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    元スレ京太郎「私は、瑞原はやりです☆」

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    102 :

    はたして瑞原Pは自らの正体を原村候補生に明かすのであろうか。

    次回に続く

    マジ期待

    103 :

    プロデューサーさんっ!

    104 :

    まだ

    105 :


    ──10月上旬 長野


    ─須賀京太郎



    京太郎「ふぅー…やっぱりプリキュアは初代に限るな」

    10月に入った。あれから、もう1ヶ月以上経つ。時間が進むのって早い

    またしても特にやることがなく、暇をしていたある休日。俺の生活に、変化が突然訪れた


    バンッ!!

    はやり「須賀くんっ!!」

    京太郎「ああ、瑞原プロ。こんにちは。どうしたんですか、そんなに慌てて」

    京太郎「うちのドア、スパイダーマンのピーターの部屋のドア並に建てつけ悪いんで、大事に扱ってくださいよ」

    はやり「あのね、話しがあるんだけど、その……ごめん、先に謝っておくよ。ごめん!」

    京太郎「えーと…」

    うーん、俺何か謝られるようなことしたっけ?いや、していないはずだ。昨日会った時だって普通に接していてくれていたのだから

    じゃあ、過去のことでないなら、今現在のことだろうか?

    今俺が見ているのは────ああっ、なるほど!つまりこういうことか


    はやり『ごめん(私、実は初代よりハトプリ派なの)、(だから、この認識の違いがあなたを傷つけてしまう可能性があるから)先に謝っておくよ』


    うむ、これなら珍しく主語の抜けた瑞原プロの言葉にも、意味が通ってくる

    いや、でも待てよ…瑞原プロはもしかすると、そもそもブリキュアをあまり好きではないのかもしれない

    瑞原プロの少女時代を考えると、彼女の変身ヒロインもののイメージはセーラームーンとかクリィーミーマミィ止まっているのかもしれない

    なーる。以上の考察から導かれる、俺の次の発言の正解は

    京太郎「じゃあ、間をとって二人でキューティーハニー見ましょうよ」

    はやり「アニメの話じゃないよ!」

    京太郎「ならなんです?」

    はやり「ほんとのことだよ!」

    106 = 1 :


    さて、アホな事はこれくらいで切り上げて、話を先に進めようじゃないか

    テーブルにお茶を用意して、興奮した瑞原プロを落ち着かせ、会話の準備を整えた

    京太郎「で、どういったご用件でしょうか?」

    はやり「なぜ急にビジネスライクに……あー、でも、それとも関係あるのか」

    京太郎「?」

    はやり「実はね、須賀くんにやってほしい仕事があるの」

    京太郎「…そんなにかしこまった様子だと、『瑞原プロ』としての仕事ってことみたいですね」

    京太郎「でも、それなら、俺は麻雀弱いから無理ということで、既にチームには大会の参加は不可だと伝えているはずだったでしょう?」

    はやり「そうじゃないの、麻雀の方じゃなくて……アイドルとしての活動をしてもらいたいの」

    京太郎「……アイドルゥ!?」

    はやり「昨日、ここから出た後のことなんだけど、マネージャさんからメールで連絡があってね」

    京太郎「ふむふむ」

    はやり「そろそろ活動を再開してもらわなくちゃ困るって、泣きつかれちゃって…」

    京太郎「いやいやいや、そんなの断っちゃってくださいよ」

    はやり「須賀くん…」

    京太郎「むりっすよ!俺、ちょっと前まで普通の男子高校生だったんすよ!?いくら瑞原プロからの頼みとはいえ」

    はやり「須賀くん、アイドル活動ってその人だけのものじゃないの。私が稼がないと、マネージャーとか事務所とかにも影響が出てくるの」

    はやり「新作を全く書かない作家に就いている編集者がもしいれば、その人はいずれクビになっちゃうってわけ」

    京太郎「いや、でもですね…」

    はやり「勝手な頼みってのは分かってる。だけどお願い。難しいことをしろとは言わない」

    はやり「私もマネージャーさんに掛け合って、できるだけ負担の少なそうな仕事を選んでもらうから」

    はやり「だから、お願い…」ウルウル

    うっ、ガタイのいい身長182cmの男子高校生の上目づかい…別の意味で破壊力満点だぜ、うげぇ…

    京太郎「……」

    でも、瑞原プロの頼みか…そういえば、初めてのことかもしれないな、こんなこと

    こんな状況に陥ったのは、もちろん偶然のことだけど。今の生活があるのは、もちろん瑞原プロの援助のおかげなのだ

    この部屋に住めるのだって、彼女がお金を支払ってくれたから。こんなニートみたいな生活を送れるのは、他でもない彼女のおかけなのだ

    こうやって事実を列挙していくと、俺、ヒモみたいだな…

    107 = 1 :


    京太郎「……分かりました」

    はやり「そ、それってオッケーってこと…?」

    京太郎「か弱い女性を悲しませるのは、俺の信条に反します。その頼み、引き受けますよ」

    はやり「あ、ありがとうっ…!」ダキッ

    京太郎「ちょっ!痛いっす、痛いっす」

    はやり「あっ、ご、ごめん。ちょっと、力強かったみたい」

    京太郎「い、いや、大丈夫です…はは、なんとか」

    こんなでかい奴に抱きつかれると、身動きすらとれないもんなんだな。体格差があると、これほど違うものなのか

    やっぱり、瑞原プロはか弱い女性だ。世間でどう思われようとも、俺だけはそれを知っている

    これは、趣味の悪い優越感だろうか?

    はやり「これで気兼ねなく、和ちゃんのアイ──じゃなかった、学園生活を謳歌できるってもんだよ!」

    京太郎「アイ…?」

    はやり「あ、アイはアイでも、虚数単位のiだから!?アッアー、明日の数学の時間楽しみダナー」

    京太郎「そ、そうすか……学校生活を満喫しているようでなによりです」

    はやり「まあね」

    京太郎「そんなに楽しいもんですか?」


    はやり「うんっ!!」


    ただひたすらに、楽しいことだけを追い求めているような、純粋さそのままの子供のような満面の笑み

    彼女のこんな笑顔、初めて見たかもしれない

    そんな顔をされてしまうと、ほんの少しだけ、嫉妬してしまいたくなる


    その後、色々と細かい打ち合わせを済ませて、瑞原プロは帰っていった

    京太郎「俺が、アイドルねえ…」

    1ヶ月ちょっと前の俺に、「未来の君は、アイドル活動をしているんだよ」、と言ったって、誰も信じないだろうな

    アイドルというものが何なのか、よく分からないままの突然のアイドル活動

    そんなことをしていいものか、俺にその資格はあるのか、そもそもこんなことうまくいくのか…

    残念ながら、俺の些細な不安なんか、現実世界にとってはどうでもいいらしかった

    とにかく、俺のアイドル活動は、この小さな部屋から幕を開けてしまったようだ

    108 = 1 :


