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元スレ電「軍艦と人間、その境界で生きる」
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私は──。
私は、「兵器」として生きていけばいいのか、「人間」として生きていけばいいのか。
この先、どちらを選んで生きていけばいいのか、私にはわかりませんでした。
いずれはどちらかを選ばなければいけないでしょうが、私は結局どちらも選べませんでした。
私は、そんな中途半端な私の存在が嫌になりました。
私は、兵器としても人間としても生きる事を許されない、「艦娘」という私自身の存在が嫌になりました。
軽巡のお姉ちゃんや空母のお姉さんが沈んでしまったのに、こんな中途半端な私が生きていて、果たして許されるのでしょうか。
こんな私に生きている意味なんて、本当にあるのでしょうか。
戦争はまだ続きました。
もし、私が平和な世界に生まれたなら。
もし、私が艦娘として生まれなければ。
もう少し、違った生き方が許されたのでしょうか。
――――――そう感じるのは、君は「兵器」でもあり「人間」でもある、「艦娘」だからなんだよ。
──────
「この度、着任する事になった――だ。よろしく頼む」
前任の司令官さんの失踪からしばらくの後、新しい司令官さんが着任しました。
40代ぐらいの司令官さんは、とても変わった人なのでした。
身なりはキチンとしてはいましたが、その顔は、お年に似合ず、死んだ人の様な顔つきなのでした。
まるで、失踪前の前任の司令官さんのようなのです。
最初の頃は、他の艦娘たちもその司令官さんの姿に不安がり、大本営が死人を送りつけてきたと揶揄される事もありました。
たったひとつ、死人と違うところを上げるとすれば、水底のように深く、静かに光らせた柔和な目だけが、司令官さんは死人ではないと物語っていました。
その目は、私が見た他のどの司令官さん達にも無かったものなのです。
──────
この時は、戦争も既に佳境に入っており、深海棲艦との戦いも、よりいっそう激しさを増して行きました。
それもあってか、大本営はこれ以上の戦いは共倒れの可能性があり、更には国民の間に厭戦感情が蔓延していた事もあり、深海棲艦側との交渉が可能だという事が判明してからは、ある程度の譲歩の元、停戦に持ち込もうとする動きがありました。
しかし、それが末端に伝わるわけもなく、私たちは相変わらず戦争を繰り返していました。
そんな中で唯一うれしい事があったとすれば。
「あら! 久しぶりじゃないの、電!」
「えっ……暁ちゃん? それに……」
「電、давно не виделись(久しぶりだね)」
「久しぶり、電! 元気だった?」
「響ちゃん、雷ちゃんまで……どうしてみんな、ここにいるのですか?」
艦娘として一緒に生まれたお姉ちゃん達と再会出来た事なのです!
「あれ、聞いてなかったのかい? 今日からここの鎮守府に配属になったんだ」
クールな口調で話す響ちゃん。
「そういうことよ! 私が来たからには安心しなさい」
ふふん、と鼻を鳴らす暁ちゃん。
「それにしても電は秘書艦なのね! お姉ちゃんとして誇らしいわ! でも、何かあれば私に頼ってもいいからね!」
腰に手を当て、ニカっと八重歯を見せる雷ちゃん。
みんな、昔見た時よりもずっと大人っぽくなってはいましたが、性格はあまり変わっていなくて、とても安心しました。
それだけが、私がこの戦争の中で得られた喜びであり、幸せなのでした。
──────
「それにしても、司令官さんは凄いのです」
「……凄い、とは?」
この司令官さんはとても無愛想なのでした。
基本的に私的な事を話そうとはしません。
会話も事務的に済ますことが殆どでした。
