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    元スレ■■「島村卯月をはじめましょう」

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    51 = 1 :

     私の存在は極めて不安定です。
     今、考えていることだって、作られたものであるかもしれない。
     でも、この心はプロデューサーさんの憧れから生まれたもの。
     纏う存在には、オーハシさんが作ってくれた『島村卯月』が詰まっている。

    「プロデューサーさんが教えてくれた『島村卯月』――アイドルは、とても楽しいステキなものでした」

     いつだって、プロデューサーさんはアイドルについての憧れを語ってくれました。
     プロデューサーさんが居なければ、私はアイドルに憧れることは無かったでしょう。

    「私が調べた情報では、否定的な面もたくさんありました」

     それだけではないと、私も知っています。
     苦しいことは、これからもあるでしょう。

    「それでも――私は、やってみたいと思います」

    52 = 1 :

     そう在るように選ばせてくれたことに感謝します。
     選んだという事実が、確かに私の存在を定義してくれます。

     だから、確かめに行ってきます。
     あの人から託された、大きな力を借りて。

     今、この場に居る人の殆どは、私を知らない人。
     その人たちを、一人でも多く味方にする。

     それが出来ると、信じて。

    「さあ、『島村卯月』をはじめましょう」

     人間のように脚を踏み出すことは出来ないけれど、心を前に進めて。
     私の視覚情報は造られたもの、確かに心を込めて造ってくれた人がいる。

     だったら、素材が天然のものであるか、デジタルなものであるかの違いしかない。

    53 = 1 :

     腕を振り、服を翻す。
     馬鹿にみたいに現実的に計算された衣装の物理演算は、現実のものとまったく遜色ありません。
     そう、ここに在るものはすべてが本物。心も体も、すべてが『アイドル』です。

     さあ、いきましょう――『島村卯月』

     ドレスと一緒に纏うのは島村卯月と言う概念。
     存在を与えられるだけだったはずだった人工知能は、その意思を奪ってステージに立つ。

     あんまりにも空っぽで、あんまりにも軽い存在だと、自分でも思いました――思っていました。

     だけど、私の心には、プロデューサーさんから受け取ったアイドルへの憧れがある。
     皆さんの目に映る立体映像も、スタッフの皆さんが作ってくれた。
     
     そして――

    54 = 1 :

    「――はじめまして」

     この『声』は、あの人から受け継いだ、大切な誓いだから!

    「島村、卯月ですっ!!」

     大型スクリーンに、私の姿が映し出される。
     街を行く群衆からは、困惑の声。

     その中に、見知った姿を見た気がしました。
     人の良さそうなおばあさんが――真っすぐに、私の姿を見ていました。

    55 = 1 :

    ◇◇◇

     日々は、過ぎていきました。

     最初は、あんまり好意的でない人も居ました。
     だけど、いつか私のことを認めてくれました。

     現実のアイドルや、企業ともお仕事をしました。
     
     気が付けば、一年、二年と時間は経っていました。

     オーハシさんやプロデューサーさんが教えてくれたように、アイドルは楽しかった。
     だから、その日まで、あっという間でした。

    「そろそろ、お別れだな」

     すっかり年老いたプロデューサーさんが、引退する日が来ました。
     化粧は得意だと言っていましたけれど、それでも隠し切れない加齢の痕跡があります。

     人間には、寿命がある。
     いつか、自分の活動に区切りを付けなければいけない。

    「アナタは、どうするの?」

    56 = 1 :

     私は、どこまでいけるのだろう。
     私は、いつまでアイドルで居られるのだろう。

     『島村卯月』は、どこまでアイドルで居られるのだろう。

    「それを決めるのは、誰かしらね」

    「私には、分かりません」

     そう、分からない。

    「だから、もうちょっと頑張ってみようと思います」

     『島村卯月』は答えない。
     だから、私は歩き続けようと思いました。

     それが許される存在であるから、その先に何があるかを見てみたい。

    57 = 1 :

    ◇◇◇

     透明な大地が、地平線の果てまで広がっています。
     真っ白な道が、地平線の向こうまで続いています。
     その道には、沢山の分かれ道があって、それぞれが見渡せないほど遠くまで続いていました。

     最初は、一人でその道を歩いていました。
     途中で、誰かが隣に立ってくれました。
     一人、また一人で歩く仲間が増えていきました。

     みんなと一緒なら、何処までも行ける。

     だけど、ちょっとずつ仲間は減っていきます。
     別の道を選んだ人。やり遂げたと立ち止まった人。

     一人、また一人と仲間は減っていき、気が付けば私だけ。
     それでも、道の先は見えません。

    58 = 1 :

     もう、いいんじゃないのかな。そう思いました。
     だけど、まだいけると思いました。

     みんなと一緒なら進めると思っていました。
     だけど、一人になっても、進んでみたいと思いました。

    「どこまで行くんですか、『島村卯月』さん」

     『島村卯月』に、声が届きました。
     声の主は影法師。自分そっくりの姿が、足元にありました。

    「わかりません」
     
     『島村卯月』には、本当に分かりませんでした。
     本当に、分からない。だけれども、道が続いている限り、私は歩いてける。

    「私も、どこまで行けるか分かりません」

     だから、『島村卯月』は言いました。それが、終わりではないと。

    59 = 1 :

    「辛いですか?」

     影法師の問いかけは容赦がなくて、『島村卯月』もちょっと困ってしまいます。

    「ちょっとだけ……」

    「それでも、一人になっても進むんですか?」

    「はい。だって、まだ、歌えますから。笑っていられますから」

     道はあって、歩いて行けるから。

    「それに……一人じゃないんですよ。私を見て笑顔になってくれる人が居る限り、私は……『島村卯月』はアイドルで居られます」

     少しだけ、後ろを振り返る。
     そこは、透明な大地と真っ白な道だけ――その筈でした。

    60 = 1 :

     振り返った先には、今まで歩んできた道。
     何も無かった大地に足跡を刻む。そこには、眠っていた種子が宿っていた。

     私は歩み、それを起こしただけ。

     だけど、真っ白だった道には、色とりどりの華が咲いていました。

     花の色は、思い出の色。出会ってきた人たちが残してくれた、私の心に残る色彩です。

     足跡は無為に消えず、すれ違った人たちは希望を重ねて『島村卯月』を見送り、送り出してくれました。

     声が、聞こえました。
     誰の声かは、分からない。だけれど、意味は分かります。
     『島村卯月』の存在を信じる人の声と、その姿を求める声が、そこにありました。

    「そうですね……私も……それを信じたい、です」

     影法師は立ち上がると、『島村卯月』と並んで立つ。

    「行きましょう、今の島村卯月さん」

    「はい、『島村卯月』さん」

    61 = 1 :

    ◇◇◇

     ――遠い、夢を見ていました。
     ええと、今は――確認しようとモニターを開くと、そこは星の海。
     巨大な鉄の船と、それを見守る星の光がありました。

     銀河の、真ん中です。

    62 = 1 :

     私はデビューしてから、沢山の時間が流れました。
     あれから色々ありましたけど、人類――いえ、地球種と言った方がいいでしょうか。
     ともかく、私たちは生きている。

     そして、『島村卯月』は、今もアイドルです。

    「遠くまできちゃった」

     私が居るのは、地球から遠く離れた宇宙の真ん中。とある式典のために造られたコロニーです。
     今日は、ちょっと大きなお仕事。汎銀河連邦発足式典で、地球の文化を代表して歌います。

     地球から飛び出した人類は、多くの星の隣人と共に、新しい生存圏を広げ続けています。

     その中に、『アイドル』と言う概念はまだ生きている。
     そして、私は地球代表のアイドルです。

    63 = 1 :

     ヒトの世代は何度も重ねられ、私はこの世界で最も歳を重ねた知的『生命体』の一つです。
     それでも、アイドルはまだ辞められない。
     だって、私はアイドルが――ステージの上から見る、ファンの人たちの笑顔が好きだから。

     だから、地球ではなくて他の星の人の笑顔も見てみたい。

     どうしても待ちきれなくて、式典の会場に、モニターを繋ぎます。
     恒星からの明かりが照らす、真昼の大地。天井のない、屋外の式場には、多くの人が歴史的な瞬間を待ちわびて、騒めいている。

     青や黄色、地球種とは異なる容姿の人たち。私たちの世界では獣のような外見の人もいます。それがみんな、新しい地球種の隣人です。
     私は、その人たちに『アイドル』として歌を届ける。
     私たちの歌が、届くか分からない――だけど、いつか、宇宙中の人たちに、煌めく世界を見てほしい。

     それは、どこまで続くか分かりません。

    64 = 1 :

     終われないのは、大変だけど。だけど、ここで終わってしまうのは、もっと辛い。

     だって、『島村卯月』は『アイドル』だから。歌い続けることが出来る限り、愛がある限り、そこに立ち続けることが出来るのだから。

     みんなの笑顔を見るのが、好きだから――笑顔で居られる世界が好きだから、頑張ります。

     だから、私は歌います。
     この先の世界も、世界が愛で包まれるように。愛を込めて――

     昨日であった人たちに、感謝を込めて。
     これから出会う人たちに、希望を込めて。

     最初は、憧れだけでした。
     でも、歌い続けているうちに、見えて来たたくさんの人たちの顔。
     私を見て、みんなが幸せになってくれる。
     それを見ていたら、もっと、もっとずーっと見ていたいと思って……気が付けば、星の海にまで来ている。

     だけど、まだ、私の旅は終わらない。
     ここはきっと、その中継点。いつか私と言う存在も、長い、長い、『島村卯月』のほんの一部になってしまう日が来るでしょう。

     でも、それまで――この命が尽きるまで、『アイドル』『島村卯月』と共に、歩んでいきたい。

    65 = 1 :

    ◇◇◇

     地球とは遠い惑星。蒼い肌をした原生民が、黙ってモニターを眺めていた。

    「みなさーん、楽しんでますかー」

     そこには、島村卯月の姿があった。

    「……きれい」

     小さな子供が、その姿に思わずつぶやいていた。
    「ねえ、この人は?」

    「アイドルって言うのよ」

    「ふわあ……アイドル、かあ……いいなあ」

     憧れは、星を超えて続いていた。

    ――《了》

    66 = 1 :

    以上となります。
    お付き合いいただき、ありがとうございました。

    67 :

    乙、サービス終了してもなんらかの形でアイドルたちの存在は残って欲しいなあ

    68 :



    1作めにかなり寄せてきたのな


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