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    元スレモバP「まゆ、アイドルをやめろ」

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    151 = 1 :

    「ちょっ、プロデュー、サーぁ……」

    情けない声を上げる杏ちゃんの手を引いて、わたしは走り出す。

    このまま彼を行かせては、いけない。本能がアラートを響かせていた。

    152 = 1 :

    まゆちゃんは駅のロータリーを抜け、大通りに入ったあと、そのすぐ近くの喫茶店の中に姿を消していった。

    わたし達も、その店に入りまゆちゃんの姿を探す。

    まゆちゃんは喫茶店の壁際の席に、こちらに背を向けて座り店員に何かを注文した。

    P「誰かを待っているみたいですね。近くの席で様子を見ましょう」

    そう言ってPさんは、ちょうど衝立でまゆちゃんが見えなくなる席をとり、適当な注文を頼んだ。

    わたしとPさんが通路側で向かい合うように座り、卯月ちゃんと杏ちゃんの姿を隠す。

    まゆちゃん側に背を向けているPさんに対して、わたしはわずかながらまゆちゃんのいるテーブルが見えていた。

    P「……誰か入ってきましたね、店内を見渡してます」

    からんころん、と軽やかな鈴の音と共に入ってきたのは、一人の女性だった。

    誰かを探すように、大きなサングラスを外して広くはない店内を一瞥する。

    目当ての人物を見つけたのか、彼女はかつかつと足音を立てて向かっていく――まゆちゃんのいる席に。


    まゆ「……お母さん」

    まゆちゃんは、その女性に向けて確かにそう語りかけた。

    153 = 1 :

    「どうしたのよ、急に帰ってきたりなんかして。事務所の方にも連絡してなかったんでしょ?」

    Pさんの指が、ぴくりと震えた。表情は崩さないまでも、彼の全身に力が籠ったのがわかる。

    まゆ「お母さん、まゆは、……まゆは、今の事務所にはいられなくなりました」

    まゆちゃんは、静かにそう切り出した。

    二人の間に沈黙が流れ、店を流れるジャズの音楽だけが空気を震わせている。

    154 = 1 :

    「…………」

    その静寂を、まゆちゃんのお母さんの溜息が破った。

    「346プロを辞めるの?」

    まゆ「……はい」

    「……そう。私、まゆの母としても、ファンとしても、応援してきたつもりだったけど」

    「また、やり直すのもいいのかもしれないわね」

    まゆちゃんの頼んだ飲み物が運ばれてくるのと同時に、まゆちゃんのお母さんは慣れた様子で何かを注文する。店員と二言三言交わして、彼女は再びまゆちゃんの方を見た。

    「ねえ、」

    「346プロって、どんなところだった?」

    「まゆ、なかなか連絡くれないんだもん。ちょっとだけ聞かせて?」

    まゆ「346プロは……たくさんの女の子がいて、まゆよりも、ずっと小さい女の子もいて、ずっと大人の女の人もいて……すごく、楽し」

    「そういうことじゃないの」

    まゆちゃんの言葉を遮った彼女は、口許に不気味な笑みを浮かべてまゆちゃんに問うた。

    「芸能界って、すごく怖いところって言うでしょう」

    「ほら、プロデューサーって、男の人だったんでしょ? ねえ、どんな人だった?」

    155 = 1 :

    まゆ「ぷ、プロデューサーさんは……っ、」

    まゆ「すごく、良い人で、頼りになって、優しい人で……」

    「そう」

    「でもやっぱり、あったでしょう。あなたはアイドルなんだから」

    「枕営業、させられたりとか」

    わたしの中で何かが爆発した。

    呼吸が浅くなって、感情が理性を突き破る。


    だが、そんなわたしの激昂を、Pさんは捻り潰した。

    156 = 1 :

    彼は、笑っていた。

    わたし達に見せてくれる、今は色褪せてしまった爛漫な笑顔なんかではない。

    きっとこの人は、ずっとこの笑顔を浮かべて今まで自分を守ってきたのだろうという、そういう微笑み。

    誰かの怒りを殺し。誰かの恨みを殺し。

    誰かの憎悪を殺し。誰かの殺意を殺し。

    そして自らを殺した、彼の武器。

    わたしの中の怒りは薙ぎ払われ、杏ちゃんや卯月ちゃんの翳りさえも圧倒する。

    まゆ「枕営業、ですか?」

    感情を振り払われた真っ白な私に、まゆちゃんの震える声が流れ込んできた。

    「346にいられなくなった理由、聞いてなかったから」

    「それくらいしか、ないかなって」

    まゆ「……そうですね」

    まゆ「まゆが、346プロにいられなくなったのは、」

    まゆ「まゆにその話が来たからです」

    まゆ「番組の方が、まゆに直接」

    157 = 1 :

    「ま、まゆちゃんは何を……」

    P「恐らく、まゆが辞めたいと思った本当の理由を、言葉にするのが難しいんでしょう。だから、枕という言葉を使った。俺達に迷惑がかからないように、直接、ってことにして」

    「どうして……」

    言葉にできないその動機を、置き換えたのはまだいい。

    どうして、庇うような真似を――


    「……やっぱりそうだったのね」

    店員が運んできた飲み物を飲みながら、彼女はまゆちゃんに憐れみの言葉を投げかけた。

    「でも……本当に、346を辞めたいの?」

    まゆ「……はい」

    「わかったわ。あなたの意思を尊重する。連絡しておくわね」




    「それで、次の話だけど」

    158 = 1 :

    まゆ「つ、次……?」

    「346をやめたあと、どうするの? もう一回読者モデルに転向して、やり直す?」

    「でも、他の企業に移籍するっていうのもいいと思うの」

    「346プロっていう大きな会社で箔がついたわけだし、それを活かさない手はないわよね」

    まゆ「あ、あの、」

    「こだまプロ……ううん、もっと上に行ける」

    「961プロでだって、まゆは輝ける」

    「そう、きっと――765プロにだって、」

    まゆ「お母さんっ!」

    まゆ「まゆはもう、アイドルをやめたいんです」

    アイドルを、辞めたい。

    思いもしなかった言葉が鼓膜に突き刺さり脳を揺らす。

    あんなに、楽しそうに歌っていたのに。

    舞い降りたのは、静寂なんかよりももっと静かで、冷たい空気だった。

    まるで絶対零度を思わせる空気の中で、それを操る者のように彼女が口を開く。

    159 = 1 :

    「どうして、そう思うの」

    「読者モデル時代から、ずっとアイドルになりたいって言ってたでしょ」

    「そのために、いろんな衣装を着せて、笑う練習をして、売り込み方まで教えてあげたのに」

    「どうして……今まで一緒に頑張ってきたじゃない」

    まゆ「でもっ……」

    「さっき、駅でライブみたいなことしてたでしょ」

    「楽しかった?」

    まゆちゃんが楽しんでいたことをわかっていて、彼女はそれを問い詰めている。

    有無を言わせぬその声に、まゆちゃんはか細い声で、はい、と頷いた。

    まゆ「ファンのみんなの顔が見えて、とてもきらきらしていて、」

    「アイドルなら、もっときらきらできるわよ」

    「正直な感想を言うけどね、」

    「さっきのライブ、とっても酷かった」

    「あの時歌っていたのは、アイドルじゃなかった。佐久間まゆじゃなかった」

    「ちょっと歌の上手い女の子が、何かを勘違いして自分がアイドルだと思い込んでしまったような、素人の歌い方だったわ」

    「私、すごく恥ずかしかったわ」

    「でもね、あんな適当なステージでさえあなたは楽しめる。それが、本物のアイドルとして本物のステージに立てたなら、きっともっと楽しいわよ」

    160 :

    ようは金のためにやれって言いたいのかな?

    161 = 1 :

    なんだ、これは。

    この、気持ちの悪い言葉は。

    卯月「……私、なんだか、もやもやします」

    「うん、なんか……嫌だ」

    「楽しかったなら、もっとわくわくできるようなことをするべきよ」

    「ねえ、まゆ。一応もう一度訊くけれど」



    「アイドル、辞めたい?」


    162 :

    一番カスだったのは母だったってわけか

    163 = 1 :

    まゆ「まゆは、まゆは、」

    まゆ「もっと、輝きたいです……!」

    「そう、それは良かったわ」

    「じゃあ、一度家に帰りましょう。これからのことを話し合うの」

    まゆちゃんのお母さんが、立ち上がる。

    わたし達の席の方へ歩いてくる。

    「Pさん、どうしましょう、これ……」

    P「このままで構いません」

    顔色一つ変えずに席に座っているわたし達の隣を、まゆちゃん達が通り過ぎる。

    かつん、と、まゆちゃんの歩みが止まった。

    まゆ「ぷろ、っ、プロデューサー……なんで、こんなところまで」

    裏返ったまゆちゃんのその声が、驚愕の深さを物語っている。

    プロダクションに入ったときに住所など一通りを押さえてあるとしても、まさかここまで追ってくるとは思わなかったのだろう。

    164 = 160 :

    こういうの言葉の洗脳っていうんかね?
    Pの本当の母親ってまゆの母親じゃないだろうな

    165 = 112 :

    東京湾に鎮めちまえ

    166 = 1 :

    「プロデューサー? ああ、あなたが。そう言えば、来るとおっしゃってましたね」

    P「いつもお世話になっております」

    P「少し、お話しませんか?」

    Pさんは、さっきの笑みとは違う、しかし今までにわたし達に見せたことのない、白々しく敵意を含んだ表情を浮かべる。

    「はい、よろこんで」

    そう答えたまゆちゃんのお母さんの微笑みは、Pさんのそれととてもよく似ていた。

    167 = 1 :

    喫茶店を出たわたし達は、どこか建物に入るでもなく自動販売機の傍に申し訳程度に置かれた休憩所のようなスペースに連れて行かれた。

    木でできた硬く冷たい椅子に座ると、まゆちゃんのお母さんは口を開いた。

    「きっと、喫茶店のような場所では静かすぎるでしょう」

    彼女は俯くまゆちゃんの左手首を握り、杏ちゃんと卯月ちゃんを見る。

    「テレビで見るより、ずっと可愛いですね」

    「それで、お話というのは?」

    168 = 1 :

    P「まずは、まゆに一言だけ言わせてください。駅前のロータリーでのライブ、見てたぞ。駅の改札のところからちゃんと見えてた。特等席だったよ」

    まゆ「……見てくださってたんですね」

    P「ああ、ちゃんと見えてた。よく頑張ったな」

    Pさんの言葉を聞いて、まゆちゃんは居心地が悪そうに視線を逸らした。

    P「さて、話なんですがね」

    P「まゆのライブを見てどう思われたか、もう一度お聞きしても?」

    喫茶店で盗み聞きをしていたことなどまるで隠す素振りも見せず、Pさんはそうまゆちゃんのお母さんに語りかけた。

    「……まゆに、あんなステージは似合いません。もっと大きな箱で、もっといい音響で、歌って、踊るべきなんです」

    「こんなところで燻っていていい子ではありません」

    P「そうですか? 俺は別に、こういう機会があってもいいと思いましたよ」

    169 = 1 :

    「そんないい加減な」

    P「あなたはまゆの母親ですが、プロデューサーじゃない」

    P「反対に、俺はプロデューサーであってまゆの父親じゃない。だから、家庭内のことやまゆの人間性については俺は何も言いません」

    P「ただね、佐久間まゆというアイドルのライブを貶すことだけは、やってはならないことです。プロデューサーとしても、親としても」

    P「お聞きします。あなたは、まゆの気持ちを考えたことがありますか」

    わたしが何度も心の中で呟いていたその疑問を、Pさんはいとも簡単に投げかけた。

    その疑問の裏側に隠されているのは、あなたはまゆちゃんの気持ちを考えていない、という明らかな糾弾だった。

    「プロデューサーでしかないあなたには、まゆのことはわかりません」


    P「親なら、わかってくれたんですか」


    膝の上でいつの間にか握りしめていたわたしの拳に、くっと力が入る。

    杏ちゃん達も、顔を顰めながら二人のやりとりを耳で追っていた。

    「あなたに、それをお答えすることはできません。これは私達の家庭内の話です」

    P「なるほど。確かにそうですね。失礼しました」

    P「では訊き方を変えます。読者モデル時代の公式プロフィールで、利き手を両利きと書くよう進言したのはあなたですか?」

    170 = 1 :

    全く関連性のない質問に、彼女は得意げな表情を作った。

    「さすがですね。良いテクニックだとは思いませんか。アイドルには、何よりもまず興味を持ってもらうことが必要です」

    P「よくわかりました。ありがとうございます」

    P「もう一つ。346プロの公式プロフィールで、出身地を宮城ではなく仙台と登録したのは、まゆの判断ですよね?」

    口調こそ母親に問うようなものだったが、その視線はまっすぐにまゆちゃんの方を向いている。

    その視線から逃げられないと悟ったのか、まゆちゃんは小さく頷いた。

    P「なるほど、よくわかった」

    171 = 1 :

    P「そうか……なあ、まゆ……本当に346プロを辞めるのか?」

    まゆ「……はい」

    まゆ「もう、プロデューサーさんは、知ってしまいましたから」

    あの映像を見て、と彼女は唇で付け足した。

    P「俺は気にしないが……そのほうがいいと思ったんだな」

    P「後悔はしないんだな」

    まゆちゃんはもう何も言わず、Pさんを視界に入れないように俯きながらただ首肯を重ねるだけだった。

    P「……そうか。そう、か」

    諦めたように肩を落とすPさんを見て、杏ちゃんが身を乗り出す。

    「まゆ、ほんとに――」

    P「やめろ、杏」

    「でも……!」

    P「俺達はまゆじゃない」

    P「……人は、自分以外の何者にもなれないんだ」

    Pさんは呻くようにそう呟き、椅子から立ち上がった。

    172 = 1 :

    P「社に戻り次第、移籍の手続きを進めておきます。詳しいことが決まり次第、折り返しご連絡させていただきます」

    まゆちゃんが、はっと顔を上げた。

    だが、彼女のその今にも泣きだしそうな顔を、Pさんはもう見てはいなかった。

    P「それでは、失礼します」

    P「ちひろさん、行きましょう。これから忙しくなります」

    P「……」



    P「……じゃあな、まゆ」

    Pさんは、遂に彼女に背を向けた。街灯のつき始めた道を、歩き始める。

    何かを言いたげなまゆちゃんは、左腕を掴まれてその場を動き出せずにいた。

    まゆ「ま、」



    まゆ「待ってください……」

    173 :

    続きが気になって何度も更新しちまう

    174 = 1 :

    まゆ「行かないで、」

    まゆ「最後に、謝らないと、」

    濁った眼で、少女は言葉を漏らす。

    「Pさん、まゆちゃんが」

    まゆ「離して、くださいよぉ……っ」

    まゆちゃんが、左腕に食い込む指を剥がし、わたし達のもとに駆け寄ってくる。


    卯月「まゆちゃん……!」


    ぱっと顔を輝かせた卯月ちゃんの肩を、Pさんが軽くたたき静かに首を横に振った。

    まゆ「プロデューサーさん……まゆは、プロデューサーさんにごめんなさいを――」


    その時だった。

    声が、聞こえた。

    175 :

    (無須磨香椎ことを言ってるんだろうが正直1割も理解できてない…)

    176 = 1 :

    「あ、まゆちゃんだ!」

    「ほんとに帰ってきてたんだ」

    177 = 1 :

    まるでスポットライトのような街灯の下で佇むまゆちゃんに、この町の人たちが――ファンのみんなが、集まってくる。

    P「ちひろさん、杏と卯月を人目のつかないところへ」

    わたしは二人の背中を押し、そっと建物の陰に誘導する。

    「さっき、駅でライブやってたってほんとか?」

    「そうだよ、ソロライブだよ」

    「聞きたかったなー」




    「ねえ、まゆちゃん、歌ってよ!」




    その言葉で、まゆちゃんの身体がびくりと痙攣した。

    178 = 1 :

    聴かせて。聴かせて。聴かせて。聴かせて。

    まゆちゃんの歌を、聴かせて。


    まゆ「ぁ……、」

    まゆ「い、ぁ…………」

    聴かせて。聴かせて。聴かせて。歌って。


    まゆ「だ、だめ、ですよぉ、そん、な、の……」

    P「まゆ……?」

    まゆ「ぃ、や……ぅたえ、ない、です」


    まゆ「歌え、ないんです……歌えないんです……っ」

    179 = 1 :

    まゆ「まゆはもう、歌えないんですよぉ……」

    ぼろぼろと涙を零し、耳を塞ぎながら地面に蹲ったまゆちゃんは、ついにどうしようもないほどの心の軋みを上げ、悲鳴を上げた。

    P「すみません、自分は佐久間まゆのプロデューサーです!」

    P「申し訳ございません、今日は、プライベートでの帰郷で疲労が溜まっているために活動の方は中止させていただきます!」

    Pさんは崩れ落ちたまゆちゃんの肩に自分のスーツの上着をかけ、その肩を抱く。

    「……あー、そうだよな、駅でもいっぱい歌ってたし……」

    「ゆっくりしたいとき、あるもんね」

    嗚咽混じりに泣くまゆちゃんに、自分達を恥じるような声が混じり、ゆっくり休んでね、という言葉に置き換わり始める。

    180 = 1 :

    「同じくプロダクションの者です。すみません、歩道での人だかりは交通の妨げとなりますので、皆様、どうかお気をつけておかえりください。ご協力お願いいたしま――」


    「歌いなさい!」


    まゆ「ひ、ぁ……、」

    突如響いた声に、まゆちゃんが短い悲鳴を上げた。身体の震えが激しくなり、呼吸も乱れ始める。

    靴を鳴らし、群衆をかき分け、彼女はまゆちゃんのもとに向かってくる。


    「どきなさい……っ、私はこの子の母親なの!」

    181 = 1 :

    「歌いなさい、あなたはアイドルなのよ! 私がずっと育ててきたアイドルなの!」

    P「やめてください! まゆは歌えないと言っているんです!」

    まゆちゃんに手を伸ばそうとした彼女の母から、Pさんはまゆちゃんをかばう。

    群衆は足を止め、まゆちゃんの母親を見つめる。

    「どいて! 私の娘なの!」

    「歌ってよ、お願いだから……ッ」

    「私は、私は……、佐久間まゆの母親なんだから……!」

    P「あなたが何であろうが、まゆはまゆです!」

    「どきなさい!」

    しゃがむまゆちゃんに、覆いかぶさるようにして庇うPさんの側頭部に、先の尖った母親の靴がめり込む。

    形容しがたい呻き声を上げたPさんが地面を転がった。その隙に、母親は鬼のような形相を浮かべてまゆちゃんの襟首を掴み無理矢理に立たせた。


    そしてその肩を掴み、揺さぶり、叫ぶ。

    「どうして……ッ、どうしてなにも歌わないの? あなたはアイドルなの、アイドルでなければいけないの!」

    まゆ「でも、まゆは……っ」

    182 = 1 :




    まゆ「アイドルのまゆは、まゆのどこにいるんですかぁ……っ!」



    183 = 1 :

    「どうして……どうしてなの、せっかくアイドルにしてあげたのに、アイドルになってもらったのに、どうして私が、こんな惨めな……っ!」

    「アイドルをやめるの? 一緒に夢をかなえたのに!」

    「私は佐久間まゆの母親なの。アイドルの……アイドルの母親なのよ!」

    「今まで一緒にやってきたのに、アイドルじゃないあなたを、いったいどうやって愛せって言うのよ!」

    狂気に満ちたその叫びと共に、母親はまゆちゃんのお腹を蹴り飛ばした。


    P「ま、ゆ……」

    184 :

    あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)

    185 = 1 :

    声を出せたのは、Pさんだけだった。

    他のわたし達は、声すら出せなかった。

    まゆちゃんの身体が折れ曲がり、そのまま車道に弾き出されていく。

    どうして――どうして道路の向こう側から、あんな光が、迫ってくるのだろう。

    理解が追いつかない。

    認識すら、追いつかない。


    そんな中で、Pさんだけが。

    佐久間まゆの、プロデューサーだけが。

    おぼつかない脚で、揺れる視界で、




    ひびだらけの少女に、手を伸ばした。

    186 = 1 :

    今までに聞いたことのない、奇妙な音が空気を揺らした。

    理解することを放棄した脳の中に、どんどんと事実ばかりが押し込まれていく。

    なんの音。

    今のは。

    不自然な向きで止まったワゴン車のすぐ横には、ライトに照らされたアスファルトを見つめるまゆちゃんがいる。

    じゃあ、何が。


    何がぶつかった。

    まゆちゃんは、何を見ている。



    ――誰、を。

    187 = 1 :

    まゆ「ぁあ、あ……」

    人ごみの脚の隙間から、赤い何かが見えた。

    まゆ「プロデューサーさん、まゆの、プロデューサーさん……」

    まゆちゃんが、赤の中に飛び込んでいく。

    ――おい、救急車を!

    ――もう呼んだ!

    ――警察は!

    ――駅前に呼びに行ったほうが早い、行ってくる!

    「ぁ、Pさん、嘘、」

    卯月「すっ、すみません、どいて、ください」

    震える声で、焦点を定めない目で、わたし達は道路に向かう。

    紅の海で、まゆちゃんが抱きしめていたのは、わたし達の期待を充分すぎるほどに裏切った、Pさん、だった。

    188 = 1 :

    まゆ「嘘、ですよねえ……」

    まゆ「実は、プロデューサーさんは、元気なんですよね、」

    まゆ「ちひろさん、これも、どっきりなんですよねえ……っ」

    「やめて、ぃや、……」

    どっきりじゃない。こんなの。

    こんな、残酷なの。

    Pさんが、亡くなったなんて――


    まゆ「冷静でいられるわけ、なかったじゃないですか」

    まゆ「泣かなきゃなんて思わなくたって、」

    まゆ「こんなに、涙が、」

    まゆ「悲しさしか、あふれて、こないのに」

    まゆ「プロデューサーさんが、お母さんの代用品なわけ、なかったのに……」


    まゆ「まゆ、まだ謝れてないじゃないですかぁ……っ!」

    189 = 1 :

    P「ぉ、い……」

    P「まだ、死んでないぞ、俺は……」

    まゆ「プロデューサーさんっ!」

    「もうすぐ救急車来てくれるからね、死んじゃいやだからね!」

    まゆ「まゆ、お母さんじゃなくって、プロデューサーさんに、アイドルにしてもらったのに、歌えなく、なって……」

    まゆ「どれがまゆなのか、わからなくなって、」


    P「……俺は、」

    虚ろな眼差しで、彼は笑う。遠くの方から救急車のサイレンの音が聞こえてくる。

    その音に負けないように、彼は必死に声を紡ぐ。

    P「さっきのライブのまゆが、ほんとのまゆだと、思ったぞ」

    190 = 1 :

    P「まゆ……お前はアイドルだ。みんなのために歌って、踊って、笑うアイドルだ」

    P「わからなくなったんだよな。みんなに色んなものを押し付けられて、いろんな優しさを詰め込まれて……」

    P「自分は誰なんだろう、って」


    P「……俺はプロデューサーだ。だから、言うよ、まゆ。……佐久間まゆをやめるより先に、」

    191 = 1 :






    P「まゆ、アイドルをやめろ」




    192 = 1 :

    アイドルを、やめろ。

    アイドルであることを、やめろ。

    わたし達の周りはどんどんと騒音に満ち溢れていくのに、Pさんだけはそれを知らないように、ひどく穏やかに笑う。

    薄く開いた、彼の目。



    その双眸は、きっともう、何も映してはいなかった。

    193 = 1 :

    ―――
    ――


    何度、このドアを開けたかわからない。

    清潔感の溢れる、軽い引き戸。その先にあるのは、多すぎる千羽鶴や果物屋でも開けそうな量のフルーツの詰め合わせ。

    その果実たちも、少しも減ることなくPさんの周りを取り囲んでいた。

    単調な機械音だけが、彼の存在を指し示す。

    わたしの前には凛ちゃんが来ていたのか、どう考えても棚の花瓶に挿せないほどの量の花が壁に凭せ掛けてあった。

    194 = 1 :

    いや、きっと彼女もわかっていたのではないだろうか。

    赤いリボンのかかったあの花瓶に花を挿せるのは、一人だけなのだと。



    わたしが事務所に電話をかけたとき、それに出たのは凛ちゃんだった。

    「Pさんが、車に撥ねられたの」

    凛ちゃんは、最初は信じなかった。

    どっきりだよね。

    ちひろさんも、性格悪いね。

    それでも、後ろのあわただしい空気を感じ取って、彼女は涙をこらえ、気丈に何をすべきかを悟った。

    わたしは、仙台で起こった全てのことを、凛ちゃんに話した。


    彼女が流した涙は、ただの一度きりだった。ただ、その一度きりは、とても長かった。

    195 :

    二週間だ。仙台に行ってから、ちょうど二週間。

    ずっと、意識が戻らない。

    アイドル達が何度呼びかけても、

    揺すっても、

    あなたは何も動かなかった。

    Pさんのどれだけ近くにいても、Pさんが、たまらなく遠かった。

    196 = 1 :

    「どうしてあなたは……いつも誰かを、傷付けてばかりなんですか」



    「事務所には、たくさんの女の子がいるのに、」



    「たまには、あなた自身の心の底から、一緒に幸せになってあげてくださいよ……」

    P「……そうですねえ」

    P「でも多分、これから変わるような気がしますよ」

    ――変わる。

    そう、きっと変わるのだろう。

    卯月ちゃんの言ったとおり、きっと、変わらずにはいられないだろうから。

    197 :

    ねぇイケメン金髪美男子須賀京太郎【俺の妄想例の冒しか他に誰の処女膜で数万円クレルの】

    ↑共犯↓の前の口ビラビラよ荒牧陽子婦女子NTRよ婦女子ざまぁ

    此れでNTRイジメ冒し【一瞬で三連続こん棒】

    198 = 1 :

    「……」


    「…………あれ?」

    ベッドの上のPさんが、わたしを、見ている。


    「な、なんで起きてるんですか」

    199 = 1 :

    P「……いえ、普通に、目が覚めたんです」

    P「なんか、ずっと眠ってたみたいですね、俺。どのくらい寝てました?」

    「二週間ですよ。まるまる二週間……」

    P「なんだか、凄く長い夢を見てた気がします。実際、俺には長すぎました」


    「あの。多分目が覚めたらきっとお医者さんを呼ばなきゃダメなんですけど……ほんの少しだけ、こうやっておしゃべりしていても、良いですか」

    Pさんの一番乗りに出会えたことが嬉しくて、わたしはついそんなわがままを零す。

    P「……いいですよ。俺も、周りが騒がしくなる前に、知っておきたいことがあるんです」

    「まゆちゃんのことですか」

    P「……ええ、そうです」

    200 = 1 :

    「彼女は、アイドルを辞めました。今はもう、普通の女の子です」

    P「そうですか」

    P「知りたいことって、これだけなんですよね、俺。夢の中でも、まゆのことで頭がいっぱいで。でも、なんだかとても幸せでした」

    Pさんはそう言って笑う。

    「あなたも」

    その笑みを打ち消して、私は呟いた。

    「あなたも一度、プロデューサーをやめたほうがいいのかもしれません」

    「いえ、辞めるべきなんです」

    「まゆちゃんがアイドルであることを辞めたように、あなたも」

    P「……ちひろさん、何かを知りましたね」


    「ええ、全てを」

    P「人を死に追いやったことも、ですか」

    「……はい」

    「でも、あなたがプロデューサーであることをやめても、あなたがあなた自身になったとしても、きっとみんなは、あなたを愛してくれます。だって、みんなこんなにもあなたのことを大切に思ってくれている」

    それは、Pさんの周りを見ればすぐにわかることだ。


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