こうやって話しかけている間でさえも書類から目を離そうとはしません。
最初、会った時はあまり良い印象を受けませんでした。
『貴様は「兵器」だ』
そう言った、最初の司令官さんと同じ事を言われるかと思いました。
でも、そんなことは一言も発さずに、ただ淡々と私たちに指令を下しました。
「これだけの戦果を挙げておきながら、誰も沈める事がないのです。何か秘訣でもあるのですか?」
しかも、司令官さんは私が知っているどの司令官さん達よりも戦果を挙げていました。
それなのに、大破はあっても、艦娘を沈めさせる事はありませんでした。
職務以外でしたら司令官さんは、私がお昼に誘えば断る事はしません。
私が話しかければ、余程の事がない限り、話を返してくれます。
ですので、決して悪い人ではない筈なのです。
戦艦や空母からは短く的確な指示を飛ばす事で信頼が厚い司令官さん。
軽巡や駆逐艦からはぶっきらぼうながらも相談に乗ってあげる司令官さん。
そんな事もあってか、比較的みんなから慕われていました。
――正直な所、この時の私は、この司令官さんの事が苦手でした。
決して悪い人ではない筈なのです。
ですが、司令官さんが私の事を、艦娘たちの事をどう思っているのか、全く解らなかったのです。
それでも、何とか会話を重ねて司令官さんの事を理解してみようと、私は頑張ったのです。
「自ずから然るだ」
しばらくの沈黙の後に、司令官さんは顔を上げ、私の方へと顔を向けました。
そう答えた司令官さんの顔は、戦果を上げたとは思えないほど、とてもつまらなそうな顔でした。
「流れに無理やり乗ろうとするとこちらの損害が増えるし、逆に憶病になっていたら相手に主導権を握られてしまう」
「ええと……ごめんなさい、よく解らないのです」
「難しく考えない方がいい。戦いは全て簡単な駆け引きだ。相手が引いたなら、こちらが押し、相手が押してきたら、こちらが引く。そうやって流れのまま戦う。これさえ出来ていれば、まず負けはしない」
どこかで聴いたことがある返答に私はドキリとしましたが、司令官さんは言葉を続けます。
「そして、何も考えず、成すべき事を淡々と成す事だ。戦果が欲しい、地位を上げたい、もっと上手く出来ないか……そうした欲に目を奪われない事だ」
「欲、なのですか……?」
「ああ。欲に目を奪われては、今、目の前に起きている現実に目を背けてしまう。そして、知らぬ間に現実の波に飲み込まれてしまう」
司令官さんは小さな溜息を一つ吐きました。
「これは陸での戦いの話だが、例えばナイフを持った相手が君に迫ってきたとしよう。君は逃げられない、凶刃は君の直ぐ目の前だ。君ならどうする?」
「ええと……」
私はしばらく考えた後に、答えました。
「……無我夢中で何とかしようとするのです」
司令官さんは私の言葉に一瞬嬉しそうな笑みを浮かべましたが、直ぐに無表情に変わりました。
「その通りだ。相手に勝ちたいとか相手を倒して賞賛されたいとか、ナイフが迫ってきている瞬間にそんな事を考える輩など何処にも居ない。仮にそう言った事を考える輩が居るとすれば、それは目の前で起きている現実に目を背けていると言う事に他ならない。それが欲だ」
そうして司令官さんはもう一度小さな溜息を吐きました。
「海での戦いも同じだ。君たちを指揮する私が欲の波に飲み込まれれば当然、その場で戦う君たちもその波に飲み込まれる。陳腐な言葉だが、欲なく淡々と任務をこなす。そうでもしなければ、司令官は務まらん」
私は、こんな風に戦局を大観して、実際に戦果を残している司令官さんの事を、只々凄いと思いました。
「やっぱり司令官さんは凄いのです! 私ももっと司令官さんを見習わなくちゃ、なのです! 私も部隊を指揮する旗艦なのですから、司令官さんのように、旗艦として皆を沈めさせないようするのです!」
