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元スレ八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「きっと、これからも」
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それからの風景 その8
春香「社会科見学、か。なるほどねー」
ふむふむと納得したように頷く目の前の少女。
彼女こそ今最もトップアイドルに近い――否、トップアイドルと言っても過言ではない少女。天海春香である。
以前会った時のように変装はしているが、その身体から溢れ出るオーラは誤摩化しようがない――
春香「なんだか懐かしい響きだね。私も小学生の頃に工場とかに行ったなぁ」
八幡「そ、そうか」
――こともないかもしれない。
目の前で思い出に浸るように微笑む天海。
威圧感などは全くなく、むしろ妙な人当たりの良さを感じる。
なんというか、”普通に”可愛い女の子であった。
そのあどけない仕草に、少しばかり拍子抜けしてしまう。
春香「事務所を見に来る人がいるって事はプロデューサーさんから聞いてたけど、まさか君だとは思わなかったからビックリしちゃった」
八幡「ああ、俺もかなり驚いたよ」
と、冷静な風に口にはしたものの、実際の俺の心境としては正直動揺しまくりである。
765プロ!? まさかの765プロ!? なして!? めっちゃ緊張するっつーか怖いっつーか確かに勉強にはなりそうだけど来て良いもんなのかそもそもちゃんと話通ってんのかやよいちゃんに会えるぅーーーっ!!
と、可能であれば今ここで叫び出したいくらいであった。やってくれるぜちひろさん……
春香「……そういえば、あの後は大丈夫だった?」
少しだけ躊躇いがちに訊いてくる天海。
最初はなんの事かと不思議に思ったが、よく考えれば一つしかない。天海と会ったのは前回会ったあの時だけ。ならば、駅の待合室から飛び出したその後のことだと思い至る。
八幡「ああ。……あの時は、助かった」
少々照れくさいが、それでもちゃんと礼を言っておく。
本当に、あの時天海と巡り会えなければ、きっと俺は後悔していたから。
今の俺は、きっといない。
春香「……そっか。それなら良かった」
嬉しそうに笑う天海。
本当に、テレビで見た通りに笑うんだな。
何となく、そんな感想が頭に浮かんだ。別にそれは悪い意味ではなく、むしろこんなにも自分を偽らずアイドルしてる事に好感すら覚える。
その姿を見ていると、かつてプロデュースしていた彼女たちを思い出す。一流のアイドルというのは、皆こうなのだろうか。
それはたぶん希望的観測で、それでも、そうだったら良いなと、素直にそう思った。
春香「とりあえず立ち話もなんだし、事務所に入ろっか。私が案内するよ」
八幡「え。いやちょっ…」
そこで天海の突然の申し出。
俺が何か言うよりも早く、妙に楽しそうにさーさーと俺の背中を押して階段へと向かおうとする天海。
いや、つーかその自然なボディタッチやめてくれ。すんげーむず痒いし恥ずかしい。これを恐らくは素でやってるというのが何ともまた恐ろしい。一体どれだけの男子が犠牲になったのやら……
俺も特段反抗する理由も無いので、天海に促されるまま階段を上る。
するとその横を天海は少し駆け足で追い抜き、上り切った所にある扉の前で立ち止まると、くるっと回るようにこちらへと振り向く。
そして追いついた俺を見て、彼女はとても楽しそうに笑った。
春香「ようこそ、765プロへ!」
……さっきの普通に可愛いは撤回だな。
超絶可愛い。これが、トップアイドル天海春香か。
*
「とまぁそんな感じで、今日は事務所でやってる主な仕事を見て貰おうと思うんだが……どうかな?」
八幡「はい。よろしくお願いします」
俺の反応を伺うように尋ねる眼鏡の若い男性。
その顔を見る限り、彼にも少しばかりの不安が見て取れる。
今俺は765プロ事務所奥にある、応接スペースにて今日一連の説明を受けている。
対応してくれているのは、もちろんこの765プロのアイドルたちを導いている張本人、プロデューサーその人である。
俺からすれば、遥か高みに立つ大先輩と言えるな。
……だと言うのに、目の前の彼はとても謙虚であった。
P「本当にこれだけでいいのかな。可能な限り俺の経験も話そうとは思うけど、それで力になれるかどうか……」
八幡「いや、勿体ないくらいですよ」
苦笑しつつ言う彼に対し、慌ててフォローを入れる。
八幡「むしろ、良いんすか? 元とはいえ商売敵だった俺に、ここまでしてくれるなんて」
口に出した通り、ぶっちゃけ申し訳ないのはこっちの方だ。
事務所の中など社外秘の情報でいっぱいだろうに、こんな自由に見て良いとは。正直こっちが心配になるレベルである。
P「大丈夫だよ。見て貰うと言っても、基本的な事務仕事が中心になるだろうし、本当に重要な資料とかはきちんとしまってあるから」
八幡「はぁ……」
P「だから、折角来て貰ったのにこれくらいしかしてあげられなくて、申し訳ないくらいだよ」
そんなものなのか。
それならば俺としても遠慮無く勉強させて貰うが……後で怒られたりしないよね?
