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元スレ咲「誰よりも強く。それが、私が麻雀をする理由だよ」
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スマホで書いてるから難しいかな…
とりあえず地道に書き溜め作ります
とりあえず地道に書き溜め作ります
また黙りだ。菫のため息が再び中空に吐き出される。
だがこの清澄は侮れない。
レギュラー五人のうち、三人が一年生。先鋒、副将、そして大将。
来年以降も出てくるなら脅威となる可能性は十分にあり得る。
菫は清澄に警戒心を抱く。
しかし。
実況『東東京予選、決着ーーーー!』
実況『圧倒的な強さでした。臨海女子、決勝戦まで先鋒のみ、そして決勝でも先鋒・宮永の稼いだ大量リードから、次鋒で決着ーー!』
健夜『相手になってませんね』
健夜『恐ろしいのは、来年以降も三年までに収まる選手が先鋒・宮永も含め四人いる事でしょう』
健夜『臨海以外の学校には辛い現実となりましたね』
実況『臨海の宝刀、留学生選手を決勝に至るまで一人しかみられませんでしたが、そうみてよさそうですね』
健夜『はい、全国でもーーーー』
衝撃の光景。
菫は開いた口が塞がらなかった。
淡、尭深、誠子もそうだったろう。
それは、各県のビデオ観戦が佳境に達した頃だった。
東東京は臨海で決まりだろうと思っていて、現実に臨海だったが、そのオーダーは驚愕すべきものだった。
誠子「弘世先輩、これ」
菫「ああ……」
ちらりと視線を送られた照は、むっつりと押し黙っている。
何度かコンタクトを試みたが、結果は空振りに終わる。
淡「このサキって子、超イケてんじゃん!」
淡「っあー! でもまた先鋒!?」
淡「もう先鋒代わってよテルー!」
一人相撲を繰り広げた淡にも無反応を貫く。
菫「おい」
再び声をかけた瞬間。照が席を立ち、足早に部室を出ていく。
露骨な追及の避け方だ。
菫は、ため息をまた吐き出した。
菫「そこまでされると逆に確信を持てるけどな」
淡「スミレー結局臨海女子の先鋒はツジガイトって人とどっちが出るの」
菫「……ほんと自由でいいな、お前は」
誠子「こっちに書いてありますね」
菫「照のやつ、見ないでいったか。まあ自力で見つけるか白状するまでは隠しといてやろう」
もやもやする。
逃げだすように部室を飛びだし、意味もなく階段を駆け降りてきた照は、昇降口で靴を変えながら歯噛みする。
先ほど虎姫の部員共々知らされた事実。咲が臨海女子で麻雀をしているという現実。
校門前の並木道を仏頂面で歩きながら、ゆっくりと反芻する。整理できた頃には、やはり少なからず衝撃が尾を引く。
咲が高校でも麻雀をやっていた。東京で、照と目と鼻の先で。
母は咲の進学先に関して何も教えてくれなかった。今問い詰めればあっさりと認めるのだろう。照は臍を噛む。
中学で咲が麻雀を始めたときもそうだった。長野に会いにいこうとして、勇気が出ない私をみて目を細めながら、母は平然としていた。
『咲が麻雀を……なんで教えてくれなかったの!?』
『訊かれなかったから。最近、話す時間も持てていなかったしね』
『でも……』
『反対しろというならお門違い。咲は自分の意思で始めた。関与していないわ』
『……私がこうやって騒ぐから黙ってたの?』
『それは心外。でも中学の三年間だけとは言ってたから照の望み通りになるわ』
『姉妹なら、妹がやりたいというなら応援してあげなさいとは言っておくけど』
あのときの会話が思い出される。
今思い出しても腑に落ちないやりとり。今回もまた蚊帳の外。
そして中学でやめるという母の言葉に反して、高校でも咲は麻雀を続けている。咲の進学先を頑なに教えない事から薄々察するべきだったのだろうが、やはりショックを受けてしまう。
咲が東京にいる。あの咲が。
会いにいくべきか。そして告げた方がいいのか。無理に麻雀をする必要はないのだと。
しかしインターハイのオーダーは既に変更の期限を過ぎている。
選出されていれば咲の出場如何が学校の進退に関わる。
もっと早く知っていたら咲を説得する事もできた。いや、だから今まで知る機会を与えなかったのか。
照個人としては、それで咲のためになるなら、学校の事情を放ってもいいと考えている。
だが咲が聞き入れるとは思えない。咲にとって照など親戚のお姉さんと変わらない存在だろう。
そんな相手に進退に関わる話をされても迷惑だ。もし照が咲の立場なら断る。
横断歩道の赤信号に立ち止まるのを余儀なくされつつ、雑踏の中でまた意味もなく足踏みする。
日はまだ高い。
人込みを避け物陰へと足を向けながら図書館を目指す。
しかしいってみれば閉館の日で、そこに意識を向ける余裕もなかった自分に地団駄を踏みたくなる。
仕方なく図書館の前に踵を返し、書店に足を運ぶ。
静かではないかもしれないが文字を読んで紛らわそうと考えていた。
だがそこで、思いがけない人物と遭遇する。
智葉「奇遇だな」
照「……辻垣内」
去年のインターハイで凌ぎを削った強敵。そして、咲のいる臨海女子に在籍する麻雀部員でもある。
照は静かに息を呑む。緊張を強いられる相手だった。
照「久しぶり」
智葉「ああ、久しぶり」
間が空く。個人的に因縁浅からぬ相手、それも咲と無関係ではないだろう。
先ほど他の部員を巻き込んでも、と思っていたところの人間だ。気まずい。
何を話せばいいのか。迷っていると、智葉から話が振られた。
智葉「本当に奇妙な縁だ。この書店の系列店で宮永……妹とも一緒になった事がある」
照「っ、咲が……姉と言ったの?」
その言葉が照に与えた衝撃は小さくない。内心の嬉しさを隠しつつ、努めて無感情に話す。智葉は「ああ」と頷き「他言はしないという約束だが」と加えた。
智葉「一応、当人だ。それに……そうも言っていられなくなった」
照「どういう事?」
智葉「……咲の事だ」
雲行きがあやしい。
照はもう一度「どういう事」と尋ねる。通りすがる客の様子を窺いながら、智葉が厳しい面持ちで返す。
智葉「先に聞いておきたい事がある」
智葉「それに明確な返事をしないなら話さない」
その言葉に最初、言い知れない不快さが胸をつく。また蚊帳の外に置かれそうな不安がかま首をもたげたからだ。
その感情を抑え込む。今は関係ない。教える気のない母のときとは違う。
智葉「詳しい事情はわからないが……咲の話を聞く限り、お前たちは……昔はともかく今は疎遠なんだろう」
智葉「それでも咲のために動けるのか。咲を思い慕う気持ちがあるのか」
それが知りたい、と智葉の表情に真剣味が増す。
照「それはできるし、ある」
はず、と加えかけて口をつぐむ。
なぜそんな言葉を言いかけたのか。
続く智葉の指摘に思い当たる節があった。
智葉「ならどうして妹はいないなんて言った」
照「それは……」
中学で麻雀をやめると聞いていた咲に自分が姉という事で余計なプレッシャーを与えたくなかったから。遠い長野にいる咲を見守るのはできないし、託せるような人にも心当たりがなかったから。
言葉にして頭に並べてみれば何だか言い訳じみていて。苦し紛れに「咲は中学で麻雀をやめると聞いていたから」とだけ伝えると、
智葉「中学で……」
いまいちぴんときていない、智葉はそんな様子で思案げに押し黙った。
照としても話す気はない。
これ以上は家族の事情だ。踏み込まれたくない。
照「だから……高校でも麻雀をしている事に驚いている」
智葉「まるで咲に麻雀をやめてほしいみたいじゃないか」
照「咲は競技麻雀に向いていない。……やらせるのは酷」
智葉が非難の視線を向けてくる。随分と勝手な言い分だとは思う。しかしこの件に関して照は麻雀を捨てる覚悟があった。
それほどに咲を麻雀に関わらせる事に懸念を抱いている。
長い沈黙が落ちる。先に均衡を破ったのは智葉だった。
智葉「…………お前は……」
智葉「咲の才能が……恐ろしかったんじゃないか?」
照自身、何度も考えてきた事だ。だからその問いに対する答えは決まっていた。
照「子どもの頃、咲の才能が末恐ろしいと思った事はある」
手の届かない場所にいってしまうのではないかという不安。
嫉妬ではなく、咲が心の底から麻雀に打ち込めば、咲がいなくなってしまう、漠然とした恐れが渦を巻く。
照「だけど、自分の感情に怯えて咲が傷つくのを見過ごすより……私は咲の平穏を選ぶ」
人が生きていればどうしたって傷つかないで過ごすのは無理だ。
でも悲しみを減らしてあげる事はできるはず。
照はその思いを支えに今日まで過ごしてきた。
だから。
智葉「なら傍にいてやらないとだめだろう……」
智葉のその言葉は、深く胸に突き刺さった。
智葉「……私の口からは教えない」
智葉の足が動く。まるで話は終わったとばかりに。嫌な予感がした。追いすがるように慌てて名前を呼ぶ。
照「辻垣内……」
智葉「知りたければ自分で確かめに来い」
待って、と言いすがる前に智葉は立ち去った。後に残された照に残ったのは、言い様のないもどかしさと逼迫する不安だった。
保守いらねーぞ
何もしなくても1ヶ月は持つしいくら保守したところで>>1の書き込み無ければ2ヶ月で落ちるし
何もしなくても1ヶ月は持つしいくら保守したところで>>1の書き込み無ければ2ヶ月で落ちるし
じめじめとした梅雨の季節。
もう少し、あと少しで抜けるといった具合に晴れ間も覗いてきた近ごろだが、ネリーの心は浮かなかった。
ネリー「ねえサキ! 今日は一緒に帰れる?」
咲「ごめんね、今日もちょっと遅くなるんだ」
すげなく返された言葉に気分が沈む。まるで考える様子がない。
部活の練習中。あんまり喋っていると私語を禁じられるので大人しく引き下がり、黙々とよく知らない相手と卓を囲む。
何度目かの入れ替えで入ってきた明華がネリーに囁く。
明華「今日もだめそうですか」
ネリー「うん……」
とりつくしまもない。最近、気の抜けた麻雀を打ちつつあるネリーは、手に入れた牌をろくに理牌もせず打ちながら返す。
智葉「ちょっと出てくる」
一つ声をかけて智葉が部室を出る。このところ、放課後や休日に誰かを待つようにする智葉が多少気になるネリーではあったが、大して詮索せずに捨て置いていた。
ダヴァン「ココは一つ、趣向を変えてみてはどうでショウ」
ネリー「趣向?」
「ハイ」と答えたダヴァンがカップ麺を三つ出す。どこからともなくといった感じでまさしく手品めいた手腕だったが、ネリーの目は白い。
ダヴァン「例えば、例えばデスが、カップ麺を食すパーティのようなモノを開けば……」
ネリー「そんなのに釣られるのお前だけだよ!」
思わず突っ込む。どう考えても咲を釣れるとは思えなかった。「そうデスか……」としょんぼり立ち去るダヴァンを胡乱な眼差しで見送る。
ふう、と一つ吐息して落ちつく。少しだけ元気が出た。
そのまま部活が終わる。外に出た智葉は居合わせず解散となって、伝言板に伝える旨を書き残した。
明華「咲さんは帰ってしまったようですね」
ネリー「夕飯の時間には帰ってくるんだけど……心配だよ!」
帰りがけに声をかけてくる明華と話す。咲は部活が終わるなりそそくさと帰ってしまい、既に不在だ。
ダヴァン「しかし、サキも強情デスね……」
ハオ「もう一月近くこの状態です」
口々に混じってくる面子も決まっている。留学生組に智葉。咲と親交のある部員は基本的にこの五人だ。
ネリー「ううーもう! サキのバカ! サキのバカ!」
ダヴァン「ど、どうしたんデスか」
ネリー「きのうの夜一緒にごはん食べたんだけど、ほとんどお話してくれなかったの!」
校舎の外、留学生四人の空間が静まりかえる。
咲と一番仲の良いとみられているネリーですら、そんな現状。由々しき事態だ。
明華「団体戦で共に戦う仲間として、見過ごせませんね……」
深刻な表情でつぶやく明華に誰も返す言葉を持たなかったーー……。
じめじめとした梅雨の季節。
もう少し、あと少しで抜けるといった具合に晴れ間も覗いてきた近ごろだが、ネリーの心は浮かなかった。
ネリー「ねえサキ! 今日は一緒に帰れる?」
咲「ごめんね、今日もちょっと遅くなるんだ」
すげなく返された言葉に気分が沈む。まるで考える様子がない。
部活の練習中。あんまり喋っていると私語を禁じられるので大人しく引き下がり、黙々とよく知らない相手と卓を囲む。
何度目かの入れ替えで入ってきた明華がネリーに囁く。
明華「今日もだめそうですか」
ネリー「うん……」
とりつくしまもない。最近、気の抜けた麻雀を打ちつつあるネリーは、手に入れた牌をろくに理牌もせず打ちながら返す。
智葉「ちょっと出てくる」
一つ声をかけて智葉が部室を出る。このところ、放課後や休日に誰かを待つようにする智葉が多少気になるネリーではあったが、大して詮索せずに捨て置いていた。
ダヴァン「ココは一つ、趣向を変えてみてはどうでショウ」
ネリー「趣向?」
「ハイ」と答えたダヴァンがカップ麺を三つ出す。どこからともなくといった感じでまさしく手品めいた手腕だったが、ネリーの目は白い。
ダヴァン「例えば、例えばデスが、カップ麺を食すパーティのようなモノを開けば……」
ネリー「そんなのに釣られるのお前だけだよ!」
思わず突っ込む。どう考えても咲を釣れるとは思えなかった。「そうデスか……」としょんぼり立ち去るダヴァンを胡乱な眼差しで見送る。
ふう、と一つ吐息して落ちつく。少しだけ元気が出た。
そのまま部活が終わる。外に出た智葉は居合わせず解散となって、伝言板に伝える旨を書き残した。
明華「咲さんは帰ってしまったようですね」
ネリー「夕飯の時間には帰ってくるんだけど……心配だよ!」
帰りがけに声をかけてくる明華と話す。咲は部活が終わるなりそそくさと帰ってしまい、既に不在だ。
ダヴァン「しかし、サキも強情デスね……」
ハオ「もう一月近くこの状態です」
口々に混じってくる面子も決まっている。留学生組に智葉。咲と親交のある部員は基本的にこの五人だ。
ネリー「ううーもう! サキのバカ! サキのバカ!」
ダヴァン「ど、どうしたんデスか」
ネリー「きのうの夜一緒にごはん食べたんだけど、ほとんどお話してくれなかったの!」
校舎の外、留学生四人の空間が静まりかえる。
咲と一番仲の良いとみられているネリーですら、そんな現状。由々しき事態だ。
明華「団体戦で共に戦う仲間として、見過ごせませんね……」
深刻な表情でつぶやく明華に誰も返す言葉を持たなかったーー……。
アレクサンドラ「先鋒、宮永咲」
それは、インターハイのオーダーが発表されたときのことだった。
アレクサンドラ「一部の人には疑問が残るだろうけど、これは最終決定。異論は認めない」
淡々と告げる監督の声。冷たい面差し。一瞬、聞いているネリーすら何かの間違いかと疑った。
対して、隣に立つ咲の変化は顕著だった。最初、何かを受け入れた顔で粛々と佇んでいた咲。
その表情が徐々に変わっていき、やがておぞましいものを垣間見たように手を口に添え、瞠目する。
一連の変化を見届けたネリーの顔に驚愕が浮かぶよりも早く、咲の顔がある方に向く。
智葉だ。たったいまレギュラーを勝ち取った相手。揺れる瞳が捉えている。
咲「っ…………」
言葉にならない声が上がる。咲だ。
そのままネリーが反応を返す暇もなく走り去っていく。
一方の智葉は、事の成り行きを冷静に見守る。
ネリーには何が何だかわからない。混乱していた。
アレクサンドラ「あちゃあ、取り乱しちゃったか」
苦みばしった顔でそう言ったのは監督だった。
この場にいるのは留学生四人と智葉、先ほどまでいた咲と監督を含めて七人。誰もが何らかの理由で大なり小なり動揺している。
アレクサンドラ「……サトハ、頼める?」
智葉「わかりました」
即座に了承した智葉に頼んだ監督が面食らう。少しして「無理言っちゃってごめんね」と一言詫びる。
智葉はそれに頷くと、咲の後を追って走りだす。後ろ姿はすぐに見えなくなった。
それは、インターハイのオーダーが発表されたときのことだった。
アレクサンドラ「一部の人には疑問が残るだろうけど、これは最終決定。異論は認めない」
淡々と告げる監督の声。冷たい面差し。一瞬、聞いているネリーすら何かの間違いかと疑った。
対して、隣に立つ咲の変化は顕著だった。最初、何かを受け入れた顔で粛々と佇んでいた咲。
その表情が徐々に変わっていき、やがておぞましいものを垣間見たように手を口に添え、瞠目する。
一連の変化を見届けたネリーの顔に驚愕が浮かぶよりも早く、咲の顔がある方に向く。
智葉だ。たったいまレギュラーを勝ち取った相手。揺れる瞳が捉えている。
咲「っ…………」
言葉にならない声が上がる。咲だ。
そのままネリーが反応を返す暇もなく走り去っていく。
一方の智葉は、事の成り行きを冷静に見守る。
ネリーには何が何だかわからない。混乱していた。
アレクサンドラ「あちゃあ、取り乱しちゃったか」
苦みばしった顔でそう言ったのは監督だった。
この場にいるのは留学生四人と智葉、先ほどまでいた咲と監督を含めて七人。誰もが何らかの理由で大なり小なり動揺している。
アレクサンドラ「……サトハ、頼める?」
智葉「わかりました」
即座に了承した智葉に頼んだ監督が面食らう。少しして「無理言っちゃってごめんね」と一言詫びる。
智葉はそれに頷くと、咲の後を追って走りだす。後ろ姿はすぐに見えなくなった。
ネリー「サキ……どうしちゃったの?」
沈黙が返される。しかしほどなくして監督の口が動いた。
アレクサンドラ「ここにいる人にだけ教えておく。今回のオーダーはスポンサーの決定だという事」
ネリー「お金をだしてる人たちが……?」
アレクサンドラ「サトハはそれを知っていた。だから冷静でいられた、というのもある」
言葉の意味はわかる、けれど何を伝えたいかまでは、ネリーには読み取れない。
恐らく他の面々もそうだったろう。
痛いほどの沈黙が落ち、場を包み込む。
そんな中でネリーは、咲を追いかける事をしなかった自分に疑問が込み上がる。
(なんだろう……すっごく嫌な予感がした……)
あのとき追いかけていたら。自分は、取り返しのつかない失敗をしていたのではないか。不可解な想像が脳裏を駆け巡る。それが、今も意識の端でちらつく。
どくどくと胸が騒ぐ不吉な感触。
幽玄な明かりを窓から射し込む月は、綺麗な真円を描いていた。
あくる朝、ネリーは目覚ましの音で目を覚ます。決めておいた時刻にきちんと起きられた。
ただ頭が重く、鈍い痛みが続いている。
昨晩中々寝つけなかったからだろうか。
洗面所で顔を洗い、歯を磨いて、寝間着から着替える。
学校にいく準備が整う頃には体調も幾らかましになっていた。
マグカップに注いだ牛乳をベッドに座って飲みながら、考える。
サキ、もう起きてるかな……。
きのうあれから咲が戻ってくる事はなかった。
智葉にどんな様子だったか聞いてみたが、いまいち要領を得ず、現状はわからず終い。
直接会って確かめるしかない状況だった。
ネリー「サキー、起きてる?」
部屋の前に荷物を持っていき、控えめにノックする。
まもなく反応は返ってきた。
咲「ネリーちゃん……?」
咲「待ってて。すぐに用意するから」
言葉通り、一分そこらで準備を済ませた咲が姿をみせる。
そして「おはよう」と如才のない笑みを浮かべ、挨拶してくる。
いつも通りだ。安心する。
ネリー「おはようサキ!」
咲「いいお天気だね。あ、これ今日のお弁当」
「ありがとう!」と元気よくお礼をしながら弁当箱の中身を確認する。
献立は栄養のバランスがとれ、それでいてネリーの好物ばかり。
自然と気持ちが浮き立ってきて「わあ」と顔が綻ぶ。
ネリー「すごい……食べるのが今からすっごく楽しみだよ!」
咲「ふふ、喜んでもらえてよかった」
それからどうやってネリーの好物を見抜いたかを種にして話を膨らませつつ、学校に向かう。
咲「それじゃ私は授業があるから」
ネリー「うん! 授業がおわる頃迎えにいくね!」
咲「いつもごめんね。ありがとう」
感謝されるまでもない。望んでやっているのだから。
咲と別れ、単身部室に。
心配が杞憂だったと感じ、すっかり気を緩ませていた。
ネリー「なんだ、心配しなくても大丈夫だったんだ」
ネリー「そうだよね。選ばれなくて落ち込むんならわかるけど、咲は選ばれたんだし!」
ネリー「サトハには悪いけど、全国で咲と戦うの楽しみだな!」
部室に到着する。
まだ誰もいなかった。
この時間だと来るのが少し早かったらしい。しかし二十分も待てば他の留学生も集まってきた。
明華「おはようございます、皆さん」
ハオ「おはようございます」
ネリー「あれ、メグは?」
ハオ「ああ。電車でカップラーメン零したから掃除してるよ」
ネリー「またやったのかよあのラーメン狂い……」
たまには咲と登校させてやるべきだろうか。
乗り合わせた乗客が不憫でならなかった。
明華「メグのラーメン馬鹿っぷりはともかくとして……咲さんの様子はどうでしたか?」
ネリー「ふっふーん、教えてほしい?」
ハオ「その様子だと大丈夫そうだね」
ネリー「そっ! 心配して損しちゃったよ」
明華「くすっ、一番心配していたネリーが言っても照れ隠しにしか聞こえませんよ」
それから暫くは三麻をして、遅れてきたダヴァンも加えて卓を囲む。
ネリー「あー、疲れたー」
明華「もうこんな時間ですか。そろそろ昼休みにしますか」
ダヴァン「賛成デス。ラーメン分がもはやピンチでシテ」
ハオ「一日にどんだけ摂れば足りるんだ……」
ネリー「お昼! おべんとうだー!」
休憩する事が決まり、早速荷物から弁当箱を取りだすネリー。
明華「今日も咲さんお手製のお弁当ですか?」
ネリー「いいでしょ。サキは料理もすっごくうまいんだから!」
明華「羨ましいですね。私にも一口……」
ネリー「これはネリーのだから」
明華「そんな事を言わずに。咲さんからも言われてるんでしょう?」
ネリー「う……」
確かに咲からも分けてあげるように言われていて、おかずを少し多めに入れてもらっているくらいだ。
ネリーは、渋々弁当から摘ままれるのを許した。
明華「今日もおいしいです」
ハオ「本当に」
ネリー「うう……」
ダヴァンもカップラーメンを啜りつつ、箸休めに(?)弁当をつついていた。
昼の休憩を終えてまた麻雀漬けの時間を過ごす。
気づけば咲を迎えにいく時間になっていた。
ネリー「あっ、そろそろいくね」
いってらっしゃいと見送る面々を背に部室を出る。
生徒「宮永さん? 宮永さんならさっきどこかにいったけど」
しかし咲は不在だった。
ネリー「おかしいなー。いつもはいるんだけど」
手洗いにでもいったのだろうか。
ネリーは教室の外で少し待つ事にした。
すると数分ほどで咲が戻ってきた。
咲「あ、ネリーちゃん……。ごめんね、ちょっと出てたの」
やはり手洗いだったのだろうか。
そんなに待ったわけでもないので気にする事はないと告げた。
咲「ありがとう……今日もよろしくお願いします」
ネリー「そんな改まって言われると照れちゃうな。いこっ、サキ!」
手を差し出せば咲が握って、手を繋いだ状態になる。
いつもの格好だ。なんだか嬉しくなって強く握り返す。
ネリー「そういえば今日もサキのお弁当大好評だったよ!」
咲「そうなの? ふふっ、嬉しいな」
しかしどうしてか、咲の握る手の力はいつもより弱い気がした……。
部活が終わり、真っ直ぐ咲と帰宅して。
部屋の隅にあるソファで寛ぐ。
普段と変わらない時間。代わり映えのしない行動。
あとは適当に時間を潰して、近場で見繕った店で夕食を済ましてしまえば。咲のところで相伴しない日として、平凡な日となるだろう。
そうなるはずなのだ。
ため息を一つ。ソファを寝転がり、半身を起こす。妙な呻き声が突いて出た。
ネリー「サキ、どうしてるかなぁ」
つぶやく。気になるのはやはり、依然咲の事。放課後、連れ立って部室に顔を出してからも、ネリーの意識の大半を占めていた。
如才のない闘牌。その合間に時折みせる、柔和な振る舞い。
他の留学生や智葉も、違和感を持たず自然に接していたようだし、咲の事は心配いらないように思える。
しかしその一方で。言い知れない不安がかま首をもたげる。もやもやして仕方ない。
そのもやもやの正体がわからないから、むしゃくしゃするのだろう。
これでは埒があかない。ネリーは思い切って隣人を訪問した。
ネリー「サキー? いる?」
戸を叩く。ここで予想外だったのは、扉の向こうから水っぽく啜る音が聞こえてきた事だ。
咲「…………ネ、ネリー、ちゃん……?」
そして。遅れて躊躇いがちに返ってきた声が、まるで涙に濡れたようなものだった事で。ネリーはついにぎょっとした。
ネリー「サキ……な、泣いてるの?」
予想外の事態。鬱々とした気分から一転、激しい動揺に見舞われる。咲からの返事がない。
扉を破って突入したい衝動に駆られながらも、寸前で堪え、断腸の思いで待つ。
何十分にも思える時間を待ったあと、返ってきたのは拒絶の言葉だった。
咲「今日は……帰ってくれない、かな……」
ネリー「そんな声聞いて帰れないよ! とにかく開けて!」
先ほどより勢いをつけてノックする。もし訪ねようと思わなければ咲のこの状態に気づかなかった。その認識が余計にネリーを意固地にした。
咲「っ……帰って!」
ネリー「サキ……」
咲「ごめん……明日からは普通にするから……」
そういう事じゃない。そうしてしまっては意味がない。ネリーは、どうしても咲と顔を合わせたかった。
しかし咲が開けてくれないのでは白旗を挙げるしかない。ネリーの粘りも虚しく、その日咲が顔を出す事はなかった。そして。
その日以降、咲は徐々に周囲を遠ざけるようになっていく。
それは梅雨に入り、梅雨が明ける直前になっても改善される兆候はなく。やがて、団体戦のチームメイトである留学生たちの悩みの種へと育っていくのだった。
明華「しかし……打つ手なしですね。正直に白状してしまうと匙を投げたい気分です」
ハオ「まさか尾行して探る、というのも気が引けますしね……」
時間は戻り、梅雨明け前のある日。
部活終わりに留学生四人で集まって話し合っていた。しかし、実りある話は特に見当たらない。
ダヴァン「夕食までに帰ってくるのなら、とりあえず夜遊びの心配はないでショウか」
ネリー「いや、ネリーと夕食を食べる日はって話だから……それ以外の日はわからない……」
明華「ちょっとネリー、その話は初耳ですよ」
ハオ「そうすると二日に一回くらいはいつ帰ってるかもわからないの?」
どころか新たな問題まで噴出する始末で、対策を考えるにも一苦労だった。
とはいえ、咲も軽はずみに夜遊びをしたりするような人ではない、というのがこの場の四人の共通した見解であり、最後の一線で落ちつきを取り戻す。
ダヴァン「とにかく根気強く咲に話しかけるしかありマセン」
ネリー「……そうだよね! 咲だっていつか……」
ハオ「やっぱり大まかにはネリーに任せる事になるよね。協力できる事があれば何でも言って」
咲が親しくする人間は限られている。少なくとも臨海では留学生と辛うじて智葉が交流があるくらいで、麻雀部以外の人とは交流を避ける節があるとネリーはみていた。そして、より深い親交があるとなると、ネリーしかいない。
ネリーは意気込む。
咲と楽しく過ごす時間を、思っていたよりも気に入っていたのだと失って気づいたから。
また以前の関係に戻りたい、そんな願いがネリーの背中を押していた。
明華「あの日の翌日、咲さんが泣いているところをネリーは見かけた……それは、重要な意味を持つ気がします」
ふと明華が意味深な発言をする。もしネリーが咲の決定的な変調を目撃しなかったら、事態はもっと霧に包まれたものになっていた。
相も変わらず周囲を遠ざける咲にも、さしたる違和感を抱かなかったかもしれない。
そう考えるとネリーはぞっとした。
ダヴァン「食べるモノが必要な状況になりそうなら私に任せてくだサイ。ドントコイ」
ネリー「どうせカップ麺だろうけど必要だったらお願いするよ」
誇らしげに申し出るダヴァンに半ば呆れつつも厚意には感謝する。必要になる状況は想像できないが。
ネリー「咲を元通りにする! それで、あわよくば咲から事情を聞き出す!」
力強く宣言。不退転の決意を胸に、四人はそれぞれの帰路についた。
咲「あ、あっちの角までで大丈夫です……一人で帰れますから」
住宅街を低速で走る自動車の車内。助手席に座る咲は、運転席の女性に告げる。
「そっか。本当に大丈夫? 万が一って事があったら困るけど……」
咲「さすがにもう目の前ですし。歩いて一分くらいのとこなら、雀力をちょっと使えば……」
「あはは……力は使わないとダメなんだ」
咲「うぅ……ご心配おかけして申し訳ないです……」
週に一回はお世話になる間柄。それも、行き帰りの送迎付き。
至れり尽くせりの扱いに咲は身が縮こまる思いだった。
「んーと、明日はダメなんだっけ。隣に住んでる子と夕飯食べるんだよね」
咲「はい……こちらの都合で申し訳ないのですが……」
「いいのいいの。子どもに融通きかすのが大人の甲斐性ってね。気にしないで」
咲「……」
「あ、あれ? 変な事言っちゃったかな?」
咲「い、いえ、そうじゃなくて……すごく若々しいからあんまり歳上って感じがしなくて」
咲「その……お姉ちゃんくらいかなぁって。……あ、あのすみませんっ、失礼ですよね」
あわあわと狼狽える咲をよそに、空気が抜けるような音が運転席から上がる。
それは、堪えきれず漏れた笑い声だった。
「ふ、ふふふふっ」
「あーもう。本当可愛いなぁ咲ちゃんってば」
「思わず食べちゃいたくなるくらい☆」
咲「あ、あの……」
「あっ、咲ちゃん気をつけてね」
「咲ちゃんって無防備だから……麻雀の強い人だからって簡単に気を許したらダメだよ」
「特に鬼みたいに麻雀の強い、アラフォーみたいなアラサーを見かけたら全力で逃げて☆」
「麻雀の将来性的にも、アッチ的にも狙われたらやばいから☆」
咲「は、はあ……」
よくわからないけど気をつけよう。咲がそう思ったとき、車が目的地に到着した。
「それじゃ……咲ちゃん、またね」
咲「はい。今日もありがとうございました」
深々とお辞儀して感謝の意を示す。
車を降りて見慣れた住宅街に足を下ろすと、咲が今まで乗っていた車がこの場を離れていく。
それを手を振って見送り、咲は住んでいるアパートに向けて短い道程を歩きだした。
今夜はとても綺麗な半月だ。
咲「……」
オーダーの選出の日から暫く経ってから、誰にも内緒で始めたこの習慣。臨海に入学してから懇意にしていたネリーにも明かす気はない。
後悔は、ない。自分のしてしまった事、自分という存在が団体戦のメンバーである事を考えれば、悩むべくもない。
願わくば。自分が座る椅子に本来座るはずだった人の望みを叶えられるように。
自分を磨き抜き、そして圧倒的な力を全国で示す。
そのためのこの上ない協力者も得た。
迷いは、なかった。
ここまで
なんですが、何か調子が悪く推敲できないというか頭の中で話を組み立てられないというか…
自分でも何書いてるかわからない状態なので変なとこあったら指摘もらえると助かります
なんですが、何か調子が悪く推敲できないというか頭の中で話を組み立てられないというか…
自分でも何書いてるかわからない状態なので変なとこあったら指摘もらえると助かります
乙
さすが枯れてない女は違うな
ところでガイト大将さんて選択肢はないのじゃろうか
留学生1人レギュラー落ちになるのがスポンサー的に不味いのかな
さすが枯れてない女は違うな
ところでガイト大将さんて選択肢はないのじゃろうか
留学生1人レギュラー落ちになるのがスポンサー的に不味いのかな
ネリー「サキー! 学校いくよ!」
咲への決意をした翌日の朝、準備を済ませて部屋から出てきた咲に向かって、ネリーは勢いよく抱きつく。
咲「わっ! ど、どうしたの」
ネリー「どうもしないよ、今日も朝から咲に会えたから嬉しかっただけ!」
咲「え、ええ……?」
みるからに戸惑う咲、しかし嫌そうな素振りはなく抱きつく自分を受け止めている。
ネリーは心の中でにやりとした。
(ふっふっふ、計算通り!)
(動揺した咲を押して押して押しまくれば、ボロを出す!)
(咲ってば結構おっちょこちょいだから……これでいける!)
ネリー「サキー、サキー」
咲「ネ、ネリーちゃん……くすぐったいよ」
じゃれつく犬や猫のようにひっつき、暫しくんずほぐれつ。
くすぐったさに堪えかねた咲が「ん……っ」と艶かしい声を出した頃を見計らい、ネリーは切り出した。
ネリー「サキー、最近部活おわったあとにどこいってるのー?」
咲「そ、れは……はやっ、……さんと……はっ!」
何か話し始めた咲だったが、はたと目を見開く。
それから怒りか羞恥からか頬を赤く染め、ネリーから素早く離れる。
咲「いっ、いきなり何……どうしちゃったの!」
(失敗!)
(うーん、いい線いってた気がするんだけど……次いこう!)
その場は適当に誤魔化し、ネリーは咲と連れ立って登校した。
お昼。昼食の時間になり、留学生四人で囲む卓から抜けて、ネリーは咲の教室に向かう。
明華「やる気十分ですね」
ネリー「咲を落としてみせるよ!」
ダヴァン「その意気デス」
ハオ「なんか嫌な予感がするんだけど」
次なる咲を動揺させる作戦とは。
ネリー「はいサキ、あーん」
咲「え、えっと……?」
ネリー「あーんだよ! ほら口あけて!」
咲「あ、あーん……もぐもぐ」
咲の教室に乗り込み、弁当をネリー手ずから食べさせる。
最初は困惑していた咲もネリーの行動の意図するところを知って観念したのか、おずおずと口を開く。
教室中の視線が突き刺さる。
咲の顔は茹で蛸のごとく紅潮していた。
ネリー「はい、あーん。ねえサキ」
咲「……あーん、もぐもぐ……な、何?」
ネリー「どうしてネリーの事避けるの?」
咲「別に……避けてなんて……」
ネリー「うそだよ! ネリーの事なんか放って他の人のとこいってるんだ!」
ざわざわざわざわひそひそひそひそ
「聞いた今の?」
「うん。つまり浮気?」
「えー宮永さんああ見えて……」
「ああいう子に限って遊んでるんだよね」
咲「わああああっ! 何言ってるのネリーちゃん!?」
ネリー「何って、ネリーの事なんで避けるかしりたくて」
咲「さ、避けてなんかないってば! それより今日はもうここらへんで……」
ネリー「……ネリーを帰らせて誰かを呼ぶの?」
咲「呼ばないよ! ネリーちゃんはもう食べ終わってるみたいだし、昼休みもあんまり残ってないから」
ネリーが手ずから食べさせていては時間が足りないかもしれない。正論だとネリーは思った。
(残念。ここまでか……ここは引き下がるしかないみたい)
(でも諦めないよ! 次こそ尻尾をつかんでみせるんだから!)
放課後。
咲を迎えついでに抱きついて、腕を組んだまま部室までの道程を踏破する。
咲はびくびくと震えてネリーの顔色を窺っていたが、容赦はしない。
不意を打って組んだ腕の隙間から脇をくすぐり、驚いて腰を抜かした咲に馬乗りになって責め続ける。
そして耳元に口を近づけ囁く。
ネリー「ねえサキ……隠してる事言ってくれないと食べちゃうよ?」
咲はぐうの音も出ない様子でされるがままだったが、耳打ちされてがばりと起き上がる。
咲「な、ななななっ」
ネリーから距離をとった咲は指を差したまま泡を食う。
ネリー「どうしたのサキ?」
咲「ど、どうしたのって……はぁ」
咲「いいから来てっ」
人通りの多い廊下で白昼堂々繰り広げた醜態は多くの視線を集め、一刻も早くその場を去りたかった、のだろうか。
ネリーの手をひっぱり、部室へと足早に向かった。
明華「ああ。来ましたね。咲さんこんにちは」
咲「……こんにちは」
ハオ「ネリーもおかえり」
ネリー「咲を連れてきたよ!」
部室に入り、ここ最近の常となりつつある素っ気ない挨拶を返す咲。
ネリーも後から入ってくる。
ダヴァンは給湯室でカップ麺にお湯を注いでいた。
咲「あ、あの……」
明華「おや。私にご用ですか?」
咲「今日のネリーちゃん……なんだか変なんです。理由を知りませんか」
明華「はて……変、ですか」
ネリー「~♪ ねえねえハオ、なんだかいけそうな気がするよ!」
ハオ「そ、そう」
明華「何やらご機嫌のようですが……それ以上は」
咲「そうですか……はぁ」
明華「ネリーが何か?」
咲「えっと……その、今日はやけにアグレッシブだなぁ……と」
咲「……あんまり、お近づきになりたくないくらいに」
明華「そ、そうでしたか……あのすみません」
咲「はい?」
明華「ネリーが今日変わった事をしているなら、それは私のせいでもありますから」
咲「それって……」
ネリー「サキーいっしょに打とう!」
咲「ひっ」
明華「……」
明華「ネリー、ちょっとこっちに来なさい」
ネリー「え? なにっあだだだだ!」
明華「こっちに来なさい」
今日咲に何をしたか詰問する明華。
内容を聞くにつれて口元がひきつり、やがて般若のごとき形相に変わっていく。
明華「ネリー、あなたに任せたのは間違いだったかもしれません」
ネリー「間違いってそんな大げさなっあだっ! いだいいだいいだい!」
明華「黙りなさい。さっきあなたに呼ばれただけで怯えていましたよ、彼女」
ネリー「そ、そんな……何かの間違いじゃ?」
明華「何が間違いですか。今日の部活中は無闇な接触を禁止します」
うな垂れるネリーにも明華の視線は冷ややかだった。
ダヴァン「マアマア、ネリーにも悪気はなかったんデスよ」
ネリー「メグ!」
思わぬ助け船にぱあっと目を輝かすネリー。
カップ麺をずるずると啜りながらではあるものの、味方してくれるダヴァンに強く感謝していた。
ハオ「こっちの卓に誰か入りませんか?」
咲と座ったハオが誘いをかける。頃合いを見計らってか、ネリーの方をみている。
その視線を受けたネリーはいの一番に名乗り出る。
ネリー「はいはい! ネリーが入る!」
明華「……では私も見張り役という事で」
ダヴァン「私は新発売のヌードルを味見するので待ってマス」
ハオ、咲、ネリー、明華で卓を囲む。
起家はネリー。全自動卓でシャッフルされた牌が配られる。
(あ、ラッキー。いきなり一向聴だ!)
三四四五八3455①①⑤⑥‐ツモ五
ドラは3。開局親番でピンフドラ1高め一盃口の一向聴。
一巡目は、もちろん打八。
第二ツモが三、打5。
これで聴牌。四筒か七筒が入れば和了だ。
(この局はもらったかな……他のみんなは聴牌してないし、字牌を整理したりしてる段階)
相手の聴牌やツモ牌を察知できるネリーにとって、この局は自分の独壇場。そう感じるに十分な条件が揃っている。
唯一この盤面を一気にひっくり返すのは、咲がカンを連打しての和了。しかし、その確率はそこまで高くない事をネリーは今までの経験から予想していた。
(ここは強気に攻めるーー!)
と意気込んだものの、待ち牌を引けずツモ切りする事七牌。
そこで恐れていた事が現実となった。
咲「カン」
咲「もいっこカン」
咲「ツモ、嶺山開花です」
一向聴から嶺山牌を二枚引いて和了に持ち込んだのだろう。
しかも二回目のカンは、ネリーにとって不運な事に七筒によるカン。
ネリー「うわー、アガれると思ったのにー!」
明華「惜しかったみたいですね」
ハオ「ドンマイ」
咲は勝者の余裕を湛えて微笑んでいる。ネリーはむっとなった。
ネリー「次はアガってやるんだから!」
次局。四巡で好形の聴牌が完成、速攻を仕掛けるもまたかわされ、咲による嶺山開花。
さらに次の局。明華が早い巡目で聴牌した気配を察知したのでベタオリ。ハオもオリたようだった。
咲「それロンです」
明華「っ! はい」
しかし後から追って聴牌した咲が競り勝ち、明華から直撃をとる。また咲の和了。
そのまた次の局は、ダブルリーチしたハオがツモ切りした牌を咲がカン、嶺山開花。
咲の独走状態だった。
ネリー「サキ、今日ノってるね!」
咲「うん。調子いいみたい」
とはいえ、このくらいの連続和了は稀にある事。なので誰もさして気にとめていないようだった。
だが。
咲「カン、ツモ」
咲「それロン」
咲「カン、もいっこカン、もいっこカン」
咲「ーーツモ、嶺山開花」
咲の独走がほぼ一半荘続き、二人が飛んだところで対局が終わる。
その頃には、異常を感じとっていたのはネリーだけではなかった。
明華「咲さん、随分飛ばしてますね」
ハオ「私は実際に飛んじゃったよ……」
ダヴァン「ムムム、次は私が入りまショウ!」
ハオとダヴァンが入れ替わり、再び対局。しかしまた咲の一人勝ち。先ほどから打っていた明華とネリーは失点が少なかったものの、ダヴァンがトビで終局。
対局慣れしているはずの面子に妙な緊張が走る。
ネリー「サキ、なんか打ち方変えた?」
咲「ん、そうだね。相手の速攻手に対応する打ち方を意識してるかな」
対局した面子がやられたのは、一重にがらりと咲の打ち方が変わった事が大きいだろう。
だから一度対局した面子は慣れてある程度対応できたし、そうでない者は対応しきれず失点を重ねた。
咲が格段に腕を上げたわけではない。しかし、以前にまして打ちにくい相手となったようにネリーは感じていた。
ネリー「速攻手?」
この時期に打ち方を変えるとは中々大胆な決断だ。いや、そもそも誰を意識したのだろうか。
明華、ハオ、ダヴァン、ネリー、そして智葉。
誰かなようでいて、誰でもない気がする。
ネリーは困惑した。
咲「そ、それより次打とう?」
とはいえ、練習中だ。咲の促しに応じて次の対局へと移る。
結局、その日は皆一変した咲の打ち方に対応しきれず、翻弄される事となった。
部活が終わる。今日も終わり際不在だった智葉に伝言を残し、帰り支度をしていく。
ネリー「サキー! 今日は」
咲「ご、ごめん、また今度」
言い終わらないうちに遮り、そそくさと部室を後にする咲。
ネリーは頬を膨らませた。
ネリー「ぶー、どうしようもないじゃん!」
明華「まあまあ。忍耐ですよ」
ダヴァン「センリの道も一歩カラ。地道にいきまショウ」
ネリーを慰める面々も見慣れたものだ。
咲に迷惑をかけた点であれほどきつく当たった明華も、このときばかりは同情的だった。
ハオ「でも今日は一つ手がかりがあったね」
ネリー「打ち方の事?」
ハオ「うん。あれは何かあると思うな」
明華とダヴァンも頷く。
ネリー「んー、打ち方か」
意識して打ち方を変えてしまうほどの相手となれば、相当な実力者だ。
それも変えたのは咲である。
臨海に入学してネリーや智葉たちの影響は受けたとはいえ、今まで咲は基本的に中学時代の打ち方を崩す事はなかった。
その咲が、特定の打ち筋を警戒するほどの相手。
明華「私たちではない……とすると」
ダヴァン「世界ジュニア、もしくは日本のプロクラスといったところ……デスか?」
対象が多すぎた。日本のプロでさえまだ来日して日が浅いネリーは網羅できていない。
とはいえ、意見が合っているところもある。それは、自分たちを意識して打ち方を変えたのではないという事。
ネリー「サキ……なんだかネリーたちと打ってても上のそらだった」
明華「……そうですね。無視されるのはやはり、気持ちよいものではありません」
顔を突き合わせているのに。咲の瞳は他の誰かを映していた。
むしゃくしゃする。
ハオ「でも正直意外だな」
ダヴァン「意外?」
ハオ「ネリーの事。こう言っちゃ何だけど、お金の絡まないとこでこう熱くなると思わなかった」
期せずして自分の話題になり、反応が遅れる。
咎めるように明華が顔をしかめた。
明華「ハオ、その言い方は……」
ハオ「わかってます。でも私としては別に、悪口のつもりじゃないんだ」
ハオ「日本人は……特に同年代のやつは良い顔しないけどさ。私たち中国人からしたら、お金稼ぎを目的にするのは何も後ろめたい事じゃないし」
ハオ「それはともかく、ネリーは目的以外のものは必要以上に追わないクレバーなタイプだと思ってたんだよ」
ネリー「まあね! だいたい合ってるよ」
ハオ「そう。こうやってさらりと認めて、建て前を気にしないし」
ハオ「だから、宮永さんに執着するのはよっぽどなんだなって」
ハオの言いたい事がわかってか、既に表情を和らげている明華。
一方のネリーも、怒りは微塵もない。よくみているなと感心したくらいだ。
そして咲を特別視しているのも、当たっている。
ネリー「サキとは……何も求めないでいられるから」
咲が入学して間もない頃。ネリーは日本の気候にまだ少し馴染めず、夜風に当たりすぎて体調を崩した事がある。
国許とは違う勝手に療養にも苦心して、つい薬や器具を探すのにどたばたと騒がしくしてしまったのだ。
当然、日頃騒音に悩まされていた咲が文句を言いに来たのだが。
ネリー「サキって根がお人好しだから、具合が悪いネリーをみて慌てちゃって」
ネリー「あの頃はまだ刺々しかったんだけど……一人しかいないなら看病するって聞かなかったんだよね」
今の押しの弱い咲からは想像しにくいが強引に上がり込んで、あれこれと世話を焼いていった。
当時の咲は周囲に壁を作っていてつんけんした態度が目立つ存在だったのだが、ネリーの目が届いてないと思っているところでは素に戻り、あたふたとしていたのだ。
ネリー「熱で意識が朦朧としてたからわからないと油断してか、気弱そうに心配してたな。……ばっちりみてたけどね」
ネリー「んでそのときに思ったんだ。お金の絡まないところでネリーを気にかけてくれる人って久しぶりだなって」
日本に来てから、お金に絡まない、仕事ではない感情を持つ事は滅多になかった。誹謗中傷のようなものを除いて、持たれる事も遠ざかっていたと言っていい。
そして、日本に来る前、麻雀で身を立てようと決意してからも、目に入るのは落とし落とされる相手ばかりで、個人として付き合おうと考える余地は残されていなかった。
ビジネスライクな関係や競争する関係に、あまりに毒されていたのかもしれない。
咲のささやかな優しさに触れて、ふとネリーはその事に気づいたのだ。
ネリー「それにサキって案外可愛いと思ったんだよね。今はもう普通に可愛いけど、前はもっとつんつんしててギャップがあったっていうか」
ネリー「あと……サキは私に何も求めてない。歓心を得ようだとか取り入ろうだとかそんな気持ちはこれっぽっちもなくて、無理して好かれようとも思ってない」
ネリー「私も……私も、お金をもらったり、技術を盗み合ったりするんじゃなくて……ただ隣にいて、笑いかけてくれるサキが好きなんだってわかったから……」
ぽつり、ぽつりと咲と打ち解けた思いでを話す。
そうするとネリーの心は自然と穏やかに凪いで、温かな気持ちに包まれる。
静かに聞いている面々も、微笑ましいものを感じたのか、薄く笑っている。
明華「だから……ネリーにとっても、咲さんは特別なんですね」
ネリー「ネリーにも?」
明華「咲さんにとっても……という事です。恐らくですが」
ネリーにはいまいち分かりにくい話だった。
明華が続ける。
明華「以前の刺々しかった咲さんの事を、私は危うく思っていました」
明華「嵐へと変わる風のような……近づくものをみな傷つけてしまいそうな雰囲気を持つ彼女が、恐くて仕方なかった」
明華「今の彼女は大切なものを優しく包み込み、向けるべき相手にだけ刃を向ける騎士……」
明華「きっとネリーと触れ合う事でかつて抱いていた感情を取り戻したんだと思います」
明華「だから……ネリーにとっての特別が咲さんであるように、咲さんにとっての特別も」
ダヴァン「マア、そういうコトでショウネ」
ダヴァン「ミョンファみたく難しいコトはわかりマセンが」
ダヴァン「サキとネリーのハートは熱いタイズで結ばれてイル……そのコトはみてたらわかりマスヨ」
ダヴァン「まったくお熱いデス。朝の通学だけでもサキを貸してくれマセンカ?」
ネリー「お前はどこまでいっても変わらないね……」
だけど、萎みかけていた気力は取り戻せた。
心の中で三人に深く感謝した。
ネリー「うん! 決めた!」
ネリー「サキを絶対振り向かせてみせるんだから! 百回振り向かすっ!」
心に強く、強く念じて。
気力をくれた三人に背を向け、握り拳を掲げた。
咲「今日向かってるところって……長野なんですか?」
「そうだよ。先方のお屋敷があるからね」
咲「そうですか……」
「咲ちゃんの古巣……だったよね。実家の方に挨拶していく?」
咲「いえ、お気になさらず。父も仕事だと思いますし」
「休日出勤かあー……その単語聞くだけで憂鬱になっちゃうな」
咲「ふふ、父の場合はむしろ喜んで出勤してますね」
「ええ!? ……仕事人間なの?」
咲「そこまで極端な人ではないんですけど、今の仕事が好きなみたいです」
「そっかー。その気持ちはわかるなあ☆」
咲「お仕事、やっぱり好きなんですね」
「うん。この仕事に憧れて……ずっと目指してきたからね」
咲「そうなんですか……」
咲「羨ましいです。……私には、好きなものってまだわからなくて」
「まだまだこれからだよ……っていうのも無責任かな」
「ゆっくり見つけていけばいいんだよ。咲ちゃんは今青春の真っ盛りなんだから☆」
「好きな人、なんかでもいいんだよ。恋するパワーは人でもモノでも関係ないんだから☆」
「仕事でも、ね……☆」
咲「すごく……ためになります。やっぱりはやりさんって素敵な人です」
はやり「あはっ☆」
はやり「咲ちゃんはほんといい子に育ってるよ……お姉さん感動しちゃった」
はやり「ところで学校の方はよかったの? 七月の三連休といえば集中して練習があるだろうけど」
咲「構いません。きっとこちらの方が実りがありますから」
はやり「ふんふん……そう言い切られちゃ期待に応えないわけにはいかないね☆」
はやり「っていっても、今日のメインははやりじゃないからあっち次第なんだけど」
咲「……」
咲「龍門渕の天江衣さん……強いんですか?」
はやり(お、咲ちゃんのスイッチが入ったね☆)
はやり(……麻雀しようとするときはがらりと変わるんだよね。まるですこやんみたーーやめておこうこれ以上は)
はやり「強いよ。今の咲ちゃんじゃちょっと厳しいかも」
咲「そうですか……」
はやり「恐くなった?」
咲「いいえ」
咲「そんな人を叩きのめしてこそ……意味があります」
はやり「ーーーーーー」ゾクッ
はやり(正直なところ……咲ちゃんと天江さんの実力差は未知数)
はやり(ある条件を満たさなければ……たぶん、咲ちゃんが勝つ)
はやり(でも今夜は……わからない)
咲「龍門渕は……決勝で負けたんでしたっけ」
はやり「そうだね。清澄ってところが勝ったよ」
はやり「でも、あくまで搦め手で天江さんを避けた上での勝利……実質、長野で一番強い個人は天江さんといってもいいと思う」
咲「清澄は……初出場でしたね」
はやり「およ? そっちに興味おありだったか☆」
はやり「うーん、といっても……咲ちゃんが満足するほどの選手は……」
はやり「一年生でレギュラーに抜擢された有望株が三人いるのは脅威的だけど、現時点では……って評価かな☆」
はやり(あれ、そういえば決勝戦の映像みたときに咲ちゃんに呼びかけてた選手はたしか清澄の……)
はやり「清澄の原村和ちゃんって咲ちゃんの知り合い? 去年のインターミドル個人戦のチャンプだったけど」
咲「原村和……さん」
咲「いえ知らない人です。個人戦には出なかったので」
はやり(向こうはめちゃくちゃ知ってるぽかったけどねえ……あちゃあ☆)
はやり「ま、そんな事もあるかな☆」
はやり「何はとまれ、龍門渕邸へとレッツゴー☆」
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