    ──10月上旬 東京


    ─須賀京太郎



    京太郎「ふぉー、緊張してきたー…」

    マネ「緊張するなんて珍しいわね、大丈夫?」

    京太郎「プロデューサーさん…」

    マネ「誰がプロデューサーさんだ、誰が」

    この人は、俺の──というより瑞原プロのマネージャーさんだ

    なかなかのバインバインで、キリッとしたスーツ姿が美しい女性

    以前なら、間違いなく近くに寄っただけで、下半身の京ちゃんが熱膨張を引き起こしてしまうであろう魅力的な人だ

    …まっ、現在はなんともないけど。ま、まさか心の方まで女体化が進行しつつあるなんてことはないよね?

    マネ「あんた、十分休んだんだから、今日はビシバシ働いてもらうわよ」

    京太郎「はーい」

    今日は、俺のアイドル活動第一弾としての、言わば試運転の日になる

    所謂、握手会というやつだ。これなら、特段特別なスキルは求められないので、最初にやるにはもってこいの仕事だ

    瑞原プロが、このように手配してくれたのだ。正直、かなり助かる

    109 = 1 :


    マネ「それにしても、あんたその…大丈夫なの?」

    京太郎「はい?」

    マネ「はい?、じゃないわよ。その手よ、手。酷い腱鞘炎で、しばらく大会には参加できないっていうから、心配してたのよ」

    京太郎「はい?」

    マネ「まっ、あんたももう若くないんだし、仕事柄そこらへん酷使するから、そうなっても仕方ないのかもねえ…」

    け、腱鞘炎て…まあ、確かに悪くない言い訳かもしれないけど、腱鞘炎て…

    マネ「今日は握手するだけだし、重い物持ったりもしないから大丈夫だと思うけど、痛くなったら早く言うのよ?」

    京太郎「うん、分かってる。ありがとうね」

    なんだか、良い人を騙したような気分になってくる。罪悪感。いや、その分さらに頑張ってやるのが男というものか

    京太郎「んじゃ、行ってくるよ」

    マネ「んー…ちょっと待ちなさい。表情がちょっと硬いわね」

    そういや、瑞原プロも笑顔が一番大事って言ってたな

    京太郎「こう?」

    マネ「いや、もうちょい口角をさ、イーってな感じで、うん、うん…よしっ、オッケー!さっ、行ってらっしゃい」

    この身体になってから長いこと経つけど、口調はともかく他人の表情一つまねるのすら、結構苦労するもんなんだな

    その点、一発で俺になりきってしまう瑞原プロは、やっぱりすごいと素直に思う

    京太郎「よしっ、今度こそ行ってきます!」

    110 = 1 :


    _______

    _____

    __



    京太郎「うぉー…腰がぁ、腰がぁ…」

    マネ「なに言ってんのよ。今日は比較的少ない方だったじゃない」

    ま、マジで!?中途半端な格好で立ちっぱなしだったから、腰バッキバキなんすけど!?

    たかが握手会と思って侮っていた。どうやら俺の認識は、モロッコヨーグルのように甘かったようだ


    瑞原プロの客層?と言っていいの分からないが、お客さんたちはファンクラブと同様年配の方が中心だった

    その、心のこもった優しい笑顔で、「頑張ってね」と言われる様は、帰省してきた孫を迎えるお爺さんのそれと同じものだった

    だからかもしれないが、暴れたり、叫んだり、喧嘩したり、何か変なものを手に付けていたりと

    ネットで見られるような、悪い評判の皆さまは、幸運なことにいらっしゃらなかった

    そういうのも覚悟していた分、何事もなく無事に終わってくれたことは幸いだった


    また、ファンクラブの会合の時に見かけた、熱心なファンの人達も幾人か見かけた

    あの時は、ただただ気持ち悪いというか、お近づきになりたくないような、そんな気分で彼らを見ていた

    しかし、こうやって、いざ自分が応援される立場になると、やはり彼らのような存在はとてもありがたいものだった

    俺の見識は狭かった。純粋な気持ちでもって、誰かを応援できるということは、素晴らしいことだったんだ

    111 = 1 :


    そして、思いのほか、いやかなり楽しかった。最初はぎこちなさを指摘されてりもしたけど、慣れてくるとなんというか…

    多幸感、っていうの?そんな感情の分類はどうでもいいんだけど、とにもかくにも今まで味わったことのない不思議な感覚だった

    今まで誰かから、特別必要とされてきたことのなかった人生だからだろうか

    自分の振る舞いや言葉や表情のひとつで、他の人がほんのちょっとでも嬉しく思ってくれる

    自分が笑顔なら、相手も笑顔になってくれる。それで相手が喜んでくれたのなら、こっちだって喜びたくなってくる

    こんな、なんでもない些細なことが、如何にも大事なことだったんだ

    俺は、アイドルを、瑞原はやりをまだまだ捉えることができていなかった。やっぱり彼女はすごい人だったんだ

    また、ほんの少し、彼女に近づけたような気がする


    マネ「なぁーに黄昏てんのよ、花も恥じらう10代の乙女じゃあるまいし」

    京太郎「…アイドルってすごいんだなぁ、って思って」

    マネ「自画自賛とは恐れ入るわね」

    京太郎「そんなんじゃないよ。はやり、もっと頑張る。もっと、みんなを元気にしてあげるんだ」

    俺は、瑞原はやりなんだから

    マネ「…へえ、ちょっと前までは、何かと落ち込んでいたくせに」



    マネ「まあ、ファンの方が減っているのは事実だけど、それでメゲてちゃアイドル失格ってもんよ」

    マネ「なにせあんたは、瑞原はやりなんだから」

    京太郎「……」

    マネ「さ、やる気を取り戻してもらったところで、次の仕事の話に移りましょう。来週の木曜なんだけど──」

    112 = 1 :


