元スレモバP「まゆ、アイドルをやめろ」
SS+覧 / PC版 /みんなの評価 : ☆
51 :
P「765のプロデューサーは静かに笑う」だろ?
何気に仄暗いPのSSは名作が多い
52 = 1 :
凛「ぷ、プロデューサーが……?」
卯月「嘘、ですよね、」
杏「そんなこと、あるわけ」
『……アイドルが聞いてたんですか?』
765Pさんが、困ったように声を上げた。
凛「ねえ! その話、どういうこと!? ちゃんと聞かせて!」
『……今、時間は空いてますか?』
凛「空いてる」
『なら、○○の××という店に来てください。当時のことをよく知っている人を呼びます』
凛「わかった」
凛ちゃんがそう言うと、電話は勝手に切れてしまった。重苦しい部屋の中に、軽い調子の電子音が響く。
凛「ちひろさん。車、出して」
杏「杏も行くよ」
卯月「わ、私も行きます」
「……乗りかかった船、ですもんね」
Pさんが、人を殺した。
人を殺した手で、アイドルを育てていた。
死に追いやった目で、アイドルに微笑みかけていた。
そのことが、やけに悲しい。
そして、苦しい。
53 = 1 :
外が夕闇に染まり始めた頃、765Pさんはお店に現れた。お洒落な、バーのようなところ。
765P「よくうちの事務員の小鳥が、ここで歌ったりするんですよ……まあこんなのはどうでもいいですね。紹介します。こちら、学生時代にPと交際していた東野さん」
東野「……こんにちは。こんばんは、でしょうか」
凛「プロデューサーと、付き合ってたんだ」
開口一番、凛ちゃんがぼそりと呟いた。
東野さんは、ほんの少しだけね、とくすんだ笑みを浮かべる。
54 = 1 :
東野「まあ、私のことはさておいて……あのときのPくんの話、でしたね。死んだ女の子は二人。私の友達でした。美咲と由奈。美咲はP君に告白して、その日にOKをもらってとても喜んでた。毎日、見せつけるみたいに仲良くして、本当に幸せそうでした。でも、それは長くは続きませんでした。二人が同棲を始めた頃からです。美咲の様子がおかしくなりました」
東野「見るからにやつれていきました。視線は、いつも明後日の方向を向いていました。口を開くたびに、Pくんが、Pくんが、って、とても幸せそうでした」
東野「そんな美咲は、Pくんと付き合い始めて二カ月後にビルから飛び降りました。その一週間後にPくんは由奈と付き合うことになりました。ほとんど由奈が、傷心中のPくんにすり寄ったみたいなものでしたが」
東野「その由奈も、一か月とちょっとで、首を吊りました。そして今度は私が、彼にすり寄った。ただ、それだけの話……どうしてだか彼には、人を魅了する何かがあった」
765Pさんが、わたしを見て小さく頷いた。人を錯覚させる、Pさんの力。
55 = 1 :
東野「美咲と由奈は、よく私に相談をしていました。Pくんの優しさが、とても怖いと」
杏「優しさが、怖い?」
東野「彼女達は何度も、私にそう言っていました。それなのに、美咲も由奈も、最期まで別れようとはしなかった」
別れるくらいなら、死を選ぶ――そんな究極の選択で生き残ってしまうほどの、彼の存在。
呼吸を忘れるくらいに、わたしの意識は彼女の話に刈り取られていた。
杏「優しさが怖いってのは、その、東野さんも経験したんだ?」
杏ちゃんもまた、鉛のような空気に負けないように、震えた声で彼女に問う。
東野「はい。確かに彼は怖かった。恐ろしかった」
東野「ただ……それは、言葉にできないものなんです」
東野「会話の中で彼が見せる、些細な気遣い。日常の中で彼が見せる、行動の一つひとつ。別々に見ると本当に違和感がないものなのに、それが完璧に配置されすぎていて、得体のしれない恐怖に蝕まれる」
56 = 1 :
東野「彼の優しさは、まるで麻薬です。絶望的で、暴力的で、甘美でした。彼は、私達の脳に、直接幸福を叩きこんでいるみたいだった。彼女達は、その優しさの暴力に耐えられなかったんです」
優しさの暴力――矛盾しているようなその言葉が、すとんと胸の中に落ちてくる。
東野「私は、とても寂しくなりました。なぜなのかはわかりません。満たされていたはずなのに。満たしてもらっていたはずなのに。どこか、一番欠けてはならない大切な部分が欠けているような、そんな気がして、私は彼のもとを離れたんです」
東野「私は、大切な何かを取り落としてまで誰かを愛せるほど、強くはなかったから」
765P「俺は……Pは、プロデューサーになるべき人物ではないと思う」