P「それに、君もプロデューサーとして一年やっていたんだろう? なら、もしかしたら既に知ってる事ばかりで退屈させてしまうかもしれないね」
そう言って、また苦笑い。
たぶん、嫌味ではなく本心で言ってるんだろうな。だとしたらそれこそ要らぬ心配だ。
八幡「いや、俺なんて本当の意味じゃプロデューサーとは言えないですから、助かります。正式な社員だった人たちに比べたら全然ですよ」
所詮は企画で選ばれた一般人のプロデューサー。やっていた仕事も少なければ、課せられる責任も大きく違う。
それ故、この765プロで得られるものが無いなどあり得ない。
八幡「だから、精一杯勉強させて貰います」
そして、もう一度深く頭を下げる。
P「……分かった。なら、俺も力になれるよう頑張るよ」
俺の様子に少しだけ驚くと、彼は微笑み、そう言ってくれた。
P「だけど、プロデューサーとは言えないってのは頂けないな」
八幡「え?」
P「君は、立派なプロデューサーだよ。誰よりも、君自身がそう信じないと」
「プロデュースしてきたアイドルたちの為にもね」と、彼は屈託なく笑う。
数日前、ちひろさんにも似たような事を言われたのを思い出す。俺が否定しても、それでも彼女は俺が良くやってくれたと言って憚らなかった。
俺は、本当に立派なプロデューサーなんだろうか。自分では、とてもそうとは思えない。俺に出来たのはほんのちょっとした手助けで、本当に頑張ったのは、彼女たちのように思うから。
でもきっと、それを言ったらあいつらは怒るんだろうな。今、俺を認めてくれた彼と同じように。
八幡「……はい」
今度は俺が苦笑しつつ答えると、彼はまた嬉しそうに笑った。
プロデューサーさんは、俺が戻ろうとしてる事に対して何も言わない。
本当は思う所があるのかもしれないが、それでも、俺を助けてくれようとしている。正直どう思っているのか気になるのが本音だが、それこそ詮索するのは野暮だよな。
例え回りにどう思われようと、俺は出来ることをする。そう決めたんだ。
「おにぎりたくさんなの~……」
びくっ、と。思わず身体が反応する。
そりゃそうだ。急に近くから声があれば、誰だって驚く。
P「あ、あはは。すまん、寝言みたいだ」
そう困ったように笑うプロデューサー。
視線を横に向けてみれば、その寝言の主がそこにいた。というかそこで寝てた。
少々癖っ毛気味の長い金髪に、ちょっとした親近感を覚えるアホ毛。
可愛らしい寝顔の少女が、ソファへと横たわっている。
星井美希。
言わずと知れた765プロ所属のアイドルだ。ちなみに来た時には既に寝てた。
一応起こそうとはしていたようなんだが、中々起きないし、別に俺も気にする訳でもないので放っておいた結果今に至る。つーか、こんだけ間近で話してよく起きねぇなオイ。
……あとどうでもいいけど、ショートパンツとはいえそんな開けっぴろげに足出すのはどうなの? アイドルとしてそれで良いの? 俺としては役得…じゃなくて目のやり場に困るっつーか視線が吸い寄せられるーー!
そんな俺の葛藤もつゆ知らず、星井は尚も眠り続ける。
美希「すー…すー…」
八幡「……さっき会った天海や、仕事で共演した事がある四条たちもそうっすけど、テレビで見たまんまなんすね。765プロのアイドルは」
P「はは、そこはちょっと自信があるかな。良くも悪くも素直だよ、うちのアイドルは。……伊織以外」
まるで自慢話をするかのように言うプロデューサー(最後のは聞かなかった事にする)。
確かに、その誇らしい気持ちは分かるな。
デレプロのアイドルたちだって、正直びっくりするくらい素直だ。テレビで映る姿のまんまなんだから、それを伝えられないのが歯がゆいくらいである。
P「アイドルたちも何人かは事務所にいるけど、基本は休憩中かスケジュールのチェックをしてるくらいだから、気にせず見学してくれ。……ってのは、さすがに無理か」
自分で言った事が難しいと思ったのか、彼は苦笑いする。
だが、侮ることなかれ。
八幡「大丈夫っすよ。人との関わりを断つのは得意なんで、例えアイドルが相手でもスルーするくらいは余裕です。……やよいちゃん意外」
P「それはそれでどうなんだとか、最後の一言が気になるとか、突っ込み所はあるけど……まぁ、それなら良しとしよう」
「突っ込む!? って、どこに何をですか!?」
なんか別の方角から鳥の鳴き声みたいなのが聞こえてきたが、俺も彼もスルーする。海老名さんのような波動を感じたのはきっと気のせいだろう。
P「さて。それじゃあ早速社会科見学を始めようか、比企谷くん」
八幡「はい。よろしくお願いします」
いざ、どきどき765プロ事務所社会科見学!
本当に色んな意味でドキドキだよ!
美希「あふぅ」
*
P「小鳥さん、この資料コピーしといて貰ってもいいですか?」
小鳥「分かりました。アイドルのみんな分で大丈夫ですか?」
P「そうですね。あ、あと、比企谷くんの分もお願いします」
事務的なやり取りをする二人。
その様子を、プロデューサーさんの隣に座って見る俺。
……なんつかーか、思ったより居辛いな、これ。
見学が始まって数十分。特等席に座らせて貰い見学するのは良いのだが、何とも気まずい。
これも勉強の為だとは分かっているのだが、それにしたってやっぱり緊張する。つーか事務所のレイアウトがなんか凄く既視感あんな。本当にそっくりだ。
小鳥「はい、これは比企谷くんの分」
八幡「あ、は、はい。ありがとうございます」
手渡された資料を一瞬遅れて受け取る。
しかしこの音無さんという事務員さん、美人だよな。スタイルも良いし、充分アイドルでも通用する容姿である。……まぁ、うちのちひろさんも負けてませんけどね!
と、そんな謎の対抗は置いといて、資料の方に目を通す。なになに、来月に行うコラボ企画の概要……って、
八幡「あの、これ俺が見ても大丈夫なんすか……?」
思わずちょっと狼狽える。
さっきは重要な資料は見せないと言っていたが、これも中々重要じゃない? 本当に大丈夫?
P「ああ、それは大丈夫だよ。何せ君の所とのコラボ企画だ」
俺の所?
なんのこっちゃともう一度資料を見返してみる。すると、その概要のコラボ先に見慣れた社名を発見した。
八幡「シンデレラプロダクション……コラボ企画って、合同ライブって事ですか?」
P「そういうこと。凄く面白そうな企画だろ?」
にこやかにそう言ってみせるプロデューサー。
いや、そりゃ確かに面白そうだけど……マジで?
