元スレ狩人「スライムの巣に落ちた時の話」
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1 :
~85日目~
痛い、痛い、痛い
右足が痛い
今すぐ蹲ってしまいたくなるほど、痛い
きっと傷口は大きく、骨にまで達しているのだろう
ああ、けど止まる訳にはいかない
止まったら追いつかれてしまう
どうして
どうしてこんな事になったのだろう
様々な感情が頭をよぎるが、それでも
それでも、私は足を動かし続ける
森の中を走り続ける
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2 = 1 :
~1日目~
この日、私は朝から狩りに出ていた。
弓で射抜いた獲物は、兎が3匹、狐が1匹。
糸と針で釣り上げた魚が、5匹。
1人で暮らすには十分な量だ。
何時もならそろそろ村に戻る時間帯だけれど。
私は、ちょっと欲を出した。
幼馴染の誕生日が近いのだ。
何か大きな獲物を獲って帰ってあげたい。
そう、例えば鹿とか。
丁度、地面に鹿の足跡を見つけた。
まだ新しい。
私は、慎重に周囲を確認すると、追跡を開始する。
鹿の足跡は、森を出て山まで続いているようだ。
私は、森をテリトリーにする狩人だ。
山には疎い。
疎いけれども……。
幼馴染が喜ぶ姿を想像して、私は山に立ち入ってしまった。
鹿の足跡から進行経路を予想し、岩場を通り先回りしようとした所で。
足場にしていた岩場が、地面ごと崩れた。
3 = 1 :
~2日目~
気がつくと、私は深い洞窟の底で倒れていた。
周囲は瓦礫だらけだ。
天井の一部は崩れて、そこから光が差し込んでいる。
「……そっか、私、落盤に巻き込まれて」
身体が少し痛いが、何とか起き上がれるようだ。
手を眺め、指を動かしてみる。
両目の視力がある事を確認し、周囲の匂いを嗅いでみる。
四肢や五感に異常はないようだ。
出血もない。
あの高さから落ちたにしては、運がいい。
幸い、荷物も近くに落ちていた。
私は中身を確認して見る。
「弓と矢が見当たらないな、瓦礫の下敷きになっちゃったか」
「油を入れた革袋は破れてない、火打石その他の携帯品も無事みたい」
「よし、取りあえず、ここから出て村に戻る算段を……」
状況を整理している最中、妙に音が聞こえた。
ぐちゃり、ぐちゃり。
その音は、光が差し込まない洞窟の奥から聞こえてくる。
4 = 1 :
最初に連想したのは、動物が出す咀嚼音。
大型の肉食獣が他の動物を食べている?
例えば熊とか。
いや、それにしては音の粘度が高い。
骨をかみ砕く音が聞こえない。
なら……。
私は、瓦礫の隙間に落ちていた木の枝を手に取った。
革袋の油を垂らし、火打石で着火させる。
簡易の松明。
大抵の動物は、コレを使えば追い払えるはず。
私は、足音を立てなよう、そっと前に進み。
暗闇を照らしてみた。
5 = 1 :
そこには予想していなかった物があった。
卵だ。
半透明の卵が数個、蠢いていた。
ぐじゅる、ぐじゅると音を出し、内部のコアを震わせている。
「……これ、スライムの卵?」
「けど、こんな大きいの、見た事無いんだけど……」
通常、スライムの卵は鶏の卵と同程度の大きさだ。
けど、この卵は私が抱えようとしても抱えられないくらいの大きさがある。
突然変異だろうか。
私は良く幼馴染から「アンタって狩人の癖にボーっとしてて危機感ないわよね」と言われている。
まあ、幼馴染が言うのだからきっとそうなのだろう。
けど、この状況には流石に危機感を覚える。
何とか、何とかこのスライム達が孵化する前に、この洞窟から抜け出さなければならない。
「よし、頑張ろう……」
そう呟いた直後、スライムの卵がパカリと割れた。
6 :
卵の中から、ぐにゃりとした青いスライムが転がり出てくる。
大きい。
多分、捕まったら私の身体の半分を覆われるくらいには大きい。