一通りの話を終えた東野に、765Pさんは躊躇いながらも吐き出した。
東野「……それは、違います」
彼女はそれを、ゆっくりと否定する。
東野「346プロさんの話は、よく聞きます。Pくんが、一人でプロデュースしてるって……それくらいじゃないと、きっと足りない。優しさを何倍にも希釈しないと、人はその凶器に耐えられないんです」
それは、ここにいる三人のアイドルを、ひどく傷つける言葉だったんじゃないだろうか。
ずっと近くに感じていた、彼のぬくもり。
それを全てだと信じ込んできた彼女達は、その一つのぬくもりを一身にを受け入れるには幼すぎたのだ。
57 = 1 :
卯月「プロデューサーさんは……どうしてそんなに、優しいんでしょうか」
杏「違うよ」
卯月「え……?」
杏「多分、優しいんじゃ、ないんだ」
杏ちゃんが、ぽつりと呟く。
だけど、それっきり彼女は何も喋らなかった。
店内の音楽が、わたし達の間の空気をかろうじて保ってくれている。だけどそれも、もう限界に近かった。
東野「すみません。私、これで失礼します」
「……ええ、急にお呼び立てしてしまって、申し訳ございませんでした」
東野「千川さん、でしたっけ」
東野「あなた達と話して、一つだけ、思ったことがあります」
東野「……彼は、あなたの周りにいる他の誰よりも、アイドルに近い存在なのだと私は思います」
「アイドルに……ですか」
東野「はい。それでは――」
凛「待って!」
凛「最後に一つだけ、教えて。プロデューサーの家、どこにあったか聞いてない?」
店の扉に手をかけた彼女は、どうしてそんなことを訊くのかと不思議そうな顔をした。
東野「今の住所を私は知らないけど……学生時代に彼から聞いた話では、彼がこっちに来る前には――」
58 = 1 :
東野「ずっと、仙台にいたと聞いています」
59 = 41 :
>>49
伊織を好きすぎて壊れてるプロデューサーのSSか
>>48
あれは結構くるもんあったが俺も好きな作品だから偶然内容を覚えてただけ
60 :
おお、ぞくっとした
61 :
牛タンは人を狂わせる
62 = 1 :
わからない。
わからない。Pさんのことが。
どうして彼はあんなにも優しいのか。どうして、人を死に至らせてしまうほどの、快楽的な残暴を抱えているのか。
失踪したまゆちゃんの故郷、仙台。
そこに彼の生まれ育った場所があるのは、何かの偶然なのだろうか。それとも在るべくして在った、当然の事実なのだろうか。
わからない。
彼の、過去が。闇が。
アイドルをプロデュースしている間の彼の笑顔。明るく天真爛漫だった、彼の笑顔。
惹かれぬはずがない。恋心を抱いたアイドルだって、たくさんいる。
それが、死に至る病のように彼女達に夢を見せるものであったというのなら、
彼の放つ、ほのかな輝きの向こう側には、何があるのだろう。
63 = 41 :
>>61
なんでや!牛タンは関係…関係はないはず…
64 = 1 :
―――
――
―
次の日の朝――疲れを引き摺りながら、わたしは事務所の鍵を開けた。簡単な掃除をして、アイドル達が来るのを待つ。
杏「おはようぅ」
「おはようございます、杏ちゃん。今日もオフですよね」
杏「まあね。強いて言えば、凛ちゃんも卯月ちゃんも、今日は休みだけど来るって言ってた。まゆのことがあるのに、おちおち休んで
なんかいられないよ。それに……」
「Pさんのこと、心配ですか」
杏「……うん」
杏「プロデューサーの周りで人が死んでるってのは、プロデューサーのせいなのかな、って……あ、飴」
「きっとただの偶然なんだって、思いたいですよね」
杏「この飴、あんまり美味しくないなあ……でも、プロデューサーの優しさこそが、死の原因なんだって、昨日の人は言ってたよね。それだけじゃなくて、死んだって二人も」
わたしは努めて、冷静で在ろうとする。現状を俯瞰する立場であろうとする。
でも、杏ちゃんの方がよっぽど、神の視線に近いところにいたような気がした。
65 = 1 :
「杏ちゃん。昨日卯月ちゃんに、違う、って言ったのは、何だったの?」
わたしは問う。卑怯にも、わたしなんかよりもずっと若く幼い少女に。
杏「プロデューサーに訊いたことがあるんだ。なんでプロデューサーなんかになったの、って。ほら、他の仕事でもきっと、プロデューサーは活躍できただろうから」
杏「そしたら、言ったんだ。俺にはこれしかないんだって」
杏「これしかないから、縋るしかないんだって」
「これしか、ない……?」
