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元スレ男「余命1年?」女「……」
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男「女さん……もう、帰ろう」
女「帰るって……どこに?」
男「そんなの決まってる……病院にだよ」
女「……嫌です」
男「どうして?」
女「言ったじゃないですか。あの病院で死ぬのは、絶対に嫌なんです」
男「大丈夫、君は死なない」
女「どうして、そんなことが言えるんですか?」
男「きっとドナーは見つかるよ」
女「……根拠は、あるんですか?」
男「……ない、けど」
女「やっぱり嫌です。病院には、帰りたくありません」
男「きっと今頃、お父さんも心配してる。なんせ、急に病院から君がいなくなったんだから」
女「お父さんは、私の事なんて……」
男「そんなことないよ」
男「最近、君のお父さんは、早く帰ってくることが多かったと思わない?」
女「……」
男「お父さんは、君の事を心配して、早く帰っているんだよ」
男「現に、君が発作を起こした時、傍にお父さんがいてくれただろう?」
女「それは……そうですが……」
男「お父さんに心配をかけない方がいい。……さあ、帰ろう」
女「……ごめんなさい。やっぱり嫌です」
男「どうして?」
女「確かに、貴方の言う通り、運よくドナーが見つかって、手術ができるかもしれません。その結果、私は助かるのかもしれません」
女「……でもそれって、限りなく小さな可能性ですよ?」
女「今、国内に、心臓移植を必要としている人が何人いると思います?」
女「……600人弱です」
女「それだけの人が、私と同じように、心臓移植をしなければ死んでしまうんです」
女「それだけ多くの人達に、公平にドナーが見つかると思いますか?」
女「普通、あり得ません」
女「心臓移植を必要とする患者さんの半分は、1年以内に亡くなってしまうとも言われています」
女「分かるでしょう……私が助かる可能性は、限りなく低いんです」
女「運よく私が助かったとしても、そのせいで、多くの患者さんがドナーが現れないまま亡くなってしまうんです」
男「……それは、君のせいなんかじゃないよ」
女「いいえ。私だけが助かって、それでいいはずがないんです」
女「だから……だからね。私だけが助かるわけにはいかないんですよ、男さん」
男「そんなことないよ」
男「最近、君のお父さんは、早く帰ってくることが多かったと思わない?」
女「……」
男「お父さんは、君の事を心配して、早く帰っているんだよ」
男「現に、君が発作を起こした時、傍にお父さんがいてくれただろう?」
女「それは……そうですが……」
男「お父さんに心配をかけない方がいい。……さあ、帰ろう」
女「……ごめんなさい。やっぱり嫌です」
男「どうして?」
女「確かに、貴方の言う通り、運よくドナーが見つかって、手術ができるかもしれません。その結果、私は助かるのかもしれません」
女「……でもそれって、限りなく小さな可能性ですよ?」
女「今、国内に、心臓移植を必要としている人が何人いると思います?」
女「……600人弱です」
女「それだけの人が、私と同じように、心臓移植をしなければ死んでしまうんです」
女「それだけ多くの人達に、公平にドナーが見つかると思いますか?」
女「普通、あり得ません」
女「心臓移植を必要とする患者さんの半分は、1年以内に亡くなってしまうとも言われています」
女「分かるでしょう……私が助かる可能性は、限りなく低いんです」
女「運よく私が助かったとしても、そのせいで、多くの患者さんがドナーが現れないまま亡くなってしまうんです」
男「……それは、君のせいなんかじゃないよ」
女「いいえ。私だけが助かって、それでいいはずがないんです」
女「だから……だからね。私だけが助かるわけにはいかないんですよ、男さん」
男「なんだよ……それ……」
男「ふざけんな……ふざけんなよ!」
女「男……さん?」
男「君には、生きる権利があるはずだ!」
男「命は大事だとか、誰もが等しいとか、そんなのどうだっていい!」
男「俺は、君に生きて欲しいんだよ!」
男「だから……だからさ……頼むよ」
男「帰ろう……女さん」
女「そう……ですね」
女「私……誰かに必要とされて、こんなに嬉しいって思ったのは……」
女「これまでの人生で、あなたが初めてですよ……男さん」
女「でも……ごめんなさい」
女「もう……遅いんです」
それを最後に、女さんは意識を失った。
まるで、スローモーションのような世界の中で。
女さんの身体が、ゆっくりと椅子から滑り落ちていく。
女さんの口元が、僅かに動いたような……そんな気がして。
さ よ う な ら
彼女の口元が、そんな風に……動いたように見えた。
突然倒れた女さんを前に、俺は身動き一つとることが出来なかった。
やがて、周囲にいた客や店員が騒ぎ始め、その内の誰かが電話をかけて。
数分後、けたたましいサイレンと共に、救急隊が駆けつけた。
水色の服にヘルメットを身に着けた彼らが、俺に向かって何かを聞いていることは認識できた。
だが、俺はただ茫然として、何一つ受け答えすることが出来なかった。
救急車に同乗し、彼女の手を握った事は覚えている。
その時の、彼女の手の冷たさも。
「彼女を病院から連れ出したのは、貴方ですか」
「なぜ止めなかったのですか」
「挙句、渋谷で倒れたって……つまり、ここから渋谷まで行ったんですよね」
「貴方の神経が全く信じられませんよ」
白衣を纏った医者らしき人物や、ナース帽を被った女性に次々と罵られ……どうやら俺は、病院を出禁にされたらしい。
――生ぬるい。
もっと、俺に罰を与えてくれ。
もっと、もっと……俺の命が尽きるまで。
そうすれば……きっとあの世で彼女に会えるから。
「男さん」
病院の中庭のベンチに1人座っていた俺に、誰かが話しかけてきた。
この声の主は、一体誰だっただろう。
「男さん……こんな所にいたのですね」
彼女に、雰囲気がそっくりな男。
男「……どうも」
父「どうしてまた、こんな所に?」
男「……出禁になったからです」
父「そう……ですか」
男「……申し訳ありません」
父「何がですか?」
これから俺は、彼に罵倒されるのだ。
殴られるかもしれない。
それだけの事を、したのだから。
男「入院中の女さんを、外へ連れ出してしまい……大変申し訳ありませんでした」
父「……何のことです?」
まさか、知らないのか?
男「女さんを、病院から連れ出したのは俺なんです」
男「安静にしていなければならなかった彼女を、無理やり外へ連れ出して、死期を早めてしまった」
父「そうではなくて。何のことかと聞いたのは、貴方が一体何に謝るのかということですよ」
男「……は?」
父「あの子の事だ……どうせ、貴方にワガママを言ったに違いない」
父「あの子が望んだことです。どうして貴方を責められますか」
男「……あ……あぁ……」
男(どうして俺は、こんなにも愚かなんだろう)
男(あれだけの事をしておいて……まだ俺は、人の優しさが嬉しいと思ってしまっている)
父「男さん……涙を拭いてください」
そう言って、彼は俺にハンカチを差し出した。
男(我ながら、なんて情けない。なんて惨めなんだろう)
――ふと、思った。
何でもいい。
何だっていい。
彼女を……助けてくれ。
それが、どんなに不条理であろうと、理屈に通ってなかろうと。
悪魔に身を捧げるようなものでも、構わない。
誰か……誰か。
女さんを……助けてくれ。
父「男さん……娘も、最後に貴方のような人と出会えて、さぞかし幸せだった事でしょう」
やめろ……勝手に彼女を殺すんじゃない。
まだ女さんは、死んでないんだから。
父「これで……娘もきっと、安心して……」
男「うるせえんだよ!」
父「……!」
男「ハァ……ハァ……」
男「……まだ、彼女は死んでない……そうでしょう?」
男「諦めるのは、まだ早いんじゃありませんか?」
父「……どうやら、貴方は少し、勘違いをしているようだ」
父「私は断じて、娘の命を諦めてなどいないのです」
父「貴方には、まだ言っていませんでしたね」
そういうと、彼は一枚の小さな紙を取り出した。
どうやらそれは、彼の名刺らしい。
男「……東欧大学医学部、教授?」
男「これ……どういう……」
父「どうも何も、そこにある通りです」
父「私は長年、医学について研究をしておりました」
父「嫁を失ってからというもの……二度と同じことを繰り返すまいと、研究に明け暮れました」
父「私はね、娘まで奪われるわけにはいかんのですよ」
父「学者である前に……一人の父として、ね」
男「まさか……女さんは……」
父「正直に言って、分かりません」
父「私は、娘の担当医ではありませんので、何とも言えませんが……」
父「学者として、娘が助かる確率は……4割あればいいところかと考えております」
男「……助かる?」
男「だって女さんは……移植手術が必要だと……」
父「あの子の症状は、移植せずとも助かるのです」
父「……と、ここ最近の研究で明らかになりましてね」
男「本当……ですか? ……彼女は助かるんですか!?」
父「わからない……としか」
男「そんな……アンタ学者なんだろ! どうにかできないのかよ!?」
父「……そうですよ」
父「私は、あの子の父親です」
父「必ず、助かる……そう言いたいですよ」
父「でもね。こればかりは、どうしようもない」
父「ただ……全てを尽くしてきたという、自負はあります」
父「あとは、天命を待つばかりですよ」
男「……助かる、かもしれないんですね」
男(この絶望的な状況で、たった一つ見えた、一筋の光だ)
男(こんな状況で……俺は何一つ、力を添えることもできないなんて)
父「言い忘れていました」
父「以前、娘から預かったものがあります」
男「……え?」
父「娘に、もしもの事があれば、貴方に渡して欲しいと……」
差し出されたものは、クリップで止められた原稿用紙の束だった。
男「これ……は?」
父「小説……でしょうね。あの子が書いたものです」
父「貴方だけに読んでもらいたいと言っていました。ですから私は、目を通してはいません」
父「どうか……読んでやってください」
男「……ええ、勿論です」
残念ながらご都合主義よろしく手術は成功です!あとは娘さんの気力次第です!とはならないのがこの作者
彼女の父親が去り、病院の中庭には、俺一人だけが残された。
男(女さんの小説か……)
男(出版が決まってもまだ、彼女は書き続けていたんだな)
1ページ、2ページ……読み進めていくたびに、この作品のジャンルが明らかとなる。
男(純恋愛……なのか?)
見方を変えれば、日常系ともいえる、ありふれた物語だ。
男(これを、俺だけに読んで欲しいって?)
彼女が俺に向けて書いたこの小説が、果たして何を意味するのか。
何を、俺に伝えようとしているのか。
少し考えれば、それはすぐに理解できた。
この作品に描かれた物語は、彼女が望んだ世界そのものなのだ。
生まれた時から心臓病を抱え、
人生の半分を病室の中で過ごし、
誰かと思い出らしい何かを共有できたことが、これまでに一度たりとも無かった。
そんな彼女が描いた、理想の世界。
俺は、2時間も3時間も座り込んで、作品に没頭していた。
主人公の女子高校生が、クラスメイトの男子高校生と恋に落ちる。
二人は恋人となり、お互いを愛し合う。
ただ、それだけの物語だ。
変わった出来事は、何一つとして起こらない。
二人の恋愛事情がこじれる事も無く、
互いの家族がいざこざを起こすことも無く、
極々普通に、二人は共に時を過ごすのだ。
現実にもありふれているような、平凡な日常。
誰もが望まずとも手に入れ、それに飽きて手放したいとさえ思う、ただの日常。
けれどその日常は、彼女が望んでも、決して手に入らなかったもの。
彼女が幾度となく望もうとも、この世界が彼女に情けをかけることは、一度だって無かったのだ。
――気付けば俺は、涙を流していた。
きっと、作者が彼女であると知らなければ、
彼女の身の上を知らなければ、
決して流す事のない、涙。
男「ごめん……ごめんね」
――俺が、彼女の日常を奪ったのだ。
手術で助かる確率は、よくて4割だと、彼は言っていた。
その確率は、本来であれば、もっと高かったはずなのに。
ドナーが現れるのを、あの病室で辛抱強く待ってさえいれば。
もしかしたら、今よりずっと安全に手術に移ることができていたかもしれないのに。
俺が、彼女を連れまわしたせいで。
もしも彼女が助からなければ、その命を奪ったのは、紛れもない……俺なんだ。
男(……何だ? 最後のページは……あとがき?)
いや、あとがきではない。
それは……彼女が俺に残した、正真正銘、彼女自身の言葉だった。
『男さんへ』
『もしもあなたがこのメッセージを読んでいるとすれば、私は既に死んでいるか、もうじきこの世を去るのでしょう』
『あなたは、きっと悲しんでいるのだと思います』
『だって、あの時病室で聞いたあなたの言葉は、本物だと思うから』
『でもね、男さん』
『私は、不思議と悲しくはないんです』
『もちろん、あの時あなたに言った、生きたいという言葉は本心です』
『できることなら、もっとあなたと生きたかった』
『残念だけど、それは夢でしかありませんでした』
『あなたと生きることが、私の夢でした』
『そんな私の夢は、とうとう叶わなかった』
『けれどその夢は、私の願いの、ほんの一つに過ぎません』
『私は男さんに、たくさんの夢を叶えてもらいました』
『初めて病室で出会った時から、本当に、たくさんの夢を』
『あの時のあなたにとって、きっと私は、数多くの作家の一人に過ぎなかったのでしょう』
『だからきっと、あなたは覚えていないかもしれませんが』
『私にとってのあなたは、家族以外に私に優しさをくれた、唯一の人なんです』
『だって私は、この身体のせいで、いつも学校に馴染めなくて、友人と言える人は一人もいなかったから』
『担任の先生の優しさは、義務感からそうしているんだって、すぐにわかりました』
『ほら、私ってこんなだから、いつも他人の顔色とか伺っちゃうんです』
『その程度の親切心は、偽物だって分かっちゃうんですよ』
『でも、あなたは違った』
『もしかすると、あなたはただ、必死だっただけなのかもしれません』
『そんなあなたの必死さが、私にはたまらなく嬉しかったんです』
『気が付けば私は、貴方に恋をしていました』
『ええ、そうです。会って間もない、4月のうちに』
『尻軽女だって思いましたか? でも、本当なんです』
『あなたは、私の初恋の人でした』
『いつか、あなたと旅行に行けた時は、まるで天国にいるかのような気分でした』
『だからね、男さん』
『私はもう、満足です』
『あなたから、充分にたくさんのものを与えてもらいました』
『唯一の心残りは、私からあなたに、何も返せなかったこと』
『与えてもらうばかりで、ごめんなさい』
『あなたと過ごした日々は、今までの悲しい人生なんて、全部忘れられるくらいに最高の、夢のひと時でした』
『最高の時間を、ありがとう』
『さようなら、男さん』
男「あ……あぁ……!」
男「ひぐっ……うぅ……!」
クシャリ、と手元で音がした。
俺は無意識に、その紙を強く握って潰してしまっていたのだ。
けれど、俺は手を離すどころか、ますます強く力を篭めた。
クシャクシャに丸まってしまうだとか、そんな些細なことはどうでも良かった。
感情が渦を巻いて、飛び出していく。
崩壊する、何もかも。
俺を形作っていた全てが。
俺を支えていた、何かが。
決壊が破れたかのように、涙が溢れて、止まらなかった。
手術、当日。
俺はこの日、仕事を休んだ。
俺は受付に着くと、何度も何度も頭を下げた。
受付の女性はあきれ果てたように溜息を吐き、担当医まで受付へやってきて、結果俺は、手術中の時間のみ入る事が許された。
男「女さん……女さん!」
移動式ベッドに乗せられた小さな身体が、病室から手術室まで運ばれていく。
昨日意識を失ってから、彼女は一度も目を覚ましていない。
移動中、何度も何度も呼びかける。
俺の声は、彼女に届いているのだろうか。
俺には、確かめようもない。
やがて、無機質な扉の前に辿り着いた。
「……手を、握ってあげてください」
手術用のマスクと帽子を身に着けた医師らしき男が、俺の顔を見据えて言った。
男「は……はい!」
細い腕に手を伸ばし、すっかり冷たくなってしまった手の平に、自らの体温を送るように力強く握る。
男「大丈夫、俺がずっと傍にいるから」
男「だから……君も、頑張って」
微かに、指先に力が籠ったのを感じた。
手術は、予定では4時間で終わるはずだった。
彼女が扉の向こうへ姿を消した時、時計の秒針は10時を回っていた。
そして今……午後の4時を過ぎたところだ。
まさか、彼女の身に何かがあったのか?
手術が、失敗したのか?
まさか、まさか……死――
いや、それはありえない。
予定時刻より2時間も過ぎていることに、それでは説明がつかないから。
それでも……何かが起きたのは、確実だった。
時計の短針が6の数字を通り過ぎ、ようやく手術室の扉が開いた。
予定の二倍もの時間がかかった手術で、何も起きなかったわけがない。
男「あの……彼女は、無事ですか?」
「……手術は成功しました」
「ですが……手術中、彼女の心肺が何度も停止しましてね」
男「そんな……嘘だろ……?」
「何とか一命は取り留めましたが……」
「大脳の広範囲に損傷が確認されました」
男「損傷……って、どういうことですか?」
男「彼女は、助かったんですよね?」
「つまり、今の女さんは……植物状態ということです」
手術から、1週間が過ぎた。
あれから俺は、毎日この病室を訪れている。
出禁の件は、うやむやになってしまった。
ありがたいことだ。
そのおかげで、今も俺は……こうして彼女に会うことができているのだから。
「俺ね、思うんだ」
「君の命が助かっただけでも、十分だって」
返事は、帰ってこない。
「だって、本当は助からなかったかもしれないじゃないか」
「どれだけ待ったって、ドナーが見つからなかった可能性だってあり得たんだ」
「それなら、早い段階で手術した方が、よっぽど良かったんじゃないかってさ」
「……なんてね。終わってからこんなこと言ったって、仕方ないよね」
「君ならきっと、もっと楽しいことを話そうって、笑うんだろうなあ」
「ひょっとしたら、この声が実は君に聞こえてて、今にも笑いたくて仕方がない……なんてこともあるのかな」
「……ねえ、何とか言ってくれよ」
「君には、言いたいことがたくさんあるんだ」
「病院の外に連れ出して、発作を起こさせてしまった事、ちゃんと君に謝りたい」
「後は、病気が治ったらどこに行こうかとか」
「そうそう、君はお父さんの誕生日を、ちゃんと祝った事がないそうじゃないか」
「そろそろ、お父さんの誕生日だろう?」
「今年こそはさ、ちゃんと祝ってあげなよ」
「……なあ、聞いてるのかよ」
「頼むよ……目を覚ましてくれ」
「君がいないと、謝れないよ」
「君がいないと、お礼も言えないよ」
「君がいないと、予定なんて一つも組めないよ」
「君がいないと……好きって、言えないだろ」
夢を見た。
女さんと俺は、もう一度南の島へ旅行に来ている。
俺の隣で無邪気に笑う彼女は、一輪の花のように華憐で、美しい。
やがて彼女は、身に纏っていた全ての服を脱ぎ捨て、水着姿となった。
裸足で駆けていくその姿を、俺はただ見つめていた。
根拠もなく、彼女は泳げるものだと思い込んでいたのだ。
腰まで浸かるまで進むと、彼女は全身の力を抜き、浮力に委ねる。
――ふと気が付くと、彼女は、水面から姿を消していた。
まさか……まさか……溺れているのか?
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
彼女の名を、叫んでいる……つもりが、全く声がでない。
出そうとしているのに、喉に力を入れているのに、口を動かしているのに。
まるで、何かが詰まっているかのように、声が出ない。
待ってくれ……行かないでくれ。
俺が悪かった。
戻って来てくれ。
戻ってくれたら、俺の全ては君に捧げよう。
だから……置いて行かないでくれ。
――男さん。
頭の中で、名前を呼ぶ声がして。
俺は、目を覚ました。
顔を上げると、そこは女さんの病室だった。
脈拍を示す機械的な音が、病室内に連続して響いている。
「なあ、女さん……あれから、もう1年が経ったんだよ」
「もう春だよ。俺と君が初めて出会った、桜の季節だ」
「今日は二つ、報告があるんだ」
「一つは……君の書いた小説が、遂に出版されたんだよ」
「初週売り上げが、1万部を超えたんだ」
「これ、すごいことなんだよ」
「どうやら、口コミで君の本の面白さが広まったらしいんだ」
「でも、慢心しちゃだめだよ? 君はまだ、作家への道を一歩踏み出したに過ぎないんだからね」
「あと、もう一つ」
「これは、俺個人の話なんだけどね」
「もう一度、作家になる夢を追いかけてみようと思うんだ」
「なんでかな、理由は分からないんだけどね」
「君に、負けてられないなって思ったんだよ」
「だからさ……君の背中を追いかけるような形になってしまうけど」
「もう一度、頑張ってみるよ」
そう言って、俺は、彼女の小さな手のひらを握った。
1年にも渡る入院生活で、すっかり痩せてしまったけれど。
その美しさは、未だ健在だ。
「ねえ、女さん」
「もしも君が、目覚めたらなんだけど」
「一つ、お願いがあるんだ」
「俺と、結婚してくれないかな」
「……なんて、ね。バカみたいだ、俺」
「意識のない君に言っても、届くはずないのにね」
その時だった。
一瞬……ほんの一瞬のことだ。
指先が、微かに動いた気がしたのだ。
「……女さん?」
「……ぅ……ぃ……ち……ど」
長いまつ毛が、揺れ始める。
「……もぅ……ぃ……ちど……」
ゆっくりと……その瞼が、開いた。
「もう一度……言ってくれますか?」
「あ……あぁ……」
全く……一体俺は、君に何度泣かされるんだろう。
でも今度の涙は、今までのとは少し違うんだ。
この時初めて、俺は嬉しさから涙を流したんだよ。
「ああ……言うよ、何度でも」
「俺と……結婚してくれ」
彼女の目尻から流れた、一筋の雫。
それは、たった一つの事実を示していた。
彼女は、遂に……日常へ帰ってくることができたのだと。
「……はい」
これにて完結となります
wordで大雑把に文字数を調べたところ、46000字となりました……文庫かよと
まあ、文庫ならば普通、文字数はこの2倍はありますが
これだけの文字数を読んでくださった方、本当に感謝です
お付き合いいただき、ありがとうございます
↓次スレもよろしくお願いします(酉は異なりますが同一人物です)
死んだはずの妻と出会った話
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1497091961/
wordで大雑把に文字数を調べたところ、46000字となりました……文庫かよと
まあ、文庫ならば普通、文字数はこの2倍はありますが
これだけの文字数を読んでくださった方、本当に感謝です
お付き合いいただき、ありがとうございます
↓次スレもよろしくお願いします(酉は異なりますが同一人物です)
死んだはずの妻と出会った話
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1497091961/
リハビリやら再発への備えとか大変だろうけど
ひとまずは意識が戻って良かった
ひとまずは意識が戻って良かった
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