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元スレ電「軍艦と人間、その境界で生きる」
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「怖いのは分かるわ。司令官に何て言われるか分かんないんだものね」
そう言って、ぽんぽんと私の背中をさすりました。
「……でも、大丈夫。きっと何とかなるわよ」
しばらくの後、私から離れ、暁ちゃんは凛とした表情を投げかけます。
その表情は、以前見せたようにとても生き生きとしていました。
「電は私たちの大切な妹なんだから……もし、司令官が見放しても、例えどんな事があっても……私たちだけは決して電を見放さないわ」
次いで、響ちゃんと雷ちゃんも私を見据えました。
その表情は、暁ちゃんと同じく、とても生き生きとしていました。
「今度は必ず護るよ。最後まで、みんな一緒だ」
「そうよ、電! 私たちがいるじゃない! 何も心配する事はないわ!」
私はお姉ちゃん達に泣きそうになりながら答えました。
「……はい。ありがとうなのです」
私はお姉ちゃん達の言葉を胸にしまい込み、お姉ちゃん達と別れ、ひとり執務室へと向かいました。
──────
「……ごめんなさい、お姉ちゃん」
執務室へと向かう廊下の途中。
私の口からぽつりと漏れた呟きと同時に、お姉ちゃん達の励ましの声が、風のように何処かへ消えたような錯覚を覚えました。
私は甘えん坊なのです、弱い妹なのです。
中途半端な、ダメな妹なのです。
それなのに、お姉ちゃん達の優しさについつい甘えてしまう。
そんな私が嫌になりました。
私はお姉ちゃん達だけは私を受け入れてくれると期待してしまいました。
そんな打算を持ってしまう、私自身が嫌になりました。
そして、お姉ちゃん達がそんな私のせいで、軽巡のお姉ちゃんや空母のお姉さんみたいに、ある日突然、居なくなってしまう事がとても怖かったのです。
私はふらついた足取りで、執務室へと向かいました。
──────
「……作戦室からの報告書及び衛星写真には、君は大破した空母ヲ級と接触。その後、応急処置用の備品を明け渡し、離脱したとある」
一枚の報告書を流し目で見ながら話す司令官さんの声色はとても冷たいものでした。
何も言わず、ただ俯いている私をしばらく見つめた後、言葉を続けます。
「いくら終戦があまり遠くない未来とは言え、まだ戦争中だ。これは立派な内通行為と言える」
司令官さんは深い溜息を吐きました。
「駆逐艦・電、本件について何か言い分は?」
その溜息は、私に対しての失望なのでしょうか。
それが司令官さんの私に対しての評価なのでしょうか。
私は私が今まで生きてきた事の意味が更に無くなったような錯覚を覚えました。
私は無理やり口を開き、司令官さんに返答しました。
「ごめんなさい……全て事実なのです……」
「……そうか」
司令官さんはもう一度深い溜息を吐き、書類から目を離し、私に視線を投げかけました。
その静かな目は、いつもの柔和な目とは違い、まるで海底のように深い眼差しなのでした。
「では、何故このような事をした?」
「……それは」
私は答えようとしました。
──待ってなのです。
そもそも、私は何故あのような行動をとったのでしょうか。
『電ちゃんは「人間」だよ』
『ソレトモ同情カ? ハッ、兵器風情が「人間」ノ真似事ナンテ滑稽ダナ!』
何故、私は敵を助けたのでしょうか。
これではまるで敵の言うように、「人間」の真似事なのです。
──滑稽なのです。
『貴様は「兵器」だ』
『貴様ラハ所詮、人間ニ使ワレルダケノ「兵器」ニ過ギナイ』
そうなのです。
私は「兵器」なのです。
深海棲艦を倒すのが任務なのです。
それが私が、今まで生きてきた意味なのです。
──ですが、その任務を全うできませんでした。
でも、あの時の私はそれ以外考えられませんでした。
敵を助ける以外、考えられませんでした。
私のやってきた意味は。
私が生きてきた意味は。
結局のところ、私の今まで生きてきた意味を、私自身が否定してしまったのです。
「……」
「……答えられないのか?」
沈黙は続きます。
時間が解決してくれればどんなに楽だったでしょうか。
ですが、司令官さんの海底の様な目がそうさせてはくれませんでした。
どう話せば、司令官さんが納得してくれるのか。
どう話せば、司令官さんに弁明できるのか。
私は何か話そうをしますが、考えがまとまらず、喉から先、声が出てきませんでした。
司令官さんはそんな私をただ静かに見つめ続けますが、数分の後、諦めたように口を開きます。
「……この場合、規定では軍規違反による処罰を与えねばならん。当然、連帯責任で君たち姉妹もだ」
その言葉に私は絶望しました。
私は青ざめ、震える唇を必死に開き、叫びました。
「そんな……! お姉ちゃん達は関係なく、全て私の勝手な判断でやったことなのです……! 処罰でしたら私だけ……!」
理性的な言葉を司令官さんに投げかけ、弁明しようとしますが、月並みな言葉しか浮かばず、やがて感情を吐き出せないもどかしさに下唇を噛み、俯きました。
そのもどかしさからか、すっーと私の目から涙が零れ落ちました。
私の軽率な行動が、結果としてお姉ちゃん達に迷惑を掛けてしまったのです。
私は何よりもその事が、一番辛かったのです。
私は心の中でお姉ちゃん達に謝りました。
ごめんなさい。
こんなダメな妹でごめんなさい。
今回の出来事で、お姉ちゃん達は私に対して失望するかもしれません。
もしかしたら、笑顔で許してくれるかもしれません。
ですが、どちらにせよお姉ちゃん達に迷惑を掛けてしまった事には変わりありません。
今はまだいいかもしれませんが、中途半端な私は、この先、お姉ちゃん達に沢山迷惑を掛けてしまうのです。
そして、その結果、お姉ちゃん達が私のせいで、突然居なくなってしまう。
私はその事がとても怖かったのです。
私はこの時、お姉ちゃん達と一緒に居る資格なんて私には無いのだと、はっきりと分かりました。
いっその事、これを機にお姉ちゃん達と距離を置こうと思いました。
その方が、ずっと楽なのです。
ひとりの方が、誰にも迷惑を掛けないから、ずっと楽なのです。
涙を流す私を、司令官さんは、ただ見つめていました。
司令官さんが次にその口を開いたその瞬間こそ、お姉ちゃん達との別れだと思いました。
そして、司令官さんは、口を開きました。
「だが、今回の問題はそうした任務や軍規、公についての問題ではない。君の理念について、君自身についての問題だ」
「え……?」
司令官さんの思いがけない返答に私は、泣きながら司令官さんに目を向けます。
司令官さんは今まで被っていた帽子を脱ぎ、先程よりも、深く輝いた眼差しを私に投げかけました。
その目からは、どこか懐かしい温もりを感じさせられました。
「つまり、私はそうしたつまらない建前を抜きにして、君の本心が聞きたいのだよ」
──私の本心?
私は司令官さんの言葉の意味を理解する為に、司令官さんの言葉を心の中で反芻しました。
「何を考え、何を思い、その行動に出たのか? 君の行動理念はなんだ?」
──私の行動理念?
「先程の質問に何故、答えられないのか教えよう」
まるで、私の心の底に優しく触れるような、深く透き通った声で、司令官さんは語りかけます。
「それは、君自身が君自身の言葉で語ろうとしないからだ。だから、こういう時に上手く言葉が出なくなる」
──私自身の言葉?
「君は頭がいい、それに慎重派だ。公の場所で本心や感情を吐露して語った時に発生するリスクを理解している。だが、この問題が解決しない以上、君は同じ行動を何度も取るだろう。だからこそ、私は君自身の言葉を聞いておきたいのだ」
この時、私は私の心の中で何かが外れた音を聞きました。
「上手く取り繕うとするな。私を司令官だと思うな。言葉足らずでもいいから、他の誰でもない、君自身の本心を表現してみろ」
司令官さんはその何かを更に外そうと言葉を投げかけます。
「君の理念は何だ? 敵を打ち倒す事か? 敵味方問わず手を差し伸べる事か?」
そして、司令官さんは一呼吸の後、私の心にぶつける様に言いました。
まるで、濁流のように私の心に押し寄せてくる司令官さんの言葉に、私は眩暈を覚えました。
頭が真っ白になり、顔から血の気が引くのが分かりました。
足元から床が無くなるような感覚を覚えました。
胃液がこみあげてくるような感覚を、口を塞いで必死に押さえつけました。
私の行動理念とは一体何なのでしょうか。
私の生きている意味とは一体何なのでしょうか。
私は──。
私はあまりに「兵器」として生きようとした時間が長すぎました。
私はあまりに「人間」として生きようとした時間が長すぎました。
中途半端に生きた時間が、あまりにも長すぎました。
私は私の心の中の感情を必死に探しました。
私は私の心の中を表現する言葉を必死に探しました。
私は、ふと私の心の奥底に触れた感覚を覚えます。
かちり、と何かが噛みあった音が私の頭に響きました。
その音と同時に、世界に色が戻りました。
足元から伝わる床の感覚が戻りました。
先程までの吐き気が何処かへ消えていきました。
私は顔を上げ、今、まさに目の前に居る司令官さんを見据えます。
「……おかしい……ですか?」
そして、私の心の奥底で見つけた、ふたつの感情が、私の口から吐き出されました。
「戦争には勝ちたいけど、命は助けたいって……おかしいですか?」
もういいのです。
「私たち兵器が、例え傷ついた敵でも助ける姿は、人間である司令官さんにとっては滑稽なのですかっ!?」
私は生まれて初めて、「司令官さん」に向けて、私の心情を吐き出しました。
「人間みたいに振る舞ってはおかしいのですかっ……!?」
司令官さんの言った通り、私自身を表現することに決めました。
「兵器としての任務は全うできず……人間としての幸せを願うこともできず……どちらにもなれない中途半端な私はどうすればいいのですかっ!?」
ひとつ、吐き出されたのは、叫びにも近い自己否定の感情でした。
「暁ちゃん、響ちゃん、雷ちゃんは……そんな私みたいな、中途半端な妹でも、決して見放さないって言ってくれたのです……外の世界で一緒に暮らそうって言ってくれたのです……」
ふたつ、吐き出されたのは、そんな私を受け入れてくれたお姉ちゃん達への謝罪の感情でした。
「ですが……ダメなのです……こんな中途半端な私が、外の世界で生きていけるはずなんてないのです……お姉ちゃん達にたくさん心配を掛けてしまうのです、たくさん迷惑を掛けてしまうのです……」
ごめんなさい、暁ちゃん。
ごめんなさい、響ちゃん。
ごめんなさい、雷ちゃん。
「こんな私のせいで、大好きなお姉ちゃん達が居なくなってしまうのは、もう嫌なのですっ!」
こんな私に、お姉ちゃん達の妹で居る資格なんて無いのです。
こんな私と、一緒に住む資格なんて無いのです。
「私は……鎮守府の外で人間として、生きていく自信がありません……この鎮守府の中で兵器として、生きていく自信がありません……お姉ちゃん達と一緒に生きていく自信がありません……」
このふたつの感情は、司令官さんに向けられた感情でもあり、私自身に対しても向けられた感情なのでした。
「そんな私は……この先、どうやって……生きていけばいいのですかっ……!?」
私の目から涙がぽろぽろと零れ落ち、執務室には私の嗚咽だけが響き渡りました。
私はただ、司令官さんの言葉を待ちました。
もう疲れたのです。
これで最後にするのです。
「貴様は兵器だ」と言われたらそう生きる事に決めました。
鎮守府で一生を過ごそうと決めました。
「君は人間だよ」と言われたらそう生きる事に決めました。
外の世界で一生を過ごそうと決めました。
私は司令官さんの言葉に従う事に決めました。
そして、お姉ちゃん達とは別々に生きようと決めました。
その方が、ずっと楽なのです。
ひとりの方が、誰にも迷惑を掛けないから、ずっと楽なのです。
お姉ちゃん達が私のせいで居なくならなくて済むのです。
それが、一番正しい選択のはずなのです。
司令官さんは執務机から立ち上がり、私の目の前までゆっくりと歩み寄ると、私の目線の高さまでしゃがみ込み、涙が零れ落ちる私の目を捉え、口を開きました。
そして、司令官さんの発した言葉は、私の期待を大きく裏切りました。
その声は、何時もの司令官さんのぶっきらぼうな口調ではなく、今まで聞いたことのないような、とても優しく、そして温かい声でした。
その眼差しは、いつもの柔和な目に加え、先程よりも更に温かいものでした。
「……あるが……まま?」
私は司令官さんの言葉を反芻しました。
「そう感じるのは、君は兵器でもあり人間でもある、艦娘だからなんだよ」
「かん……むす……」
「そうさ。軍艦としての電、人間としての電。そして、その中間の艦娘である電。どれも君自身だ」
司令官さんは、優しく頷き、言葉をつなぎます。
「兵器として戦う事が出来るし、人間として例え敵でも助ける事が来るんだ。白か黒かではないよ。その中間。言ってしまえば、君はそのどちらでもあると言えるかな」
そう言って司令官さんは、私の目の前で手に持っていた報告書を破り、ポケットの中にしまいました。
「だから、君の考えは、何もおかしくはないよ」
そうして、司令官さんは私の手を優しく握りました。
「いいかい? 『兵器として生きろ』、『人間として生きろ』は、君が出会った者たちが勝手に植え付けた君のイメージに過ぎないよ。例え司令官という肩書を持っていたとしても、化けの皮を一枚剥げば、それは只のちっぽけな人間に過ぎない」
その手は昔、軽巡のお姉ちゃんが頭を撫でてくれた様に温かかったのです。
「そんな者たちの言葉に惑わされちゃいけない。どちらかにならなければいけないという考えを捨てなさい。それだと、君の世界をより窮屈にしてしまう。艦娘にとっては、どちらも等しく重要な要素なんだ。どちらかを拒絶して、いずれかの極端に縋り付いた先は、何てことはない……限界という名の行き詰まり、つまりは破滅を意味する」
その手は昔、空母のお姉さんが握ってくれた様に温かかったのです。
「問いを深めるのも大切だけど、自分の存在を素直に認める努力をしていく事の方がもっと大切だよ」
その手はさっき、暁ちゃんがそっと抱きしめてくれた様にとても温かかったのです。
「だから、君はどちらとしても生きていいんだ。少なくとも私が許そう」
私はしゃくりあげたまま、司令官さんに問いかけます。
「……こんな中途半端な私でも……いいのですか?」
その問いに、司令官さんは優しく答えます。
「むしろ中途半端の方がいい。それは他の誰にもない、すごく大きな強みだ。それは、君はどちらにもなれるという、無限の可能性を秘めているという事だからね」
私はしゃくりあげたまま、更に司令官さんに問いかけます。
「……こんな私でも……生きている意味があるのですか?」
その問いに、司令官さんは力強く答えました。
「だからこそ、君は今、生きてここに居ると言える。艦娘・電としてね」
私は先程よりも、ずっと大きな声を上げて泣きました。
やっと肩の荷が下りました。
やっと中途半端な私を認めてくれる人がいました。
私は囚われていました。
どちらかで生きる必要はない、どちらとしても生きてきた事が大切だったんだと。
やっと私の存在意義が解りました。
こうやって「艦娘」として、「電」として生きている事こそ、私が今、生きている意味だったんだと。
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