杏「そのときのプロデューサー、すっごく、苦しそうだった。今思えば、プロデューサーは、今でもきっと苦しんでるんだよ。針の筵に座ってるみたいなそんな痛みを味わってるんだ」
杏「まるで、自分に罰を与えてるみたいにさ」
罰……
心の中で反芻するのと同時に、事務所の扉が勢いよく開いた。
幸子「ふふーん! 可愛いボクが来ましたよ……って、ちひろさんと杏さんだけですかぁ」
66 = 1 :
杏「残念そうだね、幸子」
幸子「そ、そんなことないですよ。……杏さん、なんでこんなに早いんです?」
杏「ちょっと、色々あってさ。ところで幸子、幸子はプロデューサーのこと、好き?」
幸子「な、なにを言いだすんですか! そ、そんな、好きだなんて……」
杏「……参ったな」
きらり「にょわー☆ おっすおっすー?」
杏「き、きらり……」
P「おはようございまーす……ってうわ、すまんきらり!」
ドアを開けたPさんが、きらりちゃんの背中にぶつかる。きらりちゃんは「大丈夫かにぃ?」と笑って、Pさんを抱きしめた。
その後ろから、どんどんとアイドル達が押し寄せてくる。
P「朝からびっくりした……」
「大丈夫ですか。抱きしめられてた時、凄い音してましたけど」
P「ええ、まあ慣れてますから。それより、まゆから何かありましたか?」
Pさんは、今でもきっとまゆちゃんが春香ちゃんの家にいると思っている。
まゆちゃんが失踪したことを告げるべきが辞めておくべきか、わたしは思い悩む。
67 = 1 :
凛「おはよう、プロデューサー。まゆ、失踪したんだって」
「り、凛ちゃん!?」
68 = 1 :
P「……どういうことだ」
声を忍ばせて、Pさんは凛ちゃんに詰め寄った。
「場所を変えませんか。他のアイドルに聞かれちゃいます」
わたし達は、そそくさと仮眠室に移動する。Pさんの後をついてきたのは、わたしと凛ちゃん、杏ちゃん、そして途中で出会った卯月ちゃんだった。
P「……それで、なんで昨日の段階で言ってくれなかったんですか」
「すみません……」
P「まあ、言ってもらったとして、どうすることもできなかったんですが……このままだと、警察に連絡を入れないとダメですね」
「もうしばらくしたら、まゆちゃんのご実家の方に一度電話を入れて見ようかと思います」
P「まゆの実家、ですか」
凛「どうかしたの?」
P「……ん、ああ、いや。ちょっとな」
凛「なに?」
P「なんでもないよ」
凛「嘘。ねえ、プロデューサー、一つ訊くよ。まゆのこと、どう思ってるの?」
杏「それ、杏も気になるな」
卯月「わ、私も気になります!」
P「……俺は、」
P「俺は、何も思わないよ」
69 = 1 :
杏「ストーカーまがいのことをされても?」
P「あれは俺を見てるわけじゃない。それでまゆの気が晴れるんなら、付き合ってやるのも別にやぶさかじゃなかった」
P「GPSをつけられてるのもわかってた。家知られるのはまずいから、適当なアパート借りて、そこを荷物置きにして、全部そこで着替えて鞄も変えてから家には帰るようにしてた」
P「そうすることでまゆを満たしてやれると思ってた」
P「俺は、ファンの代用品だからな」
70 = 1 :
杏「ねえ、プロデューサー」
杏「まゆは、どうして天海春香に助けを求めたの?」
71 = 1 :
P「……なんで、そんな質問をする」
P「どうしてお前がそんなことを訊く」
P「……杏、答えがわかってるんだろ。どうして俺を、試すような真似を」
杏「杏は、アイドルだからね」
P「どういうことだ」
杏ちゃんは何も答えない。疑問と、ほんの少しの猜疑が混ざった双眸でPさんを見つめている。
P「…………」
P「……天海春香には、個性がないからだ」
P「今見られるアイドルには、個性がある。そうでなければ、この業界で生き残っていけないからな。でも、天海春香は違った。トップアイドルでありながら、個性たる個性を持たないアイドルだ。それを、まゆは自分と重ね合わせたんだと思う」
杏「……やっぱり、そうな――」
P「でもな。話してみてわかったんだ。天海春香には個性がない。だけど、本当に必要なものを持っている。それは個性なんてものよりもずっと光り輝いていて、とても大切なもの」
P「人と人とを繋ぐ力だよ」
72 = 1 :
P「まゆは多分、それに気付いたんだ。持たざる者は、それを希うがゆえに自分に何が足りないのかに気付いてしまう」
P「……まゆには、何もないんだよ。闇を切り裂くための武器が」
73 = 60 :
き、希う…?