八幡「まさか、765プロと合同でライブするなんてな……」
P「はは、驚いたかい?」
八幡「そりゃ驚きますよ。正直信じられないっす」
あの765プロと、デレプロが一緒に……前までは考えられなかった事だ。
トップアイドルと肩を並べられる程に、あいつらは成長した。その事実が、素直に嬉しかった。
八幡「ってか、俺はもうデレプロの社員じゃないですよ」
P「でも、戻るつもりなんだろう?」
八幡「それは……いや、戻れるかも分からないですし…」
何とも我ながら歯切れの悪い解答である。
だが仕方があるまい。実際戻れる可能性は低いし、そもそも社長に打診したわけでもないのだ。今俺がどうこう言える事ではない。
P「あの社長さんなら、喜んで受け入れてくれると思うけどね」
八幡「知ってるんですか?」
P「ああ。以前からうちの社長と親交があるから、俺も会った事があるんだ」
その言葉を聞いて、昔社長にそんな事を言われたのを思い出す。そういや765の社長と仲が良いんだったな。
八幡「もしかして、俺が今日ここに来られたのもそのおかげだったりします?」
P「さて、どうだろうね。連絡は千川さんからだったけど、社長同士で何か話していたのかもしれないし、何とも言えないかな」
八幡「…………」
デレプロの社長は、俺がプロデューサーに戻りたい事を知っているのだろうか。
ちひろさんに相談している以上、知っている可能性は高い。そして知っていたとして、どう思っているのか。彼が言うように、果たして喜んで受け入れてくれるのだろうか。
P「大丈夫だよ。心配することはない」
俺の考えている事を察したのか、プロデューサーさんは優しい声音で呟く。
隣を見れば、彼は微笑んでいた。
P「そうだ。もしもの時は、うちに来るかい? 優秀な後輩が来てくれれば律子も助かるだろうし、社長も歓迎してくれる」
小鳥「良いですね! それ! 私は大賛成です!」
P「あ、あはは。音無さん、喜び過ぎです……」
冗談めかして言う彼の提案は、とても魅力的だった。
あの765プロで働けるのであれば、これ程面白いことは無いだろう。プロデューサー冥利に尽きると言ってもいい。
……けど、
八幡「ありがとうございます。……でも、遠慮しておきます」
決まっている。だって――
八幡「俺は、あくまでシンデレラプロダクションのプロデューサーなんで」
「元、ですけど」と最後に付け加える。
その言葉を聞いて、彼はまた微笑んだ。
「「お疲れ様でーす」」
少しだけ、いやかなりの緊張感が俺の背中を走った。
扉の開く音の後に、聞き覚えのある声。
このややハスキーな声とめぐりんボイスは……
小鳥「あ、真ちゃんと雪歩ちゃん、帰ってきましたね」
P「お疲れさん。撮影は大丈夫だったか?」
ボーイッシュな黒いショートヘアの女の子に、茶色なボブヘアーの少々気弱そうな女の子。
菊地真に萩原雪歩。知っての通り765プロ所属のアイドルだ。
雪歩「はい。無事に終わりました」
真「プロデューサー、今日は外に出ないんですか……って、あれ?」
話している途中で目が合い、やっとこさ俺の存在に気付く二人。菊地はキョトンとしていたが、萩原は一瞬ビクッと後ずさった。本当に男苦手なんだな。決して俺個人に対して引いたのではないと信じたい。
真「そちらの方は……」
P「ああ、彼が昨日話してた社会科見学生の比企谷くんだよ」
八幡「ひ、比企谷八幡です。よろしく……お願いします」
取りあえず立ち上がって一礼。
ほぼ同い年だし敬語を使うべきか迷ったが、お世話になるわけだし、そもそも初対面なわけだから丁寧にいく。ってかやべーな。こうして見るとマジで二人とも可愛い。まこちんとか女の子じゃん!(当たり前だ)
本当にテレビで見たまんまのその姿に、否応無しに緊張感が昂る。ただのキモオタに成り下がらないよう気を付けねば。
真「そっか、見学の人って君だったんだね。よろしく!」
雪歩「よ、よろしくお願いします」
真「あと、別に敬語じゃなくていいよ。貴音や春香みたいに気さくにさ」
八幡「そ、そう…か? じゃあ、遠慮なく」
そうか、気さくでいいのか。正直敬語はあまり慣れてないから助かる。……元プロデューサーとしてそれはどうなんだって話なんだが。
つーか、今四条と天海がどうのって言ったか? 俺の事も知ってたみたいだし。
八幡「……俺のこと、何か聞いてたりしたのか?」
真「うん。貴音と千早とやよいから、ライブの時の事とかね」
雪歩「あ、あと、春香ちゃんからも……渋谷凛ちゃんのプロデューサーさん、なんだよね?」
八幡「……まぁ、元、だけどな」
何度目になるか分からないこの訂正。
成る程。確かに最初の三人とは共演したし実際にも会った。俺の話を聞いていても不思議ではない。天海も同様。……いや、天海は別に特段話すこと無くないか? 何言ったん? 気になるが、何とも聞き辛い。
雪歩「あ、そういえば、響ちゃんからも…」
真「言ってたね。お寿司食べたんだっけ?」
八幡「あー……あったな、そんな事も」
収録終わりに四条と偶然出くわし、何故かそのまま我那覇と合流して飯に行ったのを思い出す。
そういや、あん時は凛がいなくて前川と一緒だったな。あと、三村。
八幡「面白半分で四条に挑んだ事を反省したよ」
真「あ、あはは」
P「……なんか、うちのアイドルがお世話になったみたいで申し訳ないな」
苦笑しつつそう言うプロデューサーさん。
別にお世話したつもりも無いが……いや、どうなんだろうな、あれは。
雪歩「そういえば、私たちはまだ自己紹介してなかったね」
真「あ、そっか」
八幡「大丈夫だ。さすがに知ってる。特に菊地はうちの家族がファンだしな」
真「えっ、そうなの? なんか照れるなぁ……お兄さんとか?」
俺の発言に気を良くしたのか、嬉しそうに頭をかく菊地。尋ねてくるその瞳は期待に満ちている。
やべーなこれ。めっちゃ答え辛いぞこれ。
真「もしくは、弟さん?」
八幡「ああーっとだな……」
P「あっ(察し)」
なんかプロデューサーさんがいたたまれない表情になっているが、特別助け舟を出す素振りも無い。現実は非情である。
八幡「…………お袋だ」
真「……そ、そうなんだ。…………ありがとう……?」
その笑顔は複雑という表現以外の何者でもない。
まぁファンというだけで嬉しいのも本当だろうし、落ち込む様子を見せないあたりはプロといった所か。
大丈夫! デレプロにも自称ロックを目指すにわかアイドルがいるよ!