私は目を輝かせて、そのように司令官さんに答えました。
私がもっと早く司令官さんにその事を教わっていれば、きっと軽巡のお姉ちゃんも空母のお姉さんも沈まなかったかもしれないのです。
その事だけが悔やまれます。
ですが、まだ間に合うはずなのです。
これならお姉ちゃん達も――。
「駆逐艦・電」
「残念だが、それは君の驕りだ」
「え……?」
しかし、私の考えとは裏腹に、司令官さんは、先程のつまらなそうな表情とは打って変わり、只々、無表情な顔で、私に諭すように言葉を投げかけました。
私は司令官さんのその言葉に思わず辟易しました。
司令官さんのその時の目は、まるで海底のように深い眼差しなのでした。
その目が私に言葉を紡がせる事を躊躇わせました。
私にはその眼差しが、とても恐ろしいもののように感じさせられました。
「人の生き死に、それは天のみぞ知る。私や君がいくら策を弄した所で、時の運によっては部下が沈む事だってある。そこは自然の流れに任せる他ない。私は司令官として、その流れの中で私の全てを表現するだけだ」
そう言った司令官さんは、先程と表情を変え、在りし日の軽巡のお姉ちゃんや空母のお姉さんが見せた様な笑いを私に投げかけました。
「それで部下が沈み、他の部下に恨まれたり、刺されたりしても、私は一切文句は言わんよ。私が指揮をした結果だ。あるがまま受け入れよう」
その微笑はとても悲しく影がありましたが、とても優しい顔なのでした。
「この波を上手く乗り切れば、直に戦いも終わるだろう。それまでは、よろしく頼むよ」
──────
その後も司令官さんは、皆を沈めさせる事無く、戦果を挙げていきました。
気が付けば、この鎮守府は以前よりも戦力が増し、今では重要な拠点の一つとなっていたのです。
その功績から、司令官さんは何度も勲章を貰いました。
しかし、司令官さんは相変わらずつまらなそうな顔で、まるで腫物を扱うように勲章を戸棚の奥へとしまい、粛々と任務をこなしていきました。
──────
「司令官さん。もしダメじゃなければ、お姉ちゃん達や鎮守府の皆と一緒にクリスマスパーティーを開きたいのです」
クリスマスの数日前。
ふと私は、空母のお姉さんと前任の司令官さんの事を思い出し、今の司令官さんに提案しました。
「軍紀を乱さなければそれでいい。君の好きにしたまえ」
司令官さんは何時もの仏頂面とは裏腹な言葉を私に投げかけてくれましたので、私は司令官さんの代わり、秘書艦として、季節の催しを率先して開きました。
クリスマスから始まり、節分やバレンタインデーのチョコレート作り、鎮守府内での細やかなお祭りやお正月、秋刀魚を取ったりなど、前任の司令官さんと同じように、でも今度はお姉ちゃん達と協力して催しを開きました。
どれもとても楽しい時間なのでした。
その後も私は、秘書艦として頑張りました。
お姉ちゃん達と戦いに出る事もありました。
でも時々、休みをもらってはお姉ちゃん達と遊んだりもしました。
その時ほど「兵器」とか「人間」とかを考えずに過ごせていた時間は無かったと思います。
──────
「……ねぇ、電」
「……ん……暁ちゃん? ……どうしたの?」
そんな日々が続いて早1年。
お姉ちゃん達と同じ部屋のベットで寝ていたある晩のことです。
暁ちゃんが寝ている私を小さく揺さぶって起こし、語りかけました。
「……少し、怖い夢を見てしまったのよ。一緒に寝てもいいかしら?」
「うん……いいよ」
私がそう言うと、暁ちゃんは私の布団へと潜り込み、そして私をそっと抱きしめました。
「……暁ちゃん?」
「……」
しばらくの後、暁ちゃんは意を決したように私へと視線を投げかけました。
「……電はさ……この戦争が終わったら、どうするか決めてるの?」
「……え?」
『日本国政府、深海棲艦との間に停戦協定の兆し! 締結秒読みか!?』