    ──10月中旬 愛媛


    ─須賀京太郎


    俺のアイドル活動が始まって、2週間程経過した

    今なら、たくさんのお客さんを目の前にしても、そうそう変なミスをすることは無くなった

    あの握手会から、いくつかの仕事をこなした。イベントに招かれてのちょっとしたトークとか、麻雀雑誌によるインタビューとか

    つまり、いずれにしても無難な仕事だ。そして、大切な仕事


    さて、今日はというと、ここ愛媛県にて、子供向けの麻雀教室が開催される。そこに参加する予定だ

    協会による麻雀振興の一環らしく、他にも何人かのプロが参加するらしい。楽しみなような、少し恐ろしいような

    しかし、この2週間で、アイドル『瑞原はやり』を演じるのは慣れてきた。ま、それでも、いきなりライブをやれとか言われても困るけども

    でも、マネージャーさんの話によれば、プロ同士で打つことはないって言ってたから大丈夫だろう

    基本的には、子供相手に麻雀の基本的なルールを教える、というだけというものらしい

    いくら俺だって、そのくらいのルールくらいは覚えてるし、それを世のチビッ子諸君に教えるのはやぶさかでない

    つまり、今の俺はやる気に満ち溢れている。ナウでヤングでイケイケでピチピチな状態なのだ……ちょっと古いか


    そして、控室。いざ、ゆかん!

    京太郎「こんにちはー」

    さて、誰がいるのやら

    健夜「あっ、久しぶりー」

    うおっ、本物の小鍛冶プロ。テレビで見るよりちっちぇーなー、いや俺も今は小さいんだけど

    京太郎「久しぶりー」

    あと一人いる。スーツ姿の若い女性

    良子「どうも。今日はよろしくお願いします」

    戒能プロだ。礼儀正しく、会釈までしてくれた

    胸は申し分ないくらい大きいし、容姿も整っている。さらに、ちょっとミステリアスな雰囲気を纏いながらのスーツ姿

    おもちを如何なく強調するその格好は、まさにベリーグッドでエクセレント!しかもしかも、ビューティフル!

    瑞原プロの話によると、個人的にも仲が良いとのこと。ならば、俺だって仲良くさしてもらっても差し支えなかろう

    京太郎「久しぶり、良子ちゃん。元気にしてた?」

    良子「ええ、変わりなく」

    京太郎「よかった!」

    113 = 1 :


    健夜「ねえ、聞いたよ。しばらく大会参加しないんだって。どこか悪いの?」

    京太郎「ええと、その……実は、腱鞘炎になっちゃって」

    健夜「ああ…なるほど」

    良子「Oh…」

    健夜「聞いた話だけど…あくまで聞いた話なんだけど。マッサージしたり、氷で冷やしたりするのが大事なんだって」

    健夜「だけど、ただ適当にマッサージすればいいって話でもなくて、きちんとお医者さんにやり方を聞いた方がいいんだって」

    健夜「あと、やっぱり一番なのは腕をなるべく使わないことに限るよね。まあ、これは聞いた話なんだけど」

    京太郎「そ、そう。ありがとうね」

    なぜ、同じことを三回も言う

    良子「おや、そろそろ時間みたいですね。行きましょうか」

    京太郎「そうだね」

    健夜「よーし、子供たちに麻雀の厳しさをたっぷりと教えてあげるよ」

    京太郎「厳しさより楽しさを教えてあげようよ…」

    良子「小鍛冶さんが本気になったら、子供たちにトラウマを植え付けてしまいますからね」

    京太郎「ある意味、一生の思い出になるよ。まったく嬉しくない思い出だけど」

    健夜「ゆ、夢ばっかり語るのは悪い大人のすることなんだよ!私は、良き大人の見本として──」

    良子「小鍛冶さん…」

    京太郎「教えるのは下手そうだもんね…」

    健夜「うぅ~…そんなことないもん」

    良子「ふむ…では、あなたの方はどうなのです?」

    あなた?俺のこと?

    京太郎「大丈夫だよ良子ちゃん。はやりはこう見えても、人に教えるのは得意なんだから」

    良子「そうなのですか」

    強い奴が、必ずしも指導者に向いているとは限らないさ

    114 = 1 :


    会場に向かうと、100人とはいかないまでも、それに匹敵する数の小学校低学年くらい子供たちが待ち構えていた

    みんな、目をキラキラさせている。憧れのプロに会えると、ずっと期待していたのだろう。純粋さの塊だ

    健夜「若いっていいなー…」ボソ

    京太郎「若いっていいよね…」ボソ

    良子「ここはオフレコでお願いします」


    最初は全体で、麻雀の基本的なルールの説明を行った

    真剣に耳を傾ける子もいれば、落ち着きのない様子でキョロキョロしながら集中しきれない子もいた

    俺たちの解説を聞きながら、うまく理解できなかった他の子に、丁寧に説明してあげてる優しい子もいた

    ちょっと騒いで小鍛冶プロの雀圧?に圧倒される子、服装や髪の毛をやたらと気にする子

    積極的に質問してくる子、モジモジしている子、ボーっとしている子、理解の速そうな子、いろんな子供たち


    一つ一つ見れば、それは些細な可能性だけど、全体を俯瞰したとき、それがまるで無限のものに思えてしまうのは錯覚だろうか

    瑞原はやりは、アイドルでプロ雀士だ。しかし、彼女がまだ幼いとき、そこには色んな可能性があったはず

    彼女は、頭が良かっただろうし、容姿だって優れていただろうし、人当たりだって良かっただろうし、麻雀の才能があっただろうし

    つまり彼女は、特別に優秀な人間だった。おそらく、何にだって成れただろう

    エリート官僚、弁護士に検察官、研究者、世界を股にかけたバリバリのビジネスマン

    女優、ニュースキャスター、政治家、世間に偉そうに講釈垂れるコメンテーター

    俺みたいな凡人が想像できるものなら、何にだって

    誰の目から見ても、目移りしそうなその選択肢の中から、なぜ彼女は敢えてキワモノと言ってもいいアイドル雀士の道を選んだか

    アイドルとして活動し始めた今の俺でも、未だにその気持ちはよく分からない

    でも、きっと彼女の人生の中には、決して外には出ることのない大切な何かがあって、それが彼女をここまで導いたんだ


    髪飾りが、一気にズシリと重くなったような気がした

    115 = 1 :


    健夜「なにボーっとして。ちゃんと自分の仕事はしなきゃ」

    京太郎「う、うん…ごめん」

    良子「……」


    京太郎「じゃあ、ルールは説明したから後はみんなで打ってみようね!」

    ルールの説明が終わったら、後は実際に打ってみる。人数分の雀卓も用意されており、準備は万端

    「はーい、せんせー分かんないですけどー」

    良子「ウェイトウェイト、ちょっと待ってね」

    京太郎「いいよー、はやりが行くから」

    良子「そうですか?では、お願いします」

    「えー、かいのーせんせーがいいー」

    「うんうん」

    京太郎「え、えっ!?ちょ、ちょっと待って、なんで?」

    「だって…みずはらせんせーってなんか…キツいんだもん」

    グサリ

    「うちのおかーさんテレビ見ながら言ってたもん、この人見ててイタイタしーわよねー、って」

    グサリグサリ

    京太郎「……」プルプル

    良子「こ、子供の言うことですから」

    20歳の若手に気を使われる、ベテラン28歳の図

    こんのガキどもがっ、人が気にしてることをヅケヅケと!