小鳥「それにしても、雪歩ちゃんも大分男性の方に慣れましたね~」
真「確かに。前まではこんなに近くに立てなかったもんね」
しみじみ言う音無さんに、同調する菊地。
その二人に言われた萩原は気恥ずかしいのか縮こまっている。
しかし、近くと言っても3メートルは離れてるぞ? そんなに苦手だったのか……
P「雪歩も努力したからな。頑張った成果だよ」
雪歩「そんな、私なんて……プロデューサーさんのおかげです」
慌ててを手を振る萩原。
雪歩「プロデューサーさんのおかげで、少しですけど、克服する事が出来たんです」
思い出すように微笑む萩原は、まるで天使かと見紛うような美しさだった。こりゃやばい。材木座、俺はお前を認めなければならないかもしれん。天使はここにいた。
しかし、気になったのは萩原の台詞。
八幡「凄いですね」
P「え?」
八幡「いや、男嫌いまで何とかするなんて、本当に凄いと思います」
一体どんな手を使ったやら。
これぞ敏腕プロデューサーの成せる技と言った所か。
P「いやいや、俺なんて大したもんじゃない。頑張ったのは雪歩だよ」
雪歩「そ、そんなことないです! プロデューサーさんのおかげですよ!」
八幡「ほら、萩原もこう言ってますし」
P「あ、あはは。参ったな」
困ったように笑うプロデューサーさん。
だが、その顔は満更でもなさそうだ。
P「お世辞でも嬉しいよ」
八幡「そんなつもりはないんすけどね」
P「また、気持ちいい事を言ってくれるなぁ」
そこでプロデューサーさんは一度真剣な表情になると、何故か改めて俺に向き直る。
P「比企谷くん。真面目に俺の後輩にならないか?」
八幡「えっ」
俺が間の抜けた声を出すと、プロデューサーさんはすぐに表情を緩め、照れたように話し出した。
P「いや~実は入社してから同性の後輩なんていなくてさ。こうして比企谷くんと話してたら、良いものだなって思ってね」
八幡「は、はぁ……」
成る程。そういう事か。
確かに、自分以外全員女性というのも中々堪えるだろう(社長は別)。年頃の男性となれば尚更だ。
小鳥「ですよね! 良いものですよね! 私は大賛成です!」
真「小鳥さん、喜び過ぎだよ」
雪歩「……私も、良いものだと…」
八幡「えっ」
なんて雑談をしつつ、見学は続く。というかあまり見学出来ていない。
和気藹々と、賑やかさで満ちている。
アイドル事務所ってのはどこもこうなんかね。
*
P「さぁ、次はレッスン場まで来たぞ」
八幡「やたら説明口調ですが……例によって良いんすか?」
場所は変わってレッスンルーム。
鏡張りの部屋には、今は俺とプロデューサーさんしかいない。
P「もちろん大丈夫だよ。今日は基礎トレーニングがメインだし、さして特別なレッスンをやるわけでもないからね」
八幡「なるほど。参加するアイドルは全員じゃないですよね?」
P「ああ。今日来れるのは…」
と、そこで遮るように扉が開かれる。
入って来たのは五人の……って、あれは!?
八幡「や、やよいちゃん!?」
P「今日1の声!?」
見間違う事は無い。オレンジに近い茶髪のツインテール、あれぞ我が天使、否! 大天使やよいちゃん!!
ああ、太陽の如き笑顔がすぐそこに……俺、消えるのか……?
やよい「お疲れ様でーす! あれ、比企谷さん?」
八幡「お、おお…ああ、うん。……お疲れさん、です」
やだ、俺今最高に気持ち悪い。動揺してるっていうか本当にどう接して良いか分からない。萩原や菊地と会った時もかなり緊張したが、その比ではなかった。ただのキモオタに成り下がってますやん! っていうか俺のこと覚えててくれたやったー!!
やよい「そっか、見学の方って比企谷さんだったんですね! 今日はよろしくお願いしまーす!」
八幡「おお……生ガルウイング……生きてて良かった」
P「もの凄い心の声が漏れ出てるけど大丈夫か?」
そんなのはかなり今更である。もうやよいちゃんに関して取り繕えないのは覚悟してる。むしろ公にしていくスタイルだ。嫌な覚悟だな。
とりあえず冷静さを取り戻すべく一度深呼吸。そして、改めて入室してきたメンバーを確認する。
長い黒髪のポニーテールをした小麦色の肌の少女。我那覇響。
おっとりとしたスタイル抜群のショートヘアの女性。三浦あずさ。
茶髪のロングにカチューシャでおでこを出している少女。水瀬伊織。
そして、スーツ姿で髪をアップにした眼鏡の女性。秋月律子。
以上である。
伊織「ちょっと! 今なんか凄いおざなりじゃなかった!?」
俺の脳内紹介を感じ取ったのか、水瀬がつかつかと切り込んでくる。
八幡「気のせいじゃないか。でこちゃん」
伊織「でこちゃん言うな!」
おお……良い反応だ。これは星井がからかうのも頷ける。
しかし水瀬は気に入らないのか(当たり前だ)、キツく睨みつけるように俺を見てくる。我々の世界ではご褒美です。
伊織「あんたが比企谷とかって元プロデューサー? 話には聞いてたけど、本当に腐った目をしてるのね。あまりやよいに近寄らないでくれる?」
八幡「なぁ、一回でいいからデコピンさせてくれないか。夢だったんだ」
伊織「あんた人の話聞いてた!? ってか夢って何よ夢って!」サッ
あずさ「あら~」
おでこを隠し、後ずさるように三浦さんの影に隠れる水瀬。
ちっ、やっぱダメだったか。つーか何で俺には猫かぶんないのだろうか。ちょっと期待してたんだが。
やよい「伊織ちゃん、比企谷さんは良い人だよ?」
伊織「甘いわよやよい、こいつはどうしようもない捻くれ者の性根が腐った奴だって私の感が告げてるわ!」
八幡「まぁ否定はできんな」
響「否定しないのもどうかと思うぞ……」
どうやら見透かされてたようだ。猫かぶる必要も無いと思われるとかどんだけだ俺。
と、そこで呆れたようなその声で気付く。いたのか我那覇。
響「久しぶりだな! 元気してたか?」
八幡「まぁ、ぼちぼちな。お前は……相変わらず元気そうだな」
その時、ぴょんと足下に何かが飛んでくる。その物体はちょこちょこと身体をよじ登っていき、最終的に俺の肩へと辿り着いた。
八幡「お前も久しぶりだな」
ヂュッ、と俺の声に反応する一匹の鼠…じゃなくてハムスター。ハム蔵である。
八幡「今日はいぬ美はいないのか」
響「うん。さすがにレッスンルームには連れて来れないから、家でお留守番さー」
正直ハムスターを連れてくるのもどうなんだと思わないでもないが、まぁ、触れないでおく。んなこと言い出したら我那覇が飼ってるペットたちの布陣からしてやばい。絶対遊びになんて行けない。
律子「そういえば、響も面識はあったのよね」
響「と言っても、自分はご飯を一緒しただけだけどな」
あずさ「良いわね~、今度は私も一緒に誘ってね?」
にこりと、笑顔で言われてしまった。
え? いや、誘ってねって、さすがに社交辞令だよな? つーか今の破壊力あり過ぎだ。
八幡「き、機会があれば」
あずさ「うふふ。楽しみにしてるわね」
Oh……これが年上の余裕か。魔性と言ってもいい。
陽乃さんとはまた違った大人っぽさを感じるな。これは結婚したいとか言っちゃう親父の気持ちも分かる。
伊織「なーに焦ってのよ。それでもあんた元プロデューサー?」
八幡「すまんな、いおりん」
伊織「いおりん言うな! っていうか、あんた私にだけ馴れ馴れしくない!?」
気のせいだろHAHAHA!