この頃には、深海棲艦と停戦協定を結ぶ為の専門の機関が国で組織され、日夜、交渉に当たっていました。
それもあり、戦争はまだ続いていたものの、連日そうしたニュースが世間を騒がせていました。
誰だって戦争は嫌なのです。
日に日に増す終戦ムード。
私は終戦後の事なんて考えていませんでした。
「……まだ決めてないのです」
「そう……私ずっと考えていた事があるの」
暁ちゃんは優しく、そして凛とした表情を私に投げかけました。
「この戦争が終わったら、鎮守府を出て、私たちと一緒に暮らさないかしら?」
その表情はとても生き生きとしていたのです。
私は暁ちゃんの表情を見て、とても断る訳にはいかず、二つ返事で首を縦に振りました。
それを見た暁ちゃんは、安心した表情で私を強く抱きしめました。
その温もりはとても温かったのです。
「そう! よかった、実はもう響と雷にはこの事を話していたのよ。これで皆仲良く暮らせるわ」
ごめんなさい、暁ちゃん。
正直、私はどうしたら良いか決めかねているのです。
私は終戦後の事なんて考えていませんでした。
いえ、考えないようにしていました。
だって「兵器」としても「人間」としても中途半端に生きてきた私が。
鎮守府の外で人間として生きられるのか、ましてや戦後、どうやって生きていけばいいのだろうか。
全く答えが見つかっていなかったからなのです。
──────
「こちら駆逐艦・電より作戦室。定時連絡、輸送部隊に異常なし。予定通りの海路で○二○○に入港予定。どうぞ」
『作戦室より駆逐艦・電。了解、継続して暁、響、雷と共に輸送任務に当たれ。通信終わり』
「……どうやら何事も無く終わりそうだね」
「そうね、響。怖いくらい順調に行ってるわね。レディーとしてはちょっと刺激が足りないかしら」
終戦が近い、ある冬の日の事です。
私たち姉妹は、他国から輸入される資源を母港へと運ぶ遠征任務に就いていました。
「……あれ?」
「どうしたのです、雷ちゃん?」
「……あそこの孤島で何か動かなかった?」
そう言って雷ちゃんは、直ぐ先にある輸送ルート上に存在する孤島を指さしました。
怪訝そうな表情で響ちゃんは孤島を見据えます。
「ソナーには反応なし……待ち伏せ、かもしれないね」
響ちゃんの言葉に私たちに緊張が走ります。
暁ちゃんはゆっくりと砲塔の安全装置を解除しました。
「どうするのよ? 私たちの任務はあくまで資源輸送任務よ。敵の数にもよるけど、交戦したら、任務どころじゃなくなるわ」
お姉ちゃん達の視線は、旗艦である私に向けられます。
私は寸秒の後、考えをまとめて、口を開きました。
「……とりあえずは何時でも攻撃できるようにゆっくり静かに進むのです。敵を見つけ次第、直ぐに指令室に連絡しながら撤退。敵の数によっては資源をその場に投棄する必要もあるのです」
お姉ちゃん達はその答えに満足したように頷きました。
「そうね……雷の見間違えって事もあるけど、油断は出来ないわよね」
「そうだね。じゃあ、任務を続けようか」
「んー、腕が鳴るわね!」
そうして、私たちは敵が待ち伏せしていた場合の事を考え、船速を下げ、孤島へと近づきました。
流石にこの戦争を生き抜いてきただけあって、お姉ちゃん達の錬度は高く、その動きに無駄が何一つありませんでした。
私たちは孤島の岩陰を利用し、敵から不意打ちを受けないよう、警戒しつつ、資源を運びました。
「!……待って、岩陰に誰かいるのです」
私は声を潜めてお姉ちゃん達に投げかけます。
その言葉にお姉ちゃん達にも緊張が走りました。
「……クソッ……艦娘ドモメ……」
私が岩陰で見つけたのは、大破した空母ヲ級なのでした。
雷ちゃんは恐らくこのヲ級の影が動くところを見たのでしょう。
勿論、大破しているので攻撃能力はありません。
それに、今の時間は夜なのです。