私は即座に壁際まで後ずさる。
さて、どうしよう。
今考えられる選択肢は3つ。
(1)松明で攻撃する
(2)様子を見る
(3)逃げる
松明で攻撃しても、あの大きさのスライムを倒せるか微妙だ。
もし暴れ出したら、その衝撃で他の卵も孵化するかもしれない。
かといって逃げるというのも、難しい。
というのも、松明の光で見た限り、この洞窟は袋小路なのだ。
きっと、この袋小路への入口は、落盤の瓦礫で塞がれてしまったのだろう。
つまり。
「……もう少し、様子を見ようか」
選択肢は、一つしか残されていなかった。
7 = 6 :
幸い、生まれたばかりのスライムはその場を動かなかった。
恐らく、卵から出たばかりで寝ぼけているのだろう。
しかし、そのうちお腹がすいて捕食活動に移るはずだ。
その前に、準備を整えなければならない。
私は瓦礫の中を調べ始めた。
恐らく、多分、この辺に落ちているはずなのだ。
幾つかの瓦礫をどかすが、見つからない。
頭の中で幼馴染の「アンタってホント狩りの時以外はトロいわよね」という声が聞こえる。
うん、頑張ってはいるんだけどねー。
そうこうしているうちに、後ろの方で「パカリ」と音がする。
振り向くと、更に他の卵も割れていて、スライムが増えていた。
8 :
ふむ
9 :
おつきたい
10 = 6 :
見なかった事にして、瓦礫をどかす手を早める。
ガラガラガラ、ゴロゴロゴロ。
音がスライム達を刺激するかもしれないが、ここまで来ると気にはしていられない。
そうこうしているうちに、大きな瓦礫の影で、やっと目的の物を見つける事が出来た。
幾つかは潰れているが、まあ、無いよりはいいだろう。
振り向いて、スライム達を観察して見る。
最初に生まれた青いスライムの他に、3体のスライムがプルプルと震えている。
私は、そのスライム達にさっき見つけたモノ。
狩りで手に入れた兎と魚を放り投げた。
「ほうら、ご飯だよ、あげるから私は食べないでね」
11 :
ありゃ刺激しちゃったのか嫌な予感
12 :
スライム達の震えが、止まった。
自分達の前に落ちた兎と魚の様子を、伺っているようだ。
良く見るとスライム達はそれぞれ色が違っている。
青いスライム。
赤いスライム。
緑のスライム。
黒いスライム。
その中の、青いスライムがピクリと動き、兎の死体に近づく。
じゅるり、じゅるりと死体を取り込み始める。
それに倣った赤と緑のスライム達も、残った兎と魚を食べ始めた。
13 = 12 :
動物や魔物が人を襲うのには、大体3つの理由がある。
お腹が空いている場合。
自分のテリトリーや同族を守る場合。
手負いの場合。
生まれたばかりのスライム達は、恐らくテリトリーを守るという概念が薄いだろう。
同じ理由で、手負いで凶暴になっている可能性も無いと判断できる。
という事は、お腹さえ満たしてあげれば、私が襲われる可能性はある程度減らす事が出来る……はず。
多分。
「……まあ、たったあれだけの肉で満足するかは微妙だけど」
「もし駄目だったら……戦うしかないかなあ」
手元にある武器は、解体用のナイフだけ。
木の枝は既に燃え尽きて、革袋に残った油も、それほど多くはない。
もし戦闘になれば、恐らく負けるだろう。
ちゃんと死ねればいいが、もしかしたら生きたまま捕食される事になるかもしれない。
「……誕生日までに村に戻らないと、幼馴染は怒るかなあ」
「怒るだろうなあ……」
洞窟の天井を見上げる。
落盤で開いた穴から見える外の様子は、薄暗い。
多分、日が暮れてきたのだろう。
外に逃げ出す為の方法は、今の所無い。
無いのだ。
14 = 12 :
~3日目~
「一部の鳥はね、孵化した直後に見た動物を親だと思うの」
「その辺を利用すれば、家畜を殖やすことが可能よ」
「勿論、ちゃんとご飯をあげて、一緒に寝て、声をかけてあげる必要があるけどね」
「そうしないと、直ぐに野生に戻っちゃうの」
「という訳だから、アンタ、ちょっと水鳥を何匹か用意してくれない?」
「出来れば雄と雌両方いてくれると助かるわ」
「おねがいね」
うん、判った。
そういうのは得意だから、任せて。
まかせて。
15 = 12 :
「まか……せ……」
「……」
「……あれ、私いつの間にか寝てたのか」
「ううん、久しぶりに子供の頃の夢を見たなあ……」
「……あの後、私は弓矢で水鳥を狩りまくって」
「ちゃんと内臓も抜いて調理できるようにしてから持って行ったら、幼馴染に怒られて……」
「当時は、何で怒られてるのか判らなかったな」
「今の私なら、判るけど」
私の視界の中、3体のスライムが思い思いに活動している。
壁によじ登ろうとして落下したり、瓦礫の隙間に身体をねじ込もうとしたり、地面に広がったり。
今の所、スライム達が私に襲い掛かってくる気配はない。
というか。
「多分、恐らく、幼馴染が言ってたような状況になってるんだろうなあ……」
16 :
乙
どう85日目に繋がるのか気になるねぇ
17 = 11 :
四匹目の黒いスライムが全く描写されないのが不気味
18 :
乙
黒気になるよね
19 :
うむ
20 :
瓦礫に潜り込もうとしている赤いスライムに、そっと近づいてみる。
特に私を危険視している様子はない。
そのまま通り過ぎて、床に広がっている緑色のスライムの傍に歩み寄る。
スライムはじゅるりと這って、私の足を避ける。
思い切って、壁に張り付いている青いスライムに指先を近づけてみる。
ピトリとした感触。
冷たい。
しかし、痛みは感じない。
指先が溶けている……という事もない。
21 :
ほほう
22 :
「取り合えず、懐いてくれてる……と考えていいのかな」
幼馴染が言っていた「刷り込み」と呼ばれる現象だろう。
まあ、それが何時まで続くかは判らないのだけれども。
きっと、このスライム達だってお腹が空けば思い出すだろう。
自分達の本能を。
誰だってそれは逆らえないのだ。
つまり、私がやるべきことは二つ。
一つ目は、洞窟からの脱出方法を探すこと、
二つ目は、スライム達に食料を与え続けること。
「村の人たちが助けに来てくれたら楽なんだけど……」
「まあ、多分当てには出来ないかな、私は嫌われているし」
足元で、緑色のスライムがピィと鳴いた。
23 = 22 :
~6日目~
ここ数日、洞窟の中を調査してみた。
やはり天井部以外に外へ通じる経路は無い。
私と共に落ちてきた瓦礫の隙間から僅かな風を感じる事が出来るので、元々あった出入口は落盤で埋まってしまったのだろう。
あまり良くない状況だ。
けれど、悪くない情報もある。
洞窟の奥に、水溜りを発見したのだ。
それほど広くは無いが、深さはかなりある。
恐らく、この下に地底湖か何かあるのだろう。
これで飲み水の心配はしなくても済む。
「……そっか、もしかしたら魚とかも住んでるかも」
「洞窟にしか生息しない魚も居るって話しだし……後で釣り糸垂らしてみようっと」
ピィピィと声がする。
気がつくと、私の周りにスライム達が集まってきていた。
どうやらお腹が空いたようだ。
24 = 22 :
スライム達に食われない為にも、早急に狩りをしなくてはならない。
私は小さな瓦礫を幾つか拾い、洞窟の奥を見渡した。
見える範囲に何匹かいる。
夜行性なので今は眠っているようだが、連中は危機に対する反応速度がかなり速い。
弓があれば別だが、投石で狩るにはやりにくい相手だ。
それに何より美味しくない。
だからあまり気は進まないのだけど。
「まあ、背に腹は代えられないからね」
強く、短く指笛を吹く。
音は洞窟内部で反響し、連中を刺激する。
キィキィと鳴きながら飛び交う連中を、私の飛礫が捉えた。
25 = 22 :
ジュルルルと肉を吸収する音がする。
私が狩った蝙蝠達は、スライム達にとってご馳走のようだ。
ここ数日、毎日与えてるけど、骨も残さず溶かしてくれる。
その様子を見ていると、何だか不思議な気分になってくる。
基本的に、私は自分が生きるのに必要な分しか狩りをしない。
時々、幼馴染に獲物を分けてあげる程度だ。
その場合だって、幼馴染は何らかの対価を私に渡してくれる。
まあ、それらは私にあまり必要ない髪飾りとか洋服だったりするんだけど。
それでも対価を受け取っているのには変わりないのだ。
今のように、何の対価もなく獲物を分けてあげることは、無かったと思う。
何だか奇妙な感じだ。
「狩りをした後の充実感とも違うし……」
「んんんー……なんだこの感覚」
「……戻ったら、幼馴染に聞いてみよっと」
26 :
それは母性愛ッ!
スライムかわいいな、今んとこは
27 = 22 :
~10日目~
晴れて晴れて曇って雨が降って雨が降って晴れて晴れて晴れて雨が降った。
脱出経路は見つからない。
一応、瓦礫を少しずつどかしてみたけど、流石にこれ以上は無理かな。
腕力が足りない。
長期的計画を立てて筋肉をつけるという手もあるけど、栄養源が少ないからそれも難しいと思う。
この数日、蝙蝠の肉を餌にして水溜りに釣り糸を垂らしてみた。
釣果は1匹。
半透明な目の無い魚だったが、捌いて炙って食べてみた。
「……うん、まあ、蝙蝠よりは美味しいかな」
青いスライムが物欲しそうな感じでピピィと鳴いた。
蝙蝠ばかりで飽きてきたのかもしれない。
次に魚がつれたら、このスライムに分けてあげよう。
28 = 22 :
~12日目~
起きてから、何だか寒気が止まない。
体調には気をつけているつもりだったけど、如何せんココには身体を温める物が少ない。
私が身につけていた毛皮くらいだ。
栄養が足りないのも原因の一つなのだろうけど。
「火を起こせれば暖を取れるけど、もう油も少ないからなあ……」
取り合えず今日の分のスライム達のご飯の食事を私で食べられて。
狩りを蝙蝠で魚が消化されて。
「……あれ」
違和感。
今、私は何を考えてたんだっけ。
視界が急激に狭まる。
これは、いけない。
駄目だ。
意識を。
「おかしい……な……森でなら、何日野営しようと……こんな事は……なかったのに……」
そう考えたのを最後に、私の記憶は途切れた。
29 = 22 :
そう、私は森では無敵。
いや、流石に無敵は言いすぎか。
少なくとも、森でならどんな劣悪な環境でも適応できた。
けど、森以外では全然駄目だった。
例えば、ごく短い期間だったけど、村で暮らしたことがある。
その時も、今回みたいに体調を悪くさせた。
そして幼馴染に看病された。
「ぷぷぷぷ、アンタ、どうして寝込んでるの?」
「バカは風邪を引かないって言葉知らないの?」
「もしかして風邪を引くことで自分がバカじゃないって事を主張したかったの?」
「そうだとしたら傑作だわ!ぷーくすすすす!」
ううん、アレは本当に看病だったのだろうか。
単に笑いに来ていただけのような気もする。
けど、いやな気分ではなかった。
ちゃんと食べやすくて暖かい料理を置いていってくれたし。
テーブルの上に置きっぱなしで帰っちゃったから這って食べに行かないといけなかったけど。
食べた時は、もう冷めかけていたっけ。
けど、その暖かさが、とても心地よかった。
そんな記憶がある。
そんな記憶が……。
30 = 22 :
ふと目を開けると、目の前に赤いスライムがいた。
ぐじゅる、ぐじゅると蠢いている。
「……ああ」
私の身体は、赤いスライムに半分以上覆われていた。
きっと、お腹が空いてしまったのだろう。
私がどれくらい意識を失っていたのかは判らないが、少なくとも1日以上は食事をしていなかっただろうから。
だから、赤いスライムが我慢できなくなっても、仕方ないように思えた。
出来れば抵抗したいけど、私の意識はまだ朦朧としている。
痛みは、感じない。
ただ、むず痒さと熱さだけがある。
死ぬ事に対して、怖さは感じない。
けど。
「……ごめんね」
「誕生日、間に合いそうにないや……」
彼女に対する申し訳なさだけがあった。
赤いスライムが、私の顔に迫ってくる。
私はそれを、目を瞑って受け入れた。
31 = 22 :
~15日目~
目が覚めると妙に気分が良かった。
何より、暖かい。
起き上がろうとすると、ペチャリと音がして、何かが上半身から零れ落ちた。
「……あれ、私は確か、スライムに食べられて」
いや、現在進行形で私は赤いスライムに覆われている。
上半身だけがそこから出ている状態だ。
暖かいのは、赤いスライムに部分。
「んー……もしかして、私を食べるつもりはないのかな」
赤いスライムは、ピィと鳴いて私の上半身に再び這い上がってきた。
ああ、これは、ひょっとして……。
「そっか、暖めてくれたのか」
以前に感じたことがある感覚が、再び湧いてきた。
これは、これは何なのだろう。
この感覚は何なのだろう。
今すぐに、聞いてみたい。
幼馴染に。
32 = 22 :
~18日目~
体調が回復してから気になっていたことがある。
ここ数日、朝、目が覚めると魚が置いてあるのだ。
例の目の無い半透明な魚だ。
水溜りから、跳ねてここまで来たのだろうか。
いやいやいや、そんな都合が良い偶然は無い。
もしかしたら一度だけならば有り得るのかもしれない。
けど、二度三度となると……。
そんな事を考えている間に、「犯人」が水溜りからザバンと浮上してきた。
答えを先に行ってしまうと、青いスライムだ。
青いスライムが、体内に複数の魚を捕らえた状態で、水から上がってきたのだ。
青いスライムはプルプルと体を震わせて、水を切った。
半液体状のスライムでも、水浸しなのは嫌なのかな。
そんなどうでもいい疑問を抱いてると、青いスライムは私の前に魚を置いてくれた。
「……ええと、くれるの?」
ピピィ、と青いスライムが鳴く。
うんうん、なるほど。
判った。
33 :
待ってた
34 :
ええのー
35 :
うむ
36 :
面白い
37 :
そう、判ったのだ。
認めずには居られない。
このスライム達は、やはり普通では無い。
生まれたばかりにも関わらず、知性と理性が非常に高いのだ。
だから私は捕食されずに済んだ。
それどころか、弱っていた体を温めてもらった。
餌を分け与えて貰いさえした。
私はスライム達に対して「脅威を避ける為の餌付け」という考えで接してきたけれども。
今のこの状況ならば、もう一歩踏み込んで考えてみてもいいのかもしれない。
つまり。
「スライム達と積極的に交流し、可能であれば脱出の手助けをしてもらう」という具合に。
38 = 37 :
~20日目~
「村の連中がアンタを怖がるのは、アンタの事をちゃんと知らないからよ」
「そりゃそうよね、普段は森に住んでて滅多に姿を見せないし」
「たまに姿を現したと思ったら服に獣の血がついてるし」
「私以外とはあんまり喋らないし、笑わないし」
「連中にとっては、アンタは意味不明で不気味な存在なの」
「だから、嫌がらせされたり、陰口叩かれたり、無視されたりする」
「そこで提案なんだけど……」
幼馴染との会話を思い出す。
要するに、相手の事を把握しないと、ちゃんとした関係を築くことは出来ないという事だ。
その言葉に従って、私はスライムの観察をはじめていた。
正直、スライム達の事は色の違いでしか把握していなかった。
けど、ここ数日で色々細かい違いがあることがわかった。
39 = 37 :
まず、青いスライム。
やたらと動き回って、やたらと良く食べる。
私が何かを放ったりすると、それに反応して拾いに行ったりする。
水に入るのが好きで、よく水溜りの中に潜っている。
次に、赤いスライム。
私が観察していると何故か瓦礫の隙間等に隠れる。
ヒトの視線に敏感なのかもしれない。
逆に、私が目を瞑ったり寝たりしているとすぐ傍まで接近してきて居たりする。
他のスライム達に比べて体内の温度が高い。
次に、緑のスライム。
一番体が大きく、動きが遅い。
蝙蝠肉を与えても、食べようとしない事がある。
蝙蝠を狩る際の指笛に強く反応する。
他の二匹に比べて、行動が読みにくい。
そして……。
40 = 37 :
一番小さい、黒いスライム。
……。
……。
……。
動かない。
緑のスライムは緩慢ではあったけど、それでも動く。
けど、このスライムは動かない。
そういえば、最初に見た時から動いた形跡が無い。
多分、蝙蝠肉も食べに来ていない。
「……もしかして、死んじゃったのかな」
その声に反応したのか、黒いスライムはこちらを見上げてきた。
良かった、生きてはいるみたいだ。
41 = 37 :
……。
……。
……。
今、何か違和感を感じた。
ほんの小さな違和感。
何だろう、何か……。
「……そうだ、何で『こちらを見上げてきた』と感じたんだろ」
赤いスライムは、ヒトの視線を感じることが出来るようだ。
狩人である私も「獲物からの視線」を少しくらいは感じる事が出来る。
けど、今回はそれとは違うように感じる。
もっと根本的な……。
「……」
「……」
「ああ、そうか、このスライム」
「形がちょっとヒトに似ているんだ」
42 :
やっと黒の話が出たらいきなり不穏な
43 :
これは…
44 :
造詣的には、辛うじて手と足と頭があると判る程度でしかない。
幼馴染が持っていたヌイグルミよりも、更に単純な形状。
けれど、そのスライムは確かに……蹲るヒトに似ていた。
「……このスライム、元々こういう形だっけ」
「それとも、徐々に変化した?」
あまり印象深くは無いけれども……最初は、他のスライムと似たような形状だったと思うのだ。
変化したとしたら、そこにどんな意味があるのか。
あまり頭のよくない私には、予想できない。
けど、少し注意しておいたほうが良いのかも。
45 = 44 :
~22日目~
スライム達の観察と平行して、脱出方法の模索も続けている。
スライム達と十全な協力体制を築けたと仮定して、どうやれば脱出できるのか。
例えば……洞窟の天井に開いている穴からスライム達を外に送り出して。
蔦なり何なりをぶら下げてもらえば。
そこを登って脱出することが可能だろう。
理屈としては不可能では無いように思える。
問題は……。
「そこまで複雑な行動を、スライム達が理解できるのかって事なんだよね」
壁に向かって石を放ると、それに反応した青いスライムがピィピィと動き出す。
石を回収して、遊び始める。
元々はスライム達の反応を伺うためにやりはじめた石投げだが、青いスライムは気に入っているようだ。
「この辺の習慣を利用すれば、洞窟の外に送り出すのは可能だろうけど」
「その後がなあ……」
スライム達の気分次第ではあるけど、反復して行動させる事でそれを習慣として教え込むことは出来ると思う。
けど、ここには蔦もロープも無い。
代用品すらない状況だと、習慣として教え込むことは難しいんじゃないだろうか。
「せめて、言葉が通じたらいいのにね」
洞窟の天井に開いた穴から、外の様子が見える。
今日は満月だ。
あと数日で、幼馴染の誕生日。
46 = 44 :
~25日目~
両親に連れられて、初めて村を訪れた時。
私はすごく警戒していた。
だって、父と母以外のヒトを見た事なんて無かったから。
村のヒト達は、私達と違い、随分とノロノロ動く。
物音を隠そうともしない。
隠れもせずに、私達を遠巻きに眺めてくる。
両親が村長と話している間、私はずっと建物の陰に隠れていた。
私達と、ここのヒト達は、違う。
違いすぎる。
鼻がむずむずする。
口の中が乾燥する。
気分が悪い。
いつも行く、森の泉で綺麗な水を飲みたい。
水を。
「水を飲みたいの?」
背後から声がしたので、凄くびっくりした。
何時の間に近づかれたのだろう。
足音は、あったはずだ。
けど、周囲の物音にまぎれて、ちゃんと認識することが出来なかった。
私は警戒しながら背後を振り返り。
彼女と出会った。
47 = 44 :
「アンタ、狩人さんの娘?ずいぶん細いのね」
「水くらいなら、あげるわよ、汲んできてあげよっか?」
「ねえ、聞こえてるの?返事くらいしたら?」
「……ごめんなさい、もしかして、あんまり言葉が喋れないの?私の言ってること、判る?」
矢継ぎ早に、質問が来る。
私は答えようとするけど、口の中が乾燥して声が出せない。
彼女は暫く私を眺めていたが、そのうちプイと顔を逸らして、何処かへ行ってしまった。
「……」
何だか残念な気持ちになる。
居心地が悪い。
帰りたい。
森に帰りたい。
蹲って、両親の用事が終わるのを待つ。
背後から、再び足音が聞こえた。
今度はちゃんと認識できる。
さっき去っていった少女と、同じ足音だ。
声をかけられても、今度は驚かない。
「はい、水を持ってきてあげたわよ」
振り返ると、そこに。
ゴボゴボゴボゴボ
黒い何かが立っていて。
私を覗き込んでいた。
そこで私は夢から覚めた。
48 :
面白い
49 = 44 :
目を開けると、夢で見た光景が続いていた。
「ゴボゴボゴボゴボ」
奇妙な音と共に、私を覗き込む黒い何か。
それは細長い、歪なヒトの形をしていた。
私の事を、観察している。
私の動きを、反応を。
いや、それだけではないのだろう。
直感的に判る。
この黒いスライムは、ヒトの心を覗くことが出来るのだ。
きっと、今見ていた夢も、覗かれていたのだろう。
「ゴボゴボゴボゴボ」
「……生まれたばかりだし、周囲の情報を集めようとしてるのかな」
「ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ」
「生き物としてそれは当然のことだと思う、だから、今回の事は責めないよ」
「ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ」
「けど、これ以上はやめて欲しい、アレは大切な思い出だから」
「ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ」
「ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ」
「ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ」
「次に同じ事をしたら殺す」
「ゴボ……」
50 = 44 :
黒いスライムは、そのままの姿勢で私の様子を観察しているようだった。
目も鼻も口も無い頭だが、何となく気分を害しているように思える。
暫くすると、細長かった身体が縮み始めた。
恐らく、身体の体積を「背伸び」させる形で身長を稼いでいたのだろう。
みるみるうちに元のサイズの黒いスライムに戻ると。
そのまま歩いて定位置まで戻り、以前と同様に蹲ってしまった。
そう「歩いた」のだ。
他のスライム達のように、転がったり這いずったりはしなかった。
簡易的な足を使って、歩いてみせた。
「……もしかして、前よりもヒトの形に近づいてる?」
もし、ヒトと同じ形態になって、こちらの心を読めるのだとしたら。
意思の疎通が可能になるのではないだろうか。
そうしたら、脱出の手助けをしてもらえる可能性が高くなる。
少し、希望が出てきた気がした。
「……まあ、黒いスライムが私の希望を汲んでくれるかは、判らないんだけどね」
ガボガボガボ
黒いスライムが返事らしき音を出した。
それがどんな意味を持っているのか。
それは、まだ判らない。
みんなの評価 : ☆
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