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元スレほむら「あなたの欠片を」
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空を見上げる。
夜を裂いて広がる銀河に、手を伸ばし、声を掛ける。
「まどか、元気にしてる?」
『うん、元気だよ』
「今日はね、面白いことがあったんだよ」
『何があったの?』
「えっとね……」
あなたと話しているだけで、私の心は満たされて。
あなたの笑い声も笑う顔も笑う仕草も、すべて私の中に。
でも、それは幻。
私に相槌を打ち、反応し、言葉を返してくれるまどかは、私の弱い心が作り出した幻。
そんなことは分かってる。
だから消えてしまう。
哀しそうな笑みと共に、彼女の姿は闇に溶ける。
私はいつまでもこの場から離れられない。
雨の降りしきる中、あなたを失ったこの場所を。
あなたの言ったお別れが、私の心を縛り付けて離さない。
この痛みが癒えるまできっと、ここに来ては独り宙へと語りかけるのだろう。
無駄と知っていながらも。
暁の焔が空を紅に焼く。
仄かに瞬いていた星たちは夜の果てへ。
また夜は明ける。
明けて一日が始まる。
あなたのいない日常がまた。
彼女が概念となった世界。
私は今も戦い続けている。
引き絞られた弦から、矢が放たれ。
高速で飛ぶ鏃に追従するように、魔力の弾丸が流星と流れ、魔獣を殲滅した。
「ふむ、相変わらず見事な技量だね」
「当たり前よ」
繁華街。
人の感情がよく集まるこんな場所は、魔獣どもにとって格好の餌場。
私たち魔法少女にとっては、格好の狩場。
投げかけられる称賛の言葉に、これといって感慨はない。
幾百の魔獣を屠っただろうか。
いつしか数えることは止めていた。
穢れを吸い取り終えたグリーフシードを、後ろ手に放る。
地を打つ音が無いことを確認して、歩みを進める。
瘴気を肌に感じながら。
彼女のリボンにそっと触れながら。
「今日は本当に瘴気が濃いね」
「全部潰すだけ」
迷いはない。
それは私の生きる意味。
ただ寂しさに溺れながら、今日も力を振るう。
あなたの力を。
ねえ、まどか。
会いたいよ。
思いは届かず、目の前に現れるのは醜い獣。
蒸し暑い空気を力任せに裂くように、翼を広げ空を舞う。
「あら、先客ね」
一人暗闇にたそがれる私に、声が投げ掛けられる。
言葉の主は巴マミ。
「こんな所に何の用が?」
「その言葉、そっくりそのまま返すわよ」
「それも、そうね」
魔獣を狩り終えると私はいつも、朝までの時間をここで過ごす。
かつてまどかと別れたこの場所で。
何の変哲もないビルの屋上、そんなところに腰掛ける私。
さぞかし彼女の目には奇妙に映るだろう。
だからこそ私も、彼女のことを不思議に思う。
「どうしてかしらね、パトロールをしていただけなのに」
「自然と迷い込んだのなら、夢遊病の気でもあるんじゃないかしら」
「もう、バカにしないで」
そんな会話を二つ三つ繰り返して、
少しの沈黙を経てから、ゆっくりと言葉が吐き出される。
「ここ、何かあったのかしら」
「何って?」
「どう言えばいいのか分からないけれど。
喪失感、虚無感、あたりが近いのかしら、それに誘われて、気付いたらここに居たのよ」
「……」
「美樹さんが導かれてしまった時。
あの時あなたが零した言葉が、何故か胸から離れなくて」
覚えているということではないだろう。
あったはずのものがなくなった、その不具合が出ているだけ。
知らんぷりをしてしまえば、きっと日常に埋もれていくだけの小さな齟齬。
だけど。
「知りたいというなら、教えてあげる」
「知りたいわ」
「そうね、魔法少女が当然のように解している理。
それがどのように作られたのか、考えたことがあるかしら」
ただの概念になり果てたはずのあなた。
あなたが生きた証は、記憶という形を取り私の心に残された。
消滅の運命を免れて。
それならば、語り伝えていくことで。
何かを起こせると信じよう。
「……信じられない」
「聞いたのはあなたじゃない」
「ええ、そうなのだけれど、さすがにそう信じられるものじゃないわよ」
「僕も同じことを聞かされたけどね、その反応が妥当だろう」
「あらキュゥべえ、いたのね」
「ひどいなあ、マミ」
「もう少し詳しく話した方がいいかしら」
「興味はあるのだけど、ごめんなさい。
今は自分の中で情報を整理しないと、ちょっと混乱しちゃいそう」
「まあ僕も、作り話として切り捨てるには、あまりに出来すぎていると思うかな」
これくらいが限界だろうか。
信じられないのはきっと無理もないこと。
世界の在り様を変えてしまった魔法少女の存在なんて、作り話と思われない方が難しい。
でも、彼女には信じて欲しい。
あの子の師として。
「もう少し時間を頂戴」
「ええ」
それからは、やくたいもない世間話に花を咲かせた。
学校のことや進路のこと、最近駅前に出来たショッピングモールのこと。
夜になって幾分か空気も涼み、ビル風が程よく私たちの身体を冷やしていく。
「随分と忙しそうね」
「学生しながら魔法少女の仕事もこなさなきゃいけないんだもの、当たり前よ」
「大変じゃない?」
「今は佐倉さんやあなたが手伝ってくれているから、そうでもないわ」
「そう言えば、杏子はどうしたの」
「……また」
「そう」
「乗り越えるには、まだちょっと時間が要るみたい」
「無理もないわ」
「君達二人で回るには、ちょっとこの街は大きいし、早く復帰して欲しい所だけど」
「あまり女の子を急かすものじゃないわよ」
「ええ」
「やれやれ、君達のためを思って言っているのにな」
思わず耳を疑うような発言を努めて冷静に聞き流して。
空が白み始めたことを確認し、腰を上げる。
こんなビルにも、鳥の朝鳴きが聞こえてくる所は、いかにもこの街らしい。
「あら、行くのかしら」
「もう朝じゃない、学校はどうするつもり」
「このまま行こうかなって」
「お風呂くらい入りなさいよ」
「ふふ、そうよね」
*****************************************
「佐倉杏子」
「……ん、ほむら」
放課後を迎えた私の足は、自然とある場所へ向いていた。
とある市営地下鉄のホーム。
夕方ということもあり、多くの人が行き交う中、一人ベンチで佇む彼女。
とても小さく、儚げに。
「何の用さ」
「グリーフシード。 届けに来た」
「いらないって言ってんのに」
「好きでしていることよ」
ソウルジェムにグリーフシードを押し当てる。
口では拒否していたけれど、抵抗するような素振りは見せない。
片膝を抱えて縮こまる姿に、いつか見た雄雄しさは欠片もなく。
彼女は口を開かない。
ただ時間と人波だけが流れ続け、役目を終えたグリーフシードをキュゥべえに与えて。
それからしばらくの沈黙を経て、ようやく私の口は言葉を紡ぐ。
「ねえ」
「何だよ」
「どうして力尽きた魔法少女が消えてしまうのか、興味はある?」
「まあ、それなりに」
「話してあげる」
また私は語り始める。
そんな機会を与えてくれた、何処かの誰かに想いを馳せながら。
「世界の理そのものになった魔法少女ねえ、とんでもねえ話だな」
「信じられないかしら」
「そんな簡単に信じられるモンでもないだろ」
「まあ、それもそうね」
「大体、何でお前がそれを覚えてるんだよ。
存在が一切合切消えちまって、記憶だけ残ってるって訳わかんねーって」
「奇跡でも、起きたんじゃないかしら」
消えてしまうはずだった、あの子の記憶を。
私たった一人が引き継いだことが、奇跡でなくて何だろうか。
「まーた根拠のないことを」
「そうとしか言いようがないんだもの、しょうがないじゃない」
「なんだってそんな突拍子もない話を、あたしにしたのさ」
「道をあげようと思って」
「道?」
「ええ」
まどかが私に教えてくれたこと。
何もかもみな消えてしまうこと。
でも、心の中に残っている。
「美樹さやかは消えた、もう戻って来ない」
「でも、彼女が生きた証は、あなたの胸に傷跡として刻まれている」
「彼女の想いを知っているのは、私と巴マミ、それにあなただけ」
「誰よりも美樹さやかに近かったあなたが口を閉ざしてしまったら」
「彼女は埋もれてしまう、時の中に」
誰からも忘れ去られてしまうことは、きっととても怖い。
それは真の空虚。
だからこそ私が、世界を廻し続けた応報として、全ての記憶を保持し得たのかもしれない。
あの世界の営みを忘れ去ってしまわないように。
自分の事に多少の意識を取られていることを自覚し、改めて佐倉杏子に目を向ける。
まどかずっとOPの水の上に浮かんでいたようなとこに居るのかな
そもそも身体も無いか
そもそも身体も無いか
「あなたは、どうしたい」
「あたし、は」
本当はゆっくり考える時間をあげたかったけれど。
この世界は、そんなに甘いことを許してくれない。
結界が私たちを包み込み、魔獣がずるりと地面から生える。
「うん、決めた」
明朗な声と共に、炎が燃え上がるように。
朱を基調とした装いが彼女の身を包む。
「行きましょうか」
「ああ」
「こんなもんかね」
「久し振りにしては、まあ合格点かしら」
「なんでそんなに偉そうなんだよ」
「気のせいじゃない?」
杏子と一緒に戦うのはとても久し振りで。
それでも、自分の足で立つ彼女はとても強かった。
あっさりと魔獣を片付け終え、地下鉄のホームに二人佇む。
ラッシュの時間帯はいつの間にか過ぎていて、そこに人はほとんどいない。
変身を解いた杏子は、屈託のない笑みを私に向けて。
「ありがとな、もう大丈夫だよ」
「助けになれたのなら、よかった」
「あ、ただ一つ頼みがあってさ」
「頼み?」
「ほむらはさ、その魔法少女の事を語り継ごうとしてるんだよね」
「ええ、そうね」
一拍。
珍しく、言葉を選んでいるようで。
その思いを受け止めるべく、私も心の準備を整える。
そして。
「さやかのこともさ、時々話してあげてくれないかな」
「あいつはあいつなりにさ、ほむらとも折り合いを付けようとしてた」
「なかなか素直になれないって、あたしに相談に来てたんだよ」
「結局、こうして、だめだったけどさ」
「あたしの口からに、なっちゃった、けどさ」
美樹さやか。
ほとんどのループではいがみ合うばかりだったけれど、そういえば、確かに。
ごく初めの頃は、私の数少ない友達だったっけ。
もう記憶は薄れてしまっていて。
それに気付いた途端、罪悪感が私の心を握り潰す。
彼女を思い泣いている佐倉杏子の姿が、さらに胸を締め付ける。
「約束する」
「頼むわ」
弁解しても、伝わることはないだろう。
これからの行動で、消えてしまった彼女に報いよう。
自己満足かもしれないけれど。
「んじゃ、またな」
そう言い残して佐倉杏子は去っていった。
どこへ向かうのかは知らないけれど、その目には力が込められていた。
きっと自分のすべき事を見つけたのだろう。
私のすべき事。
語り伝えていくにしても、どうしよう。
本でも書こうか。
そう思って、踵を返そうとした時に。
視界の端に、何かが映る。
「……?」
それは透明な欠片。
グリーフシードと同じ、立方体の結晶。
かつて美樹さやかが逝った場所に、不思議な存在感と共に。
見て見ぬ振りをすることも出来たけれど。
何故か放っておけず、拾って灯りにかざしてみる。
「綺麗」
きらきらと光を反射する。
まるで吸い込まれてしまいそうなその欠片に、何故か親近感を覚えて。
「キュゥべえにでも、聞いてみようかしら」
*****************************************
「この世界の物質ではないようだね」
「グリーフシードと、何か共通点はあるかしら」
「似てはいる。
けれど、本質的には違うような……いや、分からないな」
「随分と曖昧なのね」
「勘弁してくれよ、僕も全知全能って訳じゃあないんだ」
そこまでのことを期待していたわけではない。
むしろ、分からないという答えにこそ、価値はある。
「イレギュラー、と捉えていいの?」
「意思を持った人間ならばともかく、ただの石ころをそう呼ぶのは抵抗があるけど」
「ただの石ころなの?」
「いや、まあそうとも言い切れないけど」
「そう」
キュゥべえにも分からないのなら。
きっと私が考えても、分かることはないだろう。
この欠片が、あの子と何か関わりのあるものだといいな、と、そんな楽観を抱きながら。
「聞きたいことも聞いたし、今日は寝るわね」
「杏子も復活したみたいだし、ゆっくりお休み」
久しくまどろみに落ちていく。
せめて夢の中では、幸せに過ごせますように。
『ほむらちゃん、お願いがあるんだ』
『この世界に広がってしまった、私の欠片を集めて』
『魔獣に奪われてしまわないように』
夢か現か。
金縛りにあったように動かない私の体へ、想い人の声が降る。
言葉の意味は、分からない。
頭が動かず、ただ文字として耳を通り抜けていく。
せめて忘れてしまわぬよう、その音を脳髄に刻み付ける。
視界は闇。
黒の中に少しずつ白が混じり。
薄れる声と共に、闇は晴れていく。
目を覚ましたら、そこは戦場だった。
「起きたかい、暁美ほむら!」
「状況を!」
「魔獣がいきなり湧いた!
マミがすぐに駆け付けてくれたけど、いつもとは違う、数が凄まじい!」
「何を言っても起きないんだもの!
あなたのソウルジェムを守るのも必死だったわよ、早く手伝って!」
言われずとも、とうに戦装束は纏っている。
結界の中には私と、巴マミと、キュゥべえと、魔獣の群れ。
そして、あの欠片。
この腕の中に。
「ええ」
頭の中で言葉を反芻させる。
彼女の声が鮮明に蘇る。
あなたの欠片を、
決して離すものか。
背から白い翼を生やし、空へと飛び上がる。
感じる力は尽きる気配もない。
エネルギーの塊を、弓に番えて撃ち放った。
「ようやく……片付いたわね」
「そう、ね」
「お疲れ様、二人とも」
疲弊しきった顔を、巴マミと突き合わせる。
魔獣の量は怒涛の如く、こうして殲滅し終えたことが奇跡と感じられるくらいだった。
数に押し潰されてしまえばそれで終わり。
気付けば魔力の殆どを使い果たし、それでもなんとか生き永らえていた。
結界が解けていく。
戻る視界は、私の部屋の中。
こんな所に、あんな数の魔獣どもが湧いたとは、この目で見ても信じられない。
それは彼女も同じようで。
「何だったのよ」
「話すけれど、ちょっと休まないかしら」
「そうね、さすがに、疲れたわ……」
「出来れば、佐倉杏子も交えて話したいのだけれど」
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