見た限りフラッグシップでは無い為、いまの時間帯に艦載機を飛ばす事は出来ないはずなのです。
「……そういえば昨日、ここから近い場所で別の鎮守府が大本営の指示を無視して大規模な戦闘を行ったらしいわ。多分、その生き残りかしら……」
声を潜めて暁ちゃんは言います。
「こちらには気づいてない……他に人影は無し……どうするんだい?」
辺りを警戒しつつ、私に指示を促す響ちゃん。
「怪我しているわ……罠かもしれないけど、いくら敵でも放っておけないわよね……」
雷ちゃんは複雑そうな顔を私に投げかけます。
いくら敵とはいえ、戦闘能力を失った敵を撃つのは、流石に躊躇いました。
再びお姉ちゃん達の視線は、旗艦である私に向けられます。
「……私が行くのです。あの位置なら、敵からの奇襲があっても上手く対処できるのです。念の為、お姉ちゃん達はいつでもサポート出来るようにお願いするのです」
しばらくの後、私は意を決してお姉ちゃん達に言いました。
その答えにお姉ちゃん達は頷いて同意してくれました。
「……分かったわ。気を付けてよ、電」
そうして私はお姉ちゃん達から離れ、ヲ級に砲塔を向けつつ、ゆっくりと近づきました。
「……!」
ヲ級は私の接近に気が付くと、直ぐに艦載機を発艦させる準備をします。
「ク……来ルナッ!」
しかし、大破して、しかもフラッグシップでは無い普通のヲ級である以上、その行為は只の見せかけに過ぎないのは分かっていました。
近付くにつれて、ヲ級の表情は鮮明に私の目に映りました。
それは怒りなのか恐怖なのか分かりませんが、ただ、恨めしそうな表情で私を見据えています。
この様子から、待ち伏せという線は薄くなりました。
恐らくは暁ちゃんが言っていた通り、別の鎮守府との戦いでの生き残りなのです。
私は海と陸とでお互いが話せる距離まで近づき、口を開きました。
「……怪我をしているのですか?」
しかし、私の言葉とは裏腹に、その言葉を聞いたヲ級の顔はみるみる怒りに染まりました。
「ウルサイッ! ドウセ殺ス癖ニ、ヨクソンナ台詞ガ吐ケルナッ!」
私は殺すつもりは全くなかった為、ヲ級の思わぬ返答に辟易してしまいます。
「……畜生ッ……私達ガ何ヲシタッテ言ウンダ! 確カニ戦争ヲ始メタノハ私達ダガ、ソンナノハ始メダケジャナイカ!」
ヲ級はさらに私に対して言葉をたたきつけました。
その言葉は只々、私の心を抉りました。
「結局オ前達ハ、私達ヲ都合ノ良イ敵ニ仕立テ上ゲテ、タダ自身ノ保身ヤ自己満足ノ為ダケニ私達ヲ殺シテイルダケジャナイノカッ!……聞イタ話ダト、貴様ラノ言ウ提督ハ、私達ヲ殺シタ数ニヨッテ、勲章ヤ地位ガ決マルミタイダッテナ……違ウカッ!?」
「それは……」
私は口を開こうにも、反論の言葉が見つかりませんでした。
私たちの司令官さんは違うと言いたいところなのですが、少なくともヲ級が言った言葉は間違ってはいなかったからです。
「オ前ラハ、イツモ私達カラ奪ッテイク……!」
ヲ級はその目から大粒の涙を流しました。
ただヲ級の嗚咽だけが、月明かりが照らす、冬の孤島に響き渡りました。
「……部隊ノ仲間ハ皆死ンデシマッタ、残リハ私一人ダケダ……モウ嫌ダ! 頼ム、殺セ、殺シテクレッ! ソレデ貴様ラハ満足ダロ!」
そうして、藁をも縋るような目で私の砲塔を見据えました。
私は――。
私は悟ってしまいました。
結局、敵と言っても私たちと何ひとつ変わらないのだと。
感情も抱く、コミュニケーションも取れる。
ましてはこうやって死を懇願してきたのです。
そう考えると、深海棲艦は、私たち艦娘と何ひとつ変わらない存在なのです。
では、私のやってきた戦いの意味は。
私が生きてきた意味は。
「貴様ラハ所詮、人間ニ使ワレルダケノ兵器ニ過ギナイ」
『艦娘は深海棲艦を倒す兵器である』
「ソレトモ同情カ? ハッ、兵器風情が人間ノ真似事ナンテ滑稽ダナ!」
『貴様は「兵器」だ』
