消沈の中、摩耶さんが口を開きました。


    摩耶「提督……」


    しばらく待っても、司令官から返事がありません。

    摩耶さんは繰り返しました。


    摩耶「提督、聞こえるか? 提督……?」


    いっこうに返答がなく、私たちは顔を見合わせました。

    艤装を外し、司令塔へ向かいます。司令官は居ましたが、床にうつ伏せに倒れていました。

    脈拍を確認して生存を確かめます。ひとまず安心するも、それが異常事態であることは司令官の様子を見れば一目でわかりました。


    「あたし、誰か呼んでくるわ! ここには軍人や他の鎮守府の人も来てるはずだから」

    吹雪「うん。お願い」

    162 = 1 :



    曙ちゃんが急いで部屋を飛び出して行き、私たちは司令官を運んで楽な姿勢にさせてあげました。

    山城さんが司令官の顔色を覗きこんで、不安げに聞いてきます。


    山城「提督……大丈夫かしら……? 眠ってるだけよね? そうよね……?」

    五十鈴「山城、あまり揺らしちゃ駄目よ」

    摩耶「やっぱ無理してたんだな。いや、当たり前か……無理してないわけがないんだ……」

    吹雪「……」


    私は……何も言えませんでした。

    司令官がずっと無理を押し通して来たのを私たちは知ってます。けれどそれを止めることができず、今回の襲撃で彼は遂に限界を迎えてしまったのです。

    深海棲艦の襲撃という騒動は収まったけれど、私たちの鎮守府は傷つき、司令官は倒れました。

    先の見えない不安の中……私たちはただ曙ちゃんを待つことしかできませんでした。

    163 = 1 :

    切り。

    165 :

    ハラハラ、ワクワク、ドキドキ

    166 :

    続きが待ちきれない

    167 :

    この見逃しの埋め合わせはきちんとしてもらえるんでしょうかね…
    鎮守府半壊は、もうリストラ対象への嫌がらせでは済ませられない損害なんですが

    168 :

    爆撃能力を持つ部隊を僅かだろうと見逃すとか浸透を許すのはさすがに大問題だよなぁ。下手したら民間に被害が出るんだから

    169 :

    吹雪たちが暁の水平線に勝利を刻める日は来るのか……

    170 :

    なんか絶妙な5人だな
    おつー

    172 :


    襲撃からしばらくの間、鎮守府は混乱状態が続き、見かけない人の往来が絶えませんでした。

    というのも責任者たる司令官が病院に搬送され、この鎮守府の現状を正確に説明できる人がいなかったためです。

    私たちは何度も呼び出されては説明を要求されましたが、司令官ほどに把握している訳ではありません。

    ようやく事態が落ち着いたのは2日後。司令官が意識を取り戻してからでした。


    代提「君たちの提督が意識を取り戻したみたいだ」

    摩耶「ほ、本当か!?」


    執務室に呼び出され、開口一番にその男性は言いました。

    危うく私たちは詰め寄りそうになりましたが、男性が手で制した為にその場に押し留まりました。


    代提「と言っても、酷く憔悴しているみたいでね。医者が言うには養生が必要で、当分はここには戻って来れないそうだよ。
       僕も彼からここの引継ぎの要件を済ませたら、すぐに追い出されちゃったよ」

    吹雪「引継ぎ……ですか?」

    代提「うん。僕は代理の提督としてここに派遣されたんだ。以後よろしく頼むよ」


    と言って司令官代理は敬礼を見せました。

    私たちも慌てて返しました。敬礼をするのは久しぶりでした。

    173 = 1 :



    代提「じゃあこれからのことについて話そうか」

    摩耶「ちょっと待ってくれ! 提督はいつ戻って来るんだ?」

    代提「戻って来る? さあ、どうだろう……ここの生活は、彼にとって相当辛いものだったみたいだ。本人にその意思があるかどうか……」


    私には返す言葉がありませんでした。

    思い返せば、記憶の中の司令官は張り詰めた表情ばかりです。

    もちろん楽しい記憶もありましたが、それもすぐに陰ってしまい……


    代提「話を戻すよ。まずはこの鎮守府はしばらく復旧作業で忙しくなる。またいつ深海棲艦が攻めてくるとも限らないからね。
       それと再襲撃に備えて僕の艦隊を引っ張ってきた。少しの間だが、君たちと過ごす仲間だ。仲良くして欲しい。ちょうど来たようだ、入ってくれ」