74 :
冀う
75 = 1 :
凛「待ってよ。まゆに何もないって……ほんとにそう思うの? 杏だっていつもまゆと喋ってたでしょ? どう考えたって、強烈すぎるヤンデレ属性だよ!」
P「それは、ファンには見えないだろ。こっち側にいる俺たちにしか見えない魅力なんだ」
P「佐久間まゆ、16歳。9月7日生まれ、身長153センチ、体重四十キロ、スリーサイズは上から順に78、54、80。血液型はB型で出身地は――出身地は、宮城。趣味は料理と編み物、これが佐久間まゆというアイドルの全てなんだ」
P「運命の赤いリボンなんてファンは知らない、依存してくるまゆなんて、ファンは知らないんだ」
凛「そんな……」
P「名前。年齢。誕生日。身長。体重。スリーサイズ。血液型。出身地。趣味。そんなものでカテゴライズされた彼女の本質を、ファンは見抜けない」
Pさんの言葉が、ようやく止まった。喋りすぎた彼。そんなPさんの堰を切ったのは、間違いなく杏ちゃんだった。
P「佐久間まゆ。彼女は、俺がプロデュースするまでもなく既に、完璧だった。全てのステータスが上限を突破していた。いくら歌が上手くなろうが、ダンスが上手くなろうが、それだけじゃトップアイドルになれない。まゆの上限値は、他のアイドルの前では、まるで及ばなかったんだ」
「ぷ、プロデューサーであるあなたが、そんなことを言わないでください! ファンに夢を見させるのが、あなたの仕事じゃあないですか!」
わたしの声が、仮眠室に響き渡る。その声の残滓を、Pさんは首を横に振るだけでそっと打ち消した。
77 = 41 :
仙台と言わず宮城と言ったあたり何か仙台に思うところがあるのか?
78 = 1 :
P「ダメなんです。嘘の個性は、すぐにばれる。現に、佐久間まゆは既に一つ、嘘をついています。とても脆い嘘。それを守り通せないくらいに、まゆは弱いんです」
杏「まゆの……嘘?」
彼は、何に気付いたのだろうか。
女の嘘は見抜きにくいと、誰かが言った。でも、彼は見抜いた。
それをするだけの、能力があった。
彼の優しさのせいで、人が死んだ。
その意味が、今ようやく、明確な恐怖をもって鎌首を擡げる。
79 :
まゆだけ仙台表記な事が絡んでくるんだろうな
ついでに宮城の他のアイドルって誰だっけと思って調べたら穂乃香と美玲だった
80 = 1 :
P「まゆの左手首を、見たことがありますか?」
81 = 1 :
誰も、何も答えなかった。答えられなかった。
ファンの間で、まゆちゃんの左手首が見えないことは話題になっていた。その下に何があるのか、わたしですら、興味を持ってしまった。
でも、見ることができなかった。
まゆちゃんが隠しているからだけじゃない。着替えの時に出も、見るチャンスはいくらでもあった。
見てはならないと、思ったのだ。
それを、彼は。
82 = 60 :
>>79
俺もいるぜ!!