「殺スナラサッサト殺セ! 精々、私ノ首ヲ犬ノ様ニ咥エテ持ッテ帰リ、人間様ヲ喜バセルガイイサ!」
私はその言葉で今まで失われていた何かを思い出しました。
その時、私の目に映っていたのは、死を望むヲ級の姿ではなく、今まで私たちが沈めてきた、深海棲艦のひとりに過ぎない、敵の姿なのでした。
ええ、そうなのです。
私は兵器なのです。
艦娘は深海棲艦を倒すのが任務なのです。
軽巡のお姉ちゃんや空母のお姉さんが沈んでしまったのに、こんな中途半端な私が生きている。
その存在理由だけが、中途半端な私が生きている意味なのです。
その存在理由だけが、私の中途半端な存在を許してくれるのです。
そして、ここで倒さなければ、お姉ちゃん達に危険が及ぶのです。
もう、私は、「お姉ちゃん」を失いたくは無いのです。
「……」
私は涙でぐちゃぐちゃになったヲ級の顔に、砲塔を向けました。
私は艦娘である以上、ここで撃たなくてはならない。
敵を倒さなくてはならない。
お姉ちゃん達を守らなくてはならない。
そういった脅迫概念が私の心を支配しました。
「……」
ヲ級は泣きながら、私を見据えます。
そうだ、それでいい。
それが本来あるべき艦娘の姿だ、とでも言わんばかりの表情なのです。
そして、私は――。
――私は静かにお姉ちゃん達に合図を送りました。
心配そうに私を見るお姉ちゃん達はすぐに意図を察したのか、一言も話さずに資源を牽引し、その場を離脱します。
「……この付近には私たち以外に艦娘はいないのです。もし、撤退するのなら今の内なのです……私たちに攻撃するようなら、その時は撃つのです」
私は各自に支給された最低限の航行が可能になる応急処置キットをヲ級へと投げ渡し、直ぐにその場を去りました。
背後で何か言葉が聞こえましたが、私は耳を塞ぎ、全速力でお姉ちゃん達の後を追いました。
──結局、私は撃つことが出来ませんでした。
それは、古の救命艦の記憶からきた行動なのか、私にはわかりません。
もし、助けた敵がその場で自害したとしても。
もし、助けた敵がその場で攻撃してきたとして、お姉ちゃん達に害が及ぶとしても。
もし、助けた敵が他の艦娘に沈められてしまう運命を先延ばしにするだけだったとしても。
例え、どんな結果になろうとも。
今、この瞬間に助けないという選択肢は、その時の私にはありませんでした。
それしか、考えられませんでした。
──────
『駆逐艦・電。遠征直後で悪いが至急、執務室に来るように』
帰港後、私たちを出迎えたのは、基地内のスピーカーから聞こえる、抑揚のない司令官さんの声なのでした。
「……もしかして、敵に備品を渡したのがバレたのかしら?」
「帰投したばかりだってのに、全く司令官ったら……」
「だけど、これはちょっとまずいね……電?」
「……」
私はと言うと、先ほど敵が言った言葉が頭から離れず、青ざめた表情で俯きました。
そして、追い打ちを掛けるようにスピーカーから発せられる司令官さんからの呼び出しに、ただ恐怖しました。
私はとても怖かったのです。
あの司令官さんからどんな言葉が発せられるのか私には想像が付きませんでした。
恐らく、1人目の司令官さんでしたら私に処罰を加えたでしょう。
恐らく、2人目の司令官さんでしたら私を許してくれたでしょう。
分かり切っている事ほど、気が楽な事はないのです。
司令官さんは今回の出来事に対して、私にどんな評価や価値を下すのでしょうか。
司令官さんは今回の出来事に対して、どんな意味を与えるのでしょうか。
そして──。
暁ちゃんは、私に呼びかけて、私のすぐ近くまで歩み寄ると、そのままそっと私を抱きしめました。
その温もりは今の私には勿体ない程、とても温かかったのです。
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