    尻の穴から手ぇ突っ込んで、直腸に直接カイエンペッパー塗り込んでやろうかぁ、あぁ!!

    健夜「んもう~、仕方ないなあ~。ここは、オ・ト・ナのお姉さんに任せなさい。間をとって、私は教えてあげるから」

    「……こかじせんせー、こわいから、やっ」

    健夜「……」

    京太郎「ぷっ」

    良子「ちょっと、流石に悪いですよ…ぷっ」

    健夜「……ねえ、君たち席に着こうか」

    「「ひっ」」

    健夜「大人の女性を怒らせるとどうなってしまうのか、身をもって教えてあげるよ」ニコリ

    京太郎「やめなさい」

    良子「さっ君たち、今のうちにエスケープです」

    116 = 1 :


    _______

    _____

    __



    健夜「うぇー……ひっく…たく、さいひんの若いもんは…年上をうやまうとゆー、ことを……ヴぇぇ、はぎそ…」

    京太郎「一人で飲み過ぎるからだよ。おー、よしよし」

    良子「そろそろ、タクシーが来ると思いますので」

    良子「っと、来ましたね」

    タクシーの運ちゃんに、乗客を見せるとものすごく嫌な顔をされたが、そこはスルーして小鍛冶プロをなんとか押し込む

    良子「はい、駅の方まで送っていただければ後は一人でなんとかすると思いますので」

    良子「えっ、襲われる心配ですか?ノーウェイノーウェイ、そんなことは万に一つもありませんので──では、お願いします」

    京太郎「何気に酷いよ良子ちゃん…」

    京太郎「さて、じゃあついでにはやりも一緒に乗せてもらって──」

    良子「もう、行ってしまいましたよ」


    タクシー「アデュー」

    117 = 1 :


    京太郎「ちょ、ちょっと良子ちゃん、そこは停めておいてもらってよ!?」

    良子「ああ、すみません。うっかり忘れてしまいました」

    京太郎「まっ、別にいいけどね。また呼べばいいだけだし」

    良子「……なら、タクシーが来るまで少し時間がありますね」

    京太郎「そーだねー」


    麻雀教室が終わってからの打ち上げ

    まさか自分がトッププロの二人と食事を共にすることになるとは、誰が予想できたか

    料理はおいしかったし、雲の上の存在だと思っていた二人の話を聞くことができて貴重な経験になったと思う

    お酒は…まあ、その、ね。お付き合い程度はね。でも、お酒が料理とこんなに合うものだったとは…ちょっぴり大人の階段をのぼった気分だ

    だけど、何事も程々がよい。酒は飲んでも飲まれるな。俺は今日、人生で最も大事な教訓の一つを学べぶことができた

    ある一人の女性の犠牲によって…


    京太郎「ふー、今日は疲れたー」

    良子「ええ、そうですね。しかし、たまにはこういうのも悪くないと思いますよ」

    京太郎「良子ちゃんはまだまだ若いから、そういうことが言えるんだよ」

    京太郎「今日だって、さんざんイジられたし」

    良子「あれは、彼らなりのコミュニケーションの一種なのだと思いますよ」

    京太郎「そーかなー」

    良子「ところで」

    京太郎「ん?」





    良子「あなた、一体誰ですか?」

    118 :

    イタコって凄い

    119 = 1 :


    アナタ、イッタイダレデスカ…?

    京太郎「え、えっ…!?」

    良子「フー・アー・ユー?」

    京太郎「なんで、二回も!?」

    な、なっ…!?何が起こってるんだ?俺が瑞原プロでないとバレた?

    そんな馬鹿な!?

    良子「……」

    京太郎「な、なに言ってるのかな、良子ちゃん?はやりは、はやりだよ…?」

    良子「……」

    何かを確信している目

    いくら仲が良いからって、無理だろそんなこと!?

    マネージャーさんにだって、小鍛冶プロにだって正体はバレなかったっていうのに


    こ、こうなったら、密かに練習していたアレをやるしかない!

    ついに、俺の最終兵器を持ち出すときたようだ!

    これをやれば、いくら戒能プロと言えども、その疑惑を吹き飛ばさざるえなくなる!!

    腹をくくれ、須賀京太郎!今が人生の大一番なんだぞ!!

    よしっ!!

    京太郎「わ…」

    良子「わ?」



    京太郎「私は、瑞原はやりです☆」



    良子「……」

    良子「……」

    良子「87点」

    どうやら、ダメみたいだ

    120 :

    でも京太郎の「はやり歴」を考えると87点ってかなりの高評価に思えるから不思議

    意外とすごいのか京太郎

    121 :

    素人の癖にトーク番組を無難な仕事とかいう感想で済ませる奴が普通なわけねぇ……
    絶対カミカミでバレるわ

    123 :

    間というとキューティーハニーFだろうか
    戒能さんは見破ってたから「あなた」呼びだったんだな

    124 :


    その後、タクシーに乗せられ30分ほど行ったところで降ろされた。もちろん会話などなく無言

    乗車中、頭の中でいろんな事を考えていた

    病院送りにされるのか、はたまた研究所に連れられて人体実験の被験者にされてしまうのか

    あるいは見世物小屋に売り飛ばされて金儲けの道具にされてしまうのか……ふぇ~、怖いよー。助けてスカリーちゃん

    良子「モルダー、あなた疲れてるのよ」

    京太郎「読まれた!?」

    良子「口に出ていましたよ」

    京太郎「……」

    緊張で、少しおかしくなっているみたいだ


    良子「ここです」

    京太郎「ここは…?」

    見たところ、普通の建物だが

    良子「マイホームです」

    なるほど

    良子「どうぞ、上がってください」

    京太郎「し、失礼します」

    125 = 1 :


    女性の、それもこんな美人の御宅にお邪魔できるなんて、以前の俺なら卒倒ものなんだが…

    正直今は、あまり嬉しくはない

    良子「コーヒーにしますか、紅茶にしますか?それとも」

    京太郎「それとも?」

    良子「ポンジュースでも」

    申し訳程度の愛媛県アピール

    京太郎「…ポンジュースでお願いします」

    良子「ラジャー」


    のどを潤すものものも用意され、いよいよ対話のスタート

    良子「さて、先ほどの続きといきましょうか。あなたは、誰なんですか?」

    ここは慎重にいくべきか、なんとか誤魔化すべきか…いや、正直に話そう

    たぶん、この人にはそういうのは通用しない

    京太郎「私は……いや、俺は須賀京太郎といいます」

    良子「須賀さん、ですか。男性の方で?」

    京太郎「はい、長野の清澄高校の一年生です。なので、その堅苦しい敬語はもういらないですよ」

    良子「なるほど。そうみたいだね」

    夏のインターハイの会場で俺たちに何があったのか

    それから、どのようにしてこんな状況になってしまったのか。手短に説明した

    良子「そんなことが。はやりさんも私に相談してくれたらよかったのに」

    京太郎「あの、俺からも質問いいですか?」

    良子「いいよ」

    京太郎「なんで、俺が瑞原プロでないと分かったんでしょうか?」

    良子「…それは、秘密にしておこうかな。能力を簡単に他人に晒すのは危険なことだからね」

    京太郎「は、はぁ」

    良子「女の勘、ってことにしておいてくれるかな」

    能力…?この人も、咲とかと一緒で向こう側の人間みたいだ。戒能プロ、ますますその存在はミステリーになる

    126 = 1 :


    良子「事情は分かったよ。それで、元に戻る方法だけど」

    京太郎「!?、そんなのあるんですか!?」

    良子「そりゃあるよ。私ひとりでは無理かもしれないけど、春たちと協力すればまず間違いなく大丈夫だと思う」

    春…?たしか、インターハイで竹井先輩と打っていた人の中にそんな名前があったような。永水か

    永水といえば、あのおもちの大きい人が揃った、巫女装束姿のイカした学校か。だとすると、この人もそれ関連ということになる

    ほあー、巫女さんってすごいダナー

    良子「善は急げとも言うし、早めに済ましてしまった方がいいね」

    京太郎「ま、まあ、そうなんですけど」

    それはそうだ。そんなのは当たり前だ。元に戻れた方が、良いに決まってる

    でも、なんだか胸のあたりに、心なしか引っかかるようなものが。これは一体…

    良子「じゃあ、はやりさんとも連絡をとらないとね」

    良子「…ああ、なるほど。頑なに電話に出ようとしなかったのはこのためか」

    そう言って、瑞原プロ宛てにメールを打ち始める戒能プロ


    なんだ、この変な感じは

    理性的に考えれば、そりゃもちろん元に戻れた方がいい。俺だって、あの身体が懐かしくてたまらないさ

    だけど、俺の身体を支配しているであろう心や精神といったものは、猛烈な勢いで焦り、焦燥といった反応を引き出してきている

    これは、今すぐ戒能プロの行動を止めろという、肉体からの強烈なメッセージだ

    でも、なんで…!?


    『そんなに楽しいもんですか?』


    『うんっ!!』

    127 = 1 :


    京太郎「…瑞原プロに連絡するのは、ちょっと待ってもらえませんか」

    良子「なぜ?」

    京太郎「それは」

    それは、彼女が心の底から楽しそうな顔をしていたから

    俺が、今この状況で、その笑顔を守ってあげられる、唯一の人間だと思うから

    俺は

    京太郎「……」

    良子「…まあ、これは当人たちの問題かな」


    良子「ごめんね、私も少々急ぎ過ぎてしまったみたい」

    京太郎「いえ、そんな。すみません、勝手なこと言ってしまって」

    良子「何かしらの理由があるんだよね。なら、構わないよ」

    京太郎「それと、瑞原プロには、このことを言わないでおいてもらえませんか」

    良子「私が君の正体に気付いた、ということだね。分かったよ、約束する」

    京太郎「ありがとうございます」

    戒能「うーん…君は、須賀くんは、良い子みたいだね」

    京太郎「そんなことないですよ。ただの生意気な男子高校生です」

    良子「そういう謙虚なところも、なかなかナイスだよ」

    128 = 1 :


    良子「そうだ、連絡先を教えておこう。この件で困ったことがあったら、すぐに連絡してくれていいから」

    京太郎「あ、ありがとうございます!」

    俺のアドレス帳に、新たに戒能プロが加わった。瑞原プロに続いて有名人が二人目。変なの


    京太郎「ああ、帰らないといけませんね。では、そろそろ──」

    良子「あー…今現在のタイムは?」

    京太郎「……夜の11時、ですね」

    良子「今から駅に向かっても、もう遅いと思う。だから、今日は泊まっていくといいよ」

    京太郎「ええー!?いやいや、さすがに俺みたいな男が、戒能プロと同じ屋根の下で夜を過ごすというのは」

    良子「須賀くんは、今は"はやりさん"なんだよね?それとも、その身体で私に何かするつもりなのかな、ん?」

    うっ、その挑発するような不敵な笑み。俺には、まだちょっとばかし早そうだ。参りました

    京太郎「滅相もございません」

    良子「なら、大丈夫だね」


    ______

    ____

    __



    戒能プロが、この部屋、リビングだけど、に布団を用意してくれた

    俺はソファーでも構わなかったけど、身体は瑞原プロのものだから、その厚意に甘えることにした

    ホテルとかでもそうだけど、まったく初めての部屋だと、なかなか寝付けないんだよなあ、俺


    横になりながら、外の風景を窓から覗いてみる。ああ、夜が更けていく

    ミステリアスな美人。それに対するは、身体は女だけど心は男の男女。これじゃ、ラブコメにもならないよ

    129 = 1 :


    テーブルの上を見ると、まだそこには先ほどのコップが残っていた

    その底には微かにポンジュースが残っていて、今にも解けだしそうな氷と混じり合おうとしていた

    果たして、どこまで混じり合ったら、ポンジュースはポンジュースでなくなるのか……うーん、深い


    ガチャ

    良子「おや、眠れないみたいだね」

    京太郎「なかなか、落ち着けなくて。小心者なんですよ」

    良子「とか、言いながら。はやりさんの演技は堂に入ってたけど」

    京太郎「堂々としてさえいれば、案外不審に思われないもんですよ。戒能プロは別ですけどね」

    良子「それは褒めてくれているのかな?」

    京太郎「どうでしょう……あっ、コップ残したままですけど、そのままでいいんでしょうか?」

    良子「面倒だから、また明日にするよ」


    京太郎「……あのポンジュースと氷、どこまで混じったら、ポンジュースがポンジュースでなくなると思いますか?」

    良子「氷が全部解けて混じったら、もはやそれは、ただの色のついた水だよ」

    京太郎「…貴重なご意見ありがとうございます」

    良子「須賀くんは、変なことを聞くんだね」

    京太郎「この状況の方が、ずっとおかしいですけどね」

    良子「ふふっ、違いない」


    京太郎「では、おやすみなさい」

    良子「うん。グッナイ、須賀くん」

    ガチャ


    戒能プロが出ていくと、静けさだけがこの部屋に残った。冷蔵庫の音だけがこだましている

    また、机の上を見た


    どうやらまだ、氷は解けだしたばかりのようだった

    130 :

    そのうち二人の人格が変異していくという暗示のようで不吉だ

    131 :

    京太郎が戻っても清澄麻雀部は全国区上位陣の魔物が巣食う素人にとってレベルアップ以前の魔境だし、部員とは名ばかりの実質マネージャー。戻る事に及び腰になるのははやりの為だけじゃない感じがする。
    トーク番組を無難な仕事と初回であっさりこなす京太郎。プロデューサー、コーチの適性を見せ、育てる事に活き活きしているはやり。アイドルを選択した目立ちたがり屋のはやりが裏方に入り、裏方に甘んじていた京太郎が表に出て無難に仕事をこなす…肉体補正が掛かっている?

    132 :

    なんというか、この雰囲気が好きやねん。
    しかし不穏というかなんというか、巧いな

    133 :

    ポンジュースw
    戒能プロはクールだね
    Xファイルは分からない

    134 :

    脳が男性でも肉体が女性だと、思考もだんだん女性化していくそうだね。

    確かチンパンジーで実験されてたけど、なんでそんな実験したのかまではよくわからない

    135 :

    どういうこと?チンパンからおち○ぽとって女装させたの?

    136 :

    マジレスすると男性ホルモンがが無くなって女性ホルモンが分泌されるようになるからだろ

    多分

    137 :

    ていうかこの二人は脳移植もしてないで入れ替わってるわけで

    138 :

    精神は肉体の奴隷、と昔の人は言っていたな

    139 :


    ──10月下旬 長野



    ─須賀京太郎


    アイドルとしての活動も一段落し、久々の休日。だけど世間は平日。世にいう勝ち組というやつだ

    慣れないアイドル活動の反動か、昨日の内から今日はひたすらダラダラして過ごすと決めていたのはいいけれど

    身体の方は、休まないことに慣れてしまったようで、どうしたもんか…

    京太郎「…たまには、駅まで行ってみっか」

    そうだな、それも悪くない。一人ってのがちょっと味気ないかもしれないけど、それは仕方がないと諦めよう


    今日は、人前に顔を晒すわけでもないから、化粧は適当でいいな

    洗顔して、化粧水で水分補給して、クリームで保湿して、念のための日焼け止め

    ああ、ファンデとかしなくていいのが、すっごく楽。後は、リップだけいいや

    服装は…うーん、仕事中は例の格好でスカートだったから、今日はパンツルックでにしよう

    あとは白のシャツに薄手のセーター、少し寒くなってきたから、上から羽織るものも

    元が良いから、そんなに気合い入れなくても、映えてしまうのがアイドルというもの

    鏡に映った自分を見る。化粧のよし、服装よし、変装だってほぼ万全!

    京太郎「イー」

    うん、笑顔も悪くない、上出来だ

    京太郎「おお…鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しい人は誰?」

    「……」

    「……」

    (京太郎)「お前だよ」

    京太郎「キャー、だと思ったー!」


    京太郎「よーしっ、いってきまーす!」

    140 = 1 :


    電車を乗り継いで、来たぞ久し振りの松本駅

    東京と比べりゃあれだけど、やっぱりここまで来るとそこそこ栄えてるな

    京太郎「どこ行くか」

    咲とだったら、図書館とか本屋さんだとか、簡単に行き先が決まってしまうんだろうけど、今日は一人だし

    京太郎「うーん」

    いいや、困った時のデパートで。なんか見つかるだろ


    早速、中に入ってみる

    1階はお菓子売り場がメイン。あっ、あのケーキおいしそう…いやでも、仕事柄体重が気になるしなぁ

    ここは、心を鬼にしてやめよう。なんたって、私はアイドルなんだからっ!

    2階は貴金属やアクセサリーの類。さすがに、あんま興味は湧かないな

    でもこれ可愛いかも。きっと瑞原プロにも似合うぞ。つまりつまり、俺にだって似合うはずだぞ!

    「気になるものございました?よろしければ、御試着してみてはいかがでしょう?」

    京太郎「け、結構です」

    俺は男だ


    しかし、女性の姿になれば、デパートって見るところ結構いっぱいあるもんなのな

    男だったときは、せいぜい上の階にある本屋さんとかタワレコとか、あるいはトイレくらいしか利用したことがなかったけど

    新しい発見もあって、なかなか楽しいな、これ


    そして、3階、4階、5階と上がっていき、手芸用品店の前を通りがかったとき

    京太郎「ん?」

    ん、えーと、俺がいる。俺がいるということは、須賀京太郎がいるということで、須賀京太郎は今は瑞原はやりだから、あれは瑞原はやりで

    つまり、瑞原プロだ

    京太郎「こんなとこで、一体何やってんだ?今日平日だろう…」

    いくら、瑞原プロといえど、俺の身体で好き勝手やられちゃ困る。ここは毅然とした態度で注意をせねば

    くくっ、ついでに驚かしてやろう。ゆーっくり近づいて、と

    京太郎「すーがーくんっ!」

    はやり「!!?、ぎょえー!!」

    ぎょえー、て…

    京太郎「こんにちは、俺ですよ俺」

    はやり「こんな堂々とオレオレ詐欺をする奴は……って、須賀くんかぁ。なんだびっくりさせないでよ、まったく」

    京太郎「ははは、すみません。ついつい」

    141 = 1 :


    京太郎「それで、今日はなんでこんなところに?平日で学校があるでしょう?」

    はやり「ああ、それ?だったら今日は文化祭の準備の日だから、こうやって買い物に来てるってわけ」

    はやり「前にも話したじゃん。ああ…もしかして、私がサボってるとでも思ったのかなあ。んー、どうなのどうなの?」

    あー、そんなこと言っていたような聞いたような

    京太郎「べ、別に忘れてただけですって。でも、こんなとこで何買っていたんですか?」

    はやり「ああ、それは和ちゃんのいしょ──」

    京太郎「いしょ…?」

    はやり「和ちゃんと一緒に来たんだけど、途中ではぐれちゃってね、って言おうとしてたの!」

    京太郎「おおう…怒らなくたっていいじゃないですか」

    はやり「ご、ごめん」

    京太郎「それはいいんですけど、ちょっと目立っちゃいましたね…」

    周りを見ると、ヒソヒソ話でなにやら勝手に噂されてしまっていた


    「痴話喧嘩かしら?」

    「恋人にしては歳が離れすぎてるような。姉弟じゃないかしらね」


    歳は関係ないだろう。歳は

    京太郎「ちょっと離れましょうか」

    はやり「そ、そうだね」


    京太郎「それにしても、もう文化祭ですか。早いもんですね」

    はやり「そうだね。今から、楽しみで楽しみでたまらないよ、ぐっふっふ」

    京太郎「そ、そうすか」

    気味の悪い笑いだな

    はやり「須賀くんは、どうしてここに?」

    京太郎「今日は仕事もないんで、暇なんでブラブラしに」

    はやり「仕事の方はうまくいってるみたいだね。感心感心。須賀くんにも、アイドルの才能があるのかもね」

    「にも」、ってなんだ?

    京太郎「んなわけないっすよ。毎日毎日ストレスの連続で大変なもんですよ。この前なんか戒能プロに──」

    はやり「良子ちゃんがどうかしたの?」

    京太郎「戒能プロの美貌に目を奪われて、仕事どころじゃなかった、って話ですよ!」

    はやり「怒らなくたっていいじゃない…」

    京太郎「す、すみません」

    142 = 1 :


    はやり「じゃあ、須賀くんもいよいよ『プロ』になったってわけだ」

    京太郎「いやぁー、まだまだそんなの──」

    はやり「誰かから求められて、その報酬としてお金を貰ったんだから、それはもうプロの証だよ」

    京太郎「そんなもんすか」

    はやり「そんなもんだよ。ねっ、須賀プロ!」

    京太郎「瑞原プロと須賀プロじゃ、誰のことを言っているのか分からなくなっちゃいますね」

    はやり「そうだね。うーん……じゃあ、こうしようよ」

    京太郎「?」

    はやり「須賀くんも、もうプロで私と対等なんだから、私のことちゃんと名前で呼んでよ」

    京太郎「えーと、瑞原さん…?」

    はやり「もー、よそよそしいなあ。愛情を込めて"は・や・り"、って呼んでくれていいのに」

    京太郎「はやりさんでお願いします」

    はやり「素直が一番だね。じゃあ、私も、真心を込めて"京ちゃん"って──」

    京太郎「京太郎くんでお願いします」

    はやり「つれないねえ」

    でも、有名人相手に下の名前で呼び合うのって、よく考えなくてもすごいことだよな

    週刊誌にスッパ抜かれでもしたら、嫌な話題を世間様に提供してしまいそうだ


    はやり「そうだ!せっかくだし、二人でどこか行く?」

    京太郎「えと、瑞…はやりさんの方は、もう買い物の方は終わったんですか?」

    はやり「ああ、それなら大丈夫。足りなくなった生地を、少し買いに来ただけだから」

    京太郎「そうなんですか」

    俺たちのクラスの出し物って、わざわざ衣装作るようなものだったか?

    京太郎「それなら、どっか行きましょうか」

    143 :

    来てた

    144 :

    2人とも誤魔化しのセンスがすごい

    145 = 1 :


    というわけで、急きょ二人で行動することになった俺たち

    でも、これって傍から見たら、完璧にデートだよな…本当に週刊誌とかの記者とかいないよな?

    はやり「これじゃ、まるでデートみたいだね」

    京太郎「ああ、今俺も同じようなこと考えてたんですよ。もしかしたら、どっかに記者でも紛れ込んでるんじゃないかって」

    はやり「あはは、それはないよ。京太郎くんの変装もバッチしだしね。お化粧もうまくなったし」

    京太郎「やめてくださいよ。なんだかそれ、地味にヘコみます…」

    はやり「それに比べて、男の子はほんっと楽だよね!」

    はやり「最初の頃、お風呂上りの化粧水の後、美容液塗ってたらさ、須賀くんのお母さんにこの世の終わりのような顔されちゃったよ」

    京太郎「マイガッ!」

    はやり「なるほど、男の子はこんなことしないんだな、と気付いたよ。あれは、意外な発見だったね」

    京太郎「化粧水すら、ほとんどしませんもん、俺。母さんもさぞ驚いたことでしょうよ」

    はやり「京太郎くんにも、お母さんのお顔見せてあげたかったよ」


    京太郎「あ、でも俺にだって、毎日結構新しい発見がありますよ」

    京太郎「化粧とかもそうですけど、さっきなんか、生まれて初めてマジマジとアクセサリーとか物色しちゃいましたもん」

    京太郎「まあ、未だに貴金属との価値は分からんですけど、意外と綺麗なものなんだな、くらいには思いましたね」

    はやり「ふふっ、私達、より完璧に近づいてるってことだね」

    京太郎「そうですかねえ…無駄知識が増えてるような気がしてならないんですが」

    146 = 1 :


    京太郎「そういや、さっき和と来たって言ってましたけど、連絡とかしなくて大丈夫なんですか?」

    はやり「あ、ああ……そ、それなら大丈夫。和ちゃんもバカじゃないんだし、もう用事済ませて学校に戻ってるよきっと」

    京太郎「それならいいですけど」

    はやり「んっ…!あー、もしかして京太郎くん、和ちゃんのこと気になって気になって、しょうがないんでしょ?」

    いたずらっ子のような顔だ

    京太郎「ち、違いますよ。俺は、別に和のことなんか」

    はやり「んもー、別に嘘つかなくたっていいんだから。和ちゃん、可愛いもんねー」

    京太郎「そりゃ…そのことを否定する人間なんていませんよ。でも、ほんとにそんなんじゃありませんから。ただ」

    はやり「ただ?」

    京太郎「一時期、憧れていたことは、その…ありましたけど//」

    はやり「…へえー、ふーん」

    京太郎「な、なんすか」

    そのニヤニヤした顔、腹立つなあ

    はやり「京太郎くんって、そんな顔もするんだ。まるで、恋に恋する乙女みたいだったよ」

    京太郎「それこそ、本当に勘弁してくださいよ。俺は、正真正銘の男です」

    はやり「私の顔で言われても、説得力皆無だけどねー」


    そんな会話しながら、ブラブラしていた俺たち。しかし、行くあては特になく

    京太郎「どっか行きたいとこありますか?」

    はやり「こういう場面は、男の子がグイグイと引っ張っていくところだと思うんだけど」

    京太郎「私、今は女の子だから」

    はやり「あっ、ずるいんだー」

    京太郎「女の子はワガママなんですよ」

    147 = 1 :


    そんな話をしながら、デパートから出ると、はやりさんが何かを指差した

    はやり「ねえ、あれって何?」

    京太郎「ああ、あれは、『しんとうさん』ですね。四柱神社ですよ」

    はやり「よはしら、じんじゃ?」

    京太郎「結構いいところですよ、行ってみましょうか」

    はやり「うん、そうだね」

    少し歩くとすぐに到着した。こんなとこ来るの、いつ以来だろう

    はやり「いいところだね」

    京太郎「そうっすね。今まで騒がしい場所ばっかで仕事してたんで、余計にそう思います」


    京太郎「神社の御祭神が載ってますね」

    京太郎「アメノミナカヌシノカミ、タカミムスビノカミ、カミムスビノカミ、アマテラスノオオミカミ」

    下が回らなくなりそうなほどの、長い名前の神様たち

    京太郎「何の神様なんでしょう?」

    はやり「……」

    急に考え込むはやりさん。なんだろう?

    はやり「天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、高御産巣日神(タカミムスビノカミ)、神産巣日神(カミムスビノカミ)、は造化三神」

    はやり「天照大御神(アマテラスノオオミカミ)はツクヨミとスサノオと合わせて、三貴子とも呼ばれる」

    京太郎「は、はぁ…」

    はやり「古事記によると、世界が開けたとき、高天原(たかまのはら)という天上界に現れた最初の神様たちが、その造化三神」

    はやり「造化三神、あるいはそこに2柱の神様を加えた『別天津神(ことあまつかみ)』は、もっとも尊い神様なの」

    京太郎「なるほど、最初の神様なんだから、偉くて当たり前ですね」

    はやり「そして、言うまでもなくアマテラスは、伊勢の神宮にも祀られている、高天原を統治する太陽の神で最高神」

    京太郎「まあ、それくらいならなんとか」

    はやり「つまり、この四柱神社は日本神話における、最上級の神様たちを祀った神社、ってことになるんだと思う」

    京太郎「随分と良いとこどりした神社ですね。ぼくのつくったさいきょうのぱーてぃ、みたいな」

    はやり「そうだね」

    京太郎「それにしても、はやりさんって神話とかにも詳しいんですね」

    148 = 1 :


    はやり「ふふっ、私こう見えても島根県の出身なんだよ」

    京太郎「それとこれとに、一体何の関係が?」

    はやり「造化三神が現れた後、有名なイザナキとイザナミが生まれて、芦原中国(あしはらのなかつくに)、つまり日本列島が作られるわけ」

    はやり「そして、その後、神話の世界に登場する、スサノオやオオナムヂが大活躍する舞台が今の島根県、出雲国」

    はやり「つまり私はね、神話の世界で生まれて育ってきたんだ。詳しくならないはずがないよ」

    京太郎「なるほどなるほど」

    はやり「京太郎くんだって、近くに諏訪大社があるじゃない。あそこのことくらいなら知ってるでしょ?」

    京太郎「タケミナカタとかミシャグジ、でしたっけ?」

    はやり「そう。ちなみに、タケミナカタはタケミカヅチにボコボコにされた神様なんだよ」

    京太郎「そんなの、聞きたくなかった!」


    はやりさんと一緒に境内を見て回っていると、日が落ちてきた。風も出てきて少し寒くなってくる

    京太郎「そろそろ帰ります?いつまでも学校に帰らないと、さすがに不振に思われるでしょう?あるいは、サボってるとか」

    はやり「そうだね。私の評判は京太郎君の評判だもんね」

    京太郎「…ま、でも、あんまりそういうの気にしないでいいっすよ」

    はやり「どういう意味?」

    京太郎「好き勝手振る舞ってもらって構わない、ってことです」

    はやり「なんで?」

    京太郎「なんでって、そりゃ…」

    できれば無粋なことはしたくないから

    京太郎「はやりさんくらいのすごい人が好き勝手やったら、俺の評判もうなぎ上りですからね」

    はやり「……いやー、もう好き勝手やっちゃってるっていうかなんていうか」ボソボソ

    京太郎「なんです?」

    はやり「ははは…なんでもない、なんでもない」

    京太郎「?」

    149 = 1 :


    はやり「え、えーと、ほらっ、境内にも明かりがつき始めたね。綺麗ー」

    なんだか、話を逸らされた気もするけど、まっいいか

    京太郎「そうですね。こういう場所だからか、余計雰囲気出ますよ」

    恋人同士、とかだったらなおさら良いに違いない。それは高望みというものか


    京太郎「そうだ、はやりさんって日本の神話にも詳しんですよね」

    京太郎「だったら、好きな神様は何ですか?」

    はやり「好きな神様……うーん、特にいないかなあ」

    京太郎「なーんだ。ちなみにですね、俺はスサノオが好きですよ」

    はやり「…なんで」

    京太郎「咲から聞いた話なんでけどね、スサノオって最初は問題児だったていうじゃないですか」

    はやり「そうだね」

    京太郎「それなのに更生して、ヤマタノオロチを倒したり、他の神様を助けたりと、ヒーローに生まれ変わる」

    京太郎「男の子だったら、やっぱりこういうのは憧れますよ」

    150 = 1 :


    はやり「…ふーん」

    微かに目を細める仕草

    京太郎「ん?、どうかしました?」

    はやり「いや、なんでもないよ」

    そんな風には見えないけど

    はやり「あっ、そうそう。私、好きな神様はいないけどね」

    京太郎「?」

    はやり「嫌いな神様だったらいるよ」

    相手を突き放しているような、試しているような、そんな声

    俺と話す時のはやりさんは、いつもならもっと、はやりさんらしい声を出す。だけど、この声だけは違った

    これは、かつて俺が気分を害したときによく聞いた声。そう、これは俺の声だ

    余りにもそのまま過ぎて、思わずギョッとした

    京太郎「へ、へえ…なんです?」

    はやり「建速須佐之男命」

    京太郎「えっ」



    はやり「スサノオだよ」


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