83 = 41 :
まゆは高校時代の人以外で付き合って生き残った人の子供でその人の面影がチラついてるとか…ないな
84 :
Pの歪んだ優しさの起源が幼いまゆだとしたら、なんか萌える
85 = 1 :
P「傷だらけ」
P「切り傷です」
P「それが何なのかわからないほど、俺達は馬鹿じゃないですよね」
卯月「や、やめてください!」
P「聞きたくないのか」
卯月「聞きたいわけ、ないじゃないですか!」
P「もう俺達はまゆの闇に首を突っ込んでるんだ。それが表面化したに過ぎない。聞かなかったことで事実がなくなるわけじゃない」
杏「……まゆが、その……切ってるのは、わかった。でも、それがなんで」
P「おかしいと思ったことはないか」
凛「……理由なんて、人それぞれだよ。後悔しているかもしれない」
P「違う。なぜ切ったのかじゃない。どうして左手首なのかってことだ」
P「公式プロフィールにだって書いてあるじゃないですか」
86 = 1 :
P「まゆは、両利きなんですよ」
87 :
な、なんだってー!?
88 = 1 :
P「切りたかったのなら、切ればいい。誰かを傷付けるよりも、よっぽどましだ。でも……どうして左手で切らない? まゆの左手首はもう……隠すことが難しくなってくるくらいに、耕されてるのに」
P「ずっと見てました。まゆのこと。でも、左手を優先的に使ってるところなんて見たこともない。それどころか――右腕にリボンを巻くときに、うまくいかないからと衣装の人に頼み込んでいた」
P「公式プロフィールの中で唯一、右利きか左利きの二択に分かれるはずのそのカテゴリ。そこにまゆは、第三の選択肢を作り出した。きっと、自分のアイドル像を確立するために」
P「読者モデル時代もそうだった。出版社に問い合わせて、彼女の入社時に書いたプロフィールを見せてもらった。やっぱり両利きと書いてある」
P「いったい誰が……いったいどこのどいつが、まゆにそんな過酷な逃げ道を、希望を、示したんです……?」
89 = 1 :
握った彼の拳が、微かに震えていた。
怒りなのか、それとも悔しさなのか或いは――
その先の思考が怖くてわたしはその意識を振り払う。
P「俺には、わからない」
P「……長くなったな。俺の話は終わりです。俺がまゆのことをどう思ってるのか。これで全部です」
P「ちひろさん。俺は次の仕事がありますので、ここで失礼します。まゆの方、よろしくお願いします」
「は、はい」
Pさんはそう言って、仮眠室を出てゆく。あとには、わたし達だけが取り残された。
90 = 1 :
杏「プロデューサー……」
卯月「なんだか、プロデューサーさんが、遠いです」
卯月「まるで、すっとどこかに行ってしまうみたいな、そんな気がします」
でたらめな住所に裏付けられた、彼という存在の不確定性。
その背に乗る十字架の重みは、彼を繋ぎ止めておいてはくれない。
凛「ちひろさん、どうするの?」
「不安なのは、Pさんもきっと同じです。わたしは、わたしにできることをやるしかありません。それが、わたしの責任ですから」
仮眠室を出て、自分のデスクに戻る。その一番下の引き出しからファイルを取り出し、まゆちゃんの連絡先を調べる。
91 :
>>63
過去の母親に「野菜食え」とメールしたら性別が変わった人も居るし、意外と…
92 = 1 :
杏「みんなー、ちひろさん、なんか大事なお話があるみたいだから、ちょっと出とこー」
ありがとう、と唇だけでそう呟くと、杏ちゃんは小さくこくりと頷いた。
みんなの興味を押さえつけながら杏ちゃん達三人が事務室を後にしたのを確認して、わたしは受話器を取る。
数字をおすその指が、震えていた。
「……もしもし、346プロの事務員の千川と申します、いつもお世話になって折ります。佐久間さんのお宅でよろしかったでしょうか」
『ええ、そうですが』
電話に出たのは、まゆちゃんのお母さんだった。
「突然のご連絡申し訳ございません。少しお尋ねしたいことがありまして、お電話させていただきました」
『まゆのこと、ですか』
「ええ。実は昨日の夜から、まゆさんと連絡が取れないんです。もし何かまゆさんご自身から聞いていることがございましたら――」
『まゆなら、大丈夫ですよ。今日、こっちに来ると電話がありましたので。まゆ、事務所を通してなかったんですか?』
事務所を通してなかった、という言葉を彼女が言ったとき、どうしてか心がざわりと揺れた。
まるで、何度も練習したかのように呟かれたその一言が、やけに気になった。
だが、それより――
「で、では、まゆちゃ――まゆさんの居場所を把握してらっしゃるんですね? でしたら、良かったです。もしよろしければ、今からそちらに伺ってもよろしいでしょうか」
93 :
明日早くから仕事なのに続きが気になって寝られない…
94 = 1 :
『こっちって……仙台の方まで?』
「はい。少しお話がありますので」
仕事の方は……部長の方に委任する。この状況は部長にも話してある。きっとやってくれるだろう。
『わかりました』
「……わかりました。できるだけ早く向かいます」
そう言って、わたしは電話を切った。
心臓がばくばくと音を立てている。マラソンを走った後だって、きっとここまで拍動は強くないだろう。
受話器を握ったその手で、わたしはPさんに電話をかける。
「……もしもし、Pさんですか。まゆちゃんの向かっている先がわかりました。仙台です。まゆちゃんのお母さんと連絡が取れました」
P『……仙台、ですか』
Pさんの声がくぐもる。何かあるのは間違いなかった。
でも、それを追求できるだけの勇気は、今の私にはない。
P『わかりました。今すぐ行ってください。俺も後から行きます。新幹線のチケットは自分でとりますから、ちひろさんはすぐに向かってください』
「はい」
わたしは受話器を置いて、事務所の扉を開けた。
杏ちゃん達がうまく説得してくれたのか、電話の内容を聞かれていた様子もない。
「杏ちゃん、今から、仙台に行ってきます。まゆちゃんを迎えに」
95 = 1 :
杏「プロデューサーは?」
「あとから来るそうです」
杏「杏も行っていい? たとえどんな結果になっても、明日の仕事には間に合うように帰るからさ」
杏「見ておきたいんだ。プロデューサーが、何をするのかを」
卯月「わ、私もです! 私をアイドルにしてくれたプロデューサーさんを、見ていたいんです」
小さな声で、でもしっかりと通った声を上げる二人の少女達。アイドル。
96 = 74 :
杏が仕事を気にする…だと…!?
97 = 1 :
卯月「凛ちゃんも来ますよね」
凛「……私は、」
凛「私は、行きたくない」
98 = 1 :
卯月「え……?」
わたしも驚いた。凛ちゃんなら、私も行く、と言うと思ったのに。
凛「……私、プロデューサーのこと、大好きだよ。私に、新しい世界を見せてくれたから」
凛「でも、もし向こうで、プロデューサーが、まゆのことを……優しさで傷つけてしまったりしたなら、私はきっと、アイドルではいられなくなる。そんな気がするんだ」
「凛ちゃん……」
凛「だから、三人で行ってきて。お願い。卯月。プロデューサーをよろしくね」
卯月「凛ちゃん……私、頑張りますから!」
元気づけるように笑った卯月ちゃんは、準備を整えに行ったのか、ぱたぱたと音を立てて去っていく。その様子を、たくさんのアイドル達が不思議そうな目をして見つめていた。
杏「ほんとに、いいの?」
凛「うん。……だからさ、もう行って? 事務所は私に任せてさ」
99 = 1 :
凛「プロデューサーのこと信じてる、なんて言わない。言えない」
凛「私が踏み出せないのが、どこかで疑ってる証拠だから。こんな心で、私はプロデューサーには会えない」
彼女は、凛ちゃんは、渋谷凛という一人の女の子として、Pさんのことが、好きなのだろう。
だからこそ、踏み出せないその一歩に彼女は涙を零す。
凛「……こんな卑怯な私を、見せられないから」
「行きましょう、杏ちゃん」
杏「え、うん……事務所は任せたからね」
わたしと交代で、部長が事務所の中に入っていく。
事務員もいない、プロデューサーもいない、必要なものがすべて抜け落ちてしまった事務所を見て、部長は静かに溜息をつき、わたしにウインクをした。
100 = 1 :
新幹線の中で、わたしはずっと考えていた。
これから向かう場所のことを。
心に何か、薄暗い闇のようなものを抱える二人の生まれ育った場所。
そこに、知ってはならない二人の闇があるような気がした。
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