と、一笑にふした所で改めて挨拶をしておく。こういう線引きは大事だ(散々ふざけた事から目を逸らしつつ)。
八幡「今日は、よろしくお願いします」
伊織「……ふんっ」
律子「そういう礼儀を弁えている所は好感が持てるわね。それじゃ、レッスンを始めましょうか!」
そのかけ声で、その場のメンバーは大きく返事をし、各々が準備やストレッチに取りかかった。
冷静に考えれば、中々に貴重な体験だよな。765プロのレッスン風景をこうして見られるなんて。
つーか、トレーナーさんじゃないんだな。
俺が不思議に思ってるのが伝わったのか、秋月さんが何となしに説明してくれる。
律子「今日は私がプロデュースしてるアイドルたちのレッスンだから、トレーナーさんには頼まなかったの。私も結構コーチの経験あるのよ?」
八幡「そうなんすか。でも秋月さんがプロデュースしてるのって…」
P「竜宮小町と、それから今度新しくユニットを担当する事になったんだ。メンバーはやよい、響、真美の三人でね」
補足説明してくれるプロデューサーさん。
やよいちゃんがユニットを組む、だと? マジか、これは凄い情報を手に入れた。応援不可避。たとえそれがライバル事務所だったとしてもだ!
律子「テーマは元気! ちょっと企画が通るのに時間はかかっちゃったけど、きっと上手くやってみせるわ」
P「律子なら大丈夫だよ。俺も期待してる」
八幡「…………」
不意に、既視感を覚えた。
この感覚は……ああ、そうだ。酷く懐かしい、そんな気持ちだ。
さっきの事務所での見学もそうだった。仕事の様子や、こうしてプロデュース業の話をしている二人を見ていると、切に思う。
これが、アイドルのプロデューサーって奴なんだ。
八幡「……あれ。そういや、そうなると二人程足りないんじゃ…」
律子「亜美と真美なら、二人での収録があるから今回は欠席よ。まぁ、その分後で頑張って貰うことになるけど」
P「ははは。律子の特別レッスンとなったら、二人の項垂れる姿が目に浮かぶな」
プロデューサーさんの言葉を聞いて、うんうんと頷く一同。そんなにキツいんだろうか、秋月さんのレッスン。
と、そんな俺の感想が見破られたのか、にひひっと笑う水瀬と目が合った。何か嫌な予感がする。
伊織「どうせだったら、あんたもレッスン受けていけば?」
八幡「は?」
伊織「実際にやってみれば、見てるよりも勉強になるかもよ」
いやいや、何を言っているんだこのツンデレ娘は。そんなん無理に決まっている。そうですよね秋月さん?
律子「良いわね。やってみたらいいわ比企谷くん」
秋月さーーーんっ!!???
P「面白そうだし、良いんじゃないか?」
八幡「いやいやいや、あなたまで何言ってるんすか」
響「なんくるないさー! 身体を動かすと気持ちいいぞー!」
八幡「お前はちょっと黙っててくれ」
何なんだこの流れは。そりゃ確かに実際に受けた方が良くレッスンを理解出来るだろうが、別に俺アイドル目指してるわけじゃないからね! ワケあってもならないからね!
やよい「うっうー! 比企谷さんも一緒にやりましょー!」
八幡「……っ…やりますか」
伊織「(やよいに言われるとやるのね)」
P「(でも、さすがに一瞬躊躇したな)」
もうどーにでもなーれ☆
律子「折角なんで、プロデューサー殿もどうです?」
P「えっ!?」
律子「先輩風吹かせるなら、こういう時も率先してやるべきですよねぇ?」ニヤリ
P「…………ヤラセテ頂キマス」
あずさ「あら~」
こういう男が尻に敷かれる構図も、どこも一緒なんだなぁって、しみじみと感じました(P並感)。
*
落ちついて、耳をすます。
あたりは静寂。廊下とはいえ、この狭さだ。よーく集中すれば音を逃すはずは無い。
次第に聞こえてくるのは、事務所内からのわずかな会話。屋外からの喧騒。微かに聞こえる隙間風。
そして……
八幡「…………そこか」
目標を補足し、瞬時に駆ける!
狙うは、階段下の影だぁーッ!!
八幡「――――ッ、なん…だと……?」
しかし、そこにいたのは想定の人物ではなかった。人物というより……動物?