    司令官代理の声で、10人の艦娘が執務室へと入ってきました。

    誰もが世間にその名を馳せる艦娘です。私たちは互いに紹介し合い、儀礼的な挨拶を交わしました。


    代提「これからの君たちの任務は、ここの復旧作業と近海の哨戒が主になる。あとは手が空いたら合同演習にも付き合ってほしいね」


    それから司令官代理は今後のことをいくつか話して、この場は解散となりました。

    174 = 1 :



    司令官代理が着任してから3週間。

    深海棲艦の襲撃で傷ついた鎮守府は、驚くべき速さで復旧を遂げていきました。

    工廠はその本来の機能を取り戻し、近日中には近代化改修も出来るようになるそうです。

    食堂の復旧も終わり、港はまだ整備中だけれど出撃ドックは一新され、少なくとも私たち艦娘が戦うには十分な環境が整いました。正直に言えば襲撃前よりも良くなったのです。

    私たちが司令官とコツコツ重ねてきたことが、こんな短期間で済んでしまったのです。

    けれど、私の胸には喜びよりも虚しさがありました。


    摩耶「なんかさ……惨めだぜ」

    「……そうね」


    哨戒任務を終えて。

    ぽつりとつぶやく摩耶さんに、いつもの快活さもなく曙ちゃんが同意します。


    摩耶「これならまだ馬鹿にされたほうがマシだ。いままで散々冷遇して来たくせに、いきなりこんな施しを受けて……どう思えばいいんだよ」

    山城「不幸じゃないけど……なんなのかしらね。よくわからないわ……」

    五十鈴「私情を抜きにすれば、喜ばないといけないんでしょうね。これで艦娘として戦う最低限の環境は整ったんだから」

    175 = 1 :



    そして新しく来た艦娘達……彼女たちも良い人でした。

    今は慣れてしまったけど、この鎮守府は他の鎮守府と比べると、本当にごみ溜めのようなところなのです。

    私も初めてここに来たときは、その汚さや環境の悪さに驚き、嫌悪を感じた程です。

    でも彼女たちはそんな素振りも見せず、私たちと合同演習や共同任務を行うときも嫌な顔をしません。私には逆にそれがつらいのです。

    無茶苦茶を言っているのは分かっているけれど……摩耶さんの言う通り、これなら馬鹿にされたほうがまだマシだったのです。


    吹雪「司令官……戻って来るかな……」


    私はつぶやきました。


    摩耶「どうだろうな……戻ってきて欲しいけど、正直あたしにはわからない……」

    五十鈴「例え戻って来なくても……私は提督を責められないわ。提督が無理してるのは分ってたのに、ただ見てるだけだったんだもの……」

    山城「もしこのまま戻って来なかったら……その時はまた別の提督が来るのかしら……」

    「……そうかもね。なんかあたし、ちょっと疲れちゃったわ」


    力無く曙ちゃんが言います。

    その言葉を、誰も否定することは出来ませんでした。

    176 = 1 :



    その次の日、私たちは司令官代理に呼ばれて執務室へと集まりました。

    彼の秘書艦も居たのですが、私たちが来ると入れ替わるように出て行ってしまいました。


    代提「まあ、楽にしてよ。今日君たちを呼んだのは任務とはまったく関係ないことだからね」

    吹雪「はぁ……」


    彼はそう告げて、しばらく考えるように黙してから口を開きました。


    代提「ここがどういう鎮守府なのか僕は知ってる。噂でも聞いたことがあったけど……まあ想像以上だったよ」

    摩耶「……想像以上に酷かったか?」

    代提「そうだね。ここまで劣悪な環境の鎮守府とは想像だにしなかった……こんな場所があるもんなんだね……」


    苦笑いをして言ってきます。

    別に苛立ちはしません。そう思うのが正常です。ただ、この司令官代理がどんな意図でそれを口にするのか気になりました。


    代提「この鎮守府の有様もそうだが、君たちもだ」

    「は? あたしたち?」

    代提「ここに来る艦娘はかなり反抗的で、扱いにくいと聞いていた。でも蓋を開けてみればどうだい。反抗的どころか、君たちは僕の艦隊にも引けを取らないほど優秀だ」

    五十鈴「……貴方、何が言いたいの?」


    不信も露わに五十鈴さんが尋ねます。

    177 = 1 :



    代提「彼のおかげかい?」

    山城「彼……?」

    代提「君たちの提督のことだ」


    司令官代理の言葉に、私たちはしばらく沈黙しました。


    代提「そう身構えないでくれ。僕はね、彼と同期なんだよ。よき友でありライバルだったと思ってるよ。向こうがどう思ってくれてるのかはわからないけどね……」


    改めて司令官代理の姿を眺めます。

    いかにも裕福そうな育ちで、言われてみれば年齢は司令官に近いでしょう。

    司令官の軍服はやつれ始めていましたが、この人のはピシッと真新しいままでした。


    代提「ここの提督代理となったのは僕の意思だ。と言っても父親の力を頼ってしまったのは不本意だったんだけど……よければ彼がここでどう過ごしていたのか教えてくれないか?」

    摩耶「それはまた、どうしてだ?」

    代提「友人が倒れたんだ。何があったのか知りたいと思うのは当然だろう? 過去の報告書を見れば大体の察しはつくけど、君たちから直接聞きたいんだ」

    摩耶「……」 

    代提「ふむ……確かにいきなり聞かせてくれと言うのもあれだね。そうだな……君たちは彼がどうしてここに来たのか、彼からその理由を聞いたかい?」

    「知らないわ……あんたは知ってるの?」

    代提「ああ知っている。よし、わかった。それを教える代わりに、君たちからも教えてもらいたい。それでどうだい?」

    178 = 1 :



    私たちは顔を見合わせました。

    司令官がこの鎮守府に来た理由……結局はぐらかされて教えてもらえなかったことです。

    私たちはその理由にお金を賭けていました。ここでそれを教えてもらうことは、それを反故にすることです。

    それが悪いことだと分っていたけれど……私は口を開きました。


    吹雪「私……知りたいです」

    摩耶「……あたしもだ。みんなはどうだ?」


    摩耶さんも同調してくれて、それから尋ねました。

    否定の声は上がりませんでした。


    代提「わかった。じゃあ話そうか……といっても簡単な話だよ。軍学校で、彼は元帥の息子をコテンパンにやっつけてしまったのさ」

    吹雪「元帥の息子……ですか?」

    代提「そう。元帥はご老体に近くてね。年が相当離れているからか、かなりの子煩悩で有名だった。
       その息子といえば甘やかされて育ったせいか、努力もせず家柄に胡坐をかく奴だったよ。そいつも僕たちの同期だったんだけど……」


    司令官代理は話を続けました。

    事の始まりは、その元帥が軍学校へ視察しに来たことだそうです。でも視察というのは名目で、実際は授業参観みたいなものだと揶揄していましたが。

    学校側ももちろんそれを把握してるため、元帥の息子に花を持たせようと演習を行ったみたいです。そこで当て馬に選ばれたのが当時主席だった司令官でした。

    やっぱり司令官は優秀だったそうです。だから学校側も当然身の振り方を把握してると思っていたけれど……

    ふたを開けてみれば彼は元帥の息子をこれ以上無いくらい完封してしまったそうです。

    恥をかかされた息子の怒りは相当で、でも子煩悩の元帥の怒りはもっとすごくて癇癪に近かったそうです。

    元帥の怒りは息子に恥をかかせた彼と教師陣に向いて……それから紆余曲折を経て、彼はここへ来たとのことでした。

    179 = 1 :



    吹雪「……なんていうか、司令官らしいと思います」

    山城「真面目過ぎるというか、不器用なのは提督らしいわね……」

    摩耶「馬鹿だなあ、提督は……素直に負けてれば、こんなごみ溜めに来ることもなかったってのによ」

    五十鈴「それについては人の事どうこう言えないでしょ……同じようなものじゃない、私たちも」

    代提「僕もね、彼は本当に馬鹿なことをやったと思うよ、今でもね。でも、彼は後悔してなかったよ」


    私は司令官の言葉を思い出しました。

    彼は言っていました。自分は飛ばされたとは思っていない。やるべきことをやってここ居ると……

    もしかしたら強がりだったのかもしれません。でもそこに後悔の色が無かったのは確かです。


    「ていうか、あいつは何も悪くないじゃない。ロクに実力も無いその元帥の息子ってのが提督になっても迷惑なだけだわ」

    代提「その通りさ。あの息子に提督の器はない。でも彼は提督になって、これからどんどん出世していくよ。強力な後ろ盾があるからね」

    吹雪「……」

    代提督「今の海軍は力ばかりが肥大してしまっているんだ。だから誰もが深海棲艦は二の字で派閥争いに躍起になっている。身内に潜む敵のほうがずっと脅威なのさ。
       そうなれば重宝されるのは扱いやすい人間だ。……いや、話が逸れたね。それで聞かせてくれないか、彼の事を」


    それから、私たちは司令官のことを話しました。

    彼がここに来た初日から現在に至るまでを。話し終えたとき、司令官代理は深いため息をついて顔を覆いました。


    代提「……こんなの倒れるに決まってる。なんの引継ぎも無く提督になって、まして補佐も無く一人でこれだけの仕事を回すなんて……」

    摩耶「そんなに大変な事なのか……?」

    代提「僕たちは軍学校を出たら先輩提督の元につくんだ。そこで補佐をしながら実践を学び、それではじめて鎮守府を任されるようになる。
       でも彼はいきなりここに飛ばされた。右も左もロクに分からないまま……むしろ出来てしまったことが悲劇だよ」

    180 = 1 :



    私は後悔の念に苛まれました。

    今となっては遅いことだけど、私たちは無理やりにでも司令官を止めるべきだったのです。

    失ったものばかりに目を向けてしまって、もっとお互いに話をするべきだったのです……


    代提「そしてやっぱりというか……どうして北方海域侵攻作戦で報酬が支払われなかったのか聞いてないんだね」

    五十鈴「あなた、何か知ってるの……?」

    代提「ああ。あれは少し騒ぎになったからね……」


    北方海域侵攻作戦……司令官と私たちが疎遠になるきっかけになった作戦です。

    曙ちゃんが詰め寄りました。


    「教えなさいよ。なにがあったの? あの時どうしてあたしたちはあんな待遇を受けたわけ?」

    代提「君たちの提督があの作戦の総指揮官を殴ったからだよ」

    山城「殴った!? 提督が……? どうして……」

    181 = 1 :



    代提「ここにある報告書を僕も見させて貰った。君たちだって、あの作戦を疑問に思わなかったかい?」

    摩耶「ああ、思ったぜ。味方の支援要請で駆けつけてみれば肝心の味方は居ないわ、こっちのピンチには誰も駆けつけてこないわ……どういうことだったんだ?」

    代提「ただの嫌がらせだよ。嫉妬といってもいい」

    摩耶「嫌がらせ……?」

    代提「総指揮官は君たちが気に食わなかったらしい。その前の作戦……西方泊地奪還作戦だったね。そこで君たちは想像以上の働きをみせて報償まで貰った。
       こんな寂れた鎮守府で大した戦力が無いにも関わらずね。お灸を据えてやろうとでも思ったんだろう」

    摩耶「……なんだそりゃ……そんな馬鹿げた理由であたし達は死にかけたのかっ!?」

    代提「そんな馬鹿なことが通るのが今の海軍なんだ。正直に話せば、こんな寂れた鎮守府の一艦隊が沈んだところで誰も気にしはしない。
       最悪捨て駒にでも使うつもりだったんだろう」

    摩耶「……」

    代提「君たちの提督は、それはもう怒ったらしい。その総指揮官の顔面に一発ぶち込んでやったそうだ。
       もっとも彼はその場で憲兵に取り押さえられて、それ以上の苦痛を味わっただろうけどね」

    吹雪「……」


    私は司令官の目元が青くなっていたことを思い出しました。

    あれは気のせいではなかったのです。

    182 = 1 :



    「なんであいつは話さなかったのよ……。言ってくれれば、あたしたちだって納得できたのに……」

    代提「さてね……ただ、彼はその場の激情に任せて、君たちが命を懸けてしたことをすべて無駄にしてしまったんだ。
       本来君たちに与えられるはずだった報酬は、彼の迂闊な行動のせいで賠償金という形ですべて総指揮官に渡ってしまった」

    五十鈴「それで……その責任から更に自分を追い込んで提督は倒れてしまったってことね……」

    「あのクソ提督……なんなのよ。一人で全部溜め込んで、勝手に自滅して……」


    ぎゅうと曙ちゃんがこぶしを握ります。

    きっと提督は……あまりの申し訳なさに私たちに打ち明ける勇気がなかったんだと思います。

    本当にすまないと、言葉を絞り出していた司令官を思い出します。でもやっぱり、私は話して欲しかったです。

    私たちは……今まで多くの司令官にぞんざいに扱われてきました。けど彼は私たちと共に戦い、そして私達の為に怒ってくれました。

    結果は残念だったけれど、私はそれを嬉しく思うのです。


    代提「……彼に会いたいかい?」

    吹雪「司令官に会えるんですか!?」

    代提「ああ。一週間後に療養を終えて戻って来る。だがすぐに会いたいのなら、病院まで手配しよう」


    私たちは顔を見合わせましたが……

    摩耶さんがかぶりを振るいました。


    摩耶「いいや。提督が戻って来るっていうなら、あたし達はここで待つぜ」

    代提「そうか……」


    司令官代理はしばらく口を噤んだ後、改まった口調で言ってきました。

    183 = 1 :



    代提「知っての通り彼は……あいつは不器用な人間だ。今の海軍でやっていくには難しいだろう……。だから、君たちが支えてやって欲しい」

    摩耶「言われなくても。こっちには言いたいことが山ほどあるからな。あの馬鹿提督め……もう遠慮なんかしねえ」

    山城「そうよね……こっちが遠慮なんてしてたらまた倒れちゃうわよね」

    「あのクソ提督、帰ってきたら説教ね……」

    吹雪「あのみんな……司令官は病み上がりなんですから、無理させたらだめですよ?」


    息撒くみんなを宥めます。

    そこでふと気が付いたように、五十鈴さんが司令官代理に尋ねました。


    五十鈴「貴方は……どうして提督にそこまで肩入れするの? 今のこの話だって……それに鎮守府の復旧だって、本当はここまでする必要はなかったんじゃないの?」


    司令官代理は少し間をおいてから口を開きました。


    代提「今の海軍は腐っているんだ。下らない派閥争いも権力争いも、誰も彼もが自分の利益のみ求めて動いている。
       でも僕たちの代でそれを変えてみせる。そういう時……彼みたいな人間に隣に居て欲しいんだ。君たちも、彼のそういうところが気に入ったんじゃないのかい?」

    五十鈴「……そうね。安心して命を預けられる提督なんてそうそういないわ」

    「ふんっ、ま、他のクソ提督に比べたら大分マシな部類ってだけよ」

    代提「……彼も部下には恵まれたようだな。けど、君たちの行く先は厳しい。あの深海棲艦の奇襲も、もしかしたら図られていたのかもしれない。
       だとしたら、とんだ悪手だったけどね。……僕が手を貸せるのはここまでだ。君たちの船旅がより良いものであることを願っているよ」

    184 = 1 :

    切り。

    185 :

    乙でございます

    186 :

    もう少ないって言ってたし俺たちの旅はここからだエンドなのだろうか
    できれば長く見たいものだ

    187 :

    こうまで上が腐ってると事故と見せかけて処理されそうなもんだけど

    189 :

    さすがにしばらくは嫌がらせは無理だろう
    下手すりゃ深海勢との内通を疑われるレベルの「ミス」をやらかしてるんだからな
    上層部がおとなしい間に復帰した提督がどこまでやれるか…

    190 :

    一度大本営が落とされればスカッとするんだが

    191 :

    青葉さんの出番だな

    192 :

    深海と手組んだほうが早いんじゃないかね、色々

    193 :

    実は深海側はいい奴らだったってのはあくまで二次創作に割とあるというだけで
    原作設定はただ人間から制海権や制空権を奪って暴れてる異形の存在だべ

    195 :

    これもその「二次創作」だからね
    どんな展開も有り得るわけだ

    196 :

    艦娘もカードにしなきゃな

    197 :



    そして私たちは……今までの事を思い返しながら、正門前で司令官が来るのを待っていたのです。

    予定到着時刻から20分ほど過ぎて、一台の車が到着しました。中から現れたのは司令官です。

    彼は私たちの姿に気が付いて、一直線にこちらへやってきました。そして私たちの目の前に立ち、一息ついてから口を開きました。


    提督「……すまない」


    しばし沈黙して……

    私たちはどっと笑いました。司令官はその様子に困惑していましたが……


    摩耶「やっぱ駄目だったな、これは。簡単すぎる」

    「ホント、流石にこれだけ分りやすいと賭けにもならないわ」

    提督「な、何の話だ……?」

    五十鈴「提督が開口一番なんていうか、みんなで賭けてたのよ」

    山城「みんな予想は同じで、正解でしたけど」

    提督「む……そうか……」

    198 = 1 :



    司令官は口を噤んでから、やがて意を決めたように口を開きました。


    提督「聞いてくれ。私は……お前たちに謝らないといけないことがある」

    摩耶「いいよ、もう。全部聞いたぜ、あんたの同期から」

    提督「え?」

    五十鈴「提督がどうしてここに来たのか……あの作戦でどうして私たちが不遇な扱いを受けたのか……その理由も全部ね」

    提督「……そうか。……でも謝らせてくれ。私はお前たちの成果をすべて無駄に――」

    摩耶「あーストップ! ストップストップ!」

    提督「……む」

    摩耶「だ・か・ら! もういいって言っただろ……謝らないといけないのはあたし達だって同じだ。提督一人に負担をかけちまった」

    五十鈴「おあいこってことね。あと提督……これから私たち貴方に遠慮すること止めたから覚悟しときなさい」

    山城「提督も……きつい時はきついって遠慮なく言って下さい。肩ぐらいは揉んであげますから」

    「それからクソ提督! 次またムカつく奴をぶっとばしたくなったら、その時はあたし達に一言断りを入れてからやりなさい! いいわね!」

    提督「……わかった。今度やるときはお前たちの許可を得てからやろう」

    199 = 1 :



    そこで初めて司令官を笑みを見せました。その場の空気も和やかになり……私は司令官の傍によってその腕を引っ張りました。


    吹雪「司令官! 私たち退院祝いに料理作ったんです。来てください!」

    摩耶「病院食は味気なかっただろ? あたしたち全員で作ったんだぜ。言っとくけど残したら承知しねーからな」

    提督「お、おい……私は病み上がりだぞ」

    五十鈴「病み上がり? 一か月もさぼってただけでしょ。これからバンバン動いて貰うんだから、しっかり栄養取りなさい!」

    山城「まさか賭け金がこんな形で使われるなんてね」

    「ほらクソ提督、ちゃっちゃと歩く!」


    曙ちゃんが司令官の背中を押して、私たちは軽口を言い合いながら司令官を食堂へと連れて行きました。

    200 = 1 :





    翌朝。

    朝早く起きた私は港へと足を向けました。港はまだ復旧工事をしていましたが、それも直に終わるでしょう。

    お目当ての人影を見つけて、私は傍に歩み寄りました。


    提督「吹雪? おはよう……早いな」

    吹雪「そうですか? 最近はずっとこの時間に起きてましたよ」

    提督「そうか……お前はあれから走り続けてたんだな」

    吹雪「……はい」


    目を細めて水平線を眺めます。

    海に浮かぶ朝日は鮮やかな色で雲を照らし出していました。

    気持ちよい波音に身を委ねながらその光景を眺めていると、司令官がぽつりとつぶやきました。


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