ヂュッ、と手を挙げて鳴くそいつは、何とも美味しそうにクッキーを食べている。っていうかハム蔵だった。
「やーい、引っかかったー!」
「本命はこっちだYO!」
小馬鹿にするようなその声。それは階段下とは真逆の方向、それも壁からであった。
見れば、壁と同じ色の布から顔を出す二人組。そういう忍者っぽいのは浜口にとっておけ!
髪を向かって左側に結んでいるのが妹、双海亜美。
向かって右側にサイドテールにしているのが姉、双海真美。
765プロ最年少の悪戯双子、双海姉妹であった。
八幡「ハム蔵をクッキーで懐柔するとは、中々狡猾だな」
亜美「ハム蔵が怪獣って、ヒッキー大袈裟だよ→」
真美「婚活って、あずさお姉ちゃんがやってるやつ?」
八幡「…………」
やっぱ、頭が回ると言っても小学生だな。つーか、お前らもそのあだ名で呼ぶの? なんで皆そこに行き着くの?
いや、今はそんな事はどうでもいい。
八幡「ほら、アホな事やってないでさっさと事務所へ戻れ。プロデューサーさんも探してたぞ」
亜美「えー! もうちょっと遊ぼうよ!」
真美「そーそー! 別にもう今日は仕事無いんだから良いじゃーん!」
ぶーぶーと分かり易いくらい文句を垂れる二人。
そもそも何で遊ぶ流れになってるのん? いやまぁ、プロデューサーさんに頼まれて探してる内に、追いかけっこに発展したのが原因なんだけどさ……小学生アイドルの体力マジハンパねぇ……
八幡「ぶっちゃけもうキツい。早く戻りたい」
亜美「ちょっと素直に良い過ぎだYO!」
真美「っていうか、疲れるの早くない?」
八幡「ほっとけ。こちとら鬼軍曹のレッスンで足ガクガクなんだよ」
いや、マジであの人容赦ねぇのな。俺とかは軽ーくこなすだけなんだと思ったらガチのやつだった。普通に怒られてちょっと凹んだし。
八幡「お前らも同じ目に、いやむしろ更に過酷なレッスンが待ってると思え」
真美「うあうあー! 嫌なこと思い出させないでよー!」
亜美「あれ? そういえば、兄ちゃんは大丈夫だったの? 一緒にレッスンしたんだよね?」
思い出したかのようなその問い。
俺は少し間を開けた後、目を逸らす。
八幡「俺があの人の代わりに追いかけてる時点で察しろ」
亜美「Oh……」
真美「兄ちゃん…運動神経に自信があるとは何だったのだろうか……」
まぁ、基本デスクワークと営業だしね。多少はね。
「これが若さか……」と呟きながらダウンした彼の姿は忘れまい。あんたもまだ20代でしょうが。
八幡「っていうか、今日はもう仕事無いなら別に俺追いかける必要無くね?」
亜美「そこに気付くとは……」
真美「やはり天才か……」
八幡「いやそういうのいいから」
こいつら、本当に終始こんなテンションなんだな。テレビのまんま。むしろテレビに映ってる時より元気じゃね? うわーい、プロデューサーさんの心労痛み入るぅーー!
亜美「だが、ここで終わるわけにはいかんのだよ!」
真美「んっふっふ~、我々を捉えられない限り、この戦いは続くと思いたまえ!」
八幡「ちょっ、こら」
言うや否や、すたこらさっさと駆けていく双子。
ええー……これ、まだ続くの?
プロデューサーの仕事というよりは、子守りって方がしっくりくるな。まぁ、俺も楽しくない事もないが。
疲れてはいるが、プロデューサーさんに頼まれちまったのもある。ここはさっさとお縄にするとしますかね。
その後一階へ下りたり、事務所の中を探してみたり、また階段下まで戻ってみたり。回れる所は回ってみた。軽い探索みたいになってしまったな。
途中他のアイドルと出くわすと雑談に発展するので、俺としては早く見つけてしまいたいのだが……如何せん見つからない。あいつらまさか帰ったとかじゃないよね?
さてどうするかと考えていた時、階段が目に映る。
そういや、この上はまだ見てないな。恐らくは屋上へ続いているのだろうが、勝手に行っていいものなのだろうか。
八幡「……まぁ、今更か」
既に事務所中を探したのだ。屋上へ出るくらいは許されるだろう。
俺は一応辺りを見回した後、ゆっくりと階段を上っていく。別にゆっくり上るのに特に意味は無い。しいて言うなら足が痛い。
やがて階段を登り切ると、外へ続く扉が一つ。踊り場にもあの双子の姿は見えない。
となると、やっぱこの先か。
俺はドアノブへと手を伸ばし、その扉を開いた。
「――――おや」
最初に思ったのは、奇麗だな、というありふれた感想だった。
扉を開いたその先。
日が沈みかけ、夕焼けに照らされたその長くきらびやかな銀髪。
こちらに気付き、振り向いたその横顔は、神秘的なまでに美しい。
……本当に、絵になる奴だな。
一瞬、映画か何かのワンシーンに飛び込んだのかと錯覚したぞ。
そんなチープな感想が出てくる程、目の前の彼女は鮮烈に映った。
八幡「……月見には、まだ早いんじゃないか。四条」
貴音「そうですね。……しかし、こうして夕日を眺めるのも良いものです」
どこか妖艶に、されど嬉しそうに、四条貴音は微笑んだ。
>>339 ごめんミスった
貴音「まさか、このような所で再会を果たすとは。運命とは数奇なものですね」
八幡「そんな大層なもんでもないだろ。今回に限って言えば、こっちが頼んだ事だ」
まぁ、俺もまさか765プロに来るとは思っていなかったけどな。
ちひろさんには感謝せねばなるまい。もちろん、765プロの人たちにも。
八幡「…………なぁ」
貴音「なんでしょうか?」
八幡「ああーっと……」
やばい。思わず声をかけてしまったが、これやっぱ訊いちゃまずいような気がするな。というか、気が引ける。何普通に訊こうとしてんだ俺は。
貴音「……言いにくいのであれば、無理に言わなくても結構ですよ」
気を遣ってくれる四条。
一瞬お言葉に甘えようかとも思ったが、しかし、機会も中々無いしなぁ。
八幡「…………いや、やっぱ訊くわ」
貴音「そうですか。では、何を?」
俺はたっぷりと苦悶した後、念の為に前置きをしつつ、何とか言葉をひねり出す。
八幡「お前に訊くのも変な話だとは思うんだが……」
貴音「ええ」
八幡「…………凛、元気か?」
貴音「……はい?」
キョトンと、不思議そうな表情を隠そうともせずに俺を見る四条。
やめて! そんな目で俺を見ないで!
八幡「いやな、あれからあいつとは会ってないっつーか、会わないようにしてんだ。だから、ちょっと気になったというか……」
まるで言い訳をするように補足説明する俺。
視線は彷徨い、とにかく変な汗が止まらない。訊いて後悔した。めっちゃ恥ずかしい。
貴音「電話や、めーる等はしないのですか?」
八幡「……たまにはする事もあるが、基本しないな」
特段用事があるわけでもなし、お互いかけ辛いんだろうな。そもそも、俺も凛も電話やメールがあまり得意ではないというのもある。つーか俺に関して言えば苦手と言っていい。
貴音「なるほど。そういう事ですか」
八幡「ああ」
貴音「ふむ……」
八幡「…………」
貴音「………正直、最近はわたくしも会ってないので、何とも」
会ってないのかよッ!! じゃあ完全に俺の恥かき損じゃねぇかよッ!!!!
思わず脳内で叫んだ。
……なんか、一気に体力を削られた気分だ。自業自得とはいえ。
俺のあからさまな落ち込みを見て、四条はふっと微笑む。なに、俺のピエロ具合そんな面白かった?
貴音「お役に立てず申し訳ありません。……ただ、それであれば千早に訊くと良いかもしれませんね」
八幡「如月に?」
貴音「ええ。彼女は渋谷凛と交友があるようですから、もしかしたら仕事以外にも会っている可能性がありますので」
四条の言葉を聞いて思い出す。そういや、そんな事を言ってたな確かに。
あの765プロとの歌番組共演を経て、凛は憧れの如月千早と交友関係を築けたらしい。であれば、四条の言う通り如月に訊いた方が得策か。……またこんな思いするの?
まぁ何はともあれ、教えてくれた四条には感謝せねばなるまい。
八幡「分かった。後で如月に訊く事にする。……助かったよ」
貴音「いえ。これくらい、礼を言われる程でもありませんよ」
本当に、気にしてないという風に笑う四条。
……こうしていても、あの事については何も言ってこないんだな。
八幡「…………」
貴音「……わたくしは、まだ忘れていませんよ」
八幡「――ッ」
一瞬、息が止まったかと思った。
俯きがちだった顔をあげてみれば、静かに微笑む四条が目に映る。
貴音「あの日宣言した、その時を。今でも楽しみに待っています」
八幡「…………」
今にして思えば、バカな事を宣ったと思う。
765プロという、トップアイドルと言っても過言ではない最たる存在。そんな彼女らに、あんな大口を叩いて、無謀とも言える宣戦布告をした。
……だがそれでも、彼女はこうして待っている。
ならば、俺は言う他無い。
八幡「――ああ。待ってろ、すぐ追いつく」
貴音「ええ。いつでも、わたくしたちは受けてたちますよ」
笑いながら、あの日の邂逅をやり直す。
あの時の宣言を、無かった事にはしないように。
夕日はもう殆どが沈み、仰ぎ見れば、幾つか星が瞬き始めていた。
大きく弧を描く、月を中心に。
*
あの後、四条の助けを借りて双海姉妹を何とか捕縛。
事務所内へと連行し、それからも社会科見学は続いた。
段々とアイドルが増えていくので、俺は何とも肩身が狭い。デレプロで多少は慣れていたとはいえ、やっぱ765プロが相手ともなればまた違う。なんだか夢の世界にいるようだ。
そして、今俺は再び廊下へ。
彼女に話を訊くにあたって、さすがに事務所内は気が引けるからな。ってか絶対嫌だ。
「渋谷さんなら、元気そうにやっているわ。心配は要らないと思う」
八幡「……そうか。なら良かったよ」
落ち着いた雰囲気の、青みがかった長髪の少女。如月千早。
今のアイドル業界において、こと歌唱力において彼女の右に出る者はいない。そう言える程のアイドル。
そして、凛の憧れの存在だ。
千早「この前も一緒の番組に出る事があったのだけど、彼女、また歌が上達していたわ」
八幡「やっぱ、分かるもんなのか」
千早「ええ。彼女の歌に対する思いは、私にも伝わってくるもの」
微笑み、そう言ってくれる如月。
かつて凛は、如月千早と同じ舞台に立つことへ躊躇いを感じていた。
覚悟も無い自分が、憧れの存在と肩を並べて、本当に良いのかと。そう悩んでいた事もあった。
だが、今は彼女が言うように、心配は要らないようだ。
憧れて、アイドルへなるきっかけとなった彼女が、何よりも認めてくれているんだ。
これ程嬉しい事も無いだろうな。
千早「……あなたも、これから大変ね」
そう言う如月の表情は、少しばかり暗い。
八幡「まぁ、覚悟はしてる。自分で選んだことだ」
最初は軽い気持ちでプロデューサーになったのも、その内に本気で凛をシンデレラガールにしてやりたくなったのも、責任を取って会社を辞めたのも。
そして今こうして、無様でも情けなくても、またやり直そうと躍起になっているのも。
全部、自分で決めた事だ。
だから、後悔は無い。
千早「そう……」
俺の返答に、如月は安心したように小さく笑う。
千早「……私、少し前までは、自分には歌以外に何も無いと思っていたの」
八幡「…………」
千早「でも、本当はそうじゃないことに気がついた。春香たちに、気づかせて貰った」
八幡「天海たちに?」
千早「ええ。……私は、私が思ってたよりずっと、周りに支えられていたんだって」
気恥ずかしそうに、それでも、嬉しそうに。
如月は思い返すように微笑んでいた。
八幡「……少し、分かる気がするな」
千早「え?」
八幡「俺も、最近まで気付かなかった」
アイドルたちに、奉仕部の二人に、ようやく友達と呼ぶ事が出来た、あいつらに。
背中を押して貰って、俺はここにいる。
八幡「俺は、俺が思ってるより恵まれてるらしい」
千早「ふふ。それに気付けただけ、良い事だと思うわ」
違いない、と。俺もつられて苦笑する。
その後いくつか言葉を交わし、あまり長話も良くないので会話を切り上げて事務所内へと戻る。
一応俺は社会科見学に来てる身だしな。勉強させて貰わなければ意味が無い。時計を確認すれば、もう既に7時近くになっている。早いもんだ。
プロデューサーさんの隣の席へ戻ると、彼は資料を整理しつつ俺に尋ねてきた。
P「どうだ? アイドルの子たちとは親睦は深まったかい?」
八幡「まぁ、それなりに。……というか、訊くのそこなんすね」
普通はこの場合、見学した感想を訊く所じゃない? 確かに知ってる内容も多いとはいえ、本命はそこだしな。大変勉強になりました。
P「あはは、ごめんごめん。君ならそっちの心配はいらないと思ってさ」
それは暗に俺の対人関係の方が心配という意味だろうか。 大 正 解 ! 確かに俺も心配だったよかなり。本当に皆良い子で助かったー!
けど、仕事関係は心配要らないというのもまたえらい信用されっぷりだな。別に一緒に仕事したわけでもないというのに。
八幡「そんなに俺、仕事出来るように見えますかね」
P「見えるというか……実際に、実感した事はあるからね」
八幡「はい?」
俺は何のこっちゃと首をかしげるが、プロデューサーさんははぐらかすように恍ける。「同じプロデューサーとして見えるものもあるのさ」と、結局詳しくは教えてくれなかった。
もしかして、仕事中どっかで会った事あんのか? いや、さすがに気付くだろうし、それは無いか。
P「いくら企画で参加したプロデューサーと言っても、大変な事も多かったんじゃないか? 営業とかは特に」
八幡「否定はしません。ってか大変でしたよ、マジで」
人生であんなに愛想笑いをした事は無い、それぐらいに無理矢理テンションを上げたかんね。
あんまり元気過ぎるのも引かれるかと思ったが、ちひろさんに「比企谷くんはそれくらいが丁度良いです」とか言われるし、普段の俺どんだけダウナーなんだよって話だ。
八幡「こっちはちゃんと約束を取り合わせても、向こうは『今日だっけ?』の一言でドタキャンとか結構ありました」
P「あーあるある、結局は口約束だからなぁ。アポ取っても相手先が忘れたら、無かった事になるんだからやり切れない」
八幡「まぁ、逆に俺が忘れる事もありましたけどね」
P「おいおい、それはダメだろう。……まぁ、俺も昔何回かやった事あるけど」
そう言って、笑いながら頭をかく彼。
俺もつられて苦笑する。
P「人によっては、会って貰う事すら出来ないからキツいよなぁ」
八幡「理不尽な理由でキレられるなんてしょっちゅうですね」
P「そうそう! あと、凄いざっくりした注文をする人とかね」
八幡「いますね。まだ無理難題言われた方が断れるから良いんすけど」
P「必死にアイディア捻り出して企画作って、『なんか違うんだよね~』の一言でバッサリ断られた事もあるよ」
八幡「マジすか。さすがにまだそれは体験してないですね」
P「それも勉強だけどな。本当に、プロデューサーっていうのは大変だ」
八幡「ええ」
しみじみと、お互い苦労を吐き出すように溜め息をつく。
P「……けど、な」
八幡「はい。それでも……」
目が合うと、俺たちは示し合わせたかのように、同じ台詞を口にした。
P・八幡「「プロデューサーは、やめられない」」
少し間を置いてから、俺たちは弾かれたように笑い出す。
P「こんなに楽しくて、やりがいのある仕事は他に無いよな」
八幡「ええ。心底同意します」
じゃなければ、今ここにこうしているわけが無い。
専業主夫を目指していた俺が、まさかここまでプロデューサーという仕事を渇望するようになるとは。それこそ、夢にも思わなかった。
P「……頑張れよ」
見れば、彼は真っ直ぐに俺の目を捉えている。
P「俺は君がプロデューサーになるのを、ずっと待ってるからな」
八幡「っ……!」
気にはなっていた。
彼が、一度責任を取っておきながら、むざむざプロデューサーへ戻ろうとしている俺を、どう思っているのか。
どう思っていようが構わない。その事実は変わらない。
けどこうして言葉にされると、やはり、どこか安心している自分がいた。
八幡「……はい。ありがとうございます」
同じプロデューサーとして、認めて貰えたような気がして、俺は思わず笑みを零した。
小鳥「良いですねぇ……先輩後輩のダベりからのイイハナシダナー……最高ですねぇ……」
P「音無さん? どうかしました?」
小鳥「ピヨッ!? な、なんでもないですよ! ええ!」
なんだかまた海老名さんの波動を感じたが、見て見ぬフリをしておこう。こんなんいちいち反応していたらキリがない。似たような奴はデレプロにもいるからね!
小鳥「あ、社長が戻ってきたみたいですよ!」
凄く不自然に話題を変える音無事務員。だが、その言葉は聞き捨てならなかった。
つ、遂に戻ってきたか……!
765プロの代表取締役である高木順二朗社長(現会長の順一朗氏の従兄らしい)。俺が社会科見学へこの事務所へ訪れた時には既に出かけており、つまりはこれが初のご対面である。
め、めっちゃ緊張する……!
高木「みんなただいま。おや、君が比企谷くんかね。よろしく頼むよ」
八幡「…………」
凄く、真っ黒です(既視感)。
ってか、あれ。なんだか凄い見覚えがあるっていうかそっくりなんですけど、社長って皆黒いもんなの? って、そんな事は今はいい。
八幡「……あ。よ、よろしくお願いします」
我に帰り、慌てて礼をする。
八幡「今日は貴重な体験をさせて頂いて、本当にありがとうございます」
高木「気にしなくとも良い。あのシンデレラプロダクションからの頼みだ。断る理由が無いよ」
はっはと、本当に何て事の無いように笑